マルセフを中心とした遠方演習部隊に代わって、東郷の指揮する近隣演習部隊。こちらも、グループ別に分けたうえで、Aグループと地球艦隊が艦隊演習を行っている。
障害物の多いレベンツァと違い、障害物となる浮遊物が存在している訳ではなく、延々と続く何もないだだっ広い次元空間のみだ。
マルセフらの様に地形を利用した、より実践的な戦闘演習は望めないが、全くもって実戦形式の演習が出来ないわけではない。
演習内での戦闘終結目的を多少変えてみたのだ。それは地球艦隊を外部勢力――しいてはSUSを想定の艦隊として、管理局へ進攻して来るのを防ぎ撤退に追い込む事。
はたまた、地球艦隊を全滅させるかという目標を打ち出したのである。丁度良くして、管理局の本局が目の前に存在するのだから、好都合なシチュエーションだろう。
だからこそ、それを最大限に活用して拠点防衛戦を想定した、軍事演習を行えるのではないか? 東郷は他の艦長らと共にそう考えたのだ。
次元航行部隊を指揮するクロノもそれに同意し、早速という様にして開始された。彼らの違う点と言えば、それは本局から模擬戦闘の様子が丸映しされているという事である。
目の前で直々に戦闘の様子を眺められるとして、本局にいる高官達はそれに着目していた。無論の事、リンディやレティ、はたまた、なのはやシグナムらもそれを見ていた。
「前衛艦隊、損耗率二三パーセント!」
「〈LS〉級〈コファーレ〉、轟沈判定!」
「陣形を崩すな、砲撃の手を緩めるなよ!」
Aグループの旗艦〈クラウディア〉艦橋にて、クロノは必死の防衛戦を継続させつつあった。だが予想以上に地球艦隊の砲火は苛烈であり、苦境に立たされている。
序盤戦は砲撃の応酬という平凡な形で始まった訳ではなく、艦載機を用いた〈コスモパルサー〉と〈F・ガジェット〉との激しい近接格闘戦が先に展開されたのである。
比率は遠方部隊と同様の九〇:二〇〇と言った具合だ。倍以上の機動兵器を有する次元航行部隊は、〈コスモパルサー〉と〈彩雲〉攻撃隊を迎撃すべく全てをこれに当てた。
〈コスモパルサー〉隊の戦力が、前面に出てきたもので全てである、とクロノは判断したのだ。凄まじい量の〈F・ガジェット〉が半数以下の〈コスモパルサー〉隊に襲い掛かる。
多くの管理局員が、このドッグ・ファイトの勝敗にクロノが押し切れるだろうと判断していた。
だがそれは甘い考えに過ぎず、逆に叩き落されていく〈F・ガジェット〉が見えた。物量に物を言わせる事が可能かと思いきや、少数の〈コスモパルサー〉が〈F・ガジェット〉を次々と撃墜していく様は信じ難い光景であろう。
やはり現実は甘くはなかったのだ。そして迎撃網を切り抜けられた〈彩雲〉攻撃隊一一機が、次元航行部隊の前衛部隊へ向けて攻撃を仕掛けた。
迎撃せんとして砲火を放つ次元航行部隊であったが、撃ち落す事は敵わず。一番先頭を切っていた〈L〉級一隻が集中攻撃を浴び、戦闘不能に追いやられてしまった。
局員達はこの異常なスピードによる戦果に驚き、衝撃に士気を挫かれてしまう。
「狼狽えるな、まだ序盤だぞ!」
クロノは動揺した艦隊を叱咤激励し、秩序の回復を行いつつも艦隊の陣形を維持させて迎撃に全力を務めさせた。
同時に一〇数機の〈F・ガジェット〉を呼び戻して追い散らそうとした。その功は奏して艦隊の被害を最小限に食い止める事に成功する。
戦闘不能の判定を受けたのは〈XL〉級一隻に〈L〉級二隻、〈LS〉級一隻であり、クロノの対応は賞賛されるべきものであったと言える。
この次に展開される艦隊同士の砲撃戦闘に全力が注げると判断した。
(よし、これで……っ!?)
だが、それさえも覆されてしまう。地球艦隊から先制された砲撃は、先頭を行く管理局艦船を纏めて四隻を撃沈してしまったのだ。
なるべく砲火を集中させること、これが東郷の命令であり、二二隻から放たれた砲撃は、脅威そのものとして次元航行部隊に激震を与えた。
砲撃戦が展開されて、凡そ六分近くが経過した頃、リンディの使用する執務室の一角で、先程のメンバーが勢揃いして訓練の様子をスクリーン越しで見守っている。
数において有利である筈の次元航行部隊が、いきなりの損害を被ってしまう光景に改めて、地球艦隊に対する認識を改めさせられる。
「これは……」
「演習ったって、地球艦隊は反則も良い所じゃねーか」
シグナムは言葉が続かず、ヴィータに至っては地球艦隊を反則呼ばわりする。同席しているスバルも実際に見る戦闘の様子を前にして、表現のしようがないと言った表情だ。
その反則な地球艦隊に対して必死の防衛戦を展開しているであろう、クロノの苦悩する姿が思い浮かんでしまうリンディ。相変わらず地球艦隊は怯む事無くして進んでいる。
また一隻が脱落していく。次元航行部隊の前衛部隊は崩壊に直面しているように見え、それを見逃すまいとして地球艦隊の先頭が切り込み隊を買って出て前進を始める。
(クロノも頑張っているわ。ただ、やはり地球艦隊との技術差は埋めようもない……)
必死に全面崩壊を防ぎつつ、迎撃を指示する息子をリンディは賞賛しつつも、管理局艦船の技術的限界を圧倒的な差を持って見せつけられていた。
もしもこれが本当の戦闘であれば、地球艦隊は今頃あの波動砲を放って次元航行部隊を殲滅してしまっているに違いない。
(演習とはいっても、これで管理局の上層部は完全に考えを変える筈……。いえ、変えてもらわねばならないのよ!)
今まで強硬派が多数派を占めていた管理局の高官達は、連日の凶報によって次第に変化を余儀なくされていた。今や強硬派が少数派と成り果てており、慎重派が増大している。
切り替わらねば管理局は幕を下ろされ、永遠に表舞台に姿を現す事無くして終末を迎えるだろう。
(これで、地球艦隊の強さは誰の目にも明らかになった……けど、そしたら管理局は、これからどう進んで行けばいいの?)
同席者の一人、なのはは複雑な心境であった。目の前で展開されている戦闘で、管理局は抵抗空しく撃破されていく。
そんな光景を見て、彼女は管理局がこれからも平和を守る存在として、きちんとやっていけるのだろうか焦燥を強めていた。
彼女とて、地球艦隊――しいては│地球連邦政府と折り合い良く行って欲しいと願っている。それと同時に、地球連邦と手を結んだとしても管理局の立場はどうなるのか?
地球政府は管理局の法を受け入れるつもりは毛頭ないであろう。寧ろそれを受け入れてしまったら、大幅な弱体化を招き、外部の敵勢力と対等出来なくなってしまうのだ。
もしそうなったとして、管理局に出来る事はあるのだろうか? SUSにさえ歯が立たない戦力で地球を護れる筈もなく、寧ろ地球を切り捨ててしまう輩もいるのではないか。
非魔法文化世界に何があろうと干渉しない――これが実際に法律で存在している。これを強硬派や危険思考の一派が突き付けて見捨てる可能性は十分に有り得ると予測した。
それに地球艦隊の存在が公にされた今、各世界の動揺も大きくなるのは避けられない。│時空管理局の管理下を離れて独立を宣言するよりも――
支配せずされず、共に友好関係を築き繁栄を目指す
という。地球連邦の思想に憧れて、地球連邦の一員となって独立を保とうとする世界も出るかもしれいないのだ。
そうなった時、管理局はどう対応するつもりなのか? 管理世界で友好的な世界ばかりが存在する訳でもなく、非魔法文化世界の存在も多い。
管理範囲のバランスは大きく崩れるに違いないだろう。きちんとした法律的、外交的手法で手順を踏めば問題は収まるであろうが、独立宣言した世界が管理局を不法侵入者として制裁を加える、という場合も考えられなくもない。
こうなってしまったら地球連邦政府はどう出て来る? 管理局に不信感を持ち、支援の名目で参入などされれば……。
今まで平和を唱えてきた時空管理局が敵呼ばわりされるという情景が浮かんでしまい、魔導師として活動して来たなのはも思わず背筋の凍る想いをしたのである。
地球艦隊旗艦〈ミカサ〉の指揮席で、東郷は戦況を坦々と眺めやっている。
「管理局艦隊、前衛が崩れ始めました!」
「脆い……。宙雷戦隊、突撃してさらに分断せよ!!」
艦隊指揮官としての統率能力に問題がある訳ではないのだが、クロノが指揮する艦隊は前衛から崩れつつあるのが現状である。
ここまで手早く前衛部隊を崩したのは、北野が率いる戦艦隊の的確な砲撃戦の結果だ。とりわけ、〈リットリオ〉の命中精度も目を張るものがあったと言えよう。
戦艦〈エスパーニャ〉と〈ハルナ〉も前衛となり盾役を引き受けると共に、相手の各部隊旗艦と思しき艦を狙い撃っていく。必ず区別出来る訳ではないが。
通信を多く放っている艦が大抵の場合は旗艦としての役目を負っている。この戦闘でそれを極めるのは難しいであろうが、〈リットリオ〉他前衛の各艦は的確に狙った。
それが功を奏したのである。突然、旗艦を失った小部隊は、どこの命令に従うべきか迷い、その混乱が次第に他部隊へと波及していくのだ。
頭を失い混乱する次元航行部隊の姿をメイン・スクリーンでも確認した東郷は、すかさず控えていた駆逐艦隊に突撃を命じた。
これが本戦ならば駆逐艦、そして巡洋艦から多量の対艦ミサイルが放たれ、管理局艦船の装甲を食い破っている事だろう。だが今回はあくまでエネルギー兵器のみの使用である。
(こらあかんがな……クロノ君も必死なんやろうけど、陣形を徐々に崩されてとる)
(これが艦隊戦なのか……。少数とはいえ、東郷提督の素早く的確な判断が常に戦局をリードしている!)
〈ミカサ〉の艦橋で戦闘を眺めているはやてとグリフィスの二人は、少数で次元航行部隊を崩しにかかる地球艦隊に圧倒されるような気分になった。
特にグリフィスは東郷の指揮ぶりに魅かれており、老練な提督の手腕が羨ましくも思えてしまった。部隊後方勤務を主とする彼とすれば、戦況の把握と的確な指示は指揮官たる者、確実に身に着けておかねばならないと思っている。
以前ははやての副官として機動六課を支えてきたものの、東郷ら地球艦隊指揮官と比べれば自分ら指揮する兵力との差は歴然たるものがあるのだ。
そして多くの部下や兵士達の生命が失われてゆくのが、地球艦隊の世界にとって当然の事だ。死傷者の少ない管理局とは大違いであり、責任の重さも違うだろう。
「艦長、管理局艦隊に妙な動きが!」
「これは……」
次元航行部隊旗艦〈クラウディア〉の艦橋で、クロノは必死の試行錯誤の末にある決断を下した。
「右翼部隊と左翼部隊で分断するんだ!」
「しっ、しかし、それでは我が艦隊は……!」
それは艦隊を二手に分けて地球艦隊の左右から挟撃しようというものであった。このまま突入を見過ごしてしまえば、艦隊の収拾はさらに付けにくくなり、艦隊の統率がとれないまま全面崩壊へと繋がりかねないと判断したからだ。
それならばいっそのこと、予め分散させてしまえば混乱は最小限に抑えられるのではないか? 初の艦隊戦を前にして最良と思われる手を、クロノは選んだのである。
ややぎこちない形でありながら、艦隊は徐々に左右に分離していった。しかし、分離していくというよりは、地球艦隊によっ無理矢理に引き千切られている様な錯覚に陥る。
状況とクロノの意図を読み切れていない艦長達もおり、その優柔不断的な行動で撃沈判定を貰う艦も少なくなかった。予め作戦案として徹底させておけばよかったのだが……。
「地球艦隊に砲火を加えつつ、そのまま左右に展開! 挟撃態勢に入るんだ!!」
これで地球艦隊の半数以上を戦闘不能に追いやらなければ、こちらに勝ちは無い! 内心でクロノは艦隊戦の難しさと、その厳しさを噛み締める様にして思い知らされていた。
対する東郷は彼の意図を看破していた。しかし次元航行部隊の全体の動きが鈍い事もあって、有機的な挟撃戦を展開出来る体制にはなく、このまま分断しても問題は無い。
この時点で次元航行部隊は一八隻の撃沈判定を受けており、残る四二隻でどこまでやれるだろうかと、東郷はニヤリと口元を歪めた。
「艦長、管理局は挟撃戦を展開しようとしていますが……このまま突破いたしますか?」
「そうだな……副長の言う事も最もだが、ここは違う道を行こうではないか。全艦、左反転四五度! 管理局艦隊の右翼を蹂躙するのだ!!」
(クロノ君が取った戦法も、東郷提督の前では通用せぇへんか……やっぱり、経験の差は歴然たるものやね)
あっさりとクロノが取った行動を看破した上に、さらに蹂躙してやろうではないかと言う東郷。はやては、この演習で次元航行部隊の完全な敗北を悟らざるをえなかった。
地球艦隊は次元航行部隊の中央部を引き千切りつつあったが、その矛先が急に左へ向き直るとそのまま右翼部隊の内部を蹂躙しにかかる。
一糸乱れぬ駆逐艦隊と巡洋艦隊の動き、そして後続の戦艦と戦闘空母もまた、周囲の管理局艦船に砲火を喰らわせていった。
一方の次元航行部隊といえば、地球艦隊の把握しきれぬ突発的な行動を前にして混乱を増した。体の内部を好き放題に蝕われる巨人の如く、次元航行部隊はのた打ち回る。
結果として右翼部隊のほぼ全艦艇を戦闘不能に追いやられた挙句、残る左翼部隊にも砲火を浴びせられる羽目に陥った。
左翼部隊は、右翼部隊が地球艦隊に蹂躙されている間、何も出来なかったのである。敵味方の入り乱れた状況では味方に損害を与える事になってしまう。
ろくに援護も出来ずに、ただオロオロとする管理局の局員達は、乱される艦列に対応できなかった。
「おい、こっちには味方がいるんだぞ!」
「どいてくれ、危ないぞ!」
「何処へ向かえばいいんだ、教えてくれ!」
しかも二手に分かれたがために、各個撃破される事となる。二〇隻同士ともなれば、地球艦隊側の方が圧倒的に強い。
少なくなった次元航行部隊を的確に狙い撃つことで、短時間の内に右翼部隊を壊滅させたのだ。残る左翼部隊へと取り掛かる地球艦隊であるが、決して無傷というわけではない。
不格好ながらの挟撃戦が効果を上げたらしく、先頭を駆けていた駆逐艦三隻を大破に追い込み、巡洋艦二隻を戦闘不能に追いやっていた。
だが依然として戦艦は顕在しており、壁役として前面に出ていた〈アガメムノン〉〈リットリオ〉〈エスパーニャ〉〈ハルナ〉の四隻は小破程度の判定を出しているのみ。
戦闘能力は殆どが健在である。もしも相手がSUSであれば、各戦艦とも大破に追い込まれている事は確実であろう。
これら戦艦四隻は、残る巡洋艦と駆逐戦隊に続いて左翼部隊へと猛然として切りかかった。
「撃てッ!」
二四本もの光弾が砲身から飛び出し、獲物に食らいつく。生き残っていた次元艦船へと、次々に突き刺さり、轟沈や大破判定が出されていく。
包囲殲滅をするどころか、内部蹂躙で壊滅する次元航行部隊。艦隊戦における実力は、誰の眼にも明らかなものとなった瞬間だった。
「提督……我が艦隊のシグナル、全て……ロスト」
〈クラウディア〉艦橋で、有り得ないと言わんばかりの表情を作りながらも、クロノに自艦隊の全滅報告を入れるオペレーター。
報告を聞いたクロノは大きく息を吐いて、立ち上がりかけた身体を、艦長席にドサリと腰を下ろす。これが、現実なのだ、と彼は天井スクリーンを眺めやる。
クロノが起死回生として取った挟撃戦は、東郷の前では左程に効果を発揮する事無くして破られた時点で決定的であったのだ。
(やはり、数だけで頼んでも勝てる訳がない。性能を数でカバーできるなんて、甘い夢物語に過ぎない! それだけじゃない……艦隊運用としても全く駄目だ。少数編成しか経験しなかった僕にも落ち度がある。とはいえ、これでキンガー提督も、考えを変えてほしいものだが……)
この一部始終を見ていた管理局本局の者達は呆然とした。これが地球艦隊の戦闘であるのか、と自分ら次元航行部隊の戦力では、どうにもならない事を痛感させられたのだ。
特に上層部の強硬派は完全に挫かれたような思いだった。地球艦隊は少数に関わらず、しかも波動砲を使用せず次元航行部隊を打ち破ったのだから尚更である。
(噂通り……いや、噂以上。これが、死線を多く潜り抜けてきた地球の、実力なのか)
本部長のキンガーもこの戦闘演習の一連を眺めて考えを変えざる得なかった。次元航行部隊にも簡単運用のノウハウが足りなかった、という苦し紛れの言い訳ももはや通用しない。
「これにて、戦闘訓練を終了する! 全艦、隊列を整え、各部隊の被害報告、損失報告を詳細に纏めよ!」
「ハッ!」
(これは完敗やな……。クロノ君も、さぞ苦い表情をしとるやろう)
(地球艦隊、これ程までに強いなんて……。これは母さんの言う通り、地球とは敵対関係にあるべきではないな。寧ろ協力関係を築けた方が、管理局には余程に有益だ)
戦闘の結果報告を纏め次第に一旦の招集を掛けて、東郷の下で評価を下される事となる。ここまでの様子を間近に見る事が出来たはやては、敗北を喫した戦友に同情する一方でグリフィスは改めて地球艦隊の力と、何よりも地球政府との関係を慎重に進めなければならない事を再確認していた。
戦闘終了後の凡そ三〇分後、各指揮官を招集しての結果報告会が戦艦〈ミカサ〉で行われた。はやて、リィンフォースU、グリフィスらも同席したのだが……。
「こんな事で、膨大な世界を護りきれるのか!?」
案の定、東郷による稲妻とも思える様な怒号が、会議室内を吹き荒れた。この怒号に管理局艦長達は無論の事、はやてらも身体全身を震わせるに充分であった言えよう。
地球艦隊の者から見れば、この様な人物が珍しい訳ではない。以前にも似たような人物が幾人がおり、その代表格として挙げられるのが土方 竜元帥だ。
当時としては稀に見る程に恐れられる存在で、教官時代には訓練生達もこぞって鬼教官として呼んでいたのだ。
そして今、局員艦長と提督達に対して怒号を上げている東郷も、それに匹敵する気迫であった。
だが誤解してならないのは、彼が端に気が短く怒鳴り散らすような人物ではない事だ。土方と同様に戦術・戦略を広く見る眼を持ち、部下を大事に想っている。
だからこそ、彼に対する兵士の信頼度は揺るぎ無いものであり、同時にマルセフの様な上からの信頼も厚い。
「我が艦隊と管理局では、確かに艦隊戦による経験の差はあるだろう。その中で艦隊陣形を維持し、挟撃戦を展開しようとしたハラオウン提督の判断は間違ってはいない」
しかし、と彼は付け加える。せっかくの挟撃戦を展開するにしても、分離させるタイミングが遅い。そして、それ以前にして砲撃戦で失策を犯していた。
管理局の対艦兵器は、地球艦隊やSUSから見れば威力不足が見える代物であり、それを解消するためには兎に角も砲撃を集中させる事が肝心だと言う。
地球艦隊は密集していた。対する次元航行部隊には地球艦隊よりも幅の広い陣形を展開するのに、十分な戦力があった。
ここは突入を受ける前に、地球艦隊の先頭部隊へと砲火を集中させておくべきだったのだ、と語る。
さすれば、地球艦隊の盾役だった〈リットリオ〉にしろ〈アガメムノン〉にしろ、どちらか一隻を離脱させる事は可能であったろうし、さらなる戦果を出す事も出来た筈である。
乱戦になってしまったらそれも出来ぬであろうから仕方ないだろう。が、叩ける時に叩き切れなかった管理局側の不手際さに、厳しく東郷は指摘して改善するように命じた。
(すんごいわ……東郷提督の威勢に立ち向かえるような人間が、管理局におるんかいな)
威厳に満ち溢れている今の東郷を前にして、はやては思った。魔法対決以外に、正面切って彼の前に立てる局員等ざらにいないだろう。
ちっぽけなプライドしか持ち合わせない様な若い坊ちゃん局員等は、東郷の前では話にならないに違いない。
百戦錬磨とも言えるシグナム辺りは、彼と口論戦になっても何とも思わないであろうが、自分の親友であるなのは、フェイト等は竦み上がるだろう――無論、はやても含めて。
しばらく東郷のお説教とも言える辛辣な評価が下された後、今度は精密な砲撃を展開するための射撃訓練を行うと宣言される。これを成し得ぬのでは、話にならないのだと言う。
「訓練の再開は一時間後とする! 今度はBグループの番だ。それまでに食事を簡単に済ませ、すぐに行動出来るように準備するように!!」
「「ハッ!!」」
(ま、まだ続くのか。魔導師とは違っても、艦隊戦の疲労は尋常ではないだろうに……)
先の戦闘演習を終わらせてもなお、今度は残りBグループとの模擬艦隊戦闘を実地させると言う東郷の言にグリフィスはやや顔をしかめた。
魔導師達――とりわけ武装隊等の訓練も厳しいものだが、次元航行部隊でこれ程までの厳しい戦闘訓練はないだろう。
早々と会議を切り上げさせた後、東郷は自艦にも戦闘食を至急用意させるように指示した。そして、はやてとグリフィスら共々に士官食堂へと移るように指示したのである。
「彼らの艦隊戦術が、ああも高いとはな」
リンディの執務室において、シグナムはこの戦闘演習の一部始終を見て艦隊戦における地球防衛軍の戦闘レベルの高さに感心した。
「うぅん、次元航行部隊も頑張ってたのに……上手くいかないものですね」
「仕方ないわ。元々の戦闘におけるノウハウが違うの。幾ら戦術で上手くカバーしようとも、思惑通りには行かないものなのよ。スバルさん」
方やスバルは残念そうな表情をするが、それをリンディが窘めた。地球艦隊と次元航行部隊では技術力に差があり、それはまるで質と量の違いだ。
管理局は数に置いて勝っているのに、地球艦隊の質の前に敗れっ去ってしまっているのが現実。さらにSUS相手にも通用しなかったのだから、尚更の話であろう。
この戦いで管理局が何を得られるのか、すべてはこれに掛かっている。後は技術部門が対応するしかない。
「……ん? どうしたんだよ、なのは」
同席していたなのはの表情がやや暗い。それに気づいたヴィータが声を掛けると、彼女は表情を崩さないままに自分の思うところを話し始めた。
「今の演習を市民の人達が見たら、管理局に対する信頼感を一層に損なうんじゃないかと思うの。考えすぎなのかな……?」
「それは否定出来ないわ、なのはさん。管理局の威信は、今までにない程に傷ついているし、地球防衛軍の存在を知ってますます浮き足立っているわ」
リンディの口からは過酷な現実が出てくる。各世界市民の中では多くが地球防衛軍の存在をはっきりと教えられて以来、管理局に対する不信の目は一層に湧き上がるばかりだ。
管理局の保有する艦船でSUSに勝てる確率は、必然的に低く見積もられている。そこで地球防衛軍の保有する戦闘艦を見たのであれば……。
考えるのも難しくはない。市民としては地球防衛軍側に期待するところ大であろう。これでは平和を維持してきた管理局の立場が無くなる事になってしまう。
だが、肝心な地球の座標が特定されていないのが、管理局をやや安堵させていると言っても過言ではない。あくまで今ここにいる地球艦隊は迷い人なのだ。
どこ知れぬ放浪者に対して、全てを任せると言う市民はまずいない。それに市民達は後の事を考えた事はあるのだろうか?
ここで地球防衛軍が恩を売って、後に代償を突き付けて来るのではないかという、意地の悪い見方も出来よう。
しかし、彼ら市民は今の事にしか目を向けられていない。問題は“今”なのだ。
「SUS相手に、この戦いを生き残るためには、何が何でも利用しなければならない事もあるのよ」
「そんな、利用するって……」
「卑劣な、とスバルさんは思うでしょうね。けど、私達管理局、いえ、全世界の人達が生き残るにはそれしかないの。いつまでも自分達の誇りばかりを誇示していたら、気づかぬ内に何もかも失うわ」
リンディはこれまでにない程の苛烈で、冷酷とも言える事を言ってのけた。彼女にだって管理局としての誇りは持っているのだ。
しかし、変わらねばならぬ時に変わらねば、危機を脱するためのチャンスを永遠に失うどころか、そのまま滅びの道を歩むことになるだろう。
地球防衛軍を利用する等と他人が聞けば嫌悪感を感じるだろうが、それでも構わないと思っている。
それに、マルセフ一同も祖国へ帰るために自分らを利用していると言っても過言ではなく、現に時空転移装置を貸しているのだ。
利用するという言葉になのはも嫌悪感を抱いていしまう一人だ。だがリンディが悪意を持って利用する気は毛頭ない事を知っている。相手側も本気で人々守る決心を示したのだ。
寧ろ悪意を持って利用する事を考えているのは、強硬派の者達に他ならないだろう。裏では地球艦隊の拿捕を考えていたりするのではないかと思ってしまうのだった。
「……さぁ、話はここまでにしましょう。東郷提督も、この後に訓練を再開する様子だから、私達もこの間に食事を済ませましょう」
厳しい表情をしていたリンディも、すぐに柔らかい微笑みを見せた。重苦しかった空気も和らぐと、一同は彼女の提案に従いその場を後にした。
〈ミカサ〉の士官食堂に、東郷を始めとして目方やはやて、グリフィスらが席に着き食事を取っている最中であった。
軍艦の食堂と言うと通常の人ではピンと来ないであろうが、それは決して侮るべきものではないと言っても過言ではない。
食事とは兵士たちの士気に直結する程に重要なものだ。劣悪な食物を出されていては、兵士の士気或いはモチベーションが下がり、戦闘に大いなる影響をあたえてしまうものだ。
この頃の防衛軍艦船ともなれば、軍艦内の食事というのは普段のメニューを出せる。良い例えとして旧日本帝国海軍が上げられ、かの戦艦〈大和〉等は食事の豪華さから大和ホテル等と称される程であり、その伝統的とも言える海軍の――しいては軍艦の料理は美味しいと有名であった。
自衛隊の時代もそれは色濃く受け継いでいた。日本国民の間でも、『海軍さんのカレー』なるものが出ていたこともあり、中には各艦毎に出されているカレーのレシピが紹介されていたりする事もあったものである。
そして今、はやてらの前に出されているメニューは御飯、肉じゃが、味噌汁の三品であった。まさに日本的家庭料理の品々であろう。
これを出された側のはやて、グリフィスも軍艦ならぬ食事のメニューに最初は唖然としていた。管理局から送られて来た食材で、何処まで調理しきれるかと厨房担当者は不安を抱いていたと言うが、実際に運ばれて来た物は全て地球で得る事の出来る食物と酷似していたという。
そのため、各世界から輸入された材料でも地球風の料理を作る事が出来て安心したとか。余談であるが管理局でも日本食が存在しており、如何にもという感じの日本的食堂がある。
後にそれを知った東郷や目方は大いに喜んだと言う話である。だが食に拘るイタリアンな艦長に至っては、管理局のスパゲティ系料理に何かと小言を言っていたらしいが……。
「軍艦でこの様な食事も出るんですね」
「ロウラン准尉は、馴染が無いかもしれんな。八神二佐であれば、ある程度知っているのではないか?」
「そうやね。私らの地球でも、海軍なんかは食事の細かさで有名だと聞いとります」
地球の日本人生まれであるはやては、幾らかは軍艦での食事については触れた事がある。かたやグリフィスは、日本食を管理局内でも見た事はあっても、軍艦内部では怱々ない。
次の予定を話しながらも、四人(プラス、小っちゃい人)は食事を続ける。リィンフォースUも、自分用のサイズに作ってくれた律儀なコックに感謝しつつも、じゃが芋やニンジン、肉等を美味しそうに頬張っている様子だ。
「美味しいですぅ〜!」
「口に合ってよかった。料理長も作った甲斐があったろうよ」
先ほどの厳しい鬼の様な軍人とは思えない、優しい人の顔で東郷は言った。リィンフォースUの可愛らしい姿に皆が和やかな雰囲気を作りつつあったが、こちらとは別に、遠方組のある緊急事態に気づくのには今少しの時間を要する事になるのである。
〜〜あとがき〜〜
どうも、第三惑星人です。
今回は近距離演習組の話が中心となしました、如何でしたでしょうか?
あまり長々と戦闘シーンを綴る訳にもいかないと思い、半分ほどで纏め上げてしまいました。
そして最後の食事描写では、何かと苦悩してしまったというw
管理局にも和風食が存在しているのを知って驚かされていましたが、一体何時から馴染み始めたのかと疑問に思いますw
まぁ、リンディが緑茶を平然と飲んでいたあたり、主人公達が会う前から日本文化が入っていたのでしょうが……。
次回は再び遠方組の視点です。
拍手リンク〜
[三九]投稿日:二〇一一年〇五月三一日一一:一六:四三 EF一二 一
まずは遠方組の演習光景でしたか。
管理局としては色々得るところがあるでしょうね。これまでのプライドを捨てて、蹴つまずいた小石すら拾う覚悟があれば、ですが。
そしてハード面でも、近接防御火力の弱さが浮き彫りに…。
管理局はどう乗り越えていくのでしょうか…?
一方、残留組には東郷提督の鬼教導が…。
ひょっとして、彼は土方校長時代に教官経験があるのでしょうか??
>>書き込みありがとうございます!
今まで管理局が主体となって活動してきたあまり、プライドは人一倍に高いに違いありません。
そのプライドを捨てきれるか、それも重要な問題となりますね。
しかし、今回は東郷の鬼表現が足りなかったと反省(汗)するあまり。
グダグダにならぬよう、気を付けながらも頑張ります!
押して頂けると作者の励みになりますm(__)m