「司令、管理局の輸送艦〈モネ〉〈ランダー〉を確認しました」
「うむ。では、陣形を組み直し次第、直ちに予定の進路を取る」
旗艦〈ミカサ〉の艦橋に構える東郷は、オペレーターの報告に頷き次の指示を出した。遂数分前に防衛軍は当初予定通り〈トレーダー〉を出港した。
管理局第二拠点からは、それに遅れること五分後に輸送艦が姿を現した。防衛軍の使用する工作作業艦とは違い、大きさと容量がある。
元々、彼等は長期航行を想定して居住空間の確保に専念していた事もあり、それを応用した輸送艦のノウハウは防衛軍よりも優れていた。
ただし建設用資材をたんまりと詰め込んだ輸送艦二隻は、防衛軍に比べて足が遅いのがネックであった。無論、積荷が無くとも同じ事である。
波動エンジンと魔導炉では出力が違う。魔導炉ではどうしても力不足となってしまうのだが、それは今に始まった問題でもない。初めて遭遇した時からそうだ。
輸送艦は〈ミカサ〉からの指示に従い、艦隊内部へと進入する。十分な感覚を空けながらも、防衛軍艦艇は予定の位置へと着いていく。それは、防衛軍の陣形の1つだ。
「全艦隊、輸送艦を中心にソリッド隊形に移行を完了。艦長、全艦隊の発進準備が整いました」
副長の目方中佐が、全艦の準備が完了したことを告げた。ソリッド隊形は、対艦載機戦に備えるための陣形だ。旗艦或いは重要な艦を内側にして、周りを固めるものである。
「全艦前進、第一戦速」
「了解。第一戦速!」
東郷の指示を受けて、航海士が操舵レバーを握りしめる。徐々に前進を開始した二隻の輸送艦を囲んだ防衛軍艦隊は、足並みを揃えてさっそうと前進を始めた。
内部に配置された輸送艦も前進を始める。最初こそゆっくりと進み始める防衛軍と管理局だったが、数分ごとにその速さを増していった。
第一戦速から第二戦速へ、第二戦速から第三戦速へ、という具合だ。だが防衛軍側は、最大戦速まで出す事はできない。その理由は先と同じだ。
防衛軍には、第一戦速から第四戦速があり、その上が最大戦速の五段階に分けられる。今回は出しても第三戦速が精々の様子で、輸送艦は遅れまいと必死になる。
次第にその空間から離れて行く艦隊を見送る〈トレーダー〉の面々と、管理局の面々。マルセフは総司令の立場上、〈トレーダー〉で指揮を取っている。
そのため動けそうにない。代わりに現場指揮を東郷に執らせている訳であるが、あの老練な彼ならば心配する事はあるまい。マルセフは指令室のスクリーンを眺めやる。
「……総司令、艦隊がレーダー圏外へと出ました」
「よし……。古代司令、貴官らも一刻も早く改装作業を完了してほしい」
同じく指令室に居た古代に対して、改装の最中にある艦艇の復帰を即した。改装とは言っても、やる事は一つだ。次元転移装置の取り付けである。
これがなければ、増援に来た艦隊は次元空間内部で立ち往生という結果になりかねない。自力で転移できなければ、それこそ面倒な事になるであろう。
そしてこれと同時に、無人艦艇の建造も既に始まっている。設計図は予め持たされていた故、着工する事も出来た。とはいうものの、ドックに空きがあまりない。
多くは、エトス、フリーデ、ベルデルの三個艦隊に貸している状態なのだ。それでも、以前とは比べると修理が必要な艦数は減っている方であった。
「周辺の警戒も、今しばらくは続けなくてはなるまい。ガーウィック提督らばかりに任せられないからな」
「了解しました」
次元空間とは、宇宙空間にも匹敵する広さであろう。広大な範囲をカバーする事は並大抵ではない。元々は管理局がそれを補っていたが、連戦の影響で艦船が不足している。
さらには各所でSUSが惑星を占領しているのだ。航路には危険性が増しており、民間企業も安心して船を出せるような状況ではなくなっている。
時には管理局へ護衛の船を回してほしいとの連絡が入るくらいだ。しかし、それも望み薄である事が明白になった。管理局の戦力では到底、SUSの戦艦には敵わないからだ。
担当者の中には、管理局へ護衛を頼むよりも、地球防衛軍へ護衛を要請する者もいる。無論、それが不可能だとは言えない。
だがそれを許可した時、防衛軍の艦船は各世界へ引っ張り凧となり、拠点たる〈トレーダー〉の周囲を守れなくなってしまう。それに、今は大事な時期なのだ。
マルセフも古代も、この話を耳にした時に頭を悩ました。自分らを信頼してくれている証拠なのだろうが、あまりにも広すぎる範囲に散らばってはまずい。
それこそ戦力分散という状態になる。いくら単艦でも強いと定評のある防衛軍でも、多勢に無勢では勝ち目は無いのだ。
「ところで、ミッドチルダの現状はどうかね?」
「はい。古野間少将以下、第六空間機甲旅団の支援もありまして、ほぼ撤去作業は完了しております」
ミッドチルダは、崩れたビルの瓦礫を完全撤去を終えていた。防衛軍の手助けもあってか、当初の予定よりも早く、兵士達は一息入れられているとのことだった。
後は建設に関する業者やらが来るであろう。それに、これはある一種の機会でもあった。それは、現地住人との交流である。以前であれば、これは避けるべきことだ。
しかし、今や互いの最高指導者が話し合って協力体制を確実なものとした。ならば、管理世界の人間に隠し通す必要性も無くなったことになる。
「無用な情報流出さえ避けられれば、大丈夫であろう。市民と接するにしても、程ほどが一番だ」
マルセフはそう考えていた。余計な騒ぎ事などを起こさず、互いを理解し合えれば何よりだ。かく言う自分はと言えば、違う形でコミュニケーションを取る事となる。
「ミッドチルダのメディアが、こぞってマルセフ総司令に取材を申し込んでいるとお聞きしましたが?」
「そうなんだが、正直な話……あまり人前に出たくはない」
古代が言うとおり、ミッドチルダの情報部関連はマルセフに対して、取材を申し付けて来たのだ。いずれは、こんな事もあるかもしれないと予想はしていた。
だが、いざ申し込まれると尻込みしてしまう。軍人や政治家の集まる会談とは違い、相手は一般市民だ。下手な発言をすれば、それが何かしらの騒ぎを生むかもしれない。
メディアとは便利でもあり、厄介でもある。だからこそ、あまり顔を出したくはないのだが……。
「そうも言ってはおられんでしょう? 我々としても、この世界の住民たちの期待に答えなければなりますまい」
「分かってはいるのだがね。仕事柄からして、注意深くなってしまう事もあるものだ」
そんな事を言いながらも、彼は律儀に取材に対する受け答えをどうすべきかと考えながら、臨時に設けられた執務室へと足を向けるのであった。
地球よりも一回りほど大きい惑星、管理局登録ナンバー0006無人管理世界。巨大生物がひしめき合い、己の繁栄をただただ目指すのみ。
邪魔する者には容赦ない報復が待つ。この惑星は環境が地球と極めて酷似しており、山、平地、森林、荒野、砂漠、海、湖、と自然ありふれるものだ。
巨大生物さえいなければ、開拓して住むことも出来るだろう。その惑星の衛星軌道上へ、次元転移を終えた地球艦隊が姿を現わした。
「これが、例の惑星か」
「環境状態だけならば、人が住むには十分らしいですが……」
〈シヴァ〉艦橋のスクリーンに映る惑星を目にして、ポツリと呟くコレム。それに頷くクルー一同。資源が豊富に眠るこの惑星が、人類にとってどれ程に魅力的であるか……。
見とれている時間はあまりなく、数秒後には東郷から通信が入った。各戦隊司令だけでなく所属艦長も〈シヴァ〉に集合せよ、との連絡である。
本来ならば〈ミカサ〉に集まるべきだろうが、二〇隻以上のシャトルを同時収容できるほどの能力は持ち合わせてはいなかった。それに比べれて〈シヴァ〉が断然である。
両翼内部の格納庫を使用して、同時収容しようと言うのだ。これならば時間的節約も可能である。それに会議室の機能も、〈シヴァ〉の方が上なのだ。
「よし。整備班は直ちに待機。各司令の乗るシャトルに備えてくれ」
コレムは立場上は副艦長であるが、現在は艦長代理として〈シヴァ〉を指揮している故、出席する義務を負っていた。
「これからが大変だな……」
早くも集まり始めるシャトルを眼の前に、小さく呟くコレム。これから始まるであろう、壮絶な戦闘を前にして、苦慮しているようでもあった。
実際に会議を開いたのは、東郷の指示があってから凡そ一五分後の事であった。総勢三〇名近い司令、艦長らが集まり、副長も同伴して出席している。
〈シヴァ〉が有する大会議室内部にて、全員が席に着いた。そのメンバーの中に、防衛軍の制服とは違う人間がまた数十名いた。魔導師達である。
乗艦していた輸送艦からシャトルに乗って、移乗してきたのだ。その中には、なのは、シグナム、ヴィータ、そしてアギトの四名もいた。
(二度目になるかな……〈シヴァ〉に乗るのは)
心内で呟きながらも、なのはは集まった軍人達の顔ぶれを眺めていた。軍人らしからぬ表情の者が入れば、歴戦者を思わせる威容を放つ者もいる。
その中で彼女が実際に顔を合わせた人物はと言えば、コレムくらいものだ。他は名前や映像で見た者ばかりである。ふと、コレムと目が合う。
すると彼は軽く会釈をしてきた。それにつられて、なのはも会釈であいさつ代わりに返した。そう言えば、彼にあったのは久々な気がする……。
方やシグナムとヴィータは、初めて地球製の戦闘艦に乗った事もあり、表立った変化は見せねども、内心では驚きの一言。
(次元航行艦とは、えらく違うものだな)
あまり艦船には詳しくないシグナムではあるが、まごうことなき“戦艦”の艦内を歩いていてそう思った。警備目的が主流であった次元航行艦とは全く威容が違う。
武人としての、騎士としての勘であろうか。艦内を歩いている時の感覚に違和感を覚えた。踏みしめた時の跳ね返りとでもいうべきかもしれない。
実際に跳ね返ってくるわけではないが、厚みがあるのだと感じたのだ。そして、それこそが戦闘艦たる所以である。戦闘艦の防御の要は、装甲にあるのだ。
ヴィータはシグナムよりもさらに戦艦といった類には疎いほうだろう。元々単身あるいは数人で戦い続けてきた身なのか、それとも性格ゆえなのかはわからないが。
尤も、守護騎士団の面々は反応消滅砲の存在を、はやてに付き従うよりも以前に知っていたらしい。
とはいえ、それだけの事である。だが彼女も騎士としての直感はあった。
(この艦を相手にしたんじゃ、時空管理局なんか相手になんねぇのも、頷けるな)
思わず彼女の脳内で、上層部で苦労した面々の様子が再現された。映像でも防衛軍の活躍は見た事があったのだ。
作り物には見えずらいし、かといって自分の目で見なければ気が済まない。それが叶ったところで、確信した。
「さて、全員集まった様だな。では、これから行動の手順を説明する」
不意に彼女の視線は東郷へと向いた。他のメンバーも東郷へと視線を向け、話を聞き入り始めた。
「言わなずともわかると思うが、我々の目的はこの惑星にて資源採掘のための工場施設を完成させる事にある」
そのためには、まず我々が安全を確保せねばならん。今回、施設を建てる場所として選ばれたのは荒野であった。
データによれば、荒野地帯の地下に眠る資源が一番、採取しやすいらいく、所々には数十メートルと掘り進まずとも、鉱石に当たるという話だった。
艦船建造に欠かせない金属資源が山ほどに埋もれるこの地。これならば、採取から加工までに相当な時間はいらない筈である。だが問題も山積みだ。
建設予定地点を中心にして、北方面には砂漠地帯、西方面には森林及び草原地帯、東方面には海、南方面には山岳地帯及び森林があった。地形だけならば問題する事でもない。
何が問題かと言えば、例の巨大生物だ。何処へ向かっても、各種生物たちの巣窟にぶち当たってしまう。これは何とも面倒な場所になったものか。
コレムも頭を抱えざるを得ない。しかし、もう決定したことだ。工場を建設するために最善を尽くそうではないか。
「我々は原住生物を排除しに来た訳ではない。故に、彼らのテリトリーには決して近づかぬよう、厳命する」
「しかし、司令。万が一、原住生物たちが我々に向かってきた場合は……」
そう質問したのは北野だ。彼は気持ちとして、原住生物に手を出したくはない。無用な争いが起こり、将兵達へ犠牲を出すのは極力避けたかったのだ。
「その時は、やむを得ぬ……発砲を許可する。原住生物に手を下したくはない気持ちは分かるが、我々も将兵に犠牲を出してはならんのだ」
ただし、襲ってくるのが極力少数の場合、彼は魔導師に対応を求めるつもりでいた。魔導師は防衛軍とは違い、非殺傷設定が可能な攻撃手段を持ち合わせている。
無論、防衛軍にもそれは可能だ。だが、あくまでそれは模擬戦に使用するパラライザー位なものだ。主砲では模擬用のものしかなく、魔導師達の様に、相手にダメージを与えつつも殺しさせない等と言う芸当までは、さしもの防衛軍でもできていないのだった。
「その時は、諸君らに頼みたい。頼めるかね?」
東郷の問いかけに対して、なのはがその諾意を伝えた。続いてシグナム、ヴィータ、と他の魔導師も揃って了解の意を表した。
もしも大群で攻めて来た場合は、それこそ防衛軍の火砲で殺してしまうしかないのだが、それでも最善の事を尽くすだけだ。今更、狼狽える必要性もないと感じるなのはだった。
行動を開始したのは三〇分後の事だ。まずは降下目標地点および周辺へのスキャナーが開始された。〈シヴァ〉と〈ミカサ〉から射出された小型探査衛星一二機が配置に付く。
〈シヴァ〉のコンピューター処理能力を中心にして解析されていく。一応のデータ元は或るのだが、念には念を入れよ、との言葉もある。コレムもまた慎重だった。
数秒の後、衛星から入ったデータを纏め、既存資料との誤差が無いことを確認した。ついで、あの生物たちの姿も確認する事が出来たのである。
「副長、これをご覧ください!」
「おぉ……これが、例の生物か」
テラーの声に反応し、メイン・スクリーンに映るものを確認した。そこには翼竜らしきシルエットが、二体揃って飛んでいた。そうだ、確かヴァイパーとかいったな。
ズーム・アップされたヴァイパーを見て、記憶を引っ張り出してきた。全長およそ全長三〇メートル強の大きさのようだが、それだけでも随分なものだろう。
その他、トンボ擬きのメガルスの群体も確認出来た。そして特大の大きさを誇るデバステータも、砂漠地帯にて確認がされた。こんな所に降りねばならんとは。
注意すべき生物と環境調査が終わり、今度は地表へと降下する番になった。ここで気を付けねばならないのは、降下中に彼等に見つかってしまう事だ。
そうなれば、大群となって襲い掛かってくるのは、予想するに難しくはない。
「見つからずに降りること自体、難しいだろうな……やるしかないが」
「副長、旗艦より降下指示です!」
東郷からの指示が下されると、コレムはそれに従って〈シヴァ〉を降下させるよう、レノルドに命じる。
「よし……これより、本艦は大気圏へ突入する。降下、開始!」
「了解」
全ての艦が降下した訳ではない。輸送艦は次に降りる事となっており、まずは戦闘艦が先に降りて安全を完全に確保する事が先決だからだ。
四隻の工作作業艦と輸送艦はそのまま衛星軌道上に待機したが、万が一の事も考えて護衛に戦艦〈エスパーニャ〉他、巡洋艦一、駆逐艦二を残しておくことになった。
次第に降下していく様子を、なのは一同は艦内から伺っていた。まさか、宇宙から直接に大気圏に突入出来るとは、等と多くの魔導師達が驚いていた。
次元航行艦船はあくまで宇宙と次元空間を航行する船であり、大気圏へ直接突入していく能力など持ち合わせてはいない。例外として、〈LS〉級のみが大気圏内を航行できる。
とはいっても、やはり大気圏突入は不可能だ。次元転移で瞬時に大気圏内へ潜り込むしかない。その方が手っ取り早いのだが、〈LS〉は小型の艦船だ。
大容量を詰め込むのは無理があり、それこそ転移装置で送り込む他ない。
『間もなく、高度二万にまで降下する。魔導師諸君は、飛び立つ準備に入ってくれ』
「……だとよ。行こうぜ」
「そうだな。なのは一尉も、行こう」
「うん」
コレムからの艦内連絡が入ると、すぐにヴィータが我先にと歩きだし、シグナムもなのはに声をかけて移動を始める。他の魔導師達は準備に入った。
予定では高度一万メートルにて飛び立つ事になっている。魔導師達は皆が飛行能力を有している訳ではなく、それを可能としているのは一二人ほどだ。
残る八人は地上にて警備を行い、建設予定地周辺を守る事になっている。シグナムの後に続き、なのはは〈シヴァ〉の発艦口へと向かった。
「……高度、一万二〇〇〇に到達」
「よし。第一飛行甲板、展開用意」
次第に高度を下げていく〈シヴァ〉や他の艦艇群。予定高度で発艦させるために、予め翼の展開を用意させるコレム。魔導師達は既に待機している。
個人で空を飛べるというのは、改めて考えると信じ難いものだ。何よりも、生身で上空一万は飛行出来るのだと言うのだから、尋常ではない。
尤も、魔導師はバリア・ジャケットにより、身体を保護しているのだが、万能という訳ではないようだ。それでも、人が飛ぶと言うこと自体がすごい話だが。
「高度、一万一〇〇〇!」
「飛行甲板、展開!」
第一飛行甲板――右翼が動き始める。内部にいるなのは達も、足元がグラリと動いたことで、動き始めたことを悟る。行き止まりだった甲板出口に、光が差す。
大空へと出口が向けられた証拠だ。だがまだ飛び立つ指示は出ておらず、予定高度まであと五〇〇は残っている。風が滑走路へと流れ込んでくる。
それに僅かながら顔をそ剥けるなのはだったが、すぐに前方を見据えた。舞い込む風が、彼女のブラウンの髪を揺らし、激しく巻き上げた。
その姿がまた、凛とした表情の彼女を魅せた。やがて高度は一万へと到達すると同時に、艦内放送によりコレムから発進の合図が掛けられた。
『GO!』
掛け声共に、彼女たちは一斉に飛び出した。皆それぞれのバリア・ジャケットを纏い、大空へと羽ばたく。その様子を、防衛軍将兵達は艦橋から見守っていた。
まずは上空周囲の確保だ。〈シヴァ〉や〈ミカサ〉らのレーダーで監視をしてはいるが、迅速に動いて対処するためにも、魔導師達の力が必要だ。
次第に高度を下げていく地球艦隊に合わせて、彼女らも高度を落としていく。無論、周囲への警戒は怠ってはいない。何かがあれば、各デバイスも知らせてくれる。
この状態で降下を続ける事、およそ七分。これと言って何事も無い様子が続き、コレムや他の将兵達の最初の心配は無用のものかと思われた。
「地表まで、後六〇〇メートルです」
「異常はないか?」
「はい。周囲に反応を認めず、オール・グリーンです」
荒野地帯の周囲に他のエリアがあるとは言っても、距離は長くて一五〇キロはある。他の生物たちも、そう簡単に異変に感ずくという訳でもなさそうだ。
魔導師達も念入りに地表を警戒するのだが、やはり今のところは無事なようだった。この事は、〈ミカサ〉の東郷へと知らされた。では、次の行動に移ろうではないか。
東郷は衛星軌道上に待機する艦隊へ、降下するようにと通信を送らせる。ここまでは順調そのものである。だが、この後に行われる工場建設は、簡単にできるか?
と思っていた時だ。不意に、レーダーが異変を探知した。鳴り響く警報音に、一同は騒然としながらも、気を引き締める。ここにきて、やってきたのか!
報告によれば、接近して来るのは南方面からであり、数は推定で五〇から六〇体。全てがヴァイパーであったが、それにとどまることは無かった。
その五〇体ほどの大群の後に続いて、その倍はいるであろう数が後を追ってきているのだ。いきなりの大群を前に、コレムは苦い表情を浮かべるな否や素早く命令を下す。
これは到底ではないが、魔導師達に任せられるような数ではない。〈ミカサ〉の艦橋で東郷もまた、咄嗟に叫んだ。
「全艦、対空戦闘用意! 降下中の部隊は直ちに再待機だ。一番近いヴァイパーの群体が到着するまで、あとどれくらいか?」
「ハッ! このまま速度でいきますと……およそ、一五分前後になるかと」
「生物にしては、かなり早い方のようですね」
オペレーターの報告に、目方はやや表情をしかめながら言う。だが時間的余裕は多少残っているのだ。東郷はこれらを迎撃するための策を構築させる。
数からして、この後にもゾロゾロと出てくるのだろうが、兎に角は目の前のヴァイパーを倒さねばならない。外にいる魔導師達をどうすべきか……。
悩んだ末に彼は作戦を決定した。魔導師達に、ヴァイパーの囮を務めてもらう事だった。危険な事ではあるが、魔導師の機敏性がそれを成し得る筈だ。
真面にやり合っては、少なからず犠牲者を出してしまう可能性もある。それは避けたいためか、囮としてヴァイパーを誘い込もうとしたのだ。
「全艦、左反転八〇度。左砲戦用意!」
「全主砲、左方九〇度へ旋回」
〈ミカサ〉の主砲と副砲が一斉に左舷方向へ振り向く。他の艦艇も砲塔を旋回させ、狙いをヴァイパーの群れに合わせる。対して魔導師達は、指示通りに接触へ向かう。
相手がどれ程の知能を持っているかは分からないのだが、テリトリーに敏感な事を考えれば、必ず食いついてくるであろう事が伺える。
それに、肉食系の生物だ。人間を捕食しようと襲ってくる事も十分にあり得るのだ。だが接触を図る前に、完璧に食いつかせるための攻撃を仕掛ける事になる。
(悪気はないけど……ゴメンね)
幾ら凶暴な生物と言えども、攻撃するのには多少の躊躇いは生じた。だが、これからの戦いで生き抜くためには、避けられない事でもある。なのはは決心した。
次の瞬間には、彼女の得意とする砲撃魔法が放たれた。薄いピンク色のエネルギー弾はヴァイパーの群体を貫いた。だが、はやり効果は薄い。
魔力攻撃を受けた数体のヴァイパーが、力尽きて落下していく。だが、そんな同族を見て嘆くような連中ではない。より一層の敵対心を募らせるだけである。
一撃を免れたヴァイパーの群体は、攻撃されっぱなしで放っておくほど単調ではない。目の前に漂う一〇名ばかりの人間を目にするや、その矛先向けて来たのだ。
他の魔導師達も、なのはに合わせて牽制攻撃をすると、すぐに後退を始めた。釣られて動くヴァイパー達は、〈シヴァ〉からでも十分に確認出来る。
魔導師達は三つに分かれて、ヴァイパー達を引き連れつつも予定通りのコースを取った。魔導師達の牽制射で一〇体程が減ったのだが、戦闘意欲はなくならない。
「十分に引き付けろよ」
コレムは慎重だった。幾ら相手が生物とはいえ、撃ち漏らせば面倒極まりない事は予測できる。ヴァイパー如きに戦闘艦を落とせるとは思えないが、やはりうっとおしいだろう。
なのは達が、やがて作戦通りの距離とポイントに突入する。同時に、東郷の命令が艦隊全体へ、そして魔導師達へも響いた。
「撃てぇ!!」
全艦船の砲口が一瞬、青白い光を放つ。その僅か後に、青白い光弾が解き放たれた。一つ一つが蒼き槍となって、ヴァイパー目がけて突き進んでいく。
なのは達は、砲撃させる直前に三方向へ一斉に散開した。ヴァイパー達は目標が突然に分散したのを確認し、追撃しようとして失敗した。
目の前から迫りくる陽電子衝撃砲の束により、一四体が消し飛んだのである。突然の攻撃に対し、残るヴァイパーは標的を直ちに変更した。
「ヴァイパー、残り三六体が接近! 後続する集団も速度を緩めません!」
「やはり、逃げるようなことはないか……」
通常、軍隊であるならば三割の被害は、部隊の戦闘力喪失を意味している。だがヴァイパー達にはその様な知識は持ち合わせてはいない。
ひたすらに、排除しようとするのみだ。さらに距離を詰めて来るヴァイパーに対して、砲撃を続行させる。遠巻きから撃ち減らしていく。
それでも一八体が主砲のカバー外へ侵入を果たした。全艦艇は予め準備を終えていた機銃砲座を展開させ、残るヴァイパー目がけて掃射を開始する。
細かい光弾がありったけ打ち込まれていく中で、魔導師達は艦艇の陰に隠れつつも応戦を続ける。下手に外を飛び出ては、機銃の誤射に逢う可能性もある。
次々と撃ち落されるヴァイパーに、彼女らは複雑な気分だ。だが後続の集団が接近して来ると、魔導師達に対して収容命令が下される。
再度飛んでもらっても良かったかもしれないが、艦隊の周囲で近接格闘戦を繰り広げられようものなら、味方の対空射撃に巻き込まれてしまう可能性がある。
この命令には、特にヴィータ辺りは渋々と言う表情だったが、致し方ないと言う形で〈シヴァ〉艦内へと戻っていった。負傷者はおらず、ひとまずは安心するべきだろ。
収容が完了した後、ヴァイパー相手の対空戦闘は、三〇分近く続いた。総数は概算で三〇〇体とされ、これらを残らず撃ち落とすのは至難な事ではないかと思われた。
「怯むな、撃ち続けろ!」
殺すのは忍びないのだが、これほどの大群で来られていては、同乗している余地はない。コレムは心を鬼にして叫んだ。機銃群は休むことなく、兎に角も撃ち続けた。
蒼い光弾のシャワーがヴァイパーを次々と撃ち落していく。主砲の射角外に迫った彼らは、破壊も出来ない鋼の要塞相手に、果敢に攻撃を繰り出してくる。
その様子はスクリーンからでも嫌と言うほど見えた。かみ砕けもしないのに、主砲の砲身に齧り付くヴァイパーを吹き飛ばす。砕け散る頭部、そして血肉の量……。
人間とは違う、紫色の血液が飛び散る度に、地球艦に新たな塗装を施していく。それは綺麗さや芸術とは無縁のものであり、殺戮の殺戮の証である。
どの艦艇も紫色のペンキを塗りたくられていく。果肉もこべり付いていく。艦内に居るからいい物を、外に居たら気が狂ってしまうのではないだろうか。
余りにもグロテスクな光景が繰り広げられていくのだが、戦闘中の彼らにそれをじっくり見る余裕はなかった。
地上には墜落したヴァイパーの死骸が転がっている。無論、地球艦隊に被害はない。無いのだが、兵士達は精神的にダメージを負ってしまった。
幾ら戦争で敵を葬り去っているとはいえ、全ては敵艦ごと葬り去っていることばかりだ。今回の様なパターンはまるでなく、生々しく映る外の様子は苦痛そのものだった。
これを掃除しなければならないと考えると、頭の痛くなる思いだ。人間の遺体ではないとはいえ、これもまた辛いものだろう。と、考えていた時だ。
災難は単発で終わる様子はないようだ。レーダーには再度、数十という反応を示している。しかも、二〇〇……いや、それでは効かない、数百に昇ろうかと言う数だった。
その反応は北方面からのものだった。ヴァイパーをも上回るのではないかと言う、メガルスの大群である。新手の出現に、一同は呆れに近い溜息を吐いた。
「一段落ついたと思ったら……」
「半端な数じゃないな、これは」
ジェリクソンは忌々しげな眼で睨み付け、レノルドは半ば呆れ顔で眺めやる。以前の『レベンツァ会戦』もそうだったが、どうしてこうも運が悪いのだろうか。
疫病神でも付いているのではないだろうか、と誰を責めようもない愚痴をこぼすのはテラーだ。副長席では、コレムも苦心の表情を浮かべている。
「この騒ぎに感づいたのかもしれんな」
「無理もないでしょう。これだけ激しく暴れたんです」
コレムは奥歯を噛み締める。それに対して、落ち着いた様子でハッケネン技師が解説する。人間よりも遥かに優れた五感機能を有していてもおかしくはなかった。
僅かな異変を探知し、集団となって排除しに来たのであろう。第二ラウンドへのゴングは、既に鳴らされているようだ。ここで上昇して逃げても無駄だ。
時間を見て降りたとしても、また襲い掛かってくるに違いない。逃げずに迎撃すべきだ、と〈ミカサ〉でも同じ命令が下される。
「今度は虫が相手だ。ヴァイパーよりもすばしっこいぞ、気を引き締めろ!!」
「全砲、コスモ三式弾装填、右方戦用意!」
ジェリクソンの指示で〈シヴァ〉の砲塔が全て右方へと旋回し、メガルスの群体へ向けてその砲身の狙いを定める。
それに対してトンボ擬きの昆虫達は、新たに侵入した外敵を落とそうと迫りくるのだが、彼等は地球防衛軍の恐ろしさを知らない。
いや、知っていたとしても逃げはしないだろう。自慢の鋭い尻尾の針が、防衛軍の装甲を貫ける筈もないのが分からない。そうだとしても、突っ込んでくるのだ。
それは死兵の如くと言っても過言ではない。自慢の鋭いハサミと、尻尾の棘で刺し殺そうとする強い意志。殺意の塊と化して向かって来るその様に、魔導師達も慄いた。
虫であるだけに、数は途方もない。あの無人兵器であるガジェット・ドローンに比べればまだ良いのだろうか。そんな事さえ考える次第であった。
艦内へ退避していた、なのはやシグナム等は、艦内テレビから外の様子を窺いながらも、先の様な事を考えていた。
(こんな所をキャロが見たら、不味い事になったかな……)
後輩であり、友人のフェイトが保護していた幼い魔導師キャロを思い浮かべる。召喚獣を使う彼女からすれば、この虐殺に等しい戦闘は刺激の強すぎるものに違いない。
加えてキャロとは違い、昆虫タイプを使役する少女がいるのだが、その少女が見たら卒倒してもおかしくないだろう。ましてや、この惨状だ。
魔法ではありえないであろう、血肉の飛び散る戦闘。一般人なら直ぐにでも気が狂ってしまう。ここにいる魔導師達は、辛うじてそのような事はなかったが……。
ふと、画面が一瞬だけ青白く発光した。防衛軍の主砲が発射されたのだ。主砲から放たれた青白い槍が、メガルスの正面で漏斗状に炸裂する。
それに巻き込まれた数十羽が、四肢をバラバラに分断されて墜ちていくのが見える。それでも数が減った様子は全く見受けられない。
ヴァイパーとは比較にならない量を前に、ひたすら防衛軍は主砲を撃ち続ける。どれだけ撃ち続ければ良いのか、そんな考えすらも持てなくなるほどに……。
〜〜あとがき〜〜
どうも、第三惑星人です。
また遅めの更新となりまして、申し訳ないです。近々、地震が頻発していますが、大丈夫でしょうか?
関東で一年ぶりの震度五を観測したようで……私は地震直前に目覚めたもので、焦りました(地元は震度三で済みましたが)。
何故か地震直前に目が覚めてしまう……気づけないよりは断然いいのですが、突然で動くに動けないのが現状です。
さて本文の方をば……。本当でしたら、この資源惑星ネタを短めにしようと思いましたが、書いているうちに長文となりました……。
ですが、次回でこれを絞めたいと思います。大抵のネタはあつのですが、どう繋ごうかと苦心中……。
それにしても、新作ヤマトが早く見たいですねぇ〜(最近はこればかりw)今か今かと待ち遠しい気分!
〜拍手リンク〜
[一二五]投稿日:二〇一二年〇二月二六日二二:五六:五七 EF一二 一
更新お待ち致しておりました。
ようやく資源採掘地の目処がついたかと思いきや、いやはやとんでもない星というオチがつきましたね。
まあ、他にあてがなければ仕方ないし、管理局にもメリットはありますからね。
とはいえ、まさか戦艦サイズの巨大怪獣と相対するとは。
地球防衛軍の面々の脳裏にはゴジラのテーマが流れているのではないでしょうか?
後年、『地球防衛艦隊VS魔法戦隊』(管理世界側:『時空管理局VS宇宙艦隊』)シリーズの映画やTVアニメが制作されたりして(爆)
>>感想書き込みありがとうございます!
巨大生物ネタは正直どうしようかなと思いましたが、実際にヤマトでも登場しているので良し!という事になりました。
実際にゴジラと対当したら、防衛軍は無傷では済まないでしょねw ゴジラの放射熱線とか馬鹿に出来ません(地表から宇宙の隕石を狙い撃てますからねw)
両世界でアニメ化……もしあったとしたら、一体どんなお客が引っ掛かるやらwww
[一二六]投稿日:二〇一二年〇三月〇五日二一:四五:四一 KIRIE
どうせ管理局は害獣駆除したら自然保護がどうの動物愛護がどうのと喜び勇んで難癖つけるんでしょうね。こいつらは妙な温情や何かあった後の改心抜きにもちっと痛い目あったほうがいいんでないかしら。
しかし正直、なのはが入っていると主人公補正のない世界では主役級以外が壊滅しそうと感じてしまう。指揮をしろ指揮を。
>>書き込み、感謝です!!
管理局は保護重視でしょうね。それゆえ、動物類に対する考えと言うのも、強いのでしょうが……。
しかし、それで避難されては、提供した管理局としても面子が潰れてしまいますから、その様な事はないかと思います。
押して頂けると作者の励みになりますm(__)m