第六拠点と第五拠点の現状を把握できたのは、通信がジャミングされてから三時間程経過してからの事であった。管理局の面々、防衛軍の面々は固唾を呑んで待っていた。
それが確認できるや否や、その内容は予想通りと言うべきか、愕然とせざるを得なかった。特に管理局側の衝撃は甚だ大きなものだ。

「全滅……か」
「報告に間違いはないの?」

レーニッツは苦虫を噛み締める様な表情で呟く傍ら、リンディは報告の内容に不備が無いか問いかける。だが、通信士から返ってくる返答も、訂正されることは無い。
第二拠点の会議室は重苦しい。届いた通信から、襲撃を受けた艦隊の損害が明らかになったのである。二四〇隻中、生き残ったのはたったの三六隻たらずだという。
  決戦を前にして、この被害数は手痛いものだ。いくら性能面で劣るとはいえ、次元航行艦二〇〇隻を失う事はさらなる不利を招く。
管理局に残される艦隊兵力数は、およそ六九〇余隻。残る各国の艦船を集めても一一九〇隻余り、まだSUSに対して互角と言えない事もないが、忘れてはならない事がある。
これは全ての戦力を根こそぎ掻き集めた場合なのだ。負ければ後が無く、守ってくれる戦力も無い。全てを失った瞬間、次元世界は完全に無防備も同然となるのだ。
  そうなった時、地球防衛軍(E・D・F)には成す術は無い。体制を立て直すまでにどれほどの年数を要するのか、想像も出来ない。
管理局の生き残りは、SUSが攻めて来る度に別の世界へ逃げ続けるしかないのだろうか。管理世界も、地球への救援を要請しても叶わぬ事。
援軍も望めなければ、退避と言う名の亡命すら不可能だ。地球側も戦乱が続いている。逃げ場は……ない。
  ボラー連邦の脅威が控える他、アンドロメダ銀河のガトランティスも滅びてはいないのだ。そして次元を行き来するSUSも同様である。
これら三国の脅威に、管理世界の住民が安心できる筈もない。逃げ場は何処にもないのだ。

「これで、ますます不利になったか」

  〈海〉高官の一人が呟いた。それと同じくして、会議室にさらに重い空気が流れる。決戦を控えているのに、二〇〇隻もの艦船を失ってしまえば当然であろう。
失った人員も馬鹿にならないうえ、次元航行部隊の人員損失率も無視しえないものだ。地上部隊の倍を失っていると言っても、過言ではないかもしれない。
これでさらに殉職者が重なるというのだから、危機を切り抜けた先にある苦難は尋常ならざるものだと、思わずにはいられなかった。
  だが、それも勝ったとしたらの話。暗い未来を想像するよりも、今目の前にあることを考えなければならない。

「失った人員と艦船は、まことに残念ではあります。しかし、SUSも無傷とはいかなかった」
「デューク提督率いる部隊が、第31管理世界に迫ったSUS艦隊を撃退したという……」

そうだ、次元航行部隊は壊滅的打撃を受けたものの、SUS艦隊に一矢を報いている。とはいえ、この勝利に貢献したのが質量兵器であった事は、皮肉でしかない。
禁じられた質量兵器、ワイゲルト砲の使用に関しては賛否両論を呼ぶものであった。が、賛成派の方が割合としておおく、質量兵器推進を招く原因ともなっているようだ。
  とはいえ、その議論をするべき場ではない。そのデューク提督は、現在状況を収集したのちに第二拠点へと急行するという。
しかし、時間はなさそうだ。最悪の場合、連合艦隊が発進した後に、航行しながらの合流となるだろう。

「六〇隻近い損害を与えたらしいが、余力のあるSUSにとっては、大した問題ではないのだろうか?」
「一個艦隊として見るなら、与えた損害は多大なものです。三分の一近くを失ったことになります……が、全体としてみれば、オズヴェルト提督の仰る通りでしょう」

そう言ったのはレティだ。だが、この時彼らは気づいていない。デューク提督の苦肉の戦法が、SUS艦隊の有数な軍人を葬っていたことに。

「どうこう言っても、始まるまいて。今は戦力の集中を図ること、これを成すのが先決だろう」

キール元帥はやや沈痛した表情であった。左右にいるクローベル、フィルス両元帥も同様だ。それは、戦争と言う管理局が初めて体験する戦いにおいて、多くの若者が散り逝く現状に対しての想いであろう。
  そもそも戦争で命を落とすのは、必ずと言って良いほど、若い世代が大半である。後の世界を任せられる人材が、戦争で失われていくのはいつの時代も変わらない。
防衛軍とて、兵士として配属され始めるのは一八歳頃からであるものの、十分に若い事に変わりはないのだ。

(連合軍が一一九〇隻、SUSが一三〇〇隻前後。僕が預かった機動部隊の使い方次第で、この戦局を打破できるのだろうか?)

  会議に出席しているクロノはそう呟いた。新設された第一機動部隊がいるとはいえ、正直どこまで巻き返しを図れるかは予想できない。
パイロットとして選抜されたフェイト、なのはを始めとして、守護騎士団(ヴォルケンッリター)のシグナム、ヴィータ、その他Aランク以上の男女魔導師一六名を確保している。
新型機〈デバイス〉の操作訓練も、開発責任者であるレーグ、マリエル、そして発案者のはやてを筆頭に、短い時間の中、猛特訓が続いている。
  それだけではない。防衛軍のパイロット、坂本なども参加し、より優秀なパイラーを育てようと力を入れていたのだ。
戦力の質としては、短期間の恐るべき向上が見られる。後はクロノ自身の指揮能力に左右されると言っても、過言ではないものだった。
貴重な機動戦力の運用は、予想以上にプレッシャーの掛かるものだと改めて感じる。この重圧に負けぬ様に勤めばならないな、と彼は心して思った。
  そのプレッシャーに潰されぬ様に支え続けていたのが、彼の(エイミィ)の励ましのお陰でもある。時折通信を入れてくる彼女に、クロノは感謝した。
常に明るく元気な妻だが、頭がよく気の利く面もあるだけに、いざと言う時の励ましには何度か助けられたものだ。

「それで、集結は予定通りにいきそうですか?」

そのクローベルの問いに答えたのはリンディである。先のデューク提督の艦隊は別として、他の艦隊は予定通りに五日後は到着する、とのことだった。
そこからさらに全部隊の再編成や出撃準備を行うとして、丸一日は掛かる見込みだ。それまでは、ひたすら待つしかない。





  方や防衛軍は、その大半の艦船が万全たる準備を整えつつあった。とはいえ無人艦の増産計画は完璧にいかず、無人戦艦六隻、巡洋艦一一隻、駆逐艦二〇隻が就航。
有人艦二六隻と合計しても、凡そ一個分隊半の規模だ。有人艦と合わせても一個艦隊分には届かない。それは致し方ないと、マルセフや古代も十分に承知している。
祖国である地球からの支援も望むにも望めず、恐らくはボラーへの対応で手一杯だ。今ある戦力を最高の状態に維持し、決戦に臨むしかない。
  ましてや、管理局の次元航行部隊も二個艦隊が全滅したという話である。これに関しては、マルセフ自身にも負い目があった。
集結することに全力を注ぐべきだと判断したのは、最終的に彼であるのだから。だが、圧倒的不利な立場にありながら、彼らはSUSへ一矢を報いている。
援軍もなしに、SUSを退けられて事には、賞賛すべきものがある。退けるために失われた者の結果を無駄にせぬためにも、全世界のためにも、我々はSUSに勝たねばならない。
また勝つために多くの犠牲者を払う事になろう。勝とうとすれば、勝とうとするだけ、被害者が増えていく……戦争では当たり前の光景だ。
先の三提督同様、マルセフは若い世代の犠牲に対して、いたたまれない気持であった。
  そんなことを考えつつ、マルセフは〈トレーダー〉の通信設備に足を運んだ。定時連絡のためである。

「……時間だな」

愛用の銀色懐中時計に目をやり、通信端末に触れる。予め通信チャンネルは織り込まれており、繋ぐまでの操作はさほど複雑でもないものだ。
繋いだ先は、勿論地球の総司令部である。通信画面が、砂嵐から徐々にクリーンになり、やがて綺麗な画面へと変わった。
  まず彼を出迎えたのは、総司令部の通信担当官である。その通信担当官が、今度は防衛軍司令長官の山南に変わる。

『マルセフ総司令、そちらの現状はどうかね。SUSは攻勢を強めていると聞いているが……』
「はい。現在、SUSは各区間でゲリラ戦を展開してきます。それに対し、管理局は全戦力を集結させております」

山南は以前の定時連絡でSUSのゲリラ戦に関する情報を聞いていた。より一層に緊迫した状況となった今、こちら側から攻勢に出るしかないと判断した。

『そうか……出撃は、六日後になるのか』
「はい。戦力が集結し、準備が整い次第、我々はSUSの要塞へと総攻撃を仕掛けます」

他に選択義は無い。あればそれを選択したいのは山々だが、そうもいかないのが現状だ。山南も援軍を差し出せないことを悔やんでいる。
  防衛軍は今、アルデバラン星系を中心に防衛戦力を配備しており、ボラー連邦の再度の侵攻に備える構えだった。
その防衛戦力として第九主力艦隊と新規編成された無人第一艦隊等、徐々に充実させつつあるが、全星系を万弁なく守るにはまだまだ不足しているのが現状だ。
最低でも旧式艦隊を送れたらよいが、それらも防衛戦力として担ぎ出されている。山南は申し訳なさそうにマルセフに謝罪した。

『すまない、マルセフ総司令。こちらも余力があれば、援軍なり出せるのだが……』
「それは致し方ありません。ボラー連邦とガトランティスの脅威が消えていない以上、無駄に戦力を割くことはできません。それに、我々は既に、あの〈ヤマト〉と〈トレーダー〉を援軍として受け取っております。これ以上、援軍を要請する訳にはいきません」
『……そう言ってもらうと有り難い。が、苦戦するのは目に見えているのだろう?』
「はい。勝率は五割とされておりますが……その、五割に全てを掛けます」

  マルセフの目に絶望や悲観的なものはない。自信を持って、必ず勝ちに行くという目をしていた。彼の覚悟のほどを、山南は通信越しながらも感じ取った。

『わかった。現場は君に任せてあるのだ。存分に振る舞ってくれ、そして、必ず生きて帰ってくるのだ』
「承知しています。小官も玉砕や自滅をするつもりはありません。最善を尽くして、帰還いたします」
『うむ。……ところでだ、総司令。三日後に改め通信をする際に、親族との会話を許可したいと思う』

それは彼なりの配慮であったのだろう。かつて、〈旧ヤマト〉が人類初の大マゼラン銀河への長期航行に臨む直前に、乗組員のほぼ全員が、地球に残している家族や友人と最後のコンタクトを取っていた事がある。
マルセフの他、元第二移民船団護衛艦隊将兵達は、家族との真面な交信を行っていない。そこで出撃の二、三日前に通信を許可し、ひと時の団欒を味わってもらいたいのだ。
  ただ、〈トレーダー〉の通信施設において、全将兵が短時間ながらの通信を行うとなると、それは一日で終わるものではない。
〈トレーダー〉の通信設備だけでなく、各艦の通信網を一斉にリンクさせることで、なるべく大勢を同時に会話させようというものである。
この提案に対してマルセフは同意した。これが決戦前の最期の通信になるやもしれない。最期にならぬよう、マルセフはSUSに勝ち、そして被害を抑えて多くの将兵達を家族のもとへと返そうと改めた。

『この戦いでSUSを叩けば、幾ら奴らでも戦線を維持は出来ないだろうが……』
「如何いたしました?」

  急に陰りがさす山南の表情に、マルセフは気に掛ける。山南の心配どころはSUSよりも銀河系にあり、ここ二ヶ月近い時間で不穏な空気が漂い始めているという。

『ガルマン・ガミラス帝国が、ここ近いうちに攻勢に出るらしくてな』
「それは、また……」

以前の『アルデバラン星域の会戦』で大敗を喫したボラー連邦に対して、ガルマン帝国はボラー連邦領域へ侵攻する事を軍事会議で明らかにしていた。
  とはいえ、これは両国家間の問題であり、地球連邦としては手を出すことはない。それは、ガルマン帝国との軍事的な関係を意味してしまうためだ。
あくまで通商的な関係を維持するのであって、積極的に侵攻に手を貸すことは許されない。ただし、先の『アルデバラン星域の会戦』を例に、防衛的な意味を持つ戦いにおいて、盟友や良好関係にある国家の手助けをすることに関しては、軍事行動も許可される対象である。
  だが、これは確実に取り決めた法律でもないために、矛盾も出てくる可能性は十分にある。民主的な国家体制である故、法律の改正は必須とされる。
地球連邦政府ならび、アマール並びにエトスと言った良好関係にある国家間と取り決めを行っていく必要があり、かつ、ガルマン帝国ともどの程度の付き合いをしていくべきかを再検討する必要性も迫られるだろう。

「ですが、その戦闘に介入はしないのでありましょう? ガルマン帝国とて、ボラー連邦に後れを執ることはありますまい」
『いや、実はな……問題はボラー連邦ではないのだ』
「では、なんです?」
 
  ここで彼は押し黙った。これは余程の事ではないだろうか、と察するに十分なものだ。やがて、重々しく山南は口を開いた。

『これはまだ、確定的ではないのだが……。白色彗星帝国(ガトランティス)が動き出したという、情報が入ったのだ』
「何ですと!?」

  驚愕せずにはいられない。これは、マルセフの心臓をひと時、ふた時は停止させるのに十分すぎる情報だ。今更になって何故、ガトランティスが行動を起こしたのか。
いや、よく考えれば不思議でもないか、とマルセフは心を落ち着かせた。彼らガトランティスは首脳陣および主力を失ってから二〇年近く経過している。
その間に抗争や紛争があったとしても不思議ではない。だが、これだけの時間があれば、新しい首脳陣を作り上げることも、不思議な話ではないだろう。
  ましてや、ガトランティスはアンドロメダ銀河以外にも、幾つかの銀河を制覇している経緯もある。戦力の再編も難しくは無いのだ。

『天の川銀河外縁に配置してある、監視衛星からものだ。戦力規模は依然として不明だが……』

それは、地球連邦政府及び、防衛軍がガトランティスの再来に備えていたものだ。防衛軍は密かに、数百もの監視衛星と中継衛星をアンドロメダ銀河を睨むような形で、天の川銀河外縁部へと多数配置していたのである。
また、一八年前の苦い教訓を生かした対策が、ここに結果として出た。一八年前の場合は、ガトランティス艦隊に対当するまでに、十分な時間を得る事が出来なかったのだ。

「侵攻してくる前兆、という事ですか」
『その可能性は十分にある。警戒は強化しているが、これは軍内部ですら僅かな者しか知らん。事実を報道できるのは……ずっと後になるだろうな』

  タイミングの悪い話だ。こちらがSUSとの決戦を目前にしているというのに、ここでガトランティスが出しゃばるとは! と叫びたくなるのも無理はない。
だがガトランティス帝国は以前のような侵攻スピードは持ち合わせてはいない。艦隊のみの侵攻軍になり、その分の補給も充実させる必要があるからだ。
しかし防衛軍ではそこまでを知り尽くすのは無理があった。まだ、ガトランティス艦隊が艦隊を集めているのを、確認しただけだ。
  いずれは地球に向けて侵攻してくるに違いない。が、それは早く見積もっても二ヶ月半から、三ヶ月後であろう、というのが軍の見解であった。

『まあ、こちらの事は気にしないでくれ。ただでさえ、SUSの対応で追われているのだ。こちらの事は、我々に任せておいてくれたまえ』
「……了解しました」

地球で留守を守る水谷総司令や、ジェーコフ司令らがいる。彼らは名将たるに相応しい軍人達だ。ここは素直に任せておいた方が、SUSへの対応を鈍らせる事もないだろう。
マルセフは彼らを信じ、SUSとの決戦に全力を注ぐ事に集中した。





「それは本当でありますか、司令!」

  〈シヴァ〉の司令官用執務室にて、コレムの驚きの声が響き渡ったのは、先の通信から三〇分後のことである。その驚きぶりは、マルセフが示したのと同等だった。
そして同じく執務室に呼び出されていた、ラーダー参謀長も開いた口が塞がらない様子だ。

「集結中であるのは間違いない、との事だ。敵さんも、ようやく仇討の準備を始めたのだろうな」

ユーモアのあるマルセフの言葉とは裏腹に状況は悲観的としか言いようがない。ラーダーもコレムも信じ難いほどの凶報に身を震わせざるを得なかった。
言わない方が良かったか、と思うも遅い事だ。いずれこの事は知られるのだ。マルセフは、地球本星がガトランティス帝国への迎撃態勢を整えつつある事を話し、次いでボラー連邦とガルマン帝国の状況も説明した。

「ガトランティスは、いずれ銀河を攻めるでしょうが、タイミングが良いですな」
「参謀長の言う事も尤もだ。ボラーが手を出せない時に、ガトランティスが動き出したのは不可解だ。何か裏でもあるのか?」
「裏に何があるかは推測しかねますが……ボラー連邦は本当に地球へ侵攻する事は、無いでしょうか」

コレムはボラーの再進撃の可能性を考慮に入れていた。もしもボラー連邦が、ガトランティスに合わせて攻めてこようものなら、挟撃されてしまうのだ。
  だが、ボラー連邦は大敗した影響でオリオン腕方面への機動部隊は出せない。全てはガルマン帝国との戦闘に回される事になり、地球には目もくれないだろう。
そのようにマルセフは考えていた。それに、我々には成すべきことがある。本星ことは山南長官たちに任せるしかないではないか、と二人に言う。
  ここでは自分らの役割がある。SUSと戦い、勝ち、そして生きて帰る事が……。

「三日後に、将兵全員に家族や友人との交信を許可する事になっている。だが、その前に今の事を、予め話しておこうと思う」
「将兵に余計な不安を与える事になりはしませんか?」
「小官も参謀長に同意です。ここで公表しては、指揮の影響に関わります」

ラーダーとコレムは揃って止めるべきだと進言する。確かに兵士の士気に影響を与える可能性は十分にあるが、予め知る事と、最期になって知る事では心理的に大分異なる。
それに戦況は常に把握しておいて然るべきだ。マルセフはそう思う。加えて言うならば、白色彗星帝国は明日や明後日に攻め入って来るわけではない。
早くて二ヵ月半か三ヶ月後なのだ。留守を守る艦隊だって、腕の立つものばかり。この次元空間にいる将兵達も、それを十分に知っている。

「私は、山南長官や、水谷総司令を信じている。貴官らはどうなのだ?」
「……勿論、長官たちが白色彗星帝国を撃退してくれることを、信じておりますとも」

その言葉は力強かった。自分らが誇りある防衛軍の軍人であると同時に、常に仲間を信じあわねば、勝てる戦いも勝てない時だってある。
副長の返答に、ラーダーも信じている旨を伝えた。

「よろしい。これより三時間後、各艦隊司令を集め、改めて公表する」
「「ハッ!!」」

  キッチリ三時間後、各艦隊各戦隊の司令、艦長は全員召集され、〈トレーダー〉会議室に集まった。マルセフは皆の前に立ち、ガトランティスの行動を伝えた。
最初の反応は予想通りのものだった。この大事な時に侵攻し来るなんて! や、地球は大丈夫なのだろうか、等という不安の声が僅かに上がる。
古代や東郷は黙したままだが、臆しているようでもない。東郷は歴戦たるその風格で周りを落ち着かせると、話を続けるよう即した。

「皆の不安は、妥当なものだ。私とて、決戦を控えている時に、彗星帝国の侵攻を聞こうとは思わなかった。だが、地球の事は長官がどうにかしてくれる。我々は、今なすべきことに集中するしかない」
「それもそうですな。彗星帝国が、天の川銀河から八万光年の位置にいるのなら、時間はまだあります。その間に、SUSの本拠地を叩き、戻れば良いでしょう」

マルセフに同調した発言をしたのは、戦艦〈リットリオ〉艦長のカンピオーニ大佐だ。イタリア人らしい、前向きな態度と思考に周りも多少の安堵感を得る。

「いつまでも悲観的にもいられまいて。カンピオーニ大佐の言う通り、ここは我々で切り抜け、本国へ戻ろうではないか」
「その通りですな」

東郷の言葉で、会議室内の想い空気は次第に軽くなる。多数の士官達が、揃ってSUS撃退に全力を尽くそうと叫ぶ。そうだ、その意気だ!
士気がどん底に沈んでいるよりも、今の方が遥かに良い。ただ、それで足をすくわれてしまっては、元も子もないが……。
  報告の最後に、マルセフは将兵全員に対する交信の許可を伝えた。

「交信を希望する者は、今日中に申し出るように伝達してほしい。各艦ごとに希望人数を集計して完了次第、三日後にチャンネルを確保してもらう」
「「ハッ!!」」




  これよりやや時間を遡る事、およそ三時間前。SUS拠点〈ケラベローズ〉要塞の指令室に、驚きの訃報が飛び込んできた。

「莫迦なッ! レイオスが戦死しただと!!」

この次元空間へ遠征してきてから何度目かわからない、総司令ベルガーの怒号が響き渡る。その声に幕僚たちも思わず後ずさってしまった。
第七艦隊の敗北といい、第二戦隊の敗北といい、そして前回の大侵攻での敗北……。何度、私の顔に泥を擦り付ければ気が済むのだ! 指揮官席で右の拳をギュッと握り締める。
  しかし、地球艦隊を相手にしていたのなら、この損害も有りえた筈だ。だがそうではない。レイオスの第八戦隊が相手をしたのは、弱小の管理局だったのだ。
戦闘艦のレベルからして負ける筈がない。それなのに、これはどういったことだ。予想された損害と、現実の損害が食い違うレベルを越している。

「たかが管理局の艦隊に、六〇隻近い損害を出すとは……! 何故だ、レイオスがこんな連中にしてやられるような奴であったか!?」

怒鳴り散らすベルガーは、既に精神的に滅入っていた。レイオスの名は、彼もよく耳にする軍人であり、知的な性格と冷静な判断力を有する名将と評価していた程だ。
それが負けたことは、とても信じ難いものである。傍に控えていたディゲルも、少なからずとも表情に驚きを示していた。

「閣下、管理局は今までとは違う戦法で、我が軍を攻撃したのです」
「なんだ、その戦法とは!」

情報参謀のマッケン少将が言う、違う戦法とは何か。ベルガーは収まらぬ怒りを表面に曝け出したまま、強い口調で聞き返した。

「管理局は……我々が確認しえていない、質量兵器を大量導入したのです」
「何……っ! 質量兵器、だと?」
「は、はい。残存艦艇から得ました記録から分かりました。……これです、ご覧ください」

  剣幕に気圧されながらも、情報参謀は残存艦隊から送られてきた戦闘記録映像を再生し、会議室の中央に大々的にスクリーンへ映した。
瞬間、彼らはその光景に唖然とした。管理局が今まで使用しない筈だった、質量兵器の大群がそこにあるではないか。どうしたことだ、これは!
巨大な砲身――ワイゲルト砲が、第八戦隊目がけて突撃し、強力な一発を撃ち放つ。それも一門どころではない、七〇門近いワイゲルト砲の一斉射撃だ。
一撃で粉砕されるSUS戦艦に次いで、記録していた艦自体も撃破されたようで、砂嵐に切り替わった。これが、第八戦隊を撃退した真実なのか。
  記録を見終わると、ベルガーは歯ぎしりしながら己の失態を呪った。

「質量兵器……何たる失態だ。防衛軍が介入しているともなれば、これくらいの事は予想しえた筈だ!」
「総司令の仰る通りです……が、管理局は頭の固い連中だと思っておりました」

ディゲルも、管理局が早々簡単に自らの法律を破るとは考えてはいなかった。管理局の上層部は、魔法文化を絶対として科学的な文化を押さえつけてきた。
それ故に魔法を中心とした考えから脱却することはできず、相も変わらず魔力に頼るとばかり考えていたのだ。だが、それも軽率だったと思わざるを得ない。
防衛軍と共闘してくることに加え、何かしらの技術的共有もあっておかしくは無いのだ。そればかりではない。管理局が今まで封印してきた兵器が出てきてもおかしくは無い!

「確かに……管理局は質量兵器をも、ロストロギアとして認定し、接収および封印をしてきました。ですが、今回の奇妙な砲を解析、再生産する力も意思もあるとも思えませんな」

  そう言うのは、ザイエン技術部主任だ。管理局は兵器類をかき集めて封印はするが、決して使用させないという公言上、使用、運用についてまでのノウハウをも、持っているとは考えにくいものがあった。
何故なら、質量兵器を禁ずる管理局がそれら兵器の使い方を知っているともなれば、自己矛盾を生じさせることになるからだ。
そうなれば反管理局勢力はおろか管理世界住民も黙ってはいない。と、推論していけばあの奇妙な質量兵器が一度限りの使い捨て、云わば奇策の類であった事は容易に想像できる。
  痛い目に合いはしたが、手品の種が解ればどうともできる代物だ。

「成程な。所詮は消耗品、今から生産したとしても融通の利かないあの砲なら脅威にはならん。だが、それだからと言って楽観も出来んだろう」
「いえ、少なくとも管理局があのような小手先の兵器を繰り出してきた以上、彼らの焦りは相当なものかと。彼らの手札は数少ない筈です」
「では……管理局は、質量兵器を使用するのは、あれきりだと見ても良いのか?」

ベルガーが眉を顰めながら訪ねてくる。だが先ほどとは違う答えを、ザイエンは出してきた。

「一〇〇パーセント、無いとは断言いたしません。向こうも二ヵ月間は時間がありましたから、何かしらの新兵器は独自で造っている可能性もあります」
「なんだ、先とは逆ではないか!」
「あくまで、これは予想です。先行していた偵察部隊からの報告からも、新造艦らしき艦の報告は受けていません……今のところは」

〈ガズナ〉級による偵察行動は、完璧ではなかった。これが数百と言う数を揃えていたのならば、より完成度の高い報告が上がったであろう事は間違いない。
防衛軍はこの艦船の注意を怠ってはおらず、特に〈デバイス〉級のテスト飛行などは、周辺空間に対する警戒態勢を厳重にしていたものだ。

「ともかく、奴らの集結行動からして、総力戦に出る事は明白だ。なればこそ、奴らを完膚なきまでに叩き潰すまでの事!!」

  次に怒声を上げたのはルヴェルだった。彼は気が立っている。理由は明白で、親友であり戦友でもあるレイオスを失ったからである。
もはや彼の目には、連合軍と戦って勝ち、レイオスの無念を晴らすことにしか意識がない。軍人としてはかなり危険な状態であろうが、彼の場合は別だ。
こう見えても怒りに駆られる彼は、驚くほど破壊力に磨きを掛ける。普通なら周りが見えず、不慮の戦死を遂げるような事が多いものだ。
怒りが闘争心に火をつけ、それが彼の脳内の細胞をより活性化させ、艦隊戦で手腕を発揮する。怒りがそのままパワーになっている。
  ここまできて、ベルガーもようやく怒りを抑えてきたようだ。声を僅かに震わせてはいるが、取り乱すようなことは無い。

「敵に新兵器があろうとも……〈ノア〉の前では屑鉄であることを見せてやるぞ」

〈ノア〉級戦略指揮戦闘母艦、SUSが開発した超々弩級戦艦――要塞戦艦とも言える代物が、出撃を今か今かと、その出番を待ちわびている。
戦闘能力は、連合軍にはいまだ未知数であり、ザイエンら技術陣は自信を持ってベルガーに説明していたものだ。その戦闘能力や如何に……。
  だが、完成したのは〈ノア〉ばかりではない。

「閣下、本国からの物資支援により、ようやく〈ムルーク〉級二番艦も完成を見ております」

〈ムルーク〉級指揮戦略戦闘母艦は、防衛軍にとっても管理局にとっても記憶に新しい巨大戦闘艦だ。レヴェンツァ星域と本局近海にて参戦した、ディゲルの旗艦だ。
ただし一番艦は〈シヴァ〉との一騎打ちで敗退、最期は〈ヘルゴラント〉の波動砲で虚しくも撃沈されてしまった。その悲運の艦に、二隻目が誕生したというだ。
  二番艦の名を〈マハムント〉と言い、これはかの第二戦隊の戦力補充が終了するのと同時に建造が着手されたものであるが、建造途中に本局戦の敗北で予定が狂ってしまった。
大幅な人員と艦船の損失により、通常戦艦の戦力補充が再び最優先されたのだ。そこでザイエンは建造計画を変更した。
ベルガーを通じて、〈ムルーク〉級の完成部品を本星に発注したのだ。戦力の抽出する余裕はなくとも、これぐらいの事は可能だと踏んだ故である。
  やがて、ザイエンの申請が通り、本国から部品が次々と送られた。それと並行して、艦隊の再編に尽力を尽くしてきたのだった。
そしてこの二番艦の艦長となったのは、今最も熱い闘志を燃やしているルヴェルである。この男ならば、期待以上に活躍するだろうと見込んだ故だ。
〈ノア〉にはディゲルが座乗することとなり、ベルガーは後方の〈ケラベローズ〉要塞にて総指揮を執る事となる。
最後に向けて彼は、全軍の総力戦に向けて準備を万全にするよう、言明した。同時に、偵察行動中の部隊にも、逐一の報告を続けるよう命じる。
連合軍とSUSの決戦への道は、もう既に、目の前まで迫って来ているのである。



〜〜あとがき〜〜
どうも、二週間ぶりです、第三惑星人です!
先日は台風でしたね。おかげで翌日の大学通学では、路線への倒木で大幅に遅刻……もとい欠席に。
自然相手では、致し方ないですがね〜。
と、ここのところ、なかなか指が動かず、ネタの構築に行き詰まりを感じるこの頃……。
最終決戦までどう持っていこうかと悩みます。まだ準備などで戦闘シーンまで辿りつくのは、もう少し先になりそうです。
そういえば、もう直ぐでヤマト二一九九の第二章が公開されますね。
楽しみで仕方ないです。あぁ、山寺さんのデスラーを観てみたいw

では、ここまでにしまして、失礼いたします!



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