駆け足でストライクがある格納庫に駆け込んだミュラーは、慌ただしく動き回る整備兵には目もくれずコックピットに乗り込む。
因果なものだ。好きでパイロットになった訳ではないミュラーだが、戦争をしているうちに戦場で一番安心できる場所がMSのコックピットになってしまっている。
ミュラーもパイロットとしてそれなりに経験を積んだということだろうか。
「おい、イアン。聞こえているか」
通信をアーク・エンジェルに繋ぐ。指令室から急いでここまで来たため、敵が攻撃を仕掛けてきたということ以外はなにも知らないのだ。
アーク・エンジェルならなにかを掴んでいるかもしれない。
『大佐、ご無事ですか?』
「イアン、無事じゃなかったらMSのコックピットじゃなくて全速力で医務室に駆け込んでるさ。それより情報は? 一体全体どうなっているんだ?
まさかザフトがもうオペレーション・スピットブレイクを実行に移してきたとか?」
『いえ。スピットブレイクにしては敵の規模が違いすぎます。報告によれば何もない所からビームで基地管制部を破壊され、その混乱の隙を突いてMS部隊が侵入してきたと』
「何もない、ところから?」
一年前なら何を馬鹿なと怒鳴り返したであろう話。だがプロジェクト・ガンダムに深くかかわり続けたミュラーはそのことを笑い飛ばすことはできない。
何もない所から攻撃する。姿を透明化することで存在を消す。それが出来るMSを連合は開発した。
ザフトに奪取された四機のガンダムのうちの一機。ガンダムの中でも特に奇襲や電撃戦に特化した特殊戦用MS。正式名称はGAT-X207ブリッツガンダム。
ブリッツに装備されているミラージュコロイドは発動中PS装甲が解除されるデメリットはあるものの、機体の姿を不可視にすることができるのだ。
(ブリッツが宇宙からしつこく追って来たか、それともミラージュコロイドのデータを吸いだしたザフトが新たに開発したか、だな)
どちらも同じくらい可能性があるのでどちらであるかを断言することはできない。しかし敵にミラージュコロイドを装備したMSがいるのはほぼ確定とみていいだろう。
「フラガ少佐やナインたちは?」
『既に司令部からの命で出撃済みです。大佐はどうなされますか?』
「私の居る格納庫からアーク・エンジェルまでは距離がある。臆病者の私はMSの軍靴が鳴り響く戦場を生身で横切ることは勘弁願いたい。
例によって……アーク・エンジェルのことはイアン、君に一任する」
『またですか』
若干うんざりしたようなイアンの呟きが漏れる。彼も大変だろうがここは辛抱して貰わなければ。
イアンが指揮をしてくれるからこそミュラーは安心して戦えるのだ。
「信頼しているぞ」
頼れる部下に後の事は丸投げすると、ミュラーはストライクをかって飛び出した。
ザフトのスピットブレイク対策のために部隊という部隊が集結したパナマは今や連合最大規模の基地といえる。そこへ攻撃を仕掛けてくるということは余程の馬鹿か余程自分の腕を信頼する天才の二つに一つだろう。
ミュラーとしては馬鹿の方であって欲しいところだが、開戦以来、厄介事を押し付けられてばかりの日々を考えれば前者であると願うのは恐らく無駄に終わるだろう。
「さーて、敵はどこだ……ぬっ!」
ストライクを左に避けさせると、さっきまでいた場所にビームが着弾した。
見上げれば見た事のない緑色のMSがストライクにビーム兵器らしきライフルを向けていた。
頭部のモノアイから察するに明らかにザフト製のMS。だがシグーやジンとは趣が異なる。ビーム兵器を本格的に実装したザフトの次期量産型MSといったところだろうか。
モニターを拡大すると機体にゲイツという文字がペイントされるのが見えた。あのMSの名前だろう。
『こちらα部隊。アーマス・トー、ストライク発見。肩に悪魔のパーソナルマークを確認。乗っているパイロットはハンス・ミュラーだと思われる』
ゲイツのパイロットはミュラーのストライクを視認しても慌てずに部隊の仲間に連絡をとった。彼等は伊達に次期量産型MSを預けられているわけではない。
彼等はただ能力が高いだけの野獣ではなく、優れた状況判断能力と冷静さを供えた兵士なのだ。故に功を焦る事も恐怖で震えあがりもしない。
ただ今度ばかりは相手が悪かっただろう。
「逃がさんっ!」
撤退しようとするゲイツが背中から撃ち抜かれる。回避も許さない正確無比なる一撃。コックピットを破壊されたゲイツはそのまま重力に引っ張られ地面に叩きつけられた。
バッテリーには引火しないように撃ったので爆発はしない。あの残骸を回収すればザフトの新型の情報も手に入れることができるだろう。
『流石ですね、大佐。見事な腕前です』
白いMSがストライクの前に降り立つ。ストライク・ダガーにデュエルのASを装備したようなMSの名はロングダガーだ。
ストライク・ダガーと同時期に平行して開発が進められていた機体であり上位機種にあたる。ストライク・ダガーが扱いやすさに秀でているのに対し、こちらは一部のエースやナインのような戦闘用コーディネーターのために製造された機体だ。
ザフトのアサルトシュラウドを参考に開発された追加装備フォルテストラに対応していることからもストライク・ダガーというよりはデュエルガンダムを量産型にカスタムチェンジしたMSであり、本来ならデュエル・ダガーと命名されるところを、ザフトに奪われた機体の名前をつけることに抵抗感があった為に名称が変更されたという経緯をもつ。
パーソナルカラーが白ということはキャリーだろう。
「その様子だとそちらも大丈夫そうだな。どうだ、ロング・ダガーの乗り心地は?」
『良好です。ストライク・ダガーはカスタマイズしたOSを用いても余り自在に動かせず、寧ろジンの方がまだマシな動きが出来ましたが……このロング・ダガーは違います。こちらの期待によく応えてくれます』
「そうか……っ。キャリー、来るぞ!」
一瞬のような出来事だった。まるで地面を滑るように赤い閃光がキャリーに突進してきた。
キャリーは咄嗟にシールドで防御するが、その閃光は盾より二つのビームクローを出現させると、全体重をのせたタックルを仕掛けた。ビーム兵器を防げるシールドも物理衝撃をゼロにすることはできない。ロング・ダガーがぐらりと体勢を崩したところで、ビームクローがコックピットを狙う。
「させるか!」
だがミュラーが放ったビームが邪魔をして、クローはコックピットではなくダガーの左半身を切り裂いた。
左肩から左足までをビームで溶かし壊されたロング・ダガーは立つ力を失い崩れ落ちる。このまま放っておけばキャリーの命はあの赤いものにやられてしまうだろう。
その前にエールのバーニアを最大出力で吹かせて、その赤いものに斬りかかった。
『――――久しいな、ガンダム』
その機体は赤かった。世界を燃やし尽くすほどの野望、感情を溶かすほどの熱情。この二つを体現したかのような真紅の塗装がなされていた。
機体は先程倒したゲイツと同じものだ。ただあの速度、明らかに専用のカスタムチューンがなされている。その速度はエールストライクよりも上かもしれない。
ミュラーはこのMSのパイロットに覚えがあり過ぎた。
忘れるはずもない。ザフトにおいてラウ・ル・クルーゼと並び称される英雄。彼の名は、
「ギルバート・デュランダル、赤い彗星」
『ふふふ。私如きの名を覚えて貰えるとは光栄だね。多少無粋な場所であることが残念だが君との因縁、ここで断ち切らせて貰う!』
神経を研ぎ澄ます。相手がデュランダルともなれば、ミュラーも普段の不真面目な態度でいればやられる。
この男は油断をしていい相手ではない。少しの気の緩みが致命的な隙となる。
「……因縁、断ち切りたいのはこっちだ!」
あのゲイツがジンと同様のカスタムチューンがなされているのならスピードに反して装甲は大したことはなかったはずだ。
ビームの一発でも当てることが出来れば勝ち目はある。
だがその一発を当たらせてくれないのがデュランダル。ミュラーがビームを撃っても、デュランダルはゲイツの速度を最大限活かして回避してしまう。回避する地点を予測しての射撃も、その予測した射撃を更に予測して回避してしまうのだから性質が悪い。
(もっと、相手の動きの未来を……!)
ビームを連射しながら、ビームサーベルを抜く。ゲイツのシールドとストライクのサーベルがぶつかり合い火花を散らした。
このまま押し込もうとしたが、逆に押し込まれる。どうにも機体のパワーはゲイツの方が上らしい。
「この、落ちろっ!」
ゲイツが後方に下がろうとした時を見計らって、その足を思いっきり踏みつける。すると必然、下がろうとした足が下がらずゲイツは体勢を崩す事になる。
機体が倒れ込んだところに、ビームサーベルを突き刺そうと構えるが、
『やらせんよ』
刹那が勝負を分けた。ビームサーベルを掴んだ右手がコックピットに突き刺す前にビームクローに両断されたのだ。ゲイツは背中のバーニアを使って地面を滑って脱出する。
そしてビームを撃ってきた。
左手にもったシールドで防ぎながら、後退する。片腕がないのでシールドを使いながら攻撃が出来ないのだ。
「防御しながら攻撃が出来ないなら、攻撃するだけだ!」
シールドを思いっきり投げつける。デュランダルもこの攻撃は想定外だったのか狼狽したのが分かる。お返しだと言わんばかりに、ミュラーはシールドが装着された腕をビームで撃ち抜く。
これで条件はイーブンに戻る。更に追撃をかけようとしたところで、長距離からの狙撃がストライクを襲った。
『グゥレイト。やったぜ!』
どこかでガン黒の男が親指をたてた気がした。なんとなくムカついたのでその気配がした方向へビームを発射する。
『うわおっ! そりゃないぜ〜!』
またどこかで男が悲鳴をあげたような気がした。
ビームが命中してくれたらしいが、冗談抜きで不味いこととなった。今の狙撃で右足が吹き飛んだ。宇宙空間なら足の一本なくとも戦闘続行は可能だが大気圏内ではそれも難しい。
「ええぃ! これだから重力は嫌なんだ!」
地球そのものに毒付きながら残った左足を使い跳躍する。そしてエールのバーニアで飛行していく。
無論それをみすみす見逃す赤いゲイツではない。追撃をかけようとするが、
『おっと! 俺の減棒期間軽減の書類にサインして貰うまで大佐さんを死なせるわけにはいかないんでね!』
『大佐はやらせない!』
援軍にやってきた少佐の105ダガーとナインの黒いロング・ダガーが援護射撃をしてくる。
「すまない。こちらは一時撤退する。後は任せた」
ミュラーは戦場においても基本的に自分の命を大事にする男だ。片腕と片足を失った状態のストライクで戦おうとするほどバトルジャンキーではない。
それにどうやら敵は精鋭であるが寡兵のようだ。これならじっくりと腰を据えてやれば犠牲は出るが最終的には勝利できるだろう。
だがこれは敵も理解はしていたようで、
『潮時だな。ハンス・ミュラーをこの場で倒すことは出来なかったが……なに。チャンスは今日ばかりではない。撤退する』
ザフト側もまた素早く撤退を始めていく。追撃をしようとしたMSもいたが、それはどこからかの狙撃により破壊されていった。
奇襲を仕掛けた時から、撤退を援護するための部隊を予め分割して用意していたのだろう。敵ながら見事なものだ。
プレッシャーが遠ざかる。
闘いが終わった事を悟り、ミュラーはほっと一息ついた。
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