この世界に憑依と言う形でだが生を謳歌している私ことネギ・スプリングフィールドは、空港に降り立った。
のだが……従妹のネカネ・スプリングフィールドに見送られ……いや、逃げるように航空機に搭乗した。
鬼気迫るような表情をしたネカネさんと号泣するアーニャに捕まったら最後と、背中に氷の塊を放り込まれたような感覚が襲い掛かってきたからだ。
そも、そんな感情を露わにしている二人に見送られた場所は空港である。
他の利用者たちの雰囲気ときたら、もう恥ずかしくてたまらなく、逃げるように足早にイギリスを発った。
その際、後ろから聞こえてきた叫び声と近くの利用者たちの忍び笑いに顔を覆ってしまった。
「疲れた……いや、まだ疲れる」
飛行機に乗るまでに体力を消費し、搭乗した後でも疲れる。
さすがに英雄の息子である。本人たちは隠しているつもりなんだろうが、ネギを護衛するための魔法使いや武術家が近くに乗り込んでいる。
実際にそれっぽいものを持っている人を見かけたときは疲れからかつい言葉に出そうになったが、杖っぽい物やらそれなりに魔力の込められてる物やら。どう考えてもソチラ側の人間ですってのを証明しているとしか思えない。
まあ、俺の人柄をどう思ってるのかも分からないし、子供だと思って油断しているのか。それとも自分は護衛だと分かるような処置としてそんな物を持ち歩いているのかは把握できないが、位置が分かるってのは正直ありがたい。
……もしかしたらまったく関係の無い一般人かモグリの魔法使いとかかもしれないが。
何か不測の事態が起きたとき、面倒臭いから全部その人たちに任せてしまおう。何とかなってしまうかもしれないな。
と、まあ、周りの事を考えるのは良いが、いまだに空席となっている隣の席がすごく気になる。
聞いた話だと、昨今では日本のイメージが大分上昇しているらしく、今まさにイギリスを出航しようとしているこの飛行機もほぼ満席だとか。
じゃあ俺の隣、と言うか『英雄の息子』の隣の席に座ることができる人は?
て事を考えると、日本の総理大臣じゃないがそれなり以上の実力を持ったSPが隣に座ることになるのは当然のことだと思うわけですよ。
日英友好関係云々とかは表向きの話だが、もしここで俺に何かあった場合魔法使い的には大損害を被ってしまうんじゃないかと考える人の方が圧倒的数を占めているのですよ。……本当の性格や実力をそれなりに知っている人以外は。
校長とか凛、ルヴィア辺りは仕掛けた側を心配するんじゃないかな?
俺は俺で勝手に逃げ出せるから良いんだけれど、ネカネさんやアーニャの事も考えるとそうでもないだろうし。
まあ、状況的に逃げれたとしても、将来の事とかを考えると乗客全員の命の事を考えて動いた方が良いような気はするんだけどね。
「失礼します」
「はい……!?」
今時子供に対して丁寧な人だなと思いつつ声を掛けられた方を見ると、そこにいたのはバゼット・フラガ・マクロミッツだった。
彼女は、Fateの世界の登場人物だが、第五次聖杯戦争のために魔術教会から派遣された武闘家の魔術師だ。
それも封印指定の執行者として活動するほどの実力者であり、時速80kmの拳を放つ人間離れした女性である。ちなみに、プロボクサーの拳でも40kmである。
しかも生身の人間が宝具を使えるという点を考慮しなくても、気持ち悪いぐらいの性能だ。
けど、おろしたばかりの様に見えるピシッとしたスーツに、紫色のショートの髪。
普段から鍛えているからであろう、出るべきどころは出ているがそれ以外の場所は締まっている。
一人の女性としても戦闘者としても完成された肉体をしていると言えよう。
それにしても……魔法学校に凛とルヴィアがいたし、この人もどこかにいるんだろうなぁとは思ったが、まさかこんなところで出会うとは。
果たしてこの人は何の目的でここに来たんだろうか?
「あの」
席に着いて一息ついている彼女に揺さぶりを掛けてみることにした。
「なんですか?」
「僕、飛行機に乗るの初めてなんです!」
「は、はぁ……」
いきなりの会話に戸惑いを隠せていない。
子供にしか見えない、事前に情報は行ってると思うが年齢も子供であるネギにどう対処すればいいのか分からないのだろう。
融通の利かない性格をしている彼女の事を考えると確かにと思えるが、そろそろ子供に対して母性を抱かなくともそれぐらいの気持ちを持つようになっても良いんじゃなかろうか?
たとえ本人が前にいなくともとてもじゃないが口にできないが。
「この浮遊感もあまり人為的なものじゃないせいで慣れなくて……」
困った表情を作り、同じように本当に困った表情を浮かべているバゼットに話しかける。
それも、あくまで彼女が普通に会話できるようなものを。
一瞬、驚いたような表情を浮かべた彼女だったが、すぐに言葉を返してきた。
「む……そうですね、確かに私もその感覚は未だに慣れません」
「良かったぁ! 僕と同じように思ってる人がいて」
困惑する彼女の顔を堪能するのも良いが、あまり時間があるわけではないので、すぐに本題を切り出すとしよう。
「あの、僕の護衛は貴女を含めて4人ですか?」
「――ッ!?」
急に彼女の雰囲気が変わった。
と思っているのは俺だけじゃないはずだ。この一瞬、彼女がどんな言葉を返そうかと悩み伏し目がちになった時を狙って認識阻害の簡易結界を展開。
周囲の人には他愛無い日常会話をしているように聞こえるようにし、内密に話すような感じで話を切り出した。
まぁ、俺の雰囲気と言うよりも、詠唱もなしにいきなり結界が身を覆ったことに反応したような感じだったが。
別に、魔法を使うのに魔法使い然としたローブ姿でなければならないという限定はないわけで、この飛行機に乗っている魔法使いたちもまた一般人に紛れている。
かく言う俺も最低限必要なものだけを身に着けているだけで、向こうで必要になりそうなもののほとんどは郵送している。漫画の冒頭でネギが背負っていたようなでかいリュックは所持品の中にすらない。
「ああ、これは認識阻害の結界なので、ここでの会話は他愛無い話です。何も気にすることなく話してくださって大丈夫ですよ」
「……これは、貴方が?」
「ええ。さすがにこんな話を周りに聞かれるのはまずいですし、周囲で待機してる方々には申し訳ないので」
「そう、ですか」
幾分か冷静になったのか、状況を確認すべく周囲の確認をし始めた。
校長に雇われたのか、それとも恩着せがましく情報を掴んだどこかの誰かが送り込んできたのか。
そんな事を考えてもどうしようもないことはよく理解しているのだが、どうしても想像を膨らましてしまう。
もしこれで、どこの誰とも知らない組織が手を伸ばしてきているのなら面白いのにとか考えてしまうから。それが、Fate関連の組織であれば尚更に。
「ところで、今貴方は4人と仰いましたが、正確には3人です」
「おや? 護衛の人が対象の子供に正直に情報を流してくれるとは思いませんでした」
「いえ、貴方は普通の子供とは違うようですし、ネイル殿が仰っていたことは半信半疑でしたが……」
「ああ、思った通りあの人が」
心配性なのか、それとも何か考えがあってのことなのか。
けど、魔法学校でそれなりに実力と性格を披露してきたから今更あの人が俺に対して心配をしてくるってのもむず痒いというか、あの人が露骨に変な顔をしそうだ。
ただまぁ、ネカネさんに教習されそうになったからとかなんとかって理由ならまぁ、納得するしかない。ネギの事になるとすぐ盲目になるんだから……それがあの人の玉に瑕ってとこだね。
なんて、完全に他人事で言ってるのはあの居にくい重圧から解放された嬉しさから出たものである。
「けど、可笑しいですね」
「え? 何がおかしいんですか」
「いえ、僕の見立てだと確かに4人はいるはずなんで……モグリかな」
顎の下に手をあてる。
そも、まるでおかしいかのように。
「大丈夫ですよ。もし何かが起きたとしても、私たちはそれに対応するために貴方の護衛になっているのですから」
「まぁ、そう言ってもらえるとすごく安心できるんですけど――
そこまで言ったところで、自分たちが座っている座席よりも後方で一人の男性が立ち上がった。
勿体ぶった様なモーションで振り上げた右手には誰が見てもすぐに理解できる物、銃を握り締めていた。
『動くんじゃねぇ!』
この場でこんな状況。
となると、まぁ……導き出される答えはただ一つ。ハイジャックに巻き込まれてしまったわけだ。
――あれをどうにかしないとまずいですよ?」
小さく、魔法発動体も持ってるみたいですよと口添えをしてやると、露骨に面倒だという表情を浮かべた。
周囲の乗客が恐怖の感情に占められている中、平然と静かな微笑みを浮かべているネギの存在は、バゼットにとっては有難いものだった。
子供は子供らしくなんて言うが、この状況下で子供の様に喚かれた方がバゼットにとっては傍迷惑だった。
だが、それにしても……少し位子供らしく体を震わせても良いだろうにと思わないでもない。それも、冷静にハイジャックをしようと立ち上がった男性の装備品まで確認している。
(この子は……まるで掴めないですね)
護衛として話を貰ったときは子供? なんて思ったりもした。
他に二人の護衛とも顔合わせをしたが、自分よりも手練れとは到底思えないような――と言ってはあの二人には申し訳ないと思うが、一般的な魔法使いレベルでしかない彼らであれば、この拳一つで蹴散らすこともできる程度だ。
しかし、魔法使いの利点はその魔法にある。
敵に潜り込まれないよう前線で敵を引き付けておけばそれなりに動いてはくれるだろうなんて。
いざとなれば自分だけでもこの子を戦線から抱きかかえて逃げ出そう。
そんな事を考えていたが、さすがは英雄の息子と言うべきだろうか。
まるで最初からこちらの戦力を分かっているかのような口ぶりから始まり、今となっては恐怖で頭を抱えている乗客と同じように頭を隠して笑っている。
気が狂ったように見えなくもないが、この子の場合、そんな事はないのだろう。
あんな見事な結界を展開するほどだ。この状況ですらすぐに解決できるのではないだろうか?
「まあ、このままあの男性の様子を観察し続けるのも面白そうですけど、他のお客さん方も可哀想なので……そうだ、バゼットさん」
「はい? ……待ってください、私はまだ名乗ってません」
「それは後で話しましょう。僕が3つカウントしたら男性に駆け寄ってください」
「えっ」
「それでは……1、2――3」
一瞬、魔力の迸りを感じたような気がする。
しかし、それはこの子を見続けていなければ分からないほど小さな揺らぎだった。
ここまで完璧に魔力のコントロールができるほどの実力を持っているのなら、これから成長していくであろう将来が楽しみだ。
「……?」
ネギが3と言った瞬間、銃を上に向けていた男性は急に力を失くし横に倒れた。
ハッとなり隣を見ると、早く行けと言わんばかりに手を動かしているネギがいた。
男性に素早く駆け寄り手に持っていた銃を取り上げ、様子を窺った。
……ただ単に深い眠りに落ちているようだ。これなら、この状況だと疑問よりも安心感が先立つだろう。その証拠に、恐怖の一時を振りまいた男性の両手を紐で縛り上げると歓声が沸き上がった。
この手柄はあそこにいる少年のものだと言いたいが、そんな事を信じるような人はここにはいない。
そもそも、あんな錬度の魔法をまるで自在に操っていたと魔法関係者に言っても信じてくれる人は少ないだろう。
あまり目立つことが好きではない私は、笑顔で拍手を送ってくるあの子をただ恨めし気に見やることしかできなかった。
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