7月5日
第三次世界大戦が始まってから二年が経過した。過去の大戦と同じく此度の世界大戦も長期化の兆しを見せており、いつ終わるかは私をもってしても分からない。
しかし民族や宗教の違いで争い合い他者を貶めるなど愚かなものだ。
人間には支配すべき才能溢れる人間と天才に支配される愚民の二つがいるだけ。私からすればホワイトハウスで世界の王者を気取っている男も愚民でしかない。
8月12日
愚民共の戦争を精々娯楽がわりに俯瞰させて貰おうと思っていたが……どうもそう悠長なことも言っていられないらしい。未だにロゴスの年寄り共は自分の利権のことしか考えていないが、私には分かる。この戦争、万が一ということも起こり得る。
どれだけ私が天才であろうと、愚民の暴挙は時に天才を殺す。西暦が始まって以来、どれほどの革新的才能が愚民の盲目さによって日の目を浴びずにいたことか。
無論私はそのことに対する準備を整えてはいるが、過去の偉人たちと同様に物事を弁えぬ愚民の暴走により凶弾に倒れる時が訪れるかもしれない。
私の手によりフラガ家は元々の十倍まで規模を増大させた。父の代ではロゴスでも末端に座ることを許されていただけだったのが今ではロゴス筆頭だ。
だが私という天才により栄華を築いたフラガ家は私と共に没落するだろう。私以上の天才など我が子の中にもいないのだから。
9月15日
戦争が更に激化した。ロシアの大統領がイスラム過激派のテロで死んだのだ。ロシアの大統領であったゲルマンは愚民を超えぬ者ではあったが、愚民の中では頭が回る男だった。
その男が死んだということは私も危ないかもしれない。テロの標的の中には確実に私、マロ・ル・フラガの名も含まれているのだから。
無能な父より受け継いだだけの家そのものに愛着などないが、私という天才が生み出した一つの『結果』としてフラガ家は残しておきたい。
影武者を用意するのは当然として、私に万が一のことが起こった時の為に後継者を用意するべきだろう。
だが問題は誰を後継者とするかだ。多くの女に子供を産ませたが私に及ぶ才能の煌めきを見せた者は一人もいなかった。中にはフラガ家の人間が代々と受け継いできた高い感受性すらもたない出来損ないすらいる体たらくだ。
果たしてどうするべきか……。
10月24日
良い考えを思いついた。自分の息子を後継者とするのに不安なのであれば、私自身を後継者とすれば良かったのだ。
息子を使えばどうしても私以外に他の愚民女の血が混ざる。100%私の才能を遺伝させたければ、私自身を新たに生み出せば良い。
クローニング技術、あれを使えば私が死んだとしても第二の私がフラガ家を継げるだろう。
11月24日
結論を言えばクローンは失敗だった。科学者たちの総力を結集させ私のクローンを生み出したのだが、テロメアの問題を解決することが出来ず寿命が普通の人間よりも極端に短いのだ。
クローンは決してオリジナル以上に長い時間を生きることは出来ない。私が後十年の寿命だとすれば、クローンもまた十年しか生きられないのだ。
12月24日
クローンの失敗を鑑みて、私は新たな方策をとることとした。
なんてことはない。自分を生み出すことも出来ず、普通に生ませた子供も不足であるのならば、人工的に後継者を調整すればいい。
受精卵の段階で遺伝子を調査することにより意図的に『天才』を生み出す。これならば例え私以外の血が混ざっていたとしても私に匹敵するだけの才能を生み出せるかもしれない。
5月19日
遺伝子調整の下地は整った。後は実行するだけだ。
しかし生身の母体を使う以上、実験結果が出るのに十か月ほどかかる。面倒だが待つしかない。
2月7日
被検体の女の一人が子供を産んだ。残念ながら出来上がったのは畸形児だった。
私の精を与えておきながら不出来な女だ。私は女の処理を命じると早々に研究施設を出た。これから大統領と会わなければならない。
2月13日
また被検体の女の一人が子供を産んだ。今度の子供は見た目は至ってノーマル。特に問題は見られないので様子見とする。
私の後継者候補である子供にはフランシスという名を与えた。私の認めた数少ない人物のファーストネームである。もしもその名に不相応な能力であればその時は処分するとしよう。
3月13日
被検体の女の一人が新しい後継者候補を生んだ。今度は双子で一人は男でもう一人は女だった。
女を後継者にする気はない。女の方の処分を命じると男の方にはチャールズという名をつけることにする。
4月1日。
再び被検体が子供を産んだ。その子を見た時の私の感動は饒舌につくし難い。その子供を見た途端にフラガ家の高い感受性が脈打ったのを感じた。
一目ぼれしてそのまま結婚にこぎつけるおめでたい男女は相手に運命を感じるというが、もしそれが事実なら私は運命を感じていたのだろう。別にその子が何かすぐれたことをしたというわけではないのに、これだと確信したのだ。
彼には私が敬愛する偉大なる先人ジョン・グレン≠ノ因んでジョージ・グレン≠ニいう名前を与えよう。
4月1日
一年間ジョージを観察していて、私の感じた運命が正しかったことが証明された。
ジョーズは素晴らしい。まだ一歳だというのに歩く事をマスターしたばかりか、完全に我々の言語をものにしている。この日記を書いている私の目の前では正にジョージが書物を読んでいるところだ。
読んでいる書物は下らないコミックであるが、それを読んでいるのが一歳の子供であることを考えると画期的ですらある。
8月30日
ジョージがロシア語とフランス語を覚えた。ドイツ語も覚えつつある。一歳半でこれだけの言語を完全にマスターしたのはジョージくらいだろう。
彼の父親として私も鼻が高い。私は研究員たちに特別ボーナスを与えた。
9月12日
ジョージを正式に私の後継者としてフラガ家に引き取ることを研究員たちに言うと総出で止められた。彼等によれば、今は問題はないが大人になって遺伝子調整の副作用が出るかもしれないとのことだ。
別に焦る必要はない。大人になるまで様子を見て、それから満を持して我が家に迎え入れればいいだけだ。
2月22日
中央アジア戦線で核兵器が使用された。これは私にとって喜ばしいニュースだ。人間というやつは少し殴られるとむかっ腹をたてるものだが、徹底的に殴りつけられると怒りを通り越して気力を奪われるもの。
第二次大戦以来となる核兵器だ。愚民共の頭も冷えるだろう。
6月6日
ジョージが三歳になった。ジョージにフラガ家が遺伝してきた感受性が備わっていることが確認できた。
一安心である。この才能がなければ如何にジョージとはいえ切り捨てねばならないところだった。
1月12日
ジョージが五歳になった。既にあらゆる国の言語を完全に使い分け、学者並みの知識を小さな頭にもっている。
彼が世に出れば確実に歴史に名を残すだろう。
3月11日
ジョージが十歳になった。ジョージの才能は頭脳だけではなかった。運動神経においてもジョージは完璧だった。
私は確信する。ジョージならばどのような道を歩もうとその道のナンバーワンになることが出来るだろう。
9月11日
嬉しいニュースだ。ジョージが遂にノーベル賞候補に選ばれた。
候補であるがフラガ家がバックアップすれば受賞は確実だろう。
12月22日
ジョージが空軍のパイロットとなった。初出撃で撃墜スコア5。脅威的な数値だ。仮にこのまま戦争が続けばジョージはルーデルに並ぶエースパイロットとなる日も近いだろう。
学問でも軍事でも……あらゆる方面で才能を発揮する。正に万能の天才というに相応しい。私でもジョージの年にあれだけの才能を見せることはなかった。もはやジョージは私をも超えている。息子に超えられることへの悔しさと喜び……私は生まれて初めてそれを噛みしめている。
ジョージは私の誇りだ。
4月3日
愚かで長い戦争が漸く集結した。それに伴い国家の枠組みも大きく変わった。
アメリカ・カナダ・イギリスによる大西洋連邦、EU諸国によるユーラシア連邦、東アジア諸国による東アジア共和国。
とはいえ実質的には大西洋連邦はアメリカのまま、ユーラシアはEUにロシアがついただけ、東アジアに至っては名ばかりの統一国家で実質的にはバラバラのまま。外面が変わっただけで中身はまるで変わっていない。実に愚かなものだ。
5月1日
戦争終結と国連主導化に伴い新暦として統一暦(Cosmic Era)が制定された。
元年を最後の核が使用された年にするということなので、今はC.E.9といったところか。
名前だけ変えようとする愚民の精神は愚かなものだが、C.E.という響きは中々素敵だ。このことだけは評価してやっていい。
C.E.11.10月7日
宇宙都市「世界樹」が遂に完成した。フラガ家が中心となって出資したからというわけでないが、実に喜ばしいことだ。
私は常々人類は宇宙へ飛び出すべきだと考えている。地球はもはや人類の住み家としては狭い。保守派は未だに地球の文化がどうのこうのと吠えているが関係ない。私に逆らう奴がいるなら社会的に死んで貰うだけだ。
C.E.12.5月7日
我が子であるジョージが中心となった木星探査プロジェクトが発動した。
木星往還船「ツィオルコフスキー」の開発主任となったのは無論我が子であるジョージだ。最近よく宇宙にいくようになって気付いたのだが、フラガ家の感受性は宇宙へ出ることでより研ぎ澄まされるようだ。
C.E.12.7月11日
ジョージがフラガ家の特異能力について尋ねてきた。どうもジョージは自分や私に備わっている能力について疑問が絶えないらしい。
私はこの力について天才が持つに相応しい能力として自己完結していたが……確かに思い返せば能力には不可解な点も多い。
C.E.12.11月11日
ジョージがフラガ家の能力について調べてもいいかと尋ねてきた。
木星探査プロジェクトに支障が出ない範囲内でなれば好きにしろと許可を出した。
C.E.15.7月7日
なにを考えているのだジョージは! 自らが遺伝子調整を受けたことを世界中に発表し、その技術まで公開するなど!
しかもコーディネーター!? それに新人類と旧人類の架け橋となる調整者だと……。
ジョージを直接問い詰めたいが、奴はもう木星探査に乗り出してしまった。私はジョージへの怒りを一時収め、この騒ぎの後始末と情報の握り潰しをしなければならない。
C.E.15.12月18日
自然環境保護団体ブルーコスモスがコーディネーターへ反意を表明してきた。しかもバックにはアズラエル財閥がついている。
ブルーコスモスは前々からそれなりの規模の自然環境保護団体だったがアズラエル財閥の力が加わった事で一気に力を増大している。 ブルーノめ。私とジョージの関係性についてなにか嗅ぎ付けて自然環境保護団体を利用しコーディネーターとジョージ批判に使うとは……。愚民の分際でよくやるものだ。
C.E.22.3月17日
ジョージの奴がエウロパ付近にて隕石の中から「Evidence01」とかいう地球外生物の証拠を発見。
もしも何もなければ素直に喜ばしいニュースとして受け取っていただろう。ジョージの奴め。本当にどうしてあんなことをしたのだ。
C.E.29.9月9日
ジョージが漸く地球圏に帰還した。すぐさまジョージを私の所に連れてくるよう命じたのだが、ジョージの奴め。私の知らぬ間に独自の協力者を用意していたらしく手出しが出来なかった。
このままではすまさん。絶対に奴の頭を掴んで私の前に引きずり出してやる。
C.E.29.11月14日
ジョージの奴が私に絶縁などを叩きつけてきた。……ここまでコケにされたのは生まれて初めてだ。ジョージめ、必ず殺してやる。
奴によれば「新しい人類としての力をA.D.の時代に目覚めさせているというのに、どうしてそんなに俗物的な考えしか出来ないんだ」ときている。随分と舐めたものだ。余程愉快な死体になりたいと見える。
だがジョージが役立たずに成り下がった今、私には新しい後継者を作るという新たな仕事が増えてしまった。
私が所有しているコロニー、ブリッツェルでジョージを超える新しい後継者を作るための研究を行わせることとした。
C.E.31.4月3日
久しぶりにジョージの奴が私の所に連絡を入れてきた。奴は私に「お願いだからそんな研究をするのは止めてくれ」と泣きついてきた。
お前の知ったことではないと怒鳴り返してやると、ジョージの奴はそれ以上なにも言うことはなく通信を切った。
何故だ……何故、私の下から去ったのだジョージ。私のところにいれば、お前は今頃フラガ家の後継者として世界の頂点に立っていた者を……。
これ以上の記述はない。マロ・ル・フラガの長い長い人生の記録はここで途切れている。
ただし公式のニュースの中から二つだけ付け加えよう。
C.E.31.4月4日
コロニー、ブリッツェルにて爆破事故が発生。この事故でフラガ家当主マロ・ル・フラガ氏が死亡。
マロ・ル・フラガ氏の息子の一人であるアル・ダ・フラガ氏が新しいフラガ家頭首となる。
C.E.53
ジョージ・グレン、自分がコーディネイターとして生まれなかったことに悲観した少年の手により暗殺される。
背後にブルー・コスモスの影がある事が噂されるが真相は闇の中に。
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