前回、ドゥカス・ローゼルの件で召集された人員と同じメンバーが校長室に呼ばれ、集まっていた。教師達の表情には緊張が見て取れるが、今回の事件は前回とはまた違った緊張感に覆われていた。
それもそのはず。
今回メルディアナ魔法学校で起きた事件は、殺人未遂という大きなものだからだ。ここ最近まで起きていた一連の事件を知っている者ならば、この事件にも何か裏があるのではないかと考えを巡らせるかもしれないが、しかし、それらを知らない者がこの話だけを聞いたのなら?
『退学になった生徒が逆上し、その恨みを晴らすべく卒業式に襲撃し、一人の生徒を殺しかけた』と思うことだろう。
一般の間では、簡単に纏められた知らせが流れることになる。最悪、伝播していく中で余計な尾ひれが加わっていくかもしれない。
こんな報せだけがメルディアナ魔法学校の関係者に広がったら?
勿論、立派な魔法使いを目指すために学校に通おうと考えている子供や親などは、そのような危ない事件が起こりうる場所には行きたくない、行かせたくないと思う人がでることは間違いない。
今回集まったのは、これらの懸念を現実のものへとならないよう情報操作をすること。また、この事件の加害者であるイェルクと被害者である生徒との関係性を洗い出すことだ。
そんな中、一番初めに発言をしたのは、ネイルに情報収集を頼まれていたドネットだ。
「あの時、イェルク・フェイダーに刺された生徒の名前はクリフォード・オールディス。彼らは、イェルクが退学になる前は友人同士だったそうです」
「オールディス……?」
ドネットは、皆がこの校長室に集まるまでの短い時間の中で可能な限り、それこそほんの些細なことでも逃さないよう粗を探すように情報を集めた。その情報の中、集まっていた教師の一人、ゲネヒー教授がオールディスの名に反応した。
「ゲネヒー殿、何か、心当たりでも?」
「いえ……確か、オールディス家とフェイダー家、この二つの家の仲は良いものではないと前に聞いたことがあるのです」
その言葉に、この場にいる全員が首を傾げた。
二つの家は共に身分的に見れば貴族と言ってもおかしくはない。それに、仲が悪いというのは大概が子供にも言い聞かせられるのだ。
ある程度の地位以上にある貴族の家に生まれた子供には専属の教師がついていることが多いし、子供は大人よりもより多くの物事を吸収できること、また、子供は周りの大人の言動を見て学ぶ。その教えの中に、仲の悪い家のことも含まれているだろうし、そうなれば子供同士が友人になることもないのだ。
若しくは、子供同士で二つのグループに分かれ、教師たちにとっては面倒な陰湿ないじめが起きていたかもしれない。
「確か……オールディス家の方が一方的にフェイダー家に恨みを持っていると聞いたことがあるのぅ」
そのことを何時耳にしたのかまでは覚えておらんが。そう言いつつ言葉を漏らしたのはネイルだった。
ネイルがこの学校の校長に就いてから否が応にも政治云々について関わらなくてはならなくなった。と言うのも、ただ学問を教えるだけの学校ならば何も問題はないのだが、ネイルが勤めているのは魔法を教える教育機関だ。そして、その上に立っているのは魔法世界のMM元老院だ。
その圧力に堪えるためにも政治の能力を高めていったネイルは、何時だったか二つの家についての話を耳にした。それは、旧世界で成功を納めて繁栄したフェイダー家の成功は、その前からここで地道に盤石を固めていこうとしていたオールディス家を陥れて手に入れたものだと。
「……今回の事件、あの子が起こした事件からすべて繋がっているような気がするんじゃ。卒業式で見たあの子の表情には並々ならぬ感情が込められていたしのぅ」
ありとあらゆる感情が削ぎ落とされたかのような無表情から一変した時の表情は、今までの人生で見てきた表情の中で、最も危険な思考を持っている人がするときの顔だったと、遠目でもよく分かった。
ネイルの発言に、それぞれがそれぞれの素振りを見せた。
黙ってネイルの言に頷くもの。小さな呻きを漏らしながら首を傾げるもの。ただただ目を瞑って自分の考えに耽るもの。
しかし、この場にいても何の手掛かりも見いだすことが出来ないというのは、この場にいる全員が理解していた。
「しかたあるまい……これは最後の手段にしたかったんじゃが、何があったのかあの子の記憶を覗き込むとしよう」
「……本当にそれしかないのでしょうか?」
「仕様があるまい。何か、他に手掛かりを探す手だてがあると言うのなら聞くが」
皆分かっているのだ。その問いの回答としてふさわしいものなど、思いつくことはできないということを。でなければ、既に誰かの口から出ている。
誰の口からも一切の発言が無いことを確認したネイルは、席を立って拘束されたイェルクがいる場所へと向かうのだった。
地下。
普段、生徒が立ち入ることがない地下の一角に設けられた石造の部屋。入口らしい入口は、石牢と化している部屋の扉のみ。
魔法によって湿度・室温は調整されているため不快な感じはしないが、魔力で灯された火が一面を照らしている様は、いくらこの世界の魔法に慣れたとは言え、幾ばくかの気味悪さを感じずにはいられない。
拘束されているイェルクの影も、所狭しと並んでいる石の床に照らされ伸びている。
「フ、フフ……」
部屋の中では、イェルクの薄ら寒くなるような笑い声だけが響いていた。
ここにいる教員は、皆が皆、イェルクに何故男子生徒――クリフォードを刺したのか。あの時使った刃物を何処で入手したのかなどを聞き出そうと躍起になっていたのだが、聞いているのかいないのか、ただ薄ら寒い笑みを浮かべているだけだった。教員たちによる取り調べは遅々として進んでいなかった。
そんな中、扉を開いて部屋の中に入ってきたのは、先程まで校長室で話し合いをしていたネイル他5名だ。中に入るなり、イェルクの様子を見て一様にしかめ面をしているが、一人だけ我関せずといった表情をしているものがいた。
(こんな面倒事に俺も呼ばれている訳が分からん……そんなに手が足りないのか?)
何故かネギがネイルを筆頭とした集団の中に紛れ込んでいた。
部屋の中にいた教員もネギの姿を見て、一瞬だけ不思議そうな表情を浮かべるが、ネイルの顔を見るや否やすぐに納得したような表情を浮かべたのだが、どこに納得するような部分があったのか問いただしたいと思うネギだった。
いや、もしかすればネイルからの嫌がらせかもしれない。あの時男子生徒にかかっていた呪術を解いたのは俺だし、まさか気付いてるなんてことはないだろうが、今までの俺の素行からして感づいているかもしれんが。
それは兎も角。
気持ちを切り替えるものの、何とも言えない表情を浮かべイェルクを見やる。
相も変わらず笑みを浮かべ続けているイェルクに、ネギは小さく溜息を漏らす。
(嗚呼……めんどい……)
「では、これから彼の記憶を覗くことにする」
内心で愚痴を漏らすネギの心境とは裏腹に、事はどんどん先に進んでいく。
どうせ先に進むんならもっと早く過ぎ去るくらいの勢いで、とか思っているネギは未だ面倒くさそうな顔をしている。何故、それを諫めようとする人がいないのかというくらい顔を顰めているが、すでに誰もがネイルの魔法に気を取られていた。
ネイルが夢見の魔法を詠唱していく。魔法の構成から詠唱、構築や魔力、魔法を行使するうえで大切な要素のすべてを完璧なレベルで練り上げるネイルは矢張り、この世界でも有数の魔法使いと言えるだろう。
この分ならば、普通の魔法使いが使用する程度の魔力でこの場にいる全員を夢に誘うことができるだろう。ま、この夢見の魔法だけでどれだけの力量かを見切ることはできないが、それだけの技量を有していることは肌で感じることはできる。どれだけの人が理解しているかは分からないが。
そして、魔法の詠唱が終えると同時に、この場にいる全員の身をほんのりとした白い光が包み込む。
「…………デスペル」
その最中、ぼそっと呪文を口にしたネギ。
途端、ネギの体を包み込んでいた光だけが消え、ネイルの魔法が効力を失った。それを感じ取ったネイルは驚き、慌てて口を開こうとしたが、その寸前にネギ以外の全員の意識がイェルクの記憶の中へと入り込んでしまった。
笑みを浮かべていたイェルクも、さすがに意識の中に入り込まれたからか少し口を開けたままの状態で黙り込んだ。椅子に拘束されたままのイェルクの右太腿に、涎が零れ落ちた。
「めんどくさかったんだ」
時が止まったように固まった一団に一言残し、部屋を出た。
学校のこれからがかかっていると言ってもおかしくない事態だが、そんな大事に自ら進んで手伝おうと思うほど人が良くないネギだった。
ネイルの魔法から抜けだし一人自分の部屋へと戻ったネギは、自分の記憶の中にある幾つもの魔法の術式を思い出しながら新しい魔法を創作していた。
と言っても、ネギにしてみれば創りたいと思っている魔法系統の別な術式の一部を改竄しているだけで、子供の遊び程度にしか思っていないわけだが。
それは兎も角、今ネギが弄くっているのは、前に一度だけ使ったことのある『悪夢への誘い』だ。この魔法は指定した人に強烈な悪夢を見せるものだが、ネギは脳に働きかけるところに注目した。
悪夢を見せるのではなく、ただ意識に入り込むだけの役割を持った魔法を創り出せたら、ネイルが使った夢見の魔法のように、一度眠らせて見たい夢を確実に見るために夢見の魔法以外にも魔法を使うというまどろっこしいことはせずに、考えていること、その人の過去などを見ることができると考えたのだ。
「う〜ん……ここをこうして、ここは……こうか?」
ただ、新しい魔法を創るというのは、ネギ自身慣れているわけではないし、どれだけ魔法に関する知識を有していようとも簡単にできるわけではない。
……まあ、それでも新しい魔法は完成したが。
ただ、魔力の消費量が多すぎるなど、術式を安定させるのに少し時間がかかるなどの短所を抱えているのは、今後の課題となるが。
「校長に何も言わないで戻ってきたからな……夢見の魔法の効果が切れてからはうるさいだろうなぁ」
どたどたどたっ!!
そう呟いたとき、強化していた聴力が離れた場所から数人が勢いよくこの部屋に向かっている慌ただしい音を聞きつけた。どうやら、ネギが予想していたよりも少し早くネイルたちが動き出したようだ。それも、ネギにしてみれば厄介事を運んでくるだけだろうなんて、ネイルが聞いたら怒りそうなことを考えていた。
「はあ、面倒だってのに……バニシュ、シュル」
いつかのように透明になったネギは、前みたいにネイルの魔法でバニシュを解かれることのないよう魔法防御力を上げるバリアを自身に張り巡らせ、その場に潜伏するように息を潜める。
無造作に開けられた扉の向こう側にいたのはやはりネイルだった。
その顔は真剣そのものだが、恐らく、自分のかけた魔法を解かれそのまま帰られるとは思っていなかったのと、そんな魔法が存在するのかという驚き……またレポートに書かせるつもりなのだろう。
その両手には紙の束が握られていた。
しばらく部屋の中を見渡した後、ふと幻想破りの魔法を唱えだした。前回と同じように部屋に隠れているのではと思ったのだろうが、その対策をしていたネギの姿が現れることはなかった。
それから10秒くらい辺りを見渡したネイルは、ここにネギがいないと判断したのか、はたまた諦めたのか、渋々といった感じで部屋を出ていった。後ろにいた数人の教師たちも同じように戻っていった。
そこまで見届け、彼らの気配が部屋から大分離れたことを確認したネギは、ようやく自分にかけていた魔法を解除した。
「見られたらまずいものは全部仕舞ってるから何も見られなかったはず……てか、俺の力なんてなくたって自分でできるだろうに」
溜息を一つ吐き、今まで起きた事件の中で最も印象に残っている事が思い返された。それは、結果的にも自分の手で殺してしまったバルジェロ・ローゼルの事だ。
あの事件の後、重責が自分の肩に乗っているような感じがして精神的にかなりまいっていた。それを見たネカネの過剰とも言える心配も嫌になるほどだったが。
……まあ、それ以降、あまり自分に関する事件以外では自分から首を突っ込むようなことをしないようにしようと心の中で決意したのだ。
「そうだ……俺がここを卒業したら、十中八九麻帆良に行くんだから、教員免許に関する書籍でも……そうだな、日本だったら取り扱ってるだろうから、取り寄せでもするか」
取り敢えず今はそんな辛気臭い空気を払拭するように新しいことに取りかかろうと思う。
たまたま卒業式が延びてしまい、学校の中は今回の事件についての話で持切りとなっているが、そろそろ卒業式に伴い進級がある。その進級において、ネギは最上級生となることになっている──と、校長室で話し合っているのを盗み聞きした。所謂飛び級だ。原作のネギのような世間知らずで微妙に礼儀知らずな子供というレッテルは貼られたくはないので、しっかりと知識やらの必要なことはここで全て済ませておきたい。
「魔法使いが家電製品を使っちゃいけないなんて法律はないんだ。まずは、自分にとっても他人にとっても便利なものからこの寮に持ち込んで、黙認されるまで地道な努力でもしてみますか」
とは言え、魔法の漏洩の可能性も否定できない。
子供の安易な考えで魔法関係の文献・画像その他諸々をアップロードされては困るし、ウィルスに感染しましたなんて事になっては取り返しが付かない。
……と、ここまで考えておいてなんだが。
「さて、思ったより簡単にパソコンが手に入ったぞ」
一言、ネカネさんにパソコンが欲しいと言っただけなんだが。
……何を言っているのか分からないだろうから、詳細をここに述べておこう。
ネギの精神年齢は、肉体年齢とは全く違うどころか、ここで過ごした数年を足さなくてもネカネよりも年上だ。魂は肉体に引き摺られるという言葉があるようだが、良い大人が自分よりも幼いネカネに何かを頼むには気が引ける……と思っていたこともあってか、ネギがネカネに何か我儘を言うことは全く無いのだ。
が、それはネカネにしてみれば不満で不満で仕様がなかったのだ。自分の大好きなネギだから、と言うのも大きな理由の一つだが、まだ子供のネギが自分に甘えてくれない事を心配していたのだ。そんなネギが、初めて自分に頼みごとをしてきた! そんな感じで内心……いや、頼みごとをした瞬間分かりやすいぐらい飛び上がったネカネは、すぐにネギのお目当ての物を買って来たのだ。そして、そのパソコンが学校の寮でも使うことができるようにするためにと、様々な方面に頼み込んで電気を引いてきたのだ。
さすがに、この実行力にはほとほと感心するしかなかったネギだが、これで貸しができたと思うと、素直に喜ぶ事ができなかった(表情は取り繕って笑顔だったが)。
「さ〜て……本本、と」
さすがにインターネット上まで魔法使いの影響は出てないため、注文や取り寄せは普通にしなければならないのが面倒くさいが、これも必要なことと割り切り、カーソルをタグに合わせたところであることに気付いた。
「……そうだ、俺、金ないじゃん」
物を購入するには、それ相応の金がいる。だが、まだ10歳にもなってないネギに銀行の通帳があるわけでもないし、育児放棄をした父親は魔法世界の戦争に参加しにいっているため、この世界で使える金を残しているわけでもない。
この文面だけ見ると、かなり酷い父親なんだが。
杖売っぱらっちまうぞ!
「あ、そうだ。凛とかルヴィアとかいるんだし、サーヴァント召喚すれば良いんじゃないか?」
古代最古の英雄王と謳われているギルガメッシュは、全世界の宝具を持っているだけではなく、彼自身のスキルとして『黄金律』という、絶対に財が尽きることがない……望めば望む程の金が労せずして手に入れることができる能力がある。
まあ、他の英雄の力を借りて剣闘士みたいなことをしてもらっても良いわけだが。どうせだったら、ギルガメッシュのスキルで|楽〈らく〉して稼ぎたい。……いや、そもそも唯我独尊な節が前面に見えるものの、世界を覆いつくさんばかりの王として名を馳せているギルガメッシュがそんな馬鹿を許すはずない。
まて、小さいギルなら見下されるかもしれないが主である召喚主に逆らうなんてことはしないだろう。と推測しようが、『金ぴかよりも』なんて枕詞がどうしても付いてしまうが。
それは兎も角として、Fateに出てきた英雄を召喚するには、召喚したい英雄の遺品を集めることが必要となる。が、俺はこの世界にFateの英雄たちの遺品に当たるものが存在しているのかなんて分かるはずもない。
「ん?」
どうしたものかと悩んでいると、素材を集めに出ていたファントムが無音で部屋に戻って来た。その側には、ファントムが集めてきたのだろう素材が山を作っていた。どれもこれもが創造に欠かせないものだったため、謝辞の言葉を掛けようと口を開きかけた時、あるものに目が止まった。
「これって……鎖、か?」
どこから拾って来たのか分からないが、別段何の変哲もない鉄でできた鎖がそこにあった。
それを眺めていると、ふと、ギルガメッシュが使っていた宝具について頭の中に浮かんできた。
「天の鎖だったか」
そう言えば……素材さえあればなんでも創造することができるようだが、英雄が使っていた、それも"神を律する"という意味をもった鎖を再現することはできるのだろうか?
そんな考えが頭の中に思いあがってきた。
「やってみるか」
物は試しと、鎖を手に持って創造する準備をする。
恐らく、思っている以上に魔力を消費するかもしれないので、魔力漏れを防ぐ結界をリムに展開してもらう。ギルガメッシュの見た目は、そんじょそこらの小金持ちとは比べ物にならないぐらい金ぴかなので、鎖の表面を金色にするため、残っていた金塊を用意する。
まずは鎖の中の不純物を取りだそう、と考え、やめた。出来上がった鉄製の鎖の表面を加工するぐらいなら、最初から金製の鎖を創れば良いのだ。
ただ、そうなると問題はどうやって鎖に神性を帯びさせるかだ。
「う〜ん……」
所詮人の身でしかない自分に、そんな考えが纏まるはずもなく、今回の件は諦めるしかないと、潔く別な方法を模索することにした。
「電子精霊にハッキングさせて偽造通帳でも創るか」
精霊程度なら、精霊王などの本当に上位にあたるものでない限りは普通に召喚できるので、今回は長い目で事を進めることにした。
どたどたどた!!
と、考えを纏め、早速実行しようとしたところで、またしても慌ただしい音が聞こえてきた。今度は、ネイルの他にメルディアナの三賢も引き連れてきていた。
「まったく、あの人はまだ諦めてなかったのか、って、そうか……幻想結界がここに掛かってるんだったな」
この寮に入ることになったとき、この部屋にいるときは変わらず健康そうなネギが勉学に励む姿を見せるような結界をここに展開した。この部屋の様子を遠見の魔法でネイルが見て、この部屋にネギがいることを確認したのだろう。
……そろそろ、この部屋に結界が展開されてることに気付いても良い頃だと思うんだがなぁ。
そうこうしているうちに、音はこの部屋の近くまで来ていた。
今回は、前のようにバニシュは通用しないだろう。この魔法は知らないはずだが、何らかの対応をするだろうし。だから、今度は学んだ魔法の試用運転してみようと思う。高位魔法使い御用達、影による空間移動だ。原作ではエヴァンジェリンが、フェイト・アーウェルンクスは水を使った転移をしていたが……魔力制御が高度なだけで、複雑な術式を要さないので意外と簡単に使える。
「転移先は……遠坂さんのとこかな」
ネカネ、アーニャは怖いため、いきなり現れても驚くだろうが許してくれそうな人のところに行くことに。
その後、入れ替わるように部屋に入って来たネイルが、わずかに残っていたネギの魔力を感じて叫びに似た唸り声を洩らしたとか。そして、ネギと同じく寮にいた凛は突然ネギが現れたことに仰天して椅子から転げ落ちたとも、ここに記しておく。
◇ ◇ ◇
手をかざす。
自分が描いている姿に至ろうと魔法を唱えるが、その望みが叶うことはない。
それが分かると同時に体全体を無力感が包み込み、その想いに逆らうことなく身を委ね、座っている椅子の背もたれにしなだれる。
こうなるだろうとは予測していた。恐らく、自分の思い描く理想が叶えられることはないだろうと。しかし、それでも身に襲いかかっているこの感情に、どうしようもなく、泣いてしまいそうな自分がいることに気づき、一つ小さな笑みをこぼす。その笑みは、明らかに自嘲の色が込められていた。
「ふふ……これが、僕の至ることができない領域か。いや、才能の限界かな……」
もう一度、手をかざす。その動きはゆったりとしており、どこか散漫な動きをしていることを、彼は自覚していない。
再度同じ魔法が詠唱されるが、その効果が発揮されることなく、魔力は散り散りに霧散し、彼の希望は泡沫のように儚く消え散る……かと思われた。
「エドワードさん」
「誰だっ!」
今まで沈み込んでいたとは思えないくらいの速度でエドワードは振り返り、その声の主を睨みつけた。……自分の頭に手をかざし、魔法を唱えてうなだれている姿を見られた側とすれば、そのような気持ちを抱いても致し方無いだろう。
しかし、その顔は威嚇から驚愕へと変わる。
「あなたは!?」
「ふふ……まさか、エドワードさんがあのようなことをしていたとはね」
笑みを漏らしつつ言葉を漏らす。その様子を見ていたエドワードは憤りを感じ、突っぱねるような言葉を返す。
「ふん。みっともないと思っているのなら初めからそう言えば良いではないですか」
そんなエドワードの言葉を聞いて男性の笑みは更に大きなものとなる。さすがにこれに堪えることができないとばかりに感情を爆発させようとしたそのとき、男性が手をかざして喋り出す。
「いや、申し訳ない……今のエドワードさんの様子を見ていると昔の自分を見ているようでね」
「昔……と言うと、あなたも同じような悩みを抱えているのですか?」
「そうだよ。私だけじゃなくて、他にも数人同じ悩みを抱えている同胞を私は知っているよ」
その言葉に、エドワードは大きく目を見開いて驚いた。自分と同じような悩みを持っているものは、必ずどこかにいるはずだと自分に言い聞かせて自信を保ってきた彼にとって、この話はとても喜ばしいものだった。……世間的に見れば、本当にしょーーもない集まりなのは目を瞑ってもらいたい。
「そう……私たちは、仲間なのだよ」
「仲間……」
何故か、仲間という言葉に甘美な響きを感じることができた。
二人は、がっちりと堅く握手を交わすと、それから夜が明けるまで親睦を深め合うのだった。
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