「貴様ともあろうものが、何たる様だ!」
SUS要塞〈ケラベローズ〉の指令室で、不機嫌極まる怒号がディゲルの頭上に降りかかった。その声の主は、言うまでもない総司令官ベルガー大将である。
その怒号にディゲルは何も言い返す事はできなかった。それが出来るくらいならば、今頃は管理局と地球防衛軍を徹底的に捻り潰しているに違いないだろう。
だが時空管理局と地球防衛軍、そして生意気なエトス、フリーデ、ベルデルの各艦隊を前にして、SUSは敗退してしまったのだ。
その被害も相当なものである。出撃したのは五個戦隊と〈ガズナ〉級等およそ一〇六〇隻強で、要塞へと戻って来たのは五九〇隻弱だった。
実に四割強もの損害を出していたのだ。これで憤慨しない方がおかしい。さらに陸上部隊も三割近くが失われている。おまけに指揮官クラスの軍人も多く戦死してしまった。
ベルガーはこれらの報告書を目にした瞬間、険しい顔つきになったのだ。
「これ程の被害を出しておきながら、彼奴等の本拠地――ミッドチルダをも落とせぬとはな!」
「……」
ディゲルはやはり無言だ。以前に第二戦隊のゲーリンが手痛い反撃を受けて、高い目線で威圧していた自分が、今度は受ける立場となるとは……。
本来の計算であれば、これ程の損害を出さずして本局を落とせる手はずだった。だが、現に本局は落ちている。ミッドチルダの地上本部も破壊しつくした筈だ。
とは言うものの、そのための代償があまりにも大きすぎる。本局を落とすのに四五〇隻もの艦艇を失うとは、今後の軍事行動に大きく影響してしまうではないか!
現に残っている無傷の艦隊は、第七戦隊と第八戦隊の二個戦隊のみだ。とはいえ、残存する艦船と合わせれば一二四〇余隻は残されている。
侵攻は今しばらく押さえておくべきであろうが、本拠地周辺および確保した惑星の警備・パトロールくらいであれば、十分に間に合う。
「我が軍はしばしの間、動くことは叶わん。地球艦隊の増援で、また見直さねばならぬのだからな……。して、お前の処分だが……今回は見逃してやる」
「……総司令の寛大なる処置に、深く感謝いたします」
これも本来なら銃殺ものであろう。だが如何せん、多くの戦力消耗と指揮官の戦死により、補充が効かない。ここでさらに粛清してしまったのでは、弱体化を招く恐れがある。
ベルガー自身が全ての軍を直接指示するのも相当な負担となるのだ。それに、ディゲルほどの非凡な指揮官は多くない。無駄な消耗は是が非でも避けておきたい。
「我らが動けないのと同様、奴らも動けまい。その簡に、態勢をじっくりと整えさせろ。良いな?」
「ハッ!」
不機嫌なまま、ベルガーはその場から立ち去った。対するディゲルも、腹立たしかった。それはベルガーに向けられたものではなく、地球艦隊らへ向けられていた。
あの増援、あの増援さえ来なければ、我々はミッドチルダをも陥落せしめることが出来た筈なのだ。それが何だ、あの艦隊がでしゃばったお蔭で、相手の士気が著しく上がった!
そこからはもう、ペースを乱されて壊乱の淵に叩き込まれていくのみだ。自分の作戦行動に不備はなかった筈。しかし味方が不甲斐無いものだった。特に第六戦隊の醜態はなんだ。
増援の地球艦隊を足止めする事も叶わず、半数近くにまで撃破されている。どいつもこいつも、役に立たない奴ばかりではないか。とは言うものの、俺も部下のことを蔑めぬ。
地球艦隊と管理局の混成艦隊を前にして、時間を駆けすぎた。それもまた、敗因の一つであろう。怒りを通り越して、思わず笑みが洩れる。
奴らめ、この私に恥辱を味あわせた報いを必ずくれてやる。そして次にあった時こそ、お前達の最期が訪れるのだ。今は、一時の安心に浸かるがいいさ……。
一人になったディゲルは、一人苦笑していた。誰もいない会議室に響き渡るその声は、不気味にも響き渡っていたのである。
次元空間内に漂う地球防衛軍の拠点〈トレーダー〉。内部のドックには、満員だと言わんばかりの艦船が停泊しており、どれもが修理作業の真っ最中にある。
技術班は総動員で作業に当たり、工場の生産ラインもフル稼働中だ。倉庫にあるだけの資材を使い、一刻も早い復帰を目指している。さらには、防衛軍以外の艦船も修理作業中だ。
エトス、フリーデ、ベルデルの三艦隊は、〈トレーダー〉内のドックの一部を借りて修理している。
それだけではなく、入りきらなくなった艦船は、ドック外――〈トレーダー〉外壁に接舷して修理を行っていた。内も外も収容しきれない状態に、防衛軍も頭を悩ませる。
急ぎ会談を開き、資材や食料等を確保できなければ、日干しになってしまうだろう。とはいえ、簡単ではない。
先日に行われた会議にて、古代や劉が強く反発したことと、管理局側の反発もあって、決裂寸前までいったのだ。この溝を回復するのは、容易な事ではない。
しかし、会談から五日が経過した頃になってからの事だ。防衛軍は二つの情報によって揺れたのである。一つは恐れに近い驚愕、もう一つは興味を引く驚愕だ。
最初に入ってきた驚愕すべきは、地球からの直接更新によるものであった。
『アルデバラン星系にて、ボラー連邦と戦闘に突入せり』
という、恐れていた事態だった。地球は戦力も人員も著しく疲弊している。そこへ他勢力が侵攻してこないと言う確証は何処にもないのだ。
マルセフも、そして古代も冷や汗を大量に流してしまったが、次に目にした電文は、彼等を安堵させた。
『アマール国、エトス国が援助のため介入、ボラー連邦を撃退せしむ』
地球艦隊は総力を結集すると共に、エトス、アマールとも協力して、ボラー連邦の大艦隊をほぼ壊滅せしめたというのだ。
撃退したと言う事実に喜ぶべきだが、特に目を引くのはエトスとアマールの協同戦線を張ったという事だ。元大ウルップ星間国家連合の二国が、地球に味方してくれた。
これは、銀河の各国家が徐々にであるが、平和への動きを見せ始めている証拠でもある。後々には、真の平和と言う宝を、全ての国、そして生命が得る事になるだろう。
エトス艦隊司令のガーウィックなどは、母国の判断と行動に感動した。エトス国は、誰の支配下にあるわけでもない、自らの意思で地球に協力したのだ。
これからの銀河は、共存のために動く。過去の民間人虐殺と言う醜い傷跡を消し去る事は叶わないが、その犯した罪を、平和への動きのために償おうではないか。
ズイーデルとゴルックも、この事態を知って考えを固めるに至った。ガーウィックも含め三人共、アマール経由で通信を本国に送り現状の報告と今後の方針を伝え、共闘体制をとってSUSに立ち向かうことにしたのだ。
その一方で、管理局から差し出された防衛軍宛の通信。差出人はリンディ・ハラオウンであった。
「文化交流会……ですか?」
「うむ。なんでも、我々の地球で失われた多くの文化を、向こう側が提供する場を設けたいという話だ」
古代の問いに、マルセフが答えた。〈トレーダー〉の会議室にて各指揮官が集まっているのは、マルセフの言う文化交流会への対応のためだ。
管理局は地球が失った物を、あるだけ提供してくれると言うのだが、それはどこまで信憑性のあるものだろうかと疑っていた。そこでマルセフが、情報の出所と経緯について言う。
「差出人のリンディ・ハラオウン提督は、信頼に足る人物だ。それに、我々の地球とほぼ同じ地球も存在している。嘘ではないだろう」
「……確かに、我々の地球では、多くの文化が消失しています。過去を知る術を失った我々としては、これを蹴る事はできないのでは?」
そう言うのは北野である。文化がなんだ、という人間もいるだろうが、北野はその様な事は考えていない。寧ろ、このチャンスで、失われた文化を取り戻すべきではないか。
文化とは、人がどの様に生きてきたかを示すものでもあるのだ。この場にいる者達も、北野の様に文化を取り戻したいと願っている。
このリンディが出した文化交流会の提案元というのは、実は彼女ではなく、はやてだ。はやてとフェイトのある会話から発案され、まずはフェイトがマルセフに掛け合った。
マルセフからレクチャーを受けているフェイトであれば、マルセフへ密かに提案する事も無理ではない。同時に、はやてはリンディへ掛け合ったのだ。
よもやこんな提案をするとは、二〇代と思えぬ発案と行動ぶりだな、等とマルセフは思えてしまった。
「では、管理局からの申し出に意義のある者は、いないかね?」
最終確認として、マルセフは皆に訊ねた。不安はあるようだが、彼の言う事ならば信用できるであろう、そう思っていたようだ。
だが受け入れるとしても、問題が無い訳ではない。この時になって文化交流会なるものを提案した裏には、別の思惑も存在している。
管理局としては、この文化交流会を持ってして、次回交渉を進めようとしているのではないか。大半の者達も、同じような疑問を持っていた。
管理局側の優位を得るために提案して来た可能性もある。古代達が頑なに条件を変えようとはしなかったのだ。
「次回交渉までのクール期間を短縮してほしい、という意味合いもあるのだろうて……」
「東郷准将は、管理局が直ぐに交渉を始めるために、文化交流会を提案して来たと仰るのですか?」
東郷は顎鬚を軽く撫でながらも推論を提示する。その推論に劉が問いかけたが、東郷はあくまで推論にすぎんよ、と確信は持てないと答える。
しかし、彼の推論が的を射ていた事が、後日明らかにされる。管理局としても、いち早い立て直しを図りたいに違いない。それは防衛軍とて同様の事だ。
あまり頑なになって交渉を引き延ばしていては、態勢を立て直したSUSが攻めてこないとも言い切れない。
短期間にどれだけ上手く内容を纏めるべきかと悩んではいたものの、これは管理局側――しいては発案者のはやての思惑の方が、一枚上手であったようだ。
「失われた文化を取引材料に使用するとは、管理局も相当な外交巧者がいるとい事でしょうか?」
「あまり外見に捕らわれ過ぎるのは避けるべきだ、劉准将。戦力的には確かに貧弱に違いないであろうが、人としての能力は恐るべきものだ。それに、我々同様、人間だ。それ相応の対応策だって講じて来るものさ」
「それに、我々はマルセフ司令達とは違い、ここに来てからまだ日が浅いからな。軽んじた考察はよそう」
ラーダーが劉の考え方に軽く注意を即すのに呼応して、古代も今少し深く考えるべきだろうと、南部や劉に言う。
「では、その文化交流会に出席し、どの様なものであるかを確認するべきですね。それらが我々の無き文化と同等のものであれば、クール期間を短くしてもよいのでは?」
「そうだろうな。後は会議で管理局の出方を見るしかないでしょう」
北野発言に続き、南部も同意を示す。だが管理局は、これを交渉のカードにするとして、どんな条件を提示するのか? やはり、向こう側の流通ルートで資材を送るのだろうか。
そうなったら、とんだ狐だ。餌を釣ってこちらを動かそうとしか考えない食わせ物に過ぎない。そう心配する一方で、マルセフ、東郷らは期待を寄せているようだ。
結果として防衛軍は管理局の文化交流会を受ける事となった。早くとも二日後には準備し、行うとのことだ。会場となるのは〈トレーダー〉となる予定である。
この防衛軍側の承諾という知らせは直ぐに管理局側――もといリンディの元へと届けられた。文化交流会の企画を本格化させる事になり、彼女ははやてへも知らせる。
「ありがとうございます、提督!」
はやての第一声がそれだった。防衛軍がこれに乗ってくれるのであれば、一度入ったヒビをある程度修復できる筈だ! 大きなチャンスがやって来たのだ。
だがリンディは慎重な事を言ってはやてを抑える。今回はマルセフや東郷など、理解力のある人間があればこそ受諾されたに過ぎない。
余り無茶をして羽目を外さないように、と言った。それに今回の動きには、レティも関わってくる。運用部担当者だけに、文化交流会に利用されるデータ類の管理も彼女が受け持つ事になっているのだ。
「こちらも準備で忙しくなるわね。はやてさん、地球側のデータは……」
「そのことでしたら、私とフェイトちゃんで大方集めてます、提督」
行動が早い。つい最近になって、第六戦術教導団の長を命じられたこともあるのだろう。防衛軍と協力して管理局も変わらねばならない、と奔走しているのが伺えた。
確かにはやては、外見に似合わぬ行動と能力を有している。だからこそ、リンディは心配になる。はやての頑張りぶりは認めるのだが、それで周りが見えなくなったらどうなる?
人間、何かに夢中になると周りが見えなくなる、とよく言う事がある。目の前の若き士官は、まだその様子は見えてはいないが、いずれそうならないとも限らない。
何とかはやてをサポートをしてあげたいとは思う。だがリンディもここの所、忙しさを増している。彼女は現在、次元航行部隊本部長代理を務めているのだ。
先日の本局攻防で殉職したキンガーの後釜が居ないため、臨時の代理人としてリンディが務める事になった。あくまで臨時であるため、階級は変更されてはいない。
だがもしも変更がされない場合は、このままリンディが本部長を務める事になる可能性も否定できない。その場合は、今の統括官職を誰かに譲らねばならないのだが……。
そうなるとすれば、後釜がまた問題となる。リンディもまた有能な局員だ。それを上回るとまでは言わないが、せめて同等程の能力を持つ者がふさわしいだろう。
「私もあまり身動きが取れなくて貴方達へのサポートが難しくなるけど、出来うる限りはやるわ。それと、文化交流会は〈トレーダー〉で行う事になるから、データ公開のチェックは念入りにね?」
「はい。もう少し時間を頂ければ、完成しますし、チェックも念入りにできます。それに、毎度のことご負担をお掛けしてすみません、提督」
それに対して、リンディは気にしないでとの言葉を返す。彼女は、こうした若き世代を後押しするのも、自分らの役目であるとわりきっていた。
はやてにしても、リンディやレティといった上司の支えがあるだけでも随分と違うと感じる。そもそも、二〇歳になるかどうかの二佐が、ここまで一人でできるとは到底思えない。
周りにいる理解者や協力者がいるからこそ、ここまでやってこられた筈だ。
「それにしても、ここまで手伝ってくれた第九七管理外世界の友人達にも、感謝しないとね? はやてさん」
「無論です、提督」
無論、彼女らの地球――第九七管理外世界のデータは、彼女らだけで集めた訳ではない。それに地球丸ごとの文化データとなれば、それはとてつもなく膨大なものとなる。
管理局にあった無限書庫には遥かに劣るであろうが、世界一つ分かつ、各地域の文化資料、歴史データ等となれば、二人では手に追えないのだ。
そこで協力者が存在した。はやて、フェイト、そしてなのはの親友、アリサ・バニングスと月村すずかの存在だ。中学生時代以降、会う事が少なくなって久しい二人。
協力するという事は、アリサとすずかも管理局の存在は知っている事になる。この第九七管理外世界では、数少ない、魔法文化世界を知る存在でもある。
それでも、たかだか民間人二人で集められる情報量ではない筈だ。そう、“たかだか民間人”であればの話だ。この二名の家柄は一般家庭とは違うものだ。
月村家は資産家、バニングス家も実業家という、並みならぬ家庭の娘である。彼女らの情報網を使えさえすれば、出来うる限りの短い時間でデータを収集できる。
「後は、プロモーションを完璧にしとかなあかんな」
リンディの執務室を後にしたはやては、速足でその場を離れていく。フェイトの他にも、マリエルやシャーリーらも加わりプロモーションの作成途中にある。
一刻も早くそれを完成させて、文化交流会にて披露しなければならない。この交流会で上手く交渉を進めて行かねば、全てが台無しになる。それだけではない。
協力してくれたリンディやレティ、バニングス、すずかの事もある。失敗する事は許されないのだ。それに、失敗の影響は彼女らへの面目だけではなく、はやて自身が進行させている第六戦術教導団にも大きく影響してしまう。
SUSに対抗するためにも新設されたこのチームを、やすやすと挫折させる訳にはいかないのである。
(せや、まずはこの文化交流会を成功せなあかんで!)
後日、予定通りの時間帯で文化交流会は開催を迎えた。〈トレーダー〉の大会議室を利用して行われる事となり、防衛軍の士官をはじめ、管理局の士官も集まっている。
管理局側の中には、はやてとフェイトも同席している。彼女らを中心に企画した事は、公にはされていないままだ。あくまで管理局全体での企画であると言う。
会場に役者が全員揃ったところで、文化交流会は開始した。ディスプレイには、はやてらの用意したプロモーションが順々と映されていく。
「ほぅ、これはかの世界遺産だな。どれもこれも、ガミラス戦役に消失してしまったものばかりだ」
東郷がポツリと呟いた。彼くらいの年齢であれば、まだ世界遺産がどういったものであるか、どんなものがあったのかは判断できる。
古代や南部といった、旧〈ヤマト〉乗組員らも、世界遺産といった建造物や文化の事は、まだ記憶に残っている。
対してガミラス戦役真っただ中、あるいはそれ以降に生まれた人間は、そういった文化があった事を知らない。
〈シヴァ〉乗組員の通信員テラー、航海長レノルド、戦闘班長ジェリクソン、といった二〇代前半程の世代は知らないのも無理はない。
「おぉ、あれは我が祖国のコロッセウム!」
感動の声を上げたのはカンピオーニ大佐だった。イタリア人の彼からすれば、やはり祖国の世界遺産は懐かしくも思える。イタリアは歴史的にも名を上げる国だ。
文化よりも、その歴史でよく名を上げることも多い。歴史、そして食に関する文化もピカ一ではないだろうか。余談になるが、イタリアは戦時中――第二次世界大戦にあっても、兵器開発より戦闘糧食への開発が凄いものであったとか……。
彼の傍に立つ〈リットリオ〉副長のエミー中佐も、どこか懐かしい目でプロモーションを見ている。祖国地球では生きる事が最優先であったが故に、文化遺産の殆どが消えている。
その時は生きるためだと言ったが、今こうして目にしてしまうと、惜しい物を無くしてしまったものだと後悔に近い念に捕らわれてしまう。
マルセフも、何処かへ思いを寄せるような眼をしている。まだ若い頃に存在していた、イギリスに存在した建造物の数々。ロンドンに建っていた時計塔が懐かしい。
「どれもこれも、地球文化ソックリ……いや、まったく同じものだ」
そう言うのは、怪我から辛うじて動けるようになったコレムである。完治はしていないものの、彼もまた文化交流会に参加したいとマルセフに願い出て来たのだ。
彼等の地球世界と同じ地球があるとは聞いていたが、今このようにしてプロモーショーンを見ていてはっきりとした。まさしく、瓜二つとも言える地球だ。
「……どうやら、成功しているみたいだね」
「そうやね」
防衛軍士官とは反対方向にいるフェイトは、はやてに語りかけた。確かに、防衛軍の大半がそのプロモーションに心奪われる様な状況になっている。
中には静かに涙を流す者までいた。知らない世代でも、自分らにはこういった文化があったのかと、深い興味と関心を覚えている様だ。まさしく、このプロモーションは成功だ!
だが今回のプロモーションで全てではない。この他にもまだまだデータは残されているのだ。ある程度分割しながら、防衛軍へと提供してくことになっている。
同席しているリンディ、レティ、クロノ、ジャルクらも防衛軍の反応を見て、成功する可能性は大いにあるのではないかと確信していた。が、問題はまだあった。
防衛軍側が提示した条件をどう処理するかである。管理局としても、やはり既存の資源惑星を素直に明け渡すのは難しいらしく、手間取っている。
しかし案が無い訳でもなかった。資源惑星は他にも存在しているのだが、ある理由で手を付けていない所も存在しているのだ。そしてはやてが、それに目を付けた様だった。
彼女は防衛軍と管理局、そして管理世界の企業、第九七管理外世界の友人たちの繋がりから利害調整を行うべく、妥当案を探り出しているとの事である。
その内容を後に知らされる防衛軍、そして管理局側も、彼女の対応に思わず舌を巻くことになる。
プロモーション映像を流しつつも、双方は食事を取っていた。交流会だけに、単なるデータ供与を行うだけでなく、ある程度のコミュニケーションも取ろうという狙いだ。
饗される料理も全て地球由来のもの、バイキング形式で供されるため防衛軍士官の中には、もの珍しさで取り皿に山の様に料理を盛りつける者もいるほどだ。
いつでもどこでも軍人と飯は切っても切れないの典型である。これらの様子から、マルセフのコミュニケーション案に対しての賛成はハズレではあるまい。
しかし、彼らの様に馴染み始めた者は兎も角として、古代達の様な後から来た者には抵抗があるかもしれないと危惧したのだ。
ましてや古代、劉などは管理局に反発の声を上げた。気まずくなるのも当然であろう。だが、当の古代はこの提案に対して、反対はしなかった。
「あれは自分が未熟だったのです。マルセフ司令の様に、管理局の面々と今一度、向き合いたいと思います」
古代はそう言ったのだ。これを聞いたマルセフは安心した。やはり、この男も単なる軍人ではない。熱血な所はまだ消えていないようだが、改める態度は評価できる。
そして、この会場内でも次第に賑やかさを増していた。最初は気まずい雰囲気ではあったのだが、慣れているマルセフ一同の仲立ちもあって、防衛軍士官達も徐々に接し始める。
「古代提督」
「ん? 貴女は……ハラオウン統括官……でしたね」
「はい。総務統括官を務めております、リンディ・ハラオウン少将です」
古代の元へ話しかけて来たのはリンディであった。この二人が真面に面と向かった事はない。会議で顔を合わせた程度だ。いったい、どうしたと言うのだろうか?
「先日に送って頂いた、ジェリクと乗組員二名の件ですが、改めてお礼を申しあげます」
「いえ、礼には及びません。寧ろ、彼らの協力にこそ感謝しておりますよ。でなければ、我々はここへ辿り着けませんでした」
礼の言葉に恐縮となる古代。彼はリンディの話で、ジャルクが彼女の後輩であることを知って驚いた。成程、それならば直接に声を掛けてくるだろう。
「それにしても、まさかこうして我々が失った文化を見る事が出来るとは思いませんでした」
「気に入って頂けたようで、こちらとしても嬉しいです。それと、ご紹介します。こちらは……」
「フェイト・T・ハラオウン一尉です」
「八神 はやて陸上二佐です」
リンディの後ろに付いていたのは、フェイトとはやてであった。二人は初めて古代に会うことになり、やや緊張した様子だ。
何しろ、マルセフらから提供してもらった歴史データに乗っていた、伝説とさえ称される男であるのだ。伝説の戦艦に乗り、戦い続けてきた男、古代進。
その彼が、今目の前にいる。データで見た時はまだ二〇歳になっていなかったが、三〇歳を過ぎでも、その闘志は衰えない。寧ろ磨きが掛かっていると言った方が良いだろう。
「〈ヤマト〉艦長の古代進だ。君達二人の事は、マルセフ司令や東郷准将から聞いている。有望な若手局員だと、言っておられたよ」
「そんなことはありません。私らはまだまだ半人前です。マルセフ提督や東郷提督、目方中佐には、お世話になりっぱなしです」
「古代提督の方こそ、幾度も地球を救ってこられた伝説の艦長だとお聞きしています」
フェイトの言う言葉で、やや古代の表情は曇りを見せた。その瞬間、フェイトはまずい事を言ってしまったかと後悔する。
しかし、古代は責め立てたりするわけでもなかった。
「いや、私は伝説の男だの、英雄だのと言われる様な存在ではない。寧ろふさわしくもないよ」
「何故、そんな事を仰るのです? 古代提督」
怪訝な表情でリンディが訳を訪ねる。古代は目の前にいる三人の女性に、自分の犯した過ちを話した。〈ヤマト〉が地球を救った、それは確かに事実だ。
さらに、その裏では信じがたいような量の死を生み出している。初めて戦った相手、ガミラス帝国の母星の都市を壊滅に追いやり、帝国国民を全滅にまで至らしめてしまったことを始め、白色彗星帝国ガトランティスの民も巻き添えにしていたこと。
ボラー連邦の流刑地バース星では、自分の不手際な交渉もあって捕虜収容所の者達を救えず、惑星諸共ボラー連邦に抹殺されてしまった事もある。
さらにはデザリアム帝国にいたっては、本当に数名を残して全滅へと追いやってしまった事……。流してきた敵、味方の血の量はとてつもないものだった。
その上に、自分らは立っているのだ。英雄などと呼ばれてはいるが、実情は血塗られた階段を昇り上がって来たに過ぎない。好ましくてやった訳でもないのだ。
そして一番に後悔した事……それこそ、雪の消息不明という事態だった。平和に馴染めない環境で宇宙へと飛び出し、三年も家庭をほったらかしにした結果である。
古代は、その時の娘の目を今でも忘れない。愛する母を置いて去って父を憎む眼だ。もし自分がいれば、雪ではなく自分が護衛艦に乗っていたであろうに。
(この人もまた、つらい過去を背負っている……マルセフ提督もそうだったように)
フェイトは、彼等防衛軍は常に屍を乗り越えて来ているんだと実感した。フェイトも母を一度無くしている身だが、彼等とは全然違う。
遂この間、生と死を垣間見る戦闘を経験した。それがどれ程の恐怖であったのか、フェイトやはやても体験している。だが彼らの経験に比べれば、全く浅い経験に過ぎない。
「すまない、交流会だと言うのに、暗い話をしてしまって……」
「いえ、そんな事はありません。こうして交流するだけでも違うと思います。私は今まで古代提督がどの様な人物なのかを知りませんでした。それを、今知ったのですよ?」
それを聞いた古代は、ありがとう、とはやてに言った。ホッとした頃になって、なにやら騒がしくなるのを、彼等は感じた。同時に不安を覚えた。
(な、なんやろ……ものすっごく嫌な予感がするんやけど……)
(私も同感。まさかとは、思うんだけど……)
そうだ、このパターンは以前にもあった気がする。特に危険な人物がいたのを、すっかりと忘れていたのだ。リンディも予想したくはなかった光景が、その先にあった。
「何言ってるの、貴方? 男だったらもう少し飲めるでしょう?」
「いや、あの、本当に結構ですから!」
あの生真面目かつ有能な美人局員として名の通っている、レティ・ロウランの乱れた姿がそこにあった。顔はうっすらと赤くなっており、片手にワイングラスを持ったまま、防衛軍士官一名の肩を引き寄せているのだ。
「れ、レティ――! 貴女、この場で何やってるの!?」
これには思わずリンディも叫ばずにはいられない。大事な交流会の場であると言うのに、レティは酒によって気が緩み、片っ端から防衛軍の人間に絡んでいたのである。
そう、レティは確かに真面目で有能だ。だがそこへアルコールが入れば、このようなフレンドリーを通り越した、緩い性格へと変貌してしまうのだ。
「あらぁ、リンディ? 何って、お話しているだけよ?」
(駄目だわ、既に酔いが回っている……)
完璧に出来上がっているらしい。酒乱となった彼女は次なるターゲットに狙いを定める。だが、彼女の行動はそれに留まる事を知らなかった。
「ノリが悪いわよぉ、まったく……」
と言いながらも、何と彼女はジャケットに手を掛けた。まさか――!? とリンディやフェイトらが思った時には、レティは実行に移していた。
「もう、熱いわねぇ」
「ちょ、ちょっと! それはやめなさい!!」
「レティ提督、それはッ!?」
「だっ誰か、手ぇ貸してぇな!!」
他人の目があるところでとんでもない事を仕出かそうとしたレティに、まずはリンディが駆け寄り羽交い絞め状態にした。中途半端に肌蹴たまま、何するのよ、と見返すレティ。
それに続いてはやて、フェイトらが慌てて止めに入り、さらに数名の士官が抑えに入る。まさかの事態に呆然としたのは、防衛軍の面々であったことは、言うまでもない。
「意外だ……」
「レティ提督って、真面目な方だと思っていたのに……」
まさかの酒乱の姿を見てげんなりする防衛軍士官。マルセフやコレムも、あっけにとられてしまい、言葉にでない。酒が入ると性格が変わるのか、あの女性は……。
等と思うのは古代である。人間、必ずしも完璧たる人はいないと言うのだが、これがまさにそうであろう。そして、そんなレティを見て別の反応をする人物もいる。
「ほぅ、ロウラン提督が、ああもお代りになられるとはな。クールで真面目な姿も良いが、ああもほぐれた姿も良いではないか!」
「……艦長、向こうでちょっとお話が」
どこまでも馬鹿なのか、この男は。と、傍にいたエミーが不機嫌な表情を作る。しかし、当の本人はそんな事を聞いていないと言わんばかりに眺めやっている。何回言わせる気か。
次の瞬間、ドスの効いた声と笑顔で彼女はカンピオーニを脅した。
「艦長、少し頭を冷やしましょうか?」
「ぁ……すまん、俺が軽率だった! だから、その笑顔を止めてくれッ!」
階級的にはカンピオーニが上の筈だが、立場の逆転している二人の光景。それを目の当たりにした管理局の士官たちの方こそ、唖然としてしまった。
尻に敷かれるとは、ああいう事を言うのだろう。それにしても、ここまで弱腰になる上官で、よくもまぁ、生き延びて来られたのものだ。と思わざるを得なかった。
この日、レティの酒乱騒ぎでてんわやんわとなった文化交流会は、騒がしさを残しつつも閉幕となった。
不安を残してしまった管理局の面々ではあるが、後日、防衛軍は文化交流会に対して良い反応を示してくれ、リンディにしても安心できるものとなった。
ただし、酒乱騒ぎの主犯であるレティは、ただただ、赤面せざるをえないばかりだったのは、言うまでもない。
〜〜あとがき〜〜
どうも、第三惑星人です。新たな年を迎えまして、早くも一週間を過ぎました。
時間は早いものだなと感じつつも、過ごしております。
さて、今回は交流会を書かせていただきましたが、如何でしたでしょうか?
本当はネタが思い浮かばず、中々に指が進まぬ状況でしたので、いまいちな出来になってしまったと反省……。
外伝編の方もチョイチョイと進めたいと思いつつ、本編もしっかり仕上げていきたいと思う次第。
それでは、次回をお待ちください。
〜拍手リンク〜
[一一二]投稿日:二〇一一年一二月二四日二:二〇:五〇 genbu
はじめまして。
genbuと申します。
作者様の作品は、途中からですが、楽しませていただいておりました。
ところで最新話についてなのですが、本局の高官たちはともかく、
防衛軍側がちょっと激発が早すぎると思うのですが。
管理局にしてみれば、自分の領土・・・管理局が「国」といっていい組織なのかはちょっとアレですが・・・を一部割譲しろ、おまけによその国の、しかも自分たちではとても抑えきれないレベルの装備を持った艦隊一個を自国内で好き勝手動かさせろ、といわれて、いくら重要なゲストだからといってもはいそうですかと応じられるわけでもなし、かといって防衛軍もよその国の指揮下に勝手に組み入れられるのは御免だし物資を押さえられたくはないし、おまけに緊急時の措置だから仕方のないあの転移のことをネチネチいわれてもどうしようもないし。
その辺の事情を加味した上で、もう少し古代中将らには耐えてほしかったなあ、と思いました。
>>どうも、初めまして!
感想の書き込み、ありがとございます!
楽しんで頂けている様で、私としても嬉しい限りです。
防衛軍側の激発に関しましては、まだ古代の未熟さを見せる意味でも、ああいう形となりました。
領土の譲与と言うのは確かに大きすぎるかもしれませんが、防衛軍としても、すぐに動きたいでしょうからね。
今後は古代の成長に期待するべきか……。
[一一三]投稿日:二〇一一年一二月二八日二三:一六:三四 試製橘花
更新お疲れ様です。
これは防衛軍側も大きく出たと言っていいのでしょうか。惑星の譲与とは・・・。
そして何時もどおりの古代君と管理局高官でしたね。期待通りの対立でした。しかし次元空間に於いては素人である防衛軍が次元震など考えられるはずも無いと言うのに、恩人である防衛軍に対してここまで強く出る管理局もある意味すごいですよね。
個人的にはこの会談に対するエトス等の反応も見たかったです
次回も期待しております。
>>毎回の書き込み、ありがとうございます!
防衛軍はあくまで地球連邦の指揮下にあるものですからね、いちいち管理局の許可を取っていては、時間がかかります。
古代に関しても、いつも通りです、ばいw 暗黒星団やボラー連邦時と同じように、無茶な交渉をやってしまうあたり、まだまだ成長しきれていないかもしれないです。
管理局もまぁ、一部ではプライドやらが残っているのでしょうw
エトスらの面々に関しては、中々登場させるのが難しくなりそうです……。
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