『翠屋』のパティシエである桃子は、現在非常に困った状況に陥っていた。
「はい、はい。いいのよ? ゆっくり休んで体調を整えなさい。 店の事は何とかなるから」
『はい、申し訳ないですが、今日は休ませていただきます』
「お大事にね」
10時現在、本日二人目の電話だった。
「……参ったわねぇ。 バイトの子二人が抜けるだなんて」
そう、電話は全て「バイトを休ませてください」という内容ばかりだった。
「う〜ん、フィアッセも駄目だし、恭也となのはは一緒に出かけちゃったし、雪奈も美由希も学校。 どうすればいいかしら……」
はぁと大きくため息をついて、桃子は頬を手に添えると。
ピンポーンという呼び鈴が響いた。
こんな時間帯に誰だろうと思いながら、桃子は玄関へと向かい扉を開くと。
「あら、本郷くん」
「どうも、高町さん。 さっきはすみません、突然飛び出していって」
「いいえ、気にしないで。服ならもう乾かしてあるから、ここで着替えていって」
ありがとうございますと心は感謝の言葉を紡ぐと、電話の音が鳴り響く。
桃子はちょっと待っててねと心に伝えたあと、桃子は受話器を取る。
『すいません、桃子さん。 今日のアルバイト、休んでもよろしいでしょうか?』
「あら、どうしたの?」
『実は、あっつつ、部活動で、ギックリ腰に……ひぎぃ! か、かんちゃん、もうちょっと優しく……』
受話器から『これくらい我慢なさい!』という怒鳴り声が聞こえ、桃子は苦笑気味に答える。
「ふふっ、お大事にね。」
受話器を置いて、またため息をついた。
「参ったわね、これで三人目か……」
「あの、よければなんですけど」
桃子の困り気味の表情と言葉、それらを喫茶店に結びつけて何となく理解した心はある提案を出す。
「俺、喫茶店のアルバイトをしたことがあるので、手伝いましょうか?」
午後12時となった現在、喫茶店『翠屋』では多くの客で賑わいを見せていた。
多くの人たちが『翠屋』の人気商品を味わい、またその商品を待っている人も多く、どれだけこの『翠屋』を楽しみにきているか、よく分かる。
そんな折、テーブルに座っている親子連れがいた。
まだ商品が来ないため、子供は買ってもらったばかりのルーミックキューブを弄っていたら、手元が狂い、床に――。
「ほっと、ととっ」
落ちることはなかった。
ルーミックキューブは一人の店員の掌でポンポンっと空中に上がって行く。
「わぁ……」
鮮やかに上がって行くルーミックキューブに少女は感嘆の声を上げる。
そして、店員の眼前まで来たら掴み取った。
「はい。 気をつけて、遊んでくださいね」
「うん、ありがとう!」
店員は笑顔でお礼をいう子供の頭を軽くなで、ドアの鐘が鳴り響く音に振り向く。
「いらっしゃいませ、翠屋にようこそ。 現在は少々混み合っておりまして、お待ちになってしまいますが、よろしいでしょうか?」
「あっ、それじゃあ、お土産用に持ち帰りでもいいですか?」
「勿論でございます。 小島さん、お願いします」
「すいませーん、オーダーお願いしまーす」
「はーい!」
店員――心は次の御客に向かって歩きだした。
「はぁ?、なかなかやるわね?」
厨房から心の働きっぷりを覗き見て感嘆の声をあげるのは、パティシエの桃子。
「お客さまのオーダーにもちゃんと答え、ちょっとしたパフォーマンスを見せることが出来る……か。 う?ん、今までにいないタイプだから欲しい」
桃子は人差し指で顎を押しながら、心をじっと見つめる。
「最初はどうなるかと思ったけど、実際に働かせてみるといいわね。
それに愛想もいいし、裏はまだやらせてないけど、恭也と比べるともしかしたら上かも――」
ブツブツと呟きだしてしまった桃子に、アシスタントコックである松尾が恐る恐ると口をはさむ。
「も、桃子さん、とりあえず仕事を」
「――はっ! いけないいけない!」
松尾はほっと一息ついて、ようやく桃子共に仕込みの方へ――。
「早く本郷くんに裏の方もやらせなきゃ!」
「そっちじゃないですぅ! パティシエ! 本職の方を?!」
すっかりと本職の方を忘れ、店長としての顔つきで、心に次なる司令を出そうとする桃子に対し、松尾は悲鳴をあげる。
これ以上パティシエの方を忘れてもらったら、松尾の方に大きく負担がかかってしまう、それだけは防ぎたい!
「は、早く、戻って来てー! 桃子さーん!」
心によって人材不足は免れたが、それによるデメリットはどうやら松尾の方に寄ってかかってきたようだ。
* * * * *
時同じくして、ホテル内。
金髪の男性は苛立ちの表情を隠せないまま、ショッカーライダーによって戻ってこれたワイルドボーを容赦なく殴っていた。
「がっ、ごっ、ぐべぇ!」
「愚図が! マヌケがっ! この単細胞野郎が! オジャンになっちまったらどうする気だったんだ!? えぇ、猪特急愚図が!」
マスク越しの顔、スーツ上の身体、脚や腕など所構わずそこら中に殴りまくる。
男性から覗かれていたワイルドさと冷静さなどすっかりと失っている。
ワイルドボーはもはや殴られるだけの肉人形となりはて、言葉を発する事すら許されなかった。
マスクが吹き飛び、赤髪の女性の顔が現れても、容赦なくその顔面を殴りつけた。
この顔面を殴った事で、もはや殴った回数は遂に二百に到達。
しかし、その数に到達しても、椅子に座っている女性と壁際に身体を預けているショッカーライダーはそんな異様な光景を見ても、男の暴行を止めようとはしない。
自業自得だといわんばかりに、赤髪の女性を見つめているだけだ。
「こんの……間抜け野郎がぁあ!」
「ブバァ!」
アッパーを女性の顎に打ち付けたことで、男の暴行は漸く終わった。
連打の連続で疲れが見え隠れしている男性の息は荒々しい。
「くそったれが……はぁ……手間を、はぁ……掛けさせやがって」
「あらもう終わり? もう少し、やってもよかったのだけど」
椅子から立ち上がり、女性が発する言葉はワイルドボーを案じる言葉ではなく、まだ物足りないといわんばかりの言葉だった。
「ふんっ、特殊性癖の貴様にしては普段どおりだな……しかもまだやってほしいと?」
「だって、もうすぐ仮面ライダーとって思ってたのに、ワイルドボーが勝手にやりだしたのよ? 狡いじゃない」
ゴスッと赤髪の女性の頭を蹴る女性。
女性ははぁとため息をつき、椅子にかけてあったジャケットを羽織り、扉の方へと向かう。
「まて、どこに行く」
「水商売をやっている女の子と、楽しくヤってくるだけよ」
言外に『仮面ライダーを探しに行くわけではない』と伝え、部屋の外へと出た。
「……少しお聞きしたいのですが」
「なんだ?」
「なぜ、ライダーに今回の件を漏らしたのですか?」
ショッカーライダーの言う今回の件――月村家に関することだ。
以前、この三人否亡くなったスコーピオンを含めての元四人はショッカーライダーの主である男にこう言った。
『月村家に関する我々の仕事を仮面ライダーに伝えること』
「仮面ライダーに関するデータは既に我々の手の中にあり、『Version.3』は既に我が主人が引き継いでおります。 それなのに何故――」
「何故、だと? 決まってるだろうが」
ショッカーライダーの疑問に男はニヤリと野獣めいた笑みを浮かべながら答える。
一人――スコーピオンは復讐という概念に囚われていたが、自分たちは違った。
「楽しみが……故に」
それが男と二人の女性が共通していることだ。
例え、仮面ライダーに敗北し、自分たちが死のうが関係ない。
ただあの仮面ライダーと拳を交える、死闘を繰り広げられる、それだけでゾクゾクする、心が沸き立つ。
「くくっ、くくくくくくくくっ!」
ただ己の闘争本能のままに、三人は突き動かされているのだ。
改造人間――いや強い者と戦いたいという『戦士』としての本能がままに。
* * * * *
「はぁ……」
「本郷くん、お疲れ様?。 はい、これ桃子さんの奢りよ」
「あ、ありがとうございます」
閉店時間となり、ようやく心は一息つけた。
桃子が出してくれた珈琲を啜り、心地いい苦味が身体にしみわたり、また一息つく。
「久々に気持ち良い働きをしました。 ありがとうございます、高町さん」
「いいのよ、別に。 お礼をいうのはこっちのほうなんだから」
桃子は心の隣に座り、自身も用意した珈琲を飲み始める。
「それよりもバイト代のことなんだけど……」
「構いませんよ、困っている人を放っておけないという自分のポリシーに従っただけですから」
後は自分自身の為、さっきのワイルドボーの戦いを忘れたかったから。
こんな風に普通の仕事ができることに、自分は満足しているし、良いストレス解消になっているのだ。
それにお金自体欲しくって、参加したわけではないのだから、貰えなくとも別に構いやしないのだ。
「それに今日は朝食もいただきましたし――お袋の味が美味しかったし、それに懐かしかった」
はっと心は思わず自らの口を抑える。
言う必要のないことを自分は何故言ってしまったのだろうか。
疲れてしまって、思わず吐いてしまったのだ、つくづく嫌になる。
言葉を取り消すかのように珈琲を飲み始めるが。
「そう、それはよかっ……え? 懐かしい?」
心の言葉にあった『懐かしい』に思わず口ずさむ桃子。
気づいてしまった彼女に対し、心は苦笑気味に答え、「ご馳走様です」と言って、椅子から立ち上がった。
「あ、本郷くん!?」
「それじゃあ、お礼とかそんなの本当によろしいので」
呼び止める自分の名を、先ほど用意しておいた言葉で返し、心はサイクロン号で走り去った。
* * * * *
温かい家庭を持っている恭也たちが狡い、自分も桃子みたいなお母さんが欲しい、家に帰ったって自分は一人だ、高町家で夕飯も食べて行きたい。
そんなどうしようもない、寂しさと嫉妬を久々に思い出してしまった。
ショッカーと戦っていた時はただ我武者羅に戦っていたから、その想いは生まれることはなかった。
だけど今は違う。
自分が目標としてきたことが終わり、戦いも少し落ち着いたことで、海鳴市ここにやってきた。
高町家と一度だけしか関わったことがない、だけども桃子の作った朝食はとても温かったし、どうしようもないくらい懐かしい味が口の中で広がった。
涙が流れ出すのを我慢するくらい、とても美味しかった。
「っ!」
心はサイクロン号を走らせる。
サイクロン号を走らせ、己が心に巣食った寂しさと嫉妬を吹き飛ばす為に。
そんな弱い自分を吹き飛ばすかのように、走らせた。
「……なんて悲しい気持ちなんだ」
そんな心の姿を、悲痛にだけども何処か警戒心を持って、見つめる銀髪の女性……まるで誰かを重ね見ているようであった。
僕――リスティ・槇原は仕事帰りの最中、僕と同じように赤信号に捕まっている一際目立つバイクに乗った運転手を見つけた。
ヘルメットをかけているため、顔立ちはわからないが、僕は何故かその運転手に興味を持った。
それと赤信号で暇だったため、興味を持った運転手の心を少しだけ覗こうという、僕の可愛らしい悪戯心で望んで行ったが。
(高町くんたちが羨ましい、狡い。 どうして? どうして俺にはいないの? お母さんが欲しいよ……誰か支えてよ、家族が欲しいよ)
「っ!」
彼の心の中にあるのは、孤独による寂しさと悲しさ、また高町家の子供たちによる嫉妬。
まるで大切なものを無くした子供が追い求めているような、純粋そのものだ。
「!?」
だけど、そんな彼の心の叫びを浮かべている一方で。
(弱さに逃げるな。 身体(プライド)が尽きるまで動き続け。 ■■■■■を潰した自分に襲いかかってくる者が終わるまで。お前(俺)に休まる時などない)
追いすがる心を咎めるかのように、その一方で闇が責め立てていた。
矛盾する心の狭間……彼はどんなに、また何に苦しんでいるのだろう。
僕は更に心の中を覗こうとしたが青信号になった為、その運転手はバイクを思いっきり走り去って行った。
「……なんて悲しい気持ちなんだ」
それは何処ぞの誰かに似た、だけどその誰かとは違って、あの運転手の周りには誰もいない、一人ぼっちだということ。
そして、それを許さない闇を持っている……か。
「危ないな、ああいうタイプは」
青信号となって歩き出した、歩行者たちには続かず、僕は天に顔を仰いだ。
あのタイプは自分がどれだけ辛くても、自分を押さえ込み続ける。
限界を超えてでも押さえ込み続けて、結局は吐き出せず、自分で全てを解決させるて、何れは壊れる……。
「はぁ、僕らしかぬことだけど。 神様ってやつがいたら、彼に救いをあげて欲しいものだ」
後書き
たとえ仮面ライダーといえど、心は18歳の少年……力は強くても、心のなかは弱いです。
十代後半といえど、家族には甘えたいものです。
例え、反抗したとしても。……読者の皆さんもそうだったように
押して頂けると作者の励みになりますm(__)m