あれから暫く書庫を探し歩き、やっとの事で見付けた書庫にばれることなく入り込めた。もちろん入り口には司書らしき人もいたが、透明な俺の姿に気付いた様子もなく手元の本を読み続けていた。
 こんな俺の行動を不法侵入とも言うが、まあ……気にするな。少なくとも俺は気にしない。書庫ということもあって沢山の本が収められていたため、ぎりぎりネカネさんに心配されない時間までそこに入り浸った。

 ただ、これだけ多くの本があるというのは、これを読破するにはそれ相応の時間を要するということで。俺がこの魔法学校を卒業するまでという限りある時間でどれだけの本を読めるのか。
 なんて考えがふと思い浮かび、そしてこの問題を解決すべく考えついた答えが、マルチタスクで思考の幅を広げつつ、更に自分の速度を速めるヘイストだった。結果的に言えば、そんなすぐマルチタスクなんて使えるわけもなかったのだが、一応ヘイストを使えるのは分かったため、より多くの本を読むことができるだろう。

 ……とまあ、不純な動機のもと本を読みふける不健康な生活になってしまいそうだが、これからを有意義に過ごすことができそうだ。
 ただ、書庫に保管された魔法関係の本から分かった事なんだが、自分の身体を透明にするバニシュの効果はこの世界の魔法体系からすると"有り得ない"ことになるらしい。だから、ここの魔法使いの先入観を上手く突いた形になり、書庫に入り込むことができたというわけだ。
 そんな俺の不法侵入は未だに続いてる。


 ……それにしても、子供の脳は半端ないね。砂が水を吸うようにどんどん知識を吸収するし、使う頻度の少ない知識が脳からこぼれ落ちることも無い。あまりにも使いすぎない知識は忘れ去られるんだろうが、まるで完全記憶能力者にでもなった気分だ。

 使いたいと思っても使うことのできなかった魔法。それに、元の世界からすればここは漫画の中……漫画の主人公のようになりたいと子供の頃に抱いた憧れが、魔法を目の前に置かれたことでふつふつと思い出され、それが余計勉学へと意識を傾かせる。
 だから、魔法使いによる講義とはどのようなものなのかと期待を持っていた。転入という形で魔法学校に入学した俺を待っていたのは懐かしの自己紹介タイムだったが、何とか取り繕った壊れかけの笑顔でその場を乗り切り、長机の適当な位置に陣取って講義を聴き始めた。

(嗚呼……暇)

 無駄に期待を高くした俺が愚かだった。
 いや、期待を高めた以前に無断で書庫に入り浸って魔導書を読み漁ったのがいけなかった。しかも、周りの生徒たちの年齢を考えれば講義で取り扱われる内容も限られてくる。……どうしてこんな単純な事が分からなかったのだろう。
 基礎の中でも基礎を学ぶというのは、やはりどんなことにおいても大切なことなのは変わりないのだが、さすがに子供を相手に教えるような知識では……教師の声も相まって、俺に対して睡眠攻撃を仕掛けてるとしか思えない。

 だが、そんな講義を聞いていて分かったことがある。それは……あの教師だけかもしれないが、メルディアナ魔法学校は悪い意味でMM元老院に毒されているという事だ。

『どれだけ魔法が優れているか。どれだけ我々の正義が素晴らしいものか。どんなに悪が汚らわしいものであるか』

 はっきり言って、そんな考えを子供に刷り込まないでほしい。確かに魔法は素晴らしいものだと言うのは分からんでもないが……原作でネギが魔法使いは善だと思いこんでいたり、魔法の秘匿意識が低かったのもこれが原因なのだろうと思ってしまう。
 大戦で活躍した紅き翼に魅せつけられた魔法の力の強大さに、自分も同じ魔法を使うことができると多くの魔法使いが酔いしれているのだろう。

 この教師の授業には決定的に欠けているものがある。それは、危険性だ。
 魔法というものは、本当に危険なものだと俺は理解している。身にあまる魔力は身を滅ぼすし、魔力の枯渇は生命の危機にも関わってくる。それに、人を簡単に傷つけ殺すことができる。……魔法とは、メリットもあるがデメリットもある諸刃の剣のようなものなのだ。
 もしかしたら、この教師自体魔法の危険性を理解しきってないのではないだろうか。同じ魔法を使う英雄に魅了され、その力が絶対なものだと信じ込む……それがほんの少数なら問題なかった。少数なら、その周りにいる人が諭し、気付かせてやれば良いだけだから。

 だが、あまりに魔法を信じすぎてる。
 あまりに多くの人が魔法に頼りすぎている。
 漠然とながら、造物主の抱いた人類への失望とやらを理解してしまったような感じがする。

(……いや、ただ単に俺の考え過ぎなのかもしれない)

 重くなった思考を一転し、今まで馬耳東風を絵に描くように聞き流していた教師の講義を聞く。すると、ちょうど魔法を実際に使ってみるようで、初級魔法『火よ灯れ』の説明をしていた。
 まあ、これは病室でネカネさんに習ったからすでに使えるのだが……先生よ。俺の方に期待を乗せた視線を送るって事は、俺が最初に魔法を使えってのか?普通の子供じゃそのサインには気付かんぞ?

「プラクテ・ビギナル、火よ灯れ」

 変に力んで火がキャンプファイヤーにならないよう注意しつつ詠唱する。まだ魔力制御には慣れてないため、火の大きさがまだ安定していないが、それでも一発で使えたんだ。文句は無いだろう。
 そう思い、無言で指示をしてきた教師の方を見やると、満面の笑みで嬉しそうに頷いていた。

「さぁ、皆も彼と同じように魔法を唱えるのです!大丈夫、簡単なものだからすぐにできるようになりますよ」
『は〜い!』

 う〜む……
 メガロメセンブリア元老院が村を襲ったという事実を知っている以上、あの教師が浮かべている笑みにも何か裏があるんじゃないかと不安になってしまうの。いや、単純に英雄の息子に魔法を教えることができて嬉しいとか思ってるのかもしれないが。
 嗚呼……今はまだ知らなくて良い情報を知りすぎているが故の弊害だ。普通の子供のように無邪気に魔法を学びたいものだ。と言っても、魔法の学習は講義からっではなく書庫にある魔導書からになってしまうんだが。

(禁術扱いになってる魔導書も読めたしなぁ)

 どれだけ書庫は広いのか確かめるべく歩き回った俺は、最奥部の一部分に、まるでそこだけが切り抜かれたようになっている部屋を見つけたのだ。そこが、禁書庫だと知ったときは驚いたが、簡単に入り込むことができて更に驚いた。
 たとえ誰かに見つかったとしても、校長にそちらの職員の怠慢で私知らないとでも言ってやるさ。まあ……FFの魔法が使えると知った俺が、自分以外の時間の流れを止めることができる『クイック』という魔法を遠慮なく使ったのに、その職員だけを責めることはできないんだがな。

 分かりやすい……かどうかは個人の感性に委ねるが、FFの知識で説明しよう。
 まず初級攻撃魔法『サンダー』はMPを6消費する。真ん中飛ばして上級攻撃魔法『サンダガ』がMP53消費するのに対し、間接魔法『クイック』は何とMPを99も消費するのだ!
 それだけの効果が得られることを考えれば納得はできる。……まだ魔力制御に精を出してる状態にある俺がそう簡単に、何度も連続して魔法を使えるなんてレベルには至ってないし、この魔法を使える精霊が……『ライディーン』と『ギルガメッシュ』だけなんだ。
 リムから聞いた話だと、リムとファントムを呼ぶのに使用した魔力とは比にならないほど膨大な魔力を消費するらしい。
 だから二人から無理してクイックの使い方を教えてもらったのだが、そんな精霊を学校で呼ぶ?無理無理……そんなことしたら荒れ狂う魔力で学校が混乱、あるいは恐慌状態に陥ってしまう。自分の欲を満たすだけに校長の手を煩わせるのは少々気が引けるしな。
 それでも、クイック使って書庫に入り込む俺は目も当てられないな。

 話しは変わるが、少し前にバニシュを使って学内の至る所を歩き回っていると、地下に痛々しいものを見つけてしまった。
 悪魔伯爵ことヴィルヘルム・ヨーゼフ・フォン・ヘルマンによって『永久石化』を掛けられ、解呪法が分からず石像のまま安置されている村人たちだ。

 石像を見つけ、それが村人たちだと気付いたとき、胸の内側から沸き出すような黒い感情を感じ取ってしまい、しまったと思った。
 おそらく、この感情は『俺』での物ではなく、実際に事件を味わってしまった『ネギ』の感情なのだろうというのはすぐに察することはできた。ただ、それを押さえ込むのには時間がかかった。
 あまりにも大きな喪失感と虚無感、それに絶望がごちゃ混ぜになったものがいきなり襲いかかってきたのだ。つい、耐えきれなくなりそうになって膝を付いてしまった。……これを原作のネギが心の内に抱えていたと思うと、戦慄の念を抱かざるを得ない。

「……ふっ、ふっ……ふぅぅぅ……」

 やっとの事で収まった感情に安堵しつつ、自分が感じたことを思い浮かべる。
 これが人間の業から来るものだと思っている俺からすると、『石化魔法』自体には特にこれと言った感情を抱くことはなかった。ただ……その現実を受け止めず、未だ魔法万能説を詠っている奴らがいるという事実に対し、哀れな人だと。
 まあ、ネギの村を襲った黒幕は証拠を隠蔽しているだろうし、多くの人が石化になっているという情報が世間に出回っているわけもないしな。

 人生ままならんもんだ。

 何故かネギになってしまった自分がここにいると思うと、苦笑が漏れてしまう。ただ、今は授業中だということを思いだし、教師に苦笑を聞き取られてしまう前に呪文を被せる。

「プラクテ・ビギナル、火よ灯れ」

 大分授業から思考がずれてしまったが、態度だけでもよく見られるようにしよう。初級魔法ではあるが、これでも意識して魔法を使えば魔力制御にはなるしな。



 ◇ ◇ ◇



「ふう」

 荒波が立つこともなく無事終わった講義に、真面目な態度を貫き通していたがために凝り固まった体を解しつつ息を付く。

 ちなみに今いる場所は、俺にあてがわれた一人用の寮の一室だ。何故4歳児の俺に宛がわれたかと言うとだ──

 どうにかして俺と同室になりたがったネカネさんが黒い笑みと並々ならぬ雰囲気を周囲にまき散らしながら校長と『お話』をしていたが、ネカネさんのただならぬ様子に危機感を抱いた校長は考えに考えた。
 そして出た結論が『ある程度生活に自由の幅を持たせる』だった。4歳の子供を一人部屋に宛がうには少々無理はあると校長自身も考えていたのだろうし、当然ネカネさんもそこを突いた。
 だが、さすが校長。何とか暴れ出すネカネさんを抑え込んだのだ。……少し、いやかなり頬がやつれていたように感じたが、気のせいだろう。

 それは兎も角、自室を持てたことは非常にありがたい。そこら辺から材料掻っ払ってきたりするものを置く場所になる。
 その内、影魔法でも修得して倉庫代わりにしたいと考えてはいるが……果たして俺に影魔法を使えるだけの適正はあるのだろうか?

 まあ、影魔法の事は置いといて。
 部屋を見渡してまず最初に見付けたのはナギが使っていた杖だった。魔法の事を知らなかった俺からすれば、どこかの高貴なお爺さんが愛用してそうなステッキに見えなくもない。
 が、ある程度魔法をかじった俺から見れば、そのステッキに滲み込んだ魔力や、幾多もの戦場を駆け回ってきたという貫禄がにじみ出ているのが嫌でも分かる。
 ……ただ、この杖を大仰に出すことができる場は非常に限られていると思うんだ。認識阻害結界がある麻帆良だからこそ杖を持っていてもおかしくはないが、それ以外の普通の場所にでも持っていけば、長くて大きな棒を背負った子供としか見られなくなるだろう。
 しかも、如何にも杖という感じがしているものを持ち歩いていたら、『私は魔法使いです』と公表しているようなものだ。だから、この杖は有事以外にはあまり出したくはない。

 ナギ……ありがとう。でもいらないや。

 などと考えていると、一瞬だったが何かに違和感を感じた。この部屋に何かがある、という類のものではないが。調べてみる価値はある。……と言っても、自身が召喚した制令に聞くだけなんだが。

(リム、ファントム。少し違和感感じたんだが……)
(誰かに見られてるニャ。一つ……じゃニャくて、二つだニャ)
(二つとも魔法。機械無い。破壊、可能)
(いや、壊さなくても良いよ)

 そうか……違和感の原因は視線か。村が襲われたという事実がある以上、ネギを一人にするのは不安があるという事でかけた魔法だろう。その理由が、決してネカネさん襲撃への対応だとは思いたくない。
 しかしだ……できることが少ないとは言え、さすがにプライベートな部分まで観られたくはない。かと言って無断で魔法を壊してしまえば何が起きたのかと校長とネカネさんが飛び込んでくるだろう。……そんな事になったら、今度はネカネさんと一緒になるだろう駄目だ。
 それに、『もしかして』を想像した校長が警備を増やす……なんてことになるかもしれない。

(ならいっそのこと、幻惑系の魔法でも応用させればいいか。試したことこそ無いが、ちょうど幻惑系統の魔法が載ってある魔導書は数冊読み込んだし)

 昔、ゲームで相手を惑わせる幻惑魔法を使っているキャラがいたが……攻撃魔法とは違い、相手の意識を逸らしたり惑わせたりするものが多く、それなりに魔法の訓練をしなければ使えないだろうと思っていた。
 しかし、実際に魔導書を読んでみて分かったのだが、自分が想像していたような長時間の訓練を必要としないらしい。まあ、そう考えていたのは俺だけかもしれないが。
 幻惑魔法において高い技術が必要となるのは、対人において相手を惑わせる時。と言うのは、相手だって好きで幻惑魔法に掛かりたい!なんて言う奴はまずいないだろうし、だからこそ魔法をレジストして打ち破ろうとする。
 だから幻惑魔法は相手よりも自分の実力が高い時や、相手の隙や油断を突いたりしない限りは魔法に掛からないのだ。
 そんな場合を除けば、幻惑魔法は少し魔法をかじった程度の者でも簡単に使える。実例を挙げるとすれば『認識阻害魔法』がそれにあたる。魔法の秘匿のためにも、幻惑魔法で『本来可笑しいと感じるものを普通に感じさせる』のだ。

 だからこそ俺は幻惑魔法を使う。当然、リムとファントムにも協力してもらうが。
 もし校長が機械を用意していたら幻惑魔法を使っても意味がなかったが……使われている魔法は多分遠見系の魔法だろうから、この部屋全体に『大人しく本を読んだり眠ってたりするネギ。部屋はこざっぱりとしている』という具合の幻惑を掛ける。

 その対象は『部屋』。人に直接魔法を使うのではなく、意志を持たない部屋に掛けるから魔法がレジストさっることもない。この部屋に来て魔法の基点を壊すか、魔力が切れなければ幻惑はかかり続けるのだ。
 まあ、4歳の子供が幻惑魔法を自分の部屋に使う……なんて考えないだろうから、あまり手の込んだものにしなくても良いだろう。……基点は杖を置くところとベッドの足の下にでも置こう。
 ……まだ実際に幻惑魔法を使ったことがないのに、いきなり無詠唱で魔法を使えるとは思わない。そんな無謀なことはしない。かと言って遠見魔法があるのに口に出して呪文を詠唱してしまうと校長に怪しまれるだろう。

(すまん、二人とも……頼んだ)
(了解だニャ)
(任務、了解)

 うまく魔力を隠しながら魔法をかけてくれる二人を目にしながら、俺はベッドに横になる。そして、後のことを二人に任せて眠りに就くのだった。



押して頂けると作者の励みになりますm(__)m


<<前話 目次 次話>>

作品を投稿する感想掲示板トップページに戻る

Copyright(c)2004 SILUFENIA All rights reserved.