地表に広がる大自然は、人の手が付け加えられていない事を証明しているようだ。それが此処、無人管理世界に登録された惑星、コード名0006である。
豊富な地下資源が眠り続け、その余りにも魅力的な代物を手にしようと魔導師を始めとする人間が降り立った。しかし、それは原住生物である彼らによって挫折を余儀なくされる。
無法地帯とも呼べるこの世界で、新たに足を付けようとしていたのは地球防衛軍だ。管理局との交渉の末に、資源惑星として譲与される事になったのだが……。
  誰が好きでこの様な危険な惑星に降り立たねばならないのか、という文句は押し留めるとして、防衛軍の面々はいきなりの“華々しい出迎え”を受ける事となった。
それは花で装飾された送り物でもなければ、美人美女、美男子のお出迎えでもない。ましてや歓声を上げる住民でもない。あるのは、己を抹殺しようとする原住生物の攻撃のみだ。
防衛軍は降下早々ヴァイパーとメガルスの“歓迎”を受ける事態となった。しかし、相手が何であろうと容赦のない彼等の攻撃は防衛軍を撃退するのには無力といってよく、逆に彼らの方が、容赦のない殺伐の標的になったのだ。
彼等原住生物にハッキリとした表情の表現があるとするならば、愕然とした事は間違いないのではないだろうか。その大虐殺とも言い取れる戦闘は、二時間は続いた。
  戦闘を終えてなお、防衛軍は健全な姿を見せていたのは、予想するに難しくはなかった。しかし、その威容と雰囲気は勝利に湧きかえるようなものではない。
どの艦艇も汚れがあった。単なる汚れではない、生々しいまでの血と肉塊が付着した汚れだ。尋常ではないその汚れは、中に居る人間をも滅入らせるのに十分だった。

「副長、後四五分程で清掃は完了いたします」
「ご苦労。くれぐれも、クルーの体長には気を使うようにしてくれ。ケネス大尉も、気分を害したクルーの手当てを随時、お願いします」
『了解しました』

  〈シヴァ〉第二艦橋で、艦外清掃の進行状況を聞いたコレムは、作業中のクルーを中心にメンタリティの管理に気を付けていた。その気遣いは当然だろう。
艦外には減ったとはいえ、巨大生物の肉片と体液がこびりついている。初めに交替で艦を海に突っ込ませ、大半の体液と肉塊を洗い流したものの綺麗になったとは言い難い。
それだけではなく、これには衛生的な問題もある。腐敗した破片で疫病が広がっては目も当てられない。そのため、全艦艇で清掃作業を執り行う事となった。
外に出た作業員たちは揃って、露骨に嫌そうな表情を浮かべつつも清掃に取り掛かった。しかし、やはり延々と続くような光景に、滅入ってしまった者が続出したのだ。
時間を見て交代制に行うのだが、それでもまだ終わらない。特に〈シヴァ〉は全長四五〇メートルもある巨艦だ。完全に清掃するには相当な時間を要するであろう。
  ここまで装甲が汚れるなど、今までなかったことだ。勿論、艦隊戦で装甲が傷ついて焦げ跡を残すのは日常茶飯事で、今回は焦げ跡ではなく血と肉だが……。
メガルスの大群には、相当に苦戦させられた。一匹残らず排除する事など実際に出来なかったが、それでも軽く五〇〇は超す数を撃ち落としたのは間違いない。
  そして最後には親玉――メガドラスの登場である。一対の巨大な羽をばたつかせながら、防衛軍へと襲い掛かった。が、結果は目に見えて単純なものだ。
親玉というだけあって、防御も硬かった。しかし、ショックカノンの前には、巨大生物たるメガドラスも耐え続ける事は難しかったのだ。
巨大なハサミで戦艦を切断しようとしたのだが、接近したところを運悪く撃たれた。零距離射撃によって腹部から撃ち抜かれてしまい、メガドラスは儚く散っていった。

「……工作部隊の方は進んでいるのか?」
「はい。既に、我が方の工作艦二隻と管理局の輸送艦二隻が、作業に入っております」

無事にエリアの安全を確保した防衛軍は、衛星軌道上に待機させていた輸送艦部隊に作業を実行させた。防衛軍が連れてきた工作艦〈ウィンダミア〉と〈蓬莱丸(ホウライマル)〉は、管理局輸送艦よりも早く降下し、掘削準備に入った。
  この艦は、短時間に資源採掘を執り行うために開発された、特殊任務艦である。〈ウィンダミア〉は掘削作業艦であり、〈ホウライマル〉は加工作業艦の役目を持つ。
大がかりな向上を建設するよりも、採掘作業にスムーズに入れるため、何かと重宝される艦種だった。だが、あくまでこれは時間節約を任されたに過ぎない。
いずれはきちんとした工場設備を建造し、そこで大量採掘を行うのがベストであるのだ。その向上建造のために、管理局の輸送艦がチャーターされていた。
  この特殊工作艦は、地球以外にも使っていた国家が存在する。それがデザリアム帝国だ。彼らは戦争を優位に進めるために、資源エネルギーを欲していたのは説明した。
ガミラス星とイスカンダル星に眠る地下資源を採掘しようとした際、デザリアム軍は、採掘艦、加工艦、輸送艦の三種類を用いて、採掘作業を行っていたのだ。
何よりもこの発想の利点は、作業をいち早く執り行う事が可能である上に、撤収にも多大な時間を要する事が無い、という事にある。
しかし、彼等デザリアム軍は、たまたま立ち寄ったデスラー総統率いるガミラス残存艦隊に見つかり、怒涛の攻撃を受けて全滅している。
  そして防衛軍は、特殊作業艦を造るに当たり実際にそれを見た訳ではない。彼等は元々、作業機材を輸送しては組み立てて、資源採掘を行う方式を取っていたのだ。
それが改められ始めたのは、デザリアムの生き残り、レーグ少佐の協力に他ならない。おかげで防衛軍の採掘スピードは二倍に上がったのも事実だ。

「副長、船団より連絡です。採掘作業は順調、加工処理が終了次第、搬出可能状態にするとの事です」
「さすがだな。産出量は少ないとはいえ、短時間で資源を手にできるのは嬉しい限りだ」
「そうですね。管理局の輸送艦も随時代わり代わりに来るようですし、早い期間の内に〈トレーダー〉へ輸送できますね」

テラーが船団からの連絡を読み上げ、コレムとパーヴィス機関長が感心した。如何に早く採掘し、〈トレーダー〉へ供給すべきか。この問題が解決されたと言っても過言ではない。
  後は管理局から運ばれてくる工場設備、及び備蓄用倉庫の資材を組み上げれば、より本格的な採掘段階に入れる。と言いたいところだが、彼等には問題が残されていた。

「デスバテータの到着に、そう時間は掛かるまい」

そうだ、あの三〇〇メートルもある巨大なカブトガニ擬きがまだ残っているのだ。今はまだその姿を見せないが、いずれ工場へ向かって来るのは目に見えていた。
何せデスバテータは、砂中に潜む性質を持つ上に、振動により敏感なのだという。ということはだ……採掘艦や工作艦の騒音を嗅ぎ付けて来るに違いない。
襲い掛かってくる手前でデスバテータを捕捉できるかと言えば、難しい事でもない。衛星軌道上を回遊している探査衛星で、彼らの動きを確認するのである。

「地中に居るから、発見は簡単ではないだろうが……」
「ですが地中にいるとしても、そう深くもないでしょう。地中で移動すれば、地表でも隆起などで分かります」

  そう答えたのはレノルドである。巨体が幾ら砂中に隠れようとも、動いたときには地表に変化が現れるという。確かにそうかもしれない。
何せ、三〇〇メートル級の生物なのだ。そんなものが砂中で動けば、その分だけ地表は膨らんで見える。
とはいえ、砂中に居る相手にどう戦うべきか、悩ましいところでもあるが、戦えないという話でもない。
防衛軍主力兵器の陽電子衝撃砲(ショック・カノン)が、地中に対して全くの無力という事でもないのだ。艦砲と言うだけあって、ある程度の地下への攻撃も可能である。
  問題は相手が潜伏する深さまで届くかであるが、コレムや東郷らにしてみれば、それほどあてにしてない。やはり、地上へおびき出すのが最上の方法であろう。

「稼働が始まって、まだ半日も経過していないが、感づいているか?」
「有り得ない話ではないでしょう。先のヴァイパー、メガルスの大群が良い例です。常識はずれの知覚機能を、デスバテータが持っていてもおかしくはありません」
「そうだな。早いうちに対応策を考えておいても、損はあるまい。東郷司令にも対応策を講じて頂こう」

テラーに指示して〈ミカサ〉への通信を繋げさせると、コレムは東郷に対して己の抱く不安と予測を述べて対応を迫った。この事には東郷も予測済みだったらしい。
いつ出て来るかも分からない巨大生物の対応すべく、衛星の監視を現にさせると同時に、建設予定地から三方に対して部隊を配置して警備に当たらせる。
  特に注意すべきは、森林及び山岳地帯に潜伏しているだろう、ヴァイパーとメガルスの大群だ。彼等とは既に交戦済みであり、また来襲してくるかもしれない。
そして海はまだ何の変化もない。このまま平穏さを持ってくれれば良いのだが、監視の目を緩める訳にはいかなかった。そして、残る砂漠地帯だ。
デスバテータが接近して来るのであれば、工場の手前で防衛するのはよろしくない。出来うる限り遠くで防がねば、取り逃がした時が怖かった。
取り逃がさぬためには、積極的に囮役が奮闘せねばなるまい。工場の騒音よりも、囮が発する騒音と、何よりも彼らのテリトリーに入る事。これが必要だ。
  勿論、大量のデスバテータを迎え撃つための兵力も、それなりに用意せねばならない。かといって、工場の直営部隊を空にする訳にも行かないのだ。
悩ましいと思いつつも出された案。砂漠地帯方面へは戦闘空母〈イラストリアス〉に戦艦〈ウォースパイト〉、巡洋艦〈タナトス〉〈青葉(アオバ)〉、駆逐艦〈ヘンリー〉〈ジョンストン〉の計六隻が派遣される事となり、デスバテータの来襲に対応することになった。
  同時に魔導師も分譲する予定で、飛行能力を有する者を三名とのことだ。巨大なデスバテータの注意を逸らすとはいえ、危険な任務を背負う事になる。
それ故に抜栓されたのは、ある意味でお決まりだったと言えるかもしれない。なのは、シグナム、ヴィータの三名に加え、ユニゾンであるアギト。
歴戦の魔導師二名にエースなら、上手く出来るかもしれない。またアギトの場合は、シグナムの融合騎として一体化する。
コレムも、この人事に賛同していた。他の魔導師も無論、優秀な者達だ。それはあのリンディも保証する所である。それでも彼女らを選ぶには、それ相応の理由あってこそ。
エースと呼ぶだけの実績は積んでいる筈だ。でなければエースと呼称される事もあるまい。コレムは通信を終えた後に、そう思いながらも再度席に座した。





  広大な砂漠は、地球の砂漠とは何ら変わりない風景だ。いや、風景と言っていいのだろうが、それこそ殺風景すぎているのも変わりない。
そんな人など住まう事のない、恐怖が住み着く砂漠地帯の上空に彼等はいた。軍艦が六隻、戦闘機が三〇機、そして魔導師が三名だ。軍艦はその空域にてホバリング状態にある。
だが残る戦闘機隊と魔導師隊は留まってはいなかった。彼らは盛んに飛び回り、何かを引き連れている。そう、あのデスバテータだ。それが追いかけているのだ。
三機一組となって編隊を組み、デスバテータをおびき出しては集中砲火で撃退していた。吊られるデスバテータは、相手の舞台で踊らされているとは思いもしない。
  囮となった戦闘機に気を取られているところに、上空からのミサイル攻撃とパルスレーザーの弾幕。固い甲羅を持つデスバテータでも、耐えきることはできなかった。

「第三、第四小隊、目標α群を撃破!」
「第八小隊が新たにDを捕捉。第七小隊も別のDを捉えました」
「これで一三二体目か……」

  北方方面部隊、旗艦〈イラストリアス〉の艦橋に入る報告に、幾度目かわからない嘆息をつく男性。艦長席に座り、右手を顎に当てながら、戦況を伺っている。
当艦の艦長を務めるカール・フレーザー大佐だ。そして、臨時編成された部隊の司令も務めている。外の戦況は、現在は防衛軍側の思惑通りに事が進んでいるようだ。
予想通りに騒音を嗅ぎ付けてきたデスバテータを迎え撃つべく、彼らは先に出向いて囮役を演じたのだ。デスバテータは、見事に目標を変更した。
  その後は、艦載機隊と魔導師による追いかけっこの始まりだ。魔導師達は一人で多数のデスバテータを引きずり回して、防衛軍艦隊へと連れ込んで来る。
それを待ち構えた艦隊が、主砲戦で片っ端から叩き潰していったのである。しかし、撃退している割には数が一向に減る気配がないのが、極めて厄介であった。
以前のヴァイパー、メガルスとは違い、数百単位で纏まって来ている訳ではない。最高でも一〇体単位で行動しているようだ。それがさらに数百組、一千組はいるかもしれない。
  全てを叩く必要はないが、戦闘終了までは途方のない時間が続くのである。おかげで艦載機隊などは弾薬が欠乏してしまい、残るはパルスレーザーのみという状況。
さすがにそれだけでは、あの巨大生物を仕留めるのは難しかった。時折〈イラストリアス〉に着艦し、再度の弾薬補充を行うことになる。
その間、三人の魔導師は相手を引きずり回し、よく活躍してくれていた。艦隊側やパイロット達も、それに応えるべく砲撃し、あるいは飛び立ち、デスバテータを撃退していく。
  それでも、爽快な気分とはならなかったが……。

「巡洋艦〈タナトス〉、駆逐艦〈ジョンストン〉、デスバテータ二体を撃破!」
「戦艦〈ウォースパイト〉、一体撃破。F群を撃滅!」

淡々と挙げられる戦果だが、やはり喜ぶ気にはなれない。ショック・カノンによって頭部に風穴を開けられたデスバテータが、虚しく砂上に沈んでいく。
  そんな仲間の死骸など目もくれない。あの時と同じだ。ひたすら侵入者を追い出そうとするだけの行動。同情心など欠片もないのだ。
毒々しい液体が砂漠に滲む光景には、思わず目を背けずにはいられない。それでも、砲撃主たちは襲い掛かる巨大な殲滅者を殺さなくてはならなかった。
艦載機の対艦ミサイルにより、甲羅を破壊されるデスバテータ。艦載機隊は魔導師に負けじと必死に引きずり回し、ミサイルや対艦レーザーを放って沈めていく。
  このような光景が四〇分も続いた頃、艦橋の通信機に幼い声が響いた。それは、魔導師の一人であり、守護騎士団(ヴォルケンリッター)の一人でもあるヴィータであった。
 
『ルアーUよりロッドTへ、三匹食いついて来た! そっちに引っ張るから遠慮なくぶちかませ』
「ロッドTよりルアーUへ、了解した。規定空域で離脱してくれ」

通信士が応答し、指示を与える。ルアーUとはヴィータのことを指しており、文字通りの擬似餌となって艦隊へと連れ込んでくる。ロッドTとは〈イラストリアス〉のことだ。
艦名で読んでもよいのだが、時間的な短縮をするためにもこうした略称で、彼女らは呼ぶことになっていた。それにしても見かけによらないとは、よく言ったものだ。
フレーザーはそう思いながらも、各艦艇に砲撃戦を命じる。他の艦載機隊もよくやっているのだが、機動性において上回る魔導師のほうが、小回りが利いている。
  スクリーンにアップされるヴィータと、後方から迫る巨大な影。怒涛の迫力で迫るデスバテータには気も縮んでしまう。地上にいたら、腰を抜かすことは否定できないだろう。
彼女ら魔導師は、それぞれがルアーTからVとして、指示通りにデスバテータを引き連れくれる。一人で五体、六体と引き連れる強者もいる。全く、頼もしい限りだ。

「レディが新たなお客を連れて来るぞ、本艦および〈ウォースパイト〉は、照準を合わせよ!」

あまり冗談を言うほど、柔らかい人ではない。だがそうでもしないと、重いままの気で任務を続けられそうにもなかったからだ。副長のクリストファー・マリノ中佐も復唱する。

「第一、第二砲塔は左旋回三〇度。目標、ルアーU後方のデスバテータ三体だ」

  〈イラストリアス〉が砲撃しようとするのに合わせて、〈ウォースパイト〉の砲塔も動き出す。だが、ここでレーダーは別の集団を捉えており、判断の修正が必要になった。
それは別の魔導師が引っ張りまわしているもので、ルアーTが担当している。見れば一〇体も釣れているではないか! なんともまぁ、彼女らの行動には感服するばかりだ。

「手の空いている艦載機隊はあるか?」
「……駄目です。どの部隊も補給あるいは攻撃中で動けません」
「仕方ないか……手の空いた艦艇のみでよい。ルアー二の後方いるG群に攻撃を集中させるぞ」

他の艦艇は別の標的を攻撃中だが、余裕が持てたのは〈イラストリアス〉と〈ウォースパイト〉、そして巡洋艦〈アオバ〉と駆逐艦〈ヘンリー〉だった。
ルアーTとUは、それぞれ一一時と八時方向から迫っている。そこでフレーザーは〈イラストリアス〉以下艦艇を左舷一一時方向へ、その場で一斉回頭させた。
  〈イラストリアス〉は前部方向しか主砲がない故、前面集中攻撃に専念する他ない。他の艦艇は前後へ攻撃が可能であるため、前部砲塔はG群を集中して狙える。
後部砲塔はもう片方の三体を狙う形となった。そして、ルアーUことヴィータもまた、単身で懸命に複数のデスバテータを引きずり回していた。
戦闘前に開いたブリーフィングでは魔導師に対して、見た目が見た目だけに不安な気持ちもあったが、模擬訓練の例もあるのだから問題はない筈だ。
こうして実際に囮を務めてくれているのだし十分に、いや、それ以上の期待があった。とはいえ、何故かしらヴィータは、会議でやや不満げな表情ではあったが……。





  先の通信を切ったヴィータは思わず毒づく。

(ベルカの騎士が奴らの餌役(ルアー)とは、いけ好かねぇ)

後ろから大音響と地鳴りと共に追いすがってくる生物にちらりと目を向けた。形状は深海にいる兜蟹とエイの合いの子に見えるが、スケールが違い過ぎるのだ。
全長三〇〇メートルの巨体が、時速三〇〇キロ以上で砂漠をトビウオのように突進してくるのだ。資料で見ていたとはいえ実際に目で見ると、その姿は圧巻ですらある。
かつて資材採取のために手を入れようとしたカレドヴルフ社、またはヴァンデイン社、そして管理局が“殲滅者”と呼んでいたデスバテータ。
  過去における悲惨な事件は、彼女のみならず、多くの局員が知るところだ。無論、デスバテータによる襲撃だけではない。
あのヴァイパーとメガルスによる大群の襲撃を受けている。管理世界の移住者では手も足も出ず、彼らに家や街ごと殲滅される。
魔導師であっても高位の者でなければ返り討ちに合い、時には対応しきれない数の前に、押し潰されていったのだ。
そんな出鱈目な生物達が、この惑星の砂漠地帯を数千匹という単位で跳梁跋扈しているのだと思うと、彼女もまた呆れる気持ちで一杯であった。
  だが彼女の内にあるのは、呆れるというよりも不満げな気持ちだ。それはフレーザーが感じたとおりのことで、彼女は自らの囮役というのが性に合わないのだ。

(一匹が相手なら、タイマンで片付けてやりたい……が、命令上そうはいかねぇ)

何よりその行為は、はやてに迷惑がかかるのだ。闘争心の誘惑に抗いながら必死で離脱ポイントへ飛ぶ。

『ルアーTよりロッドTへ。ルアーUと克ち合ったが大丈夫か? こちらは多少引きずり回せる』
『ロッドTよりルアーT、問題ない。そのまま予定通りに飛んでくれ』

  遠くにルアーT(シグナム)が遠くに見える。さらに彼女の後ろに一〇匹近いデスバテータが追いすがっているのもだ。瞬間、彼女の心に対抗心がムラムラと頭をもたげる。
はやてがあたし達の主になる前より、あいつはそうだった。あたしが一をすれば二を達成する、二にすれば四をやっている――負けてたまるか!
そう意気込むなり、ヴィータは再び〈イラストリス〉へ通信を入れた。

「ロッドTへ、次は倍持って来てやるぞ!」
『……あまり無茶はしないでくれ』

彼女の威勢にやや押され気味なオペレーターの様子。それになりふり構わず、彼女は離脱ポイントに着いた。直後、低空飛行から一気に高度を上げ、あの兜蟹モドキを振り切る。
  その瞬間、砂丘の向こう側……胡麻粒にしか視えない程の遠くから、戦艦〈ウォースパイト〉他二隻による砲撃が始まり、次々と発射炎を煌かせた。
それは目標を見失い、怒りのあまり突進を続けるデスバテータの正面で炸裂した。戦艦、巡洋艦、駆逐艦ら複数のショック・カノンは、狙い過たず奴らに突き刺さる。
生命体としては分厚い生体装甲――甲羅を持ち、ちょっとした魔法弾など跳ね返してしまう筈のデスバテータがもんどり打って失速した。その弾みで凄まじい量の土砂が舞う。

「目標に命中」
「目標、失速!」

  今までの魔法弾など、比較にならないエネルギーの余波が外れてなお、地面の砂を叩き、奴らを上下逆にひっくり返してしまったのである。
もちろん命中した個体も無事では済まない。甲羅が穿たれ内部構造を破壊され、体液を沸騰させられる。僅か一斉射で狩りたてる側は、狩られる獲物になり下がっていた。
三斉射でヴィータの連れてきた集団は全滅した。同じくして、シグナムの引き連れた集団に対しても、集中砲火が行われていた。寸分の狂いなく、それは命中する。
戦闘艦から青白い光弾が次々に撃ち出され、その量と同等の死と破壊が量産される。この時点で駆逐され殲滅された個体は、加算されて一五〇に達するだろう。
  それでも二派、三派と続けば利口な奴も出てくるものだ。砂漠の砂に潜り込んでショック・カノンをやり過ごそうとする。
しかし、ショック・カノンや実弾兵器であるカートリッジ弾の着弾による衝撃により、強制的に砂中から叩き出されてしまった。
他にも一方的な殺伐を感じたのか、敢えて迂回行動をとるものもいた。本当の狙いは建設中の資材工場だろう。
  縄張りにうるさい彼らは、自分達でない“よそ者”などこの惑星に存在することなど許さない……のだが、生憎と今は艦隊が囮役を担っている。
故に、デスバテータの目標も艦隊に変更されている。防衛軍はただひたすら、デスバテータを沈めていくものの、次第にに対処しきれなくなっていた。
疲労も蓄積してくる。魔導師たちが次の集団を引き連れて戻ってくると、フレーザーも迎撃を命じる。が、ここで不手際が生じてしまった。

「!? 全滅していません、一体が掻い潜ってきます!」
「衝突まで、およそ四〇秒!」
「ボサッとするな、全砲門咄嗟戦! 同時に回避行動をとるぞ!!」

  〈イラストリアス〉艦橋で叫び声を上げたのは、オペレーター達だ。それに対して矢次に命令を飛ばしたのが副長のマリノだった。
幾ら相手が生物で、自分らには戦闘艦が六隻いるとはいえ相手がその二倍、三倍と出てきては撃破は難しくなる。
全滅させることができずに、一体が舞いあがった砂の粉塵の中から飛び出し、艦隊へ猛進してきたのだ。砂でレーダーが利かなくなる隙を突かれてしまった!
デスバテータは動揺した艦隊へとさらに接近する。砲塔は急ぎ旋回するのだが、間に合うかも怪しいところだ。
  しかし、そこに別の通信が割り込み、もう一人の女性の声が響いた。

『ロッドZ、撃ちます!』

防衛軍の戦闘艦六隻を釣竿と称し、TからYの番号を振るのは前に決めたことだからよい。しかし、ロッドZなる番号は振っていない。
そしてロッドZと名乗った女性が行う、その砲撃は防衛軍一同を驚愕させることになる。艦隊上空に一点のピンク色の光が輝く。
見るからに何かエネルギーを収束しているかのようだ。それが銃でもなく、火器兵器でもない、デバイスとされるものだった。
ロッドZと名乗った本人――高町 なのはによる、魔砲が今まさに放たれようとしている。防衛軍兵士たちは、その瞬間をまざまざと目に焼き付けた。

「エクセリオン、バスター!」

  強烈な衝撃波が、猛進するデスバテータの斜め上方から襲った。三〇〇メートルもの巨体が砂漠に叩きつけられ、無様にも地を這わさせる羽目となった。
激しく舞い上がる大量の砂、そして悲鳴のような鳴き声を上げるデスバテータ。その声も、聞き心地の良い音色とは程遠いもので、耳を劈くものだった。
唐突に邪魔をされてしまい怒りの咆哮を上げているのだろうが、これは砲撃ではない。魔法砲撃の弾道“バレル”を展開したにすぎないのだ。
  つまり、彼女の攻撃はまだ終わっているわけではない、というこでもある。

「ブレイズ」

彼女の杖から桜色の球体が発生し、そこから四条の光線がデスバテータに伸びていく。一条目こそ生体装甲に弾かれたものの、残り三条が装甲を貫き固定する。
その場に固定され、もがくデスバテータ。細長い数本の足で砂をかき分け、その場から動き出そうとする。押さえつけている条は今にも外れそうだった。
  が、これもまだ砲撃ではない。本命を命中させるための軌条“レール”でしかないのだ。この次の行動こそが、この女性が持ちうる高火力の砲撃だ。

「シュートッ!!」

掛け声とともに三条のレールの中央部――杖の先端部から、桁外れ大きさの桜色の光条が放たれた。砂上で固定されているデスバテータに向かって伸びていく。
やがてそれが目標に到達すると、壮絶な轟音を上げるとともに、先ほどよりも多くの砂を巻き上げた。その光景には思わず防衛軍一同も息を呑む。
舞いあがって出来た砂煙も、次第に晴れてくる。完全に砂煙が消えたとき、そこにはデスバテータの姿はなく、巨大なクレーターと天に立ち昇る噴煙が残るだけだった。






「化……物」

  〈イラストリアス〉の艦内では、戦慄と恐怖が支配していた。彼女の戦闘能力は模擬選でも見ている。あの威力なら空間騎兵隊の戦車など、ひとたまりもない。
クルー達のみならず、他の艦艇でも同様の笑い話になった程度だ。所詮一人の力など集団の力には適う筈がない、魔導師など艦隊戦で役に立つ筈がない、と侮ったのだ。
それが何だ、この事実は? たった一人の魔導師が、戦略兵器並の破壊力を叩き出したではないか。それこそ、まるで歩く波動砲(タキオン・キャノン)とでも言うべきだろうか。
  タチ(・・)の悪い冗談だ。いや、すでに冗談にもなっていないではないか! 地球連邦なら即拘禁の上、流刑すら考えられるのだ。

「正直、あの攻撃に対して、この艦の装甲が堪えられるか……自信が持てませんよ、艦長」

冷や汗を浮かべているマリノが、声を震わせて呟いた。

「計算上では防御が可能だ。だが、彼女は更に上位の魔法を有しているらしい。見せないのも抑止力の内……か」

フレーザーも拳を頬に当て考え込む。態々管理局は、今回の工場建設にあたり警備員の一人として彼女を送り込んできたのだ。
そして今回の無人世界譲与の件に関して、管理局と防衛軍の上層部同士でゴタゴタがあったのは知っている。
  それでも管理局が譲ったということは、何か裏があると思ったが……。

「副長、管理局もこの世界を我々の好き放題にさせる気はないらしい。恐らく彼女は、そのカードの一枚だろう。それも……彼女の意思に関係なく、だ」

作戦前のブリーフィンング、その席で“何処の新入社員”と勘違いした程の彼女、誰に聞くわけでなくフレーザーは言葉を紡ぐ。確かに、彼女の意志は関係ないかもしれない。
なのはは自分の意志で参加したつもりであろうが、それは上層部――リンディなどを除いた者達にとっては、ある意味好都合でもあったのだ。
  幾ら戦闘艦が強力とはいえ、人としては十分過ぎる力を持っているのだ、と知らしめたいのだろう。そして思惑通りか、防衛軍将兵は魔導師の力を再認識する事となった。
どこの人間かは知らないが、よくもまぁ考えて計算したものだ。

「いかに信頼され信頼を得るか、マルセフ司令やコレム大佐の苦労がわかるよ」
「……艦長、今撃破したもので最後のようです。監視衛星からの情報でも、接近してくるデスバテータはおりません」

どうやらこれで一区切りつけられたようだな。言葉に出さず、ため息を一つついてから、命令を出した。

「よし、全艦載機は帰還せよ。魔導師達にも、帰還命令を出してくれ。収容次第、この場から離脱する」
「了解」

  さぁ、今度は採掘に専念することだ。自分たちには専門外であるが、のんびりする事もできない。引き続き、周囲の警戒を続けることが必要なのだ。
一方で、まだ煙を上げるクレーターを見やりながら、何やら呟いているなのは。

「何をやってるのかな、私……」

あの夢を見た後からだ、“何かしなければ”と思い始めたのは。それがどうにも実現しないままに臨んだ、ミッドチルダ攻防戦でより一層にその想いは増した。
特に古代という人物と話してから、自分のできることを探し出そうと思った。そんな彼女のもとに入った情報が、防衛軍の新設工場の警備員であったのだ。
それを知った時、躊躇わず、しかも深く考えず応募した。荒事なら慣れているし、事務仕事も一通りできる。防衛軍側の期待を失望はさせないつもりだった。
  頭ではわかっている、わかっているのだが、今までの仕事とは落差が激しい。教導官として教え子を育て、あるいは事件を幾度も解決してきてはいた。
だが四の五の言うものではない。自分で臨んだことであり、何よりも相手側――防衛軍も信頼をしてくれているのも事実。あのヴァイパーやメガルスの時もそうだ。

「ご苦労様。到着早々、出動して疲れただろう? 今しばらくは、ゆっくり休んでくれ」

戦闘が終わってから、コレムから労いの言葉をもらった。勿論、他の局員達にもだ。加えて、今後の活躍も期待している、頑張ってもらいたいとも言っていた。
そういう言葉だけでも、気分もだいぶ違ってくる。ただそれでも、こうした荒事ばかりでしか活躍できないというギャップには、落胆の思いが絶えなかった。
  魔導師とは、もうこれくらいしか役に立たないのか? 〈イラストリアス〉の後部甲板へ降り立ったなのははそう思う。
数秒して今度はシグナムとヴィータが、彼女のもとへ向かって来る。私だけじゃない、皆同じなんだから。と、強く唇を噛み、そして心を入れ替えた。

「高町一尉、すまなかった。別行動の一匹が潜り込むとは……」
「気にすんな。どーせ、シグナムが引きずりまわして、群れからはぐれた奴だろ。こいつの責任ってことで」

到着早々、シグナムが先の失態に関して謝罪するものの、側にいるヴィータは何食わぬ顔でシグナムの責任を強調する。だが、その言葉にシグナムも切り返した。

「……フン、言うではないか。調子に乗って、馬鹿のように集めてきた考えなしが、何を言う?」
「っ! あんだと!?」
「ま、まぁまぁ、そこまでにしておきましょう? シグナムさんも、私は気にしていませんし、ヴィータちゃんもそんなに突っかからないの」

何時ものように口喧嘩を始める二人を仲裁に入るなのは。仲裁をしながらも、ヴィータの頭をわしわしと撫でる。
それに対して、撫でるのはやめてくれ! と赤面しながらヴィータは手を軽く払った。それでも、にこやかな表情をしながら〈イラストリアス〉の艦内へと向かう。
  その後ろを歩きながら、シグナムはそっとヴィータに念話を飛ばした。

(くれぐれも、なのは一尉に気取られるな。この警備業務の裏を言うのは、最後の最後だ)
(わかってる。なのはは今回ばれたら即首が飛ぶ、他の連中も一緒だ。高ランク魔導師二〇人も集めてただの警備員とは、はやても大博打を打つもんだぜ)

危険な橋は我らと主が渡ればいい。勿論、責めは我ら二人で受け持とう。かつて主を救うため背信を誓った二人の守護騎士は、再び同様の誓いを胸に任務を果たしていく。





〜〜あとがき〜〜
どうも、第三惑星人です!
近頃ようやく暖かくなりましたが、まだ寒さが抜けないですね。はやく春らしい陽気が来てほしいものです。
それと、つい最近になって、二次創作の規制が厳しくなったようですね。にじふぁんというサイトでは、私が楽しみにしている作品があるので、対象とならなければよいのですが。
二次創作も、ファンにとっては娯楽(といってよいのでしょうか?)の一つですよね。
原作にはない、“もしも”の世界や展開は、誰しもが考えるはずです。それを自分なりに創り、他の人にも見てもらう……。
作る側としても、見る側としても、楽しみなことだと思うのですが……やはり、著作権というものを持ち出されては、手も足もでませんし、難しいですね。

さて、これにてようやく、怪獣編は締めくくられます。次回からは……どうしようかと考え中ですw
まだSUSとの再戦を描くには早すぎますからねぇ。地球サイドでも書くか、管理局の再編中の様子か……あるいははやてらの裏話でも書こうか……。
とりあえず、次の話は先になりそうです。しばらく、お待ちください!


〜拍手リンク〜
[一二七]投稿日:二〇一二年〇三月一一日二二:四二:三五 YUU
本日という日に更新お疲れ様です、
いくら何でもこんな星に資源開拓しろって明らかに悪意感じますね^^;
あと人間の居る植民惑星でも良かったと思いますよ、返還後のインフラや設備利用考えるとソッチの方が管理局も楽だったろうに、
星の世界観がアバターを彷彿させられますな、
基地作って探査して採掘して製造となると時間掛かり過ぎΣ(´∀`;)
私は震度五でしたが寝てて気づきませんでした、
その後仕事とか普通にしてたそんな人間です。

>>書き込み、ありがとうございます!
悪意があったのは、否定できないですね。ですが、手を付けていない分、防衛軍も取り放題ですからね。
それと、世界化が『アバター』みたいです、というご意見ですが、そうです。
ネタ発想者は私ではなく、読者様からですが、作り上げている最中にそう感じてもいましたね。
ちなみに、基地建設の時間を短縮させるよう、工夫はしています(汗)

[一二八]投稿日:二〇一二年〇三月一四日一二:四八:一四 EF一二 五
いきなり血生臭い殺戮になってしまいましたか。
これには宇宙戦士も堪えますし、魔導師も、シグナムとヴィータはまだしも、他の魔導師は少なからず堪えるでしょう。
完全に殺傷設定でやっているんですからね。
これを乗り越えれば工場設備を下ろせるのでしょうが、まだ紆余曲折があるんでしょうね。
一方で、船会社としては強力な戦力を持つ方に護衛を頼みたいところでしょうが、現実には船団、それも性能\が近い船同士で組み護衛してもらうのが現実的でしょうね‥‥。

>>毎度の感想書き込みに感謝です!
血みどろの戦闘はに堪えられるのは、そう相違ないでしょうね。陸戦隊ならば耐えられるかもしれないですが。
今回で設備設置を開始していますが、完成は早くなる予定です。とはいっても、警戒は解除できませんがw
民間企業も強力な護衛を必要としているでしょうが、難しいですよねぇ。

[一二九]投稿日:二〇一二年〇三月一五日一七:〇:五六 試製橘花
更新お疲れ様です。
こう惑星から虫型の敵が迎撃にでてくるというシチュエーションは戦闘妖精雪風のフェアリィを思い出しますね。
終わりが見えない戦闘ほど士気を下げる物もないでしょう。
防衛軍、管理局共に一層負担が増えそうですね。
次回も期待しております。

>>書き込み感謝です!
私は戦闘妖精雪風を知らないので(名前とパッケージは知ってますが)、何とも言えんのですが……(汗)
終わりなき戦闘は、精神的に来るでしょうね。戦闘に限らないでしょうがw



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