風芽丘学園の職員室にて、心は自分の担任となる今年四十になる杉井と言う女性教師と対面していた。
「よろしくお願いします、杉井先生」
「あら、礼儀ただしいわね。 こちらこそよろしくお願いするわ」
杉井はにこやかに答え、自分の机に置いてある心についての資料を手に取る。
「うんうん、試験での成績は優秀、それに面接時もきっちりとしていた……か。 あら、いいわね」
パラパラと資料を捲っていくと、とあるページに行きついて着目した。
「……これって」
杉井が着目したのは履歴書……真っ白な家族欄、そして次に『本郷』という苗字を見て、先ほどから杉井自身の頭に引っかかっていたものが、ようやく解けた。
目の前にいる転入生は……。
杉井は資料から顔を離し、心を見つめ、心はそんな杉井を見抜いたのか苦笑しながら言葉をつむいだ。
「あぁ、その件に関しては気にしないでください。 もう過去のことなので」
「……分かったわ。 それじゃあ教室に案内するから、ついてきて」
心の言葉に頷いた杉井はゆっくりと立ち上がり、自分が担当するクラスへと向かうため、職員室から出ていき、心も杉井についていった。
「はい、ここが今日からあなたが通う教室よ」
杉井は自分の担当するクラス『3-G』に心を案内させたあと、「ちょっと廊下で待ってて」と言い残して、教室に入っていく。
廊下で待たされることになった心はふと過去を振り返る――それは幸せなとき、家族がいたことだ。 いつまでもいるはずだった家族はショッカーの手によって亡くなってしまった――三年前のことだ。
(……三年、か)
三年、心にとってはなんだかそれは遠い昔に思えた。 心自身、三年の間、長くそしてつらい道を通っていたのだから……。
(やめよやめよ、もう、昔のことだ)
過去のことを沸々と思い出してきた心は憑き物を払うように頭を振るうと。
『――入ってきなさい』
ちょうど良く、杉井に呼ばれたので、「はい」と答えて、心はドアを開けて教室に入った。
* * * * *
「きりーつ、きょーつけー、礼!」
『おはようございます!』
「はい、おはようございます、皆さん」
今日も3-G組はいつものように朝礼時の挨拶から一日が始まるが、クラス担任の杉井が次に発したの挨拶後の第一声は点呼ではなかった。
「今日は突然なんですが、転校生を紹介します」
『オオオオォッ!!』
静かだった教室が前より騒がしくなる……無論騒いでいるのは男子が大半だった。
(うるさいわね)
そんな男子生徒を冷ややかに見つめるのは高町 雪奈。
なんで転校生だけで、こうもテンションが上がるのか雪奈には良くわからなかった。
無論それは雪奈だけでなく女生徒全員も思い、そしてそれは男子の恭也と赤星もそう思い、忍に関しては最早何も思わずただ欠伸をしていた。
「男子諸君の考えは大体分かるけど、残念ながら転校生は男子よ」
『…………』
先ほどのテンションはどこへやらと言った感じに、テンションが一気に下がった……。 お通やレベルとまでは行かないが、限りなくそれに近しいものだ。
「はいはい、男子諸君はそんなテンションにならない、ちゃんと出迎えなさいよ? ……入ってきなさい」
ガラリとドアが開かれ、この風芽丘学園の制服を着用した件の転校生が姿を現した。
「あ……!」
雪奈はその姿を見て思わず声を上げる……恭也と赤星も思わずあげてしまいそうだった。
なぜならその転校生は昨日自分たちはあったばっかりの人物。
「はい、自己紹介をして」
「本郷 心です。 三年の春と言う微妙な時期に転校しましたが、よろしくお願いします」
本郷 心だったのだから。
* * * * *
「へ〜、結構カッコいいかも」
「え〜、違うよ、かわかっこいいだよ〜」
「お〜、結構いい奴そうじゃん」
男女の噂する声を聞きながら、心はファーストコンタクトは何とか成功したことに安堵の息をついた。
「それじゃあ、あなたの席は……高町 雪奈さんの隣が空いているわね、そこに座りなさい」
「はい……って」
杉井の指差す先の隣に座っているのは昨日会ったばっかりの少女の姿があった……偶然ってすごいなと笑みを浮かべながら、心は雪奈に近づいた。
「昨日振りですね」
「っ、え、ええ」
周りの生徒たちは心と雪奈の会話に興味がわいたのか、あたりの生徒たちは急激にざわつき始めるが。
「こらぁ! 転校生の質問タイムは後で作ってあげるから騒がないの! 後で一限目の授業にでも作ってあげるからっ! 日直!」
「起立! 礼!」
『ありがとうございました!』
杉井の一括によって静まり、日直の号令を終えると、クラスメイトたちは思い思いに自分の友達に話しをする。
普通ならば心に質問するため群がるはずだが、質問はつぎの授業担当である杉井が作ってくれると言うので、心の近くにはまだ誰も寄っていない。
しかし、そんな心に近づいてきたのは。
「よぉ、本郷さん」
「あっ、えぇ〜と」
「俺は赤星勇梧、んでこの無愛想なのは」
「無愛想は余計だ。 高町 恭也だ」
赤星と恭也の二人である。
昨日知り合ったばっかりの顔見知りが居て、少しは安堵を感じるが……心は気になることがあった。
「あの、赤星くん」
「うん、なんだ?」
「なんで、俺のことをさん付けにするの?」
心は十八歳、赤星も同い年の筈……なのになぜ自分にさん付けをするのだろうか。
「あ? えっと……なんつうかさ、本郷さんはなんていうか俺と同い年って気がしないんだ。 見た目かじゃなくって、雰囲気がさ。 俺らとは何かが違う……大人の雰囲気を纏っているような気がするんだ
赤星の言うことは確かかもしれない……心は三年間に外国にて信じられない体験を――そして、心にとっては忘れたいものばかりの体験を経験をしたのだ。
その経験というのはショッカー関連で生まれたものばかりだが……。
それを経験した結果、心には同年代とはどこか違う雰囲気を纏うことになったのだ……あまりいい経験でもないので、心にとっては嬉しくもないことだが。
「私も赤星君と同じ意見ね、あなたはどこか他の高校生とは違う気がするわ」
「う〜ん、ありがたいんだけど、どこか複雑のような気がする」
流石に同い年のクラスメイトにさん付けは複雑な気になる……同い年なのだから、呼び捨てでも構わないのにと心は苦笑してしまう。
「出来れば、呼び捨てで呼ぶようがんばってね」
「努力するさ」
「ふふっ、それじゃあわたしはあなたのことを本郷って呼ばせてもらうわ」
「それのほうが助かるよ」
雪奈の言葉に心は嬉しそうに頷くと、雪奈は照れたのか頬を赤くする――あくまで照れたと言うのは心はそう思うだけであるが――と同時に。
「お、おい、見たかよ」
「え、えぇ、あのクールな雪奈さんが照れてる……」
「すげぇな、本郷……さんはよ」
「あの雪の女王様を照れさせるだなんて」
……陰ながらコソコソと聞こえる会話に、心は思わず驚きで目を見張ってしまいそうだが、なんとかそれを隠す。
無論その理由はまさか目の前で照れている雪奈がクールで、しかも異名であろう雪の女王様と言われていることにだ。
昨日のことを思いだしても、今目の前にいるのはどう見ても。
「普通の女の子で、可愛いのに……」
「ふえっ!?」
「ん?」
どうやら無意識に自分は雪奈の前で呟いたらしく、そしてそれを聞いた雪奈はボヒュという擬音が付くんじゃないかというぐらい頬が真っ赤になった。
あぁ、まずいと思った心が慌て始めると。
『ま、真っ赤になった!?』
雪奈の表情を見た全クラスメイトは信じられないといわんばかりの表情に変わった――無論それは兄の恭也や赤星、忍もである。
「あ、あぅ、あぅあぅ」
「あ、あの……雪奈さん?」
「!! はう……」
心が雪奈に呼びかけると、雪奈はフラァッと横になる……横になる?
「まずい!」
心は倒れそうになる雪奈の身体を助け出し、横抱きにする――所謂お姫様抱っこというやつだ。
それを生で見た女子生徒たち心の中では『きゃー!』と歓喜に震えていた。
「赤星くん、これから雪奈さんを保健室に連れて行くから、先生に言っといてね」
「あ、あぁ、分かった」
雪奈を軽々とお姫様抱っこしながら、心は歩き出していき、教室から出て行った。
――ある意味、全生徒たちにとって、今日のことは忘れられない一日になるだろう。