戦争において情報は重要な物だ。
敵が攻めてくるという情報がなければ事前に迎撃準備を整えることもできないし、敵の戦力が不明では戦略もたてられない。
よって軍の情報伝達には一般の携帯電話などよりも遥かに優秀なものが使われている。
ミュラーは軍の無線を使い総司令部と連絡をとり……自分の予感が正解であったことを告げられた。
世界中にばら撒かれたニュートロンジャマーにより世界中はあちこち大混乱に陥っている。当然だろう。当たり前のものが当たり前でなくなる衝撃は大きい。
「なんだ……ふざけているのか……ザフトは」
力なくソファに崩れ落ちる。
これは嘘だと誰かに言って欲しかった。エイプリルフールのジョークだと誰かに言って欲しい。
しかし頬をつねろうと、壁を殴りつけようと痛みがこれが現実であることを突きつけてくる。
「まったく、なんてことをしてくれたんだ。ザフトはっ!」
エネルギーと人口というのは密接な関係で成り立っている。
近代化以降世界中で人口が増加したのも、一番の理由は世界にそれだけの人口を許容できるだけのエネルギーがあったからだ。
しかしニュートロンジャマーはその『エネルギー』を支える原子力発電施設を停止させてしまった。
100億の人口を支えてきたエネルギーという土台が崩れる。エネルギーのキャパシティを人口が大幅にオーバーする。
その果てに待つのはオーバーした人口の自然淘汰。簡単に言えば餓死者などの続出だ。
「申し訳ありません少佐」
「何故お前が謝るんだナイン……これは全部、ザフトのせいじゃないか」
憎々しげに窓の向こうに広がる空を――――宇宙を睨む。
あの宇宙にいるであろうザフトはなにを思ってこのような蛮行に出たのか。
「ユニウスセブンに対する報復か! 散々地球連合は野蛮だ、ナチュラルは愚かだのと言っておいて……こんなものユニウスセブンより性質が悪いじゃないか。ユニウスの20万どころじゃない。エネルギー不足でプラントの人口以上の人間が死ぬんだぞ。しかもコーディネーターは地球にだっているんだっ! 今に彼等へのリンチが始まるぞ! ザフトにはそれが解らないのか!?」、
それともそれを承知した上でそのリンチをナチュラルの蛮行であると弾劾するつもりだろうか。
だとすれば実に悪辣なことだ。
しかもザフト兵たちはユニウスセブンの報いだとでも思っているかもしれないが、これで死ぬことになるのは『血のバレンタイン』とはなんの関係もない人間だ。
エネルギー不足という性質上、貧困地域にいる弱者から先ず死んでいくだろう。
「……くそっ」
ニュートロンジャマーの散布がユニウスセブンの報復だというのなら、皮肉なことであるがまだザフトは愚かではあっても馬鹿ではない。
しかしもしもこれが戦争を早期終結させるためだとか思っているのだとすれば、ザフトは馬鹿だ。
これで世論は完全に徹底抗戦に傾く。
適当に折り合いをつけての和平などは幻と消えた。
最悪お互いがお互いを殺し尽くすまでの殲滅戦にも発展する。
「ははっ。ブルーコスモスの思想にここまで共感を覚えたのは初めてだよ」
散々壁に当たり散らして、冷静さが戻ってきた。
いつまでもザフトに対し怒鳴り散らしていても仕方ない。幸いにしてミュラーはまだ生きている。英雄という立場上、飢え死にということもないだろう。
「ナイン、お前は暫くこの家に泊まった方が良い」
「え?」
きょとんとした顔をナインが浮かべる。
「俺は……私は君の上官であるし、そうあるよう心掛けているつもりだ。だけどプライベートにおける命令権はない。だからこれはあくまで仕事上の上司としてのお願いだ」
「少佐の頼みを断る考えを僕は持っていません。だけど理由を教えてください」
「単純だ。このままだとお前が死ぬかもしれないからだ。地球にいるナチュラルはこれから憎悪の視線をザフトに向けることになる。そして悲しいことだけど、民衆はザフト=コーディネーターと見ているんだ。しかし報復しようにもザフトは宇宙の果て。ならどうするか? 簡単だ。近くにいるコーディネーターで鬱憤を晴らす」
「…………」
「お前が戦闘用コーディネーターであることは民間人は知らないし、軍でも一部の者しか知らない。だけど情報なんてどこから漏れるか分からない。ソキウスを良く思わないブルーコスモス派の軍人が悪意をもって情報を流すこともあり得るということだ」
一般人からのリンチなんて理由で初めての部下を喪いたくはなかった。
それがコーディネーターであるかなどは関係ない。
「ですがそれだと少佐の身が危なくなります」
「大丈夫だ。こんな時だからこそ軍上層部は自分達で作り上げた『英雄』を失いたくないだろう。厄介事ばかりの『英雄』のイメージもこういう時は盾になる」
「……」
「返事は?」
「了解、しました」
ナインのことはこれでいい。今日ミュラーは休みなので仕事はない。
ニュートロンジャマーの散布なんて大事件が起きたが、だからこそミュラーを招聘するなんてことに時間を割けないのだろう。というよりパイロットのミュラーがこの状況で出来ることはなかった。
(……まてよ)
ニュートロンジャマーの散布はザフトの軍事作戦だ。それにより世界中は空前絶後の大混乱となっている。
もしもミュラーがザフトの司令官ならば、この混乱に乗じてなんらかの作戦を実行するだろう。
ミュラーはある可能性に思い至ると、無線をアズラエルに繋げた。
ザザザッという雑音の後、アズラエル財閥の施設に繋がる。
『何用ですか。盟主は今』
「ハンス・ミュラーが緊急の報告があるとアズラエル氏にお伝えください」
『ハンス、ミュラー? ……分かりました。盟主に伝えます』
こういう時は本当に英雄というのは便利なものだった。
暫くするとアズラエルが無線に出る。
『なんですかミュラー少佐。空の化物共のせいで僕は忙しいんだ。用があるなら早くして下さい』
言葉の節々から苛立ちと怒りが滲み出ていた。
礼儀に整った前置きなどをすれば逆に神経を逆なでするだろう。ミュラーは単刀直入に切り出す。
「理事。ザフトが軍事行動に出る可能性があります。至急、迎撃の準備をさせて下さい」
『は? こちらはニュートロンジャマーの対処で忙しいんですよ。貴方の妄言に付き合ってる時間は――――!』
「だからこそです。地球は未曽有の大混乱にある。だからこそ完全な奇襲になる」
『…………一理、ありますが。しかし何処を狙おうというんです? ジブラルタルですか』
「それも有り得ます。ですが地上部隊のサポートなしでの降下制圧作戦がどれほど無謀なことかザフトも学習しているでしょう。ならザフトは地上に基地を建設しようとするかと思われます。……親プラント国の大洋州連合オーストラリア地区が最もその候補地としての可能性が高い」
『分かりました。僕の方から軍に警戒するよう伝えておきます。では僕は忙しいので』
無線が切れる。一先ずは現状で出来る限りのことはやった。
一介のパイロットが個人的な伝手を使って軍上層部を動かすなど越権行為であることは理解している。だがこんなことをしでかしたザフトにいいようにやられるというのは我慢ならなかった。
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