紆余曲折あって今はプラントにいるキラに碌な挨拶もできないまま、カーペンタリア基地に降りたアスランは待合室に通された。
第八艦隊との交戦などを経てラクスを救出しプラントへ帰還したクルーゼ隊にはそれなりの長期休暇が与えられていたのだが、それが終わったのは実に唐突だった。
砂漠の虎アンドリュー・バルトフェルドがハンス・ミュラーによって討たれたのである。
バルトフェルドの名はこれまで主に宇宙で戦ってきたアスランも良く知っていた。ザフト最初期からのメンバーでネビュラ勲章を授与したクルーゼとなにかと比べられることも多いエースパイロットにして名将である。
ザフトからしたら英雄中の英雄といってもいい。思想的にはクライン派でありながら、その功績から父パトリックの印象も良い。
そんな英雄が敗れたのだ。不幸中の幸いというべきか。アンドリュー・バルトフェルド本人は奇跡的に一命を取り留めたらしいが、四肢が幾つか欠損していてパイロットに復帰するのは難しいだろう。
MS運用に耐えられる専用の義手や義足を作るのにはそれなりに時間と金がかかるのだ。ザフト屈指の英雄なので金銭面についてはどうにでもなるが、幾ら金をかけようと時間までは縮んでくれない。
バルトフェルド敗北の報を受けた時のパトリックの怒りは凄まじいものだった。
その時は偶々パトリックは自宅で夕食をとったので、部下から報告を受けた際の父の様子をアスランはよく覚えている。
連合からガンダムを奪取したアスラン含めたクルーゼ隊四人に対ハンス・ミュラー部隊への転属が言い渡されたのはその直ぐ後のことだ。
クルーゼにかわり新しく隊長になるのはギルバート・デュランダル。
ザフトのトップガン、ラウ・ル・クルーゼと互角以上の実力を持つと噂される英雄だ。
性格は温厚でザフトは勿論一般からの評判も良い。ただアスランの個人的な印象としてはクルーゼ並みに食えない人間に思える。
ただその戦歴は凄まじいの一言で、そういう意味ではアスランも一人のザフト軍人として尊敬していた。
「ふんっ! 遅かったなアスラン」
カーペンタリアの待合室に入るなり不機嫌そうなイザークが声をかけてきた。あまりに突然の辞令だったため、クルーゼ隊の四人はプラントではなくこのカーペンタリアで合流することになっていたのだ。
休暇中ニコルとはそれなりに会ったが、イザークとディアッカと顔を合わせる機会はなかったので久しぶりの再会である。
「イザーク、お前。その顔」
アスランの視線はイザークの顔に奔った生々しい傷跡に釘づけとなる。
「ニコルといい貴様といい一々見るな。鬱陶しい」
イザークの傷跡は以前の戦いでミュラーにやられた時のものだったはずだ。
プラントの技術力は世界一だ。腕の欠損でもあるまいし、イザークの傷痕程度なら直ぐにでもなくすことができる。なのに敢えて残したままにしているということは、イザークなりの再戦の証なのだろう。
コーディネーターらしからぬ昔気質な行為のように思えるが、そのストレートな行いは嫌いではなかった。かといって特別好きというわけではないが。
「イザーク、久しぶりの再会なのに食って掛かることないでしょう。これからまたあの悪魔と戦うんです。わざわざこっちから仲違いする必要はありません」
「そんなことは分かっているっ! バルトフェルド隊にモラシム隊……どちらもザフトじゃそれなりに名を知られた部隊だった。それがやられたんだぞ……! 俺達が取り逃がした足つきと悪魔に!」
悔しさでイザークが端正な顔を歪める。顔に奔った傷痕と相まってその容貌は羅刹を思わせる。
「で。これから俺達の隊長になるデュランダル隊長ってどういう人なわけ? ああいや、戦績くらいは知ってるけどさ。ニコル、アスラン。お前達、デュランダル隊長と会ったことある?」
ディアッカがどこか崩した態度で問いかけてくる。
「僕は、ありません。ただ母さんに聞いた事なんですが。一度僕の父と話すために家に来た事があるみたいです。その時は僕は軍務で留守だったんですが……母によれば温厚な人物だったそうです」
「ふーん。でも一般人と軍人相手で態度かえるタイプもいるしな。あのゴンザレス教官みたく」
士官学校時代の鬼教官を例にだすディアッカ。ゴンザレス教官はそのいかつい名前に反して細見の長背男性なのだが。一般人と軍人を前にするのでは露骨に態度が変わった人物だった。
一般人の前だと柔和な笑みをした紳士的人物だというのに、軍人の前だと鉄仮面の堅物軍人と化すのである。悪い人間ではなかったのだが、その二面性がアスランは少し苦手だった。
「アスランは、会ったことありますか。デュランダル隊長と」
「俺も似たようなものだよ。父から話を聞いた事は何度かあるけど会った事はない」
「そうですか」
ニコルが少しだけ残念そうに肩を落とす。
「安心しなよ。デュランダル隊長は食えないし狸っぽいところもあるけど、上官としては良い人だぜ」
いつの間にか部屋に新しい人物が入っていた。アスランは目を見開く。
これでもアスランはMSパイロットとしてだけでなく白兵戦でもかなりの実力をもっている。その自分がこの人物が部屋に入った事にまるで気付けなかったのだ。
赤服をきているということは彼もザフトレッドなのだろう。オレンジ色の髪が特徴的な男だった。
「誰だ貴様は! ここは関係者以外は立ち入り禁――――っ! し、失礼しました!」
男の胸元にあるFを模したバッジに目が留まったイザークが慌てて敬礼をする。アスランたちも慌ててそれに倣う。
胸元にあるFの紋章。それは特務隊フェイスに所属するトップエリートであるという証だ。
フェイスとは『信頼』と『信念』の意であり、隊員は隊を組む事は無く個々において行動の自由を持ち、その権限は通常の部隊指揮官より上位だ。作戦の立案及び実行の命令権限までも有しているというのだからその権限の程が伺える。
アスランたち下っ端ザフトレッドからすれば雲の上の存在だ。
「おいおい、そう畏まるなよ。俺達ザフトは群れなきゃ戦えない連合の奴等とは違うだろ。ザフトには階級なんてないんだ。もっとフランクにいこうぜ」
「は、はぁ」
イザークが困った顔をしている。固い人物であるイザークからしたら、彼のようなタイプは苦手なのだろう。
「ハイネ・ヴェステンフルスだ。対悪魔さん部隊の副隊長になることになった。宜しくな……えーと、アスランにイザークにニコルとディアッカだな。覚えたぜ」
「ヴェステンフルス副隊長は――――」
「そこまでだアスラン。わざわざ副隊長呼びなんてしなくていいって。もっとこうハイネでいこう。俺も名前で呼ぶからさ。
これから一緒に飯食って戦う仲なんだ。堅苦しいのはやめにしよう」
第一印象こそ驚きだったが、悪い人物ではなさそうだ。
アスランはしどろもどろに笑うと差し出された手を握る。手は細かったが軍人らしい力強さがあった。
「ふむ。この分だとわざわざ改めて親交を深める必要はないようだね」
今度はイザークも食って掛かることなく反射的に敬礼をした。
新たに場に現れたのは黒いロングヘアの男性。見間違えるはずもない。ギルバート・デュランダルだ。
「デュランダル隊長、お久しぶりですね。こうして貴方の部下に配属されるのはヤキン・ドゥーエ以来でしたっけ」
「そうだな。君が私の部隊からフェイスに転属になって嬉しいと同時に残念に思った記憶があるよ」
「フェイス部隊からフェイスそのものに転属は初めてなんで騒がれましたね。あの時は」
どうやらデュランダルとハイネは旧知の仲のようだ。それにヤキン・ドゥーエといえばハンス・ミュラーがローラシア級三隻、ジン九機を撃墜したことで『ヤキンの悪魔』という渾名を与えられる切欠となった戦いだ。
そんな激戦を潜り抜けてきたということは、やはり二人は歴戦のMS乗りなのだろう。
「改めて名乗ろう。私はギルバート・デュランダル、これから君の上官ということになる。宜しく頼むよ」
そういってデュランダルは静かに微笑みながら敬礼した。
なるほど。軍人らしくない人物だ。この腹の底の読めない慇懃さは……実に、政治家に似ている。
押して頂けると作者の励みになりますm(__)m