舞い降りし植獣/第4章『荒ぶる神』(リリカルなのは×ゴジラ)


  〈聖王のゆりかご〉がビオランテを片付けた後に、スカリエッティの本拠地である研究施設でも予想だにしない事態が発生していた。
本拠地内部には薔薇の根を数十倍と巨大化させた長大かつ巨大な蔓が施設内を蹂躙しており、もはや研究施設としての面影は無くなり植物の温床となりつつある。
その中でスカリエッティとは別の区画に居たウーノは、身体をロープ代わりに数本の長い蔓により締め付けられて身動できない状態だ。

「ぅあっ‥‥‥くっ」

ギリリ、と蔓に締め付けられると同時に棘が服越しに突き立てられ、激痛とは言わずとも確実に感じる痛みに形の良い眉を歪めていた。
元々が戦闘に特化していないタイプの戦闘機人であるため、この程度のことも自力で脱出するのは不可能である。
  そして彼女は痛みに耐えつつも、目の前に信じられない光景を目の当たりしていた。こっちの方がよほど衝撃的であり、人知の斜め上を行くものだ。
人ならざる存在がウーノを鋭い視線で睨み付け、テレパシーにより警告を発してきている。

(はやく、あの飛行船を止めなさい)
(どうしてこんな事に‥‥‥!)

異形の存在がウーノを脅迫している中、ウーノは目の前に存在する異形の物を見て思考をフル回転させていた。あれがここまで変化するとは誰が予想しえたであろうか。
そして恐らく、スカリエッティの方も同じような状況であろう。護衛に就いているトーレとセッテがいるため、ウーノの様に捕まっているとは思えないが。
  そんな事を考えていると、また身体を締め付けられる。それに歯を食いしばって耐えるウーノ。

(もう一度言いますよ。あの飛行船を止めなさい・・・・・・ヴィヴィオさんを解放しなさい)

何故、こんな事になってしまったのだろう。ウーノは痛む身体を他所に、ほんの数分前の事を振り返っていた。
  それは保存庫の異変から始まったのである。

「‥‥‥Dr、保管庫の警戒システムが作動しています」
『保管庫かい? タイミングの悪い時に‥‥‥』

異変前、ウーノは通信でスカリエッティを呼び出し、異常事態を知らせた。折しもこの時、機動六課の一部がこの本拠地へと足を踏み入れんとしていたのである。
そのメンバーはスカリエッティが興味深い対象であるフェイト、その他に聖王協会の人間と思われる者だ。
  以前に感じた不安が、ウーノの脳裏を過ぎった。あの回収された薔薇の花が保管されていた場所で、警報が鳴り響いているのだ。
室内監視カメラの映像を手元のコンソールへとリンクさせ、急ぎ保管庫の確認をする。そこには、中身の入っていない割れた状態の保存カプセルが映っていたのだ。
辺りに保存液と割られて飛び散った強化ガラスの破片が確認される。どう見てもこれは、外側からの圧力等の行為で破壊された状態ではない。
明らかに中側から外へ向けて圧力をぶつけられてできたものであろう。しかも中身がないという事からも、何となく合点はいく。
それだけではなく、保管庫内部にあったジュエルシードの幾つかが無くなっていることに気づく。
  瞬間、悪寒がウーノの背筋を駆け抜けていった。

「Dr、例の保管カプセルが破損しています。ジュエルシードも紛失しているようです!」
『‥‥‥まさかウーノ、あの薔薇が自力でカプセルを破って、あまつさえジュエルシードを奪ったと言うことかね?』
「そうとしか‥‥‥これをご覧ください」

そういって記録映像を転送する。そこには信じがたいものが映っていた。スカリエッティ、並びに彼の傍で護衛にあたるトーレとセッテも息を呑んだ。

『これは‥‥‥何というべきかな』

言葉が出てこない彼と同じく、ウーノも信じがたい表情であった。
  破れる前のカプセルの中には、あの一輪しかなかった薔薇が単独で成長を続けていたせいなのか、隙間が無いほど容器一杯に蔓が伸び、辛うじて容器に収まっていたのだ。
それがやがて、内側からの圧力に耐え兼ねて容器が破裂する。ドサリと重々しい音を立てて大蛇の様な太く巨大な蔓が落ちたソレには、薔薇の植物らしく棘が幾が付いている。
しかも牙を生やした蛇の頭の様なものが、幾つも分岐している蔓の先端にあった。そして目を引くのが通常の十倍近い大きさになった一輪の薔薇であろう。
人を魅了する植物のレベルを通り越して逆に人を捕食してしまうかのような、まるで肉食植物にでも変貌を遂げたようなソレに恐怖を抱かずにはいられなかった。
  巨大化した薔薇の怪物は、まるで動物とそん色のない動きを始めた。一輪の薔薇の下に分岐して増殖した蔓が足の役目を果たし、移動しているのだ。
しかも保管棚に並べられていたジュエルシードに、牙付きの蔓を伸ばして加え込むと、そのまま薔薇の中心部へと運び入れた。
薔薇の中心には普通ならばあり得る筈のない、蔓の先端についている顎と同じものが見え隠れしていたが、その中にジュエルシードを放り込んでしまったのである。

「ジュエルシードを食べた!?」

ジュエルシードは持つ者に対して異常な力を与える危険な代物だ。それを、この薔薇の怪物は飲み込んでしまったのだ。
  すると、巨大化した薔薇に一瞬にして変化が生じた。ジュエルシードの影響により、四方に伸びていた蔓が互いに絡み合い、一つの固まりを形成しているようであった。
拡大から縮小へと辿る植物の姿はまるで進化を遂げているようにも見える。いや、見えるのではない。進化を遂げているのだ。

「!」

やがて異形の植物の縮小化が収まったかと思うと、次の瞬間には監視カメラが破壊された。何かを投げつけて、それを驚くべき精度で正確に射抜いたのだ。
それが何であるか確かめるべくスローモーションで再生すると、カメラを直撃するモノ――それは長さ50pはあろうかと思われる鋭い槍のようなものであった。
  別の場所で見ているスカリエッティも感嘆していた。これは槍ではない、植物を異様に硬化させたものであることが分かったからだ。
ますますもって興味がそそられる。あの薔薇が急速成長してカプセルを脱しただけでなく、ジュエルシードを利用して更なる進化を遂げたのである。
だが惜しむらくは、その感動は管理局滅亡後に見たいことだった。今ここで、その力を見せつけられても忙しいだけだ。

『興味深いが、今は邪魔なだけだよ。私の甘さが原因だろうが、ここはドローンに排除を任せよう』
「よろしいのですか? ドローンだけではどうにかなるとも思えませんが」
『構わないさ。それに驚異的な生命力を持つとはいえ、所詮は植物に変わりはない。焼却処分すれば片付くだろう‥‥‥もったいない気はするがね』

  彼の認識は甘いで済まされるものではない。それも仕方がないとはいえそれまでであるが、少なくとも彼らはビオランテの生命力が人知を超えることを知らないのだ。
焼かれても細胞を活性化させて生まれ変わるという事実を知っていれば、もっと彼も違った反応を示すに違いない‥‥‥案の定、その不安は具現化される。
  スカリエッティの指示通りにドローン部隊に対して、例の植物の排除命令を送信し終えて数分もしない内に変化が生じた。

「‥‥‥? ドローンの反応が消えた」

一部区画に配備されていたドローンの信号が途絶えたことに、ウーノは眉を少し跳ね上げる。恐らくは侵入者たちが破壊したのかと思ったのだが、それは違った。
侵入者たちのルートとは全く違う部分で、ドローンの反応が消失したのである。つまるところこれは、例の植物の仕業であることを悟らざるをえなかった。
さらに彼女の背筋を凍らせたのは、消えたジュエルシードの魔力反応が明確な意思を持ったかのようにして動いていることにある。
ジュエルシードを取り込んだゆえに魔力反応で発見も容易である一方で、ドローンをものともしない勢いで蹴散らしていく。
  それだけはなかった。あり得ない地点においても、ドローンが次々と消失しているのだ。薔薇の変異体は1体しかいない筈なのに、これはどういうわけなのか。
別地点での魔力反応は検知されていないことから、さらなる疑惑と混乱を呼び込む。ウーノはスカリエッティにこの異常事態を知らせる。

「Dr、明らかにおかしいです。各区画のドローンが次々と反応を消しています!」
『ふむ‥‥‥どうやら、この植物は私のところのみならず、全体に足を延ばしているようだね』

恐怖するどころか興味津々の態度を崩さないのは、立派と言うべきか、或はネジが緩んでいるのだろう。ウーノの脳内には、これでもかと警鈴が鳴り響く。

『私を狙っているとしても、それはそれで良いさ。私が死んでも、残りの娘達の胎内に宿されている“私”が、新たに活動をするのだからね』

スカリエッティの狂気ともいえる行動だった。彼は自分の記憶を植えつけたクローニング体を、全ての娘達の胎内に宿していたのだ。
今ここにいる彼が死に絶えても、彼女らの中で1人でも生き残れば新たなスカリエッティが跡を継いで活動を開始するというのである。
それは無論のことウーノは承知しているが、何故だかこの異質な植物には、そんな保険は無意味であると言わんばかりの存在感を放っているように思えた。
  兎に角も処置を施すべきかと思った途端、彼女の背後で何か蠢く気配を感じる。驚き反射神経で振り返ると、その視線の先には人ならざる異形の存在が居た。
管理室の出入り口にあったのは、あの夜にモニター越しで見た大蛇の如き巨大な蔓の姿であった。それも3体はおり、目がないにも拘らず真っ直ぐウーノを狙っている。
ウーノには戦闘能力は微塵もない。事務処理等に特化した彼女には、この大蛇に抵抗する術を持ちはしないのだ。
  呆然とする彼女の脳裏に、突然として聞きなれぬ女性の声が響いてきた。

(大人しくしてください)
「ッ!?」

念話とは違う声に戸惑いを覚えるが、直ぐに薔薇の中に埋め込まれた人格が話しかけてきたのだと悟った。

「まさか、あの薔薇に組み込まれた人格‥‥‥」
(そう。理解が早くて助かるわ)

目の前のおどろおどろしい蔓の怪物とは裏腹に、優しい女性の声に激しいギャップを感じる。この女性が、聖王を護り抜こうとしていたのだ。
今もまた、スカリエッティの計画に利用されているヴィヴィオを救おうとしているのではないか。ウーノの想像は的を射ていた。
  そして、ウネウネと動く蔓を前にして動けないでいるウーノの目の前に、通路から室内へ入って来る人影が見えた。
管理局の人間が来たのかと思ったが、それは違った。人の形こそしているが、その表面が露わになった時、ウーノは身体を硬直させたのである。

「そ、そんな‥‥‥あり得ないわ‥‥‥!」
(驚くのも無理はないわね)

人間と思われたソレは、一切の服を身に纏っていない。しかし人間とは思えぬもので、深緑色を中心とした体表の色をしている。
身体つきは女性体を模倣しているようで、さらに腕や足など所々に植物の蔦が身体に巻き付いており、頭部には薔薇の花びらが何枚も垂れ下がり髪の毛を体現している。
さらに腰回りには巨大な葉が何枚も生えており、ロングスカートを模しているようであった。肩回りにも花びらが何枚も垂れ下がり胸部などを被せるようにして隠していた。
植物をイメージしたドレスを纏うようなものだろうか。
  そんな植物の中から生み出された新種の植物人間とでもいうべき存在感。そうだ、植物が人の姿を模した形態なのだ。

「そう‥‥‥ジュエルシードを、使ったのね」
(詳しいことは分からないけど、貴女の言うジュエルシードを利用させてもらったのは確かね)

そんなことまで出来るのか、と驚愕の連続だった。
  英理加は機動六課隊舎で昇華された後、スカリエッティの活動拠点内部に確保されていた自分の分身体を見つけ出し、その粒子体を密かに辺り一帯に振り撒いた。
森林一帯にばら蒔いた粒子体を、森林と同化させてスカリエッティの地下本拠地を徹底的に把握、何処に何があるのかを少しづつではあるが明確に知り尽くしていったのである。
同時に〈聖王のゆりかご〉なる巨大船の居場所も突き止めたまでは良かったのだが、残念ながらヴィヴィオを助け出すまでには間に合わなかった。
  そこで暴走の危険性を冒してでもビオランテへと変貌する事を決意し、野獣の意識に引っ張り込まれながらもヴィヴィオの救助だけは強く思いを保っていた。
結果として〈聖王のゆりかご〉が先に飛び立ってしまい、ビオランテなって対峙した英理加であったが一方及ばずに敗退を余儀なくされていた。
とはいえこれで終わる訳がなく、ダメージを負ったビオランテから意識を切り離した後、成長を続けていた薔薇へと移して本格的な活動に入った次第である。
これはゴジラ細胞による芸当ともいえるものであり、物体から精神エネルギー体に近い粒子状に変化したビオランテなればこそ出来るものであった。
  そして英理加は巨大に成長した薔薇を操って保存カプセルを突き破り、傍にあったジュエルシードを取り込んだ。これが予想外の変化をもたらしたのである。
成長していた薔薇の細胞を活性化させていっただけでなく、より活動しやすい形状――即ち人間体へと身体の形状を変化させていったのだ。
植物と人間の融合体としての姿を見せる様は、植物人間(プラントヒューマノイド)とも言うべきか。いや、植物をベースにしているのだから人間植物(ヒューマノイドプラント)か。
  いや、ウーノにとってそんな事はどうでもよかった。問題は、この現状をどう打破するかにある。可能性は0に等しかったが、こんな時の為の防衛システムがあった。
これを使ってやり過ごせないだろうか、と僅かな望みを掛けてウーノは気付かれない様にして後ろ手にコンソールにそっと手を伸ばした。

(大人しくしてと言ったはずよ)
「っ!?」

途端に数本の蔓が飛び掛かりウーノの身体に巻き付いて、彼女の行動を完全に封じてしまう。つくづくこれが植物であることを止めたくなるような動きだ。
両腕ごと封じられてしまい万事休すとなる。英理加は動けない彼女に一歩、また一歩と近付いてき距離を詰めてくる様は、ホラー映画のようでもあった。
  絡みついた蔓が動けないウーノにさらなる圧力を加え、その痛みに悲鳴を上げさせる。棘が制服越しに刺さるのである。
どうしてこんな事になってしまったのか‥‥‥今思えば、あの薔薇を早い内に処分してくべきだったと気づくのは、後の祭りでしかない。

(はやく、あの船を止めなさい)

痛みに表情を歪めるウーノに無形の威圧と圧力と掛けて、スカリエッティの計画を中断するように迫る英理加は、生前の彼女とは思えない気迫を纏っていた。
  かといってウーノもまた簡単に従うほど、弱い精神は持ってはいない。長年に渡りスカリエッティに付き従って来た彼女は、そうそう簡単に彼を裏切る事はしたくなかった。
それは彼女とスカリエッティの事情であり、英理加には関係のない話である。寧ろ、大量の死者を出してまで計画を遂行する姿勢には嫌悪感を抱く。
他者の野望の為に幼い子供が巻き込まれるなどまっぴらごめんだ。英理加は締め付けを一段と強めて、ウーノに計画中断を言い渡す。

(もう一度言いますよ。あの飛行船を止めなさい・・・・・・ヴィヴィオさんを解放しなさい)

脅した挙句に痛みを与えてはいるが、彼女の本心としては殺したくはない。あの研究所の夜の様に、人間を絞め殺したようなことは避けたいと願っていた。
  だがウーノは、英理加の期待を裏切った。

「断るわ。Drの計画は、誰にも止められない。例え、私が死のうと、Drが死のうとね」
(‥‥‥そう、残念だわ)

この拒否に偽りは無く、彼女の本心だろう。誰にも止められないことを理解していながら、自分が殺されても構わないという意思が感じられた。
英理加は冷徹な暗殺者でもなければ暴君でもない、元は単なる研究員だった。諦めて殺されることを覚悟しているウーノを、絞め殺すほどの勇気も出てこない。
  だが開放する訳にもいかず、何かしら行動を起こされては面倒である。そう思った英理加はウーノの身体を蔓で縛り上げたままで現状維持に徹することとした。
森林一帯にばら蒔かれた意識が聖王教会の人間と、侵入しつつある機動六課の人間――すなわちフェイトの反応を捉えていたことから、彼女らに任せれば良いと判断したのだ。
残る行動は1つ。こうなればスカリエッティのもとへ赴き、どうにか食い止めるしかないのだが、それも望み薄であることを感じていた。

(彼女の話からして、スカリエッティ博士が唯々諾々と忠告に従うとは思えないけど‥‥‥その時は仕方ないわね)

  最後に残された手段。それはビオランテの力によって〈聖王のゆりかご〉を破壊することにある。一度は敗れたが別に死滅したわけではなく、細胞は寧ろ活性化している。
かのゴジラとの戦闘と同じようにして、燃え盛る森林の真ん中で動かなくなったビオランテは英理加の意思から離れて再生を急速に行いつつあった。
そして今の英理加にはジュエルシードなる特殊な鉱石がある。これを手にした英理加も、驚くほどのパワーがあることを自分の身をもって確認している。
ジュエルシードの力を応用してビオランテの力を促進させるしか、あの巨大飛行船を止める術はないだろう。これは非常に危険な掛けだ。
だがやらなければならない。意を決して、英理加は踵を返すとスカリエッティのいるであろう場所へと脚を向けたのである。





  英理加がスカリエッティのもとへ移動を開始すると同時期、外側では聖王協会から派遣されてきた2人の男女が、異質な雰囲気の研究施設に戸惑いを覚えつつあった。

「う〜ん、これはまた、予想だにしないことが起きているみたいだね、シャッハ?」
「生憎と、私には内部が見えないのでわかりかねますよ、ロッサ」

シャッハと呼ばれた薄紫色のショートヘアにシスターの格好をした女性――シャッハ・ヌエラは、研究施設の出入り口を見て言葉を返す。
一方のロッサと呼ばれた、端正な顔立ちに黄緑色のロングヘアーと、白いスラックス・スーツを纏う青年――ヴェロッサ・アコースが苦笑いしている。
2人はようやくスカリエッティの本拠地たる研究施設を探り当てたのだが、その出入り口から異様な気配を感じており、またヴェロッサも無限の猟犬(ウンエントリヒ・ヤークト)と呼ばれる稀少技能を使って内部の偵察を行い、その異質さを探り当てて1人納得していた。
シャッハには何のことやらとサッパリだが、彼女とて協会に使えるシスターであり魔導師でもある。彼女の第6感が、ヴェロッサの言う異質な雰囲気を感じ取っていた。
  もうそろそろフェイトが駆け付けてくるが、さてどうしたものかと考える。

「このところ信じ難い光景を見ているけど、この気配もそれに類するようだね」
「はやての話にあった、人の意識が入った薔薇ですね。信じ難いですが‥‥‥現実逃避もできませんね」

2人は機動六課隊舎を襲撃された際の光景を目の当たりにしたわけではないが、記録映像からトンデモない生物が居たことは確認している。
その後、はやてや現場にいたメンバーから巨大植物の正体に関する情報を、カリムを通じて知っていた。
シャッハにしてもヴェロッサにしても、異世界の科学者が犯した禁断の科学には賛同しかねるものである。その事情がどうであれ。

「だがモタモタしてもいられないね。〈聖王のゆりかご〉とやらの爆撃開始までそんなに時間は無い‥‥‥。ただ、例の彼女(ヴァイオレンテ)のお蔭で時間稼ぎできたけどね」
「‥‥‥! ロッサ、あれを」
「ん?」

  シャッハが突然に声を上げた理由は、目の前の入り口からヒョロヒョロ波打つ1本の蔓が見えたからである。思わず警戒心を募らせるシャッハとヴェロッサ。
その蔓は人間の様に手招きを真似して蔓の先端を動かしており、2人に中へ入るよう即しているのが伺えた。

「おいでおいでをしているみたいだね‥‥‥どうしようか、シャッハ」
「はやての話が本当なら、行っても問題は無いでしょう。けど‥‥‥」

やはり、躊躇われるのだ。2人は直接に英理加と会話をした訳ではない上に、未だにこの植物を信じてよいものか迷いがあった。
せめてフェイトが到着してくれれば、判断もしやすいだろうが‥‥‥。
  ふと、そんな迷いを生じている2人の脳内に、突然女性の声が響いた。

(大丈夫ですよ。襲ったりしません)
「ほぅ、これが‥‥‥」
「英理加‥‥‥さんですね?」

念話とは違うテレパシーによる会話に2人は驚く反面、初めて聞く声と植物の動作を見て本物だと悟る。

(そうです。私が、英理加です)
「初めまして、英里佳さん。私は聖王協会監査官のヴェロッサ・アコースと言う者です。唐突で申し訳ないですが、今、貴女は何処にいらっしゃいます?」

本当に唐突だ、とシャッハは呟いた。ヴェロッサとしては、この研究施設内部における異変の張本人が英理加であるかを確かめる狙いがあってのことだった。
彼の問いかけに対して英理加は数秒間だけ沈黙し、その問いかけに応じた。

(余り時間はありませんが‥‥‥。既に私は、この施設内部でスカリエッティ博士のもとへ移動中です)
「中々、行動力のある女性ですね」
「まあね。では、我々も急ぎ向かいましょう」
(お願いします。後、博士の仲間である女性2人を束縛しておりますので、確保のほど、よろしくお願いしますね)

何気ない一言だった。どうやらナンバーズ2人を捕縛し、そのままにしているとの事だ。願ってもいない事であり、ヴェロッサにしてもこの2人から情報を引き出せる。
さらには施設内部のドローンは尽くが排除されているとのことで、よりヴェロッサらの侵入が容易いものであることが分かった。
英理加は蔓を目印にして辿るように言い渡し、迷わないよう蔓に薔薇の花を一定間隔で咲かせるということだ。これが彼らの道導となる。
  そう言い渡した直後にテレパシーは途切れてしまい、丁度いいタイミングにフェイトも馳せ参じて来た。

「丁度良いところに来たね、フェイト」
「丁度良いとは?」

訳が分からないと言いたげな彼女に、ヴェロッサは手短に説明する。英理加が生きていた事、既に施設内部の大半を制圧しつつある事、スカリエッティのもとへ向かっている事。
フェイトは驚愕した。あの戦闘でビオランテ共々死んでしまったと信じ込んでいたからだ。それが、意識を切り離してこの施設に潜り込んでいたとは想像だにしなかった。

「兎も角、君は急いだ方が良い。英理加さんはスカリエッティを止める気だが‥‥‥」
「分かってる。彼女だけに無理はさせられないから」

フェイトはスカリエッティを目指して、ヴェロッサとシャッハはナンバーズ2人の逮捕に向かって行動を開始したのである。
  案の定というべきかヴェロッサの行きついた先には、英理加の言った通りナンバーズの1人が蔓によって身動きが取れない状況で発見された。
元々が戦闘に特化していなかったのだろう、と彼は推測したがそれは的を得ていた。抵抗した形跡が全く見受けられなかったからである。
ウーノはヴェロッサの姿を見て多少の驚きはしたが、たじろぐようなことは無かった。何をされても答えないという強い意志が見られたのを、彼は確信した。

「色々と情報を貰いたいけど、その様子じゃ口を割ってもらえないようだね」
「‥‥‥さっきの植物人間にもいったけど、何も言うつもりはないわ」
「だろうね。ま、そうは言っても、君の記憶から聞き出すだけだから」
「!」

彼の有する能力により、他者の記憶を辿って情報を引き出すことが可能であり、ウーノの抵抗は瞬く間に意味のないものと化した。
  一方でシャッハの方はといえば、ウーノと同じく蔓によって胴体部を腕ごとグルグルと巻かれ、宙吊り状態にあるナンバーズの1人――セインを発見した。
水色のセミショートをした戦闘機人はジタバタと暴れており、身体に巻き付いた蔓をどうにかしようともがいていたが、どうにもならない様子である。
この時ばかりはセインも運が悪かったと言うしかない。彼女の特殊能力は“無機物”を自由に通り抜けるディープ・ダイバーというものだった。
潜入捜査に非常に適した能力保持者だが、今回で相手にした英理加は植物――すなわち有機物である。残念ながら蔓を通り抜けることは叶わずあっさり捕まったのだ。

「何なんだよ此奴は! いい加減に離せ、降ろせぇっ!」
「‥‥‥案外、あっけないものですね、貴女」
「な、なにおぅ!?」

簡単に逮捕できることは非常に喜ばしいが、逆にこの戦闘機人が不憫にも思えてくるシャッハであった。
  そして肝心なスカリエッティを逮捕に向かったフェイトは、施設内部を高速で飛び回りようやくスカリエッティ本人と対面することとなった。
彼と2人の護衛がいたが、さらには人間と似て異なる存在が彼らと対峙しているのが分かると、思わず足を止めざるを得ない。
フェイトは異形の存在の後ろ側におり、その反対側にスカリエッティがいるという構図だ。何やらスカリエッティと話している真っ最中の様だが、フェイトの存在を感知するや否やスカリエッティは視線をフェイトへ移した。

「ほう、ここで君が到着するとはね」
「スカリエッティ‥‥‥!」

  相も変わらず怯みや戸惑いと言った態度を見せない余裕の喋り方だ。そして彼らを挟んで真ん中にいる人間ならざる者を見て、フェイトは息を呑んだ。
見た目は人間のようだが、全身は植物の如く緑色になっており蔓も腕や足に絡みついている。
それに気づいた異形の者――英理加は、僅かに振り返って紫色に染まった瞳をフェイトに向ける。すると英理加はテレパシーでフェイトに話しかけた。

(どうも、フェイトさん)
「まさか、貴女は英理加さん‥‥‥!?」
「そうさ、フェイト。彼女は君の知っている英理加と同一だよ。びっくりしただろう? 一輪の薔薇が急速に成長して自力で行動できるまでになったんだ」

スカリエッティも嬉しさを隠さず話に割り込んでくる。どうやら英理加は彼に自身の名を教えていたようだ。スカリエッティはというと、初めて見る彼女の姿に興奮止まぬ様子であり、自身の危険など微塵も感じていない様な態度を取っているのは感心すべきだろうか。
  薔薇だったものが、これほどまに急成長してあまつさえ人型に変化する。生物学上から見ても常識を外れた存在であり、彼もまた非常に興味をそそられているのだ。
無論それだけが進化の要因ではなく、ジュエルシードを取り込んだことによる進化の速度を速めているのも含まれることを、スカリエッティは察していた。

「それにジュエルシードを取り込んで、進化力に加速をつけるとは‥‥‥いやはや全く驚きだよ。世の中にはこんな生命体を作る科学者がいたなんてね。是非とも、その人物に会ってみたいものだよ」
「ジュエルシード‥‥‥っ! まさか、英理加さん。この微量な魔力反応は‥‥‥」

英理加の進化の事実を知ったフェイトは、驚き目を彼女に向ける。ジュエルシードはフェイトも良く知る代物であり、これを巡ってなのはと対立した経緯もある。
そのジュエルシードを取り込んで今の姿になるとすれば、よほど彼女は上手いことコントロールして身体の促進を成し得たのだろう。
  また英理加にとっては、ジュエルシードの魔力を前面に出して戦う必要性はない。あくまでも体の細胞の活性化等に使うのであるからだ。
驚くフェイトを一瞥しつつも英理加はこの細胞の危険さを訴えた。

(スカリエッティ博士は、私の身体にある細胞がどの様な脅威を秘めているか、御存じないからそのような事が言えるのよ)

ゴジラという巨大生物の脅威。スカリエッティは未だに知らぬが、それ見たらますます持って興味が沸いたかもしれない。

「増々興味深いね。これまで私は娘達のように、最高の戦闘機人を生み出して来た。しかし、君の様な生命体は始めた。是が非でも、今後の研究に活用したいね」
(お断りするわ。この細胞は、貴方の様な人物に利用されるなんて、まっぴらごめんよ。それに、造られた命とは言え、貴方は生命を何だと思っているの?)
「愚問だね、Mrs.英理加。私は欲望の赴くままに、やりたい研究を行うのさ。そして、君の後ろにいるフェイトも、また同類なのだよ」
「っ‥‥‥」

急に話を振られたフェイトは身構える。スカリエッティはフェイトという存在に興味を示しており、かのプレシア・テスタロッサの造った人造人間であることが原因である。
その事情を英理加は知っていた。機動六課隊舎に根を下ろして情報を収集していた故だ。そんなフェイトを一瞥した英理加は、スカリエッティに向き直り忠告する。

(さあ、博士。もう一度忠告します。今すぐに計画を中断しなさい)
「ウーノも言ったと思うが、それは無理な相談だよMrs.英理加。この計画は失敗しても、1人でも娘たちが生き残れば新たな私が動き出すのさ」
「なに‥‥‥?」

いまいち話を理解できないフェイトに、英理加が手短に説明した。

(要するに、彼は娘たちの胎内に自らの分身を宿しているの)
「なっ!?」

驚愕するに十分な事実だ。
  つまり、この計画はスカリエッティを逮捕するだけでなく1人残らずナンバーズを逮捕しなければ、スカリエッティの分身が再び事件を起こすという事だ。
他のナンバーズは機動六課のフォワード陣に任せるしかない。フェイトはスカリエッティと、目の前にいる2人のナンバーズを逮捕することに専念すべきであった。
彼女は自身のデバイスであるバルディッシュを握りしめる。フェイトがいざ戦闘態勢に移行すると、それを察したトーレ・セッテに2人も瞬時に反応した。
スカリエッティの身を護ろうと素早い瞬発力を持って動き出すが、英理加は一切の動揺も見せないでその場に佇んでいる。
  位置的にスカリエッティとフェイトの中間に位置するだけに、英理加が最初の犠牲者となるのは当然のことなのだろうが、それも普通の人間であればの話だ。
それに研究施設は既に英理加のテリトリー化しており、自在に蔓を操ることも可能であることをトーレとセッテは失念していた。
片やフェイトから見れば英理加が危ういと思うのは当然だろう。が、その彼女が動揺もしなければ対応もしないともなると、フェイトとしても心配せざるをえない。

(自分たちがどれ程愚かしいことを行っているか、反省することね)
「戯言を!」

  飛び掛かろうとするトーレの脳内に響く英理加の声。それに構わず拳を振り上げ、英理加へ目掛けて突き出した。ところがトーレは、驚愕の光景を目の当たりにする。

「‥‥‥なっ!?」
(ゴジラの細胞には驚かされるけど、ジュエルシードの効力にも驚かされるわね)

何と左の掌でトーレの拳を受け止めてしまったのである。ゴジラ細胞の驚異的な生命力と適応力、そこに加わるジュエルシードの効力がプラスされているのだ。
英理加の身体はさらなる強靭な肉体へと変貌しており、魔法なくとも純然たる肉体でトーレの打撃に耐えうるということに、英理加自身も驚かされる。
  無論、彼女の後ろにいたフェイトも驚きであった。ナンバーズと対等に渡り合える肉体を有する彼女を見て、思考を硬直させる寸前にあった。

(悪いけど、貴女と遊ぶ暇は無いから)
「ク‥‥‥馬鹿にしてくれるな、化け物‥‥‥うぉ!」

直ぐに右腕を引いて左腕による2発目に入ろうするが、英理加の左腕から蔓が伸びてアッという間にトーレの右腕の肩まで巻き付いてしまう。
蔓はガッチリと彼女の右腕に絡みついており、加えて英理加の左手もまた彼女の右拳を握り締めていることから、尚のこと離れられずにいる。
それどころか蔓は瞬間的に伸び続けると、蔓の先端がそのままトーレの首にまで及んでしまう。このままでは首を絞められる――その恐怖感がトーレの脳内を駆け巡る。
  そのトーレの危機にセッテが動いた。手に持っているブーメラン形状の武器――ブーメランブレードで、英理加の腕を切り落とそうとしたのだ。
そこで対応したのがフェイトだった。英理加に切りつけまいとバルディッシュを駆使してセッテと対峙するが、本来の力を発揮できないこともあり少々焦る。

「邪魔するな」

セッテが鋭い声でフェイトを睨み付ける。例のAMFの影響により力を落としているフェイトは、セッテとの戦闘で互角に持ち込むのが精々である。
  しかしフェイトの苦戦を他所に、英理加はトーレを完全に捕縛しようとしていた。苦し紛れに放たれたトーレの左脚による鋭いハイキックも、残念ながら効果はない。
英理加の右手がトーレの左脚の脛辺りをガッシリと掴んで受け止めてしまったのだ。丁寧に左脚も蔓によって拘束されてしまい、トーレは右足1本で立ち続ける姿勢となる。
これほどまでに歯が立たないとは屈辱の限りであると、トーレは怒りに顔を歪めながら苦し紛れの抵抗として、左拳で英理加を殴り飛ばそうとした。
それさえもトーレには許されず、地中から突然伸びて来た蔓によって残りの手足をも絡め取られてしまい、遂には肢体全てを封じられてしまう。

「ゥクッ‥‥‥こんな、奴に‥‥‥!」
(大人しくしてなさい)

バインドではなく蔓で動きを完全に封じられたトーレは、その場にうつ伏せに倒れ伏した。
  さらにはフェイトと交戦していたセッテをも蔓で羽交い絞めにしてしまう。セッテは無論、ブーメランブレードで切り裂いて抵抗したが、足元、天井、と無尽蔵に伸びてくる蔓と、フェイトの双方を相手取ることは叶わず、両腕、両脚、そして首、と彼女の身体の自由を完全に奪ってしまったのである。
あっけない戦闘にフェイトもあっけからんとしていた。これほどまでに効率よく事が進むとは思っていないが、これもまた英理加が密かにテリトリーを広げていたおかげである。

「ククク‥‥‥素晴らしい、素晴らしいよMrs.英理加! 魔力を使わずに、娘達をこうも簡単に手籠めにできるとはね。是が非でも研究対象にしたいくらいさ!」
(言いたいことは‥‥‥それだけ? スカリエッティ博士)

  相も変わらず命を弄ばんとする姿勢のスカリエッティに、英理加も苛立ちを覚えずにはいられない。

「好きにするといいさ。君の様な素晴らしき生命体に殺されるなら、研究者としては本望だよ」
(殺す‥‥‥? 私が望むのは、貴方が罪を背負って生きていく事よ。そして、この馬鹿馬鹿しい計画を止めて、ヴィヴィオさんを助ける事‥‥‥)
「ほう、私をこのまま放置するのかね?」
(放置‥‥‥まさか、そんなわけないでしょう)

そう言うと何処から伸びたのか、1本の蔓が鞭をの様にしなやかにカーブを描きつつ、薄ら笑みを浮かべるスカリエッティに思い切り叩き付けられた。
下手をすれば全身複雑骨折で即死するレベルのものであるが、普通の人間ではないスカリエッティにしてみれば、重傷の一歩手前くらいで済まされるものであった。
壁に叩き付けられてガックリと項垂れるスカリエッティを一瞥すると、後ろで終始呆然と見ていたフェイトの方を振り返る。

(フェイトさん、後は頼みますね)
「え‥‥‥あ、ちょっと待ってください!」

  そのまま何食わぬ形で去ろうとする英理加に、フェイトは我を取り戻して待ったをかける。スカリエッティらを完膚なきまでに叩いた功績は賞賛すべきだが、危うくフェイトとしては見逃してしまいそうな点があったため、英理加を呼び止めたのである。

「貴女の身体にはジュエルシードが取り込まれたままです。それは極めて危険なものなんです、直ぐに取り出してください」

ジュエルシードの恐ろしさを知っているからこそ、フェイトは回収すべく英理加に頼んだ。万が一にも暴走してしまったのでは手が付けられなくなるのではないか。
そんな危機感が彼女の脳裏に、警鈴の如く鳴り響いている。ところが案の定、英理加はフェイトの願いには拒否を示した。

(それはできないわ)
「‥‥‥英理加さん」
(ごめんなさい、フェイトさん。これが危険な代物だと言うのは想像がついてる)
「私達もヴィヴィオを救うために、この世界を救うために死力を尽くしています。貴女には言い尽くせない程に手助けを頂きました。ですから、今度は私たちが‥‥‥」

  フェイトの説得を遮り、英理加は微笑みながらもその意思を示した。

(だけどね、私はあの娘を助けるために、今少しこの力を借りたいの)

英理加に負担を掛けたくない一心でフェイトは説得を試みたが、英理加の意思は固く守られていたのだ。英理加にしてもフェイトにしても、これ以上に時間はかけられない。
すると英理加の真上に位置する天井が突然崩落して、そこから地上までにぽっかりとした穴が開いた。蔓が無理矢理天井をこじ開けたのである。
崩落に伴って土煙が辺りに舞い上がり、至近に居たフェイトの顔にも吹き付けられる。思わず砂埃を手で覆って防ぐ。
  改めて英理加を見ると、既にそこに彼女の姿は無くなっており、その空いた穴を通じて地上へと脱したことを悟らざるを得なかった。
その場に残されたフェイトは、蔓で身動きの取れない3人をひとまずは確保し、シャッハとヴェロッサの2人と合流することに専念することとした。
外では機動六課の面々が残りのナンバーズと対峙していることだろう。できることなら加勢したいところではあるが、この施設で取り抑えた5人から目を離せない。
  それに先の英理加の件もあった。彼女は再び〈聖王のゆりかご〉に向かう気だろうことは簡単に想像できるのであるが、今度はどうしようというのか。
しかもジュエルシードを体内に取り込んでしまっている以上、管理局としては放置しておけないのは当然であろう。下手をすれば英理加も排除対象となる。
彼女がこの事件を解決して、速やかにジュエルシードを変換してくれることを切に願うしかなかった。





  フェイトのもとを離れた英理加は、虫の息状態になっている別個体ビオランテのもとへやってきた。〈聖王のゆりかご〉による激しい爆撃の影響で、その見た目はボロボロのビオランテだが内部では再生と進化の真っ最中であり、次なる新たな姿を形成しつつあったとは、よもや思うまい。
英理加は歩み寄り、そのビオランテに手を触れると、意識を集中させる。

(あの娘の為に‥‥‥ゴジラの力をもう一度使う。そして、この石の力も‥‥‥)

再び暴走する危険性をはらみながら、それでも彼女は再び危険に足を踏み入れる。自分を消されても構わない、ヴィヴィオを助けることさえできれば!
だからゴジラの細胞の力を利用するのだ。もう一度野獣的な本能に支配されようとも。
  数秒もしない内に、英理加の身体はビオランテの形骸へと吸い込まれるように吸収されていく。その途端、ビオランテ内部のゴジラ細胞は一斉に活性化を始める。
通常の何十倍ものスピードで細胞は増殖していき、傷付いた細胞と瞬く間に入れ替わる。さらに体表も下から新しい皮膚が形成されていった。
ボロボロと崩れ去る蔓や皮膚の束によって土煙がある中、その身体全体の形状にも大きな変化が見られ始めており、山の様な身体が徐々に削れていく。
背中からはよりはっきりとした背びれが生え変わり、スリムになっていく身体から腕の様な部位が生えたばかりか、太い蔓しかない脚がガッシリとした2本の脚に生え代わる。
頭部も大分削れて2回り以上は小さくなったばかりか、何本もの太い蔓が一本に纏まって長大な尻尾を形成し始めた。
  やがて崩れ落ちる皮膚なども収まることで粉塵や砂埃も収まると、ビオランテの形骸だったものがゆっくりと姿勢を前傾姿勢から直立姿勢へと変化させる。
それは植獣ビオランテの面影は無くなっており、まるで直立した恐竜だった。とはいえ、下半身は自重を支えるためにガッシリとしており、太い尻尾もまた姿勢を支えている。
両手は小さく格闘などには不向きに思える。頭部は二回り以上小さくなったゆえか、直立したその姿勢には丁度フィットした大きさに収まった言えるだろう。
しかも両肩と腰付近からは新たに蔓が生えて、左右それぞれ500m程伸びていく。その太い蔓から数本の蔓が生えて垂れ下がると、それは翼の骨組みを形成しているようだ。
骨組みが出来た後は、幕が張っていく。完成した巨大な翼を広げ、そのビオランテだった巨大な生物は、上空へ向かって口を開き思い切り吠えたてた。
  王者の復活とでもいうかのような吠えは、辺りの生物たちに恐怖を感じさせた。

(助け‥‥‥ル。アノ‥‥‥コ‥‥‥ヲ)

そして進化を終えた直後の英理加の意識は、瞬く間に野獣としての本能に飲み込まれていったのである。
  一方のミッドチルダの首都クラナガン上空と地上では、〈聖王のゆりかご〉並びにナンバーズの面々と機動六課との全面対決が展開されていた。
なのはとヴィータは、ビオランテとの戦闘で激しく損傷した〈聖王のゆりかご〉へ侵入を果たし、それぞれがヴィヴィオの保護と動力炉の破壊に向かう。
はやては空中にて他の魔導師達と共に〈聖王のゆりかご〉周辺の制空権の確保に専念し、残る面々は地上でナンバーズやルーテシア、ゼストらと対峙する形である。
それぞれが苦戦しつつも奮闘を続ける中、はやてのもとにフェイトからの通信が入った。

『はやて、こっちはスカリエッティ以下、4名を逮捕したよ』
「仕事が早ようて助かるわ、フェイトちゃん」

  しかしフェイトの表情は深刻である。それを察したはやてが再び口を開きかけた時、フェイトの口から驚愕の事実が飛び出して来た。

『はやて、よく聞いて。英理加さんは生きてる』
「え‥‥‥ほんまか!?」
『うん‥‥‥ただ、よく聞いてね、はやて。英理加さんは‥‥‥』

そこから聞かされる、スカリエッティの施設で起きたこと、見たことを知った途端にはやては、予想の斜め上に向かって事態が動いていることを悟らざるを得なかった。
英理加が人間体へと変身した挙句にスカリエッティらを捕縛しただけでない。ジュエルシードを取り込んで力を増幅させているのだ。
その状態で再びヴィヴィオを取り戻すべくやってくるという事は、またあの巨大生物の姿で来るのか。或は人間体のままでやってくるのか。
  彼女が生きていたことに嬉しさを感じる反面、これからとてつもなく恐ろしいことが起こるのではないかという予感が、彼女の脳裏を駆け巡る。

「取りあえず、フェイトちゃんはスカリエッティを確保しといて。こっちは何とかしたるから」
『わかった』

とはいうものの、どうするべきか。英理加がジュエルシードを取り込んだままだという事実を管理局本局が知ったら、無理にでも捕獲するように命じてくるに違いない。
英理加は素直に返すとは言うが、本局からすれば信じるに値しないと評価するだろう。下手をすれば、来援中の艦隊によって葬られる可能性もある。
  そのような不安が思考を支配しつつある中、〈アースラ〉の通信士であるシャリオ・フィニーノから連絡が入った。
彼女は切羽詰まった様子で異常事態を知らせてきたのである。

『た、大変です!』
「なんやシャーリー、落ち着いてや。何が大変なんや?」
『南西方面に巨大な飛行物体を感知! 時速190qで接近中、識別不明!』
「なっ‥‥‥!」

フェイトからの連絡があった直後にこの報告である。という事はつまり、英理加が再びやって来たと言うことだろう。感知した方角も〈聖王のゆりかご〉の出現地点と被る。
感知された巨大な飛行物体は、推測で全長約1100m、横幅最大1000mというとてつもない大きさだと言う。前代未聞にも程があるのではないか。
  やがてその姿を目視できる距離に来た時、その場にいた全ての者がソレに目を奪われる。機動六課も、ナンバーズも、世界中の者が、再びソノ存在に慄く。

「う、嘘やろ。なんやねん、アレ‥‥‥!」

巨大な二対の翼を羽ばたかせるのは間違いなく生物だった。だが桁違いな大きさには開いた口が塞がらないもので、竜でもやって来たのかと錯覚するほどだ。
竜の様な巨大生物は、全体的に濃緑と黒を混ぜ合わせたような体表面をしている。さらに身体の所々が傷口の様に赤く光っているのが不気味に思えた。
その巨大な翼で羽ばたく度に強烈な風圧を引き起こす巨大生物は、周囲の視線をものともせずに〈聖王のゆりかご〉を目指している。

(まさか、あれがビオランテの‥‥‥英理加さんの‥‥‥)

  〈聖王のゆりかご〉との戦闘で焼き尽くされたビオランテが、英理加によってさらに進化したのではないか。瞬時にそのような構図が浮かんでいたが、確証が掴めない。
何より形状がビオランテとは違い過ぎており、あの山の様なドッシリとした巨体ではない、ドラゴンのような体格に近いものが確信を掴めさせないでいた原因である。
そして当然のことながらこの巨大生物の針路上には、決戦の真っ最中であったはやて達もいる訳であるが、それを気にかけることもなく彼女らの真上を飛翔して行こうとする。

「た、隊長、どうしますか!?」
「どうするんですか、あれも敵なんですか!」
「えぇか皆、あれだけは手ぇ出したらあかん。今はドローンの排除、並びに制空権の確保に専念せな!」

局員の魔導師達も戸惑っているのは当然と言うべきで、どうしようもない状況に対応を求めてくる。
  だが、何はともあれ巨大生物に下手な手出しはしない方が得策と見える。その証拠に〈聖王のゆりかご〉周辺を警護している多数のドローンが、巨大生物に向かう。
ビームを一斉に放って攻撃しているが、そんなもので怯ませられるような相手ではない。豆鉄砲以下の攻撃に対して、堂々と飛翔して接近してくるのだ。
〈聖王のゆりかご〉の上空を通り越していった後、巨体をUターンさせて降下して針路上に巨体を降ろした。太い二本足が地面と接地した途端に、その衝撃が一帯を襲った。
地震以上に激しい揺れがクラナガンを襲い巨大生物周辺のビルが次々と倒壊していく。さらに巨体と尻尾に押し潰され崩れ去る。
倒壊する建造物を意に介しない巨大生物は、姿勢を正すかのように直立姿勢になる。背中と腰の巨大な翼は折りたたまれて、背中の背びれと一体化するように仕舞われた。
  先ほどのビオランテとは全く違う形状に動揺するのは、無論はやてだけではない。聖王協会で戦局を見守るカリムも同様に、この巨大生物に唖然してしまう。
報告によればビオランテが瀕死状態にあった地点から飛翔してきたと言う事、並びにその地点にあった筈のビオランテの巨体が消えている事から、このドラゴンの様な巨大生物が新たな姿のビオランテだと言わざるを得なかった。
ヴィオロンテが死んだとは思っていなかった彼女だが、まさかこれほどの短時間で驚異的な進化を遂げるとは予想の斜め上を行くものだった。

「これが、予言の言わんとしていた事だというの?」

  予言の一文にあった“荒ぶる神”とは、本当はこの巨大生物を指して言っていたのかもしれない。異世界から舞い降りた精霊が、怒り荒ぶる神へと変貌し、この世界を破滅か希望を与えるか、それはこの決戦で明らかになるだろう。
だが破滅を与えられたのではたまったものではない。カリムとしては、英理加の意識が巨大生物の暴走を抑えてくれることをひたすら祈るばかりだった。
  大地に脚を降ろした巨大生物――元ビオランテは、上昇しつつある〈聖王のゆりかご〉を紫色の瞳で睨み付け、そして盛大に吠えたてる。
ビオランテが進化した今の姿。それは英理加の体内に組み込まれた細胞の設計図を読み取った結果だ。そうだ、地球の人間なら誰もが知る姿であり、同じ名前を口にするアレ。
日本の大戸島に伝えられる荒ぶる神の名から付けられた、地球史上最強にして最大の存在、即ちこれこそが――

呉爾羅(ゴジラ)





〜〜〜あとがき〜〜〜
どうも、第3惑星人でございます。第4章で終わるかと思いきや第5章まで引っ張る形となってしました‥‥‥。
さて第1章の冒頭で申しました通り、もうぶっ飛び過ぎた展開でございましたが、いかがでしたでしょうか?
英理加が人型になるという構想は、一番初期の頃には考えていなかったのですが、こうして執筆を再開するにあたって思い浮かんだ次第です。
因みに元ネタはPSゲーム『バイオハザード〜コードベロニカ〜』の登場人物アレクシア・アシュフォード(第1形態)です。
こんな展開は有り得ないと自覚しつつジュエルシードで進化の促進やらを後付しました。そうでもしないと、流石に無理があると思ったので(これも十分に無理が…)。
そしてビオランテの変異体ですが、こちらは映画『シン・ゴジラ』のゴジラをモデルにしております。
翼に関しては『シン・ゴジラ』内部において、ゴジラの体質変化能力として「有翼化の可能性」を示唆していたことから、ここからお借りしたものとなります。
次章で何とか決着を着ける予定ですので、もうしばらくお待ちください。



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