「……それで、あの二人はああなっているのか」

「えぇ」

リビングにて、完成された朝食を運ばれてくるのを尻目に雪奈と恭也は会話している。

さっきからリビングの隅で暗いオーラ――身体にキノコを生やしている幻覚さえ見せるほどの――を漂わせるレンと晶の姿を恭也はチラリと見てすぐさま視線を逸らした。

あれを見続けるのは流石に精神的につらいし、こっちまで暗くなりかねない。

対する雪奈はため息をついて、鬱陶し気にあの二人を見つめる。

最初はなのはと一緒に落ち込んでいる二人を同情して慰めたのだが。

「おれのファーストキスがおれのファーストキスがおれのファーストキスが……」

「嘘や嘘や嘘や嘘や嘘や嘘や……」

何を言い聞かせても、何度慰めても、それしか言わないので、最早めんどくさくなってしまったのだ。

今では鬱陶しいとしか思えなくなった。

「しかし、本郷が二人を相手に出来るとはな……驚いたな」

それに関しては雪奈も同意できる。

なのは曰く、心は晶の攻撃を避け、彼女を掴んだと思いきや、攻撃を仕掛けたレンに向かって振り回したというのだ。

晶の体重は43kg、身長は152cmといった小柄な少女だが、それでも振り回せることなどできるはずがない。

心の細い身体に一体どこにそんな力があるのか、不思議に思えてしょうがない。

「人は見かけによらないものね」

「あははは、よく言われるよ」

「っ!?」

雪奈の独り言に答えたのは髪に残る水滴をタオルで拭き取る心であった。

先ほど着ていた服は桃子によって洗濯中で、現在は恭也の黒いジャージを着用していた。

「なんだ、もう出たのか。 ゆっくり浴びてても良かったんだが」

「いや、勝手に上がりこんだ挙句にシャワーまで借りちゃったんだ挙句に、彼女たちに心に傷を負わせちゃったんだ、流石にそこまでは……」

心はチラッと落ち込んでいる二人を見て、申し訳なさそうに笑う。

「気にしなくていいわ」

「へ?」

雪奈の一言に心は思わず呆けた声を出してしまった。

「この子達が勝手に襲い掛かって、それをあなたは返り討ちにした――所謂正当防衛よ。 それを気にする必要なんて無いわ」

「でも……」

雪奈の言い分は確かである。 しかし彼女たちがこうなってしまった根源は自分なのだ。

気にするなというのは無理だし、それじゃあ心苦しいので。

「あの〜、城島さん、鳳さん」

『…………』

心が声をかけると、二人は親の仇といわんばかりに心を睨みつけた。

……まぁ、自分たちのファーストキスを最悪の形で失わせた原因が心なのだから、仕方のないことなのだから。

しかし、心はそんな二人の睨みに屈することなく。

「さっきはごめんなさい」

『へ……?』

心はリビングの下に正座をし指ついて頭を下げた――所謂土下座をした。

その行動に雪奈と恭也は驚きで目を見開かせ、晶とレンは呆けた声を発し、混乱しだした。

「え、あの、ちょっと」 「あ、頭を、あげてください」

二人はさっきまでの睨みはどこへやらと言わんばかりに消えて、その逆に動揺しまくっていた。

「正当防衛とはいえ、あなたたちに不快な思いをさせてしまった。 本当に申し訳ございません」

「あ、えぇ……と」

晶は困ったように頬を掻きながら、助けを求めるかのように二人に視線を求める。

しかし、二人は何も答えないまま今の状況を見守り、『自分たちでなんとかしろ』といわんばかりの視線だけしかなかった。

「と、とりあえず、頭を上げてもらえますか? じゃないと、ウチら、ちょっとやりづらいというか、なんというか」

「あ、そうですね、すいません」

(……謝るのは、こっちだと思うのだけど)

心の台詞に思わず突っ込みそうになった雪奈だが、それは何とか心の中で抑えられた。

「えっと、本郷さんが謝ることなんて、ひとっつもないっすよ? わりぃのはオレらなんですから」

「でも……」

「ウチらが勘違いして、本郷さんを襲ってしまったのが原因なんです。 だからその正座もやめてください……まぁこのおサルとのファーストキスは最悪でしたけど」

レンが軽口を叩くと、それに晶は内容が腹立たしかったためか、心がいる前にもかかわらず反論をした。

「んなっ! オ、オレだって、てめぇみてぇな最悪だったぜ! まるで爬虫類のような気色悪いような感覚だったぜ!」

「あぁ? だったら、ウチはまるで虫とキスしているようやったわ」

「んだとぉ!?」

ムキになってなんだか訳の分からない反論をする晶に、それをまったくもって訳の分からない反論をしたレン。

突然起こった口喧嘩に心はオロオロと戸惑い、恭也と雪奈はいつものことが始まったことで思わずため息ついてしまった。

「ちょっ、止めないの!?」

「いつものことだから気にしないでくれ」

「そうね、付き合うだけ疲れるから……ほら足を崩して」

「は、はぁ……」

口喧嘩をよそに平然としている二人に、心は戸惑いながらも足を崩して楽にするが、視線は二人に向けたままだ。

「それにもうすぐ終わるわ、なのはの手によってね」

「へ?」



「なんやとぉ!?」 「んだぁ!?」

レンと晶は互いの額を勢いよくぶつけ合わせ、ゴスッと鈍い音を立て、 お互いの手ががっちり組み合い始めた。

今にでも戦い――本来ならキャットファイトといえばよいのだが、この二人の場合は戦いといえばいい――が始まりそうで、心は思わず止めようと足を立ち上がろうとするが。

「あー! 晶ちゃん、レンちゃん! また喧嘩しようとしてるー!」

『な、なのちゃん!?』

「もー! お客さんの前なのに喧嘩しちゃダメー!」

まさかの乱入者、なのはの登場で殺伐としていた空気は一気に消え去り、二人は慌てながらもすぐさま両肩をガッチリと組んだ。

さっきとは売って変わっての、チームワークっぷりに思わず目を見張る心。

「な、なにいうとんや、なのちゃん」

「そ、そうだぜ! オレらこんなにも仲がいいじゃねぇか!」

「ふーん……それじゃあ聞いて見ようかな〜、心さんに」

「え?」

まさかの指名に心は戸惑いを見せる――なんで自分が?

「え、えぇっと……!」

正直に言うかもしくは嘘を言うかのどちらかに迷っていると、二つの視線を感じた。

その二つの視線はなのはの背後に立っている晶とレンが自分にこう語っている――『お願いですから、仲良くしたと言ってください!』と。

「……うん、普通に仲良くしていたよ」

「本当ですか?」

なのはのにらみに若干引いてしまったが、それでも彼女らのためにコクリと頷いた。

「む〜、本当ですか〜?」

「ほんとだよ」

心の答えに疑いを持ったなのはは、両手を腰に添えてジーッと疑いを孕んだ目で睨みつけるが、そんな彼女に心は恐れることはなく苦笑しながら答える。

「ほらほら、もうすぐご飯だから、喧嘩はやめなさい」

リビングに入りながら注意したのは、ロングヘアーを揺らしながらやって来る桃子だった。

その後ろに控えているのはフィアッセと赤星のほかに美由希が、朝食の残りを手に持ちながら入ってきた。

「それじゃあ、みんな」

『いただきます!』

「い、いただきます」

高町家や赤星の挨拶に、心は遅れながらも挨拶を返した。

みんなが思い思いの朝食の品々を食べていく中、心は卵焼きを箸で掴み、口の中に入れると。

(……あ)

暖かい味、懐かしい味、一気に口の中に広がった。

今までは自分が作った料理か、スーパーや有名店で惣菜を買って、食べ続けていた。

味は上々で満足できるものばかりであった――しかし食べていく最中、何か味気ないと思うときもあったが、それは無視して、とりあえず腹を満たせればそれでいいと思っていた。

だけど、こっちのほうが断然に暖かくて懐かしくって……何より美味しい。

(母親の味か、懐かしいな)

心は何かがこみ上げてきそうになり、思わず顔を俯いた。

(あ、拙いな)

今気を抜くと、涙が浮かび上がりそうだった。

だが、それをしてしまえば、高町家の皆は心配してしまうだろうし、迷惑もかけてしまう。

「心さん、どうしたの?」

そんな自分に覗き込みながら声をかけたのは、なのはだった。

心は慌てて笑顔を浮かべた。

「ううん、なのはちゃんのお姉さんが作った料理が美味しいなって。 こんな美味しいものを食べれるなんて、幸せ者だなって」

「はい、なのははこんな美味しい料理が食べられて幸せです……ってお姉さん?」

「え? だって、あの人はなのはちゃんのお姉さんでしょ?」

全員――赤星も含め――の視線は心が指差す方向を向けると、そこに味噌汁を啜っている桃子の姿があった。

すると、全員はなにやら複雑な表情を浮かべた。

「え? な、なに? 俺、何か悪いこと言った?」

「あぁ、別に全然悪いことなんていってないですよ……ただ」

心が失礼なことを言ってしまったのかと慌て出すと、美由希は苦笑いをしながらそれを否定する。

そう、美由希の言うとおり、心は何も悪いことは言っていない。

ただ……この人は自分たちの姉ではない。

「あら、そんな『お姉さん』だなんて……かーさん困っちゃう」

「……え?」

今目の前にいるこの女性はなんと言った?

カーさん? Кさん? かぁさん? 母さん……!?

「うそぉ!?」

皺なんて何処にも見られないどころか目許にも小皺すら見えない上に、プルンという擬音が鳴りそうな若々しい肌。

この女性が母親……とてもではないが、信じられない。

「信じられないかもしれないけど、本当よ、年齢の割には若いけど」

「……ミステリー」

今日は朝から驚きすぎて、心身ともに疲れることの連続に思わずため息をついてしまい、とりあえずみそ汁をズズッと啜り出した。

「うん、美味しい」

「ふふっ、おかわりはたくさんあるから、どんどん食べてね」

「あっ、はい」

桃子の言葉に返事を返し、心は卵焼きを口に入れる。

* * * * *

三人の男女が宿泊している部屋には、現在二人の人間しか居ない。

一人は金髪の男性と、もう一人は黒髪の女性だ。
三人目の赤髪の女性が見当たらない……。

また勝手な行動をしだした女に苛立ちを覚えた男はすぐさま隣で海鳴3.8牛乳を飲んでいる女性に八つ当たり気味に尋ねる。

「おい、あのバカクズ女はどこへ行ったっ!」

女性は牛乳から口を放し、白く塗り塗られた唇を人差し指で拭い、苦笑しながら答える。

「聞かれても困るわね。私とあなたが目覚めた時にはとっくにいなかったじゃない」

男性はチッと舌打ちをしながら、髪を乱雑に掻き回し、行為最中に床に転がってしまった携帯を掴み、ある男に繋げる。

『なんですか?』

「すまないが、早急に頼みたいことがある。 バカクズマヌケ女――ワイルドボーを早急に探し出し、連れ戻してくれ」

『……またですか、了解』

うんざりとした声で男の頼みを了解し切れたのを確認した後、男は女の腰と尻をつかみ抱き寄せた。

「っあん、もう、また?」

「ふん、ただの八つ当たりだ。 それに嫌いではないだろう?」

「ふふっ、痛いのは大好きだけど、こうゆうのはも?っと好きよ」

男性と女性は互いに口づけあい、再びベットへ転がった。




一方、男性にボロクソ言われている、赤髪の女性は。

「ちっ、くそったれがぁ!」

海鳴臨海公園で、ヤクザ顔負けの憤怒を顔に出しながら歩いており、ゴミ箱や自動販売機、椅子など目につくものを全て蹴り上げたり、殴ったりする度に、周りにいる人々は悲鳴を上げながら逃げていく。

それにしてもなぜ人々は逃げるだろうか。

上記に上げた物体らは殴ったり蹴ったりするだけでは、物は転がったり、ガンッという衝撃が響くだけで、逃げるというまではならない。

しかし、この女性の場合は違っていた。

ゴミ箱は中身をぶちまけながら5メートル程吹き飛んでいき、自動販売機は真横に思いっきり拳大の穴が空いており、椅子は真っ二つに壊れていた。

「くそっ、くそっ、くそったれがぁ!」

ガンッ! と思いっきり自動販売機を蹴り付けると、自動販売機はポーンッとボールが吹き飛んでいくかのように飛んで行った。

「ひっ……!」

しかも、最悪なことにその自動販売機の落ちる先には一人の子供がおり、いまにでも潰されそうだ。

逃げようにも体がいうこと聞かず、全く動けない……そして。

重い音が響くのと同時に、グチャッという何かが吹き出したかのような音とバギッという音が響いた。

「ひっ……いやっああああああ!」

「ひ、け、警察っ、いや救急車だぁ!」

潰された子供の惨状に周りの人達は悲鳴を上げ、混乱に陥る。

しかし、そんな周りの状況など知ったことかといわんばかり、女性は苛立ちの声を上げ続けている。

「ぐぁーっ! ちくしょうちくしょうちくしょうちくしょうがぁ! あーいらいらいらするぅ! こうなったら、もうっ……!」

女性は今きている私服を脱ぎ捨て、メタリックレッドとメタリックシルバーの色合いを分けられ、しかも両肩部分には日本刀のように鋭い角を生やしたスーツを身に纏った。

そしていつのまにか手に持っていた、頭部に角を生やした猪を模造したメタリックレッドの仮面を被った。

改造人間――ワイルドボーだ。

「グルゥアアアアアアオオオオオオオオ!!」

ワイルドボーは足を蹴り上げ、頭部の角で目の前にいる人間を一突きした。

* * * * *

高町家で、食後の一杯として心は御茶を啜り出すと同時に。

「っ!」

脳波を、改造人間が発している脳波をキャッチした。

自分の額に埋め込まれた、Oシグナルがそれを感じ取ったのだ。

「すいません! 俺、ちょっと用事を思い出したので、これでっ!」

心はすぐさま立ち上がり、そう言って高町家から飛び出し、100mを5.0秒で走る走力で走り出し、ベルトを自分の腹部に展開させる。

隣家の屋根に飛び移ると同時にベルトの風車が回転し、心はクラッシャーとマスクを装着する。

心――仮面ライダーは暴れているだろう改造人間の元へと走り出していった。



「ウゥオオオオオオルウゥウア!」

海鳴臨海公園内を暴れまくるワイルドボー。

地面を拳で叩きつけると蜘蛛の巣のようなひび割れが広がり、また木々にタックルするとその木の根元ごと地面から出て倒れる。

人間時のように物だけを当たっているかと思いきや、それだけではなかった。

ワイルドボーの周りには、すでに絶命した人間たちの姿があった。

腹から内蔵が飛び出ている子供、両腕を無理やり引きちぎられたのか筋肉と筋が飛び出ている男性、顔を潰された女性、喉元に拳大の穴が開けられた妙齢の女性。

年齢性別関係なく、ワイルドボーは暴れまくり、死体は転がっていた。

周りはすでに血まみれに染まっており、木々の幹も葉も人間の血によって赤く染まっていた。

それは木々だけでなく、ワイルドボーもだ。

メタリックレッドとは違う黒ずんだ赤に染まり、メタリックシルバー部分も所々にも赤く染まっていた。

まるでそれは悪鬼のように感じられる。

「ひっ、た、助け……」

ゴキッ。

腰が抜けて上手く歩けず、ズリズリと必死に引きずりながら逃げている男性の首を人捻りし、首をあらぬ方向に曲げた。

絶命した男を投げ捨て、ワイルドボーはすぐに自身の欲求を与える物を探し出す。

すると。

「ひっ……!」

見つけた。

木の裏側に隠れていた、腰を抜かしている栗色の髪をセミロング状にした少女だ、その胸に抱いているのは――そうだ生意気にも自分に歯向かった金色の狐だ。

あの少女はどうやら主人のようだ、丁度いい生意気な狐ごとあの少女を殺してやる……!

ワイルドボーは己が欲求不満を解消するために走り出し、少女の胸に角を突き刺すため、タックルの状態のまま突っ込んでいくと。

「がぁっああ!」

ズガッとワイルドボーの頭部に強い衝撃が奔り、後部へと吹き飛んでいった。

一体何が起こった!?

ワイルドボーは態勢を整え、宙に浮いている自分の足を地面に付け、顔を上げると。

「……」

「はっ、ははっ、出やがったなぁ、仮面ライダーぁ!」

少女たちを庇うように、そこには仮面ライダーが立っていた。





ライダーはワイルドボーに背を向けると、新たにやってきた自分という異形に恐怖を覚えているのか目を強く瞑り、また狐を守ろうと強く胸に抱いている少女の頭を撫でる。

「え……?」

「後は任せろ、お前の主人は俺が守ってやる」

そして、痛みが少しだけ癒えたのか、金色の狐はゆっくりとだが目を見開いていて、ライダーを見つめていた。

「久遠……?」

コクンと頭を頷いたのを見て、ライダーはワイルドボーに向き合った。

ライダーは左手を左脇腹横で拳を握り、左上へ突き出した右手をゆっくり右上へ向け、右手を右脇腹横へ引っ込めながら素早く左手を右上へ突き出す。

「行くぞぉ!」

「はっ、来いよ、仮面ライダー!」

両声が合図となったかのように、チャカンとライダーの瞳が輝いた。




後書き

就職活動が終わってようやくのびのびと小説が書けるようになりました。



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