ザフトの軍事兵器の一つに『グングニール』と呼ばれるものがある。
神話などをある程度知っている人間なら直ぐにピンとくるだろう。グングニールの名称の由来は北欧神話の主神オーディンのもつ槍そのものだ。
主神の槍の名を与えられた兵器だけあってその真価は凄まじい。
一度投下され起動すれば強力な電磁パルスを発生させて、電子部品の悉くを破壊してしまう。
ザフト軍のMSはEMP対策がしっかりと施されており、基準値に至らないMSも作戦のために新たに施されているのでグングニールの影響を受けてザフトが自滅するということは起きない。
しかし敵側である地球連合は別だ。
ミュラーの乗るストライクなど一部のエースパイロットが搭乗する機体などを除いて、連合の兵器のEMP対策はザフトに比べて格段に劣る。
グングニールが効果を発揮すれば連合のMSは一方的に戦闘不能のでくの坊と化すだろう。
アラスカで大半の兵力を失いながら、ザフトがパナマ基地攻撃を強硬したのもグングニールという兵器があったからだ。降下ポイントさえ確保して、そこにグングニールを落とすことが出来ればその時点でマスドライバーも破壊され作戦は成功する。
だがグングニールの存在を連合が知れば、直ぐにEMP対策もしてくるのは明白なので本当に一度きりの切り札だ。失敗すれば次はない。
「……………降下ポイントの制圧はまだのようだな。この分だと作戦を計画通りに完了させるのは難しいかもしれん」
パナマ基地攻略の総司令部でもある潜水艇でデュランダルはじっくりと、雲の上から地上を俯瞰する支配者のようにモニターを眺める。
隣にいる潜水艇の艦長が苦々し気に眉をひそめるが否定することはできなかった。デュランダルが言っていることは紛れもない事実なのだから。
「それでは貴方ご自身も向かわれてはどうですかな、赤い彗星殿?」
けれど精一杯の嫌味も込めてそう返した。
潜水艇の艦長は今年で五十五歳になるベテランであるが、フェイスのデュランダルが搭乗しているため実質的に権限を奪われた形となっている。そのことが面白くないのだ。
もっとも艦長は年季に見合うだけの良識も持ち合わせているので、どこぞのギルデンのように暴走はしないが。
デュランダルは艦長の物言いに特に不快を示すこともなく微笑むと、
「私も前線に飛んでいけたら気楽なのだが、たかがパイロット一人が戦列に加わった程度で戦略はどうにもならないだろう」
「……エースにしては弱気なもので」
「弱気じゃないよ客観的なリアルさ。ふむ、報告によれば未だハンス・ミュラーの方は現れてはいないということだが…………地球軍もやるものだ。特に敵方のガンダムなど性能だけでなくパイロットの方もかなりのもの。連合の人材も侮れん」
「それには同意しましょう。本国はどうにもナチュラルを過小評価し過ぎている。そもそも我々を生み出したのはナチュラルだというのに」
あらゆる命には必ず最初がある。自然に生まれた人間の祖先が猿であるように、コーディネーターの祖先もまたナチュラル。そしてコーディネート技術を生み出したのもナチュラルだ。
そして原子爆弾、電球、飛行機、ダイナマイト、鉄砲。歴史を動かした画期的な発明をしてきたのもナチュラルの天才だった。今もなお全てのパイロットたちにとって畏敬の念を禁じ得ぬ古の撃墜王たちも全員がナチュラルだった。このことをパトリック・ザラは忘れている。比較的上層部に近いデュランダルだからこそ一層そう思ってしまう。
ただこれは悪いことではない。いや、プラントにとっては悪いのだろうがデュランダルにとっては悪くない。
操る人間の思考回路を把握しておくことは人形師には不可欠だ。
「あぁ。だがこのまま手をこまねくこともできない。私にはパナマ攻略を任された責任がある。ここで司令官たる仕事を果たさずに指を加えているのは些か以上に無責任だ。
大気圏外で待機している部隊に連絡を。グングニール降下準備だ。ただし降下地点はポイントG-8へ変更する」
ポイントG-8は基地の深くにあるが、そこへ落とした場合、グングニールの影響はマスドライバーまで届かない。
つまりグングニール降下成功=勝利ではなくなるというわけだ。
「良いのですか? 上層部からの作戦目的を独断で変更して」
「言われた司令を唯々諾々と馬鹿正直にそれだけやるのならば指揮官の椅子はコンピューターを置く物置にすればいい。状況に応じて臨機応変に気を利かせるのが人間というものさ。
責任は私がとろう。やれ」
「了解」
嘆息しつつも、しかししっかりと敬礼をした艦長はきびきびと指示を飛ばし始めた。
(ザフトを守る。―――――その為にも!)
天上から降り注ぐ機関砲の掃射を大地を滑るように駆け抜けて回避していくイージス。
赤い機体を狙うのは連合で新たに開発された黒いMS、GAT-X370レイダーガンダムだ。プロジェクトGで開発された五機のガンダムを元に生産された後期GATシリーズの一機で、イージスと同じ可変機構をもっている。
MS形態からMA形態となって空を飛び回る姿は黒い禿鷹を思わせる。鳥の爪に似せたクローなどそのままだ。
『そらぁぁぁぁぁぁあああッ! 滅殺!!』
雄叫びとも咆哮ともとれる常軌を逸した声をスピーカーから轟かせながらレイダーがMS形態に戻り、破砕球「ミョルニル」を投げつけてくる。
金属塊を投げつけて攻撃するという、実に原始的な兵器だが威力は強力だ。物理攻撃に滅法強いPS装甲もあれの直撃を受ければ唯ではすむまい。
しかしザフトのグングニールといい連合のミョルニルといい、両軍とも神話をモチーフとした兵器を作るのが好きなようだ。
「こんなもので!」
後期生産タイプだけあってイージスの性能はレイダーに劣る。
しかも追い打ちをかけるようにレイダーのパイロットの実力もかなりのものだった。技量は単純に見てザフトのエースパイロットに引けをとらない。
ハンス・ミュラー以外にこれほどのパイロットが連合にはいるのか、とアスランは戦慄する。
けれど隙がないわけではない。
レイダーのパイロットは技量はいいのだが、いかせん動きが猛獣的過ぎていた。知能ある戦士ではなくMSに猛獣の意志が宿っているのではないかと思うほど理性的ではない動きをするのだ。
アスランがそう感じるのも無理のないことだろう。アスランは知るはずもないことだが、レイダーのパイロットの名はクロト・ブエル。一般市民では決して知られぬ施設で薬物によりコーディネーター以上の肉体的スペックを与えられた強化人間だ。
しかしその強化の副作用として人格に著しい欠損をもっている。人間的ではなく動物的な動きで攻撃するのもその為だ。
「やられるか!」
ミョルニルを正確にビームサーベルで殴りつけ軌道を逸らした。
相手が猛獣的ならこちらは人間的に戦えばいい。アスランは脳内で今まで実戦で得た教訓を反芻していく。
あの頭がクリアになり視野が無限大に広がる不思議な感覚はまだ持続している。これならば十分に戦える。
『へぇ。歯応えあるじゃん、赤いの…………だから、死ねぇええええええええええええええええ!! 瞬殺ッ!!』
出鱈目にミョルニルを振り回しながら、口にあるエネルギー砲を連射してくるレイダー。訓練を受けてきたとは思えない余りにも無茶苦茶な攻撃だ。
そんな時だった。イージスのレーダーにとある反応が出る。
「これは……!? グングニールが降下してる! けどこのままじゃ降下予測ポイントは……G-8じゃないか。作戦と違う」
なにか司令部にも想定外のことが起きたのか、それとも独断での作戦変更か。アスランは今回の作戦の全権を握っている人物の顔を思い描き後者だと判断した。
デュランダルという人物は無駄なことはしない人間だ。それに臨機応変に対応する頭の柔らかさも持ち合わせている。恐らく連合の力が想像以上に強いので作戦を変更したのだろう。
そしてグングニールが起動する。
電磁パルスは連合のMSなどを始めとした兵器を悉くストップさせていくが、目の前のレイダーに関しては特殊なEMP対策がされているのか停止することはなかった。
『あぁ!? なにこれ?』
だがレイダーのパイロットの一瞬の同様をアスランは見逃さなかった。
バーニアを噴射させレイダーの横を素通りする。
『あぁこらテメエ! 逃げてんじゃねえ! 撃滅!!』
「逃げるなと言われて止まる馬鹿がいるか!」
作戦の目標は第一にマスドライバーの破壊だ。レイダーなんて放っておけばいい。
レイダーは執拗にイージスを追撃しようとしたが、
『ふんっ! アスラン、無様だな。ナチュラルを相手に逃げるだけとは』
横合いから奔るビームがレイダーに襲い掛かった。レイダーのパイロットは優れた反射神経で間一髪回避したが翼がほんの少し欠けた。
「お前、イザーク!?」
『この黒いガンダムは俺がやる。お前はさっさとマスドライバーを破壊してこい』
「……すまない」
『感謝などするな気色悪い。貴様には動かない的の方がお似合いだろう』
イザークのデュエルがレイダーに斬りかかっている。口調はあれで実力は確かだ。レイダーはイザークに任せておけばいい。
アスランは森を駆け抜けてマスドライバーへ急ぐ。
「見えたっ!」
走ること十数分。遂にマスドライバーを視界に収めたアスランは施設を破壊するためビームライフルを構える。
『……なんだよお前、ウザい』
だが基地の防御についていたらしい大きな鎌をもった黄緑色のMSが切りかかってきたせいで照準がずれる。
レイダーと同じくこの機体もガンダムだ。同じなのはガンダムタイプというだけでなく中身の技量もだった。
「邪魔をするな。もう少しなんだ!」
ビーム兵器を連射して牽制するが、緑色のガンダムが盾を展開すると不思議なことにビームが曲がって逸れていく。
どういう現象が起きているのか知らないが連合の最新兵器だろう。そうこうしているうちにイージスのバッテリー残量がなくなっていく。
このままではジリ貧だ。アスランは一か八かのギャンブルに出た。
ビームを連発すると同時、ガンダムが盾を展開したところを見計らって命綱でもあるシールドを投げつけたのだ。ガンダムの不思議な盾はどうやら物理攻撃を曲げることはできないようで、シールドの直撃を受けたガンダムがよろける。
「そこだぁぁああ!!」
そのままアスランはガンダムに着地すると、マスドライバーへ二段跳躍する。
『俺を踏み台にした!?』
後ろでガンダムのパイロットが叫んでいるが無視する。アスランはビームを構えようとするが、運なくそこでPS装甲がダウンしてしまった。
「まだだ!」
エネルギーが切れたことを瞬時に理解すると、素早くイージスの自爆コードを入力し自分は生身で脱出する。
自爆コードを入力されたイージスはMA形態に変形するとマスドライバーに突っ込んでいき爆発した。だがその爆風で生身のアスランは吹っ飛ばされる――――と思いきや。
『っと。随分と命知らずなことするじゃないか。だがナイスだぜ』
生身のアスランの前に降り立ったオレンジ色のゲイツが盾となり、爆風から守る。
イージスの踏み台にしたガンダムにはブリッツが攻撃をしていた。
「ハイネ!?」
『ともあれ御手柄。これでマスドライバーは破壊、イージスがおしゃかになっちまったが結果オーライだ。ずらかるぞ』
盗賊の親分のようにハイネが宣言すると、アスランをゲイツの手にのせて撤退していく。
ハイネの言う通りだった。
ザフトにとって起死回生の作戦だったパナマ攻略はアスラン・ザラの手によって成功へ導かれた。
そう――――パトリック・ザラの息子であるアスランによって、だ。これによりザラ派の勢いが回復し、逆にクライン派はやや劣勢に陥ることになる。
このことがまた新たなる悲劇を生むとも知らずに、MSの手に抱かれてアスランは取り敢えずの勝利に安心していた。
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