「ちょっと、何でここにいるのよ! ってか、どうやって部屋に入ったのよ!」
凛の部屋に転移してすぐ、魔力の流れに気付いた凛は俺の方に鋭い視線を送ってきた。
何か異変が!?
とでも思い自身の攻撃手段である魔法を強化するべく宝石を構えたのだろうが、実際ここに立っているのはネギなわけで。笑いながら手を振っているネギの姿に驚いて椅子から滑り落ち、握り拳を振り回しながら怒鳴っている。
卒業式を終えたとはいえ、すべての生徒が旅立ちの準備が整っているわけではない。
ちなみに俺の場合は、影魔法を使って色んなところに色んなものを仕舞えるから問題ない。だがまあ、一般的に言えば、卒業と同時に旅立てるよう前もって準備を整えている生徒もいれば、彼女のようにいまだ部屋の整頓も済んでいない生徒もいる。
無理矢理詰め込まれ閉まりきってない洋服タンス。
床やベッドの上に散乱している洋服や書物、魔法研究用だろう器具一式。
書き損じにむしゃくしゃしたのだろう、雑な円形のオブジェとなった雑用紙。
つい、両手を右手で覆ってしまった。
……何となく想像はついてたが、ここまで荒廃していると逆に尊敬できる。
いち淑女であると公言している彼女の生活ぶりには痺れも憧れも沸いてくることは先ず無いのだが。
「ちょっと、聞いてるの!?」
いつの間にか立ち上がっていた凛に右手を掴まれた。
この部屋の模様を見られてしまったことに赤面しているのか、それともいきなり転移魔法で部屋に入り込まれたことを遺憾に思っているのか。そのどちらも的中していることには目を瞑ることとしよう。
「ごめんね。校長先生から逃げてきただけなんだ」
「校長、って……アンタ、何したのよ」
変わり身が早い。
まさか校長という単語が出てくるとは思ってなかったようで、食って掛かってきた勢いは一転、顔を引きつらせて一歩足を引いていた。
「いや、あの事件の調査手伝ってって言われたんだけど、面倒くさいって逃げたんだ」
「……そんな軽い口調で言うようなことじゃないと思うんだけど」
そんな白い目で俺を見ないでくれ。本当にだるいんだから。
当事者じゃなければ今すぐにでも替わってほしいくらいだ。俺なんかより凛とかルヴィアの方が義憤に溢れていると思うんだ。うん、素直にそう思う。
それはそうと、やっと正当な手段で校長から逃げることが出来るようになったんだから喜ばずにはいられない。
転移魔法はそこかしこに書いてあったり載ってあったりする魔法ではないため、この術式を見つけるのに時間が掛かったのだ。それが、禁書庫を漁っていたときに偶然見つけたんだから運が良いとしか言いようがない。
……嗚呼、幸運EXだったな。
とは言え、魔法体系はこの世界のものだから魔力を辿りつつ遠見の魔法で探せば、あの校長ならすぐに見つけられそうだが。
「そうだ、遠坂さんの修行先ってどこになったの?卒業証書に出るんじゃなかったっけ」
「もう出たわよ。だから今準備してたの」
と言いつつ、年頃の女の子としては物が少なすぎる部屋の中を見渡した。最低限生活に必要と思われるベッド、本棚があるだけで、他には何もない。もうほとんどの準備が済んでしまったのだろう。
未だに整頓の終わってない、どころか手すら着いてない感じが見受けられる散乱した服や書物はどうするのだろうか。
「そっか……もう行っちゃうの?」
「まだよ。お父様とお母様に挨拶してから行くから、ここを発つのは一週間後よ。なぁに? 私がいなくなると寂しいの?」
何か良いことでも思い付いたかのように目を細め聞いてくる。
……これがただの子供の言葉ならYESと言えばからかわれ、NOと言われればちょっとした癇癪を起こすのだろう。子供の考えに惑わされる俺ではない! 絶対的な自信があるかと聞かれると流石にNOと答えるが。
単純な返事で彼女を楽しませるのも変に癇癪を起されるのも面倒だから、ここは真面目にふざけることとしよう。
「そうだね……遠坂さんみたいな明るい人がいなくなると思うと、寂しくなるよ」
「そ、そうでしょ!」
本当に残念だと言わんばかりの表情を浮かべつつ、頭の中で吟味した分かりやすい言葉をゆっくりと連ねる。
頬を少し赤く染め、照れているのか恥ずかしがっているのか、俺から視線を外し、あらぬ方向を向いた。それからしばらく、俺がいることを忘れ自分の思考の中に埋もれて黙ってしまった。
……俺の言葉に何も反応が無かったのは別に構わない。いや、無くてよかったと思っている。過剰な反応をされたり、俺の言葉を否定するような事を言われたら反論せざるを得なかったからだ。それはもう、顔を真っ赤にさせるぐらいの誉め言葉で。
ネカネさんとアーニャはぐいぐい来過ぎで食指が動く動かない以前に引き気味だったからな。
しばらく沈黙が続いていたが、そう長くは続かなかった。
「……ふ、ふん! どうしてもってんなら、来年アンタが卒業するとき見に来てやらないこともないわよ」
「本当に! 嬉しいな」
俺の内心ドキドキ。
凛は顔が真っ赤で分かりやすいぐらいたじたじ。
……そこまで緊張するなら、別に無理して言わなくてもいいのに。
そんな周りから見ればほのぼのとした雰囲気を楽しんでいるとき──
「──っ!?」
──背中に氷塊が滑り込んできたような、未だかつて感じたことのない悪寒が襲ってきた。
「……?ねえ、どうしたの?」
俺の様子がおかしいことに気付いてくれたのか、凛が怪訝そうな抑揚で問いかけてきた。その間も俺は、絶え間無い悪寒に襲われ続けている。その原因が何なのかは既に知っているのだが、何故か俺が常時展開している索敵範囲内に察知することができないのが不思議で仕方ない。
そんな芸当を当たり前のようにしでかすのは……言わずもがな、ネカネ・スプリングフィールドだ。今回のそれは、今までの中で最も強い感情だ。どんだけ地獄耳。
ま、そんなもんは今に始まったことじゃないから堪えられるが。
その後、何でもないと事を有耶無耶にし、ちょっとした雑談をしてから適当な時間に切り上げた。むさいおっさんに付きまとわれていた俺にしてみれば、凛のような美少女との一時はオアシスにいるかのような楽しく、俺に安らぎを与えてくれる時間だったのだ。文句は言わせねぇ。
ネカネは……もう、諦めている。先ほども、校長が俺のことを見つけれずにいる中、どこで何を感知したのか猛烈なスピードで走ってきて「何も無かったよね!」と念を押すように何度も問いつめてきた。
気持ち悪い。この一言でフリーズしたが。
◇ ◇ ◇
それからしばらくの日数が過ぎた。
あの事件には関与したくないとばかりの逃避行を続けていた俺を、場所は分かるが見つけることができないことに対してようやく諦めたのか、執拗なまでに慌ただしく走ってくることはなくなった。
が、その間にも事件は解決の方へと向かっていたらしい。というか、解決に向かっていなければ、未だにしつこく追い回されていたのかもしれないが。
と、言うわけで、一応ここに事件の詳細を書き記しておこうと思う。
まず、メルディアナ魔法学校を退学になったイェルクが卒業式に現れ、クリフォードに襲いかかった事件。これは、オールディス家の当主が一方的ではあるが敵対関係にあるフェイダー家の長男と自分の息子を表面上友人関係として築きあげさせ、その表面下でイェルクのことを利用してフェイダー家を潰す計画を企てたのだ。
そうとは知らないイェルクはクリフォードと仲良くなり、彼の口車に乗せられるがままにルヴィアに攻撃魔法を使うという何ともバカらしい結果に陥ったわけだ。オールディス家としては、息子までその被害が被るとは思っていなかったらしく、俺の『悪夢への誘い』によるちょっとした恐慌状態になってしまったのもフェイダー家のせいである。と、強引に全ての責を擦り付けた。
そして、オールディス家の現当主であるバーナードだが、メルディアナが総力をあげて事細かに詳細を調べた結果、直接的にフェイダー家を潰そうとしてただけではなく、ローゼル家を利用してフェイダー家を潰そうとしていた。
バルジェロの妻が亡くなったのはフェイダー家のせいだという偽情報を流し、復讐に駆られたバルジェロに人操虫の書を渡し、そして、喪失感に包まれていたバルジェロは正確な判断を下すことも叶わず、バーナードの手のひらの上で踊らされたのだった。
当然、魔法を私的な理由で悪用したことと多数の犠牲を出したことにより、当主であるバーナード、その妻であるセレスト、二人の子供であるクリフォードは、魔法世界にある、日本で言うところの刑務所に収監されることになった。
これは後で分かったことだが、ネイルが保管しているロケットの、ローゼル一家が映った写真がおかしいことになってしまったのは、丁度そうなったときにイェルクにバルジェロの念が飛んだからだ……と、表向きではこうなっている。実際、本当にこんなことがあり得るのかどうかは、現在も解明が続いているらしい。
「まあ……今の俺にそんなことは関係ないんだが」
今、学校内はオールディス家の事で持切りになっていた。以前と同じように学校の掲示板に張り出された一枚の紙。そこには、クリフォード・オールディスの退学処分について記されていたからだ。
刺刃事件についての情報は学校側で頑張って抑えたらしく、すでに学校内でちらほらと耳にするまでに収まってきている。少し前までは学校中で恐慌が起きているのかと叫びたくなるほど皆が動揺を隠せずにいたからな。
そんな皆とは違い、真実を知っていたためそんなに動揺することもなかった俺は、修業課題をクリアするために旅立つ凛とルヴィアの二人に餞別として魔法発動体となる万年筆を自分で創って送っておいた。
二人ともとても嬉しそうな顔をしてくれたため、俺的には満足したのだが、当然そう至るまでにはある二人(アーニャ、ネカネ)の存在にばれないようステルス系の魔法を駆使し、警戒を掻い潜るような行動をしていた。
贈り物なんてしたと聞かれれば、私たちには何もくれないのに! と問い詰め寄ってくることが幻視できる。
凛とルヴィアがこの学校を発ってから特にすることも無く、暇を持て余していた。学生の本分に乗っ取って勉強に励む……と言っても、すでに学校の書庫にあるほとんどの本は読破してしまった身にしてみれば苦痛以外の何物でもない。
何か、新しい術式を考える……ったって、確かにそれだけの能力はあるのかもしれないが、軍部の中でも特級クラスの開発班が新しい術式を編み出すのに半年以上はかかる……なんてものを創り出すための気力は俺にはない。どう頑張っても原作で使っていた術式統合までだ。それすらかなり難しいレベルにあるのだが。
「……であるからして、ここは〜〜」
釈迦に説法だと自認している俺は自信過剰か?
今まさに授業が行われているが、馬耳東風のごとく教師の言葉が右から左へと通り抜けていく。複数のことを考えることはできるから、考えながら聞く事もできるのだが……面倒だ。
あれ? 最近、面倒くさいとしか考えてないような感じしかしないぞ?
だが、その暇な時間を利用して創り上げることができたものもある。パソコンを使い、自宅へと必要なものを取り寄せたり、それを見てさらに必要な物を採取したりと、この数日は非常に充実したものになったのは確かだと、背中でなびいている『そよかぜのマント・改』を見て思うのだった。
・そよかぜのマント
敵の攻撃をよけやすくするマント。改は、それよりもさらに強力な効果を発揮する。
……装備チートがあったって、別に良いじゃない!
メルディアナ魔法学校を震撼させた一連の事件が起きてから、早いもので約一年が経とうとしていた。
この一年の間、特にこれと言った事件が発生することもなく、穏やかな日々を送っていた。
と言っても、そんな日々を送ることができているのは生徒たちだけで、周辺地域や学校内の警備にあたっているものや、バルジェロが使った魔法の研究、それに、一家全員が刑務所逝きになってしまったオールディス家の後釜を当てるなど、その他様々な処理に当たっている大人たちは、今尚忙しい日々を送っている。
それに漏れて、もとい、校長の要請のことごとくを断り楽な生活を続けている俺だが、やっと卒業できると嬉しく思っている。
飛び級で最上級生になったのは良いのだが、俺の同級生に飛び級ができるほどの頭脳を持った子がいるわけではなかったので、数少ない友人がめっきりいなかなってしまったのだ。
それに、子供というのは素直なもので、新しく輪に入ってきた俺が自分よりも年下というのも一つの壁となっているらしく、どうしてもその輪に入れずにいるのだ。……いや、いい年したおっさんが子供たちに混じって遊ぶなんてのは苦行にも近いのだがな。
それはさておき、そんなつまらない学生生活を送っていた俺がつまらないと思うのも致し方なしと思うだろ?
唯一の友人がアーニャだぞ?
彼女の目が怖くて安心して話しかけることもできん。
ネカネ?
知らん。どっから買ってきたのか、カメラを片手に息を荒くしてたから末期だ。この一年、やけに機嫌が良くなったためどうしたんだと聞いてみると、凛とルヴィアが卒業したからだと嬉しそうに言っていたのも印象深い。
……まあ、こんな生活だったが、精神的に疲れた俺を癒してくれる存在もいる。それは、シュワルツ教授だ。
教授が所持してると言うダイオラマ魔法球に籠もったりしてるんだが、一緒に訓練したり、魔法を教わったり、食事をしたり……たまに見せるしぐさが可愛いのなんのって。
「はあ……」
なんて、過去を思い返しているのは俺がロマンチストだから、みたいなキザったらしい性格をしているからではない。確かに過去を振り返ることは大切ではあるが、有限の時を割いてまで回顧しているのは、俺が座っている椅子の左側で微笑を絶やさず見つめてくる人物から気を逸らすためである。
「うふふ」
今日、この日は俺たち最上級生の卒業式で、原作通り俺は主席で、次席はアーニャと、体面だけでも定められた道筋を通ろうとしている。校長は疲れた表情をしており、ショタの気がありすぎるネカネ……中身は全く違うものになっている。
今回は去年のように卒業式を襲撃されないよう、例年よりも警備人数を増やしているようで、学校の周辺にはどこかの軍隊では?と疑問に思ってしまうぐらいの警備班がうろついている。
ああ……そう言えば、いつだったかタカミチが校長に会いに来てたな。彼は彼で忙しい日々を送っているのか、ダンディな佇まいの中にいくらかの陰りが見受けられた。顔に出ていないのは、気による恩恵なのか。
この学校で起きた事件についてどこかで耳に挟んだらしく、"完全なる世界"云々が……と、疲れているのかちょっと違うことをぼやいていた。それから、今までの俺の素行を聞きながら引きつった笑顔で胃の辺りを手でさすっていたのが記憶に焼き付いている。今度、育毛剤の他に胃薬でも創ろうかと検討した瞬間だった。
「──卒業証書授与。この七年間よくがんばってきた。だが、これからの修業が本番だ。気を抜くでないぞ」
と、考えごとをしているうちに式は山場を迎えていたらしく、その手に卒業証書を持った校長が壇上に立っていた。そして、まず最初に呼ばれるのは──
「ネギ・スプリングフィールド君!」
「はい」
予想通り……いや、原作通りと言った方が正しいか。
気張らず、マイペースで壇上へと上がっていくと、我が叔父であるネイル・スプリングフィールドは、いつからか傍観の色が混じった双眸で俺のことを見つめていることが多くなった。今も、少しばかりその色が見られる。
……いらぬ面倒事を避けてばかりいるうちに、彼が抱いている俺の印象が大分おかしなものになっているのではなかろうか。
そんなどうしようもない考えに至ったときには、無意識のうちに受け取った卒業証書が俺の手に握られていた。
それからは、自分のメインイベントはもう終えたとばかりの態度で他のことには目もくれずにいたのだが、それがいけなかったらしい。卒業式が終えた後で、講堂の大きな扉を遮るようにアーニャが立っていたからだ。
その頬が、初代ポケモンのラッタのように大きく膨れているのが面白く、しばらく眺めていたいと思ったが、俺の後ろを確保したと言わんばかりの笑顔で見下ろすネカネの姿を視界の端に捉えてしまった。年頃の乙女である二人に抱く感想として……前門の虎、後門の狼だというのは、幾ばくも間違っていないと思えるのは俺だけか?
「修業の地はどこだったの?」
「ネギ、何て書いてあった? 私はロンドンで占い師よ」
順にネカネ、アーニャだ。
いや、何故に俺を挟むように……じりじり近づいてきているのは、俺の逃げ場を封じ込めるためだろうか。後生だから、一刻も早く証書に修業内容が浮き上がってほしいものだ。世間的に危ない二人にサンドイッチにされるなんてのは、俺の貞操的にも危ない。
「お……」
残り数秒といったところだろうか。まもなく卸されたハムのように、人間から具材へと転職する寸前で、幻想を打ち砕くほのかな閃光が辺りをほとばしった。……分かりやすいぐらい、残念そうな表情をするな。
「ええぇぇぇぇぇっ!?」
後ろから大音量が響いてきた。ちょうど修業内容が見える位置にいたのだろうが、もう少し俺の耳の存在を確かめてからにしてくれ。
と、顔をしかめていたところを狙ったかのようにネカネが脇に手を滑り込ませ、俺を抱える格好で走り出した。その際、一流魔法使い顔負けの重力操作や身体能力強化系の魔法を使ったときは、もっとまともな人生を歩んでくださいとしか思えなかった。
だが、あらん限りの力を以て走りながら臭いを嗅ぐのは止めていただきたい。
そして場所は校長室へと変わる。
「こ、校長、『先生』ってどーゆーことですか!?」
「ほう……『先生』か……」
ネカネの悲痛な叫びが木霊する。まさに心からの叫びだと感じるのは、その切羽詰まったような絶望を隠し切れていないような表情から読み取れるのだが、そんなに俺がここから巣立つのは嫌なのだろうか?
アーニャもアーニャで目が据わってるし……どこでその藁人形を手に入れたのか、その経路を大人に伝えような?
魔法が使えるから、君がそんなの持ってたら怖いんだ。それを見た校長が冷や汗を垂らしながらたじろいでいる。
「何かのマチガイに違いありません! それに、ネギがいなくなってしまったら、私はどうやって自分を慰めていけばいいのですかっ!?」
「そうですよ! それに、ネギに変な虫が付いちゃったらどうするんですか!?」
……ネカネは頭の中がピンク色だろ?
アーニャは昼ドラの見すぎじゃないか? 完全にドロドロの設定じゃないか、彼女の頭の中だと。
てか、俺の門出ぐらいは普通に祝ってほしかった。
「しかし、卒業証書にそう書いてあるのなら決まったことじゃ。立派な魔法使いになるためには、がんばって修業してくるしかないのう」
スルーですね、分かります。
でも、後で二人から大変なことをされると思いますが、頑張って生きてください。怨念が籠った視線を受けながら話を進めようとしている校長の姿は、どこか戦場に赴く兵士……死亡フラグを幾つか立ててしまった者の姿を彷彿させる。
「安心せい。修業先の学園長は儂の友人じゃから……ネギ、どんなに腹立たしい奴だと思ってもしっかり我慢するんじゃぞ?」
大丈夫、だと思うが安心できない。
俺は俺で爆発物取扱注意みたいなことになってるのかもしれんが、それを否定できるだけの判断材料がない。それどころか肯定できる物しか。
初っ端からぬらりひょんジョークを飛ばしてくるようであれば、まあ、素直に実力行使をさせていただくことになるとは思う。原作通りに明日菜と木乃香の二人と同じ部屋になると思うなよ!
「まあ、僕は大丈夫だと思いますけど……」
「けど?」
「校長は、これからのことを考えておいた方がよろしいのではないかと、若輩の身ながらに提言させてもらいます」
「……そんなこと、ネギに言われなくとも分かっておるわい」
一瞬目を見開いたネイルは、何にも無かったように振舞った。決してネカネとアーニャの二人が視界に入らないよう顔を背けていたのは、ただ問題を先送りにしているだけに過ぎないぞ?
ま、二人の意識が校長先生に向いてるうちにさっさとメルディアナから出ていく準備でもしますか。
◇ ◇ ◇
薄暗い部屋の中。
誰も入ることが出来ないよう厳重に掛けられた鍵、ぼんやりと浮かんでいる光源に照らされ一つの影が伸びている。
「増えた……」
男は歓喜に振るえ、呟いた。
全身を映し出す姿見鏡に、指紋が付くことも厭わず両手で掴んでいる。
興奮冷めやらぬその吐息が、鏡を白く暈すが、それすら気にせず見つめる個所はただ一点。
「増えてる……」
昂ぶる感情に震える手で、その感触を確かめる。
それは、常人では分かりずらいほんの少しの違いではあったが、待ち望んでいたものの期待が大きかった分彼にしてみれば分かりやすいものだった。
何年、この想いを抱いてきたか。
何度、諦めようかと挫折しかけたことか。
だが、長年胸中に秘め続けてきたこの想いがようやく叶ったのだ。
「僕の髪の毛がようやく、ようやく増えたんだ!」
身体全体で喜びを表現しているのは、メルディアナ魔法学校でも異端な会に属しているエドワードだ。その会がなんと言う会合なのかは、彼のコンプレックスにも関わってくるので……と思ったが、これでは言ったも同然なので説明しよう。
『つるっ禿の会』だ。
「だけど……これは、誰が僕の机の上に置いていったんだ?」
誰の手も頼らずに、自分の手だけでこの悩みを超えようと考えていた時期もあったエドワードの手には、『育毛剤DX・改』が握られていた。
後書き
これにて第一章は終了です。
最後の一話を投稿するのにどれだけ時間掛けてんだ! と憤慨されている方、申し訳ねえだす。
ではでは、次は第二章の方でお会いしましょう。
今後とも、よろしくお願いします。
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