これからしばらくの間、俺たち生徒には数日間の休みが与えられる。無論、俺は一度村に帰りたいと思っている。いや、帰らないとネカネさんが超恐いからってのが一番の理由だが。
前、俺がネカネさんとこに厄介になってた時、少し遅い時間に帰宅してしまったときのあの顔……目の中に光を感じなかった。むしろ、そこら辺に屯してそうなゴロツキよりも、いや、ラスボス以上の威圧感があったね。
まぁ……なんとかこの肉体の初体験なるものは守りきった。俺にSE☆KKYOしてるとき、次第に頬が赤く染まっていくかと思えば、段々目が潤んでいくんだからなぁ。見た目は清楚な感じなのに、中身はSなんだろうか?
それから俺は時間を厳守するようになったが、ネカネさんの表情に嬉しさ半分寂しさ半分感じられるのはどういうことだ?
……ん?あれはネカネさんか。久し振りに帰ってくるからって、俺のことが待ちきれずに迎えにきたのか?それにしても、女性だけで何の話をしているんだろうか。
「そうやってネギも大人に成長するんですね……」
こら。
何故にそこだけ無理矢理強めて言いやがる。回りにいる人たちは首を傾げているが、それもあって完全に一人だけ可笑しいこと想像してるってのが手に取るように理解できる。
理解できてしまうこの頭もどうにかしてしまいたい衝動に駆られそうになるが、そこは何とか落ち着いた。
いやだなぁ……いつか食われる可能性があるから警戒しないといけない家族ってのは。いや、それでも家族は家族。意を決して声を掛ける。
「ネカネさん!」
「ああ、ネギ!」
あれ、どうしてそんなに感極まっているんだい?
ちょ、こっちに向かってくる最中誰にも見られてないからっていちいち頬を赤くしな……なっ!?息遣い荒っ!?ちょっと、誰か助けて!
と、今までネカネさんが一緒に話をしていた女性の方に視線を送るが、その行為が間違っていたものだと理解するのはすぐのことだった。
「あの子が……」「確かに保護欲をそそられるわ」「うふふ、可愛いわぁ」「羨ましい……」
……わぁああぁおぅ……取り巻きは完全にネカネさんにやられていたようだヨ。
ふ……ここで俺の初めてが散り逝くのもまた運命……そんな言葉で納得できるんだったら早々に俺の初めては天に召されてるんだよぉ!!
──こうして、ネギ・スプリングフィールドの命を掛けた聖戦が勃発したのであった──
〜ネギま……完!〜
「おぉぉい、ネギ君!」
は!?この声は……タカミチだ!
「ちっ……」
あれ、なんでネカネさんは舌打ちをしたのかな?俺に聞こえてるんだけど。意識して聞かせたのか、はたまた俺の意識の奥底に何かを植え付けようとしているのか?
そんなことされたって、植え付けられるのは貴女に対するトラウマだけなんだが。それをネカネさんは気付いているのか?……いやあ、ないな。
「久し振りだね!タカミチ……助かったよ、ありがとう」
「うん?それはどういう意味だい?」
「ううん、何でもない。気にしないで」
「そうかい?」
うん、そうそう、あまり気にしないでね。少しでも真相を知ろうとするとネカネさんが般若化しちゃうからね。……あれの相手をできるのは、それこそ悪魔か英雄かってところだ。
「ところで、どうしてタカミチは此処に?」
「久し振りにウェールズによる機会があったからね。ネギ君がどれだけ成長したのか気になって此処に来たんだ」
そう言うタカミチは懐かしそうに、それでいて嬉しそうに俺の事を見ている。
……こ、これが普通の反応だ!やっぱりネカネさんが異常だったんだ!嗚呼……タカミチの言葉で精神的に落ち着いていく感じが如実に分かるよ。
「ちょ、ちょっと……あれってもしかして」「えぇ、その可能性は高いわね」「まさか、三つ巴になるのかしら」「でも、確かあの子には幼馴染みの女の子がいるって聞いたわよ」「その話、詳しく聞かせて頂戴!」
もうホント、黙ってくんねえかな、あいつら。
◇ ◇ ◇
精神的ストレスを減らすことができたと思った矢先の迎撃は、俺の心にちまちま槍となって刺さり穿ってきた。もう、口を開けたら魂が白い煙となって出ていくんじゃなかろうか、なんて馬鹿な考えが浮かんできたところでようやくネカネさんの家へと出発した。
家へはタカミチの運転で向かうことになったが、ナビ役としてネカネさんが助手席に座り、俺は後部座席に腰を下ろした。
これで家まではゆっくりできる。
なんて思ったのだが、やはりネカネさんが俺の安寧の時間を邪魔してきた。俺が後部座席の左側にいるとネカネさんはサイドミラーで俺の姿を見てくるし、その視線を避けようと右側に移った俺を待っていたのはバックミラーに映ったネカネさんの両目だった。
運転しているタカミチに分からないように視線をこちらに向けてくるあたり、もはや確信犯と言ってもおかしくない。
(あれ?車の中は俺にとって檻の中?)
ミラーに映った目だけを見ても、うっとりしてるのは一目瞭然だった。最近巧く扱えるようになってきた読心術を以てネカネさんの深層心理を読み取ってみたいとは……夢にも思わないな。いつ黒化するか気が気じゃないってのにそんな分かりきった事をするつもりはない。
心の中までネギネギネギネギ言ってたら俺の頭の中が葱になっちまう。
「そうだタカミチ。前に言ってた"気"の事について教えてよ」
「なんだいネギ君。気に興味があるのかい?」
「まぁね。それに、どれだけタカミチが凄いのか知りたいし」
そう言ってタカミチと二人で笑い合う。
いや、そうでもしてないとネカネさんの視線に意識が絡め取られそうで……嗚呼、早く家まで、もっとスピードをあげてくれぇぇ!!
じわじわと減っていくHPがイエローゾーンを通り越してレッドゾーンに突入しかけ、取り繕った笑顔が萎れてしまいそうになったとき、ようやく車は家に着き、俺は視姦と言う名の苦渋から解放された。
家の中では特にすることもないため、ネカネさんが腕によりをかけて淹れてくれた紅茶飲みながら適当に寛いでいることにした。……ネギは紅茶派でも、俺はコーヒー派なんだが。
早いとこタカミチに気を、しいては咸卦法を実演してもらいたいし、それを理由にネカネさんから少しでも離れたい。さすがに四六時中側にいると精神が衰弱してしまいそうだ。
「それじゃあネギ君。君に気を見せようか」
「うん!」
「それじゃあネカネさん。僕とネギ君で少し離れた場所に行くよ。日が暮れる前には戻ってくるから安心してください」
そりゃ、今でも現役として魔法世界で活躍してるタカミチなら、並大抵の奴は敵にはならない。でも、タカミチ……ネカネさんが心配そうな表情を浮かべているのはそこじゃないんだ。
彼女は、俺が近くから離れるのが非常に残念で堪らないだけなんだ。今もちらちらこっちに視線を送ってくるし。俺は目が合わないよう視線を逸らすことしかできない。
「わかりました。じゃあネギ、あまりタカミチさんに迷惑をかけないのよ?」
「うん、わかってる」
ヒャッッホーーーイ!!
いやぁ、やっと務所から出られるような感じだ。体感時間が半端なく長かったから1〜2年は服役してた気分だ。勿論、生前では真っ当な人間だったから刑務所にぶちこまれた事はありませんよ?
苦渋の時間は過ぎ去り、タカミチと二人で歩いていると、草原に向かう途中にタカミチに話しかけられた。
「そうだ、ネギ君。君は学校で良い成績だって聞いたけど、どれぐらい魔法を使えるようになったんだい?」
ここは子供らしく見栄を張って……なんてしたら、タカミチの顔が大変なことになるな。今のおれの状態だと、できないのが古代魔法と上級魔法程度。まず信じないだろう。
とりあえず、初級魔法をいくつかあげておこう。
「詠唱有りの『魔法の射手』が10本、それと『戦いの歌』が60秒くらい効果が続いて、あとは……初級魔法の『治癒』ぐらいかな」
これぐらいの初級魔法だったらかなり前に無詠唱でも使えるようになっている。自分では少し術式や魔力の練りが甘いところがあると思っているんだが……目指せ!初級攻撃魔法で大魔法!ってな。
ナギもそうだが、修練に修練を重ねた『魔法の射手』ってのは、本数を多くすればそれだけで中級以上の魔法に早変わりする魔法だし。
ん?
タカミチ、口からタバコが落ちたぞ。……俺、タバコの煙好きじゃないから踏み潰しても良いよな。タカミチの都合なんて知るか、おらぁっ!!
「タカミチ、止まってないで早く行こうよ」
「あ、あぁ」
もう少し使える魔法少なくても良かったのかな?
……おいタカミチ、タバコ踏まれたからってそんなに悲しそうな顔をするんじゃありません。只でさえダンディなのに、そんな顔だとブランコに座って黄昏るおじさんだぜ?
◇ ◇ ◇
まさか、ネギ君がここまで魔法を使えるようになっていたとは……ナギさんとは違って本当に優秀な子に育ってるみたいだ。嗚呼、見た目がナギさんに似ているだけで頭脳はアリカさんから受け継いだのかな。そうじゃなきゃ、ネギ君の頭が良い理由が分からないしね。
確かに魔法の射手は基本的な攻撃魔法に属するけど、極めていけばナギさんのように大魔法だと思わせるようなものまで昇華する。ふふ……ネギ君将来が楽しみだ。
……でも、その煙草は僕の楽しみの一つだから踏みつぶしてほしくはなかったかな。
「そうだ、ネギ君。学校の授業はどんな感じだい?」
ネイルさんに頼まれたことを聞いておかないと。
周りの子と比べると一足跳びで魔法を勉強してるみたいだし……うん?初級魔法を教えているなんてあの報告書には書いてなかったな……なら、ネギ君はどうやって魔法を使えるようになったんだ?
「うんとねぇ……簡単な魔法とか理論ばっかりだし、似たような説明ばっかりで面白くないかな。……嗚呼、タカミチ。タカミチだから言っておきたいことがあるんだ」
「なんだい?」
「ほとんどの先生がそうなんだけど、あまりに自分の正義を掲げすぎてるような気がするんだ。それに、魔法が危険なものだって一言も言わないし」
なんだって?
……やっぱり、あの大戦が過ぎてから魔法使いの『立派な魔法使い』に対する考え方が一変した事が原因なんだろうな……って、そうじゃない!重要なのはネギ君がその事に気付いて、しっかり自分で考えることができてるってことだ!
僕の力だけじゃ、今この世界に蔓延ってる正義論を覆すことはできないが……このままネギ君が良い方向に育ってくれれば世界は、もしくは魔法世界の崩壊の救済も可能なんじゃ!……もしそうなってしまったら、僕達対戦を経験した者の尻拭いをさせてしまうことになってしまう。
「タカミチ、この辺りで良いんじゃない?」
「え……あ、ああ、そうだね。それじゃあ今から気について説明するね」
……考え事をしているうちにちょうど良く開けた場所に着いていたようだ。ネギ君に声を掛けられるまで気付かないなんてね。
「良いかい?気は魔力と同じように自分の中から引き出すことで扱うことができるんだ。違うのは魔力が精神力を鍛えることで、気は身体を鍛えることで其々最大量を伸ばすことができるんだ。それじゃ、今から気を纏うよ」
気を纏って身体強化をするのは初歩中の初歩だけど、ネギ君は魔法を学んでいて『戦いの歌』を使えるわけだから、魔力と相反する気を学ぶ必要はないと思うけど……
「これが気だ。わかったかい、ネギ君」
「う〜んとねぇ……これか?いや、こっちか?…………嗚呼、わかった!これだ!」
「…………は?」
ネギ君が……気を纏ってる?まさか、僕がこうして実際に気を纏ったのを見ただけで?そんなまさか!
「ね、ネギ君。すぐに気を纏えるなんて凄いなぁ」
「実は前に気に関する書物を読んだことがあるんだ。タカミチが言ってたみたいな事も書いてたけど、気は即ち生命力であるってのが分かりやすくて覚えてたんだ」
「そ、そうなんだ」
気に関する知識があったのか……僕が実演したことがきっかけになったのかな?でも、ネギ君だったら独自に気を纏えるようになってたかもしれないけど。
でも、僕が何年もかけて修得した気を、ネギ君ならすぐに修得してしまいそうで……これは僕もうかうかしてられないな。
「なら、そんなネギ君に僕の取って置きを見せてあげるよ」
「取って置き?」
「うん。相反する魔力と気を合成することで強大な恩恵を得ることができる……『咸卦法』だ」
瞬間、僕の回りに吹き荒れる風。
咸卦法──気と魔力の合一。
この高難度技法を修得するにはエヴァの力と別荘を借りて、何年もの修業を要したけど……一歩でもあの人たちに近付くために手にした力だ。
「お〜……凄いなぁ、タカミチは」
まだ6歳の君に、僕が積み上げてきたすべてを抜かれるのは何時になるんだろうかと考えると……結構早い段階で抜かれそうだなぁ。
はぁ……僕ってやっぱり才能なかったのかなぁ。
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