第八艦隊と合流してから二日。ミュラーの懸念は的中し第八艦隊にクルーゼ隊が接近しつつあった。
狙いはストライク及びアークエンジェルの破壊か、もしくはラクス・クラインの救出か。
どちらにせよやる事は変わらない。第八艦隊がラクス・クラインとストライクを持って月基地へ来いという命令を受けている以上、ここでクルーゼ隊を振り切りるしかないのだ。
『ミュラー中佐、君の進言が的中してしまったようだな』
「ええ、そのようです」
旗艦メテラオスからハルバートン提督がブリッジマンに通信を繋いでくる。
本来ならたかが一隻の戦艦の艦長に艦隊提督が意見を求めることなどないのだが、ミュラーの場合は特殊だ。なにせミュラーは連合のナチュラルで唯一のMSパイロットであるし、指揮官としてラウ・ル・クルーゼと戦い勝利したという実績がある。なによりミュラーはザフトの追撃がくる可能性についてハルバートン提督に打診していたのだ。その発言が的中したならば、それについての意見を求められるのは不思議なことではない。
ミュラーはそんな過度な期待を抱いて欲しくないものだが、それも今更だと諦めた。
勤勉意欲は高いとはいえないミュラーだが、命が懸かれば全身全霊しか戦うしかない。戦争というのは上手いシステムになっているものだとミュラーは感心したくなった。
「一応私の方でこういった場合になった時の手配は済ませてあります」
『うん、分かっている。そちらは君に任せている……使えるのか?』
「恐らくは。私も直接関わった事はありませんが、クローゼ中尉が大丈夫というのだから大丈夫でしょう」
他多くの戦場と同じように数の上ではこちらがザフトより上だ。なにせ敵が戦艦数隻で来ているのに対して、こちらは艦隊。常識的に考えればどんな軍事学者であっても第八艦隊側が圧倒的優位だと断じるだろう。
しかし開戦以来ザフトと戦い続けてきた連合軍人としてはそんな楽観はとても出来たものではない。
ザフトはこの二倍の戦力比が違う相手と戦い見事に撃退してしまったこともある。コーディネーターばかりで構成されたザフトの兵の質は異様に高い。
まして第八艦隊は人員の多くを地上に引き抜かれてしまい、精鋭と呼べるのはアークエンジェルに配属されている一部兵士とブリッジマン、そして旗艦メテラオスくらいだ。
正直他の艦に配備されているメビウスなどザフトのエースパイロットの前では単なる固定砲台にしかならないだろう。そしてガンダムを相手にしたらただの撃墜スコア進呈用の餌だ。
『……中佐。甘い考えかもしれないが、私がラクス・クラインをザフトに返還すると言ったらどう思うかね?』
「ラクス・クラインを取り戻したザフトが撤退する……そうお考えですか?」
『無論、可能性の話であるがな』
ラクス・クラインを返還すれば必ずザフトが退却する。そういう保証があるのならばミュラーもハルバートンの意見に賛成しただろう。
しかし現実はそう優しくはない。敵の司令官がハルバートン提督ならば退却しただろう。だがこの世界の全指揮官がハルバートンのような高潔な精神をもっているわけではない。
「…………ラウ・ル・クルーゼがクライン派将校であれば、或いはラクス・クラインを万が一の危険から避けるため退却したかもしれません。ですがクルーゼは強硬派のパトリック・ザラの懐刀とすらいうべき男。あれだけの戦力にガンダムまであってラクス・クライン嬢を助け出しただけで満足して退くとは……」
可能性が皆無なわけではないが低い。ミュラーはそう発言した。
『そうだな。いっそ私がラクス嬢に銃を突き付けてザフトに退却しろ、とでも言えば済むのだろうが』
そう苦笑するハルバートンを見てミュラーはこの人にラクスを人質にする気がないのだと確信した。
『甘い指揮官だと呪うかね?』
「提督。私は自分が出来もしないことを他人に要求するほど悪い人間ではないつもりです」
『すまないな』
僅かにミュラーの心が痛む。
実のところミュラーがラクス・クラインの返還をハルバートンに断念させたのは単にクルーゼが退却する確率が低いからではない。
ラクス・クラインがこちら側にいれば、敵はラクスを敵ごと撃墜することを恐れて迂闊に戦艦へ攻撃することが出来なくなる。
戦場の主役がMSになったとはいえ、MSという兵器にも母艦の補給は必要であるし戦艦は火力だけなら――――ガンダムは別として――ー―MSよりも上だ。そんな戦艦を撃ち落とせないというのがザフトの戦略に制限をつけることでもある。
ミュラーはこのことをハルバートンには話さなかった。話せば不快感を催しラクス・クラインを返還しようとしてしまうかもしれない。
いやハルバートンもそんなことは分かっているだろう。
だが敢えて黙認している。……人質という作戦を却下しておきながら、一方で民間人を利用する。戦争なんてものでは幾らでも溢れる矛盾というものだ。
そしてその矛盾を知りながら見て見ぬふりをするのもまた大人の悪しき性というべきか。
ミュラーもその矛盾を知りながら知らないふりをした。
『では中佐、改めて君の意見を聞こう。君ならこの戦い、どう指揮をとる』
「……少数精鋭を相手に兵力分散の愚を犯すことはありません。ザフトのMS部隊に対抗できるのは……私を含めたブリッジマンのMS部隊だけです。我々のMS部隊を前面に押し出し、そしてアークエンジェルを中心とした陣を布くべきです」
『アークエンジェルをかね? あれは秘蔵の戦艦だぞ』
「はい。アークエンジェルのMS運用能力と火力、装甲は他の戦艦よりも二回りは上です。故にこれを中心に戦い、前線基地として運用するべきです。我々にはアークエンジェルほどの戦力を遊ばせておく余裕はありません。使えるものは使うべきです」
『使えるものは使う。それはストライクに関してもかね?』
「…………」
アークエンジェルにはガンダムの一つストライクが健在だ。その高性能を鑑みれば使わない手がない。
しかしストライクを運用するにしても問題がある。
「OSはキラ・ヤマトが自分用に構築したものですが、キャリーかナインなら問題なく扱えるでしょう。ただそれだと一機MSを遊ばせることになります」
『…………………』
「他の徴用した民間人には除隊許可証が発効されましたが、上層部はどういう訳かキラ・ヤマトの除隊許可証を発効することを渋っている。つまり公的に見ればキラ・ヤマトはまだ軍人です」
『詭弁だな。軍属扱いとしたのは彼等が民間人の兵器運用という罪をなくすために過ぎない。どれだけ取り繕うとキラ・ヤマトは民間人だ。戦場には出したくない』
「出過ぎた発言ですので、私はこれ以上を言うことはできません。ただ仮にキラ・ヤマトが善意の申し出をしてくれたのならば彼にはストライクに乗って貰うべきでしょう。ストライクの装甲なら並大抵のダメージではやられない」
『そうだな。分かった気に留めておこう』
それで通信は切れた。
キラ・ヤマトが自分から戦ってもらう、言いださなければ戦わせない。……ハルバートン提督ならばそうするだろう。
これもまた矛盾の一つ。儘ならないものだ。
「だが上層部はどうしてキラ・ヤマトの除隊許可証を発効しなかったんだ」
気になるのはそれだ。上層部はキラ・ヤマトがコーディネーターと知って、戦力確保のために除隊を許そうとしなかった。一見理屈に合う推理に見えるがそんな筈はない。
たかだかコーディネーターが一人加わるだけで戦争が変わるわけでもないし、連合に味方するコーディネーターならキャリーやナインが既にいる。わざわざキラ・ヤマト一人に固執する理由はない。
(それともストライクを見たからなのか。だがそれにしては他の民間人はあっさり解放した……私も知らないなんらかの秘密がキラ・ヤマトにあって、上層部がそれを知っているとでもいうのか)
だとしても上層部はどうやってそのことを知ったのか。
キラ・ヤマトという名前に心当たりがあったのか、それとも事情に詳しい誰かしらが漏らしたかだ。
「提督、出撃をお願いします」
「あ、ああ」
秘書官のクローゼが急かした。
ミュラーは押されるようにブリッジからMS格納庫へと走った。
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