現在アーク・エンジェルはバルトフェルドの部隊が駐留するバナディーヤの街へ向かっていた。
 当然バルトフェルドも自分達のホームに連合の侵入を許すほど呑気でもないだろう。両軍の衝突は間近に迫っていた。
 前の戦いで打撃を受けた地上艦は結局修復不可能と断定され、人員を引き取った後は一部の備品などを積み込んだ後で爆破した。下手に残しておけば敵に連合の技術を渡すことになりかねない。

「レーダーに熱源多数! バルトフェルド隊です!」

「そうか。イアン、後は任せる」

「…………了解です」

 かなり嫌そうな顔をするイアンに指揮を丸投げすると、ミュラーは自分のMSストライクに向かう。
 指揮権を渡されたイアンの気持ちも非常に分かるのだが耐えて貰わなければならない。ストライクほどの戦力を遊ばせることはできないのだ。
 格納庫につくといの一番にラミアス少佐を捕まえて尋ねる。

「ラミアス少佐、例の装備は?」

「万全です。試験運用もしているので問題はないでしょう」

「……そうか」

 ストライクには新たな装備が実装されている。といっても別に新たな換装が追加された、という訳ではなく一番汎用性の高いエールパックを多少改造したのだ。
 その改造というのがカートリッジである。ストライクはPS装甲にビーム兵器と非常に燃費の悪い要素をふんだんに盛り込んだMSだ。
 故にその燃費の悪さを多少なりとも改善するためビームライフルをカートリッジ式にしたのである。これでカートリッジがある限りビームライフルを幾ら撃ってもPSがダウンすることはない。
 カートリッジを作るために予備のパックを一つ潰したがその甲斐はあっただろう。

『大佐』

「どうした?」

 ストライク・ダガーのキャリーが出撃前に通信を入れてくる。
 悩み事があるのがその理知的な顔にはどことなく影があった。

『……いえ、なんでもありません。部下をなくす、というのは初めての経験でしたので。少し気分が落ち着かなかったようです』

「あぁ」

 キャリーは中尉、以前は少尉という立場にあったが部下らしい部下というのはナインが初めてだったのだろう。
 同じ連合に所属するコーディネーターということでキャリーはよくナインに目を懸けていたのをミュラーも知っている。
 そのナインはMIA。キャリーにも思うところがあるのだろう。
 だが本当にそれだけだろうか?
 キャリーともそれなりに一緒にいて長い。部下の考えていることの一つや二つは分かるつもりだ。ミュラーからみてキャリーの抱いている悩み事がナインのことだけとは思えないのだ。
 そのことをキャリーに聞いてみると、暫くして。

『大佐には隠し事が出来ませんね。……実を言うと、私にはバルトフェルドの言っていたことが頭に残っています。彼は今後の未来のために殺していいような人間ではない、とすら思ってしまいます』

「キャリー、このことは」

『当然、こんなことは大佐以外の誰にも言っていません。私のような人間がザフトの指揮官を評価するようなことを言えばそれだけで軍事法廷にかけられるでしょうから。
 ですが……大佐。貴方ならば膠着した今の泥沼の情勢を、と思ってしまうのです。貴方の下で戦っていたコーディネーターとしては』

「買い被り過ぎだよ。キャリーもバルトフェルドも。そんなによいしょされても、まるで嬉しくない」

『そう仰ると思いました。……忘れて下さい』

 話を終えると、ストライクがアーク・エンジェルから発進する。
 一度ナインとの模擬戦で惨めな敗北を喫した反省を活かし、砂漠戦のOSやノウハウはしっかりと身に着けている。
 ストライクは砂漠の上を刎ねるように動きながらこちらに進撃してくるバクゥへビームを撃つ。
 
「バルトフェルドの旗艦レセップスは今日も後方待機か。なら今の内に……!」

 一番面倒な相手はバクゥだ。バクゥを集中的に攻撃する。
 バクゥは地上においてかなりの敏捷性をもつMSだが、四足歩行が祟り飛行能力は皆無だ。脚力を使って跳躍すること程度は出来るだろうがそれだけだ。
 エールパックの機動力を活かしてミュラーは三次元的な動きをしながらビームの雨を降らしていく。

「そこっ!」

 ビームのがまた一機のバクゥの胴体を貫いた。カートリッジを採用したお陰で残りのバッテリーを気にせず戦えるのは有り難い。
 この仕事をしてくれた整備兵及びキャリーには感謝しなければならないだろう。

(……味方の地上艦が軒並みやられたのは、もしかしたら敵よりもこっちに利があったかもしれないな。MS搭載能力がない地上艦はバクゥ相手だと的にしかならない。寧ろ足手まといだ)

 戦場の主役は戦艦ではなくMS。その事実を改めて認識する。
 シールドを片手に戦場を転戦しながら、やがてミュラーはオレンジ色のMSが接近してくるのを見た。

「あのMS……砂漠の虎かっ!」
 
 バクゥの強化発展型ラゴゥ。バクゥとは異なりビーム兵器を標準装備している機体だ。
 PS装甲はビーム兵器相手には無力なので、ストライクにとってはラゴゥの何倍も厄介な敵だ。そしてそのMSにのっているのは、

『早い再開だなハンス・ミュラー大佐。君に恨みはないが、獲らせてもらうぞ!』

「それは遠慮させて貰う」

 ラゴゥの背中に装備された二連ビームキャノンが火を噴く。まともに喰らえばストライクも大打撃だ。躱せない攻撃はシールドで防ぎながら、こちらもビームで応戦する。
 だが流石は砂漠の虎。砂漠での戦いは手慣れたもので、猛獣のような機敏さでビームを避けていく。
 ミュラーが相手の躱す場所を先読みして射撃をしても、一瞬早く着弾地点に到着して、ビームが着弾する頃には既にその場から離れているほどなのだからラゴゥのスピードとバルトフェルドの反射神経が如何に素早いか分かる。

『フッ。死にたくないのはお互い様、か。ならばやはり戦って決着をつける他ないか! 因果なものだな、戦争というものは!』

 ビームキャノンで遠距離攻撃をしていたラゴゥが一転して接近戦をしかけてくる。
 ラゴゥに装備されていたビーム兵器はビームキャノンだけではない。ラゴゥは口元から二連ビームサーベルを発生させるとストライクに襲い掛かって来た。

「まだ、まだ!」

 一瞬の交錯。ラゴゥのビームサーベルがストライクの左腕を切断する。しかしそれは囮。
 右手にもったビームサーベルでストライクはラゴゥの前足を切断した。

「なっ……ぐっ!」

 四足歩行型MSにとって足というのは最大の武器。ストライクも左腕を失ったが、それ以上のダメージをバルトフェルドはおった。
 ラゴゥは足を失い動けないでいる。この好機を逃す手はない。ストライクはビームの照準をラゴゥに向けた。

『流石にやるじゃないか大佐。だが俺も砂漠の虎なんでね! そう簡単にはやられんよ!』

 瞬間だった。ストライクの足元が起爆する。
 地雷だと悟った時には遅かった。PS装甲のストライクは爆発程度で破壊されることはないが、爆発と前後してストライクに巻き付いたネットが高出力の電撃をストライクに浴びせてきたのだ。

「が、ああぁぁぁああああああ!!」

 電撃はストライクだけではなく、その中にいるパイロットのミュラーにも打撃を与える。
 全身が痙攣し、体中を強烈な痛みと共に電撃が駆け巡った。

『我ながら姑息だというのは承知だが、これも戦争だ。悪く思わんでくれ』

 ラゴゥのビームキャノンの照準がストライクに向けられた。ミュラーの脳裏に諦めが過ぎる。
 しかしラゴゥのビームが放たれることはなかった。

『すみません。遅れました』

 あちらこちらが破壊され、間に合わせのパーツで補修したのが瞭然なストライク・ダガーがラゴゥのビームキャノンを狙撃したからだ。
 そしてダガーから入った通信の声は忘れるはずもない人間のもの。
 ラゴゥのビームが破壊された隙を突いてネットを剥がすと、ミュラーは叫ぶ。

「ナインっ! 生きてたのか!」

『はい。砂漠の虎に壊滅させられたゲリラの生き残りに助けてもらい、どうにか』

「……そうか。話は後だ。先ずは」

 積もる話はあるが、虎を片付けるのが先決だ。

『フッ。ここにきて援軍とはな。どうやら私の悪運も尽きたらしい。――――来いッ!』

 足を失って動く事が出来ないでいるラゴゥ。ビームを使えば倒すのは容易だろう。しかしミュラーは敢えてビームではなくサーベルを構えた。
 
「はぁぁぁっ!」

 理由はミュラー自身にも分からない。ただ事実としてミュラーはビームサーベルで攻撃するのが正しいと感じた。
 ビームサーベルがラゴゥを貫く。最後にバルトフェルドが何か言っていたような気がしたが、ミュラーは努めてそれを聞くまいとした。


――――砂漠の虎アンドリュー・バルトフェルドが敗北したという情報がプラントに伝えられるのは、これより二日後のことである。



押して頂けると作者の励みになりますm(__)m


<<前話 目次 次話>>

作品を投稿する感想掲示板トップページに戻る

Copyright(c)2004 SILUFENIA All rights reserved.