智将として知られるハルバートン少将が当時大佐の頃から訴え続けていたMS開発計画。
 開戦前は軍需産業との癒着などの理由から無視され続けてきた訴えは、やがてプロジェクトGという形で実現することとなる。
 どうして当初は完全に無視され続けてきた訴えが呑まれたのか。
 なんのことはない。MSの性能は軍需産業の元締めたるロゴスの面々に『連合軍の敗北』という最悪のシナリオをイメージさせるにたるものだっただけだ。
 ロゴスがどれだけの金と権威をもっていようと、それは地球連合に所属する国家群という土台あってのものだ。無人島で貨幣がなんの役にたたないように、国という基盤が崩壊してしまえば札束などただの紙束となる。
 彼等は商人故に大義のようなものはない。あるのはもっと金が欲しいという利益を求める欲望だけだ。つまり自分達の利益を脅かす存在には彼等も多少の不利益には目を瞑ることにしたというのだ。
 もしも彼等がもう少し早くハルバートンの言葉を真摯に受け止めていれば、或いはこの情勢はなかったかもしれない。
 現実に起きてしまった出来事にIFはないので、そんなことは考えても仕方のない事だ。 
 そして現実に目を向けるのなら――――過程やそこに至るまでの理由がどうあれMS開発計画は開始された。奇しくもハルバートンが嫌うブルーコスモスの親玉であるムルタ・アズラエルによって。
 アズラエル、ハルバートン、ミュラー。ある程度、連合の情報を知る者なら一度は聞いた事のある面々が関わった一大プロジェクト、その集大成がここにある。
 パナマ基地の格納庫に生前と横一列に並んでいるのはMSだ。
 スリムな体型のそれらは鈍重さと力強さを思わせるザフトのそれとは大きく異なる。連合が本格的に開発した量産型MS、ストライク・ダガー。
 今まではほんの一部の部隊に試験的に配備されるだけだったそれが、このパナマ基地においては正式量産機として配備されているのだ。

「うーん。こうして見ると壮観だねぇ。これだけあればザフトのMSのちょっとやそっとは楽に押し返せそうだ」

 フラガ少佐はドリンクを飲みながら口笛を吹く。隣にいる技術士官のラミアス少佐がワザとらしく咳払いをした。
 マナーが悪いといっているのだろう。
 思えば彼女ともヘリオポリス以来の付き合いとなってしまった。技術士官だというのにその場の流れで最新鋭戦艦の艦長になってしまった彼女とは偶に相談を持ち掛けられることもあり、戦場では彼女の指示で動いたこともありと。フラガにとっては掛け替えのない戦友の一人だ。
 彼女のことをそれなりに気に入っているフラガとしては、ここら辺で仲を戦友から恋人あたりにクラスチェンジをしたいところなのだが、男性からのアプローチにはそれなりに慣れているらしく軽くあしらわれる毎日だ。

「大佐がカスタム・ジンで収集したデータが開発を大きく進めたと……クローゼ中尉が言っていました。他にもアーク・エンジェルやストライクの戦闘データも」

 後半、少しだけ声を弾ませながら言った。
 ラミアス少佐からすれば、プロジェクト・ガンダムは師であるハルバートンが主導した計画であり、自分自身もかなり密接に関わってきたものだ。
 思い入れはただ護衛として付き添ってきただけのフラガなどより何倍もあるだろう。

「ただまぁ。MA乗りとしてはちょっとだけ残念だけどねぇ」

「MSはお嫌いですか?」

「うーん、どうだろ」

 フラガは別に空を飛ぶのが三度の飯よりも大好きで、戦っている間が一番昂揚している人種とは異なる。
 パイロットとして戦う中、強敵を倒して気が高まるということはあるが別にその感覚にどっぷりつかっている訳ではない。MAへの執着は何十年もMA一筋とかいうベテランよりは薄いものだ。
 それでもMA、メビウス・ゼロはこれまで自分と共に戦場を駆け抜けた愛機だ。思い入れが皆無なわけはなかった。
 歴史の流れだとは分かっているし、これが正しいということも理解している。
 ただMA乗りとしての一抹の寂しさは如何ともし難いのだ。これは自分の使い慣れた電車が廃線となった時のそれにも似ているだろうか。
 けれど一方でフラガはMSという兵器が特に嫌いというわけでもなかった。
 護衛要員とはいえMS開発計画に参加したというのも理由の一つだが、これまで多くのMSパイロットに助けてもらってきたからというのもある。
 ミュラー、キャリー、ナイン。
 最初は色物ばかりの部隊に配属ということもあり不安もあったが今では居心地の良さに慣れている。どこの部隊に好きに転属していいと言われても恐らくはここを動かないだろう。
 そして。

(キラか。……あいつにゃ悪いことをしちまったな。緊急時とはいえ民間人のあいつを戦争に引っ張り込んじまったんだから)

 ザフトに亡命したというが、あれからどうなったのだろうか。元気にやっていればいいが、もしかしたら何かと苦労しているかもしれない。
 なにせプラントは連合に所属するコーディネーターを目の仇にしている。友人を守るから、オーブ所属だったから。そんな言い訳は狂気という名の暴走の前にはなんの意味もない。

(あのお姫さんは悪そうな子じゃなかったし、あの姫さんがシーゲル・クライン元議長に口添えしてくれたと願うしかないか)

 助けてやりたくても場所は宇宙の果てのプラントのことだ。フラガではどうしようも出来ない。
 もしもフラガ家の財産が禿鷹のような親族連中に奪われていなければ少しはマシな援助ができたのだろうか。フラガは初めて自分の実家の財産を惜しんだ。

「少佐?」

「ん、ああ。なんでもないなんでもない。ところで俺に渡されるMSってのは」

「これです」

 ラミアス少佐が指さしたのはストライク・ダガーばかりが並ぶ格納庫では目立つ外見をしたMSだった。
 頭部はダガーと同じものを採用しているらしく殆どかわらない。ただその装甲は全体的に濃紺でダガーよりも力強いイメージがある。

「105ダガー。ストライクの名前だけかりたストライク・ダガーとは違い、この105ダガーはストライカーパックにも対応した量産型ストライクそのものです。
 PS装甲は不採用ですが代わりに対ビーム防御のラミネート装甲が使われていて、一部のスペックはストライクを凌ぎます」

「おぉ……。でも扱いきれんのかこれ」

「シミュレーターの成績は他のMSパイロットと比べてもトップクラスでしたのに弱気なんですね」

「シミュレーターと実戦は感覚が違うしねぇ。それにナインやキャリーに大佐の成績には全然勝てて無かったし」

「それはフラガ少佐が弱いんじゃなく、大佐たちがずば抜けているだけです。そもそもMSパイロットとしては新しくMSを受領した少佐たちよりも経験に差がありますし……。
 もう一つ。この105ダガーには新しくガンバレル・パックが装備される予定です」

「ガンバレルってメビウス・ゼロの?」

「はい。ガンバレルは少佐のように空間認識能力に長けてないと使えない武装ですから、ナイン少尉やキャリー中尉では扱いきれないものです」

「空間認識能力かぁ。随分とそんだけで期待されてるもんだね」

「それだけじゃないと思いますけど」

 これまではそこまで疑問に思うことも、深く考えることもなかった空間認識能力というもの。
 アズラエル邸に行った際の記憶がフラッシュバックする。
 フラガ家に代々と遺伝してきたこの天性の直感力。
 ニュータイプなど最初はただの幻想だと思っていた。しかしフラガ自身、戦場でクルーゼなどの存在を感じることがあるのもまた事実。あれは自分でも不可解な現象で科学的な説明がつかないものだ。

(人類の革新、新しい人類か)

 ニュータイプの力をどこか受け入れつつフラガはこうも思うのだ。
 能力をMSの運用なんてことにしか利用できないなど、随分とつまらない新人類がいたものだと。




 ミュラーはパナマ基地の司令官と机越しに向かい合っていた。
 ここの基地司令はギルデンのようなでっぷろとした贅肉のまるでない、歩兵部隊の兵士に小奇麗な軍服をきせたような人物だった。もしも軍服を脱いで階級章をとってしまえば直ぐに兵士達と見分けがつかなくなるだろう。
 頬には戦場でつけたものなのか。生々しい傷跡が片目を潰していた。

「で、パナマ基地に軍を集中するのを止めろとはどういうことだミュラー大佐。君はザフトが近々オペレーション・スピットブレイクを仕掛けてくることを知らないとでもいうつもりか?
 だとしたら私の貴官への評価も改めなければならないな。情勢の一つも認識できていない者に大佐の階級章は重いだろう」

「確かに私も我ながら分不相応な地位についているとは自覚しています。大佐どころか少佐の階級章すら持て余していたくらいです。
 しかし……私もそこまで無知でも世間知らずでもありません。オペレーション・スピットブレイク、ザフトがウロボロスの終点地点であるこのパナマに総攻撃を仕掛けてくるだろうという話は勿論聞き及んでいます」

「ならどうして貴官はここに部隊を集中させるなと言う? 敵がここに大挙して押し寄せてくるのなら、ここに部隊を集中させるのが最良だろうに」

「その通りです司令。ですが、それはザフトが100%パナマに攻めてくるという保証あっての場合。
 予定なんてものほど気分屋の輩はありません。もしも万が一ザフトが狙いをパナマから別の場所に移したら……連合の大部隊は殆どがこのパナマに集中しています。がら空きの基地を落とすのは難しいことではないでしょう」

「……ほう」

 司令官の目つきがかわった。どうやら怒っているのでも呆れているのでもなく純粋に驚いているようだ。

「とはいえやはりパナマに攻めてくる確率が一番高いでしょう。なので他の基地にも一定の部隊は残しつつ、パナマにいる部隊も万が一の場合はいつでも援軍に行けるよう準備を整えていた方が良いのでは?」

「君の意見は分かった」

 司令官は話は終わりだとも言わんばかりに手を上げて制する。

「中々興味深い進言だったよ。……だたミュラー大佐、君は連合上層部を甘く見すぎている。君の懸念は連合上層部が同じくするものだ。その対策も用意してある。君が気にする必要はない」

「用意、ですか」

 嘘ではない。司令官の口調には信頼できる備えを背景にした自信が垣間見える。
 これまでMSの採用を遅れに遅らせた挙句、ザフトに散々痛い目に合わされた連合上層部がそこまで用意周到に事を進めているとは意外だったが、それが本当ならミュラーの懸念は文字通りただの余計な御節介だ。これ以上、口だしする必要はないだろう。

「失礼しました。では私は――――」

 ミュラーがその場を辞そうとした瞬間であった。遠くの方から何かが炸裂する音が鳴り響いてくる。

「何事だ!?」

 司令官が跳ねるように椅子から立ち上がる。
 それはギルバート・デュランダルによるパナマ基地への奇襲が開始された号砲だった。



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