時空管理局が管理下に置いている世界の内の一つである、第43無人管理世界――通称レベンツァ星域は名称通りの無人だった。
かといって有効的資源地帯の眠る宙域でもない、単なる一星系に過ぎない。太陽と無数に存在する小惑星帯(アステロイド・ベルト)が二重、三重になっている。
それらが巨大なリングを形成しているだけで、惑星はなく、小さな小惑星ばかりで味気のない宙域だ。管理局としては左程に重要性を見出してはいなかった。
  そして、その戦略的にもなんら価値を持たない宙域外延に、地球艦隊と次元航行部隊は姿を現した。双方共に合わせて凡そ一四〇隻弱の兵力であり、数はかなりのものだ。
SUS対策のために合同訓練という名目で、このレベンツァ星域に来ていた。その訓練の手始めに、マルセフは艦隊を三分する事から始める。
次元航行部隊を半数の六〇隻づつに分割してAグループとBグループとする一方で、地球艦隊は地球艦隊のみで分かれることになった。
マルセフはAグループと地球艦隊で模擬艦隊戦を行い、残るBグループにはその模様を観戦してもらうよう、定めたのである。
  が、わざわざ観戦させるために、グループ分けしたことに疑問を持ったフェイトが、マルセフに尋ねた。

「何故、全艦艇を訓練過程に組み込まれなかったのですか? 大多数でやられた方が、本格的かと思うのですが」

その問いに対してマルセフは、生徒の質問に答える教師の様な感覚で、その理由を述べた。

「良いかね、ハラオウン一尉。次元航行部隊は今までに、一〇〇隻単位で艦隊運用と艦隊戦を行った事はないね?」
「はい」

フェイトが返事をするのを見てから、彼は一度頷いて見せて再度、口を開く。

「行動記録を見せてもらったが、次元航行部隊は普段、単艦で行動したり、多い時では一〇隻満たないのだ」
「確かに、そうです」
「そこで、だ。数隻の指揮しか経験のない指揮官に、一〇〇隻以上の艦隊を統率し、運用させることが出来ると思うかね?」

それは、無理だ。フェイトは首を横に振り、出来ないと答える。後ろに控えるシャリオも同じ答えだ。一見すると、戦力規模が増えればいい、と思われるだろう。
  だが、それは大きな間違いだ。艦隊運用に限った話ではない、社会でも同じことが言える。本当に小さな規模の会社を運営する時は、経営者自らもその社内外を把握しやすい。
それが全国展開する規模に成長したとしよう。店舗が増えても、最高責任者である経営者は、たった一人しかいないのだ。それで全国を見て回り把握する等、不可能に近い。
増えれば増えるだけ、それを統率して運用する器量が試されるのである。マルセフはそれを指摘したうえで、付け加える。

「慣れてもらうために、まずは六〇隻程度の艦隊で、指揮を執ってもらうのだ。そして、残る方が模擬戦を観戦するのには、大いに理由もある」
「それは、なんですか?」
「一尉、こういう事を聞いたことがあるかね?『人間は自分の事よりも、他者の事を良く知る』と」
「はい……! つまり、残るグループに観戦させる事で、戦っていたグループの良点や欠点を見つけさせ、それを次に反映させるのですね?」
That's right!(その通り)

  答えを導き出した生徒を誉めるが如く、マルセフは彼女を褒め称える。観戦させることで、何処が不味かったのか、何処をどうすればよかったのか、等とアドバイスが必要だ。
それは局員達にも一種の向上心を与え、早期の熟達を目的とするものである、と彼は考えていた。

「司令、総員戦闘配置につきました!」
「管理局の〈ラティノイア〉からも、準備完了の知らせが届きました!」

  コレムとテラーから、戦闘配置の完了が告げられた。いよいよである。マルセフは頷くと、スクリーン向き直って命令を発した。
自分の艦隊を外延部の第一小惑星帯へと前進させると同時に、〈シヴァ〉及び〈スーパーアンドロメダ〉級戦艦〈ヘルゴラント〉には艦載機の発進を命じた。
一方の次元航行部隊には地球艦隊の配置完了までの間だけ、待機命令が出されていた。やがて〈シヴァ〉の主翼が艦尾側を軸にして左右に動くと、翼の内部に格納されている艦載機〈コスモパルサー〉凡そ七六機が、待っていたと言わんばかりにエンジンを唸らせた。

『こちら坂本、全機出撃します!』
「よろしい。発進次第、予定のコースを取り待機せよ」
『了解!』

  〈シヴァ〉の戦闘機隊を統括する坂本茂が指揮する機数は七五機。当初は八〇機程であったが、ベルデル軍の艦載機(ベルデルファイター)の物量戦を前にして少なからず数を減らしていた。
坂本の号令を基にして〈コスモパルサー〉は次々と発艦。そして母艦機能を有する〈ヘルゴラント〉からも、艦載機が飛び立って行くが、こちらはややタイプが異なっている。
その名を〈彩雲(サイウン)〉と言った。戦闘機としての性能は〈コスモパルサー〉とはやや劣るのだが、何と言っても本機最大の特徴は両翼に備え付けられている大型機関砲だ。
本来は搭載されている筈の対艦・対空ミサイルを全て撤去してしまっており、その代わりに高出力かつ高威力を誇る大口径機関砲を片翼四門、計八門を備え付けていた。
  〈コスモパルサー〉が実弾兵器で重装備であるならば、彩雲はエネルギー兵器で重装備のタイプと言える。機体に似合わない機関砲は、主に対艦戦闘にて威力を発揮した。
無論この機関砲は取り外しも可能であるが、今回は訓練であろうとも気合いを入れる意味も込めて搭載させていた。誤解してはいけないが、この機関砲は全て模擬戦闘用である。
発射されるのは単なる“光線”であり、命中しても何ら被害を受ける訳ではない。コスモガンで言うパラライザー・モードであろう。

「速い……あれが、〈コスモパルサー〉」
「管理局のヘリや、ガジェットでは話にならないのも、頷けますね」

  第一艦橋から飛び立っていく〈コスモパルサー〉を眺めやるフェイトとシャリオの二人。宇宙で自由に飛び回るこの戦闘機が、大気圏内にても運用が可能だと言う。
これを聞いた時、フェイトとシャリオはその技術力に感服した。管理局でも一応は大気圏と宇宙空間・次元空間を航行は出来るのだが、直接的に大気圏へ突入は出来ないのだ。
そして、地球防衛軍が運用している艦載機に関して、管理局の技術者達にとっては、着目されるであろうものであった。
  空を自由に飛び回れるのは、飛行能力を有する魔導師と輸送用のヘリコプターくらいで、これは必然的に戦力不足を伴った。
限定された者ばかりが飛び回れるのでは、いざ負傷してしまって時に大きく不利に働いてしまう。それよりもコスモパルサーの様な、一般人でも訓練さえ受ければ乗りこなす事の出来る機動兵器を多く確保した方が戦力不足を大いに解消出来るに違いないだろう。
  しかしそれは、魔導師の立場を著しく悪くしかねないものである。完全に不要の存在とはなり得ないだろうが、その様な心配があるだけに慎重さが求められてしまう。
全機が発艦してから凡そ一〇分、隊長の坂本から予定ポイント到達の連絡が入る。同時に地球艦隊も小惑星帯へと突入しつつあった。

「全機、待機完了しました!」
「提督、本艦隊も第一小惑星帯――外延側に到着しました」
「うむ……各艦。予定通りに散開し小惑星帯内部で待機。これより、合同訓練の第一段階に入る。オズヴェルト提督へ、行動の開始を伝えよ!」
「ハッ!」
(始まった……)

テラー通信士と補佐役のオペレーターが共同して状況を報告すると共に、レノルド航海長も小惑星帯到着の報せを行う。全ての準備が整い、行動開始の命令が次元航行部隊に発せられると、それを聞いたフェイトも心内で緊張の言葉を発した。





「全艦前進。第一小惑星帯へ向かう!」
「了解。機関第三戦足、進路このまま!」

  行動の許可が下りた次元航行部隊は、早速と前進を始めた。これが単なる航行的前進であれば、そんな事は一般の航宙士だって出来る事だ。
だから、小惑星帯までの航行は単純ではなく、より一層の実戦形式が用いられている。前進を始めた艦隊にまた命令を発する。
レーダーの全周囲を決して怠るな、神経を研ぎ澄ませろ、と周囲の索敵網を厳重にした。次いで〈F・ガジェット〉の発進も準備させていた。
本来は大気圏運用が多かったガジェットであるが、それが決して大気圏内でしか使えないという訳ではなかった。
次元航行艦と同様で、少し運用の手間が掛かるが宇宙空間や次元空間でも機能出来るよう、設計されていた。
  では何故今まで艦に搭載していなかったのか、それも単に経験した事が無い故である。次元空間は母艦が往来するだけだと信じてやまなかったのだ。それをSUSが崩した。
ましてや、地球艦隊だけでなくベルデル艦隊の〈ベルデルファイター〉の存在が明らかになった以上、どうにかして対抗しなければならない。
そこで〈F・ガジェット〉を無理に搭載させたのである。完全にあてにしている訳ではないが、無いよりはマシのレベルでしか見ていなかった。
オズヴェルトも同様の意見で、対抗させるにはそれ相応の技術をつぎ込まねばならない。残念ながらそこまでの時間は与えてはもらえない。
開発から量産までどれ程の時間を要するのだろうか。到底、間に合う見込みは無いだろう。

「異常は無いか?」
「はい。今のところは反応がありません」

  今回の合同訓練の内容、それは簡単に言えば次元航行部隊が地球艦隊を“撃滅”する事だ。まず地球艦隊が限定された範囲の小惑星帯の何処かに身を隠し、次元航行部隊が離れた宙域から前進してこれを見つけ出し叩く。
無論、砲撃は模擬専用の単なる“光線”だ。ただし、本来の戦闘であれば管理局の通常兵装が地球艦隊を轟沈、或いは大破させる程の高い威力を持っている訳でなかった。
だからと言って損傷判定を甘くする訳にはいかない。現実を見てもらうために、本来の威力を計算したうえで砲撃戦を行わねば意味をもたらさないと踏んだのだ。
  小惑星帯まで後二〇分程と迫った時だった。突如、艦隊の左翼部隊から警報が発せられた。敵を発見したのだ!

「どうした!」
「左翼の第二艦隊より、敵艦載機部隊を補足した模様! 方角八時一五分、伏角二〇度、数は凡そ六〇機!!」
「接敵まで凡そ一〇分!」

来た! 言葉にして発する前に、彼は迎撃命令を下す。ガジェット部隊の六割を〈コスモパルサー〉の迎撃に回し、残る四割を艦隊の直掩兵力として待機させるよう、指示した。
〈F・ガジェット〉は全部で凡そ二〇〇機。これでもかなり搭載させた方だと言え、本来は空母的意味合いを持たない次元航行艦に無理やり詰め込んだのだ。
詰め込まれた〈F・ガジェット〉凡そ一三〇機程が飛び出し、指示された方角へと飛翔していく様子を眺めていくオズヴェルト。
より実践を意識したドッグ・ファイトが、彼の目の前で繰り広げられようとしていた。

「護衛戦闘機隊は迎撃態勢を取れ! 残る攻撃隊は進路を変えずに直進せよ!」

  久々の艦載機戦闘に、命令の声に熱が入る坂本。相手は無人式戦闘機(F・ガジェット)。AI思考の相手がどう動くかはやってみねば分からないが、負ける気もない。
護衛戦闘機隊は五〇機前後、対する迎撃部隊は一三〇機前後。以前の戦闘の三〇〇〇機を相手にするよりは、遥かに軽いと言えた。急速に近づく、両軍の戦闘機。
接触に左程の時間は必要なく、瞬く間に互いの戦闘圏内へと突入する。最初に目を付けた〈F・ガジェット〉一機に機首を向けると、フル出力で追いかけると共に照準を合わせた。

(チッ、さすがはAI戦闘機だ。機敏な動きをしてやがる!)

  以前の戦闘で投入された〈F・ガジェット〉が、もしも数百機規模であるならば戦況はかなり違っていた事だろう。それ程に機動力は機敏で、狙いずらかったのだ。
最も実弾兵器が使用出来ないという事もあった。実弾兵器の補充は容易ならざるもので、訓練で消費する訳にはいかなかったのだ。だから模擬戦用機銃を使用している。
意外な苦戦を演じる〈コスモパルサー〉だが、パイロット達の技術力もまた高度なものだ。後ろに食いつかれても、〈F・ガジェット〉の追いつけないであろう速度で引き離す。
瞬く間に優位な位置においてしまうのだった。一度取り逃がした獲物を、コスモパルサーは平らげていく。
  小惑星帯内に身を隠している地球艦隊も、そのドッグ・ファイトの様子を見ている。〈ファランクス〉も同様で、派遣されていたティアナとマリエルもそれを眺めている。

「管理局艦隊、進路変わらず」
「ドッグ・ファイトによる無人機の損害、凡そ二割を突破した模様!」

艦橋のオペレーター達がドッグ・ファイトの戦闘結果を逐一報告、細かい変化をスタッカートへと送る。メイン・スクリーンには戦闘の様子の他にも、双方の戦力比率が記されており、数字が見る見る内に減っているのが分かった。
被害は〈F・ガジェット〉が主に出しているようであり、コスモパルサーの被害は想像していたよりも少なかった。
  これを見たスタッカートは、〈コスモパルサー〉の練度への不安をかき消される事となり、修理期間中のブランクは大きいものでは無かったようだ。

「〈コスモパルサー〉隊も、久々だから相当に苦戦するかと思ったのだけど、そうでもないみたいね」
「ですが、直上戦闘機隊もおります。攻撃隊もそう簡単に易々と辿りけないでしょう」

レーグは慎重だった。彼の言うとおり、次元航行部隊の頭上を守る〈F・ガジェット〉部隊が、突破してきた〈彩雲〉攻撃隊を妨害するであろう。
〈彩雲〉攻撃隊は凡そ一二機。〈スーパーアンドロメダ〉級戦艦の搭載能力から言えば、凡そ半数の数である。
  しかし、以前の戦闘による傷によって機体数を減らしており、それと並行するように撃墜されたり行方不明になったパイロット達も多い。人員の補充は簡単に望めなかった。

(さすがは地球防衛軍の艦載機ね。倍のガジェットを前にしても怯む事も無い。逆にガジェットが叩き落されるなんて……)
(あくまでこれは訓練だけど、地球防衛軍は実弾を全く使っていない。それでこの被害率って……実戦だったら、もっとガジェットは落とされているということかしら)

ドッグ・ファイトをスクリーン越しに見て呟いたのはマリエルとティアナだ。マリエルは〈コスモパルサー〉の性能にうっとりするようで、ティアナは戦慄していた。
管理局側は、対艦載機戦を〈F・ガジェット〉に任せる他ないが、これで迎撃網を完全に突破されれば……後は結果を見るまでもないだろう。禄に迎撃も出来ぬままに被弾する。
  そしてここで、第二の戦況変化が生じる。





「管理局の直上迎撃機、第一次攻撃隊へ向かいます!」
「……どうやら、かかりましたな」
「そうね。迎撃網を潜り抜けた攻撃隊を叩き落そうと躍起になっているみたい」

  しかし、とスタッカートはそこで口を噤む。本当であれば地球防衛軍の完成機数は全部で九〇機弱というところ。それが三〇機分足りなかったのだ。つまりは、別動隊がいる。
次元航行部隊のオズヴェルトも油断しているつもりはなかった。しかし、迎撃に向かわせた六割の〈F・ガジェット〉は、三割の被害を出すと同時に突破を許したのだ。
焦りが募った。突破した攻撃隊を迎撃すべく全力を持って事に当たったのだが、オズヴェルトはその行動を制止させるよう、命令を送っておくべきであったのだ。
  そして、次の瞬間には……。

「別動隊、襲撃に成功した模様!」
(僅かな隙を突いての奇襲攻撃。タイミングといい、スピードといい、圧倒的だわ)

メイン・スクリーンには、がら空きになった制宙圏をさらしている次元航行部隊に向かって、上方よりの奇襲を仕掛けている艦載機隊の姿があった。
瞬く間に被弾判定を与える〈コスモパルサー〉に対して、ティアナは艦載機パイロット達の高度な技量に驚いていた。勿論のこと、襲撃に気づいていた次元航行部隊も見ているだけではなく、迎撃するために備え付けられている魔砲を展開して撃ち放つ。
  だが、管理局の艦船では迎撃するための火砲は圧倒的に不足していると言わざるを得ない。大口径、中口径の砲はあっても小型機関砲の様な武装はしていないのだ。
これでは当たる筈もない。突撃する〈彩雲〉一機が機関砲を発射した。それは障壁で跳ね返されるのだが、後続する彩雲が集中的に一隻を狙い撃つために障壁は破られ、直接に艦体へとダメージを受けてしまった。

「XV級〈ランナード〉被弾! 大破判定、戦闘不能!!」
「早速、一隻が脱落しましたな」
「まだよ、バートン大尉。戦闘は始まったばかり、管理局もこれから頑張ってもらわないと」

  脱落判定の出た艦は、艦隊の最後尾より離れた位置で後続する事になっている。まずは一隻目がそれに倣うが、数分もしない内に二隻目が同じ行動を執る事になった。
襲撃して来た別の攻撃隊は三〇機未満の少数部隊であったが、常に集団攻撃を行う事でダメージを蓄積させているのだ。
数が少ないとはいえ、五分もしない内に二隻を落とすとは……何と恐るべき技量であるか。技術士マリエルも思わず舌を巻くような光景を、食い入るようにして見つめる。
この地球艦載機による襲撃の第一幕は一〇分程続き、やがて収まった。
  第一派で次元航行部隊は〈XV〉級二隻に〈L〉級六隻、〈LS〉級七隻を大破判定――戦闘不能と判断された。〈F・ガジェット〉も四一機が撃墜判定を受けてしまっている。
対する地球艦載機隊は九七機中、一七機が撃墜判定を受けていた。初戦で艦隊の一割強程の損害を受けた事になる次元航行部隊であったが、オズヴェルトも帰還していく地球艦載機隊をただ単に見送っていた訳ではなく、その航路から地球艦隊の潜むポイントを割り出させた。
  その功は見事に奏した。次元航行部隊の先頭集団は地球艦隊の姿を捉える事に成功し、その部隊から攻撃命令を促すように進言が入る。しかし、彼はそれに対して慎重だ。

『提督、敵は少数です! ここは一気に突撃を仕掛けて撃破すべきでしょう!!』

二六歳の若い青年提督が、通信でオズヴェルトに申し出をしている。彼は先頭集団の指揮を預かる提督で、ここ最近に艦船艦長と艦隊司令の職に就いたばかり。
強硬派に類する性格で、小惑星帯内部にいた地球艦隊の少なさを見越して総力で叩くように言っている。
オズヴェルトも小惑星帯内にいる艦隊の存在を確認してのだが、不審な所が見受けられるように思えてならない。
確認出来たのは一一隻で、小惑星帯の内部を刳り貫いたような回廊の中に潜んでいた。とはいっても長さだけで一〇〇〜一一〇万キロ程、幅も二万キロはある巨大なものだ。
  しかも完全な空洞とは言い難く、直径一キロを超すような小惑星が、空洞内に多く漂う宙域であり、防衛戦に適している。
だが懸念すべきはそこではなく、残りの地球艦隊一〇隻は何処へ行ったのだ、という疑問に関してである。
一番の可能性としては回廊外の小惑星帯内部にて息を顰めているという事であり、奇襲を受ける事を十分に考慮しておくべきであろう。

「ゲヴェンス提督、相手を少数と侮ってはいかん。それに回廊内で奇襲を受ける可能性を忘れてはいないかね?」
『それは承知の上です! ここでモタモタしていれば、それこそ相手の奇襲を背後から打たれるでしょう! ここはガジェットを使って早期に殲滅すべきです!!』

  ゲヴェンスと呼ばれた提督(一佐相当)の言う事に間違いはないだろう。だが、彼の早急さには留意すべき点が数多く残されていた。初戦での悔しさが感情を支配している様だ。
結局のところはゲヴェンスの進言通りに〈F・ガジェット〉を先行させて目の前の地球艦隊へ、攻撃を集中させることになった。
残り一六〇機あまりの〈F・ガジェット〉が回廊内を進む。性能差があるとはいえ、戦力差を生かしてゴリ押しで殲滅出来るかもしれない。
そうは思ったものの、残る一〇隻がどこから仕掛けて来るであろうかと懸念は消えなかった。
  遂に接触した地球艦隊は、〈シヴァ〉率いる艦隊だった。迫り来る〈F・ガジェット〉を出迎えたのは四〇機ばかりの迎撃部隊だ。
〈F・ガジェット〉は無人機にしては頑張ったと言えるだろう。〈コスモパルサー〉隊を出来るだけ足止めし、突破したのは凡そ九〇機前後。
迎撃網を振り切った〈F・ガジェット〉達には、〈シヴァ〉ら艦隊の砲撃が見舞われたのである。
  一一隻からの対空砲火、砲撃は的確に〈F・ガジェット〉を仕留めていく。その射撃精度は恐るべきものであり、艦隊に近づかれる前に撃墜判定を与えていくのだ。

「なんだ、あの弾幕は……!」

管理局員達も、一斉に青くなる。特に威力を発揮したのは〈ファランクス〉であった。艦隊の前面に積極的に出て、持ち前の連射能力を生かして続々と叩き落す。
  勿論、砲撃エネルギー量を対航空機用に転換しており、出力を絞った分だけガトリング主砲塔は多く撃てたのである。

「我がガジェットの損耗率、五〇パーセントを超過!!」
「如何、引き揚げさせろ!」

〈F・ガジェット〉は弾幕を掻い潜り、辛うじて地球艦隊へと到達は出来ていた。しかし、〈コスモパルサー〉の迎撃網に引き続き〈ファランクス〉からの恐るべき弾幕を前にして、〈F・ガジェット〉は次々に撃墜判定を増やしてしまい、これでは自艦隊を守備する事すら困難だった。
いや、もはや判断は遅すぎるとしか言えない。反転命令を送ったものの、引き返そうとするところで、また〈コスモパルサー〉が待ち構えているのだ。
オズヴェルトは焦りを高めていた。油断したつもりは毛頭ないが、やはりお互いの戦闘知識及び、兵器自体の性能差は歴然たるものだ。
  そしてこの戦闘にピリオッドを打つ時がやってきた。旗艦〈シヴァ〉において、マルセフはピリオッドを打つために命令を下す。

「後退せよ」
「ハッ!」

両艦隊が砲撃戦を展開して直後の事だ。すかさず後退命令を発し、艦隊を回廊の奥へと徐々に後ずさる様にして距離を離そうとした。
まさに的確な判断といえるだろう、マルセフは次元航行部隊は砲撃力に劣る故、短期戦かつ物量戦にて決着を着ける他ない事を知っていたのである。
延々と砲撃戦を展開しては、次元航行部隊はじわじわと戦力をすり減らされるだけに終わるからだ。前面に思いきり足を踏み出すのであろうが、状況はやや違ったものであった。





  次元航行部隊の前衛であろう三二隻程が、本隊とはズレた形で飛び出してきたのだ。これを見たマルセフは落胆の表情を見せているのが、傍にいるフェイトらにも分かる。

「血気盛んな者が、いる様だな」
「そうですね。逆撃体制をとりますか?」

数にして地球艦隊は劣勢だ。そうも見えないのは、地球艦の単艦戦闘力が極めて高い事にあるのは、周知の事実であろう。ラーダーの進言にマルセフは少し考え、答えを出した。

「別動隊に本隊の後尾を強襲させる。それで前衛の足並みが崩れた所を狙って、我が隊は前面攻勢に出る!」
(これが訓練だからなのだろうけど、マルセフ提督の指揮ぶりは常に冷静……本当の戦闘でもこうなのかな……)

  フェイトはマルセフの指揮ぶりに、どこか憧れの様な気持ちを持っていた。今の自分は執務官という役職上、部隊指揮をする訳ではない。
しかし、目前で的確に指示する彼の姿は指揮官としてあるべき姿の様に思えたのだ。マルセフへ向けていた目線をメイン・スクリーンに戻す。
スクリーン映る簡略化された両艦隊の布陣があるが、赤で示された次元航行部隊本隊の背後から伏兵が忍び寄っていた。
それは回廊外に――小惑星帯内部に紛れ込んでいた別動隊だ。小惑星帯内部から隠れ撃つような形で、次元航行部隊本隊の背後を狙い撃つ行動は、余程に効果を発揮したらしい。
本隊を指揮していたオズヴェルトは、先走りするゲヴェンスを呼び戻して伏兵を逆襲しようと必死に指揮を執っていた。
  彼の反応も上々なものだと言えるだろうが、それは無意味にして終わりを告げる。

「……再合流しようかと迷っているのですかね?」
「そうかもしれないな、副長。オズヴェルト提督の判断で、先行して来た訳ではあるまい。あの鈍い反応からして、前衛の部隊は恐らく独断行動だったのだろう」

この時フェイトには、マルセフが、オズヴェルト提督も苦労している様だ、と言っているようにも聞こえた。その苦労を労うとは言い難い形で、終息となる命令を発したのである。

「圧力をかけるのだ。主砲、斉射三連!」

〈ファランクス〉を除く全艦艇が斉射を前衛部隊に集中させた。やや散発的な砲撃がタイミングよく放たれたことで、前衛部隊は余計に戸惑い足並みを崩しながら後退を始める。
  後退と言うよりは潰走と言った方が正しいかもしれない。この斉射で前衛部隊は瞬く間に八隻を大破される事になってしまい、もはや隊形の維持など出来たものではなかった。
足並みを完全に崩して後退を始めた友軍の姿に、フェイトとシャリオは落胆の思いをせざる得なかった。オズヴェルトに対する落胆ではないが、その下にいる指揮官はどうか?
ここまで無秩序ぶりを見せるのは、管理局として甚だ遺憾の思いであろう。そしてこの混乱を付け狙うのが、先頭を担っていた〈ファランクス〉であった。

「〈ファランクス〉、追撃態勢に移りました!」
「スタッカート中佐も反応が早いですね、司令」
「うむ。本艦も〈ファランクス〉に遅れてはならん。副長、全速前進、我々も追撃するのだ!」

  先陣を切る〈ファランクス〉に乗り遅れまいと、他艦も速度を上げて畳み掛けに入る。その追撃戦の先頭を行く〈ファランクス〉とは言えば……。

「ノコノコと出て来て、この醜態……。ふふ、しっかりと戦争を“教育”する必要があるわね……副長?」
「その様ですな」
(な、何? 中佐の雰囲気が……)

今まで微笑むような表情を絶やさなかったスタッカートが、追撃戦に入るや否やガラリと雰囲気を変えた。いつも通りの表情ではあるのだが、それはまるで、聖母マリアが女性戦士ジャンヌ・ダルクに変化したとも言える表現であろう。
その異様な雰囲気を敏感に感じ取ったティアナとマリエル。ギャップに呆然とするも、スタッカートは整然として全速と砲撃命令を下した。

「了解っ! 主砲、対艦モードに移行! ガトリングロールスタート!」

  戦術長バートンの号令の下、〈ファランクス〉の砲塔が動き出す。艦前部二門のバルカン砲だけでなく、艦後部下方にも備え付けられている一門のバルカン砲塔も一八〇度旋回して前方を向き、エネルギー弾の豪雨を放った。
全砲門を一隻に集中させる命令は、直ぐに効果を上げる。次元航行艦の障壁は一五秒、いや、一〇秒と持たない内に破られてしまった。これが本番なら、今頃は蜂の巣だ。
  そして本演習の結果は見るまでもなかった。〈ファランクス〉が追撃した後、〈シヴァ〉部隊と別動隊は包囲網を縮めて完全に次元航行部隊を“殲滅”してしまったのだ。
これには、観戦していたBグループの面々も、表情が凍り付くような心境である。完膚無きまでに叩きのめされるとは、予想外だったからだ。
地球艦隊は二一隻中、巡洋艦一隻と駆逐艦三隻が戦闘不能に追いやられた。やはり装甲技術が違うとはいえ、駆逐艦では耐える事は限界があったという事であった。
  演習の最終報告と、観戦側も含めた反省会が行われる事となった。各艦隊・戦隊等の司令が集まり、まずはマルセフからの評価を得る事になっているのだ。
〈シヴァ〉に設けられている会議室にて報告と評価は行われるが、派遣局員のフェイト、シャリオ、ティアナ、マリエルも参加している。
そして開始されるや否や、マルセフの口からは厳しい評価が飛び出したのである。

「これが本当の戦闘であれば、管理局は本局の守りを一気に無くすところです」

険しい表情を並べる局員提督――艦長達の姿。会議室で駄目押しの言葉を投げかけて来るマルセフに大して、反論の余地はなかった。傍にいるフェイト達にも言える事はない。

「序盤戦の艦載機戦の対応は、良い反応をしていました。〈F・ガジェット〉の判断には、致し方のない所もあるでしょう。ですが問題は次です!」

回廊内部まで接近し、〈F・ガジェット〉を先行させた時である。ここは真っ直ぐに突っ込ませるよりも、小惑星帯内部を通過させて地球艦隊の側背などを突く方が良かった。
そうすればレーダーの目をごまかせるのみならず、分散させていた別動隊を発見する事も出来たであろう。
  だが本当の問題はこの次、本隊と前衛で分離した事についてである。この行動は如何ともしがたいと言うマルセフ。
しかも分離というよりは独断専行の色が強いらしく、これでは指揮系統を蔑ろにすることに繋がってしまう。いや、寧ろ繋がっていた。
その独断専行により結果は見るまでもなく無残なものであったのだ。マルセフはこの点を厳しく追及し、次元航行部隊の指揮系統を堅持させるように言い渡した。

(フェイトさん)
(何? ティアナ)
(私達の方でこの様な状況という事は、向こうも……)
(……そうだね。クロノ達も相当に厳しい事を言われているかも知れないね)

  念話で語りかけるティアナに、フェイトは苦みを含めて答えた。今頃、自分の兄が指揮する艦隊も、東郷の指示の下で厳しい指摘が刺されているのだろう、と思ってしまう。
もしも向こう側で独断専行の行動があったならば、それを厳しく指摘する東郷の怒号はマルセフを遥かに上回っている事であろう。あの老練な軍人ならばあり得ない話ではない。
やがて会議室での訓練報告会は幕を降ろした。管理局の評価は完全な駄目押しとはいかないものの、世界の治安を守る組織としては手痛いものであり、このままではいけない。
  この数時間後、Bグループが担当となって訓練は再開されるのだが、予期せぬ出来事に遭遇するとは思ってもみなかった。
この広い次元世界だからと思っていたからかもしれないだろう……。



〜〜あとがき〜〜
どうも、第三惑星人です! 近頃は気候が晴れ晴れしかったり、雨天だったりと忙しいようです。
皆様も体調管理には気を付けてください!
さて、今回は〈シヴァ〉側の訓練模様を書き上げましたが、次回は〈三笠〉側の訓練模様を書き上げられればと思っております。
恐らくは来週頃の更新になるかとおもいますが、それまでお待ちください。

拍手リンク〜
[三八]投稿日:二〇一一年〇五月二四日一八:八:三 EF一二 一
いよいよ合同訓練開始ですか。
次元航行部隊は東郷提督の怒号に堪えられるましょうか?
そしてこの訓練で管理局側が得る物は?
こちらもそうですが、何か予想外の事態が起きそうな予感が……。
そして『リットリオ』艦長はイタリア漢の鏡ですね(笑)

>>書き込み、ありがとうございます!
東郷艦長の出番は次回になりますが、恐らくは怒号が飛ぶでしょうw
カンピオーニは……仕方ないですねぇw(←オイ)



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