「なるほど。君達が遭難したナインを助けてMSの修理まで手伝ってくれたのか……。協力、感謝します」

 ミュラーは獅子のような金色のかみの少女とその傍に立つ巌のような男性に敬礼する。
 ナインはミュラーにとって自分の家族のような存在だ。そんなナインを助けてくれた彼等には感謝してもし足りない。

「――――――――――――」

 ミュラーからの謝意を告げられた少女――――名前はカガリというらしい――――はポカンと呆気にとられたように口をあけていた。
 所謂間抜け面というやつだが、彼女のような少女がやると可愛らしくもある。

「……? なにか?」

「い、いや、なんでもないっ。ナインに聞いてはいたけど……意外と普通なんだなと。ヤキンの悪魔っていうからもっと猛獣のような人間をイメージしていたものだからつい」

「そのイメージについては破棄して貰えると有り難い」

 大西洋連邦から遠く離れたアフリカの地まで知られているとは自分も随分と有名になってしまったものだ。
 TVの向こう側で活躍する有名人が遠い世界の人間だったのが随分と過去のことだったように思える。
 人の噂は七十五日だと、今は亡きタナカの故国の諺だそうだが戦争が終わってそれくらいすればハンス・ミュラーの名前も無名に近付いてくれるだろうか。

「アーク・エンジェルとストライク……やっぱりヘリオポリスで開発されてた戦艦とMSか」

 ゲリラだからなのか本人の趣味なのか、アーク・エンジェルとストライクに興味があるらしいカガリはチラチラとミュラーの背後にあるそれらを伺っていた。
 にしてもアーク・エンジェルなどについても知っているとは正直ゲリラの情報網を舐めていたかもしれない。
 MSの部品を街の闇工場から購入するほどの財力といいゲリラに対する認識を改めた方がいいだろう。

(……今回はこっちに有利なゲリラだったけど、反連合のゲリラもいるからな)

 地球の全てが地球連合を歓迎しているわけではない。一つの正義に対極に他の正義が存在しているように、地球連合という勢力に反対する勢力は地球にもある。
 現在でも比較的貧困に見舞われている中東地域などが反地球連合ゲリラとして活動しているのだ。幸いミュラーはゲリラと交戦した経験はないが、今後の成り行き次第ではそういう機会も訪れるだろう。

「しかしナイン、お前も隅におけないな。MIAになって姿を晦ませてたと思えば、MSじゃなくて女の子を撃墜してくるとは。私も上官としてどうリアクションしたものか……」

「な、なにを言っている!? べ、別に私とナインはそういう関係じゃない!」

「……大佐。カガリが困っています。僕をどう言おうと構いませんが、ナチュラルのカガリを困らせるのは出来れば……」

 ナインがそう言うと、今度はカガリが顔を膨らませる。

「お前な。そうやって自分はどうなってもいいなんて言うの止めろよ。お前、軍人なんだし早死にするそ」

「僕は大佐の為に生きているんだ。大佐の為に死ぬのなら本望だよ」

「簡単に死ぬとか言うな! そうやって死ぬ死ぬ連呼して本当に死んだらどうするつもりだ!」

「……すみません」

 ナインとカガリは十年来の友人のように言い争っている。尤もナインは声を張り上げる性格でもなければ、そういうことも出来ないタイプの人間なのでカガリが一方的にナインを責めているだけなのだが。
 同年代の友人のいないナインには良い刺激になるだろう。ミュラーは二人のやり取りを微笑ましそうに見つめていた。
 
「大体だな。お前は色々危なっかしいんだよ! 今回だってまだ完全に修理が完了してないMSで虎のところにいくし!」

「それは大佐の部隊がバルトフェルド隊と交戦状態になったから仕方なく。……それにダガーの修理も九割方完了していたし」

「それにもかかしもない!」

「……すみません」

「一々謝るな!」

「すみません」

「ああもうっ!」

「――――――おほんっ!」
 
 わざとらしく咳き込む。
 二人のやり取りを眺めているのは個人的に大いに結構なのだが、ミュラーも軍人の端くれだ。時間も押している。余りのんびりとしてはいられない。

「ミス・カガリと……そこの」

「キサカだ」

「貴方達はこれからどうするんですか? 砂漠の虎はいなくなった以上、もうゲリラとして戦う必要もないでしょう」

「私達か? アフメドたちの墓に花を添えたら、私達はオー……もがっ」

 カガリの口をキサカが塞ぐ。もがもがとカガリが抵抗するがキサカがジロリと睨むと大人しくなった。
 そしてカガリが大人しくなったのを確認するとキサカが口を開く。

「私達はこの土地の生まれではない。故あってゲリラに参加していた者だ。そのゲリラの面々も死に、敵とした者も倒れた。これを機に故郷に帰ることにする」

「そうか」

 キサカは兎も角、カガリの肌は白い。この土地の出身ではないことは予想していたが、なにやら込み入った事情がありそうだ。
 ミュラーが生真面目な人間なら更にカガリの身分などを追及したところだが、藪を突いて蛇を出すようなことは面倒だ。それにナインの恩人に仇を返したくはない。ミュラーはカガリの出生などについては気にしないことにした。
 
「では私達はこれで。ナインを助けてくれた恩返しです。途中までならアーク・エンジェルで送っても良いですが?」

「大佐の次の行先は」

「パナマですよ。ここいらで暫く休みを貰いたいところですが、たぶん無理でしょうね。パナマといったらザフトが一番落としたい基地だ」

「申し出は嬉しいが断らせて頂く。私達の帰る場所はパナマとは違う方向だ」

「それは残念」

 ミュラーは別れの挨拶に、とキサカやカガリと握手をする。二人はきっとミュラーにとって遠い世界の人間なのだろう。それは有名無名の差ではなく立場という意味で。
 だが同じ地球に生きている人間だ。もしかしたらまた会う機会があるだろう。

「おいナイン、これお前にやる」

 別れ際、カガリがナインに綺麗な石のついたネックレスを渡す。
 微笑ましい男女のやり取りだ。ミュラーは興味のないふりをしつつこっそりと横目で確認しておく。

「これは?」

「ハウメアの守り石だ。お前は……なんというか幸が薄いというかインパクトが薄命だから、これに守ってもらえ」

 さて。青春をしている初々しい男女はたっぷりと鑑賞させて貰った。艦長室に戻って壁を殴るとしよう。




 当初プラントに抱いていたイメージは漠然としたものだった。
 今現在はさておき。キラはコーディネーターであるがプラントのコーディネーターではなくオーブの人間だった。
 月のコペルニクスにいた頃は自分もいつかはプラントに移住するのか、と漠然に考えていたのだが戦争の機運の高まりを懸念した両親は、戦争に確実に呑まれるであろうプラントよりも中立国でありコーディネーターを受け入れると唱えるオーブへ移り住むことを決めた。
 しかし今にして思えば両親の選択は誤りだったのかもしれない。なにせ中立国に住んでいたはずの自分は戦争に巻き込まれ、緊急時における一時的なものとはいえあろうことかMSのパイロットにまでなってしまったのだから。

「こうして見ると、ヘリオポリスともなにも変わらないんだけど」

 キラは高台でプラントの街並みを眺めつつ呟く。答えてくれる人は誰もいないただの独り言だ。傍から見れば怪訝にも思われるだろう。だがもしかしたら誰かに応えて欲しかったのかもしれない。
 今は右も左も分からない場所に一人っきりだが、少し前までは仲の良い親友がいつも隣にいたのだから。
 コーディネーターばかりが住むというだけあってプラントは世界でもトップの技術力をもつ国家だ。
 それでも見た目だけは――――ヘリオポリスもまた有数の技術大国であるオーブのもの――――ということも手伝い余り違いはないように思える。
 けれど工学畑の知識も一通りもっているキラからすれば、同じなのは外見だけ。中身に詰め込まれた技術力は大きく違う。
 時の天才。ジョージ・グレンが自ら設計した天秤型コロニーは他の国家が所有するコロニーとはなにもかもが段違いだ。
 
「……………」

 そんな天秤型コロニーにキラは一人でこうして立っている。
 連合軍からラクスを連れて脱走したキラは取り敢えずアスランとラクスの口利きもあって士官室を自室として与えられた。
 とはいえ部屋から出ることは許されず、アスランとも向こうから来ない限りは会えないという軟禁状態であったが、キラからすればザフトの兵士達の奇異の視線にさらされずに済むので有り難いことだったともいえる。
 そうしてラクスとも一度も話さないままプラントへ来てしまったキラは歓迎はされなかった。
 国防委員長のパトリックとアスランを通じて多少の面識はあったので酷い扱いはされなかったがそれだけ。
 プラントにおいて地球軍に所属しているコーディネーターは裏切り者として扱われる。地球軍に所属するコーディネーター兵士はキャリー以外にもいるが、彼等がザフトに捕えられた後に待つのは大抵が問答無用の銃殺だ。
 事情がどうあれキラは地球軍に所属していたコーディネーター。ラクスを地球軍の手から助け出したといえど、MSを操り多くのザフト兵を殺したという事実が消えてなくなるわけではない。
 そんなことと姫君を助け出す騎士というシナリオに余計な要素を加えたくなかったパトリックの意向もあり、表向きキラ・ヤマトの存在は無いものとなった。
 謂わばゼロである。キラがストライクのパイロットであったことや、ラクスを伴い連合から脱走したことなどの全てはなかったこととなったのだ。
 もっとも無い人間になったといっても常に監視の目は光っており、不穏な動きをすればキラの扱いは軟禁から監禁になることは想像に難しくない。

「君が連合のMSのパイロットとして我が軍の兵士達を殺した過去についてはもはや問うまい。国防委員長として君がラクス嬢を救出したという事実を公表することはできんが、息子の婚約者を救ってくれたことはあれの父親として感謝しよう。
 幸いオーブとはシーゲルのやつがパイプをもっている。奴も自分の娘を助けた男を無下には扱わんだろう。希望するなら君をオーブに返すことも出来るが?」

 初めて会った時、アスランの父親のパトリックはそうキラに提案した。両親や友人に再開したいのなら、願ってもない提案だったがキラは首を振った。
 別にザフトの精神に感銘を受けたから、なんていう大層な動機ではない。ただオーブに戻ったら、また戦争に巻き込まれてMSに乗ることになるかもしれない。オーブにもコーディネーターはいるがMSにのったことのあるコーディネーターは稀だろう。そもそもストライクは連合とオーブの技術により製造された機体なのだ。
 その機体を乗りこなしたキラをオーブがどう扱うか。少なくとも一般人として放置なんてことはないだろう。
 もういい加減に嫌になっていたのかもしれない。
 自分へ向けられる恐れ、恐怖、憧憬。そしてコーディネーターであるが故の特別視。
 プラントに移り住むコーディネーターの気持ちが漸く身を以て理解できた。
 ここは居心地が良いのだ。勿論単純に気温などが完全管理されているから、などという俗な理由ではない。プラントにいるのはコーディネーターばかり。自然(ナチュラル)においての異端者もここならば普通になれる。特別視などされない。

「…………ははっ」

 知らず知らずの内に笑みがもれていた。投げやりだったが、少しだけ可笑しかった。
 他者より強く他者より先へ。ナチュラルよりも優れた能力をもつこと、特別であれと望まれたコーディネーターは、その実なによりも普通を求めていたのだ。
 特別は余りが普通であるからこそ特別となる。ならば特別だらけの環境なら特別こそが普通となり、普通こそが特別となる。
 孤独や迫害を恐れるという意味において、やはりコーディネーターも本質的には人間でしかないのだろう。
 キラは手にもっていたソーダを一気に煽る。疲れた体に炭酸は命の水そのものだった。
 働かざる者食うべからずという諺がある。誰が考えたのか知らないが随分と含蓄がある言葉だ。コーディネーターといえど食わなければ死ぬ。そして食う為には働かなければならない。
 今キラは友人のアスランのコネでプラントの作業員として働いていた。MSパイロットだったという経験を活かしてプラントの外周工事などに駆り出される毎日だ。今は仕事が休憩時間だが後一時間ほどで作業用MSで宇宙に出なければならない。
 連合の最新鋭MSのパイロットから作業用MSのりの作業員。随分な転落だったが、こちらの方がキラにとっては性に合っていた。なにせコロニーの修理は人命を支える仕事。銃で人を殺すよりも何倍も良い。人を殺した時のあの生々しい感触も覚えずに済む。

『それでは次のニュースです。驚くべき情報が入ってきました。砂漠の虎と渾名されるアンドリュー・バルトフェルド隊長率いる部隊が連合軍に敗北したそうです』

 ふと店頭に並んだTVからそんなニュースが聞こえてきた。キラはアンドリュー・バルトフェルドと言われてもしっくりこなかったが、他の人達はなにやら驚いた形相をしている。
 どうやらアンドリュー・バルトフェルドというのはプラントにとってはかなり有名人らしい。

『そしてバルトフェルド隊を壊滅させたのは……ヤキンの悪魔。ハンス・ミュラーという情報が入っています』

 知った人物の名前の登場にキラの目が大きく見開かれる。
 ハンス・ミュラー。忘れるはずもない。一艦で孤立していたアーク・エンジェルを助けに来た連合軍最強のエースパイロット。
 キラも何度か話した事がある。
 周囲の人々はミュラーの名前を聞くや否や口汚く彼のことを罵倒する言葉を吐き始めた。連合にとっての英雄はプラントからすればただの悪鬼羅刹でしかないのだろう。
 もしも自分が連合のMSパイロットであることが知られれば、彼等の罵詈雑言がこちらにも向くことになるのだと思うと少しだけ恐かった。
 
『バルトフェルド隊長は奇跡的に救助され一命を取り留めましたが、同乗者である女性は戦死。紅海の鯱モラシム隊長に続いての悲報です』

 淡々とニュースキャスターは事実を語っていくが、その節々にミュラーへの怒りのようなものが感じられた。
 キラはミュラーに対して悪いイメージなどもっていない。寧ろ良い人とすら思っている。だというのにこうしてTVで批判されたりなどすると本当に悪い人のように思えてしまうから不思議だった。
 本物を知るキラでさえほんの少しだけこんな考えを抱いてしまうのだから、彼を知らない多くのプラントの住民にとってハンス・ミュラーは許し難い外道なのだろう。

『ザラ委員長はこの報を受けヤキンの悪魔の懸賞金を更に増額すると同時に、ハンス・ミュラーはプラント人民最大の敵であり彼を倒さずしてプラントの真の独立はないとし――――』

 次にTVに映ったのはパトリック・ザラだった。
 演説台にたち張りの良い声で演説をする。実質的なザフト軍のトップだけあって、聞く人間の心を震わせるエネルギーがそこにはあった。

『国防委員はこの事態を重く受け止め、特務隊フェイスに所属する人員を中心とした対ハンス・ミュラー部隊を組織することを決定しました。その部隊の指揮はラウ・ル・クルーゼ隊長に並び屈指のエースとして知られるギルバート・デュランダルが担うことになるでしょう』

 画面に黒いロングヘアの男性が映し出される。軍人らしいが軍人らしからぬ穏やかさをもった、どことなく落ち着いた雰囲気の男性だった。
 回りから「デュランダルなら大丈夫だ」「悪魔もこれで終わりだ」なんて言葉が聞こえてくる。
 どうやらデュランダルという人間はバルトフェルドと同じくかなりの有名人のようだ。
 プラントに住んでいる以上こういったことを知らなければ不審に思われることもあるだろう。キラはデュランダルやバルトフェルドの名前を脳裏に刻みこんだ。

「いけない。もう行かないと」

 そろそろ戻らないと遅刻してしまう。キラはTVから視線を離すと、そそくさとその場を離れた。
 キラがTVから離れた後、今度は対ハンス・ミュラー部隊に配属される人員名簿が映し出される。そこにはガンダムのパイロットである四人、クルーゼ隊の面々がいた。
 当然アスラン・ザラの名前もその中にあったが、不幸にもキラがそれを見ることはなかった。



押して頂けると作者の励みになりますm(__)m


<<前話 目次 次話>>

作品を投稿する感想掲示板トップページに戻る

Copyright(c)2004 SILUFENIA All rights reserved.