ルヴィアとの昼食会を終え教室へと戻ったネギは、ずっと固まったままだったらしいアーニャとネカネを邪魔にならないよう教室の隅へと退かし、それから何事もなかったように魔法の勉強をし始めた。
そんなよくわからない二人の事に加えて、貴族との交流を持っている事などもあってか、この教室の中である変化が見受けられた。
自分の机に座っているとき偶にネギが視線を上げると、こちらの方を向いていた生徒たちがサッと視線を逸らすようになった。ネギを見ていた視線の中には、どこか畏敬の念が含められているような感じがしたが、どう考えても避けられている。
(あれ?もしかしなくても、俺ってハブにされてる?)
なんて思いを抱いてしまったネギだが、元々進んでネギに話しかけてくるような人がこの教室にいたわけでもないし、これが自分にとって害になるわけでもないと思い直し、水に流すことにした。
ただ、これはこれで友達が少ない一つの原因なので、少しばかり寂しいと思わないでもない。
それは兎も角。
あの昼食会があって以来数日、ルヴィアがネギのところへとやって来ることが無くなった。いつも来られるのは困るのだが、数日も間が空くと何となく何をしているのだろうかと気になってしまう。
それに、ルヴィアが口にした名前……遠坂凛のことも気になる。共にこの学校に在籍しているだけではなく、この世界の主人公との会合を果たしてしまったことも考慮すると、いつかはこの世界の物語に関わってくるかもしれないからだ。そうなった時のため、今のうちに関係を築いておくのはプラスに働くだろうと思い、椅子から立ち上がった。
……が、考えてみればルヴィアと凛がどのクラスの生徒なのかという情報を聞いていなかった。ルヴィアが自分を探していたように二人を探さなければいけないのかと、溜息を漏らしつつ歩き出すのだった。
──が、存外に人を捜すのは手間がかかる。
手間だけではなく時間もかかっているが、こんな状況に陥ってしまうのも理由がある。この学校は、思っている以上に大きい校舎を有している。
と言うのも、この学校が建てられているこの地……イギリスのウェールズの山奥、カンブリア山脈には一般人が滅多に来ないのだ。そのため、魔法使いの多くがこの地にいることになるのだが、多くと言っても町一つ分の人口しか有しておらず、学校の敷地面積だけが広くなってしまったのだ。
確かに魔法の練習をするためには必要な敷地面積だとは思うが、やはり一つの学校が有する面積の大きさではないと思ってしまうのも無理はない。人を捜すのが面倒云々の前に、この学校の全てを踏破すること事態が面倒なのだ。
仕方がなく、この間ルヴィアが身につけていた制服を頼りにその学年を虱潰しに探しているが……6歳の子供が一人で歩き回れる広さではないため、こっそりと肉体強化の魔法を使用しているのは周りの生徒には気付かれていないようだった。
「……!」
「……、…………!」
「ん?」
魔法の勉強に根を詰めているだけだと体に悪いし、体の成長に害を与えかねないので、学校を散策するようにルヴィアを捜し続けていると、奥の教室の方から喧噪が聞こえてきた。
子供の喧嘩だとしたら、それが魔法の撃ち合いになるかもしれないという危惧もあり、すぐに大人の介入が入って鎮静化されるのだが……聞こえてくる喧噪は長い事続いていた。それに、今ネギがいる位置から目に入る生徒の表情も、「またか」と聞こえてくるほどの呆れ顔をしていた。
何が起こっているのかわからないが、こういう時は事情を理解してそうな人に聞くのが最善だろう。
「あの、あそこの喧騒ってなんですか?」
「え?嗚呼、あれね……あそこで騒いでいるのは魔法理論専攻のエーデルフェルト家のご令嬢と、同じ専攻を取っている遠坂凛の二人だよ」
……あまり聞きたくない名前だったが、二人の仲を思い返してみると納得のできる話ではある。おそらくこの世界でも実力は伯仲してるだろうし、魔法理念についての考え方が少しでも違えば、自分の方が上だと主張し合うだろう。
だが、そうやって実力を磨き合える人が近くにいて、気兼ね無く口論できるのだから、つい羨ましいと思ってしまう。
それから、先ほど会話の中に出てきた魔法理論の事だが。この学校ではただ魔法を学ぶだけではなく、しっかりと魔法理論を学んで学者のようになりたいと思ってる人や、溢れんばかりの才能を秘めた人たちが勧められて学ぼうと思った人のために『魔法理論専攻』という学科が存在している。
他にも後方支援魔法であったり、魔法歴史学など、その他にもたくさんの学科がこの学校にある。ただ、書庫に無断で入り込んで様々な本を読み漁れるネギにしてみればどんな学科でも構わなかった。強いて挙げるとすれば、本には載ってない知恵を学ぶことができる学科を選びたい。
「まったく、いつもいつもよく飽きずに口論をし続けられるものだ。これだから頭の良い奴の考えていることは分からないんだ」
「……いつも、なんですか?」
「ああ。だから、勉強に集中したいこちらとしても困っているんだが、如何せん一二を争う実力の持ち主同士に敵う奴がいないんだ。だから、誰もあいつらに注意ができないし、なまじ優等生な分、先生たちも大目に見てるんだ」
そう言って、最後にひとつ溜息を吐いた。その吐息からはありありと苦労が滲み出ていた。この人は凄い、ストレスを溜め込みそうな人だ。
いざこざが起きたときの仲介役として近くにいてほしい人だ。と、さりげなく名も知らぬ上級生の性格を判断してみるが、暴れる側……いや、どうしてもいざこざが寄ってきてしまう主人公が考えるようなことではないな。
まさに、その場の責任を全て任せようとしているものだからな。
「取り敢えず、行ってみますか」
「き、君!あそこに行く気か!?巻きこまれるぞ!」
「ああ、平気ですよ」
何をもって大丈夫なのかと聞かれれば、何とも答えようがない。なぜなら、この言葉は、不安に駆られている自分の心情をおしとどめて奮起するための言葉だからな。
「ですから、戦場では華々しく大魔法を使うべきなんです!」
「ふん!そんな見た目だけの魔法じゃなくて、誰でも使えるような『魔法の射手』で戦力を減らす方がより実用的でしょう!」
「そんなチマチマ攻撃していたら、いつまで戦闘が続くかわかりませんわ!それとも貴女……もしかして大魔法を使えないからって嫉妬してるんじゃないでしょうねぇ」
「なっ!?誰があんたなんかに嫉妬するもんですか!……はは〜ん、反論できないからって相手を貶めることでしかできないんだぁ」
「な、わ、私は事実を言ったまでですわ!」
「なんですってぇ!」
教室の真ん中を占拠するように、二人の生徒が向かい合っている。
片方は俺の知り合いである金色の夜叉もといルヴィア。そして、もう一人が赤い悪魔こと遠坂凛。そのふたりの言い争いは、いち生徒として討論するには申し分のない内容なのだが、何分、二人の維持の突っ張り合いのような形になっているため他の生徒が入り込めなくなっている。
……むしろ、場の状況が悪くなったときの対処を素早くするためだろうか、ある程度の人数で固まって、手には魔法発動媒体を構えている。数人で協力して、少しでも強度の高い障壁を張るためなのだろうと思うと、ここの生徒たちが不憫に思えて仕方ない。
なんて考えているうちに、睨み合っていた二人の雰囲気が悪くなり、一触即発になっている。さすがにこんなところで魔法を使うなんて真似はしない……とは言い切れないので、早いとこ二人を止めるとしよう。
もちろん、何が起きても良いように二人からは距離をとって。
「ねぇ、ルヴィアさん」
「誰ですの、って……ネギさん!?」
「ネギ『さん』〜?」
俺がルヴィアに話しかけたことでまずルヴィアから魔力が胡散し、それを確認した遠坂凛と思しき人から毒気が抜かれたかのように魔力が胡散した。
次いで、凛は俺の方を、なんか胡散臭い物を見るかのような目で見てきたが、しばらく観察しているうちに、何かに気づいたようにハッとした表情を浮かべた。
「ね、ねぇ、エーデルフェルトさん?その子はもしかして、かの有名な英雄、ナギ・スプリングフィールドのご子息で間違いないかしら?」
「えぇ、そうですわ。彼がネギ・スプリングフィールドさんですわ」
この時から凛は猫被ってたんだな……そんなことしたってもう遅いし、彼女の性格からすれば、何時までも隠し通そうとする方が難しいんじゃないだろうか?確か、かなりうっかりしていた筈だが……
何時の間にやら胡散臭さから俺を探るような目つきになっていた。いつも思うんだが、人のことを品定めするように見つめてくる奴はどうにも好きになれないんだよな……英雄の肩書きは本当に面倒だな。まぁ、凛からしたら恐らく、単純に俺の実力がどれぐらいなのかを探っているんだろうな。
「ねぇ、エーデルフェルトさん。先程私たちが話し合っていた内容についてこの子に聞いてみませんか?貴女が年下の子を呼称付けで呼ぶほどなんですから、ある程度実力があるんでしょう?」
……面倒な人だ。おそらく、俺という存在がどれほどの実力を持っているのかが気になっているのもあるのだろうが、自分のライバルとも言えるルヴィアがまさかの『さん』付け。
まあ、どうみてもルヴィアと俺ではルヴィアの方が年上だし、世間一般の常識では、もちろん俺よりもルヴィアの方が多くの知識を有していると考えるだろう。
それらを全て考慮して思うに……凛もまだまだ子供だということなのだろう。どう考えても
「……いいですか、ネギさん」
「まぁ、良いですけどね。どうやらそこの人は周りに迷惑をかけておきながら謝罪の一つもないはた迷惑な猫被り優等生だと分かりましたが、ルヴィアさんがそういうのであれば」
「ちょっと、誰が迷惑な女ですって!?」
はぁ……自分がどれだけ迷惑をかけているのか本当に分かってないのかな?それはそれで能天気なのか、それともただ単に馬鹿なのか。12歳ぐらいの子供に周囲を気遣う心を持てと言うのが酷なのかな。
「貴女しかいないじゃないですか。僕が"貴女"と言ったのを聞いてなかったんですか?それから、貴女が迷惑だと言ったのは、ここに来る前に別の教室で勉強している生徒さんが貴女方……勿論、ルヴィアさんも含んでますよ?二人の喧騒のせいで集中できないとのことです」
「うぐ……」
「それに、いつもいつも口論ばかりしているそうですねぇ……自分たちは自分たちがしたいことを十分やり、周りの人たちには気を遣わない……実力だけが先行していておつむが弱くなってるんじゃないですか?ほら、見てみなさいな。貴女方に巻き込まれないようにと、多くの生徒たちが距離を取って窮屈そうにしている姿を」
さて……ここまでぼろ糞言ってやればあの人の心労も減るに違いない!
それにしても……いやぁ、気持ちが良いですな!毒を吐くのって案外気持ちが良いもんですよ。悪口だと決定的な傷を負わせられないが、毒だと傷つけたうえにそこに塩を塗りこんでいける。
おや?凛の様子が……?進化しますか?……されてもクリムゾン辺りになりそうだからBボタン連打で。
「……ネギさん、少し言い過ぎなのでは?」
「おや?僕は貴女にも言っていたつもりなんですが」
立派なブロンドの髪が、心なしかしな垂れているように感じられる。もしルヴィアが犬だったら耳も尻尾も垂れている姿が容易に想像できるな。
「……うっ、そ、そこまで……言わなくても良いじゃない」
「……え?あれ、もしかして泣いてます?」
「煩い!泣いてなんかないわよ!」
とか言いながらも少し涙目の凛ちゃん。子供ならでわの可愛さが感じられる。さすが、メインヒロインの一角……まあ、俺の心の奥底から沸き上がってくる『苛めたい』という感覚は、紛れもなく性格からきているものだと思うが。
「なら貴方に聞くけど、戦場ではどんな魔法を使うべきだと思うのよ」
「なんでまたそんな事を」
「まさか答えられないって言うんじゃないでしょうね!」
いや、誰もそんなことを言ってない。
さすがに苛めすぎたか?完全に子供の意地が全面に出されてる。もし俺がここで答えずに有耶無耶にして引き下がったら、絶対に後々後悔することになるだろう。
……どうせだ。やると言ったら大胆にいってみるとしよううか。
「その前に、聞きたいことがあるんだが」
「何よ」
「その戦場とやらはどういった地形なんだ?その時の気候は?自軍と敵軍の士気は?どれぐらいの魔法使いが戦場にいると思われているの?兵数は?どんな兵器がその戦場には投入されているの?どちらかに援軍があるの?魔法を使っている時間帯は前哨戦?それとも混戦で?」
戦場とは一人の活躍でどうにかなるものではない。そもそも、"紅き翼"の連中は全員がバグのような存在だし、戦場にいる全員がそう言った能力を秘めているなんてのはまずあり得ない。
だからこそ様々な要素を見逃さず、勝つために全ての要素を掴み取り、相手の勝因と成ろうものは全て花を為す前に摘み取っておく必要がある。
だからこそ、予め考えているだろう戦場の模様についての情報を聞き出そうとしたんだが……
「え、わ、私たちはそこまで詳しいことは聞いてないんだけど」
……どうやら、俺は何かをやらかしてしまったようだった。
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