戦慄! 吸血鬼エリート!!/後編(リリカルなのは×ゲゲゲの鬼太郎)
第56管理世界に起きた4件目の事件に、各世界のみならず管理局をも騒然とさせた。標的となった女性が誘拐されただけではない、あのフェイト執務官までもが誘拐されたのだ。
外部と内部を厳重に守備していた筈の警察と管理局を、いとも簡単に突破してしまった犯人に対して、地元住民はさらなる恐怖を募らせる結果になってしまった。
“霧の中のジョニー”と名を明かした犯人の姿は、いまだに明かされてもいない。捜査も難航をしめしており、それによって不信感と不満もまた高まっていくのだ。
この事件に対して、管理局上層部はさらなる魔導師の派遣を決定した。それが八神 はやてである。そのはやては、現在、第56管理世界に足を運んでいた。
対策本部に招かれた彼女は、まずは襲撃を許した時の状況を把握せねばならないとして、フェイトと共にいたティアナと警察官、魔導師の各3名から詳しい状況を聞き出した。
だが、3人とも口をそろえて、襲撃予告時間から2人が消えてしまうまでの時間の記憶が抜けているようなことを言う。無論、それは周りを警護していた者も同様だった。
後輩であり部下でもあったティアナは、ひたすらはやてに対して頭を下げていた。
「私のせいです……フェイトさんと、ネイテスさんを守れなかったのは……」
「ティアナ、そう何べんも頭下げてどないするねん? ティアナだけの責任やあらへんし、どう見ても犯人の実力が上でしかなかった、という事や。あのフェイトちゃんさえ、してやられたのが、何よりの証拠でもある」
そうだ、ティアナが頭を下げて済む問題ではない。はやては、この後輩を責めるつもりはなかった。今言ったように、犯人のジョニーとやらの方が、一枚上手だったのだ。
特に衝撃的だったのは、ティアナの有するデバイス〈クロスミラージュ〉が記録した映像では、その場の全員が意識を奪われたかのように、動けなかった事。
そして、何かに操られるかのように、フェイトはネイテスを抱きかかえて、蝙蝠たちと共に飛び去ってしまったという事である。どうすれば、ここまで出来るのだろうか?
魔導師の中で、他人を操れるような者はいない。洗脳するならまだしも、この場合は一度に洗脳状態に陥った者の数が半端ではないのだ。
ジョニーと名乗る者の手口に関しては、いまいちよく掴めない。分かっている事となれば、それは襲撃される直前に音楽が必ず聞こえてくるという事だ。
「音楽か……何かしらの催眠効果でもあるんやろか」
「わかりません……ですが、音楽以外にこれといった特徴が……」
シャリオがそう答える。音楽で人を操るなど、可能であるのか? 精々、眠りに誘うくらいが限度であろうに。だが、相手が常識を超える敵であるとすれば、可能なのであろう。
今までに出会った事のない犯人、ジョニーに対してはやては計り知れぬ恐怖を感じ取った。しかし対応策がない、という訳でもない。音楽で操る事が出来るのであれば、それを聞かなければ良いだけの話だ。
様は耳栓か何かで自分の耳を塞ぐしかない。会話は念話で行えばよいのだ。後は誘拐された2人の居所さえ分かれば大丈夫なのだが……。
考え込む3名と1人のユニゾンデバイス。そこに、驚くべき知らせが、本部内を揺るがした。なんと、誘拐された1人、ネイテスが発見されたと言うのだ!
これを知った瞬間、はやてはシャリオとティアナを引き連れて飛び出した。向かう先は、ネイテスの保護された病院である。到着するまで、彼女は再び考えた。
誘拐された筈の2人の内、1人がここまでどの様にして逃げて来たのか? フェイトはどうしたのか? まさか、彼女が犯人と交戦している間に、ネイテスが逃げ延びたのか。
疑問は尽きない。はやては不安になりながらも、ここに来るまでの事を思い浮かべた。
「そ、そんな! フェイトちゃんが!? 何かの間違いやないんか!!」
「……残念ながら、流れてくる情報は皆同じものです」
フェイトとネイテスの誘拐が明らかになった後日、はやては執務室で驚きの声を上げていた。その事件を知らせたのは、青紫のロングヘアーをした10代後半の女性であった。
彼女ははやての知人、ギンガ・ナカジマである。はやての問いかけに、ギンガは暗い表情で首を横に振る。既にいくつかのメディアを通して、知れ渡ってもいるのだ。
同じく絶望のどん底に突き落とされたのは、なにもはやてだけではない。フェイトの親友であり、エース魔導師の高町 なのはも、この知らせを耳にして、呆然としたらしい。
フェイトの義母である、リンディ・ハラオウン提督、そして義兄のクロノ・ハラオウン提督も同様、或いはそれ以上の反応を示した。
そして何よりも、フェイトが保護者となって引き取っていた2人の10歳程の子供、エリオ・モンディアルとキャロ・ル・ルシエもまた、涙を浮かべていた。
はやては衝動的だったのか、自らこの事件への担当を願い出た。これに対して友人や知人たちは一時反対の声を上げたものの、彼女の必死の説得により辛うじて納得させたのだ。
元々、はやても特別捜査官としての資格を持っている。これを生かし、第56管理世界へと向かおうとしたのだ。上層部は彼女を派遣すべきかどうか判断に迷った。
フェイトがしてやられたくらいだ、はやてが派遣されたとしても、同じ結果になるのではないだろうか? かといって、このまま手を拱いている訳にもいかない。
結局のところは止むを得なしという結果に至り、はやての派遣が正式に決定されたのである。だが、彼女だけが派遣されるわけではなく、司令部代わりとしてXV級次元航行艦船〈クラウディア〉に同乗して向かう事となったのだ。
その〈クラウディア〉艦長が、フェイトの義兄であるクロノだ。彼とも面識は深く、はやても安心して背中を預けられる思いで、現地へと向かったのである。
「はやて、フェイトを……よろしく頼む」
「任しとき、必ず見つけて帰ったるわ」
現地へ降り立つ寸前、彼女はクロノから直接そう言われ、彼女のもまた連れて帰ってくると固く約束した。だが、この事件は簡単に解決するようなものではない、と感じてもいた。
病院の1室に、ネイテスはベッドの上でぐったりとした様子でいた。話によれば、彼女は森林地帯の山道をふら付きながら降りてきたと言う。
そして、森林地帯付近の住民が発見し、保護されたのである。容態は、重度の貧血であるという事と、疲労が蓄積していたというもので、点滴と輸血で辛うじて助かったのだ。
まだ話しかけるのも無理があるかもしれない、と医師から説明を受けていたものの、はやては出来うる限りの情報を集めるため、駄目元で話しかける。
「ネイテスさん、聞こえますか?」
「……ぁ、は……い」
弱々しい声だった。これでは、長時間の聞き込みは望むべくもない。そう直感したはやては、手短に聞き込みを開始した。
「貴女は、自力で脱出したのですか?」
「よ……くは、覚えて……いませんが……」
少しづつ、彼女は事の次第を語り出した。ネイテスはあの事件の後、意識を屋敷内で取り戻したという。それがどこかは分からないが、かなり大きな建物だったと言う。
そして彼女は、屋敷内でもまた、音楽を耳にした。それに逆らう事が出来ぬまま、ある男性の元へと歩み寄った。その瞬間に血を吸われ、吸い殺されそうになった。
しかし、男は不意に口を離した。血を吸われ殺されかけた彼女は、瞬く間に恐怖に支配された。この男は異常だと知ったうえ、ここにいては確実に殺される。
男はこう言った、「良い味だ、是非ともワインとして貯蔵してもらおう」と。あまりの事にネイテスは呆然とした。そして、男は何を思い出したのか部屋を出て行く。
その瞬間を突いて、彼女は自力で立ち上がり、その部屋からヨタヨタと危ない足取りで飛び出す。そのまま、屋敷の外へと駆け出して、森林の中へと飛び込んだのだ。
その後の事はよく覚えていないという。どこをどう行ったのだか、意識も飛びそうになりながらも、住宅街へ通じる山道へ出ることに成功したのだ。
「そうでしたか……ところで、貴方と共にいた、ハラオウン執務官は?」
「わか……りません。逃げる、のに……必死だったので……」
「分かりました。ご協力に、感謝します。どうか、早い回復を願ってます」
質問もそこそこにして、はやて達は病室から出た。残念ながら、フェイトの生存の可能性となるもの聞けなかった。だが同時に、生きている可能性も十分にあるという事だ。
「しっかし、腑に落ちんわ……」
「何がですか?」
顎に手を当てながら歩くはやてに、リィンフォースUが訪ねる。
「いやなぁ、彼女の言う男、恐らくはジョニーっちゅう奴やろうけど、ネイテスさんをそう簡単に取り逃がすかと思うてな?」
「確かに、言われてみるとそうですね」
「音楽で人を操るほどのジョニーが、部屋を離れた程度で逃がすとは思いにくいですね……」
シャリオが同意し、ティアナもジョニーの失態に何やらわざとらしさを感じていた。これは恐らく、誘っているのではないか、と推測できる。
だが何のために? 捕まえた女性を態々取り逃がし、しかも捕まえに来てくださいと言わんばかりだ。それ程管理局に対して、相手にしてほしいのだろうか。
兎も角、森林地帯にジョニーの住まいとされる屋敷がある筈だ。徹底的に探すっきゃない! そう意気込むと、彼女は早々と対策本部へと戻っていった。
『成程、敵は我々を誘い込んでいるのか』
「確信は持ちえへんけど、そうとしか思えへんのや。明らかに、私らに来い言うてる」
本部の通信機で、はやては宇宙空間で待機している〈クラウディア〉のクロノと話していた。クロノははやての推察が、恐らく正しいと考えている。
だが、何故、という理由が分からない。狙うなら普通の人間、民間人を狙うものであろうに。それに、フェイトも連れ去った事が気にかかる。
はやては、〈クラウディア〉の地表スキャナーで屋敷を特定できないかと尋ねる。それに対してクロノからの返事は良くないものであった。
『実は、その森林地帯は全体に渡って、濃霧が発生しているんだ』
「濃霧? いつ晴れるかも分からへんの?」
『あぁ。ただの濃霧とは思えない。これもまた、敵のカモフラージュか何かかもしれない』
驚いた。森林地帯への上空捜査を妨害するが如く覆う濃霧。晴れる事さえないそれに、はやてはますます、伝説のモンスター、ドラキュラを連想させてしまった。
クロノも、地球に滞在したことのある身だ。ドラキュラがどんなものかは知っている。はやてが彼に、犯人は吸血鬼かもしらへん、と報告した時、信じ難い表情をしていた。
吸血鬼相手にどう戦うべきか、と考えていても仕方がない。魔導師に似通ったものならば、それ相応の応援を出さねばなるまい。
「わかった、手探り状態になるやろうけど、見つけた時の援護は頼むで」
『了解だ。こちらも武装隊を待機させておく。現地部隊も君の合図で動いてくれるそうだ』
「そりゃ心強いわ、おおきにな」
その通信の後、彼女を中心とした捜索部隊が編成された。一方、ジョニーの方はと言えば……。
「フフフ、そうか、動いたか。ご苦労だったね」
不気味に聳え立つ屋敷の客間で、彼は偵察に出ていた蝙蝠からの報告を受けて笑みを浮かべていた。魔導師達が動いた、この森林地帯へ向かって捜索を始めたのだ。
彼は余裕だった。この屋敷はそう簡単に見つけられるものではない。この濃霧が、屋敷を隠してくれている。上空から見つけられはしないのだ。
さてと……彼は椅子の横に置いていたギターを手に取り、肩にかけた。獲物が接近してくれる、後は自分の力ではやてをここまで先導してやればよい。
無論、他の邪魔な奴らは近づけさせないようにしなければならないのだが、それは蝙蝠たちがやってくれる。信頼の厚い蝙蝠たちは、家族も同然なのだ。
ベランダへと歩み寄るジョニーは、ギターの弦に指を掛ける。そして、それを軽やかに弾き、演奏を始めた。
「さぁ、おいで……僕の所へ」
霧の中に響き渡るメロディー。当然、この曲は個室にいるフェイトの耳にも入った。
「ジョニー……まさか!」
彼女は慌てて個室から飛び出し、ジョニーのいる客間へと向かう。この曲を弾き始めたという事は、はやてが来ていると言うことではないのか?
残念ながら彼女の予想は正しかった。誘い込まれようとしているはやてを助けるべく、ジョニーのいる部屋に飛び込もうとする。だが、開かない!
こんな時になってドアに鍵をかけていたのだ。ドアノブを捻っても空ける事が出来ない事に業を煮やした彼女は、強引にも体当たりで開けようとする。
そうはさせまい、と今度は何処からか現れた無数の蝙蝠が、彼女に襲い掛かる。フェイトはそれを手で振り払い、必死に抵抗するのだが、隙を隠しきれない。
1匹の蝙蝠が、彼女の右脚に噛みついた。
「っ!」
激痛、とまではいかないものの、明らかに痛みが走った。その痛みに怯んだ瞬間に、大勢の蝙蝠が彼女に覆いかぶさった。それでも懸命に追い払おうとする。
ジョニーは部屋の中から、フェイトが蝙蝠たちに襲われている事を知ると、ギターを弾きながら蝙蝠たちに命じた。
「やめてくれないか、お前たち。彼女にはあまり傷をつけないでくれ。この用がすんだら、お前たちの好きにしていいから」
そう言うと、蝙蝠たちはバサバサと音を立てて散った。残されたのは床に倒れているフェイトだけだ。蝙蝠たちに抵抗したためか、服装がやや乱れてはいる。
少なくとも3回は噛まれた。血は吸われてはいないのだが、右脚の太腿、左腕、右腕の3か所だ。だが致命的な傷ではなく、軽く止血すめば済む程度だった。
「うぅ……」
「フェイト君、大人しくしてくれないか。直ぐに親友に会わせてあげるから」
ドアの向こうから言うジョニーに、睨めつけるが如く視線を向ける。バリアジャケットがあれば、この程度のドアは破れるのだ。だが、肝心のデバイスを、ジョニーが持っている。
彼はデバイスを彼女から取り上げた後に、特殊な箱に入れて保管していた。それは魔力を封じてしまう特殊なもので、外部からの探知をシャット・アウトさせる事が出来る。
何もできないまま、彼女は呆然とドアの前にいる事しか出来ないことに、無力さを思い知らされていた。
「さぁて、はやて君、こちらへと来ていただこう……」
森林地帯の上空を飛行していたはやて。彼女の肩にはリィンフォースUもいる。目の前に広がる森林地帯、そして、何よりも不思議な濃霧。
自然現象の一環とはとても思えにくい。これで上空から探すのも骨の折れる作業だ。何よりも、まだ生存しているであろうフェイトの魔力を感知することも出来ない。
感知出来ないという事は、最悪の事態を想定しなければならない。それは、すでにこの世の者ではない、という事である。いや、そんなはずはない! はやては頭を横に振る。
しばらく飛び続けているはやてとリィンフォースUの耳元に、突然怪しげな音楽が舞い込んで来た。この瞬間、彼女は危険を察知した。
「あかん、この曲……は……」
「? どうしたんですか、はやてちゃん!?」
彼女に成す術など無かった。ジョニーの音楽による催眠効果は、彼女が対応する前に効果を発揮したのだ。突然、目の生気が無くなったような様子に、リィンフォースUは驚愕した。
そんなリィンフォースUの問いかけに構わず、急にはやては急降下を開始する。それに離れまいと、はやての肩にしがみ付くリィンフォースU。
多方面を捜索していた捜索隊は、はやての行動に戸惑いを感じていた。急に森林地帯へ降下してしまい、行方を晦まされてしまったのだ。
念話ですかさず呼びかけるものの一向に返事が来ない。この事は当然、衛星軌道上にいるクロノの知るところとなった。〈クラウディア〉内部は騒然としている。
「どういうことだ、何故はやては……捜索隊は全力で八神二佐の行方を追うんだ!」
「了解!」
(これでは、ミイラ取りがミイラになってしまう!)
彼の不安をよそに、意識の無いはやてはジョニーの屋敷へと到着していた。ベランダへ降り立つ彼女を、ジョニーは客間の方からその様子を見ていた。
順調に事が運んでいる、と内心で喜ぶ彼はギターの手を止めない。そして、そのまま屋敷内へと誘う。ふと、蝙蝠たちがはやての周辺に舞い飛んで来る。
彼ら蝙蝠は、この屋敷を守る番人の役目を持っていた。見知らぬ者が近づくと、問答無用で襲い掛かるのだ。しかし、ジョニーは彼らを止めた。
「お前たち、その者は僕の客人だ。手を出してはいけないよ」
と、言った時だ。はやての陰に隠れて見えなかったリィンフォースUが、蝙蝠にあぶり出されて姿を見せた。
「な、何するですか〜!」
「ほぅ、君までいたとはね。だが残念ながら、君はお呼びではないのだけど……お前達」
彼が何か合図したその瞬間、蝙蝠達はリィンフォースUへ襲い掛かった。小さな彼女はユニゾン・デバイスだ。彼女自身も魔法を使えるのだが、さすがにこれは多勢に無勢だった。
噛まれまいと飛び回るのだが、やがて右腕を脚で掴まれる。さらに左腕、わき腹を掴まれた。普通よりも大きめな蝙蝠の前に、彼女の抵抗は空しいものに過ぎない。
「やめるです! もう! はやてちゃん、目を覚ますですよー!!」
「無駄だよ。僕の催眠に掛かっている以上、自力で解けはしない……」
無理矢理とジョニーの元へ連れて行かれるリィンフォースU。別の蝙蝠2匹が、彼の隣にある小さな机の上に、横20p、奥行15p、高さ10cmほどの装飾された箱を置いた。
パカリ、と蝙蝠が脚で蓋を空ける。
「!?」
「さぁ、君はここに入っていたまえ。永遠に出る事も無いだろうけど……」
小さな彼女は抵抗空しく、箱の中へと無理矢理に押し込められてしまった。身体を曲げなければ入りきらず、窮屈な体制で閉じ込められたのだ。
それを確認すると、はやてをそのまま招き入れる。だがその前に、やっておかなくてはならない。彼ははやてに対して、バリアジャケットの解除を命じたのだ。
微動だにせず、はやては命令された通りにバリアジャケットを解除させられた。そして1匹の蝙蝠が、念入りにも彼女のデバイスを掴みとった。
「いい子だ。さぁ、そのままおいで」
「……」
その言葉に対して、素直にベランダから客間へと脚を進めるはやて。そして、ソファーへと座ると、彼はギターを弾く手を止めた。
「フェイト君、まだそこにいるのだろう? 入ってきたまえ」
数秒間を置いてから、フェイトはようやくドアを開けて入る。開けたその先に、ソファーに座るはやての姿があった。思わず、フェイトは親友の名を叫びながら近づく。
「はやて! はやて! しっかりして、はやて!!」
「……ぅん? あ……フェ、フェイト……ちゃん!?」
フェイトに揺さぶられ、声を掛けられたことでようやく催眠が解けたのだろう。はやての目に輝きが戻り、意識も同時に戻った。目の前にいる親友にはやては涙目になる。
思わず無事が確認できた嬉しさに、抱きしめるはやて。だが、その光景に水を差したのはジョニーだ。
「素晴らしいね、友情とは実に良い」
「なっ!? まさか……あんたがジョニー!」
「そう、僕がジョニー。吸血鬼エリートだ」
本当の吸血鬼! はやては戦慄する。対してフェイトは、彼の不気味な笑みに警戒心を募らせる。だが生憎とデバイスがない。はやても、自分が制服姿である事に気づいた。
「ジョニー! あんた、ウチのデバイスはどないしたん!? それに、リィンは!!」
「どちらも確保しているよ。今の所はね……」
という事は、確実に葬り去ろうと言うのではないか! このままでは手も足も出ない、どないするん!
「さて、感動の再会もそこまでにして……用の済んだ女優には、退場して頂こう」
「なんやて?」
用の済んだ女優――フェイトへと目線を向けるジョニー。瞬間、ギターの弦を弾き始めた。飛びかかろうにもやや距離があり、間に合わない。
咄嗟に耳を手でふさごうとするが、所詮、無駄なあがきでしかない。はやてはその場に貼り付けになり、フェイトは抵抗も出来ずに勝手にベランダへと歩み寄る。
それを、はやては目で追う事しか出来ない。まさか、ジョニーはフェイトちゃんを飛び降りさせる気なんか! ジョニーのやろうとする事に、汗が流れでる。
「彼女には、砂地獄へと落ちてもらう。なに、この谷は垂直ではないし、柔らかい砂で出来ている。落ちたくらいで簡単に死なないさ」
(ふざけるな!)
はやては心の中でそう叫ぶ。だが、フェイトは1歩、また1歩とベランダへ向かう。やがて手すりまで歩み寄ると、ジョニーは冷たい声で命じた。
「落ちるんだ」
(駄目や、フェイトちゃん!!)
落ちないで、と懸命に祈るが叶わない。フェイトは手すりに手を掛けて身体を乗り出す。そして……。
(嫌ぁ!? 嫌あああああ!!!!)
重力に従い落下した。ベランダの真下は、砂地獄だ。谷底まで80mもあった。その中を、フェイトは落ちていく。だが、真ん中から落ちていれば、砂がクッションになるとはいえ助からなかっただろう。
彼女は谷の縁の部分を伝う様にして、砂に塗れ転がり落ちる様な形で、谷底まで落ちて行ったのだ。それでも、ドサ、という鈍い音を立ててはいたが……。
はやては釘づけにされていたために、その場面を見る事も無い。だが、落下させられた親友に、絶望の色しか浮かんでこないのだ。呆然とする彼女に、ジョニーが言う。
「砂地獄に落ちたら2度とは這い上がれない。よじ登ろうとしても、砂ばかりで滑り落ちるだけ。やがては死に骨になるだろうね」
「う……嘘や」
「嘘ではないさ。そして君は、これから儀式のために血を捧げてもらう」
「血? な、何で……や」
「僕の妹を吸血鬼エリートにするためさ。」
妹やて? はやては疑問に思った。この男に妹が居たのか、と思う瞬間にそれはやって来た。人間の子供くらいは余裕で抱えられるくらいの巨大蝙蝠。
口から除く鋭い牙に、鋭い両目。巨大な翼に赤黒い様な体毛。その異様にはやては背筋を凍らせた。この化け物に、血を吸われるというのか!
「しばらく眠ってもらうよ」
はやてに抵抗もさせず、彼はギターの催眠効果で眠りにつかせる。脱力し、床に倒れ込むはやて。ジョニーは蝙蝠たちに命じて、彼女を隣室へと連れて行くよう命じる。
数十匹の蝙蝠たちがはやてに掴みかかり、懸命に隣室へと連れて行った……。
方や、谷に突き落とされたフェイトは、ようやく目を覚ます。自分が先ほどまでいた場所とは、まるで違うことに気づいた。屋敷の中ではない、外にいる!
しかも深い谷底だ。彼女は体中に付いた砂を払い落とした。幸いにして、致命的な怪我はないものの、身体の節々が痛かった。痣が出来ているかもしれない。
そんな事を考えつつも、彼女はここをどうやって出ようかと真剣に悩む。が、ふと足元でこつん、という軽い音を立てた。何か当たったようだ。
何か白いものだ。徐に彼女は白いものの周りの砂をかき分けた。その瞬間、彼女は息を呑んだ。
「これは……白骨!?」
そう、誰の亡骸かも分からない、白骨化した死体だった。改めて周りを眺める。周辺にはいくつかの白骨化したものがチラホラと見えているではないか!
彼女は理解した、これは全てジョニーの犠牲になった人達だ。血を吸われ死んだ女性たちを、この穴へと放り込んでいたのだろう。あとは自然白骨化し、砂が覆い隠してくれる。
恐ろしい男だ、とフェイトは彼のやってきた事に改めて恐怖を感じる。こうやって、生きながらえて来たのか……。そこで、重要な事に気づいた。
「そうだ、はやてが危ない!」
ジョニーははやての生き血を吸うつもりだ。しかも妹を人間形態――吸血鬼へと変身させるために、である。このままでは、彼女は血を抜かれ、死んでしまう。
だがこの谷から出られるとは思えない。ためしによじ登ろうとしたが、砂が直ぐに流れて滑り落ちて行ってしまう。せめてデバイスがあれば!
あるいは、上から梯子でも落ちてくれば……。その様な都合のいいことが、と他の事を考えようとしたときだ、彼女の真上から小さな影が舞い降りてきた。
それはリィンフォースUだ。ジョニーに捕らわれていたのではなかったのか、と疑問に思うもののリィンフォースUはフェイトの基へ降り立った。
「リィンフォース!」
「良かった、無事だったんですね!」
リィンフォースUは蝙蝠達に小箱へと押し込められたのだが、彼女は必死に箱の中でもがいていたそうだ。魔力も無効化される状態の中で、兎に角足掻いた。
その足掻きが功を奏したのか、小箱は棚からずれ堕ちて床にぶつかった。その拍子に蓋が開いたのだ。リィンフォースUは飛び出したが、はやては既に移された後。
しかもその部屋を守るかのように蝙蝠達がいる。これではどうしようもないと思い、見つからないようにベランダへと飛び出したところへ、真下のフェイトに気づいたのだ
「大変ですぅ、はやてちゃんが、あのお化け蝙蝠の儀式に……!」
「! ……リィンフォース、私をあそこまで連れて行ってくれる?」
30cmしかないリィンフォースUに、人並みの身長があるフェイトを運べる術など無い。だが、この小さな少女は状況に応じて人間大の大きさへと変化できる。
それでも永遠に続けられるわけではない。大きくなる場合には、魔力の消費が大きくなってしまうのだ。だが、今の状況で惜しんでいる場合ではない。
フェイトの頼みに頷くと、リィンフォースUは瞬く間に人間大の大きさへと変化した。そして、フェイトを抱きかかえると、スッと上昇していったのだ。
屋敷へ戻るのに1分も必要としなかった。あの客間へのベランダへそっと降り立つ2人。問題はここからだ。このまま隣室へと突入するか、それとも応援を呼んでからか。
しかし事態は一刻を争う。彼女は踏み込むことを決意した。ダンッ、という音を立てて飛び込む二人。扉の向こうには、小さな祭壇と2つの台がある。
1つにははやてが寝かされており、もう片方には、布を掛けられた何かが横たわっていた。おそらくは巨大蝙蝠ティナであろう。だが、どう見ても蝙蝠の形ではない。
対するジョニーは、突然の乱入者に驚き声を上げた。せっかく儀式が成功半ばだと言うのに、いったい誰が僕の邪魔をしようというのだ! と、その乱入を見て驚いた。
「どういうことだっ! 砂地獄へ落とした筈なのに!」
「それよりも、はやてちゃんを返してもうらうです!!」
リィンフォースUはそう言うなり、一気に距離を詰めてはやてを抱え込む。それを防ごうと、彼はそばに置いておいたギターに手を掛けようとした。
しかし、フェイトは今回ばかりは時間を与えるような事はしなかった。ギターをいざ弾こうとした時に、フェイトが掴みかかってきたのだ。
バリアジャケットが無い彼女は、普通の人間女性に等しい。だが普段訓練している成果は伊達ではなく、ジョニーのギターを奪い取らんとする。
「くっ! は、離さないか!!」
「離さない! リィンフォース、早く!!」
フェイトが時間を稼いでいる間に、リィンフォースUははやてを抱き抱えて、出て行く。それを確認した、刹那……。
「っ! ……ぁぐっ!?」
彼女の左肩に痛みが走る。その次に右頬に激痛が起き、彼女はそのまま後方へと吹き飛ばされた。フェイトは、駆けつけてきた蝙蝠に左肩を噛まれたのだ。
その痛みに怯んだところで、ジョニーがギターの本体の部分を彼女の右頬へ斜めざまに振り上げた。それは見事に怯んだフェイトの顔に命中し、そのまま殴り飛ばされたのである。
本棚に背中をぶつけて呻くフェイト。殴られた際に口内を切ってしまったのだろう、唇の右端から血を流していた。そんな彼女をジョニーが鋭い目つきで睨んだ。
「よくも邪魔してくれたね。もうすぐで……吸血鬼エリートとして目覚める筈だったのに!」
「ケホッ、ケホッ……貴方の……都合で、はやてを殺させるわけには、いかない」
血を右手で拭いながら、強い抵抗の意思を見せている。その表情に、ジョニーは怒りを募らせる。
「生意気な口を……今頃逃げても無駄だ、八神君には追ってを差し向けてある。逃がしはしない……だが、まずは君からだ!」
もう一度、砂地獄へと落としてやる! そう叫ぶと、彼は弦に手を掛ける。フェイトは、まずいと感じたが距離があり、手が届かない。ふと、手元に落ちていた小箱に手が触れた。
瞬間、彼女は反射的にそれを掴み、思いきりジョニーへ投げた。
「!? ……うぐぁっ!!」
彼は避けるのに失敗した。平常心を乱されていたためでもあろう。フェイトの投げた小箱は、見事にジョニーの顔面、口へと命中したのだ。
ぶつけられた衝撃で仰け反り、後退するジョニー。そしてフェイトは、あるものを目にして飛びかかった。小箱がぶつかった衝撃で蓋が開いたのだが、その中から相棒のバルディッシュ、そしてはやてのデバイスが飛び出したのである。
ジョニーはそれに対応できない。フェイトの俊敏とした反応の方が上だった。デバイスを手にすると、すかさずバリアジャケット姿へと変化した。
彼女は漆黒のミニスカートにジャケット、さらに白いマント、手には死神の様な大鎌を持っていた。変身を許したジョニーは、口から血を垂れ流しながらも構える。
「観念しなさい、ジョニー! 貴方に勝ち目はない」
「く……」
それでも構わない、と苦い表情をしつつもギターに手を掛ける。しかし、バリアジャケットに身を包んだ彼女の行動は素早い。その大鎌型のデバイスで、ギターを叩き割ったのだ!
してやられた、と後ずさりするジョニー。もはや打つ手はない筈だ、と思った瞬間だった。
「ふふ、甘く見られては困るね……」
「何?」
血を滴らせながらも不気味に微笑むジョニーに、彼女は身構える。ジョニー身体から霧のような者が噴出した。瞬時に霧は彼を包み込み、フェイトの視界から見えなくなった。
逃げたのか、と焦ったがそれは違った。霧の中から、黒く巨大な物体が飛び出してきたのだ。それは、体長1m60p程、翼長4m以上もある巨大蝙蝠の姿であった。
予兆も無く襲い掛かる巨大蝙蝠を、フェイトは寸前にかわした。バサリ、と大きな音を立てて羽を折りたたみ、足を床に付ける巨大蝙蝠はフェイトに目線を向け、こう言い放つ。
「ここまで計画を狂わされるとは思いもしなかった。だが、もう容赦はしない……血を吸い、砂地獄へと放り込んでやる!!」
「くっ……来い!」
そう、この巨大蝙蝠はジョニーの本当の姿であったのだ。長年に血を吸い続け、果ては魔導師の血を吸い、長年生き永らえた巨大蝙蝠ジョニーは、再び襲い掛かる。
それを難なくかわすフェイト。だが、部屋の中では動きが制限されてしまう。そこで彼女はベランダへ飛び出し、飛翔して空へと舞いあがった。
逃がす者ものかと追いかけるジョニー。屋敷の上空で空中戦を繰り広げる事となる2人だが、フェイトの方に有利さがあった。機動性、スピードに於いて上回っているのだ。
ジョニーもフェイトが切りかかる際に、ヒラリ、とかわして見せる。一進一退の攻防が繰り広げられるが、さすがにジョニーも痺れを切らした。
彼は近接戦を諦めたのか、2人は屋敷の屋根の上で距離を取る。この隙に、一気に決めよう、とフェイトがデバイスを握り直した時だ。ジョニーは口を空けて、フェイトに向ける。
(何……? っ!!!!)
と思ったのも束の間、彼女は耳、そして頭へと激痛を感じた。キーン、と聞き取りずらい様な、かつ脳内をズタズタにせんと言わんばかりの音が襲ったのだ。
超音波! 蝙蝠が暗闇等で使用する感覚の1つとされているが、これは並大抵の超音波ではない。一般の人ならば失神してしまうであろう。これは瞬く間にフェイトを苦しめた。
「あぐぁ……や、やめ……て!!!!!」
それで止めるほど、彼は優しくはない。もとより殺しに掛かっているのだ。さらに、バルディッシュにも異変が起き始めている。高周波の超音波の影響により、リンカーコア部分に罅が生じ始めていたのだ。
ジョニーは殺人超音波を発しながらも勝利を確信した。そして、もう数秒もしない内にフェイトは壊れ、デバイスも崩壊するであろう……と。しかし、そこで思わぬ邪魔が入った。
オレンジ色の魔法弾が、彼の背中を直撃したのだ。これには彼も応え、超音波を止めざるを得ない。フェイトは屋根の上で膝を付き、ガンガンと響く頭を落ち着かせようとした。
「そこまでよ!」
「くぅ……新手、か」
背中から攻撃した者を見たジョニーは、そう呟いた。まさか、蝙蝠達は確保に失敗したのか? そうでなければ、新手がここへ来れる筈がない。
攻撃してきたのはオレンジ色の髪をした女性、ティアナであった。フェイトも、救援に来てくれたであろう彼女を、頼もしい目で見やる。
だがこの様な時になって、屋敷に変化が現れた。屋敷2階の窓から、黒煙が噴き出しているではないか! そう、火事だ。ジョニーが顔面を攻撃され、仰け反った拍子に倒してしまった燭台が、気が付かない内に燃え広がっていたのだ。
フェイトも火事に気づき、この戦いはジョニーの負けであると悟る。そして、降服勧告を彼に言った。
「さぁ……もう、勝ち目はない。大人しく投降しろ」
「手負いの者が、何を言うか。……儀式は失敗だ。八神 はやてを奪い返された今、すべては無駄に終わる……だが、死ぬのはお前もだぁ!!」
「!」
死ぬなら諸共だ、ジョニーは鋭い牙で噛み殺そうと膝を屈しているフェイトへ飛びかかる。まだ超音波のダメージから立ち直れていないフェイトを、ティアナは援護した。
彼女の有するガン・タイプのデバイス〈クロスミラージュ〉から、再度魔法エネルギーが放たれる。それは寸分の狂いなくジョニーに命中した。
右わき腹辺りを攻撃され、攻撃が遅れる。それを見逃さないフェイトは、よろめくジョニーへ渾身の一撃を繰り出した。
「ぐふぅっ!!」
黄色に輝く刃が、ジョニーの腹部辺りを一文字に切り裂いた。無論、物理的ではなく、その証拠に血は出ていない。魔導師達特有の非殺傷設定による効果だ。
だが身体へのダメージは確かなものだった。バルディッシュに引き裂かれたジョニーは、そのまま屋根を転がり落ちていくと、2階のベランダへと叩きつけられた。
そんなジョニーを、憐れむような目で眺めやるフェイト。その間にも炎は屋敷全体を覆い尽くさんとしている。外にいたティアナも慌てて声を掛けた。
「フェイトさん! 危険です、はやく離れてください!!」
「……うん」
ティアナの方を見て頷き、地面へ降り立とうとした刹那――
「っ! フェイトさん、後ろぉ!!」
「なっ!?」
突然、フェイトは後ろから何者かに首と腹部辺りを抑えられた。誰だ! まさか、ジョニーが起き上がって来たのか? とも思ったが、どうやら違うようだ。
首を締め付ける腕が明らかに女性だ。という事は……。フェイトは組みつく者へ何とか振り向くと、それは初めて見る女性の顔だった。
漆黒のロングヘアーに病的な白い肌、赤い瞳、をした、見た目20代の女性だった。だが普通の女性ではない。蝙蝠の耳が黒髪の間からはみ出ており、さらに手の形状は人間であるものの蝙蝠の体毛が生えており、それが肘の辺りまで続き、足先から膝辺りも同様だ。
「兄、さんに……手、を……出し、た。ゆる……さな、い」
「ぅく……まさか、ティナ!?」
なんと、儀式の途中で放り出されていたであろう、巨大蝙蝠だったティナだ。どうやら意識までは戻ったらしいが、やはり途中ではやてを連れて行かれたせいもあり、変化が中途半端な形で終わっていたのである。
そのティナはややぎこちない言葉で、フェイトの耳元でしゃべる。肩やティアナは、まさかここにきて別の敵が出て来るとは想定外だった、と焦る。
火の手の勢いが増す中で、このままではフェイトは道ずれにされてしまう! しかも、彼女の首筋にティナは牙を突き立てたのだ。
ズブリ、と右首筋に噛みつく。その瞬間にフェイトは激痛のあまり悲鳴を上げた。しかも血を吸い出し始めたではないか。はやく逃げなければならないのに……。
ティアナはクロスミラージュを構え、フェイトの後ろにいるティナへ向けて撃つ! 黒煙で視界を奪われつつあったが、ティアナのガンナーとしての腕が、功を奏した。
甲高い悲鳴が、フェイトの後ろで響く。血を吸い尽くそうとしたあまり、ティアナの魔法弾に気が向いていなかった。それゆえ、額へ命中したのだ。
大きく仰け反り、首筋から口を離す。そして、そのままジョニーが倒れるベランダへと落ちた。ドシャリ、と鈍い音を立てる。フェイトはそれを見届ける余裕もないまま降り立った。
「大丈夫ですか、フェイトさん!!」
「なんとか……。助かったよ、ティアナ」
首から流れる血を、ティアナが応急処置を施す。その間にもさらに勢いを増す屋敷。やがて支柱が耐えきれなくなったのだろう、メキメキと音を立てて崩れ始めた。
燃え盛る屋敷のベランダで、蝙蝠姿のジョニーは中途半端に人間化したティナに手を伸ばす。ティナの方も、朦朧とした様子で毛に覆われた手を差し伸べ、握った。
「ティナ……ごめん……約束、果たせなくて……」
「……い、い……よ」
生き永らえたかった、妹を同じ吸血鬼にしたかった。本人はそう思っていたのだろう。だが、彼らの生活環境と、人間の生活環境は大きく異なる。
その差が無ければ、もっと別の方法があれば、こうならずとも済んだだろう。それでも、ジョニーは妹のために動きまわったのだ。生き残れないのが、最大の悔いである。
屋敷全体が傾き始めた。それも、砂地獄側へ……。燃え盛る屋敷は、ベランダで息を引き取る2人を巻き込みながら、激しい音を立てて崩れ、落下していった。
燃え盛る屋敷自体が巨大な松明となり、砂地獄の底を明るく照らす。崩れ去った屋敷を、フェイトとティアナは、複雑な心境で、救援が来た後も、見続けるのであった……。
〜〜あとがき〜〜
どうも、第3惑星人です!
まずは……シルフェニア7周年、おめでとうございます!!
記念すべき今回におきまして、私も記念作品を投稿しようと、本作を手掛けさせていただきました。
……が、随分とダラダラとした展開になったと深く反省(汗)
しかも魔法らしい魔法を使用していないという……誠に恥ずかしい次第です。
因みに本作で登場しました『吸血鬼エリート』ですが、こちらは水木しげる氏の有名な漫画『ゲゲゲの鬼太郎』に登場したキャラクターです。
そうとは言いつつ、かなり食い違っております。まずは『ジョニー』という名前、こちらは第5期あるいは墓場の鬼太郎(だったと思います)から拝借しました。
次に妹『ティナ』、こちらは第4期の吸血エリートの話から拝借しました。ギターで催眠術を掛ける、或いは蝙蝠に変身するという設定は一応公式にあったようですが、妹のティナが人間体へ変身するというのは存在しておりません。完全に私の妄想にすぎません。
そしてキャスティングですが、こちらは冒頭でも述べましたように、俳優でも有名な『佐野史郎』さんになります。
この方は実際に第4期の吸血鬼エリートを演じられ、さらにはエリート専用の歌まで作成した様です。
ニコニコ動画に、その歌が掲載されているようですが、よろしければ聞いてみてください。
では、長々となりましたが、失礼いたします……本当にグダグダすみませんでした!!
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