アズラエルは自宅の地下室において連合軍からの連絡を受けていた。
 映画館のような巨大な画面に映し出されているのは深い皴の刻まれた痩せ形の壮年である。一見すると物腰の柔らかそうな人間にみえるが、瞳にはコーディネーターへの暗い憎悪が染みついていた。
 彼はサザーランド大佐。連合内部において非常にアズラエルと深い繋がりのある人物で、そのために通常の大佐以上の権限をもっている。
 階級においてはミュラーと同格だが、積み重ねてきたキャリアや年月を思えば格上であろう。事実大佐になる前のミュラーは一時的にサザーランドの部下になったこともある。

『アズラエル様……申し訳ありません。パナマ基地は』

「陥落した、でしょう。大丈夫です、そういうこともあると予想していなかったわけじゃありませんから」

 アズラエルはそう言ったがパナマ基地が本当に陥落したわけではない。連合の犠牲はそれなりに大きかった上にザフトの新兵器に苦しめられもしたが、攻めてきたザフト軍をどうにか追い返すことは出来ている。 
 パナマ基地は未だに連合の統治下にあり、一人の兵士の重さの違いを考えれば寧ろザフトの方が多くの出血をしたといっていい。
 だがどうしてアズラエルは『陥落』などと言ったのか。……それはもうパナマにあるマスドライバーが破壊されたからに他ならない。
 宇宙への道であるマスドライバーは大々的な反攻作戦を計画する連合軍にとって必要不可欠なものだ。
 その必要不可欠にして唯一パナマに残っていたマスドライバーは破壊された。しかも憎々しいことに連合軍から奪取されたイージス・ガンダムによって。
 マスドライバーを失った以上、パナマはもはや陥落したも同然なのだ。

『つきましては連合軍本部は新たなる作戦案を議会に提出する準備を整えています。パナマのマスドライバーの再建も平行して行っていますが、それを待っていては必要以上に時間がかかってしまう』

「ですね。マスドライバー再建中にまたザフトの化物共が攻撃してきて破壊されました、では商売あがったりです」

『そこで我々は既存のマスドライバーをザフトから奪還する作戦案を纏めています』

 連合軍に残っていたマスドライバーがパナマにあるものだけだったというだけで、地球上にマスドライバーがパナマにしかないわけではない。
 オペレーション・ウロボロスの過程でザフト軍が奪っていったマスドライバーを有する基地施設。そのうちザフトの手にあるのはカオシュン基地とビクトリア基地だ。
 うちカオシュン基地は東アジア共和国の統治下にあったもので、ビクトリア基地はユーラシア連邦の統治下にあった基地だ。

「で、その作戦案はどちらの基地を狙うつもりで?」

『現在協議中です。やはり東アジアの軍人はカオシュンを、ユーラシアの軍人はビクトリアを奪還せよと訴えており、その調整に手古摺っています』

「それはまぁ自国の方を優先したいでしょうね。お互い」

 どれだけ打倒ザフトを声高に叫ぼうと地球連合は所詮『連合』軍に過ぎない。利害の不一致が生じれば自然と対立することとなる。
 純正軍であるザフト軍に開戦以来に連戦連敗を続けてきたのも内部の対立があるのだろう。このあたりの調整をするのは権力ではなく金という経済の血液を握るアズラエルのような人間がやるべきことだ。

「そうですね。………狙うならビクトリア基地にしておきましょうか」

『ビクトリア、ですか?』

「カオシュンの東アジア共和国のうち旧日本や旧台湾はどちらかというと大西洋連邦よりですし、比較的大西洋連邦主導で動いています。
 ですがユーラシアの方はアラスカの一件でこちらに反抗的です。今はアラスカのダメージもあって大人しくしてますが、放置しておけば最悪ザフトに寝返るという可能性も皆無じゃない。しっかり鞭でしつけた後は飴をあげないと。教育の基本です」

『分かりました。では派閥の者にはそのように。理事の意向が伝われば話も纏まるでしょう』

「頼みますよサザーランド大佐。それにパナマ基地のマスドライバー施設の崩壊は悪いことばかりじゃない。アラスカで大打撃を与えてそろそろザフトと停戦してはどうか、なんて寝言をのたまう連中の口も少しは休まるでしょう」

 コーディネーター殲滅を最終目標とするアズラエルとしては、ここで手を引きザフトと交渉するなど冗談ではない。
 仮にプラントの殲滅がならなかったとしても、徹底的にコーディネーターを叩きのめして戦前の状態に戻さなければ収まりがつかない。
 それにアラスカは良い転換期だ。これからザフトへの反撃が始まると言うのに、どうしてここで手を止めなければならないのか。

「コーディネーターといえば」

 そこでアズラエルは地球にある『とある国家』の存在を思い出す。
 オーブ連合首長国。中立を謳いナチュラルもコーディネーターも平等に受け入れることを明言する唯一の国だ。
 国土は非常に小さいが優れた技術をもった技術大国で連合のガンダムもオーブの技術なくしてはなかっただろう。

「……サザーランド大佐、オーブにもマスドライバー施設がありましたよね」

 確認するように、アズラエルは獲物をみつけたトカゲのように笑う。

『は、はぁ。しかし彼の国は中立ですぞ』

「構いませんよ。それにザフトが守るマスドライバー施設と、幾ら技術大国とはいえオーブ軍しか守りのいないマスドライバー施設。どっちが攻め落としやすいかなんて考えるまでもないでしょう。
 それに随分と虫の良い話じゃないですか。地球の皆が一丸となって宇宙の化物と戦おうっていう時に一人だけ太平楽を決め込もうなんて」

 これはアズラエル側の理屈であって、オーブからすれば『どうして連合とザフトが勝手に始めた戦争にオーブが巻き込まれなきゃならないんだ』という意見が返ってくるだろう。
 しかしそんなことは関係ないのだ。オーブと連合の力関係は連合が上。そして力が上の国には時に多少の暴虐が許される。

「安心して下さい。別に僕はオーブと戦争したいわけじゃあない。ただマスドライバーと……あとモルゲンレーテが欲しいだけだ。こちらの連合軍に参加して下さいっていうお願いをあちらが了承してくれるなら、僕は笑顔で彼等と握手する用意があります」

『…………ではオーブが拒否した場合は?』

「その時は、オーブは地球の敵になるだけです。そして敵は討たねば」

 アズラエルは手元にあった髪で紙飛行機を作ると、狙いを定めて飛ばす。
 すーと空を泳いで飛んだ紙飛行機は世界地図にあたり落ちる。奇しくも紙飛行機の命中した場所はオーブの国土だった。



 連合が悲しめば、ザフトが喜び。ザフトが悲しめば、連合が喜ぶ。
 戦争である以上それは必然であり、連合軍が敗北に悔し涙を流している今、ザフト軍の最高指導者であるパトリック・ザラは勝利の美酒に酔いしれていた。
 勿論パナマのマスドライバーを破壊したからといって勝利が確定したわけでもなければ、状況を打破できたわけでもない。そのくらいはパトリックも承知しているし、酔いも直ぐに醒めるだろう。
 だが下降気味だった気分を上げる為にも全てを理解した上で敢えて勝利に酔うことをパトリックはしていた。

「パナマのマスドライバー施設が破壊、連合は地球に閉じ込められた。これで『ジェネシス』建造のための時間も稼げる」

『はい。私も指揮官に彼を推薦した者として鼻が高い』

 手元のモニターではデュランダルにかわり宇宙に呼び戻したクルーゼが柔和に微笑んでいた。
 しかし口元が微笑んでいても、表情の殆どが仮面に覆われているせいでその真意については分からない。

「分かっている。此度の作戦を指揮したデュランダルにはネビュラ勲章………は既に授与されていたか。そうさな、新たにジョージ・グレン勲章でも作り勲章授与第一号にでもしてくれようじゃないか」

『彼も喜ぶでしょう。ですがザラ議長閣下。デュランダルの報告によれば、今回の作戦でご子息であるアスランが果たした功は非常に大きいものです。士気高揚のため……そして議長の地盤を固める為にもアスランにも勲章を与えるべきでしょう』

「フッ。理解しているとも」

 パトリックとしても息子であるアスランがここまでの戦果をあげるのは青天の霹靂だった。いや齎した結果を思えば棚から牡丹餅といった方が正解か。
 ともかく獅子奮迅の活躍をみせ、最後には自身の搭乗機を自爆させることでマスドライバーの破壊を実現したアスランは今回の作戦における勲功第一位であることは誰もが認める事実だった。
 アスランの父であるパトリックとしては、このアスランの戦果を『若き英雄』として大々的に宣伝することでアラスカの敗北で失墜した自分の権威を回復させる事にもなる。同時にザラ政権への支持率もパナマの勝利とアスランのことで再び上昇の兆しをみせていた。
 
「アスランにはネビュラ勲章を授与することが満場一致で決定している。クルーゼ、お前やデュランダル……それに悪魔の刃を受けながらも奇跡の生還を果たした英雄バルトフェルドも嘗て通った道だ。
 そしてアスランは対ハンス・ミュラー部隊から特務隊フェイスに転属となる」

 パトリックは言いながら、自分の机から『F』を象った紋章を取り出す。
 特務隊フェイスはデュランダルを始めとした評議会からの信任深い者しか任命されぬ特別な地位だ。息子をこれに任じることはパトリックにも大きなプラスとなる。

「出来ればデュランダルにもこちら側について欲しいものなのだがな」

『難しいでしょう。私も個人的に彼のことを知ってはいますが、彼は中道派なので』

「あぁ知っている。クライン派でなかっただけ良しとしよう。アスランにはイージスのかわりに例の機体を与える。クルーゼ、お前の目から見てどうだ? アスランにアレを扱いきれると思うかね?」

『はっ! アスランの技量なら例の機体――――X09Aを見事乗りこなせるでしょう。彼の上官として、同じネビュラ勲章を授与されたパイロットとして断言できます』

「お前に太鼓判を押されるのだから心配ないな」

 ZGMF-X09Aジャスティスガンダム。ザフト軍が秘密裏に開発した最新鋭MSで、機体名に『ガンダム』がついていることからも分かる通り連合のGから得た技術をふんだんに使ったMSだ。
 ビーム兵器が標準装備されていることは勿論、PS装甲をも備えている。しかもそのパワーはプロジェクトGで開発された五機のガンダムの四倍はあろう。
 性能がピーキーなこともそうだが、ジャスティスに搭載されている『あるシステム』のせいで搭乗者を選ぶ機体だ。

「残るフリーダムについては……まぁ保留にしておこう。それに」

 パトリックの手元にはもう二つのMSのデータがあった。
 一つはプロヴィデンス。連合のガンバレルシステムを参考に開発されたドラグーンシステムを搭載したMSだ。ドラグーンを十全に使うには高い空間認識能力が必要のため恐らくはクルーゼ専用機となるだろう。
 そしてもう一つ。フリーダム、ジャスティス、プロヴィデンスとは異なりザフトのMSをそのまま発展させたモノアイのMS。

『ZGMF-X06Aシナンジュ・リヴィジョン』

 データにはそう記されていた。



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