『校内での魔法使用により、二名の男子生徒を一週間の停学と自宅謹慎とする』
この連絡は、この事件が起きた次の日に全校に連絡され、担任の教師たちは生徒たちに徹底して魔法の使用について注意を促した。当然、全く関係のなかった生徒たちは、舞い込んできた珍事に根も葉もないような事をあれこれと推測しては言い合い楽しんでいた。
その当事者である二人の男子生徒は知らせと同時に謹慎となっているため、すぐに生徒の目に付いて、あることないこと様々な噂が飛び交うことになるだろう。
人の噂も七十五日という言葉があるが、尾ひれのついた話は全校生徒たちの間でどれだけ広がり、いつ終息することになるのかは分からない。だが、二人の謹慎が解かれてからは、噂が陰口になるに違いない。
そして、『悪夢への誘い』なんていう禁術相当の魔法を使ったネギはと言うと、今回の事件についての大まかな対応を思い浮かべていたネイルに対し「ルヴィアたちを助けれたし、魔法を使った形跡も残してないから反省も後悔もしていない」と正面切って述べていた。
さすがに反省だけでもしてくれんかと、一瞬にして十歳以上年老いてしまった表情で言われてしまったこともあり、ネギは罰を一つ科されることとなった。
とは言え、それほど大した罰ではなく、ネギが使用した魔法である『悪夢への誘い』の術式と解呪法、それに加えて影魔法の応用──ネギの場合は鞄の容量の拡大だが──における魔法理論やら、兎に角魔法に関するレポートを提出することだ。
ネギにしてみれば大したものでもなかったので、この課題は既に終わらせ、ネイルに提出し終えているため、ネギの中ではあの事件は終わったものとして記憶の片隅へと追いやられていた。
とまぁ、こんな感じでこの事件は終息を迎えたわけだが、ネギにとっては大きな始まりになってしまった。優秀の域を出かけた子供、という感じの仮面を被っていたのが、ネイルやその他諸々の人に隠していた実力がある程度ばれてしまったのだ。
今まで通りに大人しく優秀な子供のままでいれば、少しおかしい箇所は見受けられているが、そのまま麻帆良学園へ教師として行けたはず。その時にでも面倒な『完全なる世界』の一味は無視して、のんびりと老後を迎えることができたら……なんて計画が今なおネギの胸中に秘められていた。
しかし、そんな計画は世界によって修正されているのではないかと叫びたくなるような出来事は、ネギのすぐ目の前に迫り来ていた。
「ちょっと、ネギさん!聞いていますの!」
忌まわしき世界の修正力……その名も、ルヴィアゼリッタ・エーデルフェルトだ。
別に、彼女自身を忌々しいと感じているわけではない。逆に、常に高みを目指して努力を重ねるルヴィアの姿は非常に好印象だ。が、それ故、ネギが使った魔法に関して関心を示したであろうルヴィアが取った行動は、ネギにしてみれば迷惑以外の何者でもなかった。
いつものように授業を受け、教師の話を右から左に受け流しつつ魔導書を読み続けた疲れを抜くため背伸びをしたんだが、ちょうど室内が閑散としていたのもあってか、ネギを捜し続けていたルヴィアに見つかってしまったのだ。
「あぁ、やっと見つけましたわ!」
ネギがいるのは平均年齢7.9歳──一人6歳がいることで微妙な平均──の教室だが、それでもフィンランドの名門貴族の名は伊達ではないらしく、いきなり現れたルヴィアの姿に教室にいた生徒の大半がざわめき始めた。
……あぁ、頭が痛くなりそうだ。
「ネギ・スプリングフィールドさん。貴方がこんな所にいるとは思いもしませんでしたが、見つけることができて何よりですわ」
まさかの"さん"付けに、ネギの眉がほんの少しだがひそめられた。周りにまだ生徒がいるこんな場所でそんな呼ばれ方をされたらどうなるか……もちろん、二人の関係に興味を抱いて噂をすうに違いない。
噂だけなら良いのだが、それが邪推だったりあらぬ尾ひれが付いて回ってほしくない。今でさえ周囲からの視線を感じる生活を強いられているのに、そんな面倒なことになるのは正直御免だ。
……とりあえず、今使える魔法で生徒がどんなことを考えているのか確かめてみるのも良いかもしれない。ネギは、無詠唱で読心を唱え、目の前にいるルヴィアの動向を気にしながらも周囲に意識を広げていく。すると、生徒たちの間で交わされている内緒話がそのまま音量を上げたような声が脳に直接届いてくる。
(うわぁ……さすがナギ様の息子。あのエーデルフェルト家とも交流があったのか)
(まぁ、彼自身、かなり実力あるからなぁ……ルヴィアゼリッさんに目でもつけられたのかな?)
(私、あの子のこと好きなんだけどなぁ……もしかしてあの人、私の敵!?)
(うふふ……私の王子様に手を出そうとしたら、ヤ【放送☆事故】)
(ん?俺は虎穴にでもいるのかな?)
前半二人は許そう。それと……三人目は、ギリギリセーフにしておこう。誰だって好意を寄せられるのは嫌がらないはずだ。
問題は最後だ。お前は許さん。なんなんだ、私の王子様って!放送できないような事ばかり心の中で羅列しやがって、絶対に俺は貴様なんかの王子さまなんかにゃならんからな!
しっかりとルヴィアの方に向いていた意識が、いつの間にか生徒たちの心の中の声に傾いていたせいか、それがそのまま表に出ていたらしい。話半分に自分の話を聞いていると思ったのか、ネギが座っている机に乗りかからんばかりに両手を置いた。
「ちょっと、ネギさん!聞いていますの!」
そして話は冒頭に戻る。
せめて、他に生徒がいない場所で話しかけてきてほしかったと思いつつ、これ以上まくし立てられないためにも話を進めることに。
「聞いてたよ。それより、なんで僕のことを捜してたんだい?」
「よろしければ、私と一緒に昼食でもいかがかしらと思いまして。どうでしょうか?」
昼食のお誘い。
この言葉だけならリア充とでも罵ってやらんでもないシチュエーションだが、ネギにとってはあまり喜ばしいものではなかった。おそらく、この昼食の間に昨日の事件でのことを聞き出すつもりだろう。
周りに多くの生徒がいる中で話すような内容ではないとルヴィアも考えたのだろう。その辺りの配慮はできるのだが、どうせだったら周りに誰もいないときに話しかけてくることもできたのではないだろうかというのは、紛れもないネギ本人の本音だ。
まあ、断る理由もないし、聞かれて答えられないような話題を持っているわけでもないため、承諾の旨を伝えようと改めてルヴィアを見たとき、ネギはその奥に存在する何かを発見してしまった。
「あ、まぁ、僕は別に構わないけど……あそこにいるあの人たちをどうにかできたら一緒に行くよ」
「あの人たち?」
怪訝な顔をしつつ、ネギが顎で指し示した場所へと視線を移し──そして、見てしまった。
「ヒッ!?」
確かにそれは存在していた。扉の向こう側で顔を半分だけ出し、目を見開いている。その表情からはありありと憎しみという感情が伝わってきた。若干、各々の目が赤光りしているような気がしないでもない。
勿論、アーニャとネカネである。
ホント、あの人たちは一体どっから湧いて出てきたんだろうか……まさか、地獄からなんて言わないだろうな?
もし彼女をつくろうとしても、絶対あの二人が大きな壁になって立ちふさがるだろう。もしそうなったら二人に黙って駆け落ちしてやる。だが、本当に駆け落ちしたところで未来永劫穏やかな日常が来ることが無くなるのは、嫉妬に駆られた二人の姿を見れば一目瞭然だ。
二人が常識外れの行動をしてくれたおかげもあり、あらぬ妄想を抱いてしまったネギの中では、凄い勢いで評価が下がってしまったことを、本人たちはまだ知らない。
「いや、あれは僕が何とかするからここで待ってて」
いまだ机の前で驚きを隠せず固まってしまったルヴィアをそのままに椅子から立ち上がり、生徒たちも近づくことのできない妙な空間を造り上げている二人の元へと歩み寄る。
「アーニャ、ネカネさん」
幽鬼のような表情でルヴィアを睨み付けていた二人の顔に、ネギが話しかけたことで笑顔が生まれた。その笑顔につられたようにネギも笑顔を浮かべ、二人の気持ちを潰すように口撃する。
「変質者みたいで気持ち悪いよ」
静かにネギの動向を注視していたクラスメート達の中で、息を呑む音が大きく木霊した。その音は誰が発したのかまで把握することはできなかったが、ネギの目の前にいる二人が息を呑んだのは確かだった。
そのまま固まりついてしまった二人を相手にするのも億劫になり、後ろで固唾を呑んで見守っていたルヴィアの方へと歩き出す。
「ルヴィアさん、行こう」
「え……こ、この方たちはこのままでよろしいんですか?」
「ええ。いつもいつもこうなんで、今回ばかりは堪えられませんでした」
「そ、そうなんですの……」
今まで溜まっていた何かを放出し終えたような良い笑顔のネギと、そんな表情を見て口を引きつらせるルヴィア。
漫画チックに表現するならば、真っ白な灰になって崩れ落ちそう二人。今回の件である程度は懲りてほしいと思いつつ、そんな事は天変地異が起きない限りは無いだろうと訴えてくる理性を頭の片隅に追いやって、ルヴィアと一緒に教室を出るのであった。
◇ ◇ ◇
「ネギさん……貴方は本当に6歳なんですか?」
太陽が真上に昇りきった昼下がり。閑散とした芝生の上で昼食を取ろうと口を開けたネギの口に入ってきたのは、すぐ目の前まで運んだ美味しそうな食べ物ではなく、対面に座っているルヴィアの言葉だった。
……正確に言えば口ではなく耳だが。
予期してはいたが、まさかこのタイミングで問いかけてくるとは思ってもなかったためか、アホ面を晒してしまっているネギを真剣な眼差しで見つめるルヴィア。どうにもおふざけが似合いそうにない雰囲気を醸しているのが、この食糧を口に入れるのを躊躇わせているのが恨めしい。
「……お腹が減ってるから、食べながらでも良い?」
「ええ、食事に誘ったのは私ですから、どうぞお食べになって下さい」
ようやく口にすることができた飯を味わいつつ、ルヴィアからの質問の内容を吟味する。確かに、今までの対応を思い返してみると自分でも子供っぽくないとは思う。まあ、肉体年齢だけなら6歳なのだが、精神年齢を対象にすると一気に跳ね上がる。
どちらを話そうがネギの自由だし、嘘はついていないため罪悪感を感じる筋合いもないのだが、今となっては少しばかり躊躇いを感じてしまう。
「……何を想像しているのか分からないけど、僕は6歳だよ。そもそも、6歳じゃなかったらそれ相応まで肉体は成長しているし、幻覚魔法を使って隠していたとしても、あの時校長に打ち破られていたさ」
ネギが『悪夢への誘い』を解呪しに行った時のことだ。
あの時ネギが透明になっていたときに使っていた魔法はバニシュだ。対象を透明にする魔法であり、魔法のように魔力を用いた攻撃は喰らってしまうのだが、物理的な攻撃を無力化する効果を持っている。容貌そのものが透明になるため、これほど隠密に適した魔法もないだろう。
校長が使った魔法……『ほどけよ、偽りの世界』は幻術空間を打ち破る魔法だったはずだが、バニシュはこの系統の魔法に分類されているらしい。
「ですが、貴方の考え方や魔法の知識などはどう考えても6歳児のものとは思えません!……あの後、貴方が校長に提出なさった魔法理論に関するレポート、見させてもらいました」
「げっ……」
「なんですか?その、如何にも面倒くさい奴に見られてしまったと言いたげな表情は!?ゴホン……ですから、それを踏まえて貴方に聞いているんです」
実際、かなり面倒です。なんて内心で溜息を付きつつ考えてみるが、すでに見られてしまったのならば仕方がないとしか言いようが無い。
あれは、ネイルがネギに提出するように科したものだったため、まさか他の人にも提示するとは思ってもなかったのだ。
「まぁ、あれを見ちゃったんなら仕方ないけど……僕の事を知ったところで、ルヴィアさんはどうするんだい?」
後で、何故見せてしまったのかと魔法を使ってでもネイルに問い詰めてやろうと物騒なことを考えつつ、ルヴィアに問いかける。
「えっ?」
「貴女はエーデルフェルトという貴族の中でも名家の出らしいけど、僕はそれ以上の"英雄の息子"なんて言うありがた迷惑な肩書きが有るんだ。……それ以上のことは、言わないと分からない……なんてことは無いよね?」
「…………」
まだ子供のルヴィアに分かってくれというのも酷な話だが、成長過程にあるルヴィアですら"英雄の息子"という泊がどれほど厄介なものかある程度理解できた。……いや、今までのルヴィアの行動を顧みるに、魔法とは正義なりという偏った教育を受けていなかったため考えることができるのだろう。
先の魔法世界での戦争で出た多くの戦死者、理由もなく巻き込まれていった被災者……中でも愛する家族、親友、恋人などを失った人々は禍々しいまでの殺意を抱いていることが多い。
その中でも、多くの生命の灯火を消しさった"紅き翼"。味方にしてみれば希望の光だが、敵から"赤毛の悪魔"と呼ばれるほどの戦果を残したナギは、さながら戦場を駆ける死神だったに違いない。その息子であるネギも、スプリングフィールドの一族として恨まれているだろう。
しかし、向こう側から見てこちら側にあるエーデルフェルト家ならMMの影響も受けないだろうが、それでもネギに関わろうとすれば遠からずルヴィアにまで手が伸びるのは分かりきっている。腐れ切った元老院……いや、権力と地位に魅入られた政治家の考える事なんてそんなもんだ。
目の前で俯いてしまったルヴィアを見つつ、この子はそんなドス黒い闇の中に入ってくることがないようにと願っていると、その長い髪を激しく揺らしながらバッと頭を起こした。
「そんなことは分かっています!ですが、それでも、受けた恩は返すのがエーデルフェルト家の流儀ですわ!」
思わず、ルヴィアを見ていたネギの目が細められた。
大人の事情をまだ知らない、そんな子供染みた浅はかなものではあるが、それ故に目映い。真っ直ぐな性格、真っ直ぐな流儀、真っ直ぐな気持ち……その全てに、真似する事のできない尊さが込められている気がした。
「……嗚呼、そこまで気持ち良く宣言されちゃたまらんわな」
ふとルヴィアから視線を逸らし、独り言のように言葉を漏らす。あまりの眩しさに、見ていられなくなったようなものだが、今まで作っていた優秀な生徒と一人の子供という仮面を、ルヴィアの前で被り続ける事に意味を見いだせなくなってきたのだ。
真っ直ぐさに敬意を払って、仮面をはぎ取った素の自分を出すことにした。
「あら、そっちの方が素ですの?」
「ああ、そうだよ。ある程度は見た目に口調を合わせておいた方が楽なんだよ」
「見た目に合わせて……まるであの女のようですわね」
「あの女……?」
少しばかり眉をひそめた様子を見るに、それなりにルヴィアがその女のことをライバル視でもしているのだろうか。滅多に他人を見下すことのないルヴィアの性格からしてみれば珍しい事なのだが……ルヴィアがそんな感情をぶつける相手と言えば、ただの一人しか思いつかないんだが。
……いや、でも待てよ。確かに二人は好敵手だけど、ここはイギリスのウェールズ。Fateの原作通り行けば、確かロンドンの時計塔──ウェストミンスター宮殿(英国国会議事堂)のビック・ベン──で魔法だか魔術だかの修業をしているはずだ。
二人の目標は第二魔法への到達という、この世界からすれば意味の分からないものではなく、この世界の理念に乗っ取って"立派な魔法使い"の称号を得ることになるのだろうが。
「ええ、その女はいつも絵に描いたような優等生の猫を被っているんです。もしお会いになったときは貴方も気を付けて下さい」
「……ちなみに、その女性の名前は?」
「あら、まだ言ってませんでしたか?その名前は、"遠坂凛"ですわ」
ネギまにふさわしくない世界観からやってくる人物を新たに発見してしまったことに、驚きを通り越して呆れの笑みが漏れそうになるのを我慢しつつ、ついつい溜息を漏らしてしまうのだった。
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