C.E.70。4月2日。エイプリルフール・クライシスの翌日。
 ミュラーの進言を受けアズラエルから軍総司令部にザフトの基地建設作戦の可能性を伝えられるが、ニュートロンジャマーの散布による混乱と、アズラエルの報告に裏付けがなかったことから参考に留まる。
 結果として連合軍は軍事的に一歩遅れる形となり、混乱に乗じたザフト軍の基地建設を許してしまう。
 カーペンタリアに分割降下したザフト軍は大洋州連合オーストラリア地区のカーペンタリア港に48時間で基地の基礎を完成させた。  
 慌てた連合太平洋艦隊が迎撃に赴くが準備万端のザフトの迎撃にあい大敗北を喫する。
 この戦いによりMSという兵器が地上、特にニュートロンジャマー影響下において高い性能を発揮することが実証された。
 また勝負こそ連合の敗北に終わったものの、ザフトの軍事行動がアズラエルの助言通りだったこともあり、連合内部におけるアズラエルの発言力を高めることとなった。
 同時に一部連合将校にアズラエルに助言したのがハンス・ミュラーであることが知られ、ミュラーは本人の意図とは拘わらずパイロットだけではなく先見の明のある人物としても知られるようになった。
 カーペンタリアという地上の拠点を得たザフトは本格的な地上の制圧作戦に乗り出す事となる。

 同年4月17日。
 エイプリルフール・クライシスによる大混乱の復興を平行して行いながら、軍の準備を整えた連合軍はプラント本国への出兵を決定。
 月のプレトマイオス基地より第五艦隊と第六艦隊が出撃する。また第五艦隊の巡航艦ブリッジマンの艦長としてハンス・ミュラーが着任した。
 連合ザフト両軍はプラント管理下の資源衛星「ヤキン・ドゥーエ」付近にて激突。しかし連合の奮戦空しくカーペンタリアに続いて連合軍は敗北を喫することになる。
 しかし個人の戦績でいえばハンス・ミュラーがローラシア級三隻、ジン九機を撃墜する大戦果をあげる。
 連合広報部は敗北の事実から市民の目を逸らす為、この戦績を大々的に宣伝。連合広報部はA.D.時代に活躍した彼と同名の撃墜王になぞらえて『カスタム・ジンの悪魔』という称号をつける。しかしこの称号がメジャーになることはなく、逆にザフトで実しやかに囁かれるようになった『ヤキンの悪魔』という異名が定着することとなる。
 ちなみに記者団の質問に対してハンス・ミュラーが『自分はブルーコスモスではない』と発言したことが軍上層部や社会を僅かに騒がせた
 プラント国防委員のパトリック・ザラは勝利こそを喜んだものの、ハンス・ミュラーの報告を聞いて態度を一変。ハンス・ミュラーへの懸賞金を10万$へと引き上げる決定をした。同時にハンス・ミュラーに対抗するように戦艦五隻とMA24機を撃墜したギルバート・デュランダルを大々的に『英雄』と宣伝した。
 またザフトはこの戦いで改めて本土防衛の重要性を認識し、ヤキン・ドゥーエを防衛要塞に改装することを決議する。

 更に同年4月20日。
 ヤキン・ドゥーエでの戦いとMS運用に功績ありとしてハンス・ミュラー中佐へと昇進。
 21歳の中佐は大西洋連邦史上でも二番目の昇進速度であり、世間はこの若い英雄を歓迎した。

 個人の戦績はさておき。連戦連勝を続けるザフト軍は主な戦場を地上へと移して、連合軍と激しい攻防をすることとなる。
 各地の連合軍の奮戦も空しく、『砂漠の虎』などのザフトの名将に押され徐々にザフトはその支配圏を広めていった。

 そしてグリマルディ戦線が連合の『サイクロプス』の暴走によりザフトの敗北に終わって二日。
 再び歴史に新たなる戦いの一ページが生まれようとしていた。




 遠くから見ても分からなくとも、近くで見れば分かるということが多々ある。
 コーディネーターでありながら地球連合軍に所属するジャン・キャリーも似たようなものだった。
 キャリーはコーディネーター同士の間に生まれた所謂第二世代コーディネーターではなく、ナチュラルの両親が遺伝子調整を施して誕生した第一世代のコーディネーターだ。
 そんなこともあり多くのコーディネーターが宇宙を住み家とする中で、キャリーは地球に住んでいた。
 しかし戦争の機運が高まるにつれ、コーディネーターへの風当りが強くなりプラントに移住し、それからはプラントで工学博士として働いていた。
 だがそんなキャリーは開戦と同時に地球に帰還した。
 長く地球に住んでいたキャリーにはナチュラルの友人が多くいたし、だからこそナチュラルを劣等種や人外と扱うプラントの雰囲気には耐えられなかった。
 そして『血のバレンタイン』と『エイプリルフール・クライシス』だ。
 連合とザフト。ナチュラルとコーディネーターの溝は広がり続け、戦争が終わる兆しはまるで見えない。
 ナチュラルやコーディネーターなど関係ない。地球に住む一人の人間として一人安穏としていることに耐えられなかった。
 しかしだからといってプラントへ行ってザフトに所属しても意味などない。
 キャリーは高い能力をもったコーディネーターだが自分の力を過信していはいない。自分一人で出来ることなどたかが知れている。
 それでもこの憎しみの連鎖を止めたかった。故にキャリーはザフト軍ではなく連合軍へと入隊した。
 コーディネーターである自分がナチュラルと共に戦えば、もしかしたらほんの少しでもコーディネーターへの偏見がなくなってくれるかもしれない。そう思ってのことだった。
 しかしそんな希望が実ることはなかった。
 白く塗装したジンを与えられ『煌く凶星J』などという大層な異名を与えられておきながら、キャリーは連合におけるただの掃除屋でどれだけ戦果をあげようと上層部がコーディネーターへの意見を変えることはなかった。
 本来なら中尉や大尉に昇進してもおかしくないだけの功績をあげているにも拘わらず少尉止まりというのが証拠の一つだった。
 別に昇進したかったわけではない。そんなつもりで軍に入ったのではない。自分が戦争を止められるなどと自惚れてもいなかった。
 ただジャン・キャリーという人間が誰にも認められなかったのが無念だった。
 ある日のことだった。キャリーは上官よりある辞令を受け取った。

「異動、ですか」

「そうだ」

 上官である男はコーディネーターのキャリーを視界に収めたくもないのか、そっぽを向いて爪を切りながら捲し立てる。
 軍という特殊な組織にあっても無礼過ぎる態度。常人なら眉をひそめるところだが、こういう扱いはキャリーにとって慣れっこであった。
 それにこういう人間は嫌な顔などをしたりすると逆に怒り出すものだ。そういったことを経験則で知るキャリーは何も言わない。ただ無感情の仮面で表情を覆い尽し、機械的に反応する。そんな自分に一抹の情けなさを感じながらも。

「ザフトがL4のアジア共和国管理下の資源衛星『新星』を奪取しようと攻めてきているのは知っているな。貴様はそこに行け。これが辞令だ」

「……了解しました」

 要するにコーディネーターなんて化物は最前線に行けということだろう。
 いつもと変わらない、日常だった。
 キャリーはその日のうちに自分専用の白いジンと共に宇宙へと上がり、戦闘中の『新星』へと向かった。
 幾ら戦闘中とはいえ四六時中交戦している訳ではない。すんなりと輸送機は『新星』に入港を果たした。

(私の所属は第八艦隊の巡洋艦ブリッジマンか。……ブリッジマン。どこかで聞いた事がある名前だな)

 どこで聞いたのか記憶の糸を手繰りながら歩いていたキャリーは、気付けばブリッジマンの艦長室まで辿り着いていた。

「ジャン・キャリー参りました」

「入ってくれ」

 昨日までの上官とは違う柔らかい声色だった。キャリーは「今回は少しはマシかもしれないな」と苦笑してから入室する。

「良く来てくれたキャリー少尉。ハンス・ミュラー中佐だ」

「――――――」

 嫌味な上官を渡り歩いていた経験が幸いした。もしその経験がなければキャリーは驚きを露わにしていただろう。
 道理で戦艦の名前に聞き覚えがあったはずだ。あれはヤキン・ドゥーエでの戦いで連合最強と噂されるエース、ハンス・ミュラーが艦長を努めた戦艦の名前だ。

「ジャン・キャリー少尉、本日よりブリッジマン戦闘部隊員として着任しました」

「ああ宜しくキャリー少尉。いいや人員が不足していてキャリー少尉のような人間が来てくれて助かったよ」

「…………」

 ハンス・ミュラー。ブルーコスモスではないと本人は明言していたが、思ってた以上にイメージと違う人間だった。
 連合最強のエースなのでコーディネーターにも強い蔑視思想をもっていると思っていたのだが、

(これはいけないな)

 キャリーは自分で自分を批判する。
 コーディネーターとナチュラルとの差別など馬鹿馬鹿しいと言いながら、いつのまにか自分でも勝手な固定観念をもっていたようだ。

「キャリー少尉にはこの艦のMS隊の隊長をやってもらうから部隊の皆に挨拶しておいてくれ」

「は?」

 流石のキャリーも目が点になる。今この男はなんと言ったのか。
 着任したばかりの自分をMS隊の隊長にするなどと聞こえたような気がするが。

「中佐、聞き間違いでしょうか。私は少尉です。MS隊の隊長など……それに確かに中佐や私はMSを扱いますが、MA隊なのではないのですか?」

「うん。まぁ疑問は尤もだ。だけど少尉、実を言うとこの艦にはMAはなくてMSだけなんだ。私の他にもう一人MSのパイロットがいる。君と同じコーディネーターの」

「私と、同じ……?」

 するとミュラーが戦闘用コーディネーターソキウスとソキウスが部下になるまでの経緯を説明する。
 遺伝子操作を軍事に転用したところに人間の業の深さを感じるが、そのソキウスに対してミュラーが悪感情を抱いていないようなのが幸いだった。

「――――というわけで、この戦艦にはMSが三機だけしかない。そして私は艦長でもう一人のナインは准尉だ。だからキャリー少尉がMS隊の隊長なんだ。それにキャリー少尉は本来ならとっくに大尉、最低でも中尉になるだけの戦果をあげているしその実力もある」

「理由は、分かりましたが」

「そう心配しなくていい。戦闘になればスポンサーの要望もあるし私も出ることになる。実際の指揮も私がとる。ただ……もしもの時があった場合は少尉に指示を頼みたい」

「……分かりました。微力を尽くします」

 敬礼してキャリーは退室する。
 しかし蔑視されるのは慣れたものだが、歓迎されるのは初めての経験だった。しかもお飾りとはいえMS隊の隊長だ。

(ハンス・ミュラー……連合にもあんな風にコーディネーターだからと差別しない人もいるのか。ああいう人間が上に立ってくれれば……)

 少なくとも今回の戦いはいつもよりも有意義なものとなるだろう。
 キャリーは苦笑しつつ自分にあてがわれた士官室へと歩いて行った。



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