舞い降りし植獣/第3章『降臨せし植獣』(リリカルなのは×ゴジラ)


  次元世界の中心となる惑星――ミッドチルダはこの日、これまでに類を見ない程の強大な力を目の当たりにすることとなった。
周知のとおり、次元犯罪者たるジェイル・スカリエッティ博士は、時空管理局地上本部に手痛い一撃を食らわせただけでなく、野望完遂の為に必要な古代の遺跡〈聖王のゆりかご〉を起動するために、キーパーソンとなる少女――ヴィヴィオを機動六課から誘拐したのである。
無論万事が上手く行った訳ではない。正体不明の巨大植物によって計画の一部を狂わされてしまったのだ。それも単なる巨大な植物ではない。
純然たる生物としては異常なほどの生命力と再生力を有した驚異的な植物だったのである。スカリエッティでさえ、ここまで強力な植物はお目にかけたことがなかった。

「素晴らしい、素晴らしいぞこれは!」
「ちょっと、Dr。何を興奮されているんですかぁ?」

  スカリエッティ一味が活動拠点している施設内部の解析室で、スカリエッティは目前の解析データを前にして狂喜乱舞していた。
それに呆れ気味なクアットロは、何事かと思い尋ねた。彼女の目線の先には、赤い薔薇が保存カプセルの中に静かに佇んでいるのが見える。
たかだか一輪の薔薇で何をはしゃぐのだろうかと思うが、スカリエッティの興奮の熱は一向に冷め止まない。

「クククッ‥‥‥クアットロ、この薔薇は単なる薔薇ではないのだよ」
「はぁ?」
「これは聖王を捕獲した際に、彼女が人形と一緒に握り締めていたものだ。唯の花なら私も興味は持たなかった‥‥‥」
「Dr、勿体ぶらないで教えてくださらない?」

  前置きの長い生みの親を急かす様にクアットロが言う。傍に控えているウーノは妹のやや非礼な口ぶりが気になるが、彼女もまた気になる身である。
スカリエッティとしては、ナンバーズを妨害した巨大植物が薔薇に似たものであることから、ヴィヴィオが握りしめていた薔薇も同類かと思い何気なく解析にかけたのだ。
それがまさかのビンゴとなり彼の脳内はクラッカーの大喝采が沸き起こっているといった形である。

「待ちたまえ。まずディードの固有武装に付着していた、あの植物の樹液を採取して検査にかけたのだよ。何せ、あんな植物は非常に稀な存在だからね」
「それで?」
「この樹液と、薔薇の中の細胞から検出されたDNAは、無論薔薇のDNAだ。だが、それだけではなかった‥‥‥自然界ではあり得ない存在が融合されていたのだよ」
「有り得ないもの‥‥‥Dr、それは何です?」

ウーノも気になる。同時に妹達数名も早く教えてくれと言わんばかりであった。スカリエッティはコンソールを操作し、スクリーンに遺伝子細胞とDNA構造が展開される。
細胞の中に含まれている物質がクローズアップされると同時に、DNA配列の一部もクローズアップされた。素人が見たのでは、何が何やらで理解できるものではない。
クローズアップされたところに検査結果が送付され、驚くべき検査結果をスカリエッティの脳内に叩き付けたのだ。

「まず一つ目だ。それは‥‥‥人間のDNAが含まれていたことさ」
「に、人間!?」

  クアットロは固まったようになり、ウーノも唖然とした。他の妹達にしても、医学や化学に精通していないにしても、あり得ないものが含まれているぐらいは理解した。
薔薇の中に人間のDNAを組み込んだという、狂気のレベルともいえる結果だ。スカリエッティも違法な人造魔導師の一例たる戦闘機人を生み出している。
機械と人間を融合させると言う、これまた狂気の沙汰ともいえる行為。それと同等、いや、下手をすれば自然の摂理を壊しかねない行為なのだ。

「何処の世界にも、とんだ事をやらかす人間はいるものねぇ」
「まだ終わっていないよ、クアットロ。私がそれ以上に着目したのは、もう一つのDNAさ」
「もう一つ? 呆れた、細胞を何個もくっつければいいものじゃなくてよ」

  そう、彼が人間と植物の細胞を融合させたことよりも驚いたのは、それに加えた新たな細胞のDNAだった。

「こればかりは私も初めてお目にかかるよ。これまでに見たことのない、新種のDNAなのさ!」
「新種ですか、Dr」
「そうさ、ウーノ。この細胞の中にあるDNAは、そこらへんの出来の悪い生物とは一線を越える存在――そう、神の設計図とも言うべき遺伝子があったのさ!」

再び昂る感情とともに狂喜するスカリエッティ。彼の口から神と出るあたり、それは尋常ならざる存在なのだろう。ウーノはそう感じ取っていた。
彼によれば、この新種のDNAの存在が、薔薇と人間の細胞を融合させた異種植物をさらなる異種生命体へと変貌させたと言うのである。
自己進化を遂げる程の遺伝子情報量から、過酷な環境に即座に適合できる変異性、さらに細胞の自己再生能力がかなり強いことが明らかにされたのだ。
  さらに彼の度肝抜いたのは、遺伝子の情報量が人間のそれを凌駕する凡そ8倍分の遺伝子情報量であることだった。これが更なる進化の可能性と適応性を示すものとなる。
パンドラの箱とも言えるDNAの正体に驚かされたスカリエッティは、さらにルーテシアが言っていた人間の女性によるテレパシーが聞こえた件にも納得がいった。

「人間と薔薇の細胞だけなら脅威と見るべきものではない。しかし、この新種のDNAの力によって、人としての意識を持っていたと考えられる」
「そんなあり得ない存在が、どうしてミッドチルダに‥‥‥」

ウーノの疑問は尤もであろう。時空管理局が裏で作り上げていたのだろうか、とも考えられたもののあり得ないと否定する。
では別世界から持ち込まれたのではないか。この可能性が濃厚と言えた。まだまだ未開拓並びに未発見の世界も多い故、何かしらの原因で持ち込まれたのではないだろうか。
概ねそれは当たっているが、実際は英理加の途方もない旅の結果として、この世界に辿り付いたものであるとは考えもしないだろう。
  その保存カプセルに入っている何の変哲もなさそうな一輪の薔薇に、そのような遺伝子が含まれているとは誰しもが考えることは無かったに違いない。
スカリエッティの欲望は、この新しく発見した細胞とDNAに着目し始めている‥‥‥だが、彼にはそれ以前にやることがあった。

「本当ならば、この細胞の細部を解き明かしたいところだよ。だけど、まずは目前の計画から遂行しなければね」
「そうですわDr。こんな薔薇は保管庫に閉まって、はやく〈聖王のゆりかご〉を起動させましょう」

先の作戦で捕獲したヴィヴィオ並びに、時空管理局に紛れ込んでいた戦闘機人〈タイプ・ゼロ〉ことギンガ・ナカジマという名の女性を拉致した彼らは、次の段階に進んでいく。
ギンガとは機動六課所属のスバル・ナカジマの姉であり、そのスバルもまた戦闘機人であった。それを知っていたスカリエッティは、彼女らの捕獲も視野に居ていたのだ。
ところがギンガは捕獲したもののスバルの捕獲には失敗したうえ、5番目の戦闘機人チンクが意外な痛手を負ってしまったのは予想外であった。
それでも肝心要のヴィヴィオの確保は実現したため良しとすべきだろう。スカリエッティはそのように考えていた。
  世界の支配を目論む彼らの様子を、保存液に浸された薔薇はしっかりと見ていた。英理加の分身とも言うべきこの薔薇が、スカリエッティらを恐怖に叩き落すことも知らず。
ヴィヴィオを利用して〈聖王のゆりかご〉を起動させる準備を着々と進める中、保存カプセルに入れられていた薔薇の異変には、誰一人として気づかなかった。
いや、いたとすると長年に渡ってスカリエッティの片腕としてきたウーノだ。彼女の目線には、この薔薇が不気味な存在に見えて仕方がなかったのである。

「‥‥‥大事にならなければ、いいのだけどね」

そう言いつつも彼女は、薔薇入り保存カプセルを保管庫へと移動したのである。
  そして半ばお蔵入り状態となった薔薇の存在から、目前の計画へと集中を始めたスカリエッティらに悟られることなく、薔薇は細胞を増殖させ徐々に巨大化させていった。
この保存庫の場所もまた、この後に起きる予想外の出来事に拍車を掛けることとなるとは思いもよらない事だろう。
何せスカリエッティが、これまでにかき集めて来たロストロギアの保管されている場所だ。その中には、なのはを日常生活から逸脱させた代物――ジュエルシードもあった。
他にもレリックと称される強力なエネルギーを秘めた赤い結晶状のロストロギアもあったが、それは既に保管庫から映し出されてヴィヴィオ覚醒の準備に用いられている。
  ゴジラ細胞のDNAは人知を遥かに超える速度で、薔薇を巨大に成長していく。花びらの部分だけであったものが、数日と経たぬ内に巨大な蔓の集合体へと変貌するのだ。
保存カプセル自体、人が保存できるくらいの大きさが精々であり、その容積一杯に膨れ上がっていったのだ。ゴジラの生命力の強さを示したものと言えよう。
まして一度はゴジラの放射熱線によって焼き払われながらも、その身体を光子状へと昇華させたうえに、さらに強大な植物生命体として進化したほどだ。
そのゴジラ細胞を操ることが出来れば、核兵器を無力化するばかりか核を上回る兵器を生み出すことも可能な存在なのである。
  スカリエッティの本拠地で、密かに活動しつつある薔薇とは別に、機動六課隊舎では新たな騒動が持ち上がっていた。

「な、なんやて‥‥‥焼却なんてホンマかいな!?」
「当然よ。あんな危険な存在を、父が‥‥‥上層部が放っておくと思って?」

思わず普段の口調に戻り愕然とするはやての目の前には、彼女と同じ管理局を示す青色の制服を纏いつつ鉄壁の如き意思で威圧し迫る20代の女性――オーリス・ゲイズがいた。
彼女は地上本部長官であるレジアス・ゲイズ中将の娘であり、比較的有能な局員とあって秘書官として働いている。

「あれは人の意思を持った存在です、それを殺すと言うんですか!」
「なんであろうと、存在を許すわけがないでしょう。ましてスカリエッティに引っ掻き回された後よ。そこに巨大不明生物が管理局内部にいた、だなんて益々面倒極まるわ」
「しかし‥‥‥!」

反発するはやてであるが、オーリーの鋭い視線に一刀両断されてしまう。

「分かっていない様ね、八神二佐。貴女もスカリエッティに苦杯を舐めさせられたのよ。まして、貴女の指揮下にある機動六課がどう思われているかご存知?」
「ぅぐ‥‥‥!」

はやても自覚はあった。機動六課は高ランク魔導師を集中的に配備した、他部署からするとあり得ない存在だ。まして、犯罪者としての経歴もある人物もいる。
それだけに叩かれる要素が含まれており、レジアスもそれを使ってはやてを陥れようと画策しているとも言われるのだ。
  つまりオーリーは、ここではやてが抵抗を示せばそれを材料にして、彼女ら機動六課を解散に追い込むと言うのであろう。
だが今ここで、そんなことをしても首を絞めるだけだというのは分かりきったことだ。それとも、この事件がよしんば解決した折、全ての責任を押し付ける気だろうか。
反論の一つもできないはやてを余所に、外では本部から派遣され来た炎系の魔導師数名が、焼却処分を実施していた。強力な火炎が、花壇ごと英理加を焼き払う。
この異変に気付いたなのは、フェイトらが駆け付けて来た時には遅く、手の施しようがなくなっていた。手際よく処理した魔導師達は淡々として撤収していく。
  当然のことながら、なのは達は猛抗議したもののオーリーの前には虚しく弾き返される。

「これ以上、逆立てするというのなら覚悟する事ね。この危機を乗り越えてから、貴方達がどうなるか」

それは脅迫が鋭い矛となって、なのは達の心に突き立てられる。以前より機動六課を目の仇にしていたレジアスならやりかねない、と誰もが意見を一致させていた。
英理加には何らかの処置を施しておかねばとは思ったが、それ以前に存在を察知され文字通り炭化と化していくが、ここで不思議な現象を目の当たりにする。
  燃え続ける炎の中で消し炭にされ行く薔薇が光を発したかと思うと、光の粒子状と変化して空中へと舞い上がっていったのだ。

「これはいったい‥‥‥」

思わぬ現象にオーリーも唖然とし、ただただ、消化され天へと上りゆく光の粒子を見上げる他なかった。

(英理加‥‥‥さん)

彼女は死んでなどいない、とはやては感じた。魔導師もそれなりの高熱で焼却したつもりなのだろうが、それでさえ英理加を完全に消しさることはできない。
過去におけるゴジラとの戦いでもそうだったのだ。放射熱線で炭化して死滅するどころか、逆に細胞の活性化を促進させたばかりか進化を促したのである。
  だからはやては、そんな過酷な経験をしてきた彼女が簡単に死ぬとは思えないと感じたのだ。機動六課の面々も揃って見慣れぬ光景に呆然とする中、ふと、はやては悟った。
何故、英理加が自らを抹消してほしいのか‥‥‥と。自らを抹消することを強く望む原因、G細胞による死ねない存在となり、それを悪用されることを懸念したのだ。

(はやてさん、私は行きます。あの娘の為に‥‥‥)
「そんな‥‥‥!?」
「あれは何ッ!」

昇りゆく光の粒子の集合体の中に一瞬だけだが、異形の物を見た。それは薄れていて良くは見えなかったが、巨大な生物の頭部――しいてはドラゴンの様にも思えた。
天に向かって一度だけ咆哮するとすぐに消えてしまい、粒子は上空へと昇り続けてやがて見えなくなった。
彼女が次に現れる時――運命の日が到来する日、全世界はそれまで以上にない脅威を目の当たりにすることとなるのである。





  〈聖王のゆりかご〉は、スカリエッティの手によって起動されて白日の下にその全貌を現した。その巨大船はデルタ型の形状をしつつも全長2kmに迫らんとする巨体を誇り、青紫を主体にしつつも黄金色の塗装も施されるなど古代兵器としての見栄えを存分に輝き放っているものだった。
これの起動の要であったヴィヴィオはレリックを体内へと埋め込まれ、玉座にその身を縛り付けられるようにして力なく座っていた。
ヴィヴィオが〈聖王のゆりかご〉を操る生体ユニットとなって、さらにそれをクアットロが制御管理に努めているという方式を取っている。
  さらに大量のガジェットとディエチが〈聖王のゆりかご〉の守備に配置され、他のナンバーズ達は迎え撃ってくるであろう管理局に対抗するため別々に分かれていた。
スカリエッティ本人は、ウーノ、トーレ、、セイン、セッテと共に本拠地にいる。ミッドチルダを焼け野原にせんと計画を推し進めていた。
一方の機動六課の面々も決戦に向けて出撃している。新しく加わったナンバーズメンバーのギンガを筆頭に、ウェンディ、ディード、オットー、さらにルーテシア、ガリュー、ゼストの面々が、機動六課の面々とそれぞれ相対することとなったのである。
  だがスカリエッティの計画は、早くも狂いを生じさせることとなる。それは唐突に始まり、彼らにとっての破滅の序曲が奏でられるのであった。

「フフ、起動は順調のようねぇ」

〈聖王のゆりかご〉内部でシステム管理を担うクアットロが不敵な笑みを浮かべていた。この古代兵器の偉容を見せつけられた下等な者達は、恐怖に慄いている事だろう。
ほんの数分前には管理局の頼みの綱であった、巨大迎撃兵器の三連装魔導砲塔〈アインヘリアル〉3基を全て破壊したばかりだった。
妹達が迅速に破壊してくれたおかげで、〈聖王のゆりかご〉は順調に航行できる。
  これからこの飛行戦艦がミッドチルダを業火の炎に包みこむのだ。焼け野原になる首都の姿を、呆然と眺めやる管理局や管理世界の人間達の姿が想像できる。
飛び立ったばかりの〈聖王のゆりかご〉は、これから4時間近い時間を掛けて空爆可能距離――衛星軌道上まで上昇する予定となっていた。
  鍵盤のようなコンソールを前にしてシステム管理の調整を行うクアットロだが、ふと上空に異変を感知することとなる。
晴天であった筈の空が急速に曇り空となり、渦を巻き始めたのだ。その渦の中心から光の粒子が〈聖王のゆりかご〉の針路前方に降り注がれていく。
さらには計測データやら観測システムに異常が生じてしまい、作戦発動の矢先に起きた不可解な現象にクアットロは苛立たしげな表情を作った。

「何なのよぅ、全く‥‥‥デリンジャー現象ですって?」

彼女は不快になるが光の粒子はものの十数秒で治まり、曇っていた空も直ぐに晴れ渡るという、まるで狐につままれたような天候の変化であった。
何事もなかったような静かな空気を取り戻したクアットロは、気を取り直そうとした瞬間――。

「――ぁえッ!?」

  突然として〈聖王のゆりかご〉は、前触れもなしに落下するようにガクンと沈み込み、その場にいたクアットロを大きくよろめかせたのである。
船体全体が激しく下方へ揺さぶられたことで、同乗しているディエチからも通信越しに訳を尋ねられた。

『この揺れは何なの?』
「知らないわよ! 今体勢を立て直しているところなの――ちょっ!?」

態勢を立て直そうと船体を上昇させるものの高度が一向に上がらずじまいで、さらに一段とガクンと沈み込む感覚に襲われて膝を折ってしまうクアットロ。
乱気流ごときではビクともしない筈の〈聖王のゆりかご〉だが、明らかに自然の力ではない人為的な力によって大きく揺さぶられている事態に、彼女は冷静さを失いつつあった。
管理局の妨害であるとは考えにくい。今頃は〈聖王のゆりかご〉を食い止めるために、遅い迎撃態勢を整えている筈であるからだ。
  まして邪魔な機動六課もまだここに到着している訳ではない‥‥‥では、何が邪魔をしていると言うのか。
クアットロは各モニターを展開して、すぐさま外部の情報を取り入れる。そこに映っていたものを知って、彼女は頬を引きつらせた。

「な‥‥‥これは、あの蔓!?」

地表から先端までの長さが優に800mを超える数体の巨大な蔓が、〈聖王のゆりかご〉の艦体――しいて言えば艦尾下部から下方に突き出ている大型フィンに、通常形状の蔓が絡みつき、或は食虫植物のように巨大な口と鋭い牙を持った蔓が噛みついて離さず、引きずり降ろしているのである。これは明らかに前回観たものよりも巨大なものだ。
地中から飛び出した巨大な数本の蔓が、明らかな敵意と植物とは到底思えぬ怪力をもって〈聖王のゆりかご〉を地表へ跪かせようとしているのだ。
  こんなところまできて、あの訳の分からぬ植物に邪魔されてたまるものか。クアットロはコンソールを次々と叩き、巨大な蔓に対して迎撃態勢を整えていった。

「たかが植物風情が、この〈聖王のゆりかご〉に楯突くなんて1万年早いのよ!」

予想外の邪魔者に取り乱しつつも〈聖王のゆりかご〉に搭載されている無数のドローンが飛び出し、艦体に巻き付く蔓へと攻撃を開始する。
その攻撃に対して蔓はものともしない様子で、新たに地中から出現した別の蔓が鞭のように撓らせながら、文字通ドローンを叩き落していった。
  以前よりもガッシリとした皮膚を持つ蔓には効果が薄いと分かると、クアットロは直ぐに戦術を変更せざるを得なかった。
この〈聖王のゆりかご〉は起動したばかりと相まって、魔力は完全とは言い難い。故にミッドチルダ衛星軌道上に浮かぶ2つの月から魔力を充填しつつ、上昇しているのだ。
4時間もあれば魔力を応用した絨毯爆撃は無論の事、管理局の有する次元航行艦と互角以上の砲撃戦を挑むことさえ可能なのだ。
それでも、これは曲がりなりにも古代ベルカの遺産であり、世界を滅ぼした実績を有する存在である。完全な魔力がなくとも植物風情には十分――と彼女は思った。

「覚悟なさい、下等生物」

 その声と同時にコンソールを操作すると、〈聖王のゆりかご〉船体各所から隠蔽されていた魔力式砲台が数台ほど展開される。無論のこと標的は取り付いている巨大蔓だ。
砲口からレーザーの如き魔力エネルギーが放たれ、絡みつく1体の蔓を吹き飛ばした。上部を切り飛ばされ残る下部が樹液をまき散らしながら船体からずり落ちていく。

「ほらほら、残りも吹き飛ばしてやるわよぉ!」

第2射を行い別の蔓も切り飛ばしていくが、これに対して蔓の先端についている口が大きく開いた。噛みつく気なのか、とクアットロは呆れ顔になる。
  ところが彼女の予想を裏切り、その口から黄緑色の液体が噴射されたのである。嘔吐物を吐き掛けられているような気分になり、クアットロも怪訝な表情を作った。

「何よ、この下品な攻撃は‥‥‥ぇ?」

怪訝な顔から一転して驚愕の顔に変化するのに時間は掛からなかった。コントロールシステムが警報を促しており、その理由が理解できた時には既に遅い。
吐き出された黄緑色の液体を被った魔導砲塔が、瞬時に白い煙を吐きながら原型を止め無くなる程に熔解してしまったのである。
さらには外壁にまでも熔解が及んでおり、砲塔諸共外壁に穴をあけようとしていた。
  ――熔解液ッ! スクリーンに映される模様からクアットロの脳裏にも、少しづつ警鈴の音が強くなり始めようとしている。
たかだか植物風情の下等生物と侮っていたが故に、この意外な一撃に心理的なダメージを負う。鋼鉄の城に囲まれていても、彼女の精神は鋼鉄ほどに固くはなかったようだ。
因みに〈聖王のゆりかご〉は外敵により受けた損傷を、自動的に修復する自己修復システムが備わっている。これが浮沈艦たる所以の一つであった。
  だが今の現状は、とてもではないが修復システムのみで耐えきれるとは言い難い。蔓の先端が破れかかった外壁に、槍の如く思い切り突き立てられた。
熔解で脆くなった部分を強引に突き破った蔓は、そのまま先端を伸ばして艦内に侵入を謀ろうとしている。このままでは自分がアレに捕食されてしまう――そんな恐怖が過ぎる。

「ふ、ふざけるんじゃないわよ、この下等生物!」

残る魔導砲台で、更なる熔解液を吐き掛けようとする蔓を吹き飛ばしていく。それでも追加で現れてくる蔓に際限がなく、魔力を無駄に消費する時間が続いた。
植物という枠組みを超えた存在が、かつて次元世界を震撼させた〈聖王のゆりかご〉そのものを震撼させることとなる。
  高度を600mまで引き下げられる〈聖王のゆりかご〉から、およそ前方200mという超至近距離において地表に異変を生じさせた。
それはクアットロの方でも感知されており、地中からとてつもない熱源ならびに生物と思われる生体反応が感知されたのである。
感知されたそれは、これまでに類を見ない程に強大であることを示しており、魔力エネルギーを体内の活動源としない生物としては過去最大のものだ。
  やがて彼女が罵声を上げるよりも早く、それは地表へと姿を現すこととなった。まるで地面が隆起し、山が形成されていくかのような光景である。
同時に盛り上がる地面から大量の土砂と森林が雪崩れ落ちていき、辺り一帯に膨大な砂埃を生じさせ包んでいく。
砂埃もやがては収まり、黒い巨大な山の正体が彼女を前に――いや、全管理世界の前に姿を現した。

「な‥‥‥なに‥‥‥よ、これぇ‥‥‥!?」

  それがクアットロの精いっぱいの反応だった。スクリーン越しに見える、隆起した巨大な山の正体を目の当たりにした途端、一歩、二歩、と後ずさりしてしまう。
全高約600mに及ぶ山の様な巨体は、全体が植物であることを示すかのように濃緑色であり、山頂にはワニに猪の牙を生やしたような頭部があった。
背中には背びれに相当するであろう巨大な葉が縦に無数の列を成し、山の様な巨体の足元にはそれ相応の太さを持った巨大な蔓が、まるで蛸足の様に生え伸びている。
その巨大な顎を目一杯に開くと、口内は捕まえた獲物を逃さないために無数の牙が並んでいるのが見えた。これに噛まれれば、まず脱出することは不可能に近いだろう。
かのゴジラと対峙した時と大差ない外見(巨大さを除けば、であるが)を有する巨大植物は、この次元世界で初めて姿を公の場に現れた瞬間だった。
  無論のこと、この巨大生物の姿を時空管理局側が察知しない筈がなかった。ミッドチルダの時空管理局地上本部は勿論、隊舎を潰されて老朽艦〈アースラ〉に本拠地を移していた機動六課の面々にも見られていたが、誰もかれもが驚愕に表情を塗りたくられて思考を凍結せざるを得なかった。

「あれが、英理加さん‥‥‥なの?」

〈アースラ〉艦橋にて大型スクリーンに映る巨大生物を前に愕然とするなのは。隣にいるはやて、フェイトも言葉を失っている。
先ほどはスカリエッティの堂々たる悪趣味な生放送を見せられ、全世界に〈聖王のゆりかご〉の起動を目の当たりにしたが、今の光景は予想の斜め上をいっていた。
以前に『闇の書事件』終盤で暴走した〈闇の書〉が、防衛運用システムことナハトヴァールが起動しモンスターと見紛うなき姿へと変貌したことがある。
今回はそれを上回るグロテスクさと恐怖、威圧、を全身に纏わせた存在で、薔薇だった頃の英理加の変異体にスクリーン越しでありながらも竦み上がる気分だ。
  人の過ちが生んだとは思えぬ異形の怪物の存在を前にして、〈アースラ〉のオペレーターがやっとの思いで口を開いた。

「きょ、巨大不明生物、〈聖王のゆりかご〉に攻撃を加えようとしている模様!」
「既に〈聖王のゆりかご〉は、巨大不明生物の触手から放たれた溶解度の高い体液により、各部分に損傷を負っている模様です!」

報告の通り巨大植物は長大な蔓で〈聖王のゆりかご〉を絡め取り、自分の目前にまで引きずり寄せようとしていたが、流石に全長2q近い舟を相手にしては荷が重いのだろう。
大量のドローンからビーム攻撃を雨あられと受け、さらに艦砲射撃をも巨体に受けては、その部分の皮膚が無理矢理に剥がされて辺りに破片を飛び散らせる。
同時に樹液のような液体もまき散らしており、通常の生物であれば痛みに怯んで退散する事だろう。
  だが、かの巨大植物は吠えたてて威嚇し、積極的に引きずり降ろそうとする。しかも攻撃を受けた部分が、最初は痛々しくも傷口を形成していたものの直ぐに再生する。
ゴジラ細胞の影響はますます色濃くなっている証拠であった。
  その巨大船と巨大植物との死闘を見ていたはやてが、思わず呟く。

「‥‥‥英理加さんが、ヴィヴィオを助けようとしてるんや」

先日、去り際に行った言葉を思い出す。全身全霊を持って戦っている英理加の姿に、はやては拳を握り締めた。これ以上、彼女に頼ってばかりはいられないのだ。
  ふとここで、〈アースラ〉のもとへ新たな通信が入る。それは聖王協会のカリム・グラシアからのものであり、より深刻そうな表情を作っていた。
彼女はこの事件に関して負い目を感じており、例の預言を正確に解読できなかったことと、それによって事件を未然に防げなかったことに責任を感じていた。
はやてはカリムに対して慰めの言葉をかけて励ますと、カリムの方もこれ以上自分の失態を並べ立てている場合ではないとして、直ぐに思考を切り替えた。
  〈聖王のゆりかご〉の目的は、衛星軌道上に上がってミッドチルダを絨毯爆撃し壊滅せしめる事にある、というものは既に情報として得ていた。
カリムがもっとも着目していたのは、やはりあの巨大植物のことであった。予言にあった通り、天より舞い降りた精霊が血を引き裂いて降臨したのである。
この巨大な植物が、今後管理世界をどのように巻き込むかは不明確だ。

『はやて。貴女は、あの植物には人の心が宿っている、と言っていたわね?』
「せや。ウチとはちぃっとばかし異なる、地球の出身者や言うてた‥‥‥それが、どないかしたん?」
『いえ、思い出したことがあるのよ。管理世界には様々な神話があって、そこには異なる神々や精霊、聖獣、と登場するわ』
「そやね。地球でも神話は仰山あるけど」

  聖王協会自体には様々な神話や神獣などの生き物たちが記されている書物が存在する。それは管理局にある無限書庫に比べれば情報量は圧倒的に劣るところであろう。
それでも、カリムが知る知識の中で合致したものが

『それでね、はやて。ミッドチルダの古代神話に、人の心を宿した花の精霊が登場するの。それはヴィオロンテと呼んでいるわ』
「ヴィオロンテ‥‥‥?」
『そう。これは古代ベルカ語での呼び方になるわ。そしてはやて、貴女の祖国に言い直すと‥‥‥』

一度伏せた目を、再びはやてに戻したカリムはポツリといった。

「ビオランテ」






  これこそが、禁断領域に足を踏み入れた科学者により、人間、植物、そしてゴジラの細胞を組み合わされて誕生した、永遠の生命を持つ究極の植物ビオランテ。
前回に比べて段違いな生命力を身に着けたビオランテは、その大半を野性的な本能に任せながらもある一転の目的だけはしっかりと記憶に留めている。
それはヴィヴィオを救うことである。英理加の強き想いがビオランテに残り、懸命に助けようと〈聖王のゆりかご〉に襲い掛かっているのだ。
  だがクアットロにしてみれば冗談ではすまされない事態だった。ドローンの攻撃は蚊に刺された程にも感じないばかりか、この〈聖王のゆりかご〉の艦砲射撃を食らわせても致命的なダメージとは成り得ず、皮膚を焼き焦がして引っぺがすのが精々であったのだ。
その巨体を勘定にかけても余りあるタフネスさに驚愕せざるを得ない。魔力を有している訳でもないが、明らかに自然界の摂理を無視した巨大植物に対し恐怖が蓄積する。
これが本当に人類の手によって誕生した生物だと言うのか。パニック寸前となるクアットロは、半ば半泣き状態でビオランテに対して罵声を浴びせた。

「もぅッ! 何よコイツ、一体何なのよぉ!!」

  それでビオランテが止めてくれる筈もない。既に高度500mを切ってしまい、なおかつビオランテとの距離もわずか100mに詰まり、文字通り目と鼻の先に迫っていた。
度々に大口を開けて咆哮を上げるビオランをスクリーン越しとはいえ、何時も他者を見下して小馬鹿にしてきたクアットロの精神を握り潰すのには十分な迫力である。
そしてビオランテはクアットロの恐怖を知ってか知らずか、その紫色に染まった瞳は笑っているかのようにも見え、一気に艦体を引き寄せながらも驚くべき行動に出た。
  その一部始終を見ていた〈アースラ〉の面々でさえ背筋を凍らせる光景だった。通信士として席に座っている10代後半程の若い女性局員――シャリオ・フィニーノは愕然とし、思わず両手で口を覆いながら声を絞り出した。

「あ‥‥‥〈聖王のゆりかご〉に‥‥‥噛みついて‥‥‥いる‥‥‥!?」

そうだ、何とビオランテは巨大な顎を持って〈聖王のゆりかご〉の艦首先端に噛みついているのだ。全高600mもの巨体と顎を持つビオランテならではの芸当だろうが、2q近い巨大船を飲み込むにはあまりにも無理があり、一見すると滑稽な場面にも見えるだろう。
  だが滑稽で済まされる話ではない。下顎と上顎の内部にびっしりと並ぶ無数の牙が〈聖王のゆりかご〉の艦体外壁に思い切り突き立てられ、巨大艦を完全に捉えたのだ。
さらにはビオランテの用意周到な行動が〈聖王のゆりかご〉を逃すまいとしていた。ビオランテは地下にも長大な蔓を張り巡らして、ガッチリと巨体と地面を繋いでいたのだ。
上昇しようにも強大な質量と、木の根のように地面をガッチリ抱いているビオランテの前に無意味となり、さらに蔓を増やされて雁字搦めにされようとしている。
またえげつないことにビオランテは噛みつきながら、その艦首先端にも熔解樹液を零距離で、しかも多量にぶち撒いたのである。
よって艦首先端が一気に溶解度が進み、早くも形状を止め無くなっていた。しかも噛みつく力も尋常ではなく、脆くなった艦体外壁を次第に押し潰していった。
  バキバキ、メキメキ、と不気味な軋みや破壊音が艦内にいるクアットロの耳にも響くようである。

「ひぃ‥‥‥!」

恐慌状態に突入した彼女の精神は、だからとて完全に崩壊するには至らないのは殊勝というべきか。とはいえ、このスカリエッティの偉大な計画を実行した出鼻から、こんな訳も分からぬ巨大植物によって計画冒頭から台無しにされてはたまったものではない。
ここで彼女は、武器の出し惜しみすることを止めて一気に焼き払うべく、ミッドチルダを焼き尽くす為に使用するつもりであった魔力爆撃を早々に敢行した。
本来の力がない分だけ威力は小さいが、この植物を焼き尽くすには十分だと思ったのだろう。艦体下部から幾つもの爆撃専用の射出口が解放され、エネルギー球体が展開される。
各エネルギー球体が不気味な紫色の光を放ちつつ、規定量以下ながらも発射準備の体制が整った。クアットロは歪み切った表情でビオランテを睨み返し、そして吠え返した。

「これで終わりよ、化け物。お前を消し炭にしてやるわ!」

  途端、ビオランテの蔓によってバランスを崩しつつあった〈聖王のゆりかご〉は、艦体下部に展開していた幾つものエネルギー球体を一斉にビオランテの周囲に着弾させた。
着弾した瞬間に凄まじい爆炎が上がり、周囲の木々を軒並み風圧で吹き飛ばした直後に超高熱の熱波が襲い、さらに業火が辺り一帯を焼き尽くしていく。
ビオランテを中心に半径600mの範囲が紅蓮の炎の独壇場と化し、生きとし生けるものを容赦なく燃やし尽くしていった。
  さしものこれには堪えたのだろうか、ビオランテは巨大な口で噛みついていた〈聖王のゆりかご〉を離してしまったのである。
絡んでいた蔓の大半も力が緩み、一気に〈聖王のゆりかご〉は後退しつつ上昇した。この機を逃すまいとしたクアットロの頭の回転の良さは、賞賛して然るべきものだろう。
同時に残る火力で絡みついていた蔓を吹き飛ばしてビオランテの蔓から完全に解放されたものの、〈聖王のゆりかご〉は出港時の偉容とはまるで違った。
今や偉大さよりも痛々しさを前面に押し出しているようであった。艦首は溶解液を直接、しかも大量に掛けられた上に顎の圧力で半壊させられてしまったが為に、艦首部分は原型を半分は留めていないという惨状を晒していたのである。
  それは栄光から転落を示したかのような有様だが、その屈辱を倍にして返すべくクアットロは連続爆撃を敢行する。

「頭の悪いお馬鹿さんには、重い代償を支払ってもらおうじゃないのよ」

続けて投下された魔力爆弾は、先に投下され炎の勢いが衰える直前の大地に再び着弾した。しかも、今度は標準が定まった爆撃だけに、ビオランテにも3発命中していた。
魔力爆撃の直撃を受けたことによってビオランテの分厚い植物性の皮膚は、先ほどよりも激しく、そして大量に剥がれ落ちて行く様は枯葉が散るようでもあった。
立て続けに身体への直撃を許して大量の樹液が辺りに飛び散り、無念さか悔しさかあるいは怒りか、爆撃する〈聖王のゆりかご〉に吠えたてるビオランテ。

「ハハハッ! まだよ、もっと痛ぶってあげるわ、植物風情がいきがった報いよ!」

  第3射目の1発が、不幸にもビオランテが大口を開けた瞬間に飛び込んでいったのである。その1発は開き切った下顎を貫通した挙句、そのまま一直線に向かって巨体の腹部にあるオレンジ色にうっすらと輝く半球状の部位へと直撃、瞬間に凄まじい爆発がビオランテの巨体を揺るがしたのだった。
この部位は人間でいうところの臓器――ある意味では心臓に近い存在である。これが破壊されて死滅する程にビオランテはヤワ(・・)ではないが、重度のダメージは負うのだ。
過去のゴジラとの戦闘においても、花獣形態時にこの部分を放射熱線で攻撃されて一気に弱体化――しいては倒されてしまった経緯もある。
次の植獣形態時は、その巨体並びに頭部や多くの蔓へゴジラの目線が集中したに為、この心臓に類する部位への直接攻撃にさらされることは無かったものの、それがまた〈聖王のゆりかご〉との戦闘で著しく損傷してしまったのだから、ビオランテとしても苦悶するのは当然と言えた。
  臓器部位に直撃して表面が深く傷つき樹液が飛び散る様を見たクアットロは冷笑し、機動六課の面々は痛々しいビオランテの姿に心を締め付けられる思いであった。
もはやビオランテも登場時の猛々しさは消えており、巨体の至る所が紅蓮の炎に焦がされ、或は皮膚を剥離させ、そこからは夥しい量の樹液が漏れ出している。
さらに蔓の多くも爆撃の衝撃で吹き飛ばされてしまい、残った蔓の大半が灼熱に焼かれて次々と地面に倒れ伏していく。もはやビオランテの敗北は確定的に思えた。

「そう、そこが弱点ってわけねぇ。分かり易い部分だこと‥‥‥さぁ、これで死になさい!」

  一気に優勢な立場に立ったクアットロは口元を吊り上げ、トドメの一撃をビオランテに見舞った。4度目の爆撃が、今度はビオランテの胴体部に集中されたのである。
ビオランテはゴジラの細胞を有するがSF的なシールドを有する訳もなく、かといって魔法防御を行うことができる訳もない、文字通り巨体の防御しかできない。
そこへ集中された爆撃が襲い、今後こそ確実にビオランテの腹部の臓器を破壊した。まるで水風船が膨張したところで刺激され、破裂した様を数万倍のスケールにしたようだ。
凄まじい量の樹液をまき散らした途端に、ビオランテの頭部がガクリと下を向き、息絶えたように蹲ってしまったのである。

「フフッ‥‥‥ゥフフフ、ざまないわねぇ、怪物ちゃん。下等生物にはお似合いの最期よぉ」

ようやく邪魔者を排除できたと、クアットロは上機嫌になっていた。
  一方の死闘の一部始終を見ていたはやては、燃え盛る海に沈むビオランテを見て思わず叫んでしまった。

「え、英理加さんッ!!」

あれほど自分らが助けると言いながら、結局は作戦開始に間に合わず英理加1人に戦わせてしまったことに、ひどく罪悪感を覚えざるを得なかった。
その場にいた機動六課の面々も、1人で孤軍奮闘した英理加に涙を浮かべている。シグナム、ヴィータといった歴戦の魔導師は、彼女の奮闘に敬意を心内ながら表した。
  通信映像で一部始終を見ていたカリムも、英理加と呼ばれたビオランテの痛ましい最期に心に痛みを生じさせていた。
だが彼女の脳裏には、これでヴィオロンテ――ビオランテがいまだに生きているような気がしていた。それも確信はないが直感に近いものである。
あの予言にもあった荒ぶる神という二つ名を付けられているこの植物が、こうも簡単に死滅するという結論を避けていたともいえる。

「はやての話が本当なら、ビオランテ――英理加さんという人格は生きている筈。生物学的にも常識を超えた存在が、簡単に息絶えるとは到底思えないのだけど‥‥‥」

可能性と共に不安も彼女の心の内に立ち込めている。もしも英理加という人格が完全に消滅し、あの怪物だけが取り残されたとしたら、ミッドチルダは壊滅しかねない。
かの〈闇の書〉でやったように束縛して、宇宙空間へ移送したうえで決戦兵器アルカンシェルの一斉砲撃で消滅させるしかないだろう。
その前にスカリエッティの野望を打ち砕ければの話であったが。
  はやてはカリムと違い、英理加は今度こそ死んでしまったと思っていた。誰もが同じ気持ちを抱く。あの魔導師による焼却処分とは比較にならない威力を直撃されたのだ。
はやては拳を握り締めた。もう堪忍ならん、とスカリエッティ一味を必ず逮捕し、〈聖王のゆりかご〉を食い止めなければならないと改めて心に誓った。
それにビオランテは貴重な時間を稼いでくれた。上昇する予定だった〈聖王のゆりかご〉の進行を強制的に足止めしたことで、衛星軌道上へ到達する時間が伸びたのだ。
しかも予想外の損害を受けており自己修復システムをもってしても、かなりの時間を有するであろうことが考えられた。
この間に艦内へと侵入して、エネルギーコアの破壊、並びにヴィヴィオに奪還、クアットロらの逮捕を完遂する必要があるだろう。

「絶対に止めたるわ。英理加さんの作ってくれたチャンスを無駄には出来へん‥‥‥みんな、分っとるな!」
「うん、全力で止めるよ、はやてちゃん」
「そして、スカリエッティも必ず逮捕する」

なのは、フェイトも決意を示す。この後、機動六課は一斉に出撃して〈聖王のゆりかご〉阻止に向かう。ヴィータ、はやては直接〈聖王のゆりかご〉へ向かい、フェイトはスカリエッティの本拠地へ、残りの陣営は陸路から阻止に向けて動いていった。
  だがこの時、誰しもが予想しえなかっただろう。ビオランテは確かに力尽きたかもしれないが、実は全く逆効果の行為をしてしまったということを。
ゴジラ細胞の恐ろしさは前述した通り驚異的な自己再生能力並びに変異性、或は進化性の高さが挙げられる。例の花獣から植獣に変化する時もしかり、放射熱線でさえ細胞の活性化の糧となり進化を遂げてしまったのであるから、人知を遥かに超える存在という事がよく分かるだろう。
そして彼女らが出撃した折、スカリエッティの本拠地でも予想外の出来事が起きていたことを知るが、真っ先にそれを体験するのは他ならぬスカリエッティ一味であった。




〜〜〜あとがき〜〜〜
第3惑星人です。ようやく第3章が完成いたしましたが、如何でしたでしょうか。恐らくは「なんじゃこれ」と思う方の方が多いと思います。
ビオランテは映画の120mよりも遥かに巨大な600mであることにしました。そうしないと数qの〈聖王のゆりかご〉に立ち向かうのは無理があるかと思いまして……。
またゴジラ細胞については『シン・ゴジラ』の設定をお借りしています。あと本当ならこれで完結する予定でした。冒頭の様にかなりすっ飛ばして、本番戦へ突入するどころか、あれやこれやと無駄な肉を付けていった結果、まさかの延長という不測の事態になりまして‥‥‥どうしてこうなった状態です。
しかも次回は、今回以上にぶっ飛んだ展開になる可能性が高いです。ですが、完結させると言った以上は完結させるように努力いたしますので、完結をお待ちしている方々には、今しばらくお待ちいただきたく思います。
それと今さらですが、当作品をお読みになる際『ゴジラvsビオランテ』の音楽『ゴジラ1989』や『カウントダウン』を流しながらお読み頂くのも一興かと思います。

またゴジラ関連で『シン・ゴジラ』が、特撮映画ではかなりの興行収入でしたね。私も観に行って、これはまさしく『日本のゴジラ』であることを心に刻まれました。
ただし海外全般には日本ほどの大好評というわけではないようで、とりわけ怪獣プロレスやひたすら街を壊しまくる図を期待していたようですね。
ここら辺はやはり国民性や文化性の違いかなと思いますが、アメリカではトップ10に入る健闘ぶりをしているだとか。
ともかく、面白いと感じてくれる海外の方がいらっしゃるだけでも、私としては嬉しいです。



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