サーペントテールの叢雲劾。彼は恐らくこの時代で最も有名な傭兵であろう。
並みのコーディネーターを圧倒するほどの技量、熟練した戦闘センス、確かな戦術眼。どれをとっても一流の技術をもち、更に契約を必ず履行する。
探せば或いは彼に匹敵するような力をもつ傭兵はいるのかもしれない。彼よりも紳士的で信用性のある傭兵もいるのかもしれない。
しかし二つを同時に兼ね備えているのはこの時代において叢雲劾だけだろう。その実力は最強のパイロットといえば、というクエスチョンにザフトのエースパイロットやヤキンの悪魔と並んでよく名前を出されることからも分かる。
傭兵故に撃墜スコアは換算されていないが、もしかしたら彼はこの時代で最もMSを撃墜しているのではないか。そんな噂すら実しやかに囁かれている。
そして最強の傭兵こと叢雲劾が今日受けた依頼というのが、クルーゼ隊を後方より奇襲することだった。
今回の任務が他とは違うのは奇襲するタイミングを含めた全てを叢雲劾の判断に一任されていたことだろう。お蔭さまでというべきではないが、叢雲劾は絶好のタイミングで敵に予想外の打撃を与えることに成功していた。
クルーゼ隊旗艦ヴェサリウスの背後に佇む青いMS。その姿はザフトのジンとは異なる意匠を施された、どちらかといえば連合のガンダムに近い外見をしている。
いや、もはやガンダムそのものとすらいっていい。
力強くややずんぐりした形のジンとは異なるスリムなフォームは西洋の騎士を想像させる。フレーム部分を青く塗装されたそのMSは名をアストレイ・ブルーフレームといった。
PS装甲がなく装甲に発泡金属を採用しているため防御力は紙同然であるが、かわりにジンを圧倒する速度とビーム兵器を標準装備している。
オーブがヘリオポリスで連合にも秘密にして開発していたMSだ。当然そこには連合から盗んだ技術も採用されている。
アストレイ――――王道ではないというネーミングもそこからとられていた。
叢雲劾はとある任務を受けた際に偶発的にこのMSを入手したのだ。ちなみにもう一機あったレッドフレームはとあるジャンク屋のものとなっている。
『取り敢えずはミッションの第一段階成功だな、劾』
同じサーペントテールの傭兵イライジャが言う。
ブルーフレームの隣にはイライジャ専用のジンがいた。
「ああ。だが油断はするなよ。相手は仮面のクルーゼだ」
『……ザフトのトップエースか。ああやってやるさ』
イライジャは元ザフトパイロットで、コーディネイトの程度が低く能力的にはナチュラルと変わらなかったために馴染めずに脱走した経緯をもつ。
そんなイライジャからすればザフトのエースパイロットと戦うというのは複雑な心境だろう。
『けど劾、どういう心境の変化だ? お前がハンス・ミュラーの依頼を受けるなんて。ブルーコスモス嫌いじゃなかったのか? 俺は後に依頼のきたアルテミスの方をやるとばかり思っていたぞ』
「……………ハンス・ミュラーはブルーコスモスではない。そう奴は発言していたそうだ。記者会見でな」
劾はブルーコスモスが嫌いだった。といってもそれはただ単純にブルーコスモスのやっている事が気に入らないから嫌い、というのではなく劾自身がブルーコスモスと人には言えない因縁があることに由来する。
なによりブルーコスモス派将兵は相手がコーディネーターだと平然と虐殺命令を下すので、殺戮や弾圧に関わるような仕事は請けないことをモットーとしているサーペントテールはブルーコスモスの依頼を受けた事は余りない。
『だけどムルタ・アズラエルの腹心とか言われてるじゃないか。リードも言ってただろ。ハンス・ミュラーはよくアズラエル財閥関連施設に足を運んでるって』
サーペントテール構成員の一人リードは元連合の士官なので軍内部には顔が効く。そのリードの情報なら間違いはないのだろう。
「そうだな。だからそれを確かめに来たのかもしれん。それにハンス・ミュラーは悪魔と怖れられるパイロットだがなにかしらの虐殺に手を貸したという話は聞かん。断る理由はない」
『そうか』
「後は興味もあったからな」
連合軍最強と噂されるエースパイロット、その実力がどんなものなのか直に見たくなった。
劾は苦笑してしまう。サーペントテールだの傭兵だのといって、やはり自分もパイロットではあるらしい。
「さて無駄口はこれまでだ。ミッション再開だ」
劾の乗るブルーフレームは機敏な動きでヴェサリウスからのミサイルや弾幕を躱していきビームを喰らわせていく。
ラウ・ル・クルーゼは慎重な指揮官だったらしく旗艦の護衛にそれなりの数のジンを配備していたが、
「遅い!」
ジンが一機ビームに貫かれて宇宙の藻屑となる。
やはりビーム兵器は強い。エネルギー消費が激しいという欠点はあるが、ただの一撃でMSを破壊することができる。これがジンのマシンガンならこうはいかない。
だがそれはこちらとて同じ。
ブルーフレムの装甲ではマシンガンを喰らうだけで甚大なダメージを受ける。PS装甲があるお蔭で物理攻撃に対して無敵の防御力をもつPS装甲とは違うのだ。
「はぁぁぁッ!」
ブルーフレムが突進してきたジンをビームサーベルで十文字に切り裂く。
ジンの撃破を確認すると即座にビームサーベルの電源をオフにした。ただでさえ燃費が悪いというのに無駄な電力を使うこともない。頭上からジンが重斬刀を降りかかってきたが、それはイライジャの放った重機関銃により蜂の巣となった。
そうして劾のブルーフレームがヴェサリウスを射程に収める。この距離からならばビームライフルを当てるのは難しいことではない。劾はヴェサリウスに照準する。
『ヴェサリウスはやらせんぞ!!』
しかしヴェサリウスとブルーフレームの間にローラシア級ガモフが割って入る。
ブルーフレームのビームは全てガモフへ命中してヴェサリウスへは届かない。
「……!」
ガモフのブリッジで一人の男がヴェサリウスに敬礼していた。着ている制服の色は黒。あの艦の艦長だろう。
そして劾が艦長の姿をとらえて数瞬の後、ガモフは小さなスパークを次第に大きなものとしていき爆発した。
『奮闘に感謝しよう、ゼルマン』
ガモフが爆散している隙を突いて、ヴェサリウスから一機の白いMSが発進していた。
劾も何度か戦場で見た事がある。ジンの発展型シグー。一部のエースに配備されているMSだ。
乗っているパイロットは間違いなくラウ・ル・クルーゼ。世界樹でモビルアーマー37機・戦艦6隻を撃墜したザフト屈指のトップガン。
「相手にとって不足はないか。相手にとってどうだかは知らないが」
ブルーフレームとシグーが宇宙空間を舞台にぶつかり合う。
機動性においてブルーフレームはシグーの上をいくが、稼働時間含めたスタミナならば実弾兵器しか装備していないシグーに軍配があがる。故に劾はシグーに短期戦を挑む必要があった。
『しかしよもや悪魔と蛇が手を組むとはな。……サーペントテールの叢雲劾、厄介な奴だよ君も!』
ネビュラ勲章受章者は伊達ではないということか。クルーゼはこれまで戦ったどのパイロットよりも強かった。
『劾! 下がれ!』
イライジャの声を受け劾はブルーフレームを左に動かす。そこを重突撃銃の弾丸が通過した。
『ちぃぃ!』
ブルーフレームの後ろから突如として放たれた弾丸にもクルーゼは反応してみせた。
イライジャの銃撃を回避すると、お返しとばかりにイライジャに発砲するシグー。そこを更に割って入ったブルーフレームがシールドで受け止めた。
(まさか俺とイライジャを相手にここまで戦うパイロットがいるとは……!)
劾をしても驚嘆せざるをえない。これはもしかするかもしれない。
まだエネルギーに余裕はあるが、こうも回避され続けてはいずれバッテリーも限界に達する。そうなれば戦術的に叢雲劾は敗北することになるだろう。
もっとも戦術的敗北が戦略的な敗北に繋がるという道理はないのだが。
『っ!』
クルーゼが何処から降り注いだ銃弾の雨を回避する。発砲したのは遠方にいる黒いカスタム・ジン。
肩にある悪魔を模したパーソナル・マーク。ハンス・ミュラーの機体だ。
『そうか。イージスの限界時間がきたか。……致し方ない。悪魔ばかりでなく蛇も出たのではな。全軍、交戦を止め退避しろ。一旦退くぞ』
クルーゼはそう通信で言うと、自身もまた後退していく。
劾はそれを追おうとして止めた。既にミッションは達成している。深追いする必要はない。
『……こちらはハンス・ミュラー。そこのガンダムのパイロット。あー、君が叢雲劾かい?』
カスタム・ジンからの通信。悪魔と怖れられる男とは思えぬどこか柔らかい口調だった。
「そうだ。俺が叢雲劾で間違いない。ハンス・ミュラー」
それがハンス・ミュラーと叢雲劾の初邂逅だった。
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