ブリッジマンを月基地へ帰投させて直ぐミュラーは副官のクローゼを伴ってハルバートン提督のところに向かった。
勿論先日のヘリオポリス崩壊事件、ひいては五機中四機のガンダムがザフトに奪取されたことへの対策のためである。
「待っていたぞミュラー」
ミュラーが到着するとハルバートン提督が安心したように一息ついた。
部屋には第八艦隊に所属する佐官の面々が顔を並べている。誰にも共通していえるのが深刻な表情をしているということだ。
ミュラーも今回ばかりは不真面目な態度をしている訳にはいかない。
ガンダムが奪取されたというのは戦術レベルでの失態ではなく、戦略レベルでの遅れに発展するような危険性を秘めているのだ。
それだけの技術があの『ガンダム』には積まれている。
「さて。ここに集まった諸君に一々概要を説明するまでもないだろうが、一応は本題を言おう。五機中四機のガンダムがザフトにより奪取されヘリオポリスが崩壊した。だがザフトは今なお脱出したアークエンジェルとストライクを奪取したガンダムまで使って追撃してきている」
『…………………』
一同が黙り込む。しかし黙っていても話が進まない。
やがて眼鏡をかけた少佐が挙手をした。
「提督。それでヘリオポリスから脱出したストライクとアークエンジェルはどうなったんでしょうか? アークエンジェルは我が軍の最新鋭の戦艦でストライクは高性能な機体です。ヘリオポリスに派遣された護衛の中にはエンデュミオンの鷹もいるとのことなので、相手がジン程度ならば逃げ切れるかもしれません。しかし敵はストライクと同じ高性能機のガンダムまで使って追撃しているのであれば、逃げ切れないのではないでしょうか?」
消極的な意見だが現実的であった。
単純にMSの数でもアークエンジェルがストライク一機なのに対して追っ手には四機のガンダム。しかも追撃してきているのはザフト屈指のエースパイロット、ラウ・ル・クルーゼ率いるクルーゼ隊だ。
トップエリートばかりが配属されたクルーゼ隊が相手ともなればストライク一機だけでは逃れ切れるものではない。
「ふむ。それがどうやらストライクの健闘もあってどうにか逃げ延びているようだ」
「ストライクが、妙ですね」
「ミュラー中佐?」
「提督。MSパイロットとしての意見ですが、ガンダムのテストパイロットに選ばれた者の技量はどう贔屓目に見てもザフトの一般兵と同等の枠を出るものではなかった。ましてやストライクに搭載されているOSはまだまだ未完成です」
本来ならば五機のガンダムは月基地へ移送されそこでアズラエル財閥がミュラーの戦闘データを元に作成した完成品のOSをシステムにダウンロードするはずだった。
故にストライクを含む五機のガンダムにはアズラエル曰くA.D.のAIBO並みのOSしか入力されていない。
「君はアークエンジェルとストライクがまだ残存しているのは誤りであると言うのかね?」
「いえ。しかし我々が予期せぬイレギュラーな事態がプラスに働いたと考えるべきでしょう。実際に相手した私はラウ・ル・クルーゼという男の技量を知っています。あの男は不完全なOSと一般兵レベルのパイロット、それに新造戦艦だけで逃げ延びられるほど甘い相手ではありません」
「そうか……だが事態は一刻を争う。断じてストライクとアークエンジェルまで敵に奪われる訳にはいかん」
これには全員が同意した。
ガンダムは一機一機が小規模な局地戦なら単騎で支配できてしまうだけのポテンシャルをもっている。なにせガンダムには携帯可能なビーム兵器が標準装備されているのだ。
これを使えばMSで戦艦を撃墜するのはそう難しいことではない。パイロットがコーディネーターであるならば猶更だ。
ガンダムを前線に投入してきている時点でデータは吸い出されているのはほぼ確実。もはやそのことは諦めるしかない。
しかしザフトがガンダム級のMSを量産して実戦配備した時、未だに連合の主力がメビウスや戦車では終わりなのだ。
PS装甲には実弾を完全に無効化することができるのだから。連合が運用する殆どの兵器はガンダムの前ではただの鉄屑となる。
「ミュラー中佐」
「はっ」
「敵は特殊部隊として名高いクルーゼ隊だ。対抗できるのはMSを三機擁する君の部隊しかない。帰投したばかりで悪いが補給が完了次第君達は先遣隊としてアークエンジェルの援軍として赴いてくれ。私の第八艦隊も後から続く」
「了解です」
敬礼をする。こうなることは予測できていたので準備は始めていた。
問題はブリッジマンが到着するまでアークエンジェルが生き残ってくれているかだ。最悪既に沈没させられているか、敵に拿捕されているということもあり得る。
とはいえ神ならぬミュラーに出来るのは一刻も早くアークエンジェルに合流するために努力することと、アークエンジェルの無事を祈ることだけだ。
ミュラーは退室すると即座に補給の指示を始める。
らしくもない勤勉さを発揮しているせいで疲労が溜まってきているがこんな状況だから仕方ない。
幸いクローゼがテキパキと仕事をしてくれたお蔭で準備は思った以上に速く終わった。
「ミュラー中佐!」
後ろからハルバートン提督に呼ばれる。振り向くと提督の隣に見知らぬ男がいた。
着ているのは軍服ではなくブランド物と思われるスーツ。直感的にこの男が連合の高官の政治家であると悟った。
「紹介しよう。大西洋連邦事務次官を努められているジョージ・アルスター氏だ」
「初めまして中佐。連合軍最強のエースパイロットとこうして会えて嬉しいよ」
事務次官と紹介されたアルスター氏はミュラーの手を握るとぶんぶんと握手をした。
悪そうな人間ではないが、やや強引で政治家特有の胡散臭さがある人物だった。
「こちらこそ。ハンス・ミュラー中佐です」
軍人としては政治家を敵に回したくはない。それが事務次官ともなれば猶更だ。
精一杯の愛想笑いを浮かべながら握手をする。
「中佐。先遣隊にアルスター氏も乗艦されることとなった」
「はい?」
「宜しく頼むよ中佐。いやヤキンの悪魔の船に乗せて貰えるなんて光栄だよ」
「……失礼ながらそれは本当でしょうかアルスター事務次官。任務が任務です。我が艦が戦闘をする可能性は高い。……危険です」
「ヤキンの悪魔が弱気なものだ。なぁに君がいるんだ、そんな心配はしていないさ。それじゃ頼むよニュータイプくん」
バンバンと背中を叩かれアルスター氏は行ってしまった。どうやら本気でブリッジマンに乗り込むらしい。
「すまんな中佐。私も止めたのだが、立場が立場だ。強引にお引き取り願うことはできん」
「……提督。私はね。自分だけ安全な場所にいて耳触りの良い好戦的な発言をする政治家が大の嫌いです。しかしいざ政治家が最前線に乗り込んできてもそれはそれで困るものですね。軍人としては。嘗てないプレッシャーを感じてますよ」
「ああいう勇敢な人だからこそ、前線ではなく後方で頑張って欲しいものなのだがな。彼は無意味なことに勇敢さを消費してしまっている。しかもアルスター氏はそれをご理解なされていない。……頼むぞ中佐。アークエンジェルのことだけではない。負担だろうがアルスター氏にも気を配っていてくれ」
「微力を尽くすとしますよ。100%の安全を保障することはできませんが精々大船に乗ってきたつもりでここに戻って来て貰いましょう」
肩を竦めるとミュラーはブリッジマンへと歩いて行った。
敵は仮面のクルーゼとガンダムである。死ぬかもしれない、と思った。
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