ラクス・クラインを過程はどうであれ救助しプラントに帰還したクルーゼ隊は、取り敢えずは歓迎をもって迎え入れられた。もっともそれはクルーゼ隊がどうのこうのというよりラクス・クラインというアイドルの無事を喜ぶためのものであったが。
 しかし救助作戦のクルーゼ隊はラクス・クラインは助け出したからめでたしめでたしという訳にはいかない。
 相手がヤキンの悪魔だということもあってクルーゼ隊はかなりの犠牲を出している。ジンのパイロットの多くは帰らぬ人となり、デュエルのパイロットであり評議会議員の息子でもあるイザーク・ジュールも顔に傷を受けていた。イザークについては不幸中の幸いというべきか、命に別状はなく後遺症も残らないようだがエザリア・ジュールからすれば文字通り顔に泥を塗られたわけだ。
 軍人にとって休暇は嬉しいもののはずだ。それが本国で受けられるというのならば猶更である。しかしそんな事情もあってクルーゼ隊のメンバーは複雑な心境で休暇を甘受していた。
 もっともクルーゼ隊で一番休暇というものを素直に受けられないのはラクスの婚約者であるアスランでも傷を貰ったイザークでもなく、指揮官であるクルーゼだろう。
 クルーゼは直属の上司であるパトリック・ザラに呼び出されて国防委員本部を訪れていた。

「まずはラクス・クラインの救助、ご苦労だった。非道にも追悼移民船団を襲撃し彼女を捕虜にした連合軍からアスランが救出した。思い通りの筋書きだよ」

 パトリックは机で腕を組みながらそう言う。
 完全に嘘とはいえないが真実ともいえない内容だった。確かにラクスをヴェサリウスに連れ帰ったのはアスランのイージスだ。だが別にアスランが敵艦に突入してラクスを助け出したのではない。ましてやクルーゼ隊は第八艦隊との戦いに敗北しており、実際にラクスを助けた一番の功労者はザフトではなく連合から脱走したキラ・ヤマトというべきだろう。
 だがそんなことはどうでもいいのだ。
 アスランがラクスをヴェサリウスに連れ帰った。その事実さえあれば、そこに至るまでの過程を脚色するのは難しいことではない。
 民間人でありアイドルでもあるラクスを非道にも捕虜にした連合軍。そしてそれを助け出したパトリックの子息アスラン。
 そのシナリオを大衆は受け入れた。お蔭でパトリックの支持率は上昇し、主戦論が更に勢いを増している。
 曰く、ラクスのような乙女を傷つけようとする連合を許すな……というような決まり文句で。
 ラクスが穏健派であるシーゲルの娘であることを考慮すると実に皮肉なことだ。
 そう――――殆どはパトリックの思い描いたシナリオ通りに事は運んだのである。唯一つを除いては。

「だがクルーゼ。これはどういうことだ? ヤキンの悪魔と二度までも合い見えておきながら二度に渡り取り逃がしただと?」

「申し訳ありませんでした」

 初戦はラクスがアークエンジェルにいることを知らなかった。二度目の戦いでは敵の方が数において圧倒していた上に傭兵サーペントテールというイレギュラーの介入もあった。
 言い訳は幾らでもある。しかしパトリック・ザラという男にそんな言い訳をすればより怒りが増すということをクルーゼは知っていた。だから恐縮そうにただパトリックの非難を受ける。胸の内でパトリックを嘲笑いながら。
 クルーゼの恐縮した態度に多少溜飲を下げたのだろう。僅かに怒りを治めるとパトリックは落ち着いた口調で話す。

「……まぁ、二度目の戦いでは゛コーディネーター゛の傭兵である叢雲劾の介入があったのだ。それに結果的にはラクスを取り戻すことはできたのだ。エザリアの倅が負傷したことは寧ろプラスだ。ナチュラルでもコーディネーターを倒せるMSを開発したと証明したのだからな。軍備増強路線は動かんだろう」

 しかし、と前置きして鋭い視線をクルーゼに送る。

「もはやこれ以上、ヤキンの悪魔をのさぼらせておけばコーディネーターの沽券に係わる」

「ニュータイプはお嫌いですか?」

「当たり前だっ! あんなナチュラル共の口から出任せなど! 時代を切り開く新たな人類は我々なのだ。断じてニュータイプなどではない」

 徐々にだが『ニュータイプ』という概念はプラント連合双方に浸透し始めていた
 その背景にはニュータイプと噂されるハンス・ミュラーの活躍がある。人間はなににも理由をつけたがるもの。ミュラーのナチュラルとは到底思えない活躍にも人間は理由をつけたがったのだ。ナチュラルとコーディネーターの両方が。
 しかしニュータイプ思想がこのまま蔓延していけば、新人類を掲げるコーディネーターの存在意義がなくなってしまう。
 この流れを食い止める方法で最も手っ取り早いのはコーディネーターの手によってハンス・ミュラーを倒すことだ。そうすればニュータイプの有無がどうであれコーディネーターはニュータイプよりも優れているという証明にもなる。
 その考えに瞬時に至ったパトリックだったが、ハンス・ミュラー討伐軍を組織することには慎重だった。
 仮に討伐軍を組織したとして、それに失敗してしまえば目も当てられない。

(クルーゼは失敗した。…………候補者としてはギルバート・デュランダルあたりだな)

 パトリックは軍人らしからぬ髪の長い男を頭に思い浮かべる。
 デュランダルは穏健派よりの中道派に位置する軍人だ。仮にデュランダルが失敗したとしても穏健派の影響力を弱めることができる。
 


 パトリックがニュータイプという言葉に憎悪を抱いていた頃、連合の権力者であるアズラエルは同じ言葉に喜びをもって接していた。
 アズラエルの前にあるモニターに映るのはルーラ・クローゼ――――アズラエルが予めにミュラーのところに送り込んでおいた秘書官だ。
 無論このことはミュラーは知らない。ミュラーに悟られぬように表向きはブルーコスモス親派ではなく、アズラエルと縁のない人物を見繕ったのだから。
 しかし勘の良いミュラーのことだ。薄々となにかを察しているかもしれない。

『報告です理事。……カスタム・ジンに設置している機器やシミュレーターより連絡のあった脳波が検知されました。ミュラー大佐が発していたものです。またフラガ少佐にも同様のものが』

「ふふふ、そうですか。久しぶりに嬉しいニュースです」

 アズラエル財閥の財力をもって組織されたニュータイプ研究チームは娘ローマの脳から発せられる特殊な脳波について掴んでいた。そしてそれがミュラーとフラガ。ローマが自分と同じと評した二人からも検知された。
 この脳波を出すのがニュータイプだというのならば、ニュータイプの存在が実証されたということでもある。

(仮に……ニュータイプがミュラー大佐やフラガ家だけの突然変異ではなく、巷の噂通りこれから人類が進化していく姿なのだとしたら)

 徐々にナチュラルの中にニュータイプが出現して、それが世界の過半数以上を覆えばコーディネーターの存在意義を消し去ることもできるかもしれない。
 もっとも今はまだ想像の域を出ないのだが可能性はゼロではない。

「ああそれとキラ・ヤマトでしたっけ? あのヒビキ博士が作ってたっていうスーパーコーディネーターの成功体。残念ながら逃げ去れちゃったそうですけど……」

『申し訳ありませんでした』

「いいですよ別に。ハルバートン提督を表舞台から退場させる良い口実になりましたし、ブーストテッドマンの開発も上手くいってます。もう直ぐコーディネーターなんて化物は不要になります」

『では大佐の下にいるジャン・キャリー中尉やナイン・ソキウス少尉もいずれ大佐から引き離すと?』

「僕としてはミュラーくんにもあんな化物を切り捨てて欲しいんですけどね。どうです? 君の目から見て彼があの化物たちを捨てると思います?」

『ないでしょう』

 クローゼがきっぱりと断言した。ここまで強く断言するのだ。本当にミュラーがあの二人を切り捨てる可能性はないのだろう。
 アズラエルはやれやれと肩を竦める。

「あんまり僕もミュラー君の機嫌を損ねたくはありませんし、ここは僕の方から遠慮してあげることにします。ではクローゼ中尉、ミュラーくんをストライクのパイロットにする件は頼みます」

『大佐は余り乗り気ではないようですが』

「連合の英雄がいつまでもザフトのMSに乗っていたら恰好がつかないでしょう。コーディネーターよりも強いナチュラルとザフトよりも強いMS。それが鮮烈に宇宙の化け物を倒すのが大衆の望んだシナリオです」

『……分かりました』

 これでいい。ミュラーは怠け者で労働意欲もなく、やや反骨精神すらもっている軍人だが愚かではない。ましてや世界を変えようとする情熱があるわけでもない。
 だから余程無理を通そうとしなければ、強引にいけば最終的には従う。

「あとアラスカ基地に降りたら休暇を利用して明々後日一度うちに来るよう伝えて下さい」

『私の記憶違いでなければ、その日、理事はユーラシアで閣僚と会議のはずですが』

「僕じゃありません。娘のローマがミュラーくんに会いたいとせがむもので。えーと、家族サービスってやつです」

『了解です。ではそのことも伝えます』

 アズラエルは立ち上がるとニヤリと笑みを浮かべる。
 計画は順調だ。ガンダムをもとに製作された量産型MS、ストライク・ダガーの開発も順調だ。もう暫くで本格的に配備することができるだろう。
 そして一部のエースやブーストテッドマンのような強化人間が乗る高性能機の開発もだ。これにニュータイプが加われば、

「見てろよ化物共」

 ナチュラルの軍隊に蹂躙されるプラントを想像し、アズラエルの黒い欲望は至福に満たされる。
 この光景を現実のものとしよう。アズラエルはそう決意した。



押して頂けると作者の励みになりますm(__)m


<<前話 目次 次話>>

作品を投稿する感想掲示板トップページに戻る

Copyright(c)2004 SILUFENIA All rights reserved.