三月八日の今日。アズラエルの肝入りということで特別仕様のジンを与えられたミュラーは部下のナイン・ソキウスと共にビクトリア基地にきていた。
連合軍の情報部が皆揃ってボケを発症してなければZAFTが降下作戦してくるのだろう。
そんな中でミュラーはといえば格納庫でぼうっとしていた。
ビクトリアはユーラシア連邦と南アフリカ統一機構の宇宙港であり、当然配備されている連合軍はユーラシアが一番多い。
大国の意地というべきか南アフリカ兵よりは数が多いものの、大西洋連邦軍の数は二番目だ。
それに大西洋連邦の兵士は殆ど基地周囲に配備されており、中には入れたのは一部だけ。ユーラシアとしては大西洋連邦におんぶにだっこでいてなるものかという意地があるのだろう。
総合的な国力で大西洋連邦に一歩劣るユーラシアだが、連合軍でもナンバーツーの力をもっているだけありプライドも高い。
地球連合軍と聞けば纏まっているように見えるがその実、ZAFTという共通の敵があるからこそ結束しているだけであってZAFTがなくなれば再び敵に回る可能性は高い。寧ろユーラシアも大西洋連邦もZAFTと戦う傍らで他の連合加盟国の力を削いでおこうとしているだろう。
数は多くなるが纏まりに欠ける。混成軍の弱点の一つだった。
「ナイン、そっちのMSの準備は大丈夫か?」
ミュラーは格納庫にいたナイン・ソキウスに話しかける。
これまでの軍人としての人生(といっても一二年たらずだが)でも本格的に部下をもったのは初めてだ。タナカは部下というよりかは後輩だったし、あれで手の掛からない男だった。
そういう意味では良くも悪くも初々しい部下のナインは新鮮だった。出来る限り長生きしてもらいたい。
「はい。僕の方でも確認しましたが……問題はありません」
「ここの整備兵の腕を疑うわけじゃないけど、MSはザフトの兵器だから他より念入りにチェックしておくといい。些細な動作不良だって実戦じゃ危険だから」
MSの試験運用という名目でミュラーのMSとソキウスには専用の整備兵チームが与えられている。
これはアズラエル財閥の息の掛かったものばかりで構築されており、多少ブルーコスモスな思想が入っていることを除けば腕前は折り紙つきだ。
慣れないMSという兵器にも上手く対応して、万全の整備をしてくれる。だが、だからこその懸念もあった。
(ナインは戦闘用コーディネーターだが、コーディネーターだ。どこぞの誰がチャチな嫌がらせをしないとも限らない)
自分の所属する軍隊を批判するのはほんの僅かに心が痛むのだが、連合内部でもコーディネーターだからと要らぬ蔑視を抱く者は多い。
どんな思想をもっていようと個人の自由であるし、それは批判しない。だが個人の思想を仕事に持ち込まれるのは迷惑だ。
だからミュラーもソキウスに大丈夫かと尋ねたのだ。
「少佐、一つお尋ねして宜しいでしょうか?」
ソキウス――――それだと他のソキウスと被るか。
ナインが躊躇いがちに口を開いた。
「ん?」
「どうして僕を部下とされたのですか。僕はナチュラルの為に戦うことこそが本望ですが、この基地に来てから良い視線を向けられたことがありません」
「ああ」
それはミュラーも思っていた事だった。
アズラエルの息の掛かったミュラーの上官であるサザーランド大佐を始めとして、ハンス・ミュラーを歓迎する者はいてもナイン・ソキウスを歓迎する者は皆無だった。
逆に大事な宇宙港の防衛という任務にどうしてこんな化物を使うのだ、と露骨な嫌味をぶつけられたこともある。
特にサザーランド大佐などは嫌味を通り越して、ソキウスの存在そのものを完全に無視しいないものとして扱っていた。
もしもナインがただの真っ当な人間なら、ストレスで体調を崩しても不思議ではなかったほどだ。
「ですが少佐はアズラエル理事に直談判してまで僕を軍属として下さいました。どうしてなのでしょうか?」
「難しいことじゃないよ。私は……あ、いや俺も人の子だから。大抵の理不尽なら悪い意味で小心者だから黙り込んでしまうけれど、さすがに黙ってられないこともある」
「しかし少佐は理事と同じで熱心なブルーコスモス派と聞いたのですが……」
「ぶっ!」
思わず吹き出す。なにか飲んでいなくてよかった。もし口に何か含んでいたら、この場で全て吐き出していただろう。
「ゴホッゴホッ……誰がそんなことを」
「基地内で噂をしているのを聞きました」
ハンス・ミュラーがブルーコスモス派、誰がそんな噂を流したのか。
ザフトはない。ザフトがミュラーをブルーコスモス派にすることに利益などない。となればマスコミかハンス・ミュラーをブルーコスモスに取り込みたい誰かしらのせいだろう。
勿論自然にこの噂が出てきたということも有り得る。ミュラーをMSのパイロットにしたのはアズラエルの意向であり脇を固める整備兵チームもブルーコスモスだ。第三者がハンス・ミュラーをブルーコスモスだと曲解してもおかしくはない。
「ナイン、誰がそんな噂話を流したのかはさておき、俺がブルーコスモスなんていうのは真っ赤な嘘だ。全部まるっきりなにもかも嘘だ。だからこれっぽっちも信じなくていい」
「分かりました。申し訳ありません、勝手な憶測をしてしまい」
「いや、いいよ」
手をふってナインを許す。こんなことで初めての部下との仲を悪くすることはない。
タナカが死んだのが惜しいと思った。タナカは特別秀でたところのない男だったが、人と人の仲を取り持つのが上手い男だった。
ああいう男がいれば上官と部下という関係も良いものとなるだろうに。
こうして部下をもつ立場となって初めてジョン・タナカという後輩の重要性に気付く。
「始まったな」
基地内に第一種戦闘配備を告げる報告が鳴り響く。
ザフトが作戦を開始したのだろう。
「じゃあ今日も生き残れることを祈って戦うか。頼むよナイン」
「はい」
敬礼をして識別のため真っ黒に塗装されたジンへと向かっていくナイン。
黒い塗装というのはミュラーと同じだが、赤いラインがなく純黒なのが違うところだ。あと武装も標準のものである。
「やるか」
ミュラーもまたジンに乗り込む。
勝敗の心配は特にしていない。憶測は危険だが、ザフトにMSやニュートロンジャマーのような新兵器がない限り連合は勝てるだろう。
宇宙はザフトのフィールドかもしれないが、地上での戦いならば連合有利。それに降下作戦において必須ともいえる地上の支援がザフトは皆無なのだ。これでは戦略的に負けている。
宇宙からポットが降下してくる。恐らくあれの中にMSが入っているのだろう。
もしもあれが降下されればMS部隊はその機敏性と応用性をもって瞬く間に戦場を制圧してしまうかもしれない。
だがそれはMSが降下できればの話だ。
ザフト軍には地上部隊がない。それは単純な数の話ではなく降下作戦において必須というものが欠けているのだ。
大方世界樹からの連勝で浮かれてしまい、ナチュラルを極端に蔑視しコーディネーターの力を信望する余り冷静な判断能力を失っているのだろう。連合軍としては有り難い事だ。
地上部隊の掩護が皆無なため、地上に陣取る連合軍は万全の準備を整えてザフトを迎撃することができる。
『全軍、撃て!!』
ビクトリア基地総司令官の指令と共に戦車部隊や基地の兵士達が一斉に対空砲火を浴びせる。
連合軍の物量を象徴する惜しげもない砲火はもはや弾幕というよりは空に展開されたベルリンの壁のようでもあった。
東西の行き来を禁じたソレと同じように、宙に築かれたベルリンの壁はザフトという東の軍団を決して地上という西に通しはしない。
「ナイン、MSの初実戦としては地味だがこっちも撃つぞ」
『了解』
臨機応変に縦横無尽に動き回ることで戦場を制するMSの初実戦が砲台の真似事というのは皮肉だが、ミュラーのジンはそんじょそこらの戦車など及びもつかない火力をもっている。
腐らせておくのは余りにも勿体ない。
黒い二機のジンが降下ポット目掛けて砲火を浴びせる。
何機か寸でのところで降下ポットから脱出したMSもあったが、その多くは地面や水面に叩きつけられてスクラップとなっていった。
「っと」
そうやって空中に向かってひたすら撃ちまくっていると、ジンが一機地上への着地を成功させた。そして味方の脱出ポットを砲火から守るためにこちらに突っ込んでくる。
『ミュラー少佐、向かってくるジンを仕留めろ』
サザーランド大佐がわざわざ通信を入れてくる。
「ええ言われずとも……ナイン、援護を」
別に自分がなにをせずとも一機ではそのうち戦車の砲火でお陀仏となるだろうが、MSを相手するならやはりMSだ。
ミュラーは自分のカスタム・ジンを降下してきたジンの前に出す。
いきなり目の前に現れたジンに敵のジンが動揺した。そこへ重突撃銃を叩き込んでやる。
『貴様! 何故、味方を撃つ! 軍法会議で銃殺は免れんぞ!』
ザフト兵から通信が入る。
「申し訳ないが、私はザフト軍じゃなくて連合軍の所属だ。貴官を撃って軍法会議になることはないよ」
『なっ! というと貴様は裏切り者のコーディネーターか!?』
「残念だがそれも違う」
ガトリング砲がジンを蜂の巣にしていく。最後のあがきにジンは重突撃銃を照準しようとするが、それを撃つ前に横からの射撃が突撃銃を破壊した。ナインの的確な援護だった。
やがて弾丸が機動部でも破壊したのかジンが爆散する。
「ナイス援護だった。ありがとうナイン」
『大した事では……それよりまだ何機かが降下に成功しています』
「ならまだ少し働こうか」
とはいえ戦いの趨勢は九割方決したも同然だった。ミュラーとナインがやることは殆どないだろう。
しかし始めて部下をもつ事になった時は緊張したが、こうしてみると悪くはないものだ。
―――――こうして最初のビクトリア攻防戦は連合軍の勝利に終わった。同時にこの敗北をもってザフト軍は勝利の美酒の泥酔から覚めることとなる。
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