プロジェクト・ガンダムが発足してから幾日かが経過した。
しかしミュラーはこのプロジェクトの最前線に加わる事は認められていなかったので、プロジェクトが開始すればもうやることはない。
月基地へと戻り自分の指揮するブリッジマンの艦長席で優雅にコーヒーを飲みながらパトロールする毎日である。
連合軍で数少ないMSを運用する戦艦ということで、ミュラーの所にはこういう仕事がよく回されてくるのだ。偶発的に敵と遭遇しても生きて帰れるだろうということで。
その信頼は有難迷惑でもあるが、給料を貰っている身としては命令には従わなければならない。
ミュラーは今日もハルバートン提督の指示もあり、ブリッジマンでパトロールに励んでいた。
もっとも本当に敵MS部隊と遭遇でもしない限り出番はないので、副官のルーラ・クローゼ中尉に任せきりだ。
偶に少しは仕事して下さいと言われることもあるが大人の余裕……もとい大人の怠惰と上官権限によって右から左に流す日々である。
自分にしか出来ない事は仕方ないから自分でやる。自分以上に出来る人間がいるならその人に丸投げする。それがミュラーの労働スタイルだった。
今頃はオーブ首長国の保有するコロニー『ヘリオポリス』で五機のガンダムが製造されロールアウトされている頃だろう。
しかし中立国でありながらいけしゃあしゃあと裏で連合軍に協力するオーブもあくどいが、連合軍もかなりあくどい。
オーブは中立国であるため必然的にそれの保有するヘリオポリスは中立コロニー。ザフト軍も敵対してすらいない中立コロニーなど近付こうとはしないだろう。
(まぁオーブ側の建前としては国家であるオーブじゃなくて、オーブに本拠地をもつ企業モルゲンレーテが協力するっていうことなんだろうけど)
モルゲンレーテがオーブの支配階級である五大氏族の一角、サハク家の影響力が強いため実質的には国営企業に近い。
だからオーブの建前など詭弁に等しいのだが政治の場ではそういうのも必要なのだろう。
どれだけオーブが中立を謳おうと古来より中立国が侵攻を受けた例など山ほどあるのだ。しかもオーブが地球の一国である以上、地球圏のほぼ全土を支配圏におく地球連合、ひいてはその盟主であり貿易のお得意様でもある大西洋連邦の機嫌を損ねたくはあるまい。
「というわけでチェックだ」
ブリッジであぐらをかきながらミュラーは白のクイーンを黒のキングの前に置く。
白のクイーンや黒のキングということからもお分かりだろうがチェスである。MSなんてSFもどきの兵器が当然のように闊歩する時代においてもこういうボードゲームは一般に広く親しまれていた。
相手はミュラーと同じく暇をもて余しているキャリーだ。ナインや他の乗組員も戦況を伺ったりお喋りしながら働いている。
総舵手を始めとした確固たる仕事がある者達が青筋をたてていた気がするが……気のせいだと信じたい。
「中佐、その手は読んでいました。では私をキングをナイトの背に」
キャリーが笑いながらキングを後退させる。
ブリッジマンに配属されてから結構立つが、徐々に他の人員とも慣れ始めているようだ。今では整備兵に混じってジンを弄繰り回したりして友好的な関係を築けている。
同じ戦艦で戦う皆の仲がいいのは素晴らしいことだ。
一応この艦の艦長としてはしみじみと思う。
「なんのこれしき。追撃する」
クイーンを更に進めるが、
「ではこれでチェックです」
今度はキャリーのルークがミュラーのキングを追い詰めてしまう。
仕方なしにミュラーはキングを左に動かしてチェックから逃れた。
「中佐……いいんでしょうか。一応仕事中だというのに」
ナインが恐る恐る尋ねてくる。
「いいのいいの。こんなんでも偶発的な遭遇には最大限警戒を払っているし、そうやって何度も偶発的遭遇を退けて来たじゃないか。やることをやらずに死ぬのは問題だけど、やることをやって死ぬんだとしたらもうそれはしょうがない。諦めるしかないんだよ」
「はぁ。そういうものなんですか」
「そういうものなんです」
戦闘用コーディネーターという特殊な出自のせいだろうか。ナインはやや頭が固すぎる。
もう少し頭を柔らかくして欲しいものだ。
「ですが中佐。ナインの言う通り中佐はもう少し労働意欲を持った方が良いかもしれませんよ」
「それ言えてる」
「中佐って本当に怠け者ですからね〜」
キャリーの意見に何人かの乗組員が追随する。……なにやらここ最近、上官への敬意というものが薄れ始めているような気がしなくもない。
最初の時など『れ、連合軍最強のエースの下で働けて光栄であります! 中佐殿!』という態度が今では『中佐〜。軍のお偉いさんとかに頼んで給料あげて下さいよ〜』というありさまだ。
一体どうしてこうなったのか。
「ちゅ、中佐! 大変です中佐!」
副官のルーラが慌ただしくブリッジに入ってくる。
「ああ落ち着くんだルーラ。深呼吸深呼吸、世の中の物事には冷静さをもって対応しないと」
コーヒーを飲みながら応対する。
どうせアズラエルがまた無理難題をふっかけてきたか、大統領のスキャンダルでも見つかったかだろう。大したことではない。
「そ、それがプロジェクト・ガンダムがザフト軍に察知されて五機中四機が敵に奪取され、ヘリオポリスが崩壊しましたっ!!」
「ぶぅぅぅーーっ!」
思わずコーヒーを吹きだしてしまう。吹きだしたコーヒーがキャリーの顔面にダイレクトアタックした。
しかしそれを上回るインパクトがルーラの報告にはあった。
「だ、奪取だって!? ガンダムが! おまけにヘリオポリス崩壊だと……?」
「は、はい。幸いユニウスセブンの時と違いヘリオポリスの民間人の殆ど全てがシェルターに入っていたので死傷者は少ないようですけど……」
「そうか」
ユニウスセブンの崩壊。血のバレンタインを生で見た者の一人としては取り敢えず一安心だ。
しかし安心できないこともある。
「で、ガンダムが奪取されただって……?」
「はい。GAT-X102デュエルガンダム、GAT-X103バスターガンダム、GAT-X207ブリッツガンダム、GAT-X303イージスガンダムが奪取されました」
「……残る一機。GAT-X105ストライクガンダムは?」
「詳細は不明ですが、ガンダムと同時開発されていた新造戦艦アークエンジェルと共にヘリオポリスを脱出したそうです」
「最悪ではなかったが最悪一歩手前の結果だな」
ガンダムには実弾を完全に無意味なものとするPS装甲、MSが携帯可能なビーム兵器などあらゆる革新的な技術がつぎ込まれていた。
それが四機も敵の手に渡ったのだ。連合軍にとって大きすぎる損失だった。
「艦を反転させろ。我が艦は月基地へ帰還する!」
命令を飛ばすとミュラーは疲れた様に艦長席に座り込む。
プロジェクト・ガンダムには自分もかなり関わっている。だからこそそれがこんな結末を迎えたのが無念であった。
ミュラーより遥か前に開戦以前からG計画を提唱していたハルバートン提督などはどんな気持ちを抱いていることか。
「盗人猛々しいにも程があるぞ……ザフト」
戦争である以上、ザフトの行為を否定するのは筋違いなのだろうがそうぼやかずにはいれない。
「……これから、どうするんでしょうか?」
キャリーが難しい顔で聞いてくる。ミュラーの吹きだしたコーヒーをタオルで拭きながらシリアスな表情でいるのがシュールだった。
「どうもこうも。残る一機、ストライクと新造戦艦までザフトに安々と譲ってやるわけにもいかない。プロジェクト・ガンダムを推し進めた立場上、私達の属する第八艦隊が応援に行くことになるだろう。そしてその先遣隊として選ばれる可能性がもっとも高いのは」
「ヤキンの悪魔を始めとしたMSを三機擁する我々ですか」
「ああ」
カスタム・ジンの整備を万全にしておく必要がありそうだ。
もしかしたら最悪、自分達は全く新しい脅威と戦うことになるかもしれない。
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