〈シヴァ〉率いる地球艦隊は全滅の危機に瀕していた。味方を逃すために捨石覚悟で残留し、目的は見事に達する事が出来たものの、彼ら自身の生存の可能性は著しく低い。
既に巡洋艦〈タイコンデロガ〉は艦橋への被弾と航行不能になり小惑星へ激突し撃沈、駆逐艦〈ヘルマン・シューマン〉も被弾に耐えかねて爆沈してしまった。限界であった。
突破するために最後の突入を仕掛けたとはいえ、SUS艦隊は巧みに後退と前進を行い包囲網から一気に畳み掛けに入ったのだ。先頭を駆ける〈シヴァ〉にも不穏の空気が流れる。

『右舷スラスターに被弾しました! 同じく第21ブロックに被弾!!』
「各部隔壁を閉じろ! 損傷個所の修理は後回しだ!!」

  コレムは必死になって損傷の対応に当たった。いや、当たったと言うよりも、損傷した箇所は即座に隔壁を下して放棄させたと言った方が良いかもしれない。
もはや損傷個所の応急修理を施すほどに余裕など残ってはいなかったのだ。彼らもまた、戦闘前に猛訓練を行ってきていた身だ。
次元航行部隊が疲労感に襲われていた様に、彼らもまた疲労による集中力の低下が見られ始めていたのである。

「司令……」
「まだだ、参謀長。最後まで望みを捨てる訳にはいかんのだ」

  ラーダーの諦めに近い声に、マルセフは公然と励ました。最後の最後まで諦めてはならない、かつて沖田元帥が良く口にした言葉でもあった。マルセフはそれを思い返した。
諦めたらそこで御終いだ。捨て駒覚悟で残ったのは、あくまで味方を逃すため。次は何が何でも生き残って離脱しなければならない。
警告灯(レッド・ランプ)の点滅する艦橋内で、彼はスクリーンに映るSUS艦隊を睨めつけた、その時だった。
  突然、〈シヴァ〉に激震が走る。揺さぶられる艦橋内でオペレターやマルセフらは姿勢を多き崩してしまった。
原因はSUS戦艦から放たれた大口径ビーム砲によるものであった。要塞用として主に使用される武装だが、数が少ない地球艦隊を一気に葬るために発射を命じたのである。
その内の一発が第二艦橋付近に命中、艦内の人間を薙ぎ倒した。

「こっ航海長、バランスを保て! 小惑星にぶつかってはひとたまりもないぞ!!」
「了解っ!」
『こ、こちら第四艦橋! 敵弾によりひ、被弾を――っ!』

  辛うじて転倒を免れたコレムは、レノルドに艦の姿勢制御を保つように命じる。その間に第四艦橋から被害報告が入るが、雑音が混じると共に途絶えてしまった。
今度はSUS戦艦の主砲が、二発ほど艦体右舷中央に命中したのだ。もはや満足な波動防壁(タキオン・フィールド)を張る余裕も失われつつあり、確実にダメージが〈シヴァ〉を追い詰めていた。
そんなダメージの影響か、姿勢制御のバランスを崩した〈シヴァ〉に不運が襲う。

「不味い! 総員、対ショック態勢を取れぇ!!」
「「!?」」

大きくバランスを崩した〈シヴァ〉の艦橋で、マルセフは大声で叫んだ。皆がハッとなり反射的にメイン・スクリーンへと視線を向ける。
  なんと、そこには小惑星が迫っているではないか! 次の瞬間、艦体が左に傾き前のめりな姿勢のまま、小惑星が艦橋基辺りに衝突してしまった。
直径こそ一〇〇メートル弱とはいえ、その衝突で艦橋に再度のダメージを負う事になった。艦橋内のメイン・スクリーンの画質は乱れ、所々のパネルが衝撃で剥がれ落ちてしまう。
さらに各作業席の操作卓(コンソール)もショートし、火花を散らしてオペレーターを傷つける。

「ッ!」

  その中で声を上げたのはコレムだった。何が起きたのか分からない。最初に手元のコンソールが火花を散らしたと思えば、今度は彼の視線は一瞬暗転した。
彼の頭上から、四方一.五メートル余りのスクリーン・パネル一枚が落下してきたのだ。これは滅多に落ちぬよう、しっかりと押さえられてはいた。
それが激突した衝撃と、スクリーンの至る所でショートしたのが原因らしい。さらに不運なのは、〈シヴァ〉が激突した衝撃で身体が揺さぶられ、避けられなかった事だ。

「ぐわッ!?」

気づいた時と痛みが走った時は、ほぼ同時であった。幸運な事と言えば、パネルが縦向きではなく、横向きで彼を直撃した事にあるだろう。
もし縦向きで彼を直撃したらどうなるかは、考える間でもない。彼の体は一瞬に分断され、帰らぬ人となっていた事だろう。
  それでも重症にある事に変わりはない。コレムは、パネルとコンソールに上下を挟まれる格好となったのだ。
後頭部を強打し、胸部をコンソールに激しくぶつけたことで、骨折した可能性は十分にある。それどころか、折れた骨が肺に突き刺さるという、最悪の事態もあり得た。

「副長っ!!」
「軍医を呼べ! 他の者は任務に専念せよ!!」

  レノルドがコレムの様子に驚く。それを、辛うじて怪我を免れたラーダーが対応し、持ち場の維持を命じた。マルセフも皆に持ち場を離れぬように厳しく命じる。
冷酷な命令にも聞こえるが、こんな時に各人間が持ち場を離れてしまっては、それこそ現状維持を継続しえなくなるのだ。心を鬼にしてでも、とマルセフは叱咤する。
その叱咤は彼にも向けられていた。数分しない内にケネス軍医が駆けつけ、コレムの応急処置を施し始める。
  そんな時だ、突破しようという矢先で変化が訪れたのは。

「司令、敵艦隊に変化あり!」
「何っ!」
「敵は、我々のコースから外れる様にして散開していきます!」
「他の艦隊も追撃を中止した模様、遠ざかります!」

一体どうしたことなのか? 優位に立っていた筈のSUS艦隊が何故戦闘を避けるようにする! 理解し難い行動にマルセフのみならずラーダーも疑念を生じ得なかった。
どうしますか、とラーダーは問いかけるのに続いて、SUS艦隊の策謀があるのではないかと示唆する。マルセフにもそれは想像できたが、これを逃しては永遠に離脱出来ない。
躊躇ってはならないだろう。意を決して、マルセフはそのままの進路維持を命じて、後続の艦にも続くようにとの指示を出した。





「SUS艦隊、地球艦隊に進路を明け渡しました」
「如何いたしますか、提督。ベルガー総司令に命じられたとはいえ、ここで地球艦隊を撃滅なさってしまうのですか?」
「……少なくとも、奴ら(SUS)はそう思っておるだろうな」

  派遣されたエトス艦隊を指揮していたのはガーウィック中将だった。本来であれば全艦で出撃すべきところであろうが、それはSUS側の疑念の下によって却下されたのだ。
わざわざ半数程の戦力で出撃せよ、という指示の裏には、残る半数の艦隊を人質として取っている意味合いがある事を、ガーウィックは承知していた。
故に拒否も出来ないのだ。それでも彼は、この地球艦隊接触という機会を逃す事はなかった。これを機に、何としても確認しなければならない事があるのだ。
これは留守を預かるズイーデル、ゴルックの両提督も待ち望んでいることでもある。

「地球艦隊とコンタクトを取るにも、素直に回線を開けばディゲルに気づかれる。そうなっては……」
「要塞で待っておられるズイーデル提督とゴルック提督の身に危険が迫ります。そして、我ら同胞にも……」

  そう、ここで素直に接触しようものならディゲルに感づかれるのは避けられない。同時に攻撃してくるかもしれないだろうし、悪化させては要塞で待つ味方が危うい事になる。
ガーウィックはSUSに悟られぬようにしつつも地球艦隊とコンタクトし、かつ逃してやらねばならない。
そしてSUS側に納得させるだけの理由を考えておかねばならないという、考えるだけも思考がパンクしそうな程に難しい状況だった。
  そこである程度の偽装を行わねばならない。偽装とは、当てないように砲撃を行う事だ。SUSから見れば自分らが地球艦隊に砲撃を行っているようにしか見えない筈だ。
間違えば地球艦隊の超兵器の攻撃を受けかねない。ここは迅速に回線を開くと共にジャミングを織り交ぜて悟られない様にし、早期に話し合いを付けるしかあるまい、と考えた。

「最大砲撃可能距離まで、後二〇秒!」
「良いか、指示通りに砲撃は開始せよ。それと、回線も直ぐに繋げる様にしておくのだ」
「了解!」

地球艦隊では新手――エトス艦隊の出現に混乱した様子だった。そうか、SUS艦隊が簡単に退いた理由はこれだったのか! 罠と分かりつつも、マルセフは苦い表情だ。
しかも、あの移民船団を壊滅させた張本人たちなのだ。クルーの大半は、それを知ったと同時に敵討ちをしたい衝動に駆られた。そうはしたいものの、現状でそれは不可能だ。
艦隊は傷つき、まともな戦闘能力も持たないのが大半なのだ。後に残るのは、充填率が低い状態での波動砲だ。撃つべきなのかと思う束の間、エトス艦隊からの砲撃が始まる。

「敵艦、砲撃を開始!」
「司令、まだ距離はありますが、逃げ切る事は不可能です。今すぐ次元転移を行うしか……」

  だが、転移を行おうにも計算は出来ていない。それに距離はまだ遠いとはいえ砲撃を受けているのだ。
転移中に砲撃でも受けようものなら、どんな被弾の影響でどんな空間に出るのか分かる訳がない。
他艦は残る砲で反撃を行っている。命令は下っていないものの、この絶望感を前にして気持ちが早まったのだろう。それに戦闘態勢は解かれていないのだから当然であろう。
  諦め覚悟で次元転移を選ぼうとした矢先、今度は相手艦隊からの通信が入って来た。それも今や防衛軍では骨董品とも言える、指向性レーザー通信といった方式でだ。
通信長のテラーも驚きを隠せてはいなかったが、マルセフも敵と思しき相手から、ジャミングを受け、なお砲撃を浴びせられる中での通信とは正気の沙汰とは思えなかった。

「……よし、すぐに回線を繋げ!」

  数秒後、メイン・スクリーンには地球人と変わりようのない中年男性が姿を現した。オールバックにした白髪交じりの黒髪、歴戦を思わせる風格を兼ね合わせた武人だと分かる。
服装は詰襟タイプ――或いはタートルネック風の黒シャツに、模様を描くような白ライン入りの黒コートを羽織っている。その男性は直ぐに自分から名乗り上げた。

『私はエトス星艦隊司令、ガーウィック中将です』
「……地球防衛軍所属、戦闘空母〈シヴァ〉艦長フュアリス・マルセフ中将だ」
『故あって、“偽装”砲撃の最中で通信を行う非礼をお詫びするが、時間が無いために単刀直入に伺います』

彼の口から出た“偽装”という言葉に引っかかる。だが、ガーウィックも切羽詰っている様子が見受けられているため、怒りを隠しつつも皆は耳を傾ける事に専念した。

『貴国は銀河中心部へ向け、膨大な船団を率いていましたが、それは我らが所属する星域へ侵攻をするためでありますか?』
(何! 侵攻だと!?)

ジェリクソンは罵声を浴びせてやりたくなった。何が侵攻だ、こちらは地球人類の全生命を預かっていたのだぞ! それを、お前らは侵攻だと言いたいのか!!

「そちらの状況は存じませんが、我々の行動は侵攻のためではありません。人類を救うための大移民を行っていたのです」
『っ!……そうでしたか。手短に申し上げます。今貴方がたが戦っている相手、SUSという国家は銀河でも存在しております。長き銀河内の戦乱を鎮圧した奴らは、我らエトスを始めとして多くの惑星国家を連合軍に加え、平和を唱えていました』

  それでマルセフらは初めて知った。まさか銀河の中心部でその様な国家があったとは! 信じがたいが、ガーウィックの簡易な説明に段々と合点がいき始める。
SUS国は地球艦隊と大船団を侵略のための大規模揚陸艦だとして、他国に攻撃命令を下したのだと言う。

『SUSの命令に背けば、大規模な制裁を受ける事になる。多くの国家はそれを恐れて、貴国を攻撃せざるを得なかったのです』
「……信じがたいですが、ガーウィック提督の言葉、受け止めました」
『感謝する。話はこれ以上出来ないが、これだけは言っておきます。四週間前後には、SUSは貴官らと管理局に総攻撃を仕掛けます。それに備えて頂きたい』

一体、どう備えろと言うのか? 多くの者はそう思う。時間がもっとあれば、詳しく話せたであろう。

『もう一つ、我々は後二個艦隊と共にこの空間にいます。無論、SUSに反感を持つ者同士ですが、その大規模襲撃時に駆り出される事になっております。その時こそ、我らは動きます。どうか、その時は……』
『提督、SUS艦隊が速度を上げてこちらへ!!』

  何かを言いたかったガーウィックの声は遮られた。通信ごしでも、相手側のオペレーターが焦っているのが良く分かった。そして、SUSの動きはマルセフらにも察知出来る。
どうやら、通信はここまでのようだ、とガーウィックは苦悩の表情を浮かべる。

『兎に角、ここは我らが道を空けます。貴官らはそのまま前進し、離脱を!』
「……提督の好意に感謝します。そして、再び会いまみえた時は……共に戦いましょう」

簡潔にマルセフは言った。他のクルーは信じるべきなのかと、疑わしい表情だ。こうも一方的にも思える会話で、信じるに足るべきところ等あるものか?

「提督、エトス艦隊が進路を空けます!」
「信じるのですか? 司令」
「私は信じるよ、参謀長。ここを離脱出来たら……な」





「地球艦隊、我が艦隊内部を通過中……」
「信じて貰えたでしょうか、提督?」

  正直な所、こちらも不安であった。それも当然であろう、突然話しかけて自分らは協力する準備がある、等と言って誰が信じるものか? だが、相手は取り敢えず信じた。
疑いしところは多くあるだろうが、最後の“共に戦おう”という言葉には迷いの類は感じられなかった。問題は再び会いまみえられるか、どうかというところであろう。
地球艦隊が過ぎ去り、次元転移を行った直後になって例のディゲルから通信が入った。メイン・スクリーンに開かれた通信画面には、予想通りというべきの表情が映し出された。

『ガーウィック提督……一体何の真似か?』
「何の真似、とは?」

噴気寸前のディゲルに対して、ガーウィックは落ち着き取り払って平然と答えてみせる。当然、この自分は何も問題は起こしていない、という態度はディゲルの癪に障った。

『とぼけるんじゃない、ワザとらしい振りをせずに率直に答えよ! 貴官らには、総司令からの援護命令が出ていた筈だ!!』
「我々は命令通りにここまで来ただけの事。それに、地球艦隊を“撃滅せよ”とは受けておりませんな」

  この答えにディゲルの忍耐力は、破壊させれる一歩寸前まで来ていた。援護せよ命令されておきながら、撃滅する命令がないからそうしなかった、だと? ふざけるな!
それでも軍人か、状況の対応を常に行うのが軍人たるべきだ。ディゲルは真っ向からガーウィックの行動を批難し、罵声を浴びせた。余程に地球艦隊を逃したのが許せないらしい。

「……地球艦隊は我々大ウルップ星間国家の敵だ。その敵を撃滅するのであれば、それは我々自身の手で行う」
『ならば、何故、先はそうしなかったのだ!?』
「私らとて武人だ! 敵を倒すのであれば、全力でぶつかり雌雄を決するのが、我らエトス星のやり方である」
『なっ……!?』

ディゲルは唖然とした。通信機越しに映るこの如何にも古めかしい、時代遅れの軍人の思考に追いついては行けなかったのだ。
  こいつ等はSUSの命令よりも自分らの伝統を優先し、命令無視を平然と行ったと言うのか! こんな下らない考え方のために、手負いの地球艦隊をわざと逃したと言うのか。
あそこまで追い詰めたのは、我らなのだ。それなのに、時代遅れの軍人は無にしてしまった。イラつきを抑えられないディゲルは、脅しを振り混ぜてガーウィックへ言い放つ。

『提督、忘れたと言わさんぞ? 貴官らの友軍は我々の手の内にあるのだ。それに、貴官らだけではない、エトス星やフリーデ、ベルデルをも殲滅してやっても良いのだぞ!!』

これで素直になる筈だと思うが、それさえもガーウィックは跳ね除けてしまった。

「そうですか、ならばそうなさるが良いでしょう? ただし……これを見ても同じことが言えますかな?」
『なんだと?』

  次に噴気の声を上げようとした刹那、ガーウィックが拡大した〈揚陸艦〉から零れ落ちる、数多くの民間人の映像を見せつけてきのだ。
瞬間に一瞬の動揺を示し、ディゲルは目の前の軍人が的を得た発言をしているのだと理解した。ガーウィックめ、こちらの事情を掴み始めているか! と拳を握り絞める。
やはり完全な情報統制は出来ていなかったのか。それにこの映像、エトスの連中がこんなモノを用意しているとは。我々SUSは問題ない、無視すれば良いだけだ。
  しかし、エトスがこれを知っているという事は、他のゴルックやズイーデルも知っているのは当然と見た方がよいだろう。
という事は、こちらから抹消しようと言う動きを察知されていて当然。

何しろ三ヶ国連合軍は要塞内にいるのだ。

要塞内部で砲撃戦を起こされた日には、管理局を滅ぼす前に我々の本拠が消滅した……といった出来の悪い喜劇になりかねん。
ディゲルは憎々しげにガーウィックを睨みつけていると、おもむろに彼は意外な行動に出た。その映像ディスクを取り出し、粉々に砕いたあとダストシュートに投げ込んだのだ。

「表沙汰にする気は無い。だから今回は見逃せ……そういうことか?」

ディゲルはニタリと歯をむき出し凄絶な笑みを浮かべた。こいつは“敵”だ。獲物でもなく、利用価値でもなく、“俺の敵”だ!

『……提督、今回だけは見逃す。だが、今言った事は忘れんぞ! 次は貴官らに地球艦隊を相手してもらおう、良いな!!』

  傲然とそう言い放つと通信を切る。部下に振り返った表情は縄張りに踏み込んできた不埒な侵入者に向ける肉食獣の笑みそのものだった。
そこまで言うと、ディゲルは憎たらしいと言わんばかりの表情で通信を切らせた。切れたと同時に、その場にいた一同は安堵のため息をつく。
提督もよくやるものだ、と呟く者もいた。もしも。ガーウィックのブラフ――嘘がバレていれば、今頃はどうなっていた事やら……と想像していたのだ。

「ふぅ、提督も中々に演技が達者でありますな」
「そういわんでくれよ、艦長。私とて内心はひやひやしていたものだ」
「そのように仰る割には、SUSは見事にボロを出してくれたではありませんか?」

  ウェルナー艦長の言うボロとは、SUS側の実態が裏目に出たという事だ。つまり、SUS第七艦隊は危機的状況にあるという事だ。だからディゲルは戸惑ったのだろう。
そうでなければ、直ぐにでも殲滅要請を出す筈だが、そうしなかった。これでガーウィックの内心に確信的なものが生まれたのだ。これで、完全に反旗を翻す好機が出来た。
後は、至急帰還してズイーデル、ゴルック両提督に話すだけだ。今度の管理局本部襲撃時が、我々の最初で最後の反乱のチャンスである、と……。
  SUS艦隊、旗艦〈ムルーク〉艦橋で苛立たしいと言わんばかりに怒りを見せているのは、いわなずともディゲルであった。

「ガーウィックめ、こちらの足元を見透かした様な態度に出おって……」
「長官、あんな奴らに好き放題言わせてよろしいのですか?」

苛立たしい気分に水を差したような事を言う部下に、彼は目線で威圧する。あまりに下手な事を言うと、その場で射殺されかねないような雰囲気に、部下は口を閉じる。

「本当なら、今ここで奴らを葬ってやっても良い。だが、現実はそうもいかん」

彼が言うとおり、今ここでガーウィックらを葬るには余りにも無謀だった。幾らディゲルの乗る最新鋭艦〈ムルーク〉があろうとも、一隻でどうこう等という問題ではないのだ。
一対一であるならば恐れる必要はない。だが、SUS艦隊は戦力を消耗し、数もガーウィックの艦隊に劣っている。
これで戦闘を再開するとなれば、それは自滅行為に他ならない。どちらも砲撃戦能力は高いとはいえ、どうしてもエトス戦闘艦の方がやや全体の性能が上だ。
  それに、ガーウィックも相当な戦術家であることが、SUSの調べで判明している。良くて相討ち、悪くて敗北という結果が待っているに違いない。
下手な消耗をするなどもっての外だ。ならば、エトスの連中にはせいぜい言わせておいて、力尽きたところを襲って殲滅してやればよいのだ。
そこまで考えたディゲルは、少しだけ不機嫌さを緩和させる。いつまでもここにいる必要はないのだ。彼はこの星系からの離脱を指示した。





  レベンツァ星域での戦闘が、予想外な形で終結してから二時間後の事である。救援に赴いている途上だった東郷率いる地球艦隊の姿があった。
マルセフ達が全滅する前に、何としても辿り着かねばならないとして、どの艦も猛スピードで次元空間の航路を疾走している。
旗艦〈ミカサ〉艦橋では、味方の安否が不安で仕方がないクルーが大半である。その中には観察官のはやても含まれており、落ち着きがない。
用意された座席から飛び出しそうだ。傍に控えるグリフィスも同僚や地球艦隊の事が心配でならない。
  そんな彼らと打って変わり冷静だったのは、東郷と目方だ。二人は物静かに座り何かを待っているようにも見える。

「艦長! 前方に艦影を確認しました!!」
「急ぎ識別せよ! それと、総員戦闘配置に着け!」

レーダー手が捉えた複数の艦影は、距離があるためにまだ完全な判別は出来ていない。予想は味方であるのだが、如何せん数が足りていない。
普通なら二一隻の筈なのだが、レーダーが捉えているのは半数の一一隻なのだという。敵であればボサッとしてはいられない。
騙し討ちに備えての戦闘配備を下令すると、艦隊は慌ただしく戦闘モードへと移行し始める。はやて達もより緊張感を増したようであった。
  しかし、東郷の予想は当たっていた事が判明する。識別信号はグリーン、つまりは味方であることを示していた。それにホッとするも束の間、通信が入った。

『こちら、〈ファランクス〉艦長スタッカートです』
「〈ミカサ〉艦長の東郷だ。スタッカート艦長、他の艦はどうしたのだ?」
『……マルセフ司令、他七隻の艦艇が、本艦を始めとする艦艇の離脱を援護するために残られました』

彼女からの報告は、その場にいた者達にショックを与えた。まさか、いまだに戦場で戦っているのか! これは一刻の猶予もない、急ぎ駆けつけねば全滅してしまう。
はやても早く僚友たちと再会したいと思った矢先の事だ。スタッカートは派遣局員四名全員の身柄の安全を報告したのである。
  これを聞いた時、はやての中にあった不安の一部が取り払われた。良かった、無事だったのかと……。

「貴官らはそのまま本局へと向かってくれ。我々は救援のために向かう」
『了解いたしました。くれぐれも、お気をつけて……』

それだけ言うと、通信は終わりを告げる。東郷は再度の前進命令を出し転移の早期準備を言い渡す。そこでふと、はやての傍らにいたリィンフォースUは彼女に念話で話しかけた。

(はやてちゃん)
(なんや、リィン?)
(良かったですね、フェイト一尉達が無事で!)

小さな少女は、仲間の無事がよっぽどに嬉しかったのだろう。はやての右肩に座り微笑む表情で呟いた。はやても、この仲間や後輩らの無事が判明して嬉しかった。
  しかし、素直に喜べないのも事実であり、表情は笑顔とは言いづらい苦悩の表情も混ざっているように、リィンフォースUは思えた。

(……どうしたのですか?)
(リィン。フェイトちゃん達の無事は嬉しいんよ。けど、逃してくれるために残って戦うている、マルセフ提督達の事を考えてな?)
(……ごめんなさいです。不謹慎でした)

はやての言わんとすることに、リィンフォースUは直ぐに理解した。四名の事は勿論、半数の味方を逃すために殿を務めているマルセフ提督らの事を、彼女は失念していたのだ。
本来ならこの中に、フェイトとシャリオの二名も含まれていた筈だ。それをわざわざ逃してくれた。はやては、マルセフ達の行いに心深く感謝する一方で、無事を祈る。

「味方とすれ違います!」
「艦長、これは……」
「……うむ。急がねばならぬぞ」

  彼らはスクリーンに映る僚艦達の痛々しい姿を目にして、この先で起こっているであろう戦闘の激しさを痛感させられた。
次元空間内で辛うじて航行している地球戦闘艦の姿を、はやて、グリフィスも当然に目の当たりにしている。

(な、なんや……!? これ程までにボロボロやなんて……)
(あの地球艦隊でさえ、ここまでにして傷を負わされるとは……)

彼女らの目に留まったのは黒煙を吐く二隻の戦艦の姿であった。出撃前と違い、凛々しい威容は損なわれ、見るも無残な様子。ここまでやられて動ける方が奇跡であろう。
中には無傷に近い艦艇も一〜二隻は見受けられるが、殆どが損傷している。これは、戦闘の凄まじさを反映している証拠だと、認めざるを得ない。
痛々しい姿をしている艦艇を眺めやるはやての心中は、かなり複雑なものへと変化しており、何度目かわからない現実を認めさせられた気分だった。
  焦りを以前よりも募らせるクルー一同であったが、〈ファランクス〉と接触してから凡そ一時間、幸いにも遅れて離脱したであろう味方の艦影を捉える事が出来たのである。

「一一時三五分に艦影補足! 距離七〇万」
「照会を急げ!」

方角からして、味方の可能性は高い。発見した時の皆の表情は嬉しそうだったが、完全に喜べた訳ではない。発見した艦影の数を合計すると、全部で一七隻であったのだ。
つまり、この戦いで四隻を失ったのだ。詳しい被害報告は後に分かるであろうが、確認できたのは巡洋艦一隻、駆逐艦三隻を失ったという事である。
幸いと言ってよいのか分からないが、戦艦は全てが生還しているらしい。
  照会が完了した後、東郷は〈シヴァ〉に回線を繋がせる。メイン・スクリーンにマルセフ当人の姿が確認できた時は、東郷も内心で安堵した。
繋げて早々に、東郷はまず謝罪の言葉を口にする。

「申し訳ありません、司令官。もっと早く行動出来ていれば……」
『気に掛ける必要はないよ、東郷少将。私とて予想できたことではないのだ。行動を起こしてくれただけで、十分だ』

メイン・スクリーンを通じて、二人の艦長は話していた。だが、スクリーン越しに映る〈シヴァ〉の艦橋内部は、全体が見れたわけではないが酷い様子であったのが分かる。
最初、この空間へ迷い込んで来た時も、〈シヴァ〉の艦橋は相当に荒れていた。今回もそれと同様の様子であった。
艦橋内部の至る所から煙を噴き上げ、剥がれ落ちたであろうパネルの破片群、剥き出しの電送管やホース、いまだに火花を散らすコンソール。
  それだけではない。先ほどの離脱して来た〈ファランクス〉一行の様に、こちらも相当な被害を受けていたのだ。こちらは無傷な艦などありはせず、どれも中破または大破だ。
数少ない仲間を逃すために盾となったマルセフらの意思の強さに、はやては心打たれたような感覚に落ちた。下手をすれば、彼らが帰らぬ人となっていたかもしれないのに……。

『詳しい話は、本局へ戻ってから伝える。無論、管理局の上層部に伝えねばならない事があるのだ』
「了解いたしました。取り敢えずは、我れらが護衛いたします」
『よろしく頼む』

本人も相当に疲れているのだろう。披露した様子が伺えたが、彼はそれを表に出そうとはしない。屈強な精神を持って、披露した様子を見せまいとしているのだろう。

(これから大変やな……。マルセフ提督らが無事やった、これは喜ぶべきことやろうけど……防衛戦力は、より減ってしもうた。これは、厳しくなることを覚悟せなあかんわ)

  フェイト達の無事に続き、マルセフらの無事も確認出来たはやては、今度こそ安堵が出来た。後に、マルセフ自身へお礼を言っておきたい。
こんな状況下でまだ早いであろうが、フェイト達を逃してくれた事、そして……忘れてはならない、犠牲になった防衛軍の兵士達へ……。
艦隊も方向転換し、〈シヴァ〉ら残存艦を囲む様にして陣形を再編すると、〈ミカサ〉以下二一隻は護衛を開始する。
  後に『レベンツァ星域遭遇戦』――或いは『レベンツァ星域会戦』として残される戦いであるが、管理局の名誉に深い傷を残したものとして残されているという。
その原因とされる管理局側の行動に関して、彼らが帰還してからも多いな問題として局内部で激論が交わされたと言うが、その事は後の機会に語られるであろう……。



〜〜あとがき〜〜
どうも、第三惑星人です!
やっと戦闘パートを終える事が出来ました……とはいうものの、長いですねー(←棒読みw)
もっと効率よく纏められれば様のですが、この様子ですと、ラスト部分では戦闘パートだけで四話分とか使いそうですねw
次回は帰還後の話になる……予定であるものの、少し視点を変えてみたいかな、思う此の頃。
しかし、気が付けば三〇話を越しているとは……これも皆、毎回読んでくださる方、拍手を押してくださる方、感想を書いてくださる方、皆様のお蔭であります!
このまま完結に扱ぎ付けるよう、頑張りますので、これからもよろしくお願いいたします。

拍手リンク〜
[四七]投稿日:二〇一一年〇六月二八日一二:二七:三三 EF一二 一
……確かに、連合軍の艦隊もいましたね、失念していたのは正に迂闊でした。
次回はエトス艦隊司令の溜まりに溜まった怒りの爆発ですか……?

>>書き込み、毎回の如く感謝です!!
さて、ご期待されていたのが違っていた様で、私としても羽目を外したようで申し訳ないですw
宜しければ、ご期待されていた勢力の名を書いて頂けますか?
必ず登場させるのは難しいかもしれませんが、参考としたいので……無理でしたら、構いませんので、よろしくお願いいたします。



押して頂けると作者の励みになりますm(__)m


<<前話 目次 次話>>

作品を投稿する感想掲示板トップページに戻る

Copyright(c)2004 SILUFENIA All rights reserved.