呆然と眼前のある物を見やる。
次いで、流し目で隣にいるバゼットの表情を見上げ、似たような反応を見せている。
同じような反応をする俺たちを見て苦笑しているタカミチにイラッとしてしまう。
「ふぉふぉふぉ」
こんな漫画みたいな笑い方……ここまで来ると呻き声に聞こえるが、実際に耳にすることになるとは思ってもなかった。
そして何よりも一番に目に付くのが学園長のご立派な後頭部だ。
一般的な人間の構造ではありえないほど上部へ後方へと伸びているその後頭部が、まるでぬらりひょんのように見せている。
なのに麻帆良学園で七不思議の一つとなっていないのは認識阻害のおかげなのだろう。まぁ、確かに世界中を探せばこんな頭の形をした人がいるかもしれないというのは否定できないが。
……しかし、どこからどう見ても立派にぬらりひょんだ。いや、そう思うと笑えて来てしまうが、こんなところで笑っても失礼なだけなのでなんとか堪える。
さて、少し真面目な方に話を変えよう。
そもそもハイジャック事件に巻き込まれる切っ掛けになったのは、原作同様三学期が始まってからでは対外的によろしくないと判断したからだ。
その辺りは向こうの校長に上申して日本に来る日を早めてもらったのだ。
勿論そこでMMからの妨害もあったらしいが、そこで話し合った結果出た妥協案として採用されたのが、MMとのつながりが強い団体から魔法使い、護衛を派遣し同行させることだった。
それが今回の結果となってしまったことを考えると、内通者が飛行機で出発する日をハイジャック担当者に話を通したのだろう。
と、まあ、こんな話は本来上の方々がするのだろうが、実際に標的にされていると思われる本人が事実を知らなくてどうすんだ! とネイルに強く言って情報を流してもらった。現在進行形で情報は流れてきている。
さすがに当日誰が護衛として来るとかまでは分からなかったようだが、バゼットにはこの理由で納得してもらおう。
あまりに深く聞いてくるようなら後ろにネイルがいるよぉと言ってやろう。それで静かになってくれるだろう。
「ネギ君、それとバゼット君だったか。長旅、そして突然のアクシデントにも負けずにようここまで来てくれた。本当にお疲れさまじゃった」
ほぼ呆然としたままだったが、そんな反応には慣れているのかこちらの反応を気にすることなく話し出した。
「いえ、私は自分の責務を果たしたまでなので」
かすかに眉を顰めつつも、学園長の労いに言葉を返す。
正直な人だから、本当のところは自分は何もしていませんとか答えたかったんだろう。
「うむ。本当にありがとう」
蚊帳の外にいるような気がするのは気のせいじゃない。
そもそも子供のままでこの会話の対象にネギが入っているとは思ってないし、麻帆良には俺じゃなくてバゼットが飛行機の一件を片付けてくれたことになっている。
その間、俺はゆっくりと人体の神秘……学園長の後頭部に注視しておこう。
ひとしきりバゼットとの会話を楽しんだであろう爺は少し嬉しそうな表情を浮かべながらこっちに視線を向けた。
……と考えているのは単に女子中等部にある学園長室に居座る学園長への皮肉でもなんでもない。本当にそう見えるのだから仕様がない。
「ところでネギ君……道中、思ってもなかったアクシデントに遭ってしまって疲れているじゃろう。今日のところはしずな君のところでゆっくりと休むといい」
「しずな君?」
おそらく原作に登場した源しずなさんの事だろうが、もちろんここでは知らないので名前を聞き返す。
麻帆良に到着した時期は原作よりも早いが、もし原作通りに爺が考えていたとすれば、このまま神楽坂明日菜と近衛木乃香の二人と同室になるようにと言われていたかもしれない。
いや、今は取りあえずしずなさんの所に泊めておいて、後で部屋を映るように言うに違いない。
――コンコンと木製の扉をノックする音が振動した。
「失礼します」
と、その本人が入ってきた。
いつの間に連絡しておいたんだと聞いてみたいが、しずなさんを見て思わず黙ってしまった。
今まで近くにいた女性の性癖……と言ってはおかしいかもしれないが、いや、もう何が可笑しいのかって全部可笑しいと思う。
つまり何が言いたいのかと。
「初めまして、源しずなと言います。よろしくね、ネギ君」
あまりに今までの女性のインパクトが強すぎて、積極的に話しかけることができなくなってしまったのだ。
だから、視線を合わせるように屈んで握手しようとして来るしずなさんに対しても、少し気後れしてしまう。この金髪が、ウェールズにいるであろうネカネさんをどうしても彷彿させる。
……いや、しずなさんが悪いわけじゃないんだけどね?
「よろしくお願いします」
顔が引き攣ってないか不安だが、とりあえず差し出された手を取り、挨拶を返す。
――部屋の中にいる大人たち全員が安堵の表情を浮かべる。それはまるで、全てを拒絶してしまった子供が心を開いた事を喜ぶように。
かなり大袈裟かもしれないが、少なくとも学園長はそう見ていた。
(ネギ君の故郷は、彼が物心がつくぐらいの時に襲撃された。当時村にいたとも聞いている。妙に大人びているのは、そのせいかもしれん……じゃが、だからこそ儂らがこの子を守らねばならん。彼にはつらい道になるかもしれんが、何とか儂等でこの子を……そうじゃろ? ナギ)
盛大に勘違いしている学園長だが、それもまたネギにとって一つの試練となるのだった。
「それで、ネギ君のこれからについてじゃが、しずな君の所に泊めてもらってくれい」
「……っ!?」
危うく声をあげるところだった。
ここで彼女を呼んだってことはまさかとは思っていたが、本当に彼女の部屋に泊まることになるとは。
もしや明日菜と木乃香の所に? なんて思っていたが、これはこれで大変だ。
原作を見た限りだとしずなさんが魔法に関わっているなんて表記はなかった。知っているのは、タカミチがしずなさんをデートに誘おうとして明日菜に大層なショックを与えていたことだけ。
全くもって要らない情報だ。どうせならもう少しましな情報をよこせってんだ。
だが、最初から秘書のように登場している彼女のことを考えると、もしかすれば魔法関係の事を知っているのではないかと思ってしまう。
今この学園長が何を考えているのかは分からないが、原作では元より魔法がばれることを想定しての同室だったから、今回も何か考えがあるのだろう。
それに、漫画を見てて思ってたほど老獪な事を張り巡らせてなさそうだし。
まぁ、考えを巡らせたところで実際に起きることは予測できないからなぁ、ある程度は状況に流されてみることにしよう。
「ネギ君、こっちよ」
しずなさんに促されるままについて行く。
学園長室には真っ直ぐ向かったから、ここに来るまでにそこまで見て回ることは出来なかったが、今はしずなさんがそれなりに紹介してくれる。
聞いたところ、しずなさんの宿舎に向かっているとのことだったが、その前に少し歩こうとのことだった。
ちなみに今、バゼットさんは学園長とタカミチの二人と話をしている。
リムに潜り込ませて話を聞いたが、どうやらここに残って警備員として働くらしい。これも世界が主要な人物が集まるように働きかけているのだろうか。
「あ、しずなさん」
「ほんまやぁ」
「あら、神楽坂さんに近衛さん、こんにちは」
(ん?)
聞き覚えのある声に、独特なイントネーションの発音。目を向けたところにいたのは、あの二人だった。
「しずなさん、この子どうしたんですか?」
いつの間にか話が進んでいたようで、二人が近くまで寄ってきてこっちを怪訝そうな表情で見ていた。
「この子はね、今度からあなたたちのクラスの担任になるのよ」
「……えぇっ!?」
「ほんまに?」
明日菜が非常に驚いているが、これが普通の反応だ。普通、年下にしか見えない外国人……それも子供にしか見えない奴が教師になるなんてな。
「ち、ちなみに歳は?」
恐る恐ると言った感じに明日菜が尋ねてきた。これには俺が答えよう。
「今年10歳になります」
「じゅ、じゅっさい……」
「日本語上手やなぁ」
明日菜が崩れ落ちた。普通に話しかけてくる木乃香と話をしていると、明日菜が唐突に顔を上げた。
「じゃ、じゃあ、タカミ……高畑先生はどうなるんですか!?」
「高畑先生はしばらく出張でいなくなってしまうの。その代りにネギ先生が貴方たちの担任を勤めてくれるわ」
「なん……だと……」
よほどショックなのだろう。崩れ落ちたと言うよりも白い灰になっているみたいだ。
予測はできていたけれども、実際に自分の目で見ると可哀想になってしまう。大人の事情に女生徒の恋心を挟むことはできないけども。
あらあらなんて呟くしずなさんに、困ったような表情を浮かべる木乃香、当然目の前に立ってる俺の事なんかどこ吹く風。まったく気にする様子も見せずに項垂れている明日菜。
いくら人通りが少ないと言っても、ここは一応人が行き交う場所。
まだ麻帆良に着いたばかりの俺を見物に、少なからず魔法関係者が遠見の魔法でこちらの様子を窺っているんだが……明日菜にそのことを話したら余計落ち込むに違いない。
「あああ、あんたなんか、認めないんだからねっ!」
「あ、明日菜ぁ、待ってぇなぁ!」
勢いよく立ち上がった彼女は、ビシィッと指を指して反転。土煙を起こさんばかりのスピード感で立ち去って行った。
木乃香はすぐに明日菜の事を追わず、一礼してから明日菜を追いかけていった。
まさに嵐のような一時だった。
「あまり彼女たちの事を悪く思わないであげてね。本当は優しい子たちだから」
そう言いながら苦笑するしずなさんに了承の返事を返す。
大体こうなるだろうと思ってたことと、彼女の心情を理解できるだけの精神年齢だということもあって、内心では俺も苦笑していた。
それが、しずなさん……強いては様子を窺っていた他の魔法関係者にどう思われることになるかは、今の俺には知る由もなかった。
(煩悩退散!)
どうしようもない。
何故こんなことになっているのだろうか。
大人たちの誘惑とは関係なく子供の私は大人になっていくのか……いや、これも近右衛門の陰謀に違いないぃががが。
「どお? 気持ちいいかしら」
「ハイ、トッテモ」
昔懐かしい青色のキャップを被り、柔らかい手がワシャワシャと白い泡をたてながら不規則な動きをする。
凝りにくい子供の躰でもこのマッサージは気持ちいい。
しかしである。
何故、この年(精神的に)にもなって大人の女性とお風呂に入ることになるなんて。
絶対にあの二人には言えない……正気の沙汰じゃない。地獄の門が開いてしまう。
だがしかし! 風呂嫌いでも何でもない俺にしてみればこれはご褒美! ふはははは!!
まぁ、実際にそんな気持ちを抱いても緊張してガチガチになってるだけなんだが。恥ずかしくてしずなさんの方なんて見れないし。
だが、その時である。
――ネギ、覚えておきなさいよ。今度は私が――
特大級の悪寒が襲い掛かってきたのは。
「ぬぁっ!?」
「え、ど、どうしたのネギ君」
「あ、いえ……なんでもないです」
何とか平静を取り繕うが、いまだにしずなさんは怪訝そうな表情を浮かべて……って、だから俺はそっちは恥ずかしくて見れないんだって!
てか、風呂に入ってるのにこの寒気……ここまで来たら一種の呪いだ!
日本にきてまでネカネさんの嫉妬深さに苛まされることになるとは全く思ってもなかったネギであった。
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