「はぁ……」

 一人、石造になってっしまった部屋の中、緊張の糸を解く。
 バルジェロが詠唱した石化魔法……あれは想定外の魔法だった。魔力の源が外部にあるという推測は立てていたものの、その対処方法を思い浮かべることはできなかった。
 デスペルで消し去ることができたのは、ただ運が良かっただけ。
 それでも石化を免れたのは、魔力が集まって現界しているリムがいてくれたからだ。
 抗魔力──状態付与に対する抵抗力だが、もとが魔力で造られているのに、抗魔力が低いわけがない。勿論、子供とはいえそれなりに訓練しているネギの抗魔力も高いが。
 まあ、それでも完全に無効化できるわけではないので、全身に石化が回ってしまう前に、装備品の中にあった石化解除の『金の針』を体に刺していたわけだ。
 ……材料として本物の金を使っていたこともあってか、チクッとした痛みが走った。今はもう効力を失ってただの金の棒と化しているが、造ろうと思えばまた造れるだろう。
 後は、石化魔法の煙を目隠しにして、石化していると勘違いしているバルジェロの隙をつくだけだ。

「それにしても……直接やったわけじゃないが、まさかこんなに早く人の死に目に会うなんてなぁ……」

 『俺』という魂が『ネギ』という器の中に入る前、確かにこの目で人の死に目を見ているのだが……『俺』になってからは初めてだ。
 自分自身一度死んでいるのだが、こうして始終死に逝く様を見るというのは中々に感慨深いものがある。
 恐怖の念を植え付けるような無表情だったバルジェロは、今や穏やかな表情を浮かべ、口元には柔らかな笑みも。復讐に身を堕としたバルジェロだったが、最期の間際には自我が戻り、幻覚ではあるが息子の姿を一目見ていた。
 掠れた声で息子(ドゥカス)の名前を呟いていたから、そうなのだろう。暗闇だけの双眸から、微かに光りが感じられたが……それも、死ぬ寸前の走馬燈がそうしただけ。
 もしかしたら、あのまま暗闇から抜け出すことはできなかったかもしれない。

「はあ……どうやって校長に伝えようか」

 このままバルジェロを止めなかったらどうなっていたことか。などと、安堵の感情を抱くだろうが、その後でどうしてこんな危ないことを……どうして一人で……なんて愚痴を聞かされるだろう。

(それはまだ聞き流すだけでなんとかなるから良いのだが)

 心配なのは、考慮してしまうのは、何も後始末にてんやわんやしてしまうから。
 などではなく、ネカネさんが事の顛末を耳にしてしまった時の事を考えると……嗚呼、もう、どうしようもない。どんな手段を講じようが『ネギのためなら』などと名言を叫びつつその身に秘めた神秘の力を解放しそうだ。まさに魔法だよ。
 『この世界からフェードアウトしよう。一緒に』なんて囁かれた日にゃぁ、全速力で逃げ出しても強制的にゲームオーバーにさせられそうだ。
 ……その後始末をさせられることになるだろう校長の身と、俺自身の将来を案じると、やはりネカネさんの耳に入るようなことは避けなければ!

「とりあえず、身辺整理というか、遺留品の回収とでも言うべきか」

 バルジェロが使っていた机の中に何が入っているのか、石化してしまったがため開け難くなっているが、この机以外にめぼしい物がないので何とか調べよう。
 ──嗚呼、金の針使えばいいか。
 無機物に使えるのかわからないし、どこまで効力があるのやら。適当に金の針を突き立てるとあら不思議。机だけだが、元の木製の状態に戻った。
 この様子だと、中に入ってる物も石化は無効化されているだろう。もしくは、元々石化していなかったかだと思い引き出しを引くと、そこには、使い込まれ色褪せている一冊の本があった。
 何か、バルジェロに関わっている品だろうかと思い、ページをめくると日記のような事が書いてあった。
 恐らく、ドゥカスが亡くなる少し前から書き始めたのだろう。日々の何気ない事柄が綴られている。が、それはドゥカスが亡くなったと思われる日から変わり始めていた。
 妻を失った悲しみ、息子を亡くした虚無感……所々筆圧が強くなったり怒りによる震えで読めない筆跡になっているが、大体の内容がこの二つに集約している。
 だが、読み進めていくにつれ、何らかの違和感を感じた。
 怒り、悲しみ、虚無感で人が変わる。と言うのは、実際にバルジェロと対峙した俺に言わせれば事実であり、実際に人間という生き物は様々な性格、仮面を心の中に隠しているものだから。
 確かにバルジェロは変わった……だが、負の感情に乗っ取られた男が綴っていた日記の内容にあるように、ただただ憎くて憎くて堪らない……それこそ、人を殺してしまいたいという殺意だけを記すようになるだろうか。
 一度、机の上に日記を置き、考える。
 最近書かれたと思われるページには、亡くなった妻、息子のことが何一つとして(・・・・・・)出てこなくなっている。そう、何にもだ。

「ん……?」

 このままここで考えていても仕様が無いと、他に何かないかと引き出しを覗き込むと、奥の方で鈍い光沢が見えたような気がした。
 年期物なのか、これ以上引き出しを引けないので手を伸ばしてみる。すると、ひんやりとしていて固い──金属製の物だろうか、見てみると何らかのペンダントのようであった。
 あまり見たことがない物だから名前が思い出せないが、写真を入れて身につけるロケットに、中身を守るための蓋が付いたものだ。余程大事にしていたのか、目立った傷もなく錆も少ない。
 見たところ、魔法的な仕掛けは掛けられていなかったので、中身を確認してみることに。考えるまでもなく家族の写真だろうと、その推測は当たり、幸せそうに笑顔を浮かべている三人の夫婦と息子の姿が映っていた。
 所々見られる滲みは、生前のバルジェロが落とした涙の跡だろうか──

「……帰るか」

 つい、感情移入してしまいそうになる。
 少し前には殺される寸前まで行っていたが、こういった事情を鑑みると、やはり気持ちが落ち込む。
 もう少し早くに気付いていられれば。そう思っているのは俺だけじゃないだろう。恐らく、この事件の事を知っている校長だって似たような事を考えているに違いない。
 基本的に、原作に登場していたような人たちは優しいから。



「と、いうことです」

 バルジェロの遺留品である日記とペンダントを引っ提げ、真っ直ぐ校長室へと向かった俺は、手荷物を見て血相を変えた校長に対して詳しい説明をしてやった。

「……そう、か」

 そう一言呟くと、校長はペンダントの中の写真を一目見て、静かに瞑目した。
 ちょうどバルジェロ・ローゼルの件について話し合うために集まっていたというメルディアナの三賢に、校長の後ろに控えているドネットのさんもまた、重い雰囲気を発していた。
 それだけ重い雰囲気になるのには、今回の事件の犯行者であるバルジェロの悲痛な話を聞いてしまったから、という理由の他にも要因がある。
 自分たちは何もできず、ただただこうして集まって談話をしていただけ。その間に、まだ子供のネギに事件を解決させてしまったということだ。
 疲れもあってか、あまり四人のことは気にせず事の真相を話したネギにすれば、精神的には大人を通り越しているため特に何も思ってない。……さすがに魔法で石化させられる寸前でした、などとは言ってない。
 だが、実際に生徒を殺している犯罪者の相手をさせてしまったと考えている大人たちは、子供に、酷なことをさせてしまったという悲痛さを滲ませることしかできずにいた。
 その気持ちが一番強いのは、校長であるネイルだろう。
 ナギの縁故者として、姿を消してしまったナギに代わってネギの成長を見届けようと決意したネイル。
 だが、実際にネギの姿を自分の目で見守ることができたのは、こうして校長室で話をするときのことが多かった。
 いつの間にか成長していたネギの姿を見たときは、ただ単純に父親のような気持ちでその成長を喜んだ。
 たとえ年相応とは言い難い実力を隠し持っていたとしても……これは、ナギの息子だからと諦めるしかないと思ったようだが。
 しかし、今回の件に関しては、途方もない無力感を受け入れるしかなかった。ネギの実力の一端を垣間見ているネイルからすると、これもまた力あるものに降りかかる災厄の一つでしかないとも思えないでもなかった。
 そう思ってしまう自分がいることに、そう思っているのに、いつの日か実感させられた思いを、同じ魔法という力を扱える自分が、幼き子供を守ることができなかった。
 魔法で、人を殺めてしまうことができるという事実を、この考えがただの幻想でしかないとわかっていても、何時までも知らずにいてほしかった。
 ──ただ平穏に、静かに幸せに暮らしてほしいとさえ思っていた。
 だから、自分の心の中に巣くっているある、権力者として"更に実力が伸びるのではないか"という考えが浮き上がって来た時は、自分自身に嫌悪の感情を抱かずにはいられなかった。

「よくやってくれた、ネギ。お前さんのお陰で、この件はすぐにでも終息に向うじゃろう。それと、他に何か言うことはあるか?」
「いえ、特に」
「うむ……では、疲れてるじゃろうから、帰ってしっかりと疲れを癒すんじゃ」
「はい」

 年不相応な一礼をし、校長室から退出するネギの姿を見届けたネイルは、椅子に深く腰をおろし、大きな溜息を吐き出した。
 指を絡ませるようにして手を組む。重い重い無力感に、頭を垂れるように手の上に頭を乗せる。
 誰もが、何も喋り出すことができなかった。
 事件の重大さがそうしているのではない。叔父として、ネギを見守っていたことを知っている全員が、普段より一回り小さく見えるネイルの姿に声を掛けられず、ただただ時間が過ぎていくばかりだった。



 ◇ ◇ ◇



「最近、ネギ分が足りないわ」

 学校からある程度離れた所にある女子寮の一角で、不穏な空気を身に纏った女性が想いを述べる。
 別段、声を荒げて喋っているわけではないのに、何故か力強く感じられるのは気のせいではないだろう。

「私も、最近あまりネギに会ってない……」
「あら、アーニャちゃんも?」

 まぁ、あまり交友関係が広くないネギの関係者の中でそんな空気を醸し出している人物を特定するのは大して難しい事ではなく、簡単にアーニャとネカネの二人に絞られるわけだが。

 そんな二人が集まってする話と言えば、大概の事がネギの話だ。

 曰く、ネギの勇士を見たとか。
 曰く、ネギの服を手に入れたとか。

 ……あげれば切りがないほどネギの話を交わしている二人だが、そんな彼女たちは、この頃のネギの行動に不満を抱いているらしかった。

「ネギったら、私たちがいるのに、他の女の子と楽しそうに話をしたりしてるみたいですよ」
「あら……もしかして、その子たちってあの時ネギと一緒にいた子たちかしら?」
「ネカネさん、会ったことあるんですか!?」

 ネギが他の女子と会話をしているとなると、それだけで女狐が!と般若のような表情を以って愚痴を盛大に言いまくりそうなネカネなのに、そんな素振りも見せずにいる姿を、アーニャは信じられないものを見たように目を大きく見開いた。

「……ええ、そうよ。あら?もしかして、私のネギ分が足りなくなっているのは彼女たちのせいなのかしら?」

(あ、いつものネカネさんだった)

 なんともおかしい基準で判断しているが、これがアーニャの中で最も簡単にネカネの状態を知る方法だというのは、口が裂けても言うことのできない……言ってしまえば、二人の間に交わされた同盟は音をたてて崩れ落ち、いつもは優しいネカネの背後に第六天魔王が降臨し、後には地獄絵図が完成しそうだから。

 そんなこともあったが、二人のネギ談義はまだまだ続きそうだった。



 ネギが校長室を退出し、寮に設けられている自分の部屋へ戻ろうと歩みを進めていると、急に、背中に一粒の氷を放り込まれたような感覚に囚われた。
 俗に言う悪寒を感じたわけだが、慌てて周囲に視線を巡らせたところで、何かおかしいものが視界に入り込むことはなかった。

「なんだったんだ?」

 それは、ちょうどアーニャとネカネがネギの話をしている時だったが、知らぬが仏。悪寒を感じたのはたった一度だったため、ネギも違和感を抱いただけですぐに部屋に戻っていったとさ。
 疲れもあってすぐ就寝したネギだが、眠っている間も何度か悪寒を感じ、身体を震わせる素振りを見せたが、それを知るものはどこにもいなかった。



押して頂けると作者の励みになりますm(__)m


<<前話 目次 次話>>

作品を投稿する感想掲示板トップページに戻る

Copyright(c)2004 SILUFENIA All rights reserved.