外伝『新部隊結成! 第6戦術教導団』


『副長。少し、時間を貰って良いかしら?』
「ハ! すぐ、そちらへ伺います」

  ある日、本局管理ドックに停泊している装甲巡洋艦〈ファランクス〉の艦橋にて、修理状況をチェックしていたアレリウス・レーグ少佐へ艦内通信が入った。
艦長であるスタッカート中佐からのもので、どうやら彼女の執務室へ呼び出し受けた様である。レーグは作業を一時中断して、スタッカートの下へ向かった。
  失礼します、と声をかけて入室するレーグ。そんな彼に対し対面したスタッカートは、ややニヤリと笑みを浮かべた表情で出迎えた。
いったい、何があったのだろうかと不安になるレーグであったが、彼女は悪戯心を弄ぶようなタイプではなく母性本能を持つ心優しいタイプの女性だと認識していた。
それ故に、この笑みは何を含んでいるものかと考えていたのだ。

「忙しい時にごめんなさいね、副長」
「いえ、大丈夫です。それよりも、いったい何のご用件が?」

  本題に移りたいとレーグが言うと、スタッカートは待ってましたと言わんばかりに、呼び出した訳とその内容を話した。
それはレーグが以前に興味を抱いていた事であった。それを聞いた途端に彼の表情は綻んだ。

「それは本当ですか、艦長!」
「えぇ、本当よ。マルセフ司令からの直接連絡が来たの。それと、リンディ・ハラオウン統括官からも許可が降りたらしいわ」

レーグは子供が新たに興味を抱いたかのように喜んだ。その内容とは、管理世界でタブーとされた技術、即ち戦闘機人の技術資料を公開してくれるという話である。
今は亡きデザリアム帝国のサイボーグ技術を凌駕するかもしれない、戦闘機人の技術を目の当たりに出来るとは滅多にないであろう。
ましてや、彼は管理局の人間でもない。部外者に易々と見せられる代物ではないだろうと諦めかけていたのだ。
許可を降ろしてくれたリンディ提督と、それを執り成してくれたマルセフ総司令と、目の前のスタッカートに感謝した。
話によれば、1時間後程に迎えの者が来てくれるとの事であり、その迎えに来るという人物の名前もレーグの知っている名前であった。
訓練航海に乗艦したマリエル・アテンザ技術局員である。

「くれぐれも失礼の無い様にね、副長」
「ハッ!」

  威勢よく返事と敬礼を行うと、彼は直ぐに部屋を退室した。残っている作業を片付ける為だ。そんなレーグの後姿を見たいてスタッカートも思わず微笑んだ。

(興味のある事を見つけると、どこか童心に戻る傾向があるのは、人間と何ら変わらないわね。少しでも、彼自身の為になれば良いのだけれど)

彼だけでなくデザリアム人一般に言える事なのだが、亡き祖国が科学第一主義の傾向で倫理観や人道主義よりも科学の発展を求めてしまう嫌いがあるのだ。
地球連邦の矯正教育によって和らげられてはいるものの、管理局の技術倫理に触れて自らを律する様になることをスタッカートは期待していた。
無論、彼だけではない。彼が新たに得た知識から防衛軍および管理局の新たな進展に繋がれば万々歳だ、と彼女は思っていたのである。
  しかし、それが実現されるのに時間はどのくらい必要になるであろうか‥‥‥と、遠い星を見るような目で、未来を想像した。

(それにしても‥‥‥)

彼女は思う。まさかレベンツァ星域でSUS艦隊と遭遇する事になろうとは、運命と言うものは何処まで意地悪なものなのだろうか?
訓練によって精神と体力ともに疲弊した所で戦闘に突入する事になるなんて誰が想像しようか。彼女もSUSがあの宙域に出て来るとは思ってもいなかった。
あの遭遇が無ければ管理局にも、我々防衛軍にも犠牲は出なかった筈だ。数少ない同胞をさらに失い、部下達のみならず、他の艦長達にも不安の様子が見て取れる。
  こんな事を考えているスタッカートも、その1人であったりもする。幾ら性能面で上回るとはいえ、このままでは数の圧力に磨り潰されていってしまう。
そうさせない為にも、またこれから力を高めていく為にも、レーグには是非とも管理局の知識を詰め込んでもらい、新たな力へと発展させてもらいたいのだ。
スタッカートはそんな事を願いつつも、デスクに置いていたティーカップを手に取る。そして、まだ中に入っている、やや冷め気味の紅茶を口に運び飲んだ。
  出迎えに来ていたマリエルは、予定時間通りにドックのフロアに到着していた。そして同時にレーグも〈ファランクス〉から姿を現わし、彼女の下へ向かった。
これで二度目の対面となるわけだが、レーグは以前と違い、やや高揚した表情でマリエルに声を掛けた。

「お世話になります、アテンザ技術主任」
「こちらこそ、レーグ少佐。早速ですが、ここから医療区画へと移動します」
「医療‥‥‥区画?」

  レーグは疑問を感じた。普通ならば技術部専門の区間へ行くのではないのだろうか。戦闘機人と言うのだから医療区間へ移動するのはおかしいのではないか。
怪訝な表情をするレーグにマリエルは応えた。管理局において戦闘機人は必ず定期的なメンテナンスを行わなくてはならないのだ。
それ故に、医療区画でも特別な戦闘機人専用の医療技術設備を設えた場所でメンテナンスをすると言うのである。
これを聞いた彼は納得した。成程、戦闘機人とて無調整で永久稼働する訳がなく、必ず調整を受ける必要があるのは自分らデザリアム帝国と何ら変わりないのだ。
それでも人間と同じ場所に施設を置いている訳はないらしい。マリエルから直接話を聞きながらも、彼は戦闘機人の資料がある施設へと足を運んで行った。





  本局内には管理局員専用の病院や病棟といった医療専門の区画が備わっている。それどころか管理局員とその家族が住む大都市と呼べるものすらあるのだ。
そもそも転送ポートを駆使しないと、指定の場所まで数十日を要するという場合すらある。
しかし、その場所にある病棟は知っている者すら僅かしか居ない。確かに管理局直属の病院なのだが、普通の転送ポートでは行くことすらできないのだ。
大半の管理局員は、嫌悪と痛ましさの表情を浮かべ口をつぐむだろう。

“違法技術による被験者の治療施設”

  もはや元の生身の身体に戻すことなど出来ない被害者達を収容し、少しでも命永らえさせるための施設である。少し前に起こったJS事件での│戦闘機人達《ナンバーズ》も、日常生活に問題なく暮していても定期的に“身体調整”を受けなければならないのだった。
その施設が場違いな訪問者を受け入れたのは、地球防衛軍が演習から帰還した次の日である。彼をゲストとして迎え入れ、この医療区画に入ってから数十分の間にマリエルはとある数をさりげなく脳内で数えている。
  これで、22回目‥‥‥。

「素晴らしい!」


画面内の詳細に書かれたデータを見比べながら、感嘆の声を連発しているのはレーグだった。戦闘機人専門の施設内に来て、資料を目にするやこの調子である。
本来、地球人では技術者以外アンドロイドという機械人に興味を持つ者は少なかった。精々人間の代わりができる、便利な道具としての側面しかなかったのだ。
  しかし、レーグ少佐は違う。かつて地球を侵略し、そして滅ぼされたデザリアム帝国の元軍人なのだ。このデザリアム帝国の生命の尊さを遥かに上回る機械信仰ぶりの凄まじさは、地球人だけでなくマリエル達管理局すら唖然とするしかない。
帝国の全国民が機械人であるに止まらず、あらゆる合理化を図った結果として自らの母星すらを機械の星に変えてしまうような圧倒的な科学力を持っていたのだ。
さらには特定生物の脳を破壊させる重核子爆弾の開発した。それを白色銀河の本星から遥か彼方の距離から遠隔操作して天の川銀河の地球へ送り込む。
つまり、数十万光年という距離ですら通信を可能とする力も有していたのだ。
  地球侵略時、管理局とは比べものにならない力を持つ地球防衛軍が手も足もでなかったのも納得である。彼も頭脳以外は機械の体――即ちサイボーグである。
管理局の機械人に興味を持つなと言うことの方が酷だが、管理局の戦闘機人は違法技術であり、上層部はマリエルの懇願を蹴りつけるのではないかと悩んだ。
だがマリエルの懇願を、上層部側は呆気なく許可が下ろしてしまったのである。あまりのことに拍子抜けとなってしまったほどだ。

「地球艦隊の圧倒的な技術を恐れるだけでなく、反骨心を持つ者も多いのでしょう。このあたりで管理局の技術をアピールしておきたいと言うことかしら?」

リンディ提督は悪戯めいた笑みを浮かべていたが、こうも過剰な反応が返ってくるとはマリエルも思わなかったのだ。
  数分した後、さすがに技術畑のレーグもマリエルを置いてきぼりにして、資料に夢中になっていた事に気づいたようで、詫びを入れる。

「この技術があれば、我々デザリアム人は地球侵略に打って出なかったでしょう」

との言葉にはマリエルはお世辞と思いつつも嬉しくなった。確かにこれらの技術があれば、彼らデザリアム帝国は地球を侵略する事は無かったかもしれない。
だが厳密に言ってしまうと、それだけが侵略の対象となり得る訳ではない。デザリアム帝国本星は先述した通り人口天体という機械の塊だ。
  当然、自然エネルギーなど存在しないし、沸き出す物資も存在していない。それを確保するために彼ら帝国は他勢力に侵攻したのである。
その典型例が、第2次イスカンダル遠征時に遭遇したデザリアム帝国軍 資源採掘艦隊だ。資源を手にする為、手段を選ばぬそのやり口は地球防衛軍の記憶に新しい。
ガミラス星とイスカンダル星の地下に埋蔵されている純度の高いエネルギー変換鉱石、さらにベテルギウスのα星の莫大な熱エネルギー等に手を出したのだ。
それでも、彼らからすれば生きる為なのだろうが‥‥‥。
 改めてマリエルに向きなおったレーグが真摯な瞳を│湛《たた》えて質問する。

「さて、今回アテンザ主任が態々私の希望を叶えてくれただけとは思いません。といっても技術交流をするには、余りにも個人的な招待です。どの訳を‥‥‥お聞きしてよろしいですか?」

さすがに鋭い‥‥‥とマリエルは思う。迂遠な話より単刀直入に彼女は聞いてみた。

「現在の管理局における戦闘艦技術を、貴方はどう思われますか?」
「‥‥‥ふむ、ハッキリと申しましょう」

成程、自分らの技術体系が我々の世界で通用する代物であるかを、技術の専門である自分に聴いておきたかったのか。
そう納得するや否、曖昧な回答は非礼だと思いつつも、その曖昧さが後に中途半端な対応に繋がり被害の拡大に繋がっては元も子もないと判断して答えた。

「管理局の艦船では、我々の世界に存在する戦闘艦に太刀打ちできません。管理局の艦艇は私の見るところ、治安維持を任務とした警備艦でしょう。防衛軍の戦闘艦とは根本的に違う。あのアルカンシェルという魔導砲とて戦闘兵器ではない筈です。失礼ながら、土木機械の類と私は見ました」

あまりの的確な意見に、二の句が告げないとはこの事である。
  確かにアルカンシェルは管理局の決戦兵器であり強力ではあるが、如何せん融通が利かない。彼はアルカンシェルの事を、兵士が敵に向かって投げつける“手榴弾”ではなく、巨大な岩を発破する“ダイナマイト”と言い切ったも同然だ。
威力は同じでも使う目的が明らかに違う、故に兵器足りえないのだと言うのである。
  マリエルはさらに続けて訪ねた。

「ならば、貴方がた防衛軍の艦船を、こちらでコピーして使ったとしたら‥‥‥この問題は解決しますか?」
「それも難しいでしょう。コピーできる程の技術力が必要であるうえに、それを扱う為に管理局艦船の乗組員の練度を上げなければなりません。今から訓練させても
1年は掛りますよ。その前に戦争は終わってしまう。私なら艦船は勿論、今の魔導師が着ている戦闘服や所持する武器を改良する方を選びますね」

ここでマリエルは、レーグの言った言葉に疑問を持った。そうだ、彼はバリアジャケットを着ている(・・・・)と言ったのだ。

「え‥‥‥着ている? 所持? 装着の間違いでしょう」
「え? あれは着たり持つものでは‥‥‥?」

逆にレーグが疑問を持った。相互に疑問を抱えた2人であるが、それがとんでもない勘違いをしている事に気づくのは、その数秒後のことである。





「なんということだ!」

  レーグは自らの肉体に内蔵された端末から〈ファランクス〉の電算室へ接続し、さらに管理局のデバイス等を駆使して猛然とプログラムを組み上げている。
前に見た魔導師の模擬戦闘では、地球防衛軍の誰もが彼女達はバリアジャケットを“着て”武器を“持って”戦うと思い込んでいたのだ。
まさか‥‥‥彼女達の自己端末デバイスが、疑似収納空間を持ち、バリアジャケットを着装し、武器を生成するという常識外なものとは気付かなかった。
  このような技術は、デザリアムはもとより銀河系の何処にもないだろう。さらにレーグは模擬戦で感じた違和感の正体を突き止めていた。
本来人間が動き回れば、慣性がはたらき急激な機動や加減速は肉体に大きな負担をかける。本来肉体がバラバラに千切れ飛んでもおかしくないのだ。
それが起きないのだ。そして、彼らの有するデバイスが空間を操っているという事実。彼らの魔法文明は‥‥‥個人が空間を操ることを可能にしているのだ!
違和感を解消した途端に、彼の脳裏には不可能から可能という単語が沸き上がって来た。

「これは‥‥‥いけるかもしれませんよ」
「え?」

  いきなり行動が豹変し、猛然と技術者たる本性を現すレーグに、マリエルは途惑いの声を隠せない。

「かつて私の祖国ですら、狂気の技術と言われ葬り去られた物がありましてね。それを応用すれば、管理局の戦力は大幅に向上する筈です。ただし注意してほしいのは、私が作る概念はあくまで魔導師あってもので、普通の人でなく魔導師のような“超人”が使うことが前提なのです。それを忘れないでください」

彼は何を思い付いたのだろうか。
  その後、マリエルはレーグが提案したプランを受け取る事になるが、彼の発想に思わず驚愕してしまう。そのプランを彼女は至急、はやての基へと持ち寄った。
受けとったはやてもレーグのプランに一瞬言葉を失ったものの、これなら行けるかもしれへん、と確信したのだ。
彼女は急ぎ彼のプランを考慮しつつ、別のレポートを作成した。それは地上部隊向けに作成したもので、幕僚長たるラグダス・マッカーシー大将宛である。

「今のままでは管理局は滅ぶ。滅んでから後悔するのではなく、後悔してから滅んだ方がましや!」

  もっとも、簡単に滅ぶわけにはいかないのだ。レポートを念入りに作成していく。さらにマリエルの方にも先ほどのプランを中心に作成してもらった。
はやてのもので意見が通れば、万々歳であるのだが‥‥‥。そして完成したレポートを、マッカーシーに面会する前に送付させる。
  だが案の定と言うべきか、彼女の不安は見事に不安という的に的中することになったのである。

「駄目だ! 私はそのような物を認めることは出来ない」

面会早々、拒否反応を起こしたが如く、マッカーシーの声がミッドチルダ地上部隊本部の幕僚長執務室にて響いた。廊下を通っていた局員も振り返る程だった。
そんな彼のデスクの上には、はやてが事前に作成していた報告書が置いてあるのだが、それが認められることは無かったのだ。

「しかし、現状の魔導兵器では戦力の増強を望めません。防衛軍の兵器をコピーしたほうが、安上がりかつ簡単に戦力を上げることができます」

はやては内心溜息を吐きたいと考えていた。否、決して彼を嫌っている訳ではない。ラグダス・マッカーシー大将には以前、機動六課創設時にも助力してもらい、なにかと監査の名目ではやての妨害を行う、故レジアス中将を諌めた人物であったのだ。
  そして彼個人にしても高ランク魔導師として実力を有する人物であり、はやての人を率いる統率力を見抜き、早くから彼女に対して目を掛ける程だった。
その彼が最大の壁となって立ちはだかった。その原因ははやてにも痛いほど解る。現実主義派と言われる彼だが、『魔法優位の管理世界』に頑固なまでに拘るのだ。
自らが負傷してまでも解決した難事件の数々‥‥‥サングラスに隠された傷痕は、もはや誰もが認める勲章であると言って良い。
彼の台詞である「私は管理局魔導師としてここにいる、この傷に賭けて」など、その俳優ばった仕草と共に有名なくらいだった。

「だから‥‥‥何だと言うのだね? 君は管理局の本質を見誤っているようだな」

容赦のない鋭い視線がサングラス越しに、まだまだ若い若年指揮官に突き刺さっていく。その抉る様な威圧に、はやてはよろめく事なく立ち続けてるのだが、正直言って臆する事なく立ち続けているのが軌跡に等しいさえ思ってしまっていた。

「管理局は本来魔導師による世界全体の平和維持が目的だった筈だ。ただし、一般人が補助するのは構わん。無人兵器とて魔導師を助けるのならば有用どころか推奨する。しかし、本来補助の役割のものが主役となってみたまえ。君のような指揮官は良い、だが君の部下は化学兵器に敵わぬ役立たずとなりかねんのだぞ!」
「しかし‥‥‥」
「しかしもヘチマもない!」

  はやての言葉を、口に出される前に塞ぎ切るマッカーシー。この反応ぶりから改めて、彼の魔導師を重視する気持ちがどれ程にまで強いのかが伺える。
どうしても質量兵器の導入を認めさせないのだ。

「あくまでも、我々は魔導兵器による新兵器開発を行い、SUSに対して反撃を行うのだ」

と今の管理局世界が進めている兵器開発の具合を言ってみせる。

「技術部の血の滲む努力によってアインヘリアルの後継魔砲は、地球防衛軍艦載砲に匹敵するところまで来ている。〈GF(ガジェット・フライ)U型〉も、ようやく飛行試験にこぎ着けた。ヴァンデインやカレドヴルフを初め、各企業も特色ある新兵器を提案してきている。君はもっと部下の事を思い、自らの業務に反映すべきだ。違うかね?」
(‥‥‥えぇ閣下、それに間違いはあらへん。でも後継魔砲はやっと防衛軍の駆逐艦と同程度(・・・・・・・)、しかし総合性能でそれ以下。新兵器も実戦投入まで丸々1年は掛るで‥‥‥それを承知しておらへんのか、マッカーシー大将は)

おもわず毒を吐きたくなる表情を抑える。それに今凌げなかったら、どのみち管理局は終いなのだ。
  どうにも動こうとしない司令官に次の策を労すべく、はやては斜め後ろで控えているマリエルに目配せする。本番は‥‥‥ここからだ。

「失礼します。今の話を拝聴したところ、閣下は今後の魔導師の行く末を憂いておられると小官は考えます。つまり、今後作られる兵器にどのような形であれ、魔導師が関与できれば柔軟かつ先見ある閣下は、考慮に値すると見てよろしいでしょうか?」

はやてに向くマッカーシーの厳しい目がマリエルの方に視線を移す。マリエルが予め提出していた文書に変わり、別の資料を手渡した。

「現在、質量兵器であろうと魔法兵器であろうと、習熟という点については変わりません。そこで魔導師用デバイスという介在者を通し、習熟期間をゼロにします」
「ふむ‥‥‥しかし、デバイスは非魔導師用も多くあるぞ。たいして変らん筈だ」
「いえ、私のプランでは魔導師用デバイス――それも超高ランク魔導師用のデバイスでなければ使い物にならない筈です。なぜなら、その資料にあるように魔導師がデバイスを介して、魔力をもって質量兵器を統制する形式をとるからです」

資料の概論部分に順次に目を通していくマッカーシーの目が、とある部分に来たところで眉毛をピクリと跳ね上げたのを、はやては見逃さなかった。
そして、はやて達に何も言わずに自らのこめかみを指でなぞり始めたのである。資料を一瞥しただけでその本質を察したのだ、と悟らざるを得なかった。

(有能な人は、これだからやっかいや。まぁ‥‥‥ウチラがしようとしてるのは管理法違反確実やしな)

今度は毒の代わりに、冷汗を出したくなるはやて。
  資料から目を離したマッカーシーは、視線をはやてに再び向き直らせた。

「八神二佐、事前に提出した文書はフェイクだったのかね? 随分と私も謀られたものだ」
「理想に邁進する閣下を説得するのは、並大抵ではないと考えておりましたので」

はやては深々と、綺麗な姿勢で頭を下げた。マッカーシーは窓からチラリと外の景色を眺めるふりをして、数秒の後にはやてに向き直った。

「‥‥‥よかろう、貴官の企みに乗ってやる。第6戦術教導団の席が空いている筈だ。それを使いたまえ」
「有難うございます」

マッカーシーからサインを入りの承諾書を受け取った後の帰り道、本局への通路を歩きながら二人は話を続けていた。

「まさかマッカーシー大将から言質をとるだけでなく、部隊編制のお墨付きまで貰えるとは思いませんでした」
「向こうも現状どん詰まりなのは解ってる筈やし、ウチらがここに来たことは〈海〉でも話が進んでいると考えたやろな。実現可能なプランに乗り遅れる失態は回避したいと言うのが本音かもしれんよ」
「だからリンディ提督が『本局は説得するから地上本部をなんとかしなさい』ですか‥‥‥喰えませんね。たぶん、地上本部がプランを採用したと聞いてキンガー中将も対抗上譲歩するでしょう。『持つべきはよき上司の年の功』ですか?」
「‥‥‥ソレ、提督の前で言ってみ? 後悔する暇もない筈やから」
「慎んで御遠慮いたします」

はやての忠告にマリエルは苦笑し、自重すると言う。それはさて置き、とはやてはある事でやや不満顔を見せる。

「さて、こっちはこっちで、誰があないな渾名言い振らしたか突き止めんとな。まさか、マッカーシー大将の口から“ちびたぬ部隊長”が出てくるとは思わんかったわ。恐らく元凶は、あいつとこいつと‥‥‥」
「仕事を優先してくださいよ」

最後にラグダス大将からでた一言にプリプリと怒りながらも、どこか彼女は楽しそうだった。彼女達の挑戦はここから始まるのだ。





  時空管理局本局の管理ドック内では、地球艦隊への補強と補給作業が続いている。あの『レベンツァ星域会戦』から3日程度しか経っていない。
本局内部にある部品製造工場の機械は全てフル稼働しており、休む間もなく新たな資材を加工して装甲や部品へと作り変えていく。管理側も疲労が溜まるばかりだ。
しかし、特に疲労を蓄積させている人物は、恐らくレティ・ロウラン提督であろう。彼女は運用部を管轄しているだけに、資材世界から輸送される物資をリストアップする他、それを輸送する為の艦船を手配し、随時それを繰り返さねばならないのだ。
  資料に目を通すだけ、とは馬鹿に出来ない作業が続く。おかげで彼女は執務室に貼り付け状態、もとい缶詰状態に等しいのである。
無論、休憩や睡眠もとるのだが、割に合わないのだ。それでも作業は効率的にいくとは限らない。SUSの侵攻で大きく航路関係にも支障をきたし始めている。
到着時間が大きくずれたり、ドック入り口付近で艦船の渋滞まで起きる始末。この様な状態で、SUSに対する迎撃態勢が間に合うのだろうか‥‥‥。
思わず彼女は眼鏡を外し、眉間辺りに指を当てて、目の疲れをほぐす。こうも資料ばかり見ていると疲れる。

「ロウラン提督、少し休憩なされては‥‥‥」
「お気遣いありがとう。でも、これらを片付けないと」

  補佐を務める20代後半の男性局員が気遣うものの、レティはやんわりと断る。部下達に無用な不安を抱かせたくはなかった。
とはいえ、周りからすれば無理していると見られて当然であり、さらには息子であるグリフィスからも通信越しではあるが心配を掛けられたのだ。
やはり、無理をしていないと偽ること自体、無理なのだろう。レティは自分に対して苦笑しつつも、資料の纏めと決算を続けて行った。
  方や管理局のドックにて物珍しそうに眺めやる局員がいた。そうやって眺める事じたい今更珍しい事でもないが、彼女の場合はかなり個人的な興味があった。
薄紫のショートヘアをした16歳の女性――ルキノ・リリエ二等海士だ。彼女は元機動六課所属であり、通信に関してオペレートを行っていた経緯がある。
解散後は本局勤務になり次元航行艦船の見習いとして配属の予定であった。過去形で語らねばならない理由は、配属となる艦がSUSに撃沈されてしまった事にある。
  だが裏を返せば、彼女がもしも早く乗艦していたら今ここに居ないという事になる。全く持って彼女は運が良かったと言えるだろう。

「いいなぁ‥‥‥地球の戦艦。一度でいいから、操縦してみたい」

彼女の呟きは乙女らしい願望とは程遠いであろう。ルキノは次元航行部隊に所属しているが、通信手としての腕を持っている他にも航行管制系統の訓練も受けている。
それはいずれ、自分の手で艦船の運用を行いたいという気持ちがあった故だ。
  しかし彼女はある事に気づいていない。それは、防衛軍艦艇と管理局艦艇の操艦法の違いだ。防衛軍では自動化が進む中でも操舵席が設けられている。
操舵用の操縦桿や各種調整レバー等を使い分けて艦体を操っていくのが主流である。機械化が進んでも、人の手による細かい動きを要求した結果でもあった。
もっとも、自動化システムの補助的な役割もあったのだが、今では逆な考えだ。
  方や管理局の艦船は、操舵席が設けられているものの、防衛軍の様に操縦桿等の装置は設けられていない。全てコンソールによる設定で運用されるのだ。
管理局側としては細かい操舵は無用だと考えられていた。特に防衛軍のような艦隊戦における機動性が求められていた訳でもなく、正確な運用が出来れば良い。
そこで、艦船の全てはコンピューター制御が主力となり、操舵手という名の運行管理者がキーボードで運行データや動きを入力していくのである。
  ここからして防衛軍と管理局の艦隊運用の差が大きく見えている。良い一例として、〈旧ヤマト〉と〈アンドロメダ〉の追跡劇が挙げられるであろう。
反逆者として〈旧ヤマト〉を追う〈アンドロメダ〉は、以前にも説明した通り、当時の地球では最新鋭かつ最強の戦艦として誕生した新鋭戦艦である。
性能的には絶対的に〈旧ヤマト〉に遅れは取らない筈である‥‥‥が、それも外見ばかりのスペックでしかないことを〈旧ヤマト〉が名指しめだのだ。
無人化を進めた〈アンドロメダ〉は、小惑星帯内部で玄人が操る〈旧ヤマト〉に引き離されてしまった。此処で無人化を進めたツケがまわったのである。
人の手で操る事がどれ程に優位な事かを示した。管理局がもし防衛軍並みの艦隊運用を行うとなれば、僅かながらでも人の手による操舵を求めるべきかもしれない。
  羨ましそうな表情で防衛軍戦艦を眺めやり続ける彼女に、聞き覚えのある女性の声が聞こえた。誰かと振り返れば、それはかつての上司であるはやてだった。

「どないしたん、こんな所でボーっとして?」
「はやてさん‥‥‥。いえ、実はですね‥‥‥」

ルキノは、ここに並ぶ地球の戦闘艦艇に興味津々である事を、はやてに伝える。それを聞いたはやても思わず、成程な、の一言で納得した。
彼女が艦船操縦に強い憧れを抱いていたのを、はやては知っていたからだ。
  しかし、防衛軍に対して軽々しくも教えて等とは言えない。ましてルキノはたかだか二等海士。きっと嘲笑されてしまうに違いない‥‥‥。そう考えて当然だった。
だが目の前にいるかつての上司は、ルキノの考えている事とは違う事を口にした。

「せや、ウチがなんとかしたるわ」
「はぃ‥‥‥え? はやてさん、今なんて‥‥‥?」
「だから、ウチが何とか取り繕ったる言うたんや」

その瞬間、ルキノの目に今までに無い程の輝きが灯った。以前、はやてがフェイトの事で「父親にプレゼントを貰う時の顔や」と評したより以上に、嬉しそうな表情だ。
  しかし幾らはやてがコネを持っているとはいえ、まだまだ日が浅く関わりも浅い。今のところは〈ミカサ〉副長たる目方中佐に、軍事的知識――主に兵器類のノウハウを教えてもらって間もない程である。
それでも言わないよりは良いだろう、と思ったのだ。それに防衛軍は先日の戦闘で修理に専念せねばならないうえ、出港する事も無いであろうと予想していた。
  彼女の手回しは直ぐに行われた。SUSが本格的に動くかもしれないない中で、時間は余りにも貴重なものだ。
だからこそ、はやてはは直ぐに動きいた。まずはリンディに掛け合う。リンディは驚いた表情をした。防衛軍がレクチャーしてくれているとはいえ、それは個人的な願い受け入れてくれるにすぎず、あまりマルセフ達に無理を言えなかったからだ。
 とはいえ、聞いてみた結果によるだろうとリンディは思いつつ、マルセフへと連絡を入れた。あくまで個人レベルでのお願いに、マルセフはどう反応するか。
‥‥‥と不安になったものの、案外とすんなり許可が下りた。それにリンディは安堵し、はやても彼の判断に感謝した。

「ありがとございます、はやてさん! リンディ提督!」
「お礼は、私達ではなくでマルセフ提督に言ってね? 向こうは快く引き受けてくれたみたいだけど、くれぐれも失礼のないように」
「ハイ!」

 こうしてルキノは、防衛軍からの操艦レクチャーを受けるチャンスを手にすることが出来たのである。だが時間はかなり限られているらしい。それでもなお、彼女は極秘訓練を受けるが如くの心境で、〈シヴァ〉へ向かったのだった。
そして幸運と言うべきか、彼女の受けた僅かばかりの教えは、後日になって役に立つ時が来るのである。だが、当人もそんな事があろうとは想像だにしなかったが。




〜〜あとがき〜〜
どうも、第3惑星人です。
今回は本編ではなく外伝編を書かせていただきました。
毎度の事、ネタを提供して下さる読者様に感謝いたしております。
今回の外伝では裏方で行動しているはやて、そしてそれに関わるレーグの他、本編で防衛軍艦艇を操艦したルキノ辺りに光を当ててみました。
まだまだ文章表現不足が目立ちますが、それでもな、続けられるよう頑張っていきます。
感想に関しましては、本編でお返事させていただきたいと思いますので、ご了承ください。
それでは、また!



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