I am the bone of my sword.
──体は剣で出来ている──

Steel is my,and fire is my blood.
──血潮は鉄で、心は硝子──

I have created over a thousand blades.
──幾たびの戦場を越えて不敗──

Unknown to Death.
──ただの一度も敗走はなく──

Nor known to Life.
──ただの一度も理解されない──

Have withstood pain to create many weapons.
──彼の者は常に独り剣の丘で勝利に酔う──

Yet,those hands will never hold anything.
──故に、その生涯に意味はなく──

So as I pray,Unlimited Blade Works.
──その体は、きっと剣で出来ていた──




 ふと、呟きが聞こえたような気がした。



 ──夢を見ている。
 たまに自分で夢を見ているって、感覚的に理解できるときがある。それが今だ。

 見たことのない人に行ったことのない土地。
 夢だというのに、まるで自分が見て感じて、経験してきたかのようなリアルな映像。まるで自分の体の一部に感じるその手は、確かに自分の手ではなかった。
 黄色人種特有の肌は浅黒く、元々日本人としては珍しい赤茶けた髪はいくらかくすんだ白髪に。まったく異なる容姿にも関わらず、夢を見ているとは思えないほどもう一人の"自分"に感じる。

 ──この胸を占める空虚はなんだろうか……?

 ただ只管(ひたすら)にその人物は駆けていた。
 目に見える全ての人を救おうと、ただそれだけを目的にありとあらゆる戦場を縦横無尽に駆けめぐる。
 対価も要求せずに、ただただ目の前の救える命を拾っていく。まるでそれが存在意義だとでも言わんばかりに。

 ──現実は残酷だ。

 いつしかその手は、想いは、より効率的な(・・・・)ものへと塗り変わっていく。
 一を切り捨て、九を救う。
 最大限(・・・)救えるだけの人を、最小限(・・・)の犠牲で済むように。そこには老いも若きも、男も女も……善と悪ですら関係なく、彼の目の前(想い)にあっては平等な命でしかなかった。

 ──記憶が磨耗する。

 たくさんの人を■してきた。
 より多くの民衆を救わんがために。
 親父が夢見た正義の味方になるために。どんな手段も厭わなかった。
 そんな俺でも、最初は良かったのかもしれない。救った人にとっての英雄になり得ていただけ歓迎もされたし、そんな気持ちが嬉しかった。
 しかし、報酬を受け取りもせずに淡々と作業をこなすかのように人を■して……
 次第に俺を不気味なモノを見るようになる。
 ついには恨みの籠もった視線で見てきては暴言を吐いていく。
 想いが掌から零れ落ちていく。どれだけの命をこの手で救えることができただろうか。
 わからない……わからない……視界がただ黒くクロク染まっていく。

 ――…………

 どこか遠くから言葉が聞こえる。
 黒髪碧眼、真っ赤な服をまとった少女。紫色がかった髪に優しそうな瞳の少女。そして、凛とした空気をまとい、ブロンドの髪を後ろで結い上げた少女の声が。
 それでも()は止まらない。止まれない。
 怨嗟の声が聞こえてくる。幾人幾百に紡がれた言葉は木霊していき、少女たちの声をかき消してしまう。
 現実に直面して摩耗した精神と、限界まで酷使され擦り切られた肉体に小さく溜息をもらす。すり切れてしまった記憶で、もう顔すらぼんやりしてしまった遠い遠い日常の中の誰かに怒られてしまうと。
 一歩、また一歩。ゆっくりと、それでいて確実に絞首台を登っていく。
 誰もが憎しみの籠もった目で『■ね』と訴えてくる。
 あまりに直情的、あまりに短絡的な言葉たちに口角を少しばかり吊り上げ、ニヒルな笑みを浮かべる。
 首に輪縄がかけられる。両手は後ろで縛られている。
 いや……そもそも、俺に抗おうとする意思なんてあっただろうか。

 ――これが正しい人生だったのかなんて、俺にはもう……

 落とし戸が外される。重力に従って落ちる体、数瞬後首が絞められる。
 強い衝撃が首に伝わり、骨が折れた鈍い音が聞こえた。見開かれた双眸は何も映していない。
 遠のいていく意識。
 五感のすべてがぼやけていく。
 民衆の怨嗟も、首を貫くような痛覚も……すべてが消えていく。

 ――俺は、誰かを救えたのか……?

 ゆっくりと、ゆっくりと閉じられていく瞼。
 ごちゃまぜの記憶達が薄れていく……――






 ――はぁっ!? はぁ、はぁ……はぁぁ」

 意識が浮上する。変わらず薄暗い部屋の中、あまりにもリアルな感覚に、思わず首を擦ってしまう。
 最初から最後まで、その全てを夢だと理解していたにも関わらず未だに震える手を握り締め、歯を食いしばる。

(あんな……あんな事があって良いわけがないッ!!)

 見たことのない一人の男性の物語。その終幕に、士郎は憤怒する。
 握り締められた手は白くなり、口からはギリリと歯軋りが。

 ――カラ

 突然聞こえてきたその音にハッとする。

「そう言えば、俺って……っ!?」

 ここで倒れていた理由を思い出し、慌てて周りを見渡す。
 あの黒いナニかに襲われて、頭から一飲みに……
 ゾワッと背筋を駆けあがる感覚に、思わず体が震える。そして、右手に当たる硬い感触。バッと自分の右手に当たった何かに目を向け、眉をしかめる。
 大体85cmくらいだろうか。真っ直ぐな棒のようなもので、出っ張った部分に手が当たったらしい。
 真ん中あたりに何か文字らしきものが書いてあるが、薄暗いせいもあって文字として認識することができなかった。
 しかし、士郎にはそれが()であることだけは一瞬で理解していた。

「なんだ、これ……こんなのここにあったか?」

 見たことはある。確か、前に家族で旅行に行った際、宝物館かどこかで目にしたはず。
 でも、何故ここにこの剣があるのか把握することは出来なかった。

布都御魂(ふつのみたま)……」

 鞘から刀身を抜き柄を握って持ち上げる。
 埃が舞う薄暗い部屋の中でも失われない輝きに、思わず目が奪われた。
 その刀身に感じる温もりに安心している自分が、確かにそこにあったのを、このときの俺は理解することができなかった。







 見つからない。
 あれからもう一週間(・・・)も経つにも関わらず、衛宮士郎に関する情報は一切出てこない。
 麻帆良の裏では魔法関係者が隅から隅まで士郎の事を捜していた。
 麻帆良に通う生徒の一人を誘拐されて黙って指をくわえているわけにはいかない。それは紛れもなく学園長の本心であった。

「さて……どうなっているんですか?」
「いや、その……」

 そんな学園長は今、紛れもなく危機に直面していた。
 肌を刺す感覚がするほどの殺気。視線に乗せられたそれに、つぅっと冷や汗が垂れる。
 かつて、その実力と在り方から『魔法使い殺し』と呼ばれ、今でも忌み嫌う人が多く存在する人物。
 衛宮切嗣。それが彼の名だ。

 妻を持った彼は、かつて見せた非情なまでの冷酷さを仕舞い、普段は一般人と変わらないぐらいの一人の男性として過ごしていた。
 魔法世界で起きた大戦で見せた彼の実力、そしてやり口を気に入らない者が多く、周囲の者を振るいあがらせるだけの実力を秘めながらも立派な魔法使い(マギステル・マギ)にならなかった。

 そんな彼が何故こうして学園長に殺気をぶつけているのか。
 それは彼の名字からもわかるように、彼の息子が失踪したことこに関わる。
 戦争で両親を亡くした士郎を本当の息子のように育ててきた切嗣にとって今回の事はまさに寝耳に水だった。
 仕事で数日麻帆良を発っていた間に起きた事件。この件については麻帆良に帰ってきてようやく学園長から聞かされた。

(僕がここにいれば……)

 目の前で力なく項垂れているように見える学園長の姿を見ながら、切嗣はそう思わずにはいられなかった。
 そもそもここに勤めている魔法使い達の実力では、ここの警備をこなすだけで限界なのだ。
 認識阻害の結界で意識を逸らされ続けている人々との日々の中では、どうしても生の(・・)感性を養うことはできない。
 ……元よりここの魔法生徒たちにはそんな危機感を抱けること自体求めてはいなが、魔法先生の中でも多くの戦場を渡り歩いてきた人にはそれぐらいの緊張感を抱いてほしい。

 ――ギリッ

 思わず鳴った歯軋りに、学園長から視線を逸らす。
 思ってる以上に苛立ちが募っていることに驚きつつ、話を切り出す。

「学園長。こうなったからには、僕も捜索します」
「うむ……確かに、君に加わってもらうのは有難いし、心強いんじゃがのぅ」
「何か問題でも?」
「いや、その……」

 先の言葉を言いよどむ学園長の様子に、切嗣はおおよその事情を把握することはできた。

「わかりました……僕は表だって動きません。独自に士郎の事を探します」
「うむ……本当に申し訳ない」
「いえ、僕だって好きでストレスの溜まるところにいたいとは思いません」

 そう言いながら切嗣は、魔法教師の中でも特に正義感の強い黒人男性の事を思い出していた。
 自分の過去の事を知っているが、特段親密でもない彼はその考えを強く押し付けてこようとする。さすがに士郎と一緒にいるときは魔法関係者じゃないこともあってそんな話はしないが……
 そこは同じく子を持つ親としての認識もあるのだろう。

「ところで学園長」
「む? なんじゃ?」

 ゆっくりと自然な動きで後ろを振り返り、部屋の隅に視線を合わせる。
 そこには何の変哲のない観葉植物があるだけ。肩越しに学園長の様子を見やるが、不思議そうに眉をひそめるだけ。
 それを確認したのち胸元から愛銃を抜き、照門を部屋の隅に見える歪み(・・)に合わせる。

「さて、そこの君は誰の遣いなのかな?」

 認識阻害の結界の外に出ていたからこそ気付けた歪み。かつて感じていた鉄火場の雰囲気こそ大分錆びついてしまったが、身に染みついた経験はまだ忘れてない。
 透明だった歪みは切嗣の視界の中で次第に色を帯びていく。
 神経を研ぎ澄ませる切嗣の後ろで、学園長の纏う雰囲気の毛並が変わるのが感じられた。

「ぬ?」
「にゃぅ」

 どこの誰のまでは分からないが、使い魔らしきその猫に、二人は気を引き締めるのであった。



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