「マスター、戻ったにゃ」
「あい、お疲れ」
さて、この世界の衛宮士郎とその家族構成についてはあらかた分かった。
まぁ、ある程度は想像通りだったのは記しておこう。
まず今回の事件の被害者となってしまった当人、衛宮士郎は10年前に両親を亡くしている。
そして、亡くなった両親の代わりに義父となっているのが衛宮切嗣。義母がアイリスフィール・フォン・アインツベル。そして、実の娘であるイリヤスフィール・フォン・アインツベルン。
親戚という間柄の久宇舞弥という女性に、衛宮夫妻を支えるためにアインツベルン家から教育・世話係として遣わされたリーゼリットとセラ、二人だった。
ちなみに、久宇舞弥は衛宮家とお隣同士。そして子供たちの関係は、イリヤが姉で士郎が弟だそうだ。
完全に衛宮ファミリーですね分かります。
と言っても、凛とルヴィアがメルディアナに、バゼットが魔法協会から護衛として派遣されてきたことを思い出すと、別にこの世界にいてもおかしくないとは思えるが。
事件に巻き込まれるとはなんと不幸な男よ。
だが、中でも重要なのが、その衛宮ファミリーはここでは一般人であるということだ。
この詳細を見るだけでも普通じゃないと思うんだが、だからと言って確証付けれる証拠もあるわけではないのだが。
さて……肝心の事件の方だが、魔法関係者で集まって会合を開いているようだが、未だに明確に士郎を見つけるための手段も証拠も見つけられていないようだ。
しずなさんの寮で休ませてもらっているが、リムたちを通して情報収集できないわけじゃない。
まずは手始めに、と言うことでリムには学園長室に行ってもらった。
もしかしたらバレルかもしれない危険も考えたが、メルディアナでは校長以外にばれることが無かったことを思い出すと、最終的にはばれることなくやってくれるだろうと思える。
ファントムには何かあった時のために待機させている。
もっと仲間を増やしていきたいけどなぁ。さすがに何も準備のないこんなところでいきなり召喚なんてしたら麻帆良が大変なことになる。
主に警備を担当している魔法関係者がね。
そんな事で「なんだなんだ!」となるのはさすがに申し訳ないんで、せめてエヴァンジェリンが持ってる『別荘』みたいに、外との接触を絶ってから召喚しようと思う。
FFのギルガメシュを召喚したらどうなるんだろうか。その辺りの興味も尽きないな。
「先生」
「お、こんにちは柳洞一成君」
独自に動き始めた俺の行動を学園長たちは知っているのだろうか。
まぁ、実際に知っていて止めろと言われようがやり続けるのだが。
そんな俺が一番初めに目に付けたのは、衛宮の友人である彼、柳洞一成君だ。
「さて、あまり面識のない僕が君に聞きたいのはただ一つ。嗚呼、僕は教師で君は生徒という身分だけど、あまりその辺りは気にしないで気楽にいこうか」
「はぁ……」
フェイトの物語の中では、主人公衛宮士郎の友人の一人として登場する。
一般人なのは最後まで変わらないのだが、いつの間にか実家の寺をキャスターの英雄、メディアの本拠地にされてしまう。
「君は、今行方不明になっている衛宮君と仲が言いようだけど――」
「衛宮!? 衛宮は今行方不明なんですか!?」
机を挟んで反対側の椅子に座っていた一成が勢いよく立ち上がった。その剣幕はまさに友人の安否を心から心配している表情だ。
感情に囚われた彼だったがそれも一瞬の事で、はっとした様子を見せると椅子に座りなおした。
「す、すみません……つい感情的になってしまい」
「いや、君みたいに心配してくれる友達がいて羨ましいよ」
「そんなことは……」
ついつい向こうでの生活を思い出してしまう。
凛とルヴィアの存在で忘れかけてしまうが、俺のネームバリューとネカネさん、アーニャの二人がより一層周りとの壁を非常に厚いものにしてたからなぁ……
まぁ、一成ならそれでも構わず友達になってくれそうだが、いかんせん歳が離れすぎているのが残念だ。
「それじゃあ、最近の衛宮君の事についてだけど――
――く、ここはどこなんだ……誰か、誰かいないのか!」
薄暗い部屋の中、誰かいないか問いかけ続け、足を動かして前へと進んでいく。
赤茶けた髪の毛はどこかくすんでいて、身にまとった制服も所々が破れている。
手入れされてないアンティークに被った埃が宙を舞う。その埃臭さと、どこからか漂ってくる異臭、何かが腐ってるような臭いに思わず顔を顰め、裾が汚れているのも気にせず顔に腕を当てる。
「くそ……ヒドイ所だ」
木造の廊下の途中に点在する部屋の一つ一つを見て回るが、そのどこにも誰もいない。
そもそも、彼――衛宮士郎がここにいる経緯も、自分では理解していなかった。
ただ一つ分かっていることがあるとすれば、帰宅途中に感じた頭部への衝撃。暗転。そしてこの場所。自分が何者かに誘拐、拉致されたことだけは理解できた。
だが、生徒の身で誰かに恨みを買うような事をした覚えはないし、身代金を要求されるだけ裕福な家庭ではない。
加えて、いくら下校途中だからと言っても、あの時確かに麻帆良の敷地内にはいたはずなのだ。
そこから考えられるのは、もしかすると実行犯は麻帆良にいる人物なのかもしれないということだった。
「……それにしても、何の臭いなんだ、これは」
足を進めるほどに強くなってくる腐臭。
部屋の中に窓でもあれば、そこから脱出することが――なんて考えを抱いていたのだが、どこの部屋に入っても天井近くにしか窓はなく、その全てが鉄格子で出ることはできない状態になっていた。
まるで何かがこの場所から出ないような造りなっているようで。
その何気ない考えが、背中に一筋の冷や汗を感じさせた。
強烈な臭い。
目の前の扉の奥から漂ってくるその臭い。
もう、他の部屋はすべて見ており、男子生徒一人が通れそうな場所はどこにも見当たらなかったことから、ここを通る以外にここから出られる手段は無い。
できることなら他に脆そうな壁を壊してでも脱出したいところだけど、疲労の溜まったこの体で壁を壊せたところで、果たしてここから逃げ遂せることはできるだろうか?
(行くしかない、か)
キツイ臭いに息を止め、ドアノブに手をかけゆっくりと捻る。
――感覚が告げる。この先に、何か良くないものがいると。
ただ、進むことしかできない士郎は、出来るだけ音をたてないようドアを開けることしかできない。
この時間が、ほんの数秒が今までに感じたことのないほど長い長い時間のように感じる。
目を極限まで見開き、荒くなる呼吸。既に嗅覚は蚊帳の外に追い出されていた。
そして開いたドアの先から差し込んでくる仄かな光に目視できるほど溜まった埃。この部屋に光源があるのだと理解する。
その光の先にあるものを見ようとしてドアの隙間から覗き込み――
「……え?」
無意識のうちに声が漏れ出てしまう。
真っ赤に染まった腹部に、通常では見ることのない管のようなものが腹の奥から飛び出し伸びていた。
だらしなく投げ出された四肢は、その至る所が赤く汚れており、綺麗に人としての原型を保っている部位は存在しない。
動いているはずの胸部にはこぶし大の穴が。
もぞもぞと蠢く黒い点々はナンだろう?
宙を舞う虫は、ナニに集っている?
あらぬ空間を見つめるその双眸に、意思は籠もっていなかった。
「うぁ……うぁぁあぁっ!?」
それが、最大の失敗だった。
――ガタッ
「ひっ!?」
視界の奥で何かが蠢いた。
それが物質的に何かを形どっていたかどうかすら理解できなかったから、一層恐怖が募ってきた。
反転し、今まで歩いてきた道をただただ真っ直ぐ駆ける。
部屋は遠ざかっていくが、同時に聞こえた音と同じような音が断続的に聞こえていた。駆けだしてすぐは小さくなった物音だったが、走り続ける士郎の耳には小さな音が入り込んでいた。
――どこか隠れられる場所はあっただろうか?
この建物の構造を思い出しながら周囲に視線を走らせる。
何か適当な、武器になりそうなものを探しつつ、途中の本棚やら壊れかけの扉を壊して道をふさぐ。
そうでもしなければいけないという直感的な何かが本能を刺激して止まなかった。
あのとき見てしまった少女を助けたいと思ったのもまた本当の気持ちだが、今この状況で助けられると思うほど俺は愚かじゃないと思いたい。
──はぁ、はぁっ……!!
息が切れる。
喉の奥で血の味がする何かがせり上がってくる。
懸命に目を走らせるが、どこにも隠れられそうな場所はなかった。ただ、どこの部屋に入っても八方塞がりになることが目にみえているだけ。
(ちっきしょぉ!)
強く食いしばった奥歯に音が鳴る。
曲がり角を曲がったところにある部屋に滑り込み、荒く扉を閉める。元々脆くなっていただろう留め金が壊れ、誰もがわかるぐらいに扉が斜めになった。
もはや扉としての意図を果たさなくなってしまった板を見やり、手を添え呟く。
「──同調、開始」
扉に触れている部分から魔力を流し込む。
まるでスポンジに流し込まれた水のように吸い込まれる魔力は、多少粗はあれども均等に広がっていく。これがどれだけの間壁になってくれるかはわからないが、それでも無いよりは精神的にもマシだった。
そこに壊れかけている本棚を、所々錆びて形の変形しているロッカーを同じように魔力を流し込んで入り口を塞いだ。
「あの窓ぐらいしか出られそうにない……」
何とかして脱出したい窓には、しかしながら鉄格子があって子供一人通れない。
それなりに丈夫そうな壁と鉄格子の窓。
材質を解析するに、どうにも一人で壊すことは難しそうだった。
──ドンッ!
大きな音と建物全体を揺るがすような振動に体がビクつく。慌てて入り口を見やるが、魔力で補強した壁は健在だった。
──ドンッ! ドンッ!
安心して一つ息を吐くが、繰り返される振動に体が震え、口の中からカチカチと小刻みに音が聞こえる。
その双眸は、次第に大きくなっていく壁の亀裂を見つめていた。
──ドォンッ!
元々ダメもとで強化したようなものだったが、それでも普通の物理攻撃じゃ壊されないぐらいの自信はあったのだが、そんな自信は、目の前の何かにガラガラと壊されてしまった。
揺らぐ黒は確かな輪郭を持っておらず、しかしその意志は確実に士郎へと向いていた。
顔らしきところの目は赤黒い光が灯っており、口らしきところは一層黒く淀んでいた。
『■■■■■■■■■!!』
「ぅぁ……」
理解することのできない唸りは、士郎の耳と脳を震わせた。
未知の恐怖に当てられてしまった士郎は、ただただその場に崩れ落ちるだけ。焦点の合わない双眸には涙が浮かんでいる。
黒い靄が伸びる。
士郎を捕まえんとするために。
一段と淀んだ靄が三日月に形作られ、より大きな大きな円になっていき、士郎の頭を飲み込めるまでの大きな穴となる。
その様は、亡者が生きている者すべてを恨み妬んでいるようにも思えて──
「ぅあ、ぁあぁあああぁっ!?」
──呆気なくその頭は黒く淀んだ穴に飲み込まれてしまった。
これは、ネギが衛宮士郎の行方不明を耳にした次の日のことである。
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