この世界で目覚めてすぐに見つかった我が相棒ことケット・シーのリム。精霊と言うこともあってか、リムが見せようと思った相手以外にその姿は映らないようである。
4歳の俺がケット・シーを相棒にしてますなんて言ったら面倒臭い大人たちに捕まって「立派な魔法使いコース」にまっしぐらかもしれないため、要らぬ荒波をたてるような事にならなくて良かったと胸を撫で下ろしている。
それは兎も角として、短くも長いように感じた3日間が過ぎ、ようやく俺は退院して自由の身になったのである!看護婦さんが見回りにくるときには必ずと言っていいほどネカネさんがいたため、少しばかり病院側の視線が気になり始めてたから本当にちょうど良かった。
……また、あの病院に厄介になることがないよう注意しないと。
そんな考えが浮かび上がった俺とは関係なく、ネカネさんが世話だと言いつつベッタリしてきそうな雰囲気を漂わせていたのには少々憎々しいと思ってしまった。まぁ、この小さな身体ではできることも少ないし、ネカネさんの度が過ぎない程度ならと庇護下にいることにした。
そんな俺が今いる場所もネカネさんの家になるんだが、メルディアナ魔法学校は寮制らしく、その内そっちに引っ越すことになるだろう。
資金が増え次第、ダイオラマ魔法球──原作でエヴァンジェリンが所持していた所謂"別荘"──を購入しようと思っていたんだが……ここで矢面に立ったのは『創造』という能力だ。これがまた驚くほど使い勝手の良い能力だった。
いいか?その例を挙げるぞ。
『そこら辺に落ちてる木の枝に魔力を籠めて創造すると世界樹の杖になった』
……良いのか、これ。
ネギが麻帆良に赴任する頃には完全にパワーバランス崩れてるぞ。主に俺のせいだけど。
だが、一応制限らしいものはあるようだ。無から何も造り出すことができないように、さすがに魔力だけで質量の持った物を創造できないようだ。リムは精霊召喚としてここに具現しているみたいだから例外だ。
つまり、物と魔力があれば『物質の質を最上級のものへと昇華できる』と言うことだ。化学で習う元素について深い教養があれば更なる効果を期待できそうだな。
これを知ってしまえば次に俺が渇望するのは陰陽道についての知識だ。原作のネギが編み出した『敵弾吸収陣』も陰陽道をなぞっているが、中でも『五行』について一番興味がある。
「水は木を、木は火を、火は土を、土は金を、金は水を生む。これが、天地の間を循環流行して停息しない五つの元気」
「どうしたんだニャ?」
「いや、陰陽道の五行にある『相生』って言う考えなんだが、これができれば何でも創造できるようになるかと思ってな」
さすがに魔力で起こされる事象を対象とすることはできないが、気と相反していることを念頭に置いて術式を組む事はできるかもしれない。ま、浅知恵から生まれた机上の空論に過ぎないだろうが、そのうち試してみよう。
「ネギ、準備は大丈夫?」
「うん、今行くよ」
さて、ネカネさんにも呼ばれたことだし行きますか。メルディアナ魔法学校に!
◇ ◇ ◇
(……俺は珍獣扱いにでもされてるんだろうか?)
嗚呼、非常に腹立たしいが子供の俺にはこのストレスから解放される術を持ってない。
ネカネさんに連れられ、意気揚々とメルディアナ魔法学校へとやって来た俺を待ち構えていたのは、立派な髭を蓄えた校長の姿ではなく、英雄を夢想し正義を振りかざす"立派な魔法使い"──MMの駒に至ろうとしている魔法使いどもだった。
ここで言うMMとはメガロメセンブリアの略であり、魔法世界の元老院の事だ。魔法世界で起きた大戦にて獅子奮迅の働きを見せた"紅き翼"……彼らを魔法使いの鏡として持ち上げることで、魔法こそが一番優れているという考えを民衆に示そうとしているのだ。
その考えというのが、悪を憎み、悪を絶やさんとする『正義』だ。汚職、賄賂、横領……おそらく、元老院で後ろめたいことをしている政治家は多くいるだろう。そんな彼らが、自分が後ろから刺されないよう、下から蹴落とされることの無いよう、多くの人に絶対的魔法観を植え込むのだ。
まあ、ここに魔法を学びに来ている生徒たちは単純に好奇心、尊敬、羨望を抱いているだけのようだが……問題はその生徒たちに魔法を教える教師たちだ。その多くが、ネギから感じられる魔力と"スプリングフィールド"と言う血統を見ているようにしか感じられないのだ。
あの子が英雄の息子、どれだけの才能を秘めているのか……なんて考えを抱いているのは良いとして。どうしてあの魔力が私の身に無かったのだろうかという、憎しみにも通じるものがある嫉妬の感情を向けてくる教師には呆れずにはいられない。
……とりあえず、何かあの教師に向かって一発大きな攻撃魔法を食らわせてやりたいと思った俺はいけないことだろうか?
(なあリム……サンダガの攻撃範囲ってどれぐらいだ?)
(サンダガはねぇ、大体7〜10m四方かニャ)
「ぶはっ!」
「ネギ?」
「い、いや、何でもないよ」
「そう?なら良いけど」
そうだ……サンダガはサンダー系で最強だったな。サンダー・サンダラ・サンダガの順だったか。
(そういや、もしサンダガを使ったとして、何回連続で使えるんだ?)
(僕自身にあまり魔力はニャいけど、マスターとパスが繋がってるし、マスターの分も合わせて考えると……)
(ん?どした?)
(100……500かニャァ。んニャ、1000……5000?分かんニャいニャ!多分それ以上使えるけど、マスターの魔力が多すぎるんだニャ)
サンダガ一回に消費するMPは確か53。それが5000以上だってんだから……あ、頭痛くなってきた。完全に世界のバランスが可笑しいし、超鈴音が過去にやって来た理由の魔法世界崩壊も俺一人でどうにかなるんじゃないか?
『パンパカパッパッパーン!魔力製造装置ぃ』なんつってな。……KO・RE・DA!
そうだよ。何も超鈴音が身体張って魔法暴露の術式を発動させようとする必要は無い。そんなの俺の手でぶっ壊してしまえば良いのか!創造に必要な機材は超に融通してもらえば良いんじゃないか!……いや、理想論であることには変わりない。一応この考えは心の片隅にでも留めておこう。
最低でも、原作のネギが示したような火星を生命力溢れる大地にするところまで持っていきたい。……だが、疑問として残るのは、どうして火星に魔法世界なんてものが創られたのかってところだ。
おそらく、火星を生命力溢れる大地にするのは間違ってないだろう。生命力が魔力の源であることには変わりないんだし、魔力が足りず世界が崩壊するという最悪の結果を回避することはできるだろう。
……だが、世界が崩壊するかもしれないのに、どうして世界を創ったのか。そして、その崩壊を食い止めるための手段を考案しなかった理由は?どうして、始まりの魔法世界……造物主は魔法世界を──
「ネギ、着いたわよ」
いくら答えの無い問題を考えても、出てくるものは取り留めのない疑問だけ。
ネカネさんの声に、回し続けた脳を一旦止める。
「うん」
今は目の前の事に集中することにしよう。
さて……校長とやらはどんな人なんだろうか。
◇ ◇ ◇
駄目だった。
さすがに四歳の子供に魔法書庫の閲覧許可を出すはず無いよなぁ……麻帆良の妖怪ぬらりひょんだったら腹黒い条件を付けつつも許可したと思えるんだが。
え?顔見せはどうなったかって?そんなの普通に挨拶して普通の会話して少し面倒な入学手続きをネカネさんが請け負ってくれたぐらいだよ。見た目は想像通り、美髭公と言っても過言ではない髭を蓄えた好好爺でしたよ。
まあ、俺を一人の子供として見てくれていたことは評価できたが……リムの事バレてないよな?
(それは大丈夫だニャ。普通の人に精霊は見えニャいし、僕自身にはあまり魔力はニャいからね)
なら大丈夫か。
……それにしたって暇だ。これから……いや、今から何をしようか。近くには誰もいないし、居たところで今更純真な気持ちで周りの子供と遊ぶ気にもならんが。あ、そうだ!
(なぁ、リム。確かファントムってバニシュ覚えてたよな?)
(うん。僕は覚えてニャいけど、ファントムは覚えてるニャ)
リムが覚えてたらそれで良かったんだがな……バニシュで自分の姿を消して魔法書庫に忍び込んでやる!俺から漏れる魔力はリムに任せておけば、例え校長だろうが気付けんだろうしな。
少々校長の実力を過小評価しているような気がしないでもないが、精霊としての実力を持ったリムに、相手を混乱させることができる『コンフュ』という魔法を使える事を考える、校長に謝りたくなる。もし見つかりそうになったらコンフュって考えてるし。
(リムは、召喚陣の描き方って分かるか?)
(必要ニャいんだニャ)
(え?ならどうやって呼び出せば)
(僕の時みたいに魔力を集めて、『ファントム召喚』で呼び出せるニャ)
ワアオ……非常に簡単でよろしいでござんす。
この世界の魔法と比べもんにならん程の詠唱速度だ。なんてったってワンフレーズ。まだ、そこまで魔力を集めることに慣れてないのがネックだが、一度経験したことだからできるだろう。
「魔力…………ファントム召喚!」
リムの時と同じように指先に魔力を集める。
そしてリムの言葉を復唱すると同時に、目の前で一筋の光が円柱となって立ち昇る。その光……魔力は次第に一点に集中しだし、何かを形作り始める。ただ立ち昇るだけだった白い光は俺よりも頭一つ分大きくなったところで段々と色を付け始め、ぼやけていた輪郭もはっきりと目にすることができるようになっていく。
──ドタドタ──
もうそろそろファントムの召還が済む。そう思っていると、遠くから慌ただしい音が聞こえてきた。おそらく、ここに務めている教師が立ち昇った魔力を感じ取ったのだろう。
最後までこの幻想的な光景を見たかったんだが、面倒な魔法使いどもに見付かることは堪えられんしなぁ。
……いやぁ、こういう時こそ神に感謝しようと思えるんだよな。
「"幸運EXは伊達じゃない"ってな」
──バニシュ──
教師たちがネギの姿を捉える。その寸前に召還されたファントムが使うことのできる魔法を呟く。その呟きは、教師よりに先にやってきた一陣の風に囚われ、誰にも聞き取られることなくかき消されたのであった。
◇ ◇ ◇
「ここか!」
顔に焦りを浮かべた二人の男性と目を細めて周囲を確認している校長の3人が、異変があったと思われる箇所にやって来た。しかし、あれだけの魔力のうねりが起こっていた場所には何一つとして異変を見受けることはできず、首を傾げることしかできなかった。
「校長、確かこの辺りだったのでは?」
「うむ……儂もそう思ったんじゃが、この辺りで魔法が使われている痕跡はおらん」
「では一体何が……?」
顔が隠れるくらい深くローブを被った男性が探索魔法をかけるが、校長が述べた事と同じ結果に辿り着き、ただただ疑問を抱くだけだった。
「ううむ……単なる偶然にしては魔力が多かったしのう。よし、少しの間学内の警戒を高めるんじゃ!」
「分かりました!」
「了解です!」
校長の言葉に二人の男性は了解の旨を伝え、すぐさま他の者達に念話をして、校長一人を残して走り去っていった。
残った校長は一人思慮に更ける。
(ナギの息子のネギが来たばかりだと言うのに……あの元老院の仕業じゃろうか?いや、それにしては早すぎるし、そのような事をするよりかは正面から圧力を掛けてくるであろうし……本当に、ただの偶然であってほしいものじゃ)
事態の原因を追究すると同時にネギの心配をする校長。いくつもの疑惑を思い浮かべたが、それがネギの仕業だということにはさすがの校長でも思いつくことができなかった。
そうして校長が疑惑に頭を悩ませるなか、間一髪というところでバニシュを唱え、やってきた教師たちの目を掻い潜ることのできたネギはというと……
「しまった!魔法書庫がどこなのか分からない」
両肩にリムとファントムを乗せ透明な状態で、それらしい場所を探して歩いていたが見付けられず。透明なために誰かに場所を聞くこともできずに迷子になっていましたとさ。
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