戦闘後ミュラーは自分が雇った傭兵サーペントテールの叢雲劾と代金の支払いについてのことを話すために、自分の艦であるブリッジマンに招いた。
ミュラーはハルバートン提督のいるメテラオスで提督も交えて話そうと提案したのだが、叢雲劾の方が依頼人であるミュラーのみとの会合を求めたためにこのような形となっている。
叢雲劾と同じサーペントテールの構成員であるイライジャはもしもの時の為に船外にて待機していた。早い話がもしミュラーが代金を支払うのを渋ったり、劾に対して悪意ある行動をとった場合には敵に回ると言っているのだ。
こんな時代である。彼等がこういう保険をかける気持ちはミュラーにも良く分かるし、ましてや劾はコーディネーターだ。ブルーコスモスの影響力が強い連合軍に対して警戒するのも無理はないことだろう。
だからミュラーも特に否定することはなく、叢雲劾の要求を受け入れた。
それに個人的な欲を言えば最強の傭兵と噂される叢雲劾がどういう人間なのかにも興味があった。
叢雲劾のMS――聞く所によるとブルーフレームというらしい――――がブリッジマンに着艦する。
「中佐。あのMSは……」
秘書官のクローゼが耳元で囁いてくる。
「分かっている」
そうわざわざクローゼに言われなくても分かっている。
傭兵が個人でMSを保有していることはそれほどおかしいことではない。勿論傭兵が独自にMSを開発したというわけではない。戦争があれば当然、破壊されたMSなどがジャンクなどとなって宇宙空間を漂うこととなる。
そういったジャンクを回収して、それを修理ないし補修するのが主にジャンク屋で、そういったジャンク屋から傭兵などにMSが渡るのがよくある事例だ。
(しかし)
叢雲劾が乗っているMS、それは明らかにザフト製のものではない。
ジンなどを見れば分かるが、ザフト製のMSは基本的にモノアイであり人間の顔のようなツインアイは連合が開発したガンダムが最初だ。
そして叢雲劾のブルーフレームは明らかにガンダムタイプの頭部である。
(見た目だけじゃない。MSが携帯可能なビームライフルとビームサーベル……あれはまさにガンダムの装備そのものだ)
もっとも装甲などを見る限りPS装甲は採用されていないようだが、それにしたってあのブルーフレームは傭兵がもつMSとしては分不相応とすらいえる。
(叢雲劾が独自にビーム兵器を標準装備のMSを開発した…………馬鹿らしい。MSの製造なんて個人が出来るようなことじゃない。もし個人で出来るとしたらアズラエル財閥の頭首であるムルタ・アズラエルくらいだ)
可能性として高いのは連合技術部から情報が漏洩し、その漏洩した情報をもとにMSが作られたかだ。
だが叢雲劾がMSを製造できるとは思えない。自然に考えるならば連合の技術をもとに製造されたMSをなんらかの方法で叢雲劾が手に入れた・奪い取った・譲り受けたと考えるのが打倒だろう。
「どう致しますか中佐? ブルーフレームを奪取しますか?」
クローゼの提案に首を降る。
ミュラーとてブルーフレームの正体を知りたくないわけではなかったが、最強の傭兵を敵に回してまで欲しいものでもない。
それに叢雲劾ほどの男がそういう強引な方法への対抗策をとっていないとは考え難い。下手すればミュラーはこのまま宇宙の藻屑となってしまうかもしれない。
どうにかクルーゼ隊を撃退できたのだ。そんなリスクを冒す事はないだろう。
やがて叢雲劾がブリッジに入ってくる。
瞬間、ブリッジの空気が固まった。なんとも言えない緊張感が漂う。
無造作に整えられた黒い髪、連合軍の軍服を改造した服装、そしてサングラスに覆われていても分かる鋭い目線。
叢雲劾が傭兵な理由が分かったような気がした。この男はハンス・ミュラーのように誰かの飼い犬になることを良しとするような男ではない。
「ようこそブリッジマンへ。今日は助かったよ」
ミュラーは立ち上がり帽子をとると礼を言う。劾は特に緊張した様子もなく、
「俺は依頼を受けただけだ。こっちこそ連合最強のエースに会えて参考になったよ。で、依頼金の件だが――――」
「それならクローゼ」
「はい。指定の口座に振り込ませて頂きます。細かい内容はこちらの契約書に」
クローゼの渡した書類に劾が目を通していく。こういう時、クローゼが自分の秘書官で良かったと思う。
サーペントテールに依頼することができたのもクローゼの力によるところが大きい。
どれだけ英雄だのエースだのと持て囃されようと所詮ミュラーは21歳の若造だ。独特のコネのようなものは持っていない。精々がアズラエルとの面識くらいだ。
「確認した。最近は依頼しておいて支払いを渋る顧客が多くてな。正直ありがたい」
「それは、まぁこういう時代だからね。連合軍の仕出かした粗相については私から謝罪させて貰うよ」
「なら謝罪ついでに一つだけ聞きたい事がある」
「聞きたい事? 応えられる範囲なら……」
「ハンス・ミュラー、知人のツテでアズラエル財閥総帥ムルタ・アズラエルと個人的な親交があると聞いた」
「そりゃまぁ、ね」
親交といっていいのかは微妙であるが、そこいらの連合軍高官よりも遥かにアズラエルとの面識はある方だろう。なにせMS関連で個人的に何度か顔を合わせて事がある。
ミュラーが21歳で中佐までなったのは勿論エースとして活躍したのもあるが、アズラエルに気に入られたというのも大きいのだ。
しかしそんな情報まで掴んでいるあたり叢雲劾の知人には連合軍に広いツテがあるようだ。
「その上で聞きたい。ハンス・ミュラーの目から見てムルタ・アズラエルはどういう人間だ?」
劾はミュラーに気遣ってだろう。ブリッジにいる他の乗員には聞こえないよう小声で言った。
アズラエルの影響力は大きい。それこそ悪口一つで左遷されかねないほどに。
「叢雲劾。君は一つ勘違いをしている。私は確かにアズラエル氏とそれなりに面識がある。しかしそれはプライベートなものではなく軍関連の仕事でだ」
「主観でいい。聞かせてくれ」
「……能力的には非常に優れた人物だと思うよ。ただしコーディネーターへの蔑視意識が強いね」
「そうか「
当たり障りのない説明、それで叢雲劾は満足したようだった。
もう一度書類に目を通すとブリッジから出ようとする。
「ちょっと待ってくれ」
それをミュラーが呼び止めた。
「あのブルーフレーム、見た限り連合が開発したガンダムにそっくりなんだが……あれはどこで手に入れたんだい?」
「ある依頼を受けた時に偶然に発見して自分のものにした。……すまないが傭兵としての守秘義務がある。これ以上は言えない」
「分かった。呼びとめてすまなかった」
叢雲劾の後ろ姿を見送ると、ミュラーは腰を下ろして一息ついた。
流石に最強の傭兵だけある。こうして相対するだけでアズラエルの時以上に緊張した。
(やれやれ)
だがミュラーの仕事は終わらない。クルーゼ隊を撃退することはできたが、別に全滅させたわけではないのだ。
このままグダグダとしていれば体勢を整えて再びこちらに進撃してくる可能性は高い。というより今にも逆襲作戦を企てているだろう。
それにラクス・クラインのことも頭の種だ。
「本当……早く退役して気楽な恩給生活に入りたいものだよ」
この戦争はいつになったら終わってくれるのだろうか。
果ての見えない戦争の終わりの光景を想像して嫌な気分になる。少なくとも終わるまでにさらに多くの人間が死ぬであろうことは分かりきった事実であった。
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