世界は動いている。
ニュートロンジャマーキャンセラーを手に入れたアズラエルは先ず初めに核ミサイルにこれを搭載させるよう動いた。原子力発電所への搭載はその次に行われた。
原発を復活させてエネルギー問題を解決よりも核ミサイルの解禁を急いだというあたりにアズラエルがこの戦争で掲げる『目的』というものが見え隠れする。
今更考えるまでもないことだ。アズラエルは何度も仄めかしてきたではないか。そしてブルーコスモスという口を借りて叫んでいたはずだ。
『コーディネーターの殲滅、プラントの抹殺』
アズラエルは本気でこれをやる気だ。核ミサイルでプラントの宇宙コロニー全てを燃やし尽くすつもりだ。
ミュラーは大佐である。大西洋連邦の記録を紐解いても史上最年少で大佐となり、今や地球連合最大最強の英雄≠ニまで謳われるようになった人間だ。
だが所詮ミュラーはどこまでいっても駒でしかない。
地球連合VSザフトという対局を大局的見地から俯瞰し指しているムルタ・アズラエルと比べればちっぽけ極まりない存在だ。
心の中でプラント抹殺がやり過ぎだと思っていても、実際にそれを口に出すことは出来ない。
情けない英雄だ。
しかし作られた虚飾の英雄ならば、分不相応というものであろう。
「失礼します」
部屋にキャリーが入っている。キャリーは左手にもった機器を周囲を調べてから敬礼をした。
「どうした? 読んだ覚えはないぞ」
「大佐にお話しがあって参りました」
「話、ね」
そういえばキャリーはコーディネーターとナチュラルの垣根を少しでも取り除く為にコーディネーターでありながら地球連合に入ったといっていた。
彼からすればプラントの殲滅など言語道断。決してやらせてはならないことなのだろう。
「大佐はどうなさるおつもりですか……この戦争、いえ核兵器について」
「どう、とは?」
「連合軍は核ミサイルへニュートロンジャマーキャンセラーを搭載するよう急いでいると言います。もしそれが本当なら」
「本当に核ミサイルで戦争を終わらせる気なら直ぐに戦争は終わるだろうさ。仮にプラントが核ミサイルに同じように核ミサイルで対抗しようとしても無駄だ。そもそもプラントに地球連合の核ミサイルと張り合えるだけの数のミサイルを生産するなんて、プラントの御家事情的にも不可能だ。
大多数のMSが守る要塞だって核ミサイル一発でズタボロに破壊できる。宇宙コロニーだってそうだ。…………連合はもうMSだってあるし、常識的に考えて地球連合は勝つだろう。プラントの人間を皆殺しにして……戦争する相手国の消滅という結果をもって、この戦争は終結する」
「大佐はそれを見過ごすおつもりですか?」
「一応止めはしたさ。私も一つの国の人間を虐殺しろという命令を黙認した男になりたくはなかったからね。アズラエル理事に、道徳的見地から語っても無意味だからプラントを崩壊させるデメリットとか、残ったコーディネーターがテロ行為をする可能性とか……そういうものを離した。
だが無駄だった。アズラエル理事によればプラントを残しておけば第二の『エイプリルフール・クライシス』が起きる危険性がある。コーディネーターのテロが活発になるより、第二のエイプリルフールを防ぐのが正しい選択だ、と。ある意味で正論だな」
地球総人口の一割が餓死・暴動・自殺・病死など様々な理由で死に絶えたエイプリルフール・クライシス、地球史上最大最悪のエネルギー危機。
再び十億の命を奪われかねない危険性を排除するために、2000万の人間を皆殺しにする。単純な数のみで測れば正しい選択ともとれる。
「アズラエル理事が曲者なところだな。彼は強硬派のトップでコーディネーターに深い憎しみを抱いている一方で考えなしじゃない。きちんと利益についても考えているから、中道派や穏健派とも話をすることが出来る。ブルーコスモスじゃない人間とだって握手だって出来る。いや反ブルーコスモスの人間とだって……時には手を結べる」
「――――――」
「とある偉人はこう言ったそうだ。金の為に人を殺すのは復讐で人を殺すよりも上等だと。復讐は当事者にとってしか価値のないことだが、金は全ての人間にとって価値があるからだってね。
アズラエルは復讐で人を殺そうとしながら、一方で金の為に人を殺そうとしている。だから彼は多くの人間の支持を集めている。コーディネーターに憎悪を抱くものと、利益を見出そうとする者の両者から。これを崩すのは容易ではない」
「貴方なら出来ます」
「買い被りすぎだ。私は所詮、ただのつまらない人間だ。ニュータイプだのなんだのと言われているが中身はどこにでもいる下らない人間だ。
世界を変えるなんてできないし、私にはそういう情熱もない。野心ない人間に立つことは出来ないよ。私が考えているのは終戦後、どういうタイミングで退役して楽々と過ごすかについてだ」
「そうでしょうか。大佐は地球で多くの人間から人望を集めています。それが作られたものであれ……貴方は地球の人間にとってヒーローであるという事実は動きません。
貴方の名声、そして私が目の当たりにしてきた貴方の手腕があれば……このどうしようもない流れを変えることも可能のはずだ」
「キャリー! お前は自分がなにを言っているのか分かっているのか!?」
「腹を割って話しましょう。私は割りました。……ご安心を。この部屋に盗聴器やカメラの類はありません」
先程キャリーが手にもった機械で色々と部屋内を調べていたのはそういうことだったのか。
ミュラーは浮きあげていた腰を再び椅子に沈める。
時計の針の音がやけに騒がしい。
「お前は、私にクーデターを起こせとでもいうつもりなのか?」
「そこまでは言ってません。ただ貴方が声を掛ければ連合内部に『派閥』を形成することも難しくはないでしょう。それに大佐はアズラエル理事の御令嬢と懇意になされると聞きました。この際、正式に婚約をし貴方がアズラエル財閥の後継者となればいい。そして」
流石にキャリーをもってしてもその先を口にするのは躊躇われたのだろう。口をつぐんだ。
「腐った考えをするんだなキャリー。私は君はもっと高潔な人間だと思っていたよ」
「それこそ買い被りすぎです。言い訳をさせて貰えるのなら、プラント崩壊のカウントダウンが刻一刻と迫っていることで私には焦りがあります」
キャリーが言いたい事。つまりアズラエルの令嬢の婚約者となることで、アズラエル財閥後継者の地位を手に入れ、その後にアズラエルの口を塞ぐ。
そうすればアズラエル財閥の力がそのままミュラーのものとなる。警察などは疑ってくるだろうが、たかが警察組織風情がアズラエル財閥に勝てるはずがない。法的にも力ずくでも。アズラエル財閥が有する私設軍は警察の装備を遥かに上回っているのだ。
ロゴスやブルーコスモス派の反発も予め派閥を形成していれば、更にアズラエル財閥の力が加われば抑えることが出来るかもしれない。
「夢物語だな。キャリー、君の意見には穴があり過ぎる。国家の転覆はそう都合よくはいかない」
「でしょうね。私ではこの程度の下策しか思いつきません。が、大佐なら私の考えより遥かに上等な考えをお持ちなのでは?」
キャリーの言う通り、自分のスタンスを全て投げ打ち地球連合の『権力』を握る。はっきりいって今のミュラーの立場と社会の支持があれば決して不可能なことではない。
夢物語といったキャリーの意見とて3%は成功する確率があると見込んでいる。
「止めよう。この話は。私は大西洋連邦に所属する一介の軍人だ。私はそれ以上になるつもりなどない」
「ミュラー大佐、貴方は指導者となるべきです。それだけの力と才覚が貴方にはあります。貴方が覚悟を決めれば、私は例えこの体が引き裂かれようと着いていきます」
ふと目が覚めた。二か月前のことを夢に見ていたようだ。
目蓋を開けると視界の先でキャリーとの話でも出てきたアズラエル財閥の御令嬢、ローマがピアノを弾いていた。音楽のことは良く知らないが、綺麗な旋律だと思う。本当にあの父親の娘とは信じられない。
キャリーとの話は結局ミュラーが断るということで話が終わった。
指導者、大西洋連邦大統領の椅子など気苦労ばかりでメリットなど何一つない。コーディネーターの暗殺者に殺されるのをびくびくする生活を送るくらいなら、どこぞの屋敷に十年間軟禁された方がマシというものだ。
話が終わった後、ミュラーはキャリーに軍を去るつもりなら除隊許可証を申請しようと言ったが『やめておきます。私が除隊し平和のために動くよりも、貴方の下にいて貴方を説得する方が有意義でしょう』と断られてしまった。
これは正直嬉しい。キャリーほどの戦力に抜けられるのは一人の指揮官としても惜しいのだ。
ピアノの旋律が止む。アズラエル邸で開かれた観客が一人だけの小さな演奏会が終わったのだ。
ミュラーは柔和な笑みを浮かべ拍手をする。本人がどういう人間であれ、自分がどういう状況に置かれているとはいえ、演奏そのものは素晴らしかった。だからこれは嘘偽りのない賞賛である。
「素晴らしい演奏でした」
「褒めてくれてありがとう。ごめんなさい、いきなり呼び出して。どうしても会っておきたかったから」
申し訳なさそうに小さな頭を下げる。
事実ミュラーはかなり無理をして此処に来ている。連合軍は来たるべきプラントとの決戦準備で忙しく、もしも用事があったのがアズラエル財閥の御令嬢でなければ決してミュラーは自分の持ち場を離れることが出来なかっただろう。
「申し訳ありません。ご無礼とは思いますが軍務があるので失礼させて頂きます」
「待って。……プラントとの決戦、父上もオブサーバーとして同行すると聞いたわ」
「はい。私の旗艦アーク・エンジェルにご搭乗される予定となっています」
「ハンスの船なら大丈夫だと思うけど、お父様は私と違って普通の人だから……お願い。守ってあげて」
大財閥の御令嬢だろうとニュータイプであろうと、子が親を思う気持ちは同じということか。
初めてローマ・アズラエルという人間に好印象をもった。
「私は軍人です。100%の確証はないので絶対とは言いませんが、微力を尽くします」
敬礼をすると、早々に屋敷から立ち去る。仕事をイアンやクローゼに押し付けて出てきたので今頃二人はきりきり舞いとなっているだろう。
彼等の功に報いる為にお土産でも買っていかなければならない。断じてお土産を買うために時間を潰しに潰して仕事をさぼろうというのではない。
「プラント、か」
星空に浮かぶ無数のコロニー群。
あの砂時計を地球から眺めるのもこれが最後になるかもしれない。ならせめてこの光景を記憶に留めておこうと思った。
夜風が吹きすさぶ。ミュラーは寒さに押されて足を速めた。
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