外伝『悲しき過去、土星宙域の悲劇』


  戦争中とはいえ、日常の業務が減るわけではない。むしろ戦争に付随して、多く生じる問題など幾らでもある。そんな業務の中、彼女達の会話がきっかけだった。

「なぁ‥‥‥聞きたいんやけど」

はやては事務処理を片づけながらも、同じく事務処理に没頭されていたなのはに尋ねる。

「ん、何かな?」
「昔さ、なのはちゃんの友達の所でやったゲームで、ちっこい飛行機が飛行要塞を倒すのがあったろ? あんな事が、私達にもできたらなぁ‥‥‥って」

突然、昔の話を振られて何の事やらと疑問符を頭に引っ付けるなのはだった。だが言われてみれば、その様なゲームもあったと思い出す。
  とはいえ、なのは自身は、そういった関連のゲーム機等は疎いと言えるだろう。ゲーム機を軽蔑するつもりは全くないのだが、彼女自身、あまり関心はなかった。
小さい飛行機――戦闘機が、巨大な空中要塞や空中戦艦を叩き落とす。そんな事が、果たして自分らに出来るかと問われて、なのはは首を傾げてしまう。

「うーん‥‥‥」
「はやて、それは難しいと思うよ」

  返答に窮するなのはに対して、同室で同じく書類を捌いていたフェイトが口を出した。

「高機動の戦闘機が自分より大きな物を倒せるのは、それ相応の攻撃兵器を持っているという時だけ。普通は弱点を突けば、って考えるけど、大型兵器にも相応に弱点を覆う装甲を持ってるよ。だから、それは無理な話になるの。そもそもだけど、なのはは魔法砲撃で、あの防衛軍の戦艦を撃ち抜けると‥‥‥思う?」

マルセフから基礎的なレクチャーを受けただけあって言葉に澱みがない。そして、いきなり話を変化球で投げ返されたなのはも、またしても戸惑う。

「うぅ‥‥‥全力で当てれば‥‥‥何とか?」

その声には自信の欠片も無いのは、フェイトやはやてのみならず、彼女自身にも分かっていた。何せ戦艦を標的に撃ち落とした試しなど皆無なのだから。
  フェイトは自信と現実味のない返答に対して、現実と真実の回答を持って答えた。

「それじゃ駄目。防衛軍の軍艦は、なのはのSLBを1回の戦闘で、最大出力でもって数百、数千、と撃ち合っているの。そもそも、魔法展開時に止まってたりしたら、それこそ良い標的。あっと言う間に撃ち落とされるよ」

それに、なのはとはやての両名は知らないが、防衛軍を始めとする戦闘艦艇の最大射程距離は、戦艦主砲で概ね8500〜9000qと、恐ろしく長いものである。
対する管理局の次元航行艦船の主力兵器であるアルカンシェル砲は、どう頑張っても6000qであり、対艦魔導砲のアウグストも6000qあまり。
残る通常魔導砲は5000q。距離から言えばそれなりだが、やはり防衛軍ら他国と比べると見劣りするのは否めない事である。
  とはいえ宇宙空間での2000qという差は、大して問題ではないと言えばそれまでであろう。
大概の宇宙会戦では、互いが最大射程から砲撃を始めたとしても、互いが前進する以上は距離が自然と縮まり、有効射程6000q前後になってしまうのだ。
よって最初こそ先手を譲る事になるだろうが、管理局とて殴られ続けるばかりではない。その間合いに持っていくのが難しいではあろうが。

「さらに言うとね、魔法攻撃する前にレーダーで先に発見されるよ。転移魔法で接近する方法もあるけど、相手は宇宙で進み続けてるから狙撃は難しいし」

  その反論を許さぬようなフェイトの的確かつ正確な言葉を前にして、辛うじて保たれていた紙一枚の自信が見事に引き裂かれてしまった2人が机に突っ伏した。
想像だけですら管理局と防衛軍、あまりな戦闘スケールの違いに眩暈がしそうだ。はやてもギブアップと言った風情で│譫言《うわごと》の様に言葉を発する。

「あかん‥‥‥かぁ」
「発想は良いと思う。固定された強力な兵器がより機動性の高い小型の兵器に捻られたなんて、ベルカやミッドで幾らでも前例があるくらいだし。問題はそういう兵器を、今すぐ私達が運用できるかという事だと思うの」
「それって、防衛軍の兵器を私達が使うっていう事でしょ? 流石にそれは不味くないかなぁ」

  同じ部屋で書類を捌きながら、しっかりと興味のレーダーを傍立てていたらしいマリエルが質問する。ただでさえ防衛軍の質量兵器を忌避している管理局なのだ。
それをこちらで使うと言ったら上層部どころか局員らはどんな反発を生まれさせるだろうか。

「それは大した問題じゃない。“たかが法律上の問題”にすぎないし。それ以上に‥‥‥例えば〈コスモパルサー〉って言う防衛軍の戦闘機だけど、あれを1人前に乗り熟すのに、どれだけ時間が掛るかの方が問題なんだよ」

フェイトの考えは、さらに先に言っているようだ。確かに本来戦闘機を“操縦”するのは、自動車を“運転”するより遙かに難しい。
実物同然のシュミレーターができ、効率的な教習が可能になっても習熟期間が1年から1日に短縮出来るわけではない。

「ゲームかぁ」

マリエルは書類を片づけながら、レーグ少佐に後で聞いてみようかと考えていた。

「じゃあ、私そろそろ上がるから」

  フェイトが書類を片づけ立ち上がる。いつもより早いとはやてが訳を聞いてみるが、なんと防衛軍のマルセフ提督に教えを乞うているということ。
本日は〈コスモパルサー〉という戦闘機の実施見学へ行くらしい。唖然とする周りの者を置いて、フェイトが退出した部屋では妙な話が盛り上がる。
そのフェイトの態度の裏に隠された秘め事に真っ先に口を開いたのが、案の定はやてだった。

「どう見ても‥‥‥アレは教官に教えを乞う顔でなくて、父親にプレゼントを買ってもらう娘の顔やで」
「え! リンディ提督再婚するの?」

その反応も幾分か失礼なものではあったが、無論のこと再婚する等と言う話はある筈がない。付け加えて言うのであれば、この様な現状の中で結婚など出来る筈もないだろうし法律やらで面倒となるのは目に見えているのだ。
  しかし、なのははふと考えた。もしも‥‥‥もしもであるが、マルセフとリンディが結婚していたのならば案外お似合いではないだろうか、と。
堅実的かつ物分かりの良いマルセフに、普段は心優しくも時には厳しいリンディ。はっきりとは言い表せないがイメージ的には悪いものではなかった。

「再婚ね。せやかて、マルセフ提督も奥さんがいた言うてたな」
「“いた”‥‥‥? はやてちゃん、それ、どいうこと?」

  ここにきて、思わずしまった、と呟いた。だが今更に待ったは掛けられない。親友故に隠し事はしたくないが、かといってマルセフにも悪いと思うのだ。
それを考えたのだ。なのはも、あまり立ち入ってはならないのではないかと、と直ぐに感じて、問い詰めるのを取りやめようとした。が、はやては意を決して言うことにする。

「ウチの知っとる事は、フェイトちゃんやリィンも知っとるんや。だからな、なのはちゃん‥‥‥それに、マリーには、知っといてもろうても、ええかもしれん」
「フェイトちゃんも、知ってるの?」
「そや。遂先日、フェイトちゃんとマルセフ提督、それに目方中佐と一緒にカリムの所へ行ったのは、知っとるよな?」
「‥‥‥うん」
「話し合いが終わった後に、マルセフ提督の持っとった懐中時計から、始まったんやけど‥‥‥」

――それは、マルセフが大事に持ち歩いていた懐中時計に関わる、彼自身の過去の話であった。
  ベルカ地区の聖王教会大聖堂の応接室にて、はやての守護霊――初代リィンフォースの存在が明らかになった直後の事だった。
話もだいぶ和やかになった折にマルセフは懐に手を忍ばせる。周りがそれを少し気にしたのは、彼が手の内に銀色の懐中時計を目にした時だ。
はやては思わず訊ねてみた。

「マルセフ提督、それは?」
「あぁ、これかね? 宇宙航海用に適した懐中時計だよ」

  そう言って、マルセフは懐中時計を繋ぐ紐の方を持ち本体をぶら下げるようにして、物珍しそうに見る3人――はやて、フェイト、カリムに見せた。
懐中時計とは、そらまた珍しい代物を持っとるやね。はやては心内で呟く。懐中時計と言うものは彼女らの地球でもそうそうめに見るものではない。
時代が流れても趣味の一環としてクラシック風なタイプを好む人や、年相応の老人が持っていそうなイメージが強いからであろう。
しかも、マルセフの時代――2200年代にあっても、懐中時計が存在するのだった。
  彼の持つ懐中時計は電池式であり、小さなつまみ部分を押す事で蓋がパカリ、と開くのだ。内部は単調ま時計ではない。
通常用と、あと小さな針とメモリが別に内蔵されているのだ。1つの時計の内に、さらに2つの小さな時計があるという、やや不思議な懐中時計。
海上航海をする航海士、あるいは航空機パイロットなどはこれを使用している事が多い。

「大体、20年くらい前に、妻から貰った時計でね。ガミラス帝国との戦争が終わって、復興の途上にあった時だった」
「20年も愛用されているのなら、相当に愛着がおありでしょうね?」

  カリムも微笑ましそうにマルセフの懐中時計へと目線を向ける。そして次の瞬間、マルセフは思いがけない事をポロリと言った。

「えぇ。今となっては‥‥‥これが妻の形見ですから」
「!?」

3名のみならず目方も表情をやや硬くした。

(形見? ッちゅう事は‥‥‥マルセフ提督の奥さんは)

思わずはやては嫌な予感に感情が捕らわれてしまい、それは不幸にも見事に的中したのである。マルセフは妻を既に亡くしていたのだった。
マルセフは悪気があってそう言ったつもりはなかった。ただ自然と、この懐中時計を眺めると言ってしまうのだ。カリムの方も軽率だったと謝罪するのだが‥‥‥。

「いえ、私が口走っただけの事です。騎士カリムはお気になさらないでください。ですが、まぁ‥‥‥皆さんには、話しても良いでしょう」
「え‥‥‥よろしいのですか?」
「構わないさ、ハラオウン一尉。私が話したいだけだ。ただ気分を悪くされたなら、止めるがね」

と注意を促しつつも、語り始めた。





  事の要因は、ディンギル戦役にあった。管理局にも説明のあった戦いで、ディンギル帝国の地球人殲滅作戦が徹底されようとしたことでも忘れられない出来事だ。
地球連邦政府はアクエリアスからの避難のために、民間輸送船や軍事輸送艦をかき集めて避難船団を編成。直ちに避難計画が実行に移された。
第1次避難民は凡そ8000万人前後と算定されており、これを少なくとも4回か5回に分けて地球とコロニー群を往復する必要性があった。
これら避難民は一時的に土星の衛星軌道にある巨大コロニー群に移される予定である。
 その第1次避難船団の出発する前日の事だ。イギリスの軍港には避難船団の内6隻が停泊していた。海に隣接する軍港を見渡せるマンションの一室に2人は居た。

「さぁ、明日は早い。もう、休むんだ」
「えぇ‥‥‥」

内の1人は30代前半のイギリス人男性――若かりし頃のマルセフであった。そして方や、窓辺から夕陽を眺めやる20代後半の女性――マルセフの妻であるラディア・ベンスール・マルセフ夫人である。
彼女は明日に出港する第1次避難船団に乗る予定だった。搭乗時刻も早く、早朝6時には受付を開始する。マルセフはそれを考えて休む様に即したのである。
ラディアは相槌を打つものの休もうとしない。彼女の抱く不安はマルセフにも良く分かる。この地球が水没してしまうのが嘘のようだ、とい未だに信じきれないのだ。

「本当に、沈んでしまうのね‥‥‥地球」
「あぁ。だけど、地球が無くなるわけじゃない。水が引いたら、またここへ戻って来れる」

  心配する妻の肩を抱きしめ、マルセフは安心させようとする。ラディアは心配性な所があった。しかし、気遣いが良くマルセフを陰ながら支えてくれていたのだ。

「俺は君と一緒に乗れないが、心配する事はないさ。明日の第1次避難船団に付く護衛艦隊に乗る。つまり、君を外から守ってやれるんだ」

そう、彼は第1次避難船団の護衛艦隊に乗り込む事となっていた。尤も護衛艦隊と言っても少数規模だ。戦艦2隻に巡洋艦4隻、駆逐艦8隻の計14隻である。
マルセフが配属として就いている艦は、当時の主力宇宙戦艦長門級〈バラクーダ〉で、彼はその当時は艦長を務めていたのだった。
通常の護衛に戦艦を付けることはまず無いものだった。精々、巡洋艦かパトロール艦、あるいは駆逐艦なのだ。
  しかし今回は輸送とは違う、大勢の市民を乗せた避難船団だ。それ故に戦艦も付けたのだが、やはり船団の数に比して護衛は少なすぎると言えるだろう。
こうなった原因は、ディンギル帝国と言う存在がまだ報告されていなかった事があげられる。知っていれば全艦隊を護衛に付けていたであろうが。

「けど、貴方‥‥‥」
「心配するな、絶対に守ってやるさ」
「えぇ。けど‥‥‥ッ!」

どうしても心配が抜けないラディアに、彼は唇を合わせて言葉を遮る。重ねるだけのキスであったが、それは落ち着かせるには十分な温もりをラディアに与えた。

「これで、落ち着いてくれたかい?」
「‥‥‥えぇ」

やや顔を赤らめつつ、頷いた。そしてマルセフは今一度強く抱きしめる。その傍ら、妻は自然と涙を流し、彼の胸の中で静かに泣き続けたのであった。





  当日、第1次避難船団は飛び立った。各地方からの避難船及び、地球所属の護衛艦艇は地球と月の中間ポイントにて合流し、その後は一気に土星へと航行を始めた。
14隻の護衛艦が、80隻程の大型移民船の前方に展開している。そしてマルセフの乗る戦艦〈バラクーダ〉からラディアの乗る移民船04号が見える位置にいた。
04号は比較的前列に配置されている移民船だ。だからこそラディアの方からも辛うじてではあるが、展望室からマルセフの艦を視認できた。
航海は順調に進んだ。木星軌道上に乗ったところまでは‥‥‥。

「長官、冥王星基地の通信が途絶しました!」
「何!」

  地球連邦防衛軍総司令部の中央指令室に驚愕の報告が舞い込んだ。それに対して地球連邦防衛軍統括司令長官 藤堂 兵九朗 元帥は、驚き席から立ち上がる。
冥王星基地からは国籍不明の艦隊がワープアウトして来たとの報告が入っていた。藤堂はそれに対して第一級戦闘配備を下令し、冥王星基地に確認を取らせた。
今までに遭遇したことのない艦隊に彼の不安は増大する。今までの経験からして、確認しきれていない艦隊が迷い込んで良い結果を見せたためしがないのだ。
  そしての案の定、彼の予感は的中した。冥王星基地は確認の通信を取るものの問答無用で攻撃を受けたのだ。通信施設をやられたようで通信が一向に回復しない。
これは完全に奇襲だ! またもや地球を狙う勢力が現れたのか、と思うと胃が痛くなる。地球は良く狙われるものだ、等と冗談を飛ばす事も出来ぬ。

「如何、今の避難船団に付いている護衛艦隊では守りきれん! 総参謀長、太陽系内所属の全艦隊を直ちに急行させろ!」
「ハッ!」
「それと、避難船団と護衛艦隊に緊急伝だ!」

藤堂は打てる手を次々と打った。幾度となく危機的状況に追い込まれ、その度に対応していった経験のある藤堂。だが、彼の対応がすべてに行き届いた訳ではない。
ディンギル艦隊の一部が、冥王星からワープで一気に土星宙域にまで進出して来たのだ。これにより、藤堂の警告打電が届くよりも早く、避難船団は危機に陥った。

「か、艦長! 前方に国籍不明艦多数!!」
「何だと!?」

  戦艦〈バラクーダ〉の艦橋で、マルセフは驚愕の声を上げた。

「こんなところに来て国籍不明艦‥‥‥! 冥王星基地は、何をやっているんだ!!」

彼が罵声を浴びせてやりたい冥王星基地は、既に全滅している事を知らない。彼にしても、この手の艦隊が友好親善団体等と思う筈もない。

「艦長、司令より戦闘配備命令!」
「言われんでもする! 全艦戦闘配備に付け、目標は前方の‥‥‥!!」
「艦隊から、エネルギー反応多数! 攻撃、来ます!!」

  攻撃命令を下す前にディンギル艦隊の苛烈な砲火が護衛艦隊を襲った。ディンギル帝国軍特有のガトリング砲は時間を置かず真正面の護衛艦隊に撃ち放つ。
ワープして来たディンギル艦隊は140隻前後と算出されているが、片や14隻程度の地球艦隊が真面に太刀打ちできる筈もなかった。
暴風雨とも言えるビームは、まず1隻の巡洋艦と2隻の駆逐艦を呑み込み平らげてしまう。
護衛艦隊の後方に避難船団は、突然の敵艦隊来襲に混乱していた。慌てて反転していくのだが、最前列に位置していた避難船団にも砲火が及ぶ。

「第1砲塔、被弾!」
「右舷冷却システム破損!!」
「第2艦橋に被弾しました!!」

  〈バラクーダ〉はディンギル艦隊のビームによって乱打されていた。辛うじて戦艦としての装甲防御で持ち堪えているが、被害は瞬く間に5割を突破した。
艦内は火花を散らしているが、マルセフは構わず応戦命令を下した。後には退けない、いや、退いてはならない。何故なら、後方には市民、そしてラディアがいる。

「撃ッ!!」

傷つき火花を散らす〈バラクーダ〉は、無傷の第2主砲がショックカノンを放った。3つの青白い光弾は直進し、ディンギルのカリグラ級巡洋戦艦に直撃する。
  だが轟沈には至らず大破一歩手前ぐらいだろう。その数百倍とも言える応酬が〈バラクーダ〉に殺到した。波動砲は損傷し艦体の装甲も多くが被弾で剥離する。
被弾の衝撃で吹き飛ぶアンテナ、無傷だった第2主砲も損壊した。機関部にも多大な損傷を引き起こし、艦体はバランスをも大きく崩した。

「バランス保て!」
「駄目です。機関出力著しく低下、航行不能!」
「主砲全壊、砲撃不能!」

攻撃手段を失い、真面な推進力さえ失った〈バラクーダ〉は無力に漂い始める。マルセフは艦長席で懸命な指示を飛ばしていたが、もはや応急処置でどうにかなる程度のものでは済まない損傷振りであり、廃艦の命運を定められていた事を悟っていた。
だからとて諦める訳にはいかず、マルセフは守るべき民間人達がいると部下に叱咤して何とか戦闘を続行させようとした。

「諦めるな、まだ民間人が――」
「敵ミサイル、着弾します!」

  瞬間、ミサイルが〈バラクーダ〉に止めを刺したのだ。彼は被弾の衝撃で薙ぎ倒されると共に背部を強く床に叩き付けられてしまう。
背中を打った影響で意識を朦朧とさせたマルセフも遂に、戦闘が不可能であることを認めざるを得なかった。

(すまん‥‥‥ラディア。せめて、君の乗る船が無事であらんことを‥‥‥)

懐にしまい込んでいた懐中時計を握りしめつつ、マルセフは混濁とした意識の海へと投げ出されて行ったのである。

「貴方っ!!」

  避難船04号船に備えられているスクリーンを見て、悲痛の叫びを上げたのはラディアだった。夫の乗る艦が力なく浮遊していくのが見える。
他の艦艇も次々に残骸へと化していく。中には耐えきれずに爆沈するものもあった。護衛艦隊全滅から避難船団攻撃にまで差ほど時間を要するものではない。
ディンギル艦隊は一斉に襲い掛かった。最前列だった移民船が最後尾になった事で、中に乗る市民達は瞬く間に恐怖のどん底へと叩き込まれていった。
武装を施していない避難船が砲撃に耐えきれる訳もない。容赦なく叩き込まれていくガトリング・インパルス・キャノンは、瞬時にして1隻の避難船を蜂の巣にする。
  爆沈させていく、その光景はラディアも良く見えていた。その余波を受けて、船内が激しく揺れるのが、彼女でも十分に分かった。

(次はこの船が狙われるのね‥‥‥)

死神は脱出もさせない上に見逃してもくれない。文字通り絶望しかないと感じた。そして装甲の無い04号船は船尾から、中央の居住区にかけて砲撃を受ける。
その居住区には彼女がいた。他の市民達もいた。逃げ場のない、この棺桶の中にである。
  そして遂に、爆炎が居住区を突き破った。

「きゃぁあああ!!」
「た、助けてくれえぇぇ!!」
「ママぁ! 怖い、怖いよおぉ!!!」

地獄絵図だった。巻き込まれる市民は女子供など全く関係ない。ラディアは下敷きにはならなかったものの、爆風を受けて壁に叩きつけられてしまった。
か弱い彼女には耐えがたい苦痛だった。そして内臓に傷を負ったのだろうか、咳き込む度に血が滲んでいる。この時、彼女はダメだと悟った。

(‥‥‥フュアリス‥‥‥私も、直ぐに‥‥‥そちらに逝きます)

  死を待つだけだと思ったが、火災に包まれる居住区の広場にぐったりとする彼女に耳に、幼い子供の声が聞こえた。

「間違い‥‥‥ない。赤ん坊の‥‥‥声」

辛うじて聞こえる、聞き逃しようのない子供の泣き声だった。その泣き声の方角に目を向ければ、その子の父親と思しき男性が、母親であろう女性を瓦礫から庇い、その女性もまた1才の女の子を抱きしめていたのである。
  両親2人は既に息絶えているのがわかり、彼女は覚束ない足取りで赤子の元へと足を何とか運ぶ。そして、その幼子を母親の手から引き取り、抱きしめた。
泣きやまない子をあやそうとするが、再び振動に襲われる船内。彼女は傷ついた体に鞭打って、別区画へと移動したのである。
幸いにして、個室の並ぶ区画には日の手も届いていなかった。いつ、この船が爆沈してしまうのかと不安になったが、どうやら航行不能になっただけの様だ。
  後は救助が来る事と、この区画の空気が持ってくれる事を祈るしかない。だが、自分の命が持つか‥‥‥。

「さぁ‥‥‥泣き、やん‥‥‥で?」

1つの個室に入り込み、何とか備え付けのベッドに入り込むと、泣きやみそうにない幼子をあやかし始める。だが、泣きやみそうにもない。
ラディアはふと、個室別に備えられていた筈の救難セット一式を思い出し、それを取り出す。
  泣きやまない原因は、構ってほしいのか、怖いのか、空腹なのか‥‥‥子供を育てた事のない彼女には想像するしかない。
だが、泣きやますにはこれしかないと、ある行動に出た。来ていたジャケットのボタンを外し、ブラウスのボタンを4つほど外すと、乳房を片方だけ出した。
救難セットの中にあるガーゼで消毒を施すと、幼子の口に近づけたのだ。泣きやますには‥‥‥これしかない。これは彼女なりの、あやし方であった。
泣いていた幼子は口元に寄せられた乳房に気づき、力弱くではあるが吸い付き始める。
  その光景を見て、彼女は思わず微笑んだ。あの人との子供が出来ていたら、このくらいなのだろうか、と。後は救助が来てくれるのを待つだけだ。
だが彼女の体力が持ち堪えてくれる保証はない。以前として内臓部分に傷を追った状態だ。恐らく、自分の命の方が先に立たれるだろう‥‥‥しかし、そうはいなかい。

(せめて、この子だけでも‥‥‥)

既に戦死したであろう夫を追う前に、この幼子を助けたい。どうすれば‥‥‥と、救難セットの中にあった薬品アンプルに眼が止まった。そうだ、これしかない。
アンプルを手に取り、それを銃の形をした注射器にセッティングする。そして、乳房に吸い付く幼子の右腕にあてた。痛みを感じないレベルの針が、僅かに刺さった。

(ごめんね‥‥‥けど、これしかないの‥‥‥)

それは人間を長期的に睡眠状態にする睡眠薬だ。人体への悪影響を及ぼす事はなく、何故これが救難セットにあるかというと、今彼女の境遇を想定しての事だった。
無駄な体力を使わずに待つ為に、昏睡状態にして長期的に眠りにつかせる。注射を打たれた幼子は、次第にまどろみ始める。
  そして、数分しない内に眼を閉じた。

(後は‥‥‥運次第‥‥‥。あぁ‥‥‥神様、どうか、この子が‥‥‥助かりますように‥‥‥)

心内で願うと同時に、彼女の意識はそこで完全に途切れてしまった‥‥‥。救助隊が来たのは、この3日後の事であった。

「ラディア‥‥‥頼む! 目を空けてくれ!! 目を‥‥‥目を、空けてくれ!! ラディアああ!!!」

 マルセフは病院で目を閉じている妻に対して懸命に呼びかけていた。彼は艦を大破させられ自身も負傷していたのだが、部下のおかげで応急処置を施された。
そして数名の生き残りと共に救助を待ち続けたのである。辛うじて救助された彼は、壊滅した避難船の中にも僅かながら生存者がいた事に喜んだ。
何よりも妻も含まれていた事にだ。
  だが現実は甘くはなかった。マルセフが対面を果たしたのは、生気の欠片の無い眠り逝くラディアの姿だったのだ。これに彼は愕然として大きな衝撃が走った。

「お願いだぁ‥‥‥目を、覚ましてくれぇ‥‥‥ラディア! くそぉ‥‥‥目を‥‥‥覚ましえくれええええ!!!」

悲痛な叫び声が病室内部に響き渡ったが、それがラディアを呼び覚まさすことは無い。死者は、永遠に蘇る事はないのだから‥‥‥。
それから15分程泣き叫んだ彼は、名残惜しみながらも病室を出て行った。最愛の妻を失い途方に暮れているマルセフの下へ、看護師が幼子を抱いて近づいて来た。
  彼は自分に何の用なのか、と暗い表情で見やる。すると、その看護師は思いがけない事を言った。

「あの‥‥‥この子、貴方のお子さんでなくて?」
「‥‥‥は?」

何を言ってるのか、この看護師は、と呆れたような表情をする。自分らに子供などいなかった。欲しいと思った事はあるが‥‥‥それは叶わなかった。
それにしても何故、看護師がその様な事を話すのか訳を訪ねた。そこで聞いた内容に対して、彼は沈黙から活性化される程に驚かされた。
救助隊が発見した時、ラディアは救命セットを使い、この幼子を救ったというだ! しかも、我が子の様に乳房を吸わせたまま、その子を抱締めて息絶えていたと。
その表情は、本当に子どもを愛する母親の様でもあった、と言うのだ。
  そこで彼は理解した。ラディアは、あの地獄の中で生き残り、文字通り死力を尽くして幼子を助けたのだと。彼は枯れたと思っていた涙が再びあふれ出る。
そして、その赤子を看護師から受け取った。今もなおスヤスヤと眠る、赤ん坊の表情に軽く指を当てる。妻が――ラディアが、守り抜いた命なのだ。
今1度その赤子を優しく抱きしめ、顔をその子へと寄せた。その子が目を覚まそうが構わない。

(彼女が守った命‥‥‥今度は、自分が守ってやる!)

彼は命を繋いだ赤子に無言だが硬い誓いを立てたのだった。





  マルセフの過去を語り切ったはやて。それを静かに聞き入っていたなのは、マリエルの2人の表情は揃って暗いものだった。
あまりの残酷さに、なのはの目尻には涙が溜っている。

「そんな事が、あったなんて‥‥‥」
「ウチも、正直この話を聞いた時はどう反応すればええのか分からんかった。フェイトちゃんとカリムも同様やった」
「けど、はやて。その‥‥‥マルセフ提督が引き取った子は、どうしているの?」

マリエルが気になった幼子。なのはもそれを気になった。

「マルセフ提督が養子として、育てておられたらしいんよ。無事に成長してくれたみたいやし、その時の提督の表情も嬉しそうやった。ただ‥‥‥」
「ただ、どうしたの? はやてちゃん」
「うん。向こうの地球がブラックホールに飲み込まれそうなのは、聞いとるよね? 今、こっちに迷い込んどるせいで、向こうの現状が分からんのや」
「そう、だったね‥‥‥」

そう、彼女らのみならずマルセフも、地球の現状が分からない。今頃はどうなっているのやら、と首を傾げるばかりだ。しかし、彼は信じていると言った。
  地球の住民たちは必ず、アマールに辿り着いていると。故郷を失うもかもしれない中で、マルセフの目には自信が溢れている様にも、はやては思えた。

「さ、暗い話はここまでにしとこか。皆で茶でも飲も!」

気分転換の意味でも、はやては笑顔で友人達に言った。これ以上、暗い感情ばかり溜めこんでも仕方らあらへんのや。これからSUSと戦わなあかん、元気を出さな!
その笑顔につられるようにして、なのはも、マリエルも幾らか明るい表情をつくり、友人の誘いに乗るのであった。

「マルセフ提督!」
「おぉ、ハラオウン一尉か。待っていたよ」

  方や、見学の予定を入れていたフェイトは、管理ドックのフロアで待っていたマルセフに声を駆け寄る。マルセフも、待ち焦がれたという風な表情で出迎えていた。
大概は〈シヴァ〉艦内にいるマルセフであったが、フェイトの申し出を受けて自ら出迎える事にしていた。その方が楽である、と思ったのだ。

「お時間を頂き、ありがとうございます。お世話になります」
「なに、世話と言うものでもあるまい。貴官の意気込みに、こちらも応えないといけないからな。では、移動しようか」
「はい」

マルセフの案内に従い、フェイトもついてゆく。艦載機は〈シヴァ〉のものを見る事になっており、そのために坂本も格納庫で待機しているらしい。
こうも無茶な願いを聞き入れてくれるマルセフに、フェイトは感謝した。たかが一尉――地球で言う大尉の身分である自分の面倒を見てもらえるのだ。
同時にこの教えを身に沁み込ませて、必ず役立たせて見せる! と内心で意気込んでいた。だが、傍から見ると師弟の関係には見えずらい。
  年齢の差であろうか親子に見えてしまうのだ。しかもどちらも髪の色が金髪ときたものだ。この様子を見ていた多くの局員、防衛軍兵士は同じことを思った。

“どう見ても父子としか見えない‥‥‥”

はやてが言ったのも案外、頷けられていた。父親を持った事のないフェイトは、無意識的に寂しさを隠す事があった。
そしてそれを裏返すかのような行動が、彼女が引き取っている2人の子供――エリオとキャロへの過度ともいえる愛情だった。
その為か、彼女自身、マルセフを何処か父親を見る様な目を持っていたのかもしれない。2人の後姿はどこか、微笑ましくなるような、絵になる雰囲気であった。




〜〜あとがき〜〜
どうも、第3惑星人です!
本編がだいぶ進んでまいりましたので、今回は裏側視点を書かせていただきました。
そして、ネタを提供して下さった読者様、誠に恐縮でございます!
マルセフの過去話を中心と書かせていただきましたが、少し無理しすぎた感がありました。
シリアスな雰囲気を作れているのか、自分でも不安で仕方がないです。
今後もこの様な外伝的な話を掲載していこうかと思いますので、よろしくお願いします!

それと感想のお返事ですが、基本は本編でお返ししようかと思っておりますので、ご容赦ください。



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