外伝『再会』
宇宙空間とは違う、次元空間を航行する一隻の艦艇。それは空間警備を行う次元航行艦ではなく、地球防衛軍所属の宇宙戦艦〈ヤマト〉であった。
第七艦隊旗艦として再就役した歴戦の宇宙戦闘艦が、何故、広大な空間をただ一隻で航行しているのか。予定ではマルセフ総司令らと共に、帰還する予定なのだ。
それが予定日より一日ほど繰り上げて出航し、地球ではない別の空間を目指している。行く先は、無人管理世界マクラウンである。
次元空間を勇ましく行進する黒鋼の戦艦〈ヤマト〉の最上階――すなわち艦長室には、当艦の指揮官である古代の姿があった。
座席に座り、宇宙とは違う外の空間を見つめていた。その眼は、どこまで遠くを見ているようであり、まだ会えぬ愛しい人への想いを乗せている。
(雪……)
背もたれに体を預け目を閉じながら、古代は瞑想していた。これまで雪に対して行った行為に、深く、より深く反省を促している。
自分が〈ヤマト〉と共に生きた記憶を割り切れないばかりか、家を離れ、家族とも離れ、三年もの時間を宇宙空間で過ごしてきた。
妻である雪は、そんな夫に対して常に理解を示し、責め立てるようなことはなかった。それは、彼女もまた〈ヤマト〉に乗り込んでいたからだ。
夫の気持ちが分かるからこそ彼女は、宇宙に出た夫の帰還を待ち続けた。そして、毎月に一通の手紙とちょっとしたお贈り物を出していたのである。
古代はそれを受け取るごとに、家族への想いを思い返した。宇宙に長くいることが常だった古代にとって、この手紙が家族を強く思い起こしてくれる錠剤のようなものだった。
彼はそうやって、決して家族を蔑ろにしているつもりはない、と意識していた。いや、そう思い込ませていたのかもしれない。
だが、妻の雪は理解してくれていても、娘の美雪は違った。当然と言うべきなのだろう。娘はディンギル戦後に生まれた子である。
〈ヤマト〉が戦ってきた時代を生きていたわけではなく、美雪が生を受けて暮らし始めた時には、既に過去の遺物となっているのだ。
彼女は雪や古代と違い、〈ヤマト〉を歴史の一部として知っているだけ……。両親が地球を救ってきた戦士であるという話も、耳にしているだけなのだ。
周りの者からも、英雄の娘だと茶化されていた。それが美雪にとって、どれだけ忌々しいものであったか。そのようなことは、ちっとも嬉しくはなかった。
彼女が本当に欲していたのは、両親からの愛情だった。幼い頃こそ、美雪は可愛がられたものだった。可愛い自慢の娘であると。
しかし、美雪が成長して物心つくようになり、中学生、高校生へと進学する内に、両親への想いは変わっていった。
その原因が古代にあることを、彼女は理解し、そして次第に距離を置くようになってしまったのである。
「お父さんは、家族よりも〈ヤマト〉を選んでいる」
時折見せる古代の寂しい表情から、そのような答えに導かせるのに難しくはなかった。
当人の古代はと言えば、自分なりに娘を愛していたのだろう。だが、〈ヤマト〉への区切りをつけることはできなかった。
次第に宇宙勤務が多くなり、果ては家庭を開ける時間も多くなる。必然的に、娘は父親への反発心を募らせていった。それを、彼は察することができなかったのだ。
(俺は、本当に愚かだ。〈ヤマト〉を忘れられないばかりに、家庭を蔑ろにしてしまった。宇宙で生きることに充足感を得ようとして……)
家族を失いかけた
今思えば、背筋の凍る話である。いや、半ば凍っていた。妻が護衛艦に乗ったまま行方知れずとなったという話を聞いた時、心内では“絶望”の二文字が浮かんだ。
それだけではない。ブラックホールが間近に迫っていた時、美雪の乗った避難シャトルが落雷の影響で故障し、墜落してしまったのだ。
他の乗組員が死んでしまった中で、彼女は古代によって奇蹟的にシャトルから助け出された。下手をすれば、娘をも失っていたかもしれない。
(これが、俺への報いか)
〈ヤマト〉に縛られ続け、家庭を放り出した己への、重い報いかと。あれほどに家庭を愛していたのに、こんなことになろうとは。
(俺は甘えていたんだ。〈ヤマト〉の思い出に浸り、雪は全てを理解してくれると……)
雪は古代の心情を理解し、不満を募らせる美雪を宥めていた。そうすれば、いずれは分かってくれるだろう、雪も、そして古代もそう思っていたのかもしれない。
だが娘は理解できなかったのだ。家庭より宇宙に生きる父親を認めることが出来ず、距離を縮めるどころか離していった。
家族との関係を疎遠にするつもりは、毛頭なかった。だが、それはどこまで願望であって、実態とはかけ離れていくのが実状である。
だからこそ、行方不明になった雪を探し出すと決意し、美雪の気持ちを理解しなければならないと、心に誓ったのだ。
今となっては、娘との隔たりが薄れ、親子としての絆は修復されつつある。後は、妻である雪を助け、美雪らと共に再会することであった。
その願いを天は聞き入れてくれたのか、行方不明であった雪の生存が確認されたのは、つい先ほどのことだ。
時空管理局の情報筋で、その情報元は管理局の元局員からだと言う。信憑性に疑問があったものの、その報告者がリンディ・ハラオウンや八神 はやてとも面識があるという。
その他にも多くの知り合いがいるようで、なれば、と古代はこの情報を強く信じた。
『艦長、間もなく次元転移座標です』
「わかった。すぐに行く」
艦長室へ報告を入れて来たのは、航海科に所属する桜井 洋一という青年。年齢は二一歳。商船大学校卒業生で、本来なら軍務とは縁が無い筈だった。
彼が〈ヤマト〉に乗艦した経緯というのは、古代との面識があるのと同時に、〈アマール〉への航海経験があったことにある。
軍関係では赴くことがなかっただけに、民間船での航海経験者を急務としたのであった。そこで、古代が貨物船乗りをしていた時のメンバーだった、桜井を徴用したのだ。
商船出身者だけに、“商船学校”と半ば馬鹿にされた様な呼び方があった。それに折れることもなく、彼は職務を全うした。
確かに桜井は、軍隊経験が皆無だった。だが航海科としての腕は非常に高い。航路データの整理調査を主とし、時には〈ヤマト〉の操舵を預かったのだ。
そのため、軍人でない彼の技量を目の当たりにした同僚は、もはや彼を“商船学校”と呼ばず、共にSUSと戦った戦友として見ている。
だがどの道、桜井は商船への勤務に戻るかもしれない。元々がそうなのだから、この戦争が落ち着いた先で、元の商船勤務を選ぶだろう。
惜しい気がするが、彼は正式な軍人ではないのだ。また民間商船の仕事に就きたいと言うのであれば、それを止めるのは野暮という物である。
第一艦橋には、八名あまりの各部署長がいる。その大半は二十代と若い者で固められている。以前までは、その平均年齢を上げていた人物――大村がいた。
(やっぱり、寂しいものだな)
機関長専用座席で呟いたのは、〈ヤマト〉機関長の徳川 太助だった。〈ヤマト〉三代目となる機関長で、初代機関長の息子である。
一五年、一六年前まえは頼りなさげな印象だったが、今や逞しく成長しており、昔の頼りなさげな面影はなくなっていた。
近年までは月面基地配属だったが、〈ヤマト〉再建計画に加わることとなり、正式な機関長として配属されたのだった。
そんな彼も、大村のことは寂しく思う。元副長兼技師長だった大村は、この世界に来る前のSUSとの戦闘で戦死してしまったのだ。
半ば特攻や玉砕とも言えるものだったが、彼が作った勝利への道は大きかった。古代との親交も深く、貨物船時代では良く助けてもらっていた大ベテランの船乗りだ。
元軍人で、一端退役したものの、このご時世のためにと、復帰を果たしたのである。彼は年齢から言っても、まだまだ活躍できる人物だった。
それだけに彼の死は、古代への心身に対するダメージを大きくした。頑固者のイメージが強かったが、筋は通って物わかりが良かった。
〈ヤマト〉航海長を務める小林 淳大尉が口を開いた。
「早いよなぁ……もう半年以上も前のことだ」
「あぁ、そうだな」
操舵席の隣に座っている、戦術長を務める上条が頷き答える。副長が戦死したのが昨日の如く蘇る。だが、それは何年経っても同じだろう。
遠い記憶のことが最近に思えてしまうものである。
「……あ、そういえば艦長の奥さんが無事だったのは驚きだったな」
「なんでも、一七年前の〈ヤマト〉に乗っていた人らしい」
ふと、小林は向かう先にいる防衛軍の軍人が、古代の妻であることを思い出した。上条も雪が〈ヤマト〉に乗っていたことは聞いていた。
「まるで、奥さんがお姫さんで、艦長が騎士といったところだな」
「なんだかロマンチックよね」
口を挟んだのは、この艦の電算室長とレーダー手を務める│折原 真帆〈おりはら まほ〉大尉。年齢は一九歳で、コンピューターのプロ中のプロである。
純日本人ではなく、欧州系の血も交じっているためか、金髪のロングヘアーというスタイルの持ち主であった。
彼女はカスケードブラックホールの破壊の時に、第三艦橋が境界面に接して破損した衝撃で負傷していた。もう少し発見が遅れていれば、窒息死していたという。
「なんだ、真帆。意外とロマンチストなんだな」
上条にそう返されると、真帆は心外だと言わんばかりに、ムッとした。上条は真面目な軍人である一方で、ロマンチスト等とは無縁である。
本人は生真面目に聞き返したと思っているだろうが、それではまるで、折原が女性らしさがないと言っているようでもあった。
それを小林が見て、上条をからかう。
「戦術長殿は女心が分かってないな」
「はぁ?」
怪訝な表情を作る上条に、小林はニヤリとしながら、折原を慰めの言葉を掛けた。
「真帆、戦術長のことは気にすんなよ。なんだったら俺が……」
「俺がなんだって、小林」
「ぁ……」
言葉を詰まらせたのも道理、古代が第一艦橋へと移動してきたのだ。上条は平然としており、折原はドキリとしたものの作業を続けた。周りの者は苦笑している様だった。
「緊張が欠けているんじゃないのか? 小林」
「いえ、あの……」
返答に詰まる小林を、古代は威厳のある声で叱咤するかと思いきや、表情を緩めた。
「どうだ、小林。肝を冷やしたか?」
「あ、はい……」
「任務中だったらとんでもないが、まぁ、今回は良いだろう。注意しろよ」
「有り難うございます!」
古代がそう言いつつも。艦長席の位置に着く。そして、艦橋クルーの全員に改めて注意を促した。
「時空管理局には、本艦の行動を既に伝えてもらっている。だが、警戒態勢は緩めるな。SUSの残党が彷徨っていないとは言い切れんからな」
「「了解!」」
「よし。総員、警戒態勢を維持しつつ、次元転移を行う!」
活気のいい復唱が返ってくると、直ぐに転移準備に入る。この転移が終われば、〈ヤマト〉はマクラウンのある星系に到着する。
後はマクラウンまで、ひとっ飛びだ。
「……転移座標に到着」
「転移準備完了!」
「転移、開始!」
古代の命令により、〈ヤマト〉は次元空間より姿を消した。
〈ヤマト〉が向かう無人管理世界マクラウン。そこに住まう僅かな住民は、戦争の終結に安堵していた。
その住人は、自然豊かな地に立っている一軒家にて生活している。メガーヌ・アルピーノとルーテシア・アルピーノ、ガリュー、そして漂流者の古代 雪。
「開戦から五ヶ月と半月あまり……短いようで長く感じました」
「えぇ」
メガーヌが呟き、雪が頷いた。雪にとっては何度目かしれぬ戦争である。ガミラス、ガトランティス、デザリアム、ボラー、ディンギル……そして、今回の戦争。
今思い起こしても、一七年前の戦争さえ最近のように思えてしまう。私も年齢を重ねたからかしら、等と雪は思い深ける。
管理世界は、SUSが完全撤退したことに合わせて、ライフラインの完全復旧に努めている。滞っていた輸送が再開され、徐々にだが復興を加速させつつあった。
時空管理局も、孤立していた他世界の駐在部隊と連絡を行い、部隊を派遣するなりして状況を纏めさせていく。
ここマクラウンにも物資を載せた定期便があり、食糧を運んでいた。SUSが封鎖を行ってからという物、備蓄で賄わなければいけなかった。
しかし自前の畑や、こういった避難時の為にため込んでいた食料物資の御かげで、彼女らは助かったのである。
先日も定期便が到着し、食糧が下ろされていったばかりであった。そして、下ろされたのは何も物資だけではなかった。
「貴方達には、感謝しないとね」
「いえ、お礼を言われるようなことではないですし……」
メガーヌは、この場に居合わせていた新たなお客二人に礼を述べた。赤い髪をした一〇代前半の少年が、彼女の言葉に恐縮しているようだ。
もう一人のピンク色のショートヘアが特徴的な、やはり一〇代前半の少女も同じ様子だった。おまけに、肩に乗るほどの大きさの、小さな白い龍のような生物がいる。
「いえ。わざわざこちらの様子を見に来てくれただけでも嬉しいわ。ね? ルーテシア」
「うん。ありがとう、エリオ、キャロ」
ルーテシアも親に倣って礼を述べた。前者の赤毛の少年――エリオ・モンディアル 二等陸士と、後者のピンク髪の少女――キャロ・ル・ルシエ 二等陸士である。
そして、肩に乗っている龍をフリードと呼んだ。彼らは時空管理局所属で、機動六課所属だった最年少のメンバーである。
また二人はフェイトの被保護者であり、とても可愛がられている。この血の繋がりのない二人が、何故フェイトに引き取られたのかは、深い事情があった。
エリオはフェイトと同じく人造生命体として生を受け、それが災いして研究対象として実験体とされた。
フェイトに救出された後も、暫くは人間不信で荒れていた時期が続いた。それでもフェイトの懸命な努力が実って、今の様に明るく芯の強い少年に成長している。
方やキャロは、とある部落の生まれであった。だが、稀に見る龍召喚士の素質の持ち主で、それが強すぎたがために村を追い出されてしまったのである。
どちらも幼い時期につらい経験を重ねていたが、フェイトが保護者となることで生きる自信を与えられた。いわば恩人でもある。
そんな二人を、フェイトは愛情を注いできたわけであるが、度が過ぎて過保護と言われることも多いが。
JS事件では、対立していたルーテシア、そして解決せんと奮闘したエリオとキャロ。今や友人同士の間柄であった。
エリオとキャロは、事件解決後に自然を保護するための部隊に転属し、活動を続けていた。ところが、その矢先にSUSの戦争が勃発。
二人は他の保護隊と共に、無人管理世界に孤立状態になってしまった。もっとも、動物や自然しかないのが幸いし、襲われることは無かったのである。
「それにしても、保護隊共々、無事でよかったわ」
「はい。大きな施設があった訳でもないですから、そのまま無視されていたようで……」
無事なだけ全然良い方です、と答えるエリオとキャロ。その二人を、雪は怪しまれない程度に見つめていた。
彼女からしてみれば、このような一〇代の少年少女が事件解決のために、または犯罪行為を行っていたとは人事難い話であった。
彼女も、マルセフ達や古代達が感じたことと同様の感情が込み上げて来るものだ。幼い子供を巻き込む、時空管理局とやいう組織と、犯罪者達に嫌悪感を感じた。
それは雪が、母親としての立場にあって、より強い懸念を示したのである。
(私だったら、絶対に子供を渡しはしない……)
こんなことが地球で起きればどうなるか。多くの者は思うだろう、我々は国民を護る為に、未来を生きる小さな、多くの命を護る為に戦ってきたのだと。
その信念を、時空管理局は根本から崩してしまっている。彼女としては、管理局を好意的に捉えることは不可能に近かった。
「どうしました、雪さん」
思いに耽っているところで、メガーヌに声を掛けられた雪はハッとした。同時に他の娘達も、神妙な顔で雪を見る。
「いぇ、なんでもありません」
彼女は思い改めた。決して目の前の少年少女や、メガーヌに不信を抱いている訳ではないのだ。まして、アルピーノ親子は命の恩人である。
それに時空管理局と地球連邦は、ニュースで見たところでは悪い関係ではなさそうだ。上層部がどのような判断をしたのかは分からないが、協力的なのは間違いないだろう。
でなけれは次元空間にやって来ることは無いだろうし、戦争に介入することもなかった。いや、戦争に介入していなかったら、自分達も今頃はどうしていたことか。
SUSに勝利したお蔭で、自分達はこうして無事に生きていられる。管理局との連絡も取れ、メガーヌは知り合いだという人物に雪のことを報告した。
その際、確認のためにと連絡先の人物――はやてと面会した。雪も名前ぐらいは耳にしていたが、直に会ってみると日本人の女性であることを確信させた。
特に彼女の話し方と訛りが、より実感させるものだった。普通に会話しているつもりでも、微妙な大阪弁のニュアンスが聞こえるのだ。
対するはやても、広い次元世界の中で生存していたと言う雪に驚いていた。しかも、この世界で戦った地球防衛軍の提督――古代 進の妻であることにも。
日本人とは思えぬ金髪と容貌に唖然としたものだ。三〇代後半であろうことは、古代の年齢を考えれば予測はつく。
局内でも驚きの容貌を持つリンディや、レティに劣らぬものだと感じたものである。この人が古代提督の奥さんなんか……等と口に出してしまいそうだった。
だが驚いたと言えば、雪もだった。
『〈ヤマト〉の古代提督の奥さんで……いらっしゃいますか?』
と、はやてから聞かれたのだから。これまでは、SUSの妨害で真面な情報が得られなかっただけに、この場で聞いた夫と〈ヤマト〉の名を聞いて驚かない筈がなかった。
あの人が、〈ヤマト〉が、この世界に来ている。それを聞いただけで、彼女の胸は熱い気持ちで溢れ返ったのだ。
宇宙へと旅立っていた夫が、いずれ地球のために戻ってきてくれると信じていた。そして、彼は地球を救い、今度はこの世界のために戦いに身を投じた。
どんな不当な圧力にも屈せず、戦い護り抜くこと。それが夫が信じてきた道であり、〈ヤマト〉の意思でもある。
夫と〈ヤマト〉の存在に喜んだ雪だったが、疑問に思ったこともある。〈ヤマト〉はアクエリアスの氷塊に沈んでいた筈だ。
それがどうして存在しているのか。最初こそは、その名前を受けた新鋭艦とでも思った。しかし、見せてくれた映像が、違うと判断させた。
見間違うことのない、水上艦のフォルム。力強い印象を与える主砲、聳え立つ艦橋、そして艦首の波動砲発射口。まさしく、彼女が乗っていた〈ヤマト〉だった。
ただ違うとすれば、その大きさだった。昔の〈ヤマト〉に比べると全体的に一.五割増しに見え、力強さを増加させているようだ。
その後、はやては、雪の生存を必ず報告することを約束してくれたのである。
「お迎えの船は……そうね、後一時間もすれば到着すると思うわ」
「え、早くないですか? メガーヌさん」
到着予定時刻を眺めやるメガーヌに、エリオは驚いて見返した。数日は時間を必要とするであろう距離を、たった一日か二日の行程で成し得るのだ。
彼らは波動エンジンの性能を知らない。そこで雪が補足した。
「エリオ君、私達の国にはね、波動エンジンっていう機関があるの」
「はどう……エンジン、ですか?」
「そう。私はメカに詳しくはないけど、簡単に言うとね、真空から無限にエネルギーを吸い取って、遥かに強力なエネルギーを生み出すものなの。そのおかげで、光速航行ができて、ワープもできるのよ」
雪は技術者ではないので、真田の様に論理的なことは言えない。そこで簡潔に、分かりやすく説明していく。
エリオとキャロは、ワープというものを知らない。知っていても次元転移くらいだ。雪は、波動エンジンが魔導炉より遥かに高出力のエネルギーを発揮出ることを教えた。
「そのエネルギーって、どのくらいなんですか?」
「そうね……星を一つ壊すことができる、恐ろしいものよ。実際、私達の地球は、波動砲と呼ばれる武器を作ってしまったわ」
なんて平然と言うものだから、エリオやキャロは固まった。一方のアルピーノ親子は苦笑する程度で済んでいる。彼女は既に聞いていた話なのだ。
最初はとんでもない話だと思った。当然である。そんなものを持つ地球を、時空管理局が許すのだろうかと疑問に持つ。
このような疑問は徐々に晴れることに成る。メディアは地球連邦のことを取り上げ、時空管理局とは対等な立場にあることを報道したからだ。
また、雪は波動エネルギーの恐ろしさを身に染みて良く理解していることを、アルピーノ親子に告げていた。
エリオとキャロは、とんでもない世界の人なのではないか、とやや警戒気味になる。
「驚いてしまうのも、無理はないと思うわ。波動エネルギーはね、本当は、宇宙を旅立つ人達のためにあるものなの」
「じゃ、じゃあ、どうして」
「エリオ君……これは言い訳にしかならないけど、地球の人々を護るためなの。今も、それは変わらないわ。波動砲は、身を護る為だけに使う」
「身を護る為……?」
キャロが繰り返す。
「そう。本来、話し合って解決できれば一番いい。けどね、エリオ君、キャロさん。私達の世界では、それで解決できたことは無いの。一方的に攻撃を受けて、止む無く戦争に引きずり出されて、そして……意を決して波動砲を使う……」
その眼には、これまでに積んだ悲しさが映されているの様に、二人は感じた。明らかに、時空管理局が辿ってきた歴史よりも、重い過去があるのだと悟った。
「それでもね、私は思うの。身を護る為に、地球の平和を護る為に、心を鬼にして波動砲を使う。さっき言ったように、これは言い訳に過ぎない。何と言おうとも、これは殺戮には変わらないんだ、ってね。きっと、私だけじゃない、共に戦った人達の多くはそれを自覚していると思うの」
命を奪う戦争をしてきた地球世界と、命を奪わずに戦ってきた時空管理局。その圧倒的な差を、二人はひしひしと感じ取っていた。
そして今度の戦争で、管理局は命を奪う戦争を体験した。戦地とは離れた場にいたエリオやキャロ、アルピーノ親子らには現実味はないかもしれない。
だがニュースで流れる悲惨な情勢を知った時の心情は、極めて心苦しいものだったのを、彼女らは覚えている。
その苦しい気持ちを、雪は長い間感じていた。いや、今も感じているのだ。民間人を助けきれなかった上に、部下を大勢死なせてしまった罪悪感を。
「……あ、御免ね。湿っぽい話をしちゃって」
「いぇ、大丈夫ですよ」
エリオが言う。子供がいる目の前で、何とも暗い話をしてしまったものである、と雪は重ね重ね反省した。
その後は他愛のない話で盛り上がり時間を過ごしたが、約一時間も経過した時になり、外が騒がしくなったのに気が付いた。
「あれが、マクラウンか? 」
「そのようだ。殆どが自然で囲まれた星のようだな」
「綺麗な星……」
小林と上条、折原の感想だった。無人管理世界マクラウンを目前にした〈ヤマト〉の艦橋では、彼らの様に緑豊かな星に見とれる者が多く、古代もその一人であった。
時空管理局には、こういった無人管理世界がいくつもあり、人が住める環境を持った地球型惑星も少なくないという。
将来、地球に何かあったら、時空管理局の手を借りることに成るだろうか。大勢の市民を安全な星に移住させることも、また考えておかねばならないだろう。
その時に時空管理局がどう出てくるか。まさか拒否をすることはないだろうか。そうでないことを祈りたい、と古代は思った。
「一〇分後に、大気圏に突入」
「総員、降下準備を整えろ。桜井、指定された着陸ポイントへの誘導を頼むぞ」
「了解」
艦橋右側の席で、航路の設定に勤しむ桜井は、マクラウンの表面図と指定された地点との誤差を修正し、それを小林の元へ送る。
小林はそれに従って操艦し、〈ヤマト〉を徐々に大気圏突入コースと合致させる。そして突入数分前になると、両舷に内蔵されている安定翼を展開する。
突入態勢を万全した〈ヤマト〉は、やがてマクラウンの大気圏へと入っていった。
「……大気圏、突入!」
艦首先端が、空気摩擦で少々赤くなりつつも〈ヤマト〉は降下を続けていく。ほんの数分ほど経つと、摩擦もなくなっていた。
管理局の次元航行艦では出来ない芸当だ。転移して直接に大気圏内に出ないことには、地表に着陸することは出来ないのだ。
三〇〇メートルを超す艦体が大気を裂いているかのように、あるいは安定翼の先端やアンテナ等の先端から飛行機雲が発生する。
空を漂う雲の大群を切り抜けると、艦橋の前には緑豊かな自然が直接映った。森林、湖、川、草原、山、まさに自然の宝庫であった。
「本当に自然ばっかりな世界だ」
「清々しいくらいだぜ。こんなところでのんびりしても、悪かないな」
桜井が自然に見とれている傍ら、小林も興味の湧いたような表情で眺めやった。鳥類型の生物が飛翔しているのも確認できる。
この無人管理世界というだけあって静かだった空だが、この一隻の戦艦によって騒がしくなった。飛翔していたそれら鳥類型生物も、驚きソレを凝視している。
見たことの無い巨大な物体が、空を飛翔しているのだから当然だろう。鳥の群れは警戒して〈ヤマト〉から離れていく。
自然を見るのもそこそこにして、〈ヤマト〉は着陸態勢に入る。着陸と言っても、艦体を支えてくれるドックがあるわけではない。
反重力を調整して、第三艦橋と地面とが接する程度にするのだ。その着陸地点は、アルピーノ家から約一五〇メートル手前である。
〈ヤマト〉は轟音と風を巻き起こしながら、その巨体を降ろしていく。
「目標地点、最終確認」
「地面まで四〇〇……三五〇……三〇〇」
地面が近くなるにつれて、降下速度を落としていく。スラスターと慣性重力を上手く使い、地面に設置させるのである。
そして、〈ヤマト〉が降下してくる様子を眺める五名の姿があったのを、モニターが捉えたことを折原が伝えた。
「艦長、この世界の住民と思われる人達を確認しました。おそらく、管理局から連絡のあった人だと……」
「スクリーンに映してくれ」
そう言われると、艦橋のメインスクリーンに外の映像を映した。すると、そこには少年少女が三人と、大人の女性が二人いるのがわかる。
一人は紫のロングヘアの女性で、連絡にあったアルピーノという元女性局員だろう。もう一人は……。
(雪!)
古代の妻――古代 雪が、その女性の隣に立っていた。奇跡だと、古代は思った。この広い世界で、住民に保護されていたことが奇跡なのだ、と。
同時に艦橋スタッフの多くも、雪の姿を確認して驚きの声を上げていた。こんなことが本当にあるのか、と。
一方の外にいる一家達は、初めて見る〈ヤマト〉の姿に驚いていた。
「あれが……!」
「地球の戦艦……〈ヤマト〉」
風に吹かれる中で、エリオやキャロは唖然として〈ヤマト〉を見上げる。アルピーノも興味津々の様子で、〈ヤマト〉の名を呟いた。
次元航行艦も最大で三〇〇メートルを優に超えるが、この艦の巨大感も半端なものではないと感じる。次元航行艦とは異なった威圧感があった。
そして地球には、このような戦闘艦が数多くあるのかと思うと、地球世界の科学力の凄まじさを物語るようでもある、とメガーヌは感じたのだ。
(進さん……〈ヤマト〉……)
雪は夫の迎えに心が震えつつあり、また、本当に久しく思う〈ヤマト〉の姿にも震わせていた。
皆が見守る中で、やがて第三艦橋が地面ぎりぎりに接する。メガーヌ達はそれを確認してから接近し、第三艦橋の手前一〇メートルまで来た。
彼女らが到着するのと同じくして、第三艦橋の後部側のハッチが開き始める。第三艦橋のハッチが地面に接し、完全に開いた。
ハッチの奥に、一人の男性が立っていることに、雪達は気づく。その第三艦橋入口にいた人物を、雪が知らない筈がない。
宇宙に旅立ってからというもの、ずっと待ち焦がれていた、愛する人の姿。三年ぶりに見た古代 進である。
雪はゆっくりと歩き出し、ハッチの手前まで歩み寄る。同時に古代もハッチを降り、地面に足を着けた。互いの距離は、既に一メートルを切っている。
宇宙という遠い空間を挟んでいただけに、この距離で互いに会うことがとても嬉しく思えた。
嬉しさの込み上げる心を押さえつけ、先に口を開いたのは古代だった。
「地球防衛軍、宇宙戦艦〈ヤマト〉艦長 古代進。貴官を救助に来た」
再会の一言目がこれであった。きわめて形式的で、それに器用とは言えない口ぶりだった。素直に気持ちを言えなかったのだ。
そんな夫の心情を、雪は察していた。そして、彼女も形式的に名乗り上げる。
「救助に感謝します。〈ジャンヌ・ダルク〉艦長 古代雪です……」
敬礼であいさつを交わしている二人を見て、噂通りの不器用な人だとメガーヌは思い苦笑した。
手をおろして数秒、今度は雪が口を開いた。雪の目尻には涙が溢れかえり、身体も反応的に動いていた。目の前の古代へと、思い切り抱き付いたのである。
「進さん……!」
「雪ッ!!」
飛び込んできた雪を、古代は力強く受け止めた。その細い身体に両腕を回して、今までの罪の許しを請うが如く、強く、強く抱きしめ返した。
「進さん……進さん!!」
「……済まなかった、雪。本当に済まなかった……」
こらえきれなかった感情が溢れかえり、古代の胸の中で名前を呼び続ける雪。娘の前では、常に理解しているように振る舞っていただけかもしれない。
そんな美雪の言葉を裏返しているかのようだ。三年も家庭を放っておいた寂しさは、尋常ならざるものだったのだ。
寂しい思いをさせてしまった雪に、古代はしきりに謝った。繰り返し、繰り返し謝罪し、一時も離さぬと言わんばかりに抱きしめ続けたのである。
そんな感動的な再会を果たした二人を、後ろにて見ているアルピーノ一家と二人の子供。メガーヌは羨ましそうに見ており、ルーテシアは興味津々に見続けている。
キャロは感動しているようで、傍らにいるエリオの腕を自然と強く抱きしめていた。当の少年は再会の現場の影響より、この少女の行動によって顔を赤くしていた。
しばしの間、古代と雪は三年ぶりの再会に身も心も温めていたが、アルピーノ一家のことを思い出すと、すぐに姿勢を正した。
「お見苦しいところを見せて申せ訳ない。〈ヤマト〉艦長の古代 進です。雪を助けて頂いた、メガーヌ・アルピーノさんでよろしいですか?」
「はい。私がメガーヌ・アルピーノです。ご家族と再会できたのですから、大変喜ばしいことではないですか。お見苦しい訳はありませんよ」
感動の再会を心より祝福するメガーヌに、古代夫妻は恥ずかしいと言わんばかりに、薄くだが顔を赤くしているのが、少女達にも分かった。
「立ち話もなんでしょうから、本艦にて、少しお時間を頂けますか? 雪がここまで来た経緯と合わせて、お聞きしたいのです」
「分かりました」
「あの……僕達は、戻った方がよろしいですよね?」
すっかり忘れていた……待ち惚けを食らっている幼い少年少女三人のことを。メガーヌは家で待ってもらうように言おうとしたが、古代はそれを制した。
「気を遣わなくても大丈夫ですよ。それに良い機会だ、君達とも少し話をさせてくれるかな?」
相手方から言われては、断るのも悪いかもしれない。彼女らはそう判断したうえで、古代の求めに応じたのであった。
〈ヤマト〉艦内に、地球人以外の人間を招き入れたのは特別な人は、メガーヌで大よそ一二人目になるであろうか。エリオ達を入れると、一五人目になるが。
そもそも、最初に〈ヤマト〉に足を踏み入れたのはガミラス人だった。今ではもう存在しない、旧ガミラス帝国の戦闘機パイロットである。
尋問するも成果を上げるには至らなかったが、肌の色は違えど同じ人間であることを知った貴重な人物だった。
このパイロットは一度〈ヤマト〉の捕虜になり、友情とは無縁だが、奇妙な親近感を感じて釈放された。が、その後は悲惨な結末が待っていた。
捕虜となったことは隠し通せず、軍によって強制的な洗脳を受けて再び牙を向いて来たのだ。結局、意識を取り戻せずに戦って散ったのである。
二人目は宿敵デスラー総統だ。最初は復讐戦のために、無人ロボットと共に乗り込んで白兵戦を仕掛けて来た。
三人目にガトランティス帝国軍人の捕虜。彼は自力で脱走したものの、部隊長に帰還拒否を宣告され、止む無く特攻で散って逝った。
四人目は超能力を有するテレザート星のテレサ。この他に順次上げていくと、イスカンダル人の真田 澪ことサーシャ・イスカンダル。
バース星軍人のラム艦長と副官。ボラー連邦のレバルス。ガルマン・ガミラス帝国の重鎮たるガデル・タラン。シャルバート星の王女ルダ・シャルバート。
ディンギル帝国ルガール大総統の次男。実に様々な星の人間が、歴戦の戦艦〈ヤマト〉に足を踏み入れていたのである。
「艦長!」
「どうしたんだ、真帆」
艦内通路を歩いていた矢先、折原が声を掛けてきた。同時に、雪の姿を見るや否や敬礼する。初めて見る古代の妻だった。
雪も若い女性が活躍していることに、懐かしさを浮かべながらも敬礼を返す。そしてメガーヌにも、同様の敬礼を行った。
敬礼を終えると、本題に入る。どうやらSUSの残骸船らしいものを捉えたとのことだった。
「時間はあまり取れんが、調査班を向かわせよう。アルピーノさんが報告してくれた、例のSUS艦かもしれん」
「了解……?」
「ん、どうかしたか?」
敬礼して立ち去ろうとした途端、二人の少年少女の目線に気が付いた。何やら意外だと言わんばかりの表情で、まじまじと見つめていたのだ。
「いぇ、その子達が……」
「す、すみません! 別に怪しんだわけじゃなくて……!」
「あの、知っている人と声が似ていたんで、遂……」
エリオとキャロが慌てて首を振りながらも、じっと見つめていたことに誤った。真帆も、思わず自分に何かあったのかと心配したが、ニコリと微笑んで返した。
二人が知っている人物と声が似ている。それは、元機動六課で世話になった、ヴォルケンリッターの癒し手ことシャマルのことだった。
どうも声が重なって聞こえる。さらに長さは違えど髪の色は金髪ときたものだ。そういえば、とメガーヌも思い返す。確かに似ていると。
思わぬことがあったが、士官専用のガンルームに到着した。
「どうぞ、かけてください」
「失礼します」
古代に即されてから座り、古代と雪も席に座った。すると主計科の人間が紅茶を淹れたカップを、カートに乗せて入ってきて配り始める。
子供達にはラムネの入った瓶とコップが置かれ、親切にも蓋を開けてコップに注いでくれた。またちょっとしたクッキーを入れた皿を中央に置いてから、その者は退室した。
それを確認してから、古代は話を切り出した。
「まずは、雪を救助して頂いたこと、改めて御礼を申し上げます。それに、記憶障害を治療して頂いたことも存じています」
「治療だなんて……怪我の治療しか出来ませんでしたし、それ以外には大したことはしていません。記憶を取り戻せたのは、何よりも雪さんご自身の力によるものです。私達は、特に何をしたわけでもないですから……」
「いいえ。メガーヌさん、私は、貴女方と接して、一緒に暮らしていたからこそ、記憶を取り戻せたんです。ご謙遜なさらないでください」
そう、雪にとって、アルピーノ親子と生活してきたことこそが、最大の要因だった。家族の様に暮らしてきたことが、彼女の記憶を呼び覚ましたと言っても過言ではない。
だが一番肝心なこと。それは、何故、雪が記憶障害を起こしたのか。あるいは記憶障害を起こす前に何があったのか。それを知らねばならなかった。
メガーヌは大まかな話の筋を、既に耳にしている。それは当然で、この数ヶ月間を共に過ごしてきたのだ。その時間の中で、雪の身に何が起きたのかを聞く機会は十分だった。
取り敢えずは、雪の体験談を聞くことになった。第一次移民船団を護る為に護衛艦に乗り込み、航路上でSUSの奇襲を受け奮戦虚しくも敗退してしまったこと。
無理してワープしたために異空間へと迷い込んでしまたこと。そこでSUSの捕虜となり、乗組員とは別々の捕虜輸送船に乗せられて運ばれる途中だったこと。
そこで原因不明の攻撃を受けて、その衝撃で意識を失ってしまったことである。
「何者かが攻撃を加えてきた……か」
「そうとしか、考えられなかったの」
「私も雪さんを救助する際、あの船を見ましたが、攻撃を受けたのは確かなようです」
姿形が見えない相手に、古代は不安が募る。恐らく、管理局の仕業ではある可能性は低い。輸送艦なれば装甲も薄く、管理局の武装でもダメージは与えられるだろう。
だが彼の直感として、管理局が攻撃したというよりも別の勢力の可能性を見ていた。それこそ確証性がないが、考えられないことではない。
この先はメガーヌの話になる。突然の地震と似て異なる揺れが襲い、それがSUS艦の墜落による衝撃であったこと。
メガーヌは娘と、ガリューと共に救助活動にあたり、意識不明だった雪を救助したこと。しかし、記憶障害を起こしていたことが判明し、しばらくは思い出せなかったこと。
その後、共に生活していたところで、朝目覚めた時に記憶を取り戻していたこと。また、この頃にはSUSの侵攻が始まったために、連絡ができなかったこと。
通信が回復するまでは何事もなく、このマクラウンでは平穏に過ごせたこと、などである。
「SUSの船は完全な無人だった、とうことですが」
「はい。私達が乗り込んでも、何もありませんでした。独房に、雪さんがいた以外は……」
「成程。こちらでも分析していますが、成果があるかは怪しいところでしょう。それと、君達にも、少しいいかな?」
そう言って古代が視線を向けた先には、周りを気にしながらもラムネを呑んでいるエリオとキャロだった。
因みに肩に乗っているフリードは、キャロが小さく砕いたクッキーを口に運ぶ真っ最中のようで、古代の視線を感じると首をかしげて見せた。
「SUSによって、各世界と断絶された状態で、特に変わったことは?」
「いえ、変わったことはありませんでした。僕達がいたのは、自然と動物しかいないところでしたので……」
取り分け重要視されていた世界でもなかそうだったのか。幾つもの無人管理世界が、手つかずのままという状態だったのを、古代は思い出す。
あのSUSの性格を考えれば、手つかずのままというのはあり得ない。不審に思う古代に、キャロがどうしたのかと尋ねた。
「戦争が起きる原因は、何にあるのか、君達には分かるかい?」
「えっと……」
エリオとキャロが古代の答えに窮する。子供には難しかったか、と古代は直ぐに回答を出した。
「戦争の大半の目的は、自分の利益を得る為なのさ」
「利益、ですか?」
「あぁ。例えば、あのSUSは資源を欲していた。彼らの世界では資源が乏しいからなんだ。だから彼らは、所構わずに手を伸ばし、問答無用の戦争を仕掛けてくる」
そしてSUSの正体。これはこの場にいる者では、古代以外は全く知らないことだった。このことは戒厳令が敷かれている訳でもないので、皆に説明する。
SUSが、実は次元世界のどこかにあるアルハザードの子孫であるということ。また、かつては人間で、環境の変化によって体質の変化を余儀なくされてしまったこと。
その結果が精神生命体ともいうべき、今までにない類の種族であったということ。この話は、この場にいる古代を除いた全員に衝撃を与えるに十分だった。
雪でさえも、今までとは一線を超えた存在に、唖然とするばかりだ。幾らテレサやルダのような非人間的な人物にあっていたとしても、である。
「それに、今回の勝利は、SUSが一時的に間を空けたに過ぎない。何年後かは分からないが、また攻めてくる可能性は十分にある」
「そんな……」
古代の言葉に希望を砕かれる想いの者達。だが古代は、これが現実であることを認めねばならないことを述べた。
だからこそ、管理局は悲惨な戦争を避けるために、全力で戦力の再編を務めねばならないのだ。かつての、慢心に浸った地球の跡を辿らせぬように。
そして、今ここにいる若い子達に、その様な戦争に巻き込ませたくはなかった。が、目の前の子に管理局を辞めろなどと言える筈もない。
できることと言えば、巻き込まれないことを祈るくらいである。
「ま、いつ来るかわからないからと言って、悲観になりすぎるのも良くない。平和な時間を大切に過ごすのも大事だからな」
悲観な話もそこそこにして、古代は明るい話に切り替えた。それから話が弾み、気が付けば二〇分あまりが経過していた。
また、切り上げようとする頃に分析班からの報告も入ったが、残念ながら得たものはなく、ブラックボックスらしきものも完全に機能を損失し、解析不能であったという。
それは仕方がないと諦める古代。何よりも個人的ではあるものの、雪がこうして生きてくれた喜びの方が大きかった。
その後、メガーヌらは再び第三艦橋まで案内され、地上に足を下ろす。お互いに向き合い、古代と雪が別れの言葉を述べる。
「では、皆さん。我々はこれで……」
「メガーヌさん、ルーテシアさん、今まで本当にありがとうございました。それに、エリオ君とキャロさんも、気を付けてね」
特に雪は、これまで世話になったことを深く感謝した。これから会う機会があるかはわからない。いや、無い可能性が高いかもしれなかった。
もしあるとすれば、その時は仕事ではなくプライベートな時に再会したいものであると思ったものだ。
「雪さんも、身体に気付けて。古代提督も、雪さんを大事にしてくださいね」
メガーヌにそう言われ古代は、御尤もです、と言わんばかりに苦笑した。ルーテシアからは、雪と離れるのが名残惜しいようで、寂しくなると言う。
エリオ、キャロからは、短い間であっても会えてよかった、と言ってくれた。
「ありがとう……。さようなら」
その声を最後に、古代と雪は第三艦橋の中へと戻る。ハッチも閉じられ、メガーヌ達はその場を離れた。彼女らが離れるのを確認されると、〈ヤマト〉は徐々に上昇を開始。
巨体が嘘のように舞い上がり、やがてはエンジンが唸り声を上げて、さらに高く、さらに早くマクラウンの地表から離れていく。
やがて〈ヤマト〉の姿が、小さな点になる。消えて見えなくなるまで、彼女らは見送り手を振り続けた。
「さようなら、雪さん。お元気で……」
見えなくなった〈ヤマト〉に、メガーヌはポツリと呟いた。雪を救出した宇宙戦艦〈ヤマト〉は、地球艦隊が帰還して遅れること約六日後に、地球へ無事に辿り着いたのである。
〜〜〜あとがき〜〜〜
どうも、第三惑星人です。
ようやく、古代と雪の再会の話をあげることができました。待って頂いた方には、大変遅くなり申し訳ないです。
再会するとはいえ、平凡にすぎる時間をどう描くべきなのか、今さらではありますが、悩み続けていました。
それと、折原真帆とシャマルの声に関しては、いわゆる中の人ネタで活用してみた次第です。
また、外伝編はこれで締めくくろうかどうしようか、悩んでいる最中であります。続編に関しても、外見はあるのですが、中身はさっぱりでして……。
そういえば2月中、大阪にて、大阪市民音楽団による演奏会なるものがあるそうです。その中にはあの宮川彬良氏も参加されます。
彼の他にも3人の指揮者が登場し、各曲を演奏するのだとか。例のよって、他の方は交響曲が主流の中で、宮川氏はヤマトの音楽を演奏されます。
無論、彼自身の作曲した『ヤマト渦中へ』や『ガミラス国歌』も入っているようで、是非ともオーケストラで、しかも生で聞いてみたいです。
が、関東に住む私としては難しく、仕事もあるので無理……あぁ、せめてテレビ中継とかしてほしいものです。
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