戦慄! 吸血鬼エリート!!/前編(リリカルなのは×ゲゲゲの鬼太郎)
※注意事項
本作は7周年記念に向けて制作しました。一応、『ゲゲゲの鬼太郎』と『リリカルなのは』のコラボレーションとなっておりますが、この手の組み合わせが苦手な方は、戻る事をお勧めします。また、本作に登場する鬼太郎側の、あるキャラクターの設定および能力や効果についてですが、私なりに弄っておりますのでご注意ください。そして、世界背景は基本的に管理局世界で纏めているつもりです。それと流血表現がはいります。それでもよろしいと言う方は、そのままお読みください。
最後に……本作に登場する敵キャラクターの声は、俳優で有名な佐野 史郎さんヴォイスです
とある街中。高層ビルなどが建つ様なハイからな街ではないものの、それなりに栄えたところである。その街並みは既に暗くなり、辺りはしんと静まり返りつつある。
夜間の外出者が急激に減りつつある時間帯、一人の女性が住宅街へ向かいつつ脚を進めていた。20代半ば程で、ブラウン系統のセミショートをしたその女性は誰もが認める美貌だ。
彼女は仕事帰りの途中であった。会社では有望な人材とされ、若くして早々にチームを率いるとまで噂されている、いわゆるエリート系のキャリア・ウーマンだ。
返り途中でも明日の仕事の事で頭の中が大半だった。対人関係は悪くはないが、恋人などというものは考慮さえしていない。まさに仕事一途である。
だが、彼女は気づいていない。今夜は彼女の命日であり、それが唐突にやって来るものであると。気づいたのは、辺りがさらに薄暗くなり、何やら霧が出始めた時だ。
「な、なに? 霧が発生する訳ないのに……」
不気味さを感じさせるこの霧から逃げたく思うと、すぐに脚を早めた。早く、早く家に帰りたい! と願う彼女。逃げられない、と彼女は知らない。
ふと、彼女の耳に音楽が流れ込んで来た。ポロン、ポロロン……それは弦を弾いて出るような音だった。まるで、ギターかハープが奏でるようなものだ。
だが音程は低い。ハープと言うよりも、ギターであろう。ゆったりとして、かつ心を惑わせるような、妖しい曲が、やがてはっきりと彼女の耳に入る。
――錯覚ではない、誰かが近くでギターを弾いている!
余計に怖くなる。もっと早く走ろう、と思ったその時だ。彼女は突然、早歩きを止めてその場に立ち尽くす。何故だろう、この曲、すごい心に響いてくる……。
不気味がっていた筈の彼女は、次第にその曲に魅了されるが如く聞き入る。あぁ、何処だろう、この曲は何処から聞こえるのだろうか。自然と、その足は歩み始める。
自然と動く身体に抵抗しない彼女は、ビルの路地裏に入ってゆく。そこまで来て、ある歌声が聞こえてきたではないか。
“お聞きなさい、この調べ……胸締め付ける、ギターの糸……私の指で、あなたの心を、解いて……あげよう”
それは男性の歌声だった。歌声の主が居るであろう裏路地へ、まるで誘われるかのように、深く、深くと入り込む。彼女の眼は、既に正気が消えている。
歌の通り、彼女の中にある何かが、解けていく……。あぁ、疲れが、なくなっていく、そんな感じがする。もっと、もっと、楽にして……。
近づいていくその先に、男性の姿があった。それは、墨色の上下スーツに、白ワイシャツ、赤い蝶ネクタイ、という出で立ちをしていた。
30代後半程であろう、その男性はややえらの張った様な角ばった顔をし、黒髪を真ん中分けしている。そして、クラシックギターを肩にかけ、歩み寄ってくる女性を見つつも引きながら歌い続けるのだ。
“お休みなさい、私の肩で……疲れ切った、その首筋……私の針で、あなたの悪い血、吸って……あげよう”
段々近づき、遂には男性の目の前に来た。謳う歌詞の通りに、彼女は男性の方へともたれ掛る。ことさら、頭を逸らして、噛んでくださいと言わんばかりの無謀ぶりだ。
一切抵抗を示さない彼女は、完全にぐったりとしていた。それを確認した後も、構わず、歌い続ける謎の男性。やがて今度は、数匹の蝙蝠が舞い降りてくる。
“口(ちゅち)に、血をチュ……口(ちゅち)に……血をチュ
口(ちゅち)に、血をチュ……口(ちゅち)に……血をチュ”
その蝙蝠達の内で、尋常ではない大きさをした1匹が、彼女の隣に舞い降りた。そして、その綺麗な首筋に、4本の大きな牙を突き立てた!
「ぅっ……!」
ピクリ、と彼女が反応するが、やはり抵抗しない。それを良い事に、巨大蝙蝠は彼女の首筋から血を吸い始める。ゆっくり、ゆっくりと血を体内へと吸い込んでいく。
“頑張らなくても、いいんだよ、いつまででも……おいで
上限の月が、真上に、昇り……このお屋敷を、照らす時、あなたの真っ赤なワインで、乾杯……そう、私は……”
次第に彼女の表情に陰りが差してくる。血が足りなくなってる証拠だ。それに構わず、巨大蝙蝠は血を吸い続ける。やがてその量は、致命的ともいる程に減っていた。
そして遂に、巨大蝙蝠の腹が満たされたと同時に、彼の歌は終わりを告げる。
“吸血鬼……エリート”
再び静寂さを取り戻したその場には、誰もいなかった。ただ1つ、血の気を失って倒れた、無残な女性の遺体を残して……。これが事件の幕開けであった。
「なんや、物騒な事件やな……」
「確かに危ないですぅ」
ミッドチルダの時空管理局地上本部の一角にある1室に身を置く20歳の女性。ブラウンのショートヘアをヘアピンで左側の髪を一房纏めている彼女は、特別捜査官の八神 はやて、階級は陸上二佐である。
そんな彼女は、電子新聞を眺めやりながら呟いていた。彼女のパートナーたる30p程の銀色ロングヘアーをしたユニゾン・デバイス、リィンフォースUも同意して頷いている。
その電子新聞にはこう記してあった。
〜『謎の怪死事件、第56管理世界にて相次ぐ!』〜
“これで3件目の怪死事件である。被害者は大手企業の営業部所属の26歳の女性会社員。死亡推定時刻は23時30分頃。前件と同じく、死亡原因は多量出血によるショック死。
ただし、事故との見方は薄い。人為的なものとみて、捜査が続いている。その証拠に、女性の首筋に噛まれた跡が発見されている。その歯型から動物であると推察。
しかし、歯型から推察される大きさは、少なくとも全長1m近くはあるという。生物学上、これほど巨大な吸血型動物は確認しえていない。
不可解なのは、もし動物であるならば、何故女性ばかりを襲うのか、である。さらに被害者となった女性の殆どは、有望な企業関連のキャリア・ウーマンである。
このことから、単なる動物の仕業とも考えられず、一種の企業へのテロ行為と地元警察は推察している。住民たちは不安を隠せず、社かいも不安定になりつつある。
この事件に対して、管理局の捜査官も加わり共同調査を行うと、警察から発表が行われた。局員が到着しだい、直ぐに調査に取り掛かるとの事である”
「こんなんじゃ、夜中も歩けへんやろうに……」
「女性ばかり狙うなんて、卑劣ですぅ!!」
片手にコーヒーカップを持ちながらため息をつくはやて。リィンフォースUも頬を膨らまして、事件の犯人に怒りを露わにしている。
第56管理世界と言うのは、魔法というものは存在するものの、多くの人は普通の人間だ。しかし、魔法を理解し、多世界を認識している故に、管理局の保護対象とされた世界である。
逆に、魔法文化を持たず、多世界への認識の無い世界は管理外世界として認定されてしまい、外側からの監察するという方法しかとらない。
ふと、はやては考えた。この記事にある捜査官とは、誰が派遣されるのだろうか? 彼女の所には捜査願が出ていないため、対象とはなっていないのは確実だ。
この様なむごたらしい事件が3件も出ているのだ、かなりの手練れが向かうべきなのだろう。もっとも、捜査官として向かう魔導師は皆、それなりの実力を持っている者ばかりだ。
しかし、この血を吸う事件にしても、かなり不可思議なのは確かである。どうしてこうもピンポイントな狙いで襲うのだろうか。動物にそこまで出来るとは考えにくい。
そこまで考えていたとき、彼女の部屋のドアから男性の声が聞こえた。
「はい、入ってもかまわへんよ」
部屋に入ってきたのは、緑色の髪を腰辺りまで伸ばしている20代半ば程の青年である。管理局本局査察部所属のヴェロッサ・アコース、はやてが世話になっている人物だ。
「なんや、ヴェロッサ君やないか。こっちへ来とったん?」
「あぁ。丁度、仕事でこちらに降りてきたものだからね。そのまま帰るのもなんだし、と思ってはやての所へ寄ったわけさ」
「そうやったん、あ、コーヒーでも出すから待っとき」
「いや、気持ちだけでいいよ。割とすぐ戻らないといけないしね」
と微笑ましく笑うアコースであった。ソファーに座り、はやても正面に座ると、彼はやや真面目な表情を作って彼女に話し始めた。それは、つい今しがた読んだ事件についてだ。
はやては、その事件なら今読んだで? と返すのだが、重要なのは事件自体ではなく、その派遣される人材についてであった。それも気にしていた故に、彼女は聞きいる。
そして、その名を聞いたときにやや不安を覚えてしまった。
「え……フェイトちゃんが?」
「あぁ、そうなんだ。彼女が今回の事件に派遣される。既に本局を発ったよ。随分と急な使命だったらしい」
フェイト・テスタロッサ・ハラオウン。管理局の若手魔導師と名高い20歳の若い女性で、はやての親友でもある。執務官の資格を有し、その職務上はやての様に捜査に出向く事も多い。
彼女の腕なら、早々やられることもないであろう、と上層部の方は考えていたようだ。それに、対応の遅れは管理局への威信を失う事にもなりかねない。
だが今回の事件、想像以上に嫌な予感がするのだ。今までも次元犯罪者を追いかけてきたフェイトとはやてだが、何故だろうか、この異質とも言える事件に只ならぬ不安が満ちる。
「しっかし、血を吸うなどという事件は、例にないみたいだね?」
「そうやね。しかも致死量もの血液を抜かれとるっちゅうのは尋常やあらへん。まるで……」
「?」
「吸血鬼や」
第56管理世界の森林地帯。そこ霧に包まれており、昼間だというのに薄暗いくらいだ。そして森林の中に一軒の大きな屋敷が、不気味さを主張するかのように建っていた。
その屋敷が建つ場所は際どい位置にある。半径50m程、深さ80m程のクレーターがあるのだが、その天辺の崖付近に建っているのだ。普通なら怖くて住めないだろう。
クレーターと言うのも、岩石が詰めているようなものではなく、砂である。地球で言う西洋式の屋敷であろう、その建物の付近一帯を包み込む霧の中には、蝙蝠が飛び交っている。
その屋敷の中で、一人の男性が3階のテラスに椅子を持ち出して腰かけている。相変わらず、彼は肩にギターを下げて、曲を奏でていた。
ゆったりとしていて、なんとも悲しく、切ない音色。蝙蝠たちはその音色に心奪われている様に、周囲に止まっている。
やがて、彼のもとに1匹の蝙蝠が舞い降りてくる。彼は構わず弾き続けるが、蝙蝠は彼の右肩に止まって、人間には分からない、キキィ、という声を発していた。
周りが聞いても、何の事だろうかと首を傾げるに違いない。だが、彼には分かった。全てを聞き終えると、彼はギターを弾く手を止めた。
「……そうか、彼女が来るのか……。どうせなら、八神 はやての方が良かったが……。まぁ、いいさ。彼女には使い道はある」
彼は全てを知っている、とも言わんばかりの笑みをこぼした。その際に、彼の尖った八重歯と、ズラリと並ぶ尖った歯が見える。そして、報告した蝙蝠の顎を撫でて、ご苦労だったね、と労いの言葉を掛けた。
「ティナ……君を必ず、吸血鬼にしてあげるよ。だから、それまでもう少し、辛抱しておくれ」
――キキィ
ティナと呼ばれたのは人に非ざるものだった。それは蝙蝠である、しかも尋常ではない大きさの。彼の目的は、ティナと呼ぶ蝙蝠をエリート……即ち、彼と同様にすることにある。
「どんな魔導師が来ても、この僕には勝てない。そう……例え“普通でない”魔導師であっても」
そう言うと、彼はテラスから屋敷内部へと入る。準備をしなくてはならないのだ。出かける準備と、この屋敷に来る客人への準備を……。
薄笑いを浮かべる男性。それに合わせて、蝙蝠達も笑った。不気味な笑いの合唱が、いつまでも、いつまで霧の中と森林を震わせていったのである。
第56管理世界に辿り着いたのは、要請を受けてから6時間が経過した頃だ。黒のジャケットにタイトスカート、金髪のロングヘアーの女性、フェイトは2人の補佐を連れてきていた。
片方はブラウンを基色としたジャケットにタイトスカートの出で立ち、焦げ茶色のロングヘアーに眼鏡をかけた10代半ばの女性、シャリオ・フィニーノ一等陸士。
もう1人は紺と青を基色としたジャケットにタイトスカートの出で立ちで、同じく10代半ば程、オレンジ色のセミロングをした女性、ティアナ・ランスター二等陸士である。
「どうやら、着いたみたいですね」
そう言ったのはティアナの方である。急に捜査命令を出されて、よく6時間で到着したものだ、と内心で感心するのはフェイトである。
「まずは現状確認をしませんと……対策本部に行きましょう」
次はシャリオだ。そうだ、まずは現状がどういった物なのかを調べなければならない。事は急を要する事態なのだ。足を運んだ先は地元警察の対策本部である。
対策本部には、地元の警察官は無論の事、現地警備隊の管理局の魔導師と非魔導師もいた。その中の1人、40代前半の局員男性が待っていたと言わんばかりに声を上げた。
「おぉ、ハラオウン執務官、待っていたよ」
「お待たせしました」
「いや、急な指名だと聞いていたのだがな、こうも早く到着してくれて有り難い」
この男性は第56管理世界警備担当のコーベン・マクラスタ一佐。魔導師であり、実力もそこそこなのだが、彼の手にもあまる事件であるらしい。
次に紹介されたのは、50代前半の厳つい表情をした男性警官だ。地元警察組織の長を務めている、フックス・アドレイ警視総監である。
「私が警視総監のフックス・アドレイだ」
「執務官のフェイト・テスタロッサ・ハラオウン一尉です。こちらは……」
「執務補佐官のシャリオ・フィニーノ一等陸士です」
「同じく、ティアナ・ランスター二等陸士です」
噂はかねがね聞いているよ、とアドレイが言う。皮肉で言っている訳ではないが、表情が厳ついだけに誤解を与えかねないのが、本人の悩みでもあるとか。
実際の所、この世界の地元警察と管理局では関係が悪い訳ではない。寧ろ良い方だ。だが中には、管理局を置く思わない者もいるのも、また事実ではある。
アドレイ自身からの説明によると、今回の事件で掴み得たのは、犯人の行動時刻と、手口だ。3件目となる事件までに、警察も何もしていなかった訳ではない。
街周辺の警備活動を行ったのだ。しかし、事件の大きさは警察の予想を遥かに上回るものだった。それに、街全土をカバー出来る訳ではないのだ。
2件目の事件が発生してから、今度は現地にいる管理局警備部隊にも共同捜査を願い出た。この時に、辛うじて犯人の手口を掴めたと言う。
警備に回っていた1人の魔導師が、真夜中に不審な蝙蝠の群れを見つけた。蝙蝠という動物は何ともないだろうが、問題はこの街に群れでいるという事だ。
しかもその群れの居るところでは、霧の様なものが立ち込めている。明らかに、これはおかしい。そう感じて接近したのだが、不意に音楽が聞こえてきたのだ。
これはますます怪しい、そう睨んで接近したのだが、すべては後の祭りであった。霧は魔導師が近づいたと同時に薄れ、遂に消えてしまった。
後に残っていたのは、無残にも血を吸われた、女性の遺体だけであった。キーワードは3つだ、霧、蝙蝠の群れ、そして謎の曲……だが、上手く纏まりがつかない。
「これは、今一度の犯行を待つ以外にないでしょう」
「大丈夫かね?」
フェイトの提案にアドレイは不安な表情をした。もしもこれで被害を増やそうものなら、住民たちの不安はさらに増大するだけではない。
警察および管理局への不満が募り、信頼も大きく揺らぐことになるからだ。だが、今の状態では、相手の出方を待つしか対策方法はない、とフェイトは考えていた。
それに相手の狙う対象は限りなく狭い。綺麗な女性であり、年齢も20代前後、そして何故か有望なエリート系列ばかり。となれば、その条件にあてはまる女性の護衛に付けばよい。
無論、犯人に気取られる事無くだ。襲ってきたところで犯人を逮捕するしかない。一旦は蝙蝠を洗いざらい探してみては、という意見もあったが、それは机上の空論であった。
この世界に蝙蝠は多くいる。しかも森林地帯の中を、途方もなく探し続けるよりも、襲い掛かってくるところを確保した方が、余程効率が良いのだ。
「わかった、急ぎ条件にあてはまる女性をリスト・アップして見みよう」
「お願いします」
そんな時だった。警察官の1人が対策本部へ駆け込んできた。その様子から大分深刻な事が伺える。
「どうしたのだ?」
「ほ、報告します! 先ほど、大手企業〈ベンテルフ〉宛に、犯行の予告状が届きました!!」
「なんだと!?」
衝撃が走った。まさかの犯行の予告状という、想定外の事態に本部内は動揺した。フェイト、シャリオ、ティアナも相手の心理を掴み得ない、という表情だ。
その予告状とは、次のようなものであった。
“本日 21:00、貴社の優秀な社員、リム・ネイテス嬢を頂きに参上する。なお、どの様な警備も無駄である
――霧の中のジョニー”
馬鹿にしおって! ジョニーと称する犯人からの予告内容に、思わずマクラスタは怒鳴った。だがフェイトは違う。この脅迫状からして、犯人は動物ではない事が確定した。
完全に人為的な者犯行である。しかし、襲ったのが動物であるとすると、召喚獣の類に襲わせている可能性が高い。そうでもなければ、操る事も出来ないだろう。
彼女は時計を見た。現在は15時、あと6時間だ。行動は迅速に行う必要がある。フェイトは直ちに警備の手配を具申した。来ると分かった以上、待ち受けるしかない!
相手が何故、不利となる事を承知でこの様な予告状を送り込んできたのかは不明だが、こちらも全力で守るだけだ。そして、犯人を必ず使える。
地元警察と管理局警備隊の行動は迅速に進んだ。直ぐに〈ベンテルフ〉へ警護の手配を連絡し、許可を貰う。さらに、会社内部と外部周辺に魔導師と警官を配備させたのだ。
さらに念を入れて、周辺住宅や他企業に対して予告時間帯の外出を固く禁じた。そして、各地域に少なくとも2人づつ魔導師を配備して、不測の事態に備えさせる。
フェイトとティアナは会社内部の個室にて、ターゲットである女性会社員と地元警官1名、警備隊局員1名の計4人が直接に張り付いている。隙はない筈だ。
シャリオは対策本部の通信室におり、緊急時に備えての連絡を行う事になっている。現場にいる2人を心配しつつも、通信機に付きっきりであった。
(後10分ですね、フェイトさん)
(うん。外にも警備が付いているけど、気を抜かないでね)
(分かっています)
念話で会話するフェイトとティアナの2人。個室の中にあるソファーには、対象者のネイテスが肩を震わせて座っている。彼女も、今までの事件がどんなものか知っていたのだ。
そこでまさか、自分に狙いを定められるとは……。もしも掴まれば、自分も血を抜かれてしまうのだろう。余りの恐怖に涙目になる。
怖がる彼女を落ち着かせようと、フェイトが近寄り、肩に手を置いた。そして、心配しないように、と声を掛ける。
「は、はい……」
(無理も、ないか)
あの惨劇を知っていて落ち着けるのは、相当な肝の据わっている人物であろう。それからさらに時間は進み、残り時間が後1分と迫った。カチリ、カチリ、と1秒毎の時計の音が響く。
鳴るたびに、時間が迫るたびに、全員の緊張感は上がっていく。あと20秒……10秒……9……8……7……6……5……。
(何処から来るか……)
4……3……2……1……――カチリ。秒針が21:00を示した! さぁ、来てみなさい! と構えるフェイト、ティアナ、そして警官と魔導師。それから数秒の静寂さが、辺りを包む。
何も、起こらない? 額に汗が浮かぶフェイト。だが、変化は不意に訪れた。ポロロン、ポロン、という心に染み込ませるような、ギターの音色が響いたのだ。
これが、報告にあった音楽! 咄嗟にフェイトは現場指揮官の魔導師に念話を送った。しかし、返一向に事が来ない。おかしい、何があったの?
彼女は把握しきれていないだろうが、会社全体は既に支配されているも同然であった。あの謎の霧が覆いかぶさり、会社員たちや警察官のみならず魔導師までもが力を失ったかのように、その場へと倒れ伏せてしまっていたのだ。
この異常事態にいち早く気づいたのは、彼女よりも本部側にいたマクラスタであった。突然の現場部隊からの音信不通という事態に、騒然となった。
「どういう事だ、現場の者は誰一人繋がらんのか!?」
「は、はい! 通信も、念話にも応答がありません!!」
(ふぇ、フェイトさん! ティアナさん!)
呆然とばかりはしていられない。マクラスタは至急、別方面にて待機させていた魔導師達に駆けつける様に命じた。だが、そこでもまた予想外の返事が返ってくる。
何と、殆どの魔導師達が蝙蝠の集団により妨害に遭っていると言うのだ。これは何としたことか! 彼は、犯人の根回しの良さに呆然とした。
管理局の配置を見越して、時間稼ぎをさせるために各部隊へ蝙蝠を差し向けて来たのだろう。彼は、一刻も早い突破を命じたが、現場では早々に事態が悪化していた。
(これは、どういう事……ハッ!?)
ティアナの方へ振り向くフェイト。彼女の様子が、先ほどまでとはおかしい事に気づいた。目に、生気が伴っていない。それだけではない、残る2人も同様だった。
ではネイテスは……と振り返ると、彼女も朦朧とした表情だ。フェイトは悟った、この音楽には催眠の効果が混ざっている! この音源を叩かねばならないのだ。
しかし、そう思ったのも束の間、今度はフェイトの頭がぼぅっとし始める。これに対して、相棒のデバイス、バルディッシュは危険だ、と彼女に知らせたが、もう遅かった。
(あ、頭が……視界も……霞……む)
彼女の脳は、第3者によって瞬く間に支配されてしまった。やがてフェイトの瞳には生気が欠けてしまう。彼女の足は、彼女の意思に反して窓際へと歩み進み始めた。
そして、窓を開ける。そこには無数の蝙蝠が羽をばたつかせながら待っていた。今度はネイテスが窓辺に近づき、フェイトは彼女の腰と脚を変える。
次の瞬間、フェイトは窓へ飛び出した! 飛行能力を有する彼女は、ネイテスを抱いたまま、音楽と蝙蝠たちに先導されるようにして、ある方向へ飛んで行ったのである。
完全に霧と音楽が消え去った瞬間、その場の者はハッとした。なんだ、どうしていたのだ? 何故、倒れていたんだ? 等と訳が分からない、時間も5分程度進んでいた。
そこで悲鳴が上がった。それは、ティアナの悲鳴だった。フェイトさんが、ネイテスさんが居ない! 騒然とした。標的だけではなく、あのフェイトまで姿を消したのだ。
完全なる管理局、警察の敗北であった。厳重を極めた包囲網を易々と犯人は突破し、ネイテスのみならず、フェイトをも連れ去ったのだ。完敗としか言いようが無い。
そして、この事件は捜査を暗礁に乗り上げさせると共に、難航を極めたのである。
「うぅ……」
ふと、フェイトは目を覚ました。最初に視界に入ったのは、何処かしらの天井だ。何かの上で横になっている事に気づくが、どうやらベッドの上らしい。身体を起こした。
そして自分の格好に気が付いた、バリアジャケットが解除され、通常の管理局の制服に戻っていたのだ。戻した覚えはないが、気を失った間に戻されたのだろうか?
だが勝手に解除されるはずはない。デバイスの所有者でしか、解除できない仕組みなのだ。いったい、気を失っていた間に何があったのか。しかも、デバイスが無い!
犯人に取られてしまった、と考えるのが妥当だと思わざるを得ない。でなければ、自分をこの個室のベッドの上に、縛りつけもしないで寝かしはしないだろう。
とにかく、ここが何処であるか突き止めねばならない。彼女はそっとドアに手を掛けると、廊下へと出た。かなり大きな建物らしい。部屋数も相当なものだ。
屋敷の中央へ進むと、そこは吹き抜けのフロアとなっていた。どうやら自分は2階の部屋にいたようだ。玄関から直進した先に、2階への階段がある。
フェイトはフロアへの階段を目指して歩き出した。だが、そこでギターの奏でる曲が聞こえ始める。犯人がこの屋敷にいる証拠だと分かったと同時に、不安になった。
今の自分はバリアジャケットが無い。生身の身体で対抗するしかないのだが……それに操られる可能性もある。だが、不思議とその感覚は無い。
曲が違うだからだろうか? そう思いつつも、曲の聞こえる方へ歩み始めた。それはちょうど、階段の真正面にある、大きめの扉からである。
そろり、そろり、と足音を顰めながらドアの前に立ち、耳を近づけた。だが、それを知っていたかのように、中から声が聞こえた。
「そこにいないで、こちらへ来たらどうかな?」
「!」
ばれている、と確信した。そして抵抗も無駄であろうと察した彼女は、覚悟を決めてドアを開けて入った。中は広々とした部屋だ。おそらく、客間の類であろう。
右手方向には暖炉が、左手側にはテーブルと、それを囲むソファーと椅子。真正面にはベランダに出るガラス張りの窓がある。そのベランダに、彼が居た。
1人の男性がギターを肩に掛けながらテラスの椅子に腰かけているのだ。先程から、ギターの音色を奏でているのを続けているが、フェイトを確認すると、演奏を止めて立ち上がる。
「ようこそ、我が屋敷へ。僕はジョニーこの屋敷の主さ」
「ジョニー……? では、貴方が、あの事件の……」
「そうだよ。女性の血は素晴らしいね、特に……若く美しく、そして、優秀な頭脳を持つ女性の血は」
フェイトはゾッとした。目の前の男性は、見た目からして普通の人間に見えるのだが、雰囲気は人間ではない。それに眼が違う。他人を刺し殺すような細い目をしているのだ。
何故女性の血を狙うのか……と姿勢を崩さぬように、ジョニーと名乗る男性に聞く。すると、ジョニーはニタリ、と口元を吊り上げた。
「僕が長寿を保つためさ」
「長……寿? 貴方、いったい、何者なの」
長寿のために血を求める。人間でそんな事をしても、長生きなど出来ぬ。そう“人間”なら、である。ここまで聞いてフェイトの脳内では、ジョニーという人物が、地球のとある架空のモンスターと一致してしまった。
そうだ……蝙蝠に血液、夜、といえば、あれしかない。そうだ、彼は……。
「フッフッフ、僕は吸血鬼……吸血鬼エリートだ」
“吸血鬼”西洋で有名なモンスターとしても知られている。中にはドラキュラだとか、ヴァンパイア、等と言う事もある。だが彼は、吸血鬼でも札付きの吸血鬼エリートなのだ。
フェイトは信じ難いと思った。ドラゴンであったら、召喚獣として使役している魔導師を幾人か知っているので、違和感は感じなかった。
だが、吸血鬼は召喚獣とは全く違うものだ。存在すらしていないと思って当然だ。モンスター映画で有名な吸血鬼が実在するなどと、誰が想像しえようか?
「私をどうするつもり? それに、ネイテスさんはどうしたの!」
「君にはまだ、役目があるからね。それまではこの屋敷の客人だよ。それと彼女は、既にここにはいない。血は美味であったがね」
「……!? まさか、貴様ぁ!!」
思わず声を荒げるフェイト。血が美味だった、という事はジョニーは血を吸って殺してしまったのだ、と直感したのだ。衝動的に、殴りかかろうとしたのだが、無駄に終わった。
何処にいたのか、数匹の蝙蝠たちが彼女の目の前へ舞い降りて妨害して来たのだ。反抗しようとした彼女を見て、彼は余裕の表情で話しかける。
「安心してくれ、殺してはいない。彼女には、死ぬ前に重要な仕事があるからね」
「な、何を!!」
「彼女には生きて、向こうへ行って貰わねば困るのさ。ある人物を呼び出すためにね」
「ある、人物……?」
蝙蝠たちが引き払い、フェイトは憎たらしくジョニーを睨めつけながら問い返す。そして、意外な人物名を口にした。
「八神 はやて君さ」
「!?」
「そう、君の親友だったね、情報が正しければ」
「なんで、はやてを?」
「簡単な事さ。彼女は正に才色兼備という言葉がふさわしい女性だ。さらに彼女は闇の書を使う極めてランクの高い魔導師。彼女の血ならば、私はもっと強い妖力を手に入れられる。それだけではない、ティナも大いに満足するだろう」
「ティ……ナ?」
「あぁ、君には合わせていなかったね。おいで、ティナ。こちらの方にご挨拶しなさい」
そう言うと、ベランダに1つの大きな影が舞い降りる。それはシルエットは蝙蝠そのものだ。だが、大きさが尋常ではない。1m以上はある、巨大蝙蝠だった。
これを見てフェイトは、今までの吸血事件はこの蝙蝠が原因であろうと見抜いた。あの大きさなら、歯型の大きさの説明もつくだろう。
「こちらが僕の妹、ティナだ」
「妹……どういう事? 貴方は蝙蝠ではない筈」
「それは違うね。僕も、もともとは蝙蝠だったのさ。まぁ、人間の血を吸い続けるうちに、魔力も吸い込めるようになってね。お蔭で変身できるまでに力を高められたんだ」
もっとも、40年くらい前の話だけどね、と付け加える。彼によれば、吸血鬼となり得た自分と同じく、妹のティナも吸血鬼エリートにすることで、能力を高めさせようとしているのだ。
そのためには、気の遠くなる年数を必要とするらしい。だが彼は、より純度の高い血液を吸わせる事で、早い段階での変身をさせようと考えたらしい。
変身するにはあと一歩まで来ている。そこで、今度は管理局でも名高い八神 はやての血液を得る事でティナを、吸血鬼エリートに変身させるのだ。
そのために、自分を餌にして誘い込もうとしたのか。だが疑問も浮かぶ。はやても高い能力を有する魔導師だ。フェイトは自慢する気はさらさらないが、自分も狙われる対象となってもい可笑しくはない筈では?
「ふふ、何故自分を襲わないか、って顔をしているね。さっきも言ったけど、君は囮だ。だが理由は他にもある……」
「なんなの?」
「僕ら吸血鬼は、純粋な血液ではないと駄目なのさ。つまり……人為的に造られたものよりは、自然の人間の方が良い」
そういわれた瞬間、彼女の心に鋭い何かが突き刺さるような気がした。この男は何と言った? 自分を人造であることを知っている、と言ったのだ。
昔に抱いていたコンプレックスだ。母の胎内からではなく、人為的に造られ、死んだ娘の代わりとして育てられた。だが、造られてなお、娘と認められなかった。
結局は娘としての扱いを受けぬままにして、母親と死別となったのだ。その様な事まで知っているとは、フェイトも予想外だった。
「私の情報も伊達ではないよ。蝙蝠たちも良く動いてくれるのでね……さて、長話は此処までとしよう。まだ夜が明けるには時間がある事だし、君も眠りたまえ」
「……私が逃げるとは思わないの?」
「ハハハ、逃げられるものなら、やってみるといいよ。この森は常に霧が立ち込めている。方向感覚もなくなる。下手をすると遭難するだろうね、確実に……。それに、君のデバイスは僕が持っているのさ。飛んで行ける訳もないから、止めておきたまえ」
こいつ、どこまでも足元を見透かして! フェイトはジョニーに対して噴気しそうになったが、それは抑え込んだ。また蝙蝠に邪魔されるのがおちだろう。
それにチャンスはまだある筈である。何としてもデバイスを取り戻し、この男を取り押さえないと……。しぶしぶという風に、彼女は部屋を出て行った。
「明日は面白いことになりそうだよ、ティナ」
退室したフェイトを見やった後、彼は樽の蛇口をひねり、ワイングラスに液体を注いだ。それは、真っ赤な液体だ。彼特性の、血のワインである。
並みに注ぎ、ベランダへと出る。ティナは彼の傍で佇んでいた。そんな妹に一瞥すると、彼はワイングラスを掲げ、月と重ね合わせた。月の光が、血のワインを通して、彼の顔を赤く染め照らしだした。
そして、綺麗なワインレッドの光に見とれると、やがてそれを口に運び、くいっとグラスを煽った。口の中に染み込む、純度の高い女性の血。ホロ酔いするジョニー。
明日にははやてが来る。彼女の血で作りあげたワインは、どんな味がするだろうか。勿論、ティナの吸血鬼へ生まれ変わるためにも使うのだが……。
「……楽しみだ」
満月の夜が照らす屋敷と森に、彼の薄笑いが静かに響き渡っていた。
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