C.E.72。2月11日。アークエンジェル並びに先遣隊ブリッジマンは第八艦隊との合流を果たした。
途中三機のガンダムの襲撃に合うなどはあったが、第八艦隊の援護もあり危なげなく撃退することができた。ガンダムを撃墜することこそ叶わなかったがストライクがデュエルに打撃を与えたのでまあまあの戦果である。
「ラミアス大尉、よくぞ戻ってくれたな」
合流後アークエンジェルに小型艇でやって来たハルバートン提督はそう言ってラミアス大尉以下乗組員を労った。
「ハルバートン准将、いえ私達は自らの責務を果たしただけです。むしろ四機のガンダムを奪われた事は」
「いや、いい。それは君が気にすることではない。寧ろストライクとアークエンジェルだけは守り通してくれたことを連合軍を代表して感謝したい」
「ありがとうございます!」
ラミアス大尉はハルバートン提督の教え子だと聞いている。だからだろうか。二人の間には確かな絆のようなものが垣間見えた。これが師弟関係というやつだろうか。
ミュラーは少しだけ士官学校時代を思い出す。
堅物で冗談一つも言わない癖に教え方の下手な頑固爺。いい加減退役しろよと怒鳴りたくなるボケ老人。若いんだが自己顕示欲のやたら強いナルシスト。授業中に自分の武勇譚に話が脱線してばっかりの自慢屋。
「……………」
我ながら碌な教官がいなかった。連合軍はもう少し未来ある若者を育てるということに重きを置いた方が良い気がする。
ミュラーの出た士官学校が特別に駄目な連中ばかりだったのかもしれないが。
「ミュラー中佐もご苦労だった」
ハルバートン提督が今度はミュラーに真摯なまなざしを向けてくる。
「いえ。私はラミアス大尉達の手伝いをしたまでのことです。大したことはしてません」
「そんなことはありません中佐。あの時のクルーゼ隊との衝突も中佐がいなければ危なかったかもしれないのですから」
ラミアス大尉が口を開く。
口先だけの賛美など呆れるほどに浴びたミュラーだが、ラミアス大尉の声音にはチープな世辞などはなかった。ミュラーとしても美人に褒められて悪い気はしない。少し頬を書きながら大人の対応でお礼を言っておいた。
「それでアークエンジェルはこれからアラスカに?」
ラミアス大尉の質問に提督は表情を暗くさせた。どことなく苛立ちのようなものが見受けられる。
「私の計画では君の言う通りアークエンジェルには地球連合本部アラスカ基地へと降下して貰うはずだった」
「だった、ということは違うのですか?」
「ああ。上層部の要請でな。君達にはこれから我々第八艦隊と共に月の地球軍基地へと来て貰う」
「ラクス・クライン、ですか?」
ハルバートンの予定を違えさせるほどの理由。
ミュラーの考える限り思い至る要因は一つ。アークエンジェルが人道的立場から救助したというラクス・クラインのことだ。
まさか連合軍が人道的立場からラクス・クラインを素直にザフトへ返還する、なんてことはないだろう。上層部のお偉方はクラインの令嬢という玩具で政治ゲームでもする気だ。
「……そう、だろうな。上層部からもラクス・クラインはなんとしても月基地へと持って来いと再三に渡り念を押されたよ。どうやら上層部はMSより一人の民間人にご執心らしい」
ハルバートン提督が上層部に不快感を露わにする。
こういった政治的な陰謀や不正などが大嫌いな提督からしたら不快な命令でしかないだろう。ただどれだけ良識的な人間だろうとハルバートンも、そしてミュラーやラミアス大尉も軍人であり上の命令には従わなければならない。
「辛いものだ」
ハルバートン提督との話しを終えたミュラーは、ブリッジマンは今副長が指揮をとっていてやることがないので適当にアークエンジェルを散歩する。
最新鋭の戦艦だけあって中もやや旧来の戦艦とは異っていた。個人的にも軍人としても興味深いものだった。
(陽電子砲を始めとした大火力に大気圏内でも運用可能か。連合も随分な戦艦を開発したな。ある意味ガンダム以上の新顔だ)
さて。ミュラーとしては目下一番気になるのはなんといっても格納庫だ。
ブリッジマンはMSを運用するためにやや無理矢理に鹵獲したローラシア級の部品を押し込んでいるが、果たしてアークエンジェルはどういう具合になっているのか。
「これがアークエンジェルの格納庫か。ブリッジマンとはやっぱり違うな」
最初からMSを運用するために建造されただけあって、アークエンジェルの格納庫は広くて高い。MSが宙返りできそうなスペースがこの格納庫にある。
これなら存分にMSを運用していけるだろう。
今後連合の戦艦がアークエンジェルをベターにしてくれたら一人のパイロットとして嬉しいが恐らく無理だろう。
アークエンジェル級はその高性能に比例してかなり高価なのだ。量産には向かない。一部の将校や旗艦用として配備されるようになるかもしれない、とミュラーは読む。
格納庫では整備兵が慌ただしく働いている。
一応ミュラーは有名人だ。余り目立ちたくもない。整備兵の目線を避け今度はMSの方へと歩いて行った。
「……ガンダム、か」
灰色の巨人を見上げる。連合が開発した初めてのMS、ガンダムはPSがONになっておらずともその威容を示していた。
兵器でありながらどことなく神々しさすら醸し出すストライクガンダムは白亜の巨人と称するとしっくりくる。
「あっ」
背後から弱々しい驚きが漏れる。振り向いてみるとそこに気弱そうな少年がいた。
その顔は知っている。少年はキラ・ヤマト。このガンダムのパイロットだ。
「そう萎縮しなくていいよ。君は軍人じゃないし、そう気負うこともない」
「は、はい」
努めて優しげな口調でミュラーは言う。
ミュラーとしてはここらで『ヤキンの悪魔』というあまりにも恐そうなイメージを解いておきたかった。
「君とは忙しくて話す機会は余りなかったけど、一人の軍人としてお礼を言わせてくれ。よくこれまで頑張ってくれた。ありがとうキラくん」
「いえ……僕はただ友達を守りたかっただけですから」
こうやって話せば話すほどに獅子奮迅の活躍をしたストライクのパイロットとは思えぬナイーブさだ。
本当なら彼のような少年が軍人になることなどなかっただろうに。戦時下の悲劇というべきか。本来なるべきでない人間が軍人として駆り出される。
「若いのに立派なものだよ。私が君くらいの年の頃は他人より自分のことばかり考えていたよ」
「あの……ミュラーさんは、どう思ってるんですか。そのコーディネーターのこと」
「うん?」
「てっきりミュラーさんはコーディネーターが嫌いなんだと思っていましたから」
「単純に好き嫌いで言い表せるほど簡単なことじゃないよ。私もナチュラルだからね。コーディネーターを妬む気持ちは良く分かる。それに生まれている子供を親の都合で遺伝子を弄るなんて行為には嫌悪感はある。けれどもしそのことで非難を受けるべき人間がいるとしたら、それは遺伝子を調整した親であって生まれてくるコーディネーターじゃない」
「……僕は」
「っとすまなかった。君は第一世代コーディネーターだったか。別に君の御両親を批判したかったわけじゃないんだ。まぁ私はコーディネーターを生み出すことは否定するけど、コーディネーターそのものを否定しないというスタンスをとっているよ。大体だ。私がアンチコーディネーターならキャリーを部下にしたりなんてしないさ」
「キャリーさんが言ってました。中佐の下は居心地がいいって」
「……キャリーめ。そんなことを」
「なんとなくキャリーさんの言ってたことが分かる気がします」
「そ、そうか?」
どうやら少しは誤解が解けたようでなによりだ。
時計を確認するとそろそろ時間だ。ブリッジマンに戻らなくてはならない。ポンポンとキラの肩を叩くと、
「提督が君達含めた民間協力者の除隊許可証を申請中だ。もう直ぐ受領されるだろう。それで君は元の暮らしに戻れるはずだ。一応それほど多くない額だがこれまでの仕事分の給与も支払われる筈だ」
「除隊許可証? 僕達は軍人だったんですか!?」
「流石に民間人を軍務につかせるわけにはいかないからね。ちょっとしたやり取りがあったわけだよ。一応軍に所属してたっていうのはステータスになるから就職する時にでも使ってくれ」
「あ、あの! 僕が艦を降りたらストライクはどうなるんですか? もしかしたら僕がストライクで戦えば……もっと」
「…………」
「だからもしかしたら、僕は降りちゃいけないのかもって」
ある意味、純粋無垢な悩みだった。どう考えても軍人向きの性格ではないから、こんな深く考えて悩んでしまう。
余り教師面するのは苦手なのだが、悲しいかな。ミュラーはこれでも二十歳を超えた大人だ。大人として悩める若者に助言の一つはしなければならない。
「キラくん。酷い言い方かもしれないが、あんまり自惚れてはいけない。パイロットの出来ることなんていうのは精々が局地的な戦術に貢献することくらいだ。パイロット一人でどうこうなんてことはないし、エースパイロットが何人もいたってそれだけで戦争に勝てるわけじゃない。私だってそうだ。エースだ悪魔だなんて持て囃されているけど、私は連合とザフトの戦略を覆したことはない。その証拠にヤキン・ドゥーエでもユニウスセブンでも戦略的には敗北を喫しているしね。一人が出来ることなんてたかだが知れているんだ」
「…………」
キラはポカンと口を開け驚きながらも、真剣に話を聞いていた。
「パイロット一人じゃ歴史は変わらない。だけど歴史には記されないちょっとした出来事を変えることはできる。君が頑張ってくれたお蔭でアークエンジェルと第八艦隊が合流することができたし、なにより君の友人たちは守られた。だからそれでいいんだ。これからは軍人の仕事だ」
「は、はい」
「それじゃあキラくん。また縁があったら」
敬礼をしてから急いでブリッジマンへと向かう。
時間はもうギリギリだった。小型艇では既に秘書官のルーラが若干苛立ち気味に待ち惚けしていた。
「すまない遅れた」
「なにをしていらしたんですか?」
「ちょっと若者との交流をね」
「……中佐もまだ若者といえる年齢だと思いますけど」
「そういえばそうだ」
時々忘れそうになるが自分は22歳。
軍人でなければ大学生としてキャンパスライフを送っているような年齢だった。それがこうして戦争をしているのだから人生は不平等なものだ。
「ルーラ……お前に頼んでおくことがある」
「中佐?」
「ザフトがこのままで終わるとは思えない。ザフトだって無能じゃないんだ。もしかしたら今頃アークエンジェルにラクス・クラインがいることを突き止めているかもしれない。だったらなんとしても月基地へラクス嬢を移送されることだけは防ごうとするはずだ。だから」
その前に布石を打っておく。
転ばぬ先の杖ほど戦場で役立つものはないのだから。
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