外伝『季節外れの夏旅行』


「リゾートホテルの招待券?」

  首都星ミッドチルダの時空管理局本局にて、昼休みの時刻にカフェテリアに来ていたフェイト・テスタロッサ・ハラオウンは、差し出された招待券に目を見張った。
ピラピラと1枚の券を差し出してきたのは、長年の親友である八神 はやて。彼女は突然、フェイトに招待券を譲ると言い出したのである。
フェイトは勿論のこと驚いた。自分に譲るのは何故かと思う。はやてのニコニコとした笑みも、どこか疑わしく見えるのは気のせいだろうか。
  とはいえ頭ごなしに却下するのも悪い話だ。フェイトは、彼女の持つリゾート招待券がどの様なものか、とりあえず聞くこととした。

「第13管理世界にある、有名な豪華リゾートホテルの1つやで。向こうじゃ、丁度、夏のシーズンやからね。行ってきたらええで」
「……一応聞くけど、なんではやてが持ってるの?」

フェイト疑問に思い聞き返しながら、注文した厚切りカツサンドを口に頬張る。うん、このカフェテリアのカツサンドは評判通り、美味しい……じゃなかった。
味を堪能しつつも呑み込み、それから麦茶を一口含んで一息つく。

「実は先日、休みがてらに買い物しとったんよ。そん時に偶然、真奈美さんと出くわしてな」
「へぇ、あの真奈美さんと? 珍しいね……それで、目方さんとその券に何があるの」
「そな急かしたらあかんよ、フェイトちゃん」

急かしてはいないのだけれど。内心で突っ込みながらも、その経緯を聞いた。
  はやては、デパートにて買い物中だった防衛軍軍人の目方 真奈美と出会った。どうやら彼女もまた、休暇だと言うのでクラナガンに足を運んでいたのだと言う。
そこから、どうせなら一緒に買い物しようと言うことになった。どちらも日本出身者であり話が進んでいたが、そこで今時懐かしい福引(ガラガラと回すタイプ)を目にする。

「あら、福引だなんて珍しいわ」
「ホンマや。しかもガラガラ回すなんて、ここで見るとは思わんかったです」

と言うよりも、出展者もまたどう見ても日本人系に見えるのだが。そんな事は置いておき、彼女らはその出店の壁に貼ってある商品名を目にする。
下から順に見ていくと、どれもこれもありきたりな商品だな、などと思った。2等はお酒の詰め合わせで、中には年代もののワインやテキーラ等が数多く入っているようだ。
中には思いっ切り見覚えのある文字がプリントされた酒もある。

「……なんで日本酒があんねん」
「こんなところで日本酒なんて。中々洒落てるじゃない」

目方は我気にせずと言った呈で、懐かしげに見ている。この世界では使われない『漢字』であるが、彼女らの故郷を思い出させるのに十分なものだった。
 とはいえ、別に日本の文化がミッドチルダにあることが珍しい訳でもない。飲食店では何故か日本系の店もあるからだ。はやても実際に入っている経験者である。
それに日本酒はワイン系やビール系とは違った味覚があり、結構ミッドチルダの市場にも浸透しつつあるほどであるという。
何処の誰が持ち込んできたのかは知らないが、確かに日本酒とは他の酒とは一線を超した飲み物だろう。

「1等は……へぇ」

  はやては多少の驚きを持った。1等はリゾートホテルの招待券であったからだ。数は1枚のみだが、どうやら複数人数で使用できるものらしい。
家族旅行や団体グループに持ってこいと言うわけだ。そういえば、彼女の家族とも言えるヴォルケンリッターの面々や、仲間達とは息抜きに出かけたことなど、最近の記憶にない。
もっとも皆仕事もあるし、機動6課も解散してしまっているのだから、余計に会う機会は少ないのだ。例外として友人の月村涼香の邸宅に、パーティーに招かれたことはある。
あれは年に1回という特別な催しでもあるので、皆は快く積極的に参加してくれているのだ。それ以外での予定は中々付きにくいものである。
  1等と2等を眺めていると、目方がふと言い出した。

「ねぇ、はやてさん。一緒にやってみない?」
「へ? あの福引をですか」
「そう。当たるか分からないけど、せっかくの休みですもの。当たればそれでよし、外れたらそれまでよ」

息抜きに福引をやろうと言う目方の提案に、はやては乗った。1等を狙おうなんて贅沢やろし、2等なら皆に振る舞ってささやかな宴会もできるか。
そもそも狙って取れるものであれば、これまでの挑戦者はほぼ100%の確率で1等や2等を取っているだろう。だがはやてにとってはどうでも良い話だと言えばそれまでだが。
  どちらが先にやるかを話し合い、まずははやてが兆戦することとなった。福引台の近くまでよると、愛想の良い中年の女性が笑顔を向けて向かい入れる。

「おや、挑戦するかい?」
「はい」

そう言って、はやては1回分の挑戦料を支払い、滑車の取っ手に手を掛けた。こないなもん所詮は運次第やで、等と考えつつも実は当たって欲しいと願っていたりする。
いざ回し始めると、中でガラガラと小さな玉が転がり音を立てていく。3回、4回、と回したところで、コトリ、と1つの玉が小さな音を立て出てきた。
テーブルの上を転がるそれを見た途端、中年女性は蔓延の笑みを浮かべながらも、手に持った小さなベル鳴らして吉報を報じた。

「おめでとう! お嬢さんには2等のお酒詰め合わせが当たったよぉ〜!!」

  そんな馬鹿な。先ほどまで当たってほしいな、等と生意気にも思っていたはやては、半秒ばかリアクションに遅れた。

「当たってもうた」
「おめでとう、はやてさん。貴女には良い風が吹いているみたいよ?」

そう言いつつも、目方は自分にしか見えない白銀の守護霊ことリィンフォースにこっそりと笑顔を向ける。彼女はクスリと笑っており、主はやての当たりを喜んだ。
彼女は姿こそ見えないままではあるが、こうしてはやての後ろにあって見守っているのである。その彼女を、目方は会う度にリィンフォース微笑みかけている。
  はやては中年女性から当選品を受け取ると、改めて中に詰められている酒の量に驚く。一応、詰め込まれている品は、事前にリストで確認していたものだが。
赤白のワイン2本、テキーラ2本、ウィスキー2本、日本酒2本、ビール2本、とかなり詰まっている。結構な人数でも楽しんで飲めそうだ。

「6課の面々で飲もうかな……」
「良いんじゃないかしら。たまにはお仲間さんと飲むのもね」
「そうします。じゃあ、お次は真奈美さんやね」

  目方が頷く。はやてがご要望の2等当選品を受け取ったのを確認し、今度は自分の番であるとして小さな高揚感を覚えつつも取っ手に手を掛けた。
はてさて、自分は賭けごとに運があるとは思えない、と彼女は思っている。別に賭け事をして来たことがある訳ではないのだが……。
どうせ残念賞でしょうね、等と思いつつも回す、回す、回す、回す……それも、まるで祈るようにである。本人は意識していないが。
やがて球が出てきた頃には、はやてよりも多い8回という記録を叩きだしていた。どれだけ回さないと出てこないやねん、このすっとこどっこい、とはやては無機物に突っ込んだ。
  コトリと音を立てて出てきたのは、金色の球である。これまた素っ頓狂なリアクションを取る中年女性は、先ほどよりも明らかに高らかな声で報じた。

「おめでと〜ございまぁす! 見事、1等の2泊3日、豪華リゾートホテルへの招待券が当たりましたぁ〜!!」

「……え?」


普段の丁寧な口調な目方も、口を開けてぽかーんとした反応を示してしまった。隣にいるはやてまでもが唖然としている。2等に続き、1等が当たるとは、これ如何に?
中年女性の方は、当選した当人たちのことは気にせず、盛大な吉報を報じ続けている。回りの人達の目線も自然と集まろうと言うものだった。
それでも当たったのは嬉しいかと問われれば、嬉しいに決まっているのだが。

「貴女達、本当に運が良いわ! はい、これがリゾートホテルの招待券と、パンフレット諸々。楽しんで来て頂戴ね!」
「は、はい。ありがとう、ございます」

  呆然としている目方は、当選品を受け取りハッとして先ほどの場所に目線を向けた。そこにはニコやかな笑みを浮かべるリィンフォースの姿がある。

(……貴女がやったの?)

『祝福の風』とも言われていたのを、目方ははやてから聞いている。それだけに、彼女が何かしら手を加えたんじゃないかと考えてしまったのだ。
しかしリィンフォースは、おめでとう、と表情と態度で示してくれていた。ここは下手に疑うような行為よりも、素直に受け取るべきだろう。
目方は小さく頷いて返事とした。

「当たったんだから、素直に受け取りましょう」

  だが困ったものだ。当たったは良いが、この招待券をどうすべきか。自分で使うべきなのだろうが、一緒に行く相手が居ないのである。
いや、その表現では彼女が孤立しているが如き表現で語弊があるだろう。正確には、予定を合わせられる人たちが中々いない、と言うのが正しい。
いっそのこと姉夫婦にでも渡してしまおうか。目方は、はやてと共にベンチに座って考え込む。

「どないしましたか?」
「えぇ、この招待券、私は遠慮しておこうかなと思って」
「もったいないですやん。せっかく当てたんですし……」
「そうなのだけどね。今後しばらくは外洋に出なきゃいけないし、予定も合わせられないの」

  成程、とはやては納得した。ではどうすべきなのかと共に考えこんでしまった。が、目方はいい具合の人物を見出す。

「そうだわ、フェイトさんとコレムさんにどうかしら」
「へ?」

あの2人になら丁度いい。出来たてのカップルであるし、このリゾート券で親密さを深めてもらおうではないか、と目方は考えたようだ。
カップルと言えば、はやてのもう1人の親友――高町なのはと、ユーノ・スクライアのペアもいたのを思い出した。
中々に進展のなかった2人で、10年近くも友達以上恋人未満の関係にあるのだ。いや、あまりに身近にいた為に異性として意識していなかった。
加えて共に過ごす時間が無いのも大きな原因だと考えられるのだが、奥手過ぎるとはやては思っていた人間である。
  しかし、最近はフェイトとコレムの恋人関係に触発されてのことか、なのはとユーノも恋人関係へと状態を移している。

(も〜っと、煽ったるか?)

この様子だと前者ペアの方が、後者のペアよりも親密度に拍車を掛けて進行速度を上げ、めでたくゴールインするのではないか。というのがはやての予想である。
何分にも、奥手気味なユーノに比べてコレムの方が、女性への扱いが上手いらしい(防衛軍の紳士:談)。
  はやては目方の提案に賛成した。だがその際のニンマリとした笑みは、何かを含んでいるようだと、目方は感じたものである。

「えぇですね。リキさんは、現在ミッドチルダに駐在武官としていますから」
「そうね。それじゃ、これは……」
「あ、私が渡しときます」

コレムに渡しておこうかと考えていた目方に、はやてが遮って自分が届けると言いだした。まぁ、確かに2人は本局にいる事も多いのだが。
何か狙ってのことだろうかと疑問に感じるものの、余り疑り深くなるのも失礼だ。何せ目方の可愛い教え子の様なものである。
  招待券とパンフレットをはやてに渡すと、目方は時計を見て昼時であることを知った。

「じゃ、何か食べていきましょう」
「私が案内しますよ。真奈美さんは、どんな料理が良いですか?」

一瞬だが目方は迷った。自分の乗艦〈ミカサ〉でも日本食は食べることは出来るが、敢えてここはご当地料理でも食べようか。
いやいや、いっそのこと、はやてのお薦めな料理なら何処でも良いだろうか。しばし迷い込んで……結局は教え子の選択に任せる事にした。

「わかりました。この辺りに、美味しいと評判のお店があるんです。そこにしましょう」
「お願いね」

2人は買い物や当選品を手にしながら、その場を後にしていく。それを見守るリィンフォースもまた、どこか嬉しそうな表情で付いて行った。





「……てなことがあった訳や」
「それはまた、何と言うべきか……」

  一部始終を聞き終えたフェイトは苦笑していたが、同時に目方と目の前の親友の心遣いに感謝した。確かに自分らは、此れと言って何処かに出かけたことは無い。
あってもミッドチルダ内が限度である。それでも最大限の時間を使おうと、せっせと都合を合わせては2人だけの空間に浸って来たものだ。
それだけに、一緒に外の世界に出て時間を過ごせるチャンスでもある。目方やはやての気遣いには、感謝しなければならない。
  はやてはニヤニヤとしながらも、手に持っている招待券とパンフレットをフェイトへ差し出す。

「ほな、受け取っときや」
「良いの? はやてだって本当は……」
「気にせんといてや。大所帯で行くには時間合わせの都合もあるし、ウチらは別のモノで一杯やったるから。それに、真奈美さんのご厚意を無駄にしたらあかんで」

右手でクイッと杯を傾ける仕草をしながらも、気にするなと言ってくれる。はやての言う通りだ。親友と目方の好意に甘えて、コレムと出かけてこよう。
だが、考えておかねばならないことがある。被保護者にあるエリオ・モンディアルとキャロ・ル・ルシエの2人のことだ。
今こちらに戻ってきており、自分とコレムの2人きりで行くのも何処か気まずいところがあった。物わかりの良い子達とはいえ、どうすべきか。
  はやてにもそのことを相談すると、彼女は問題は無いと返してくれた。いやに自信のある返答だと思うのだが。

「心配せんでええって。フェイトちゃんは、リキさんと予定を立てることに専念するんや」
「そのリキも都合がつくかどうか分からないんだけどね」

確かにコレムが行けなければ意味は無いのだが、それも「大丈夫、問題ない」と自信ありきといったものだった。どんなことを裏でしているのか、我が親友は。

「ま、心配ならエリオとキャロ、それにリキさんに連絡とってみ?」
「う、うん。勿論、連絡は取るよ」

やや心配になるフェイトの背中を後押しすると、はやてはチーズのポテト焼きを口に運ぶ。フェイトも色々と思考に浸りつつも、サンドイッチを頬張る。
その姿をチラリと見るはやては、ここで煽り立てる行動に出た。甘いでフェイトちゃん、これで話を終えると思うたか!

「所でフェイトちゃん」
「?」

  モグモグと噛んでいるフェイトはきょとんとする。そこではやての悪い癖が口から飛び出た。

「自慢の魅惑BODYで、リキさんを落とす(・・・)チャンスやね」
「ゥングッ!」

呑みこみかけた時に驚いたもので、危うく吹き出しそうになった。しかも無理に抑え込んだものだから、なおさら苦しい。フェイトは麦茶を急ぎ流し込んで気道を確保する。
まるでコメディアンを見ているようなはやては、ニヤニヤとした表情のままだ。はやて、やっぱり何かあると思った!

「な、な、な……!」

狼狽する彼女の顔が真っ赤になっているのは、恐らく恥ずかしさと詰まらせた苦しさの両方だろう。恐らく、なのはにも振ったら同様の反応を示してくれるだろうか。
  急にお色気な方面の話に突入した本人は、狼狽する親友を見やりながらも笑顔を崩さず話を続けた。

「何を狼狽しとんねん。リゾートっちゅうたらビーチ、ビーチと言ったら海、そして海と言ったら……水着に決まっとるやないか」
「そりゃ、まぁ、そうだけども……」
「それにウチらで海に行ったのも前の話や。フェイトちゃんも色々と成長しとるし、新しいの必要やろ」

フェイトを中々に達者な弁舌で、巧みに追い詰めるはやて……寧ろ変態オヤジのそれである。確かにここの所、3人だけでなく6課の面々で出かけたことなどないものだった。
しかも今回は異性とのリゾートの旅もといデートである。ともなれば、彼女にはコレムをがっかりさせぬための準備が必要だ。
もっとも彼女は、局内において美貌とプロポーションで自然と注目を集める(良くも悪くも)美人である。本人に自覚がなくとも、周りが認めるのだ。
  フェイト曰く健全な御付き合いをしているのは重々承知しているはやてだが、いい加減に前に進んでくれとも思っている。
自分が付き合いのないくせに良く言うものだ、とフェイトも言い返してやってもいいものだったが、生憎とそこまでの余裕はない。

「ほな、ウチが選んだろか? フェイトちゃんの水着姿なら、リキさんもイチコロ(・・・・)やで」
「いや、いや、いいから! 自分で選べるから!! ていうか、そんな事したら変な目で見られるよ、はやて!」
「大丈夫、そんな心配あらへん。それに好きな相手なら、寧ろリキさんがたまりかねて狼さんになるんちゃうか?」
「お……おお……狼……」

何を考えたものか、彼女の頭は「ポン!」と音を立てオーバーヒートし、テーブルに突っ伏した。その際、ガチャンと食器が音を立てたが、割れてはいない。
湯気が出るほどに恥ずかしがっているようで、はやては楽しむを通り越して逆に心配になってしまうほどだった。

(バリアジャケットであないな際どいデザイン(新・ソニックフォーム)しとる癖に、なんでそこまで赤くなるんよ)

  以前にも〈デバイス〉運用試験において、似たような恰好で男性陣の前に姿を現したこともある筈なのだが……。やはり、仕事上とプライベートでは違うようだ。
フェイトがその気になれば、男性の1人や2人簡単に釣れてしまうだろう。そんな彼女に、コレムが虜にならないだろうか、いや、そんな訳があるまい。
それは兎も角として、真面目にフェイトの水着を新調せねばなるまい、等とはやては考える。自分の事ではないにせよ、親友の為に色々と考えるはやてであった。
  後日、はやての茶化しから何とか落ち着きを取り戻したフェイトは、エリオとキャロにに連絡を取り、やや言いづらくもあるがリゾートホテルの件を話した。
一応、エリオ達も一緒に行かないかと誘う形での確認ではあったが。

『いえ、僕達は大丈夫です』
「本当に、本当に大丈夫なの?」

回りからは親馬鹿とも言われる彼女の性格からして、エリオは念を押す様に訪ねてくる保護者の姿を、通信を受ける前から容易に想像できていた。
  と言うのも、彼自身が事前にはやてから連絡を受けていたからだ。エリオとキャロは、彼女からの話を聞いて直ぐに了承していた。
これまでだってコレムとの時間を過ごしてきているのだから、今さら驚くこともないと思っていたらしい。それに、2人が結ばれることは、被保護者も望むところ。
独り孤独な経験をしてきた自分ら2人を引き取り、親代わりに育ててくれた彼女への恩返しでもある。それを聞いたはやては感動を覚えたものだ。

(フェイトちゃん。エリオもキャロも、本当に良い子や……幸せもんやで)

  と、この様なやり取りが、フェイトの預かり知らぬところであった訳である。エリオに続いて、キャロもフェイトを安心させようと話しかける。

『心配しないでください。私もエリオ君も、フェイトさんとリキさんには、楽しんでもらいたいんです』
「キャロ……」

通信画面越しに映る2人の子供が放つ、純粋な気持ちと言葉と笑顔が、フェイトの親心にSLB並の衝撃と直撃を叩き出したよう心境だった。
2人の子どもの好意を受け取ると、フェイトは感謝して行くとことを決心する。

「ありがとう、2人とも。行ってくるね」
『はい。フェイトさんも気を付けてくださいね』

さて、2人の了承を得たのは良いのだが、次はコレムである。彼が断るとは思えないが、内心でドギマギとしながら連絡を取ることにした。
  コレムのもとに着信音が鳴り響いたのは、その日の夕方のこと。丁度、地球関係者のいる官舎で夕食を終えた時である。

「フェイトから? 」

携帯電話の画面には彼女の名前が出ていた。躊躇なく通信を開き、彼女からの連絡に出る。

『リキ、今大丈夫?』
「あぁ、大丈夫だよ。どうした?」
『実は……』

フェイトから、リゾート泊地への招待券があると聞き、そして一緒に行きませんかとの誘いだった。無論、彼の答えは決まっている。

「行こう」

電話越しの彼女が恥ずかし気に説明と誘いを言い終えてから、その時間僅か0.3秒の返答であった。あまりの即答ぶりにきょとんとしたフェイト。
  少し驚きはしたがOKとの返事をもらったのだ。内心で大きな喜びに満ちた彼女は、後は日程を決めるだけだと伝える。

「わかった。こっちも休暇を貰って時間を作る。いつが良いかな」
『そうね……2週間後はどう?』
「2週間後だね。分かった、必ず時間を作るからさ、一緒に行こう」
『うん、また詳しく話そうと思うから、22時頃にかけ直すね』
「あぁ」

それだけ言うと、そこで電話を一旦切った。まだ仕事が残っているのだが、それを終えてからでも良い。コレムはそう考えて飲食店を出た。
  実は彼自身もまた、事前に話を聞いていたクチである。はやてと休日を過ごした目方からのもので、突拍子なことだと最初は思った。
だが目方は真面目な女性であり、悪戯でそのような事は言わないのを知っている。それに彼女から忠告めいた、あるいは激励めいた言葉を貰っている。

「いいですか、コレム大佐。好きな女性をガッカリさせてはいけませんよ?」
「え……あ、はい。承知していますとも」
「ふふふ、結構。では、頑張ってくださいね?」

にこやかな笑みを向けられたコレムは半ば呆然とし、目方は軽やかな足取りでその場を後にしたのである。何故だろう、彼女と話すとなんだか逆らえない雰囲気があるのだ。
コレムだって歴戦の兵士だが、彼女の場合は独特な気迫が纏っているように感じた。聞けば、彼女は日本でジンジャと呼ばれる神聖な家柄だと言う。
不思議な力あるとかないとか、コレムは良く知らない。だがそうだとしても不思議はない様な風格があったのは確かである。
それから2週間後の為に、2人は予定を合わせる為に動き、荷造りも着々と進めて準備を万全としていった。




 
「……夏真っ盛りだな」
「そうだね。ミッドチルダは冬に入る頃だったから、もう1年が経ったみたい」

  2人はリゾート泊地に姿を見せていた。民間船に乗っておよそ7時間を掛けてのことであり、到着したターミナルから出他途端に降り注ぐ熱に圧倒されんばかりだ。
出かける時は防寒対策をしてはいたものの、客船の中は概ね20度に設定されていたので、2人は冬用コート等の防寒着を脱いでいた。
しかし夏真っ盛りの惑星ともなると、防寒着を脱いだ服装でも暑さを感じてしまう。コレムはネクタイ無の水色ワイシャツに、薄手の灰色ジャケットと白いスラックス姿。
フェイトは、生地の薄いアイボリーホワイトの長袖セーター、茶色のキュロットパンツというスタイルで、一応は現地に到着したことを考えてはいたが、やはり熱いのである。
  しかし回りの人間は暑さなぞ気にせず、周りの観光客はぞろぞろとターミナルを出入りしており、親子連れやカップル、どこかの団体旅行者達が、楽しく会話している。
ここはリゾート惑星として結構な盛り上がりのようだ。コレムは感心しながらも、自分達のホテルへの移動手段を考えていた。

「バスか、タクシーか……」
「タクシーでいいんじゃないかな。丁度、出口前に止まってるみたいだし」

  フェイトの言う通り、ターミナルの出入り口には、タクシーの駐停車場があった。その中の1台を捕まえると、バックやトランクを積み込んでもらう。
それから乗り込むと、運転手に行先を伝えて走り出す。ふとアロハシャツを着た陽気な雰囲気の運転手が、話題づくりにと2人に話しかけてきた。
アロハシャツとは、きっと会社の意向なのだろう。現地のリゾートのイメージ合わせた、悪くない取り組みである。

「御二人さん、新婚旅行ですか?」

  若い男女の組み合わせを見たら、それはカップルか若夫婦かの二者択一になろう。あるいは兄妹とも捉えられるかもしれないが、こちらは例外である。
突然運転手から新婚という言葉が出てきて、フェイトはドキリとする。まだ結婚している訳ではないが、この運転手にはそう見えたようだ。

「いや、旅行は正解ですが、新婚ではないですよ」
「ほほぅ、ではデートですな。いいことです、この星は思い出づくりに最高ですよ」
「私もその様に聞いている。存分に楽しませてもらう」

余裕のコレムは、軽々と会話する。かつては上司のフュアリス・マルセフから、からかわれて戸惑っていたのが嘘のようだった。
  対するフェイトは、顔を少し赤く染めるだけでやや俯いている。するとコレムは、フェイトの両膝の上で重ねている両手に、自身の右手を重ねてきた。
その行動に彼女は顔を上げてコレムに笑顔を見せると、彼の右手をそっと握り返す。自然と身体をコレムに預け、頭を右肩に乗せた。
2人の体制は、まさに正真正銘の恋人同士である、とオーラを発しているようでもある。いや、実際に恋人関係であるが。

「……さて、到着しましたよ、お二人さん」

  6分ほどして、目的地に到着した。ロビー前に止められたタクシーから降りると、トランクから荷物を取り出す。運転手に代金を支払うと、ロビーへと入った。

「広いなぁ、流石に」
「うん。お客さんで賑わってる」

ワイワイとはしゃぐ子供たちの姿が見える。余程嬉しいんだろうな、とフェイトは見ていて思ったものだ。少しだけ、置いて行ってしまったエリオとキャロに申し訳なく思う。
しばし眺めていると、コレムに声を掛けられてフロントの受付嬢へ足を運ぶ。にこやかな営業スマイルを輝かせる女性は、明るく挨拶をしてきた。
コレムとフェイトも挨拶に応えると、受付嬢に招待券を差し出した。それと予約を入れた名前とを照合されると、受付嬢はホテルの鍵を差し出した。

「はい、ご確認させていただきました。こちら、お泊りになるお部屋の鍵になります。お出かけの際には、こちらでお預かり致します」
「わかりました」
「では、ごゆっくりお楽しみくださいませ」

  深々と頭を下げる受付嬢に、ありがとう、と述べて一先ずは部屋へと向かった。このリゾートホテルは地上30階建てになっており、部屋数は全部で600室あまり。
海辺に面しているため、ホテルの部屋からでも綺麗な海や自然を眺めることができる。海辺には、日本で言う『海の家』の様な店も幾つか並んでいる。
その他にも泳ぐための道具や、ビーチパラソル、シートなどを貸し出している店もある。ダイビングを楽しむツアー等、船を出しているイベントも複数あった。
  また、ホテル内にも充実した施設が存在している。巨大な空間に室内プールを設けられており、長大さを誇る水流式プールや波乗り体験プール、滑り台式プール、競泳用のシンプルなプール、はたまた温水プールもあるのだ。
勿論、外と同じように室内プールで食べられる軽食店や、道具や水着の貸し出し場所もあった。この他にも温泉、レストラン、マッサージといった娯楽施設ものもあるのだ。

「流石はリゾートホテルだな。多彩な設備だ」
「全部を見回るだけでも、1日は使っちゃいそう」

パンフレットで内容を見ていたとはいえ、その内装には驚きを隠せない。そうしている内に目的の部屋に到着した。コレムらは18階のツインルームである。
鍵を回して部屋に入ると、やはりというべきか、豪華リゾートホテルに恥じない豪勢なつくりになっている。簡素過ぎず、派手すぎず、落ち着きのあるものだった。
  フェイトは荷物を床に置くと、室内に明かりを差し込むベランダへ歩み、ガラス戸を開けて景色を一望した。晴天に恵まれた空には、申し訳程度の雲の群れが泳いでいる。
青く綺麗な海は、小さな白波が幾つも出来上がり一種のグラデーションに仕上げる。その海の中を無数の観光客が泳いで回り、はしゃぎ声も波音と風音に乗って聞こえてくるのだ。
小さな風がフワリ吹き、ベランダにいるフェイトを、歓迎し迎えれているようだった。頬や全身に感じる風の感触に、彼女は目を閉じて心地よさを感じる。

「気持ち良い風……」

  コレムは遅れてベランダにいる彼女に近づこうとしてアッと思った。フェイトの金色の髪は、普段は先端で一束に纏めているのだが、今はストレートにしている。
その髪が、風の祝福を受けて舞い上がり、同時に日光の光で反射する。その途端、フェイトは一段と輝かしく、眩しく見えたのだ……まるで女神(ヴィーナス)の様に。
しばしその光景に見とれていたコレムだったが、後ろでぼうっと立っている彼にフェイトが気づいて、どうしたのかと声を掛けた。

「どうかした?」
「いや、なんでもないよ」

  適当に誤魔化して濁すと、その後の予定を決めることにした。現在の時間は11時00分、昼食を取るには少しだけ早い時間帯である。
どうせ2泊するのだから、そう急ぐこともないだろうし、ホテルの中を見て回ってきても良い。そこで、一先ずは施設内を見て回って、その次いでに昼食を取ることにした。
昼食を取ってから、午後に海水浴を楽しもう。2人はその予定で一致すると、まずは服装を着かえる事にした。何せ冬対応で着て来たのだ。
一応、ホテル側でもアロハシャツと半ズボン、または女性の為にスカートを用意している。多くの客は半分の割合で自前の服を着たり、ホテルの用意したアロハ服を着用している。
  2人は自前で持ってきており、それぞれ着替えた。コレムは、薄い紺色の半袖ポロシャツと、膝くらいまである灰色の半ズボンを穿いている。
フェイトは、袖なしの白シャツの上に、黄色とオレンジのグラデーションが入った半袖シャツを、ボタンを掛けずに着こなしている。
下の方はデニムのパンツを穿いており、彼女の綺麗な太股を強調しているようにも思えた。そして、首にはあのネックレスを忘れずに掛けている。
  準備が整うと、2人は部屋を出てレストランへ向かう次いでに、かく施設を眺めていった。室内でもスポーツが出来る運動施設に通りがかった際に中を除くと、バスケットやバレーボール等をして楽しんでいる客が大勢いた。
はたまた室内プールを眺められる通路を通り、泳ぐお客達の楽しむ声が反響している。外が雨の時には、こちらでも十分に過ごせるだけの偉容だ。

「どうする? 今日は海辺にするかい、それとも今日室内を泳いで、明日にビーチにでも?」
「ううん……取りあえず、今日は海でいいと思う」
「わかった。じゃあ、時間も頃合いだし、昼食を取って行こう」

  そう言って向かった先のレストランは、既に人が入って賑わい始めていたところであった。コレムとフェイトは空いている席に案内され、早々と注文を取った。
この後は泳いだりすることも考え手軽い物として、2人はミックスピザを2枚とサラダ、スープのセットを注文すると、後は焼きがるのを待つばかりだ。

「2人でこうして来れるとは思わなかった」
「確かに。ミッドチルダで時間を過ごせなかったから」
「本当は、私が率先して取り繕うべきだったのだが……結局はフェイトに先手を打たれてしまったな」
「何を言ってるの。貴方だって、本当は私が持って来たのではないことを知っていたじゃない?」
「ふふ、まあね」

コレムは苦笑する。そうなのだ、結局は自分達で始めたと言うよりも、回りの人間が世話を焼いてくれてただけの話なのだ。
いや、それでも有り難い話であるのは重々理解しているつもりであるし、そうやって取り計らってくれたことには深く感謝している。
しかも2人が本当に感謝すべきなのは、このリゾートホテルの招待券を当ててくれた目方なのだろうが、当の本人は自分で使わずに彼らに渡してくれたのだから。
  この好意に対して、兎に角楽しんで過ごすことが最大限のお礼である。フェイトもコレムもそう思っていた。
そうやって自分らを見てくれている周りの人達のことで談笑していると、いつの間にか注文した料理がテーブルに並べられていった。
ミックスピザ1枚に付き、4種類の品が合わさっている。海老、蟹、といった海鮮物をふんだんに使ったものや、ミートパイ風味のもの、オードソックスなもの等様々だ。
2人で食べきるには丁度良いくらいの大きさだった。コレムとフェイトは早速手を伸ばして、ピザの一角を切り離した。元々きり込んでいたようである。
  乗っているチーズがこれでもかと伸び続けて見せるも、やがてプツリと途切れた。焼きたては美味しいな、とコレムとフェイトは談笑しながら食事を進める。
気づけば2枚分を平らげてしまっており、サラダもスープも綺麗さっぱりに無くなっている。最後にレモンスカッシュでさっぱりとすると、食したピザに感想を漏らした。

「リゾートホテルにしては、味が良かったかな」
「はい。お腹も膨れたし……行く?」
「そうだな。まだ12時30分だし、ゆっくりと海を堪能しよう」

そう言うと2人は席を立ってレストランを出た。部屋に行って水着やタオル、サンダル等を取りにいかねばならないため、一旦戻ることになる。




 

  外は燦々と太陽が照り付けており、海水浴にきた人々に熱を放っていた。その暑さから逃げるように、海に飛び込んで海の冷たい感触を全身に感じている。
砂浜ではネットを立ててビーチバレーボールを楽しむ客もおり、彼ら暑さなぞ気にせずに、はしゃぎ動き回っては勝利の雄たけびを上げていた。
その賑やかなビーチに、新たな参入者が姿を現している。コレムはフェイトよりも一足先に外へ出て、パラソルとシートを借りて待っていたのだ。
半ズボン系の黄緑色な水着に、薄手の半袖シャツを羽織っている。紫外線を考慮してサングラスも掛けているが、帽子も被ってきた方が良かったかと思うコレム。
  じりじりと照り付ける日差しに、彼の額には汗が浮かび始めている。

(流石は夏の日差しだ。照り付けが半端ではない……)

まだ2分しか経っていないが、もうそろそろフェイトも来るだろう。気長に待とうと思っていた時だった。彼女の声が聞こえた。

「ごめんなさい、待たせました!」
「いや、大丈……夫……だよ」

振り返った先にいたフェイトに顔を向けた途端、コレムの視線は思わず釘付けになってしまった。そんな固まったコレムに、フェイトが気まずさを感じている。

「あの……やっぱり、怒ってる?」
「いいや、違うんだ。そうじゃなくて、だな……」

怒る要素などある訳が無いだろう、フェイト。コレムは何と言おうかと言葉に詰まった。フェイトの抜群なプロポーションについては、コレムも知っている。
時折り模擬訓練の現場で見た事のあるバリアジャケットからも、赤面しないよう目線を外したくなる程の身体付きだからだ。それが今、彼女は水着姿だ。
  それも瑞々しい水色のビキニで、胸元や両足の太股辺りには、小さなリボンがあしらわれており、美しさと可愛らしさの双方を調和していた。
水着の上から、コレムの様に半袖の上着を軽く羽織っているものの、その強調された女性の部分は隠しようもない。
普段が黒い制服やバリアジャケットだっただけに、色気溢れる水色のビキニ姿とのギャップにより、コレムの心臓は耐圧限界点に達しそうな勢いだ。
  女性は魅惑的で魔性的でもあり、恐ろしきものである……とは、某イタリア紳士からもらったお言葉である。

(その言葉、嘘ではなかった……!)

魅惑な彼女に、コレムの頬が多少赤くなってしまう。いや、落ち着け、コレム。こんなことで怖気づいてどうするのだ。こんな時こそ彼女の素晴らしさを賞賛せねばなるまい。

「フェイトの水着、とても似合ってると思って。綺麗だよ、本当に」
「ぁ……ありがとう、ございます」

我ながら、言う事がありきたり過ぎて駄目だなぁ。某イタリア紳士……もういいか、フォルコ・カンピオーニ氏のことだが、彼だったらもっと気の利いたことを言っただろう。
  片やフェイトはと言うと、彼女もまたコレムの言葉に赤面している状態だ。先日に買い出しに出た際に付き添ったはやてと、高町なのは、さらに補佐をしてくれているティアナ・ランスターやらシャリオ・フィニーノまでが混ざり込んで、色々とあれこれと選んで購入したものだった。
その買い物の後日、まるで着せ替え人形のような心境だったと、当時のフェイトが語っていたのをティアナは良く覚えていたと言う。
悩んだ末に勝ったのが、今の水着だ。中には過激にすぎるタイプも勧められており、全力で断ったものである。
そして今、コレムが赤面するほどに綺麗だと褒めてくれた。フェイトは恥ずかしい気持ちと、嬉しい気持ちで心がはちきれんばかりであった。
  いつまでも赤面して動かない訳にもいかない。泳ぐために来たのに、突っ立ったまま時間を過ごしては何の意味もないだろう。

「それじゃあ、行こうか」
「はい」

ややぎこちない感じではあったが、2人は浜辺へと脚を向けた。場所を確保するべく歩いている道中、やはりと言うべきか男性陣の目がフェイトに向けられる。
ナンパでもしようかと言うのだろうが、隣に歩いているコレムの存在がそれを不可能にした。逆に女性陣から、コレムに興味を抱く目線を投げつけてくる。
これはフェイトの存在が、魅惑の槍を跳ね飛ばしてしまう。極めつけはさり気のない腕組で、こうもされてはハイエナも近づこうとはしなかった。
  一定の場所に来ると、そこでパラソルを立ててシートを敷き、場所を確保する。その他にも小型のクーラーボックスや、日焼け止め薬品やらが入った小さなバックを置く。
シートに座ると、フェイトは上着を脱いで日焼け止めクリームを取り出した。彼女の上半身の素肌が露わになり、コレムの心拍数が跳ね上がる。
そうとは知らずに、彼女はクリームを乗せて身体に塗り、肌のケアを始めた。無論、コレムも日焼け対策のため塗っておく。

「リキ」
「ん?」
「背中に、塗ってくれる?」
「……あぁ」

何故かドキリとしてしまう。綺麗な肌に手を触れるのが怖い訳じゃないさ、と誰に言い聞かせてるのかはわからないが。
フェイトは座ったまま背中をコレムに向ける髪の毛は邪魔にならないよう、後頭に纏めてあった。その綺麗な白い背中に、コレムは平然を装いながらもクリームを塗り始める。
肩、背中、腰、と彼女の手が届かない範囲を丁寧に塗り込んでいく。抱きしめたことはあれど、こうやって直接フェイトの肌に触れるのは初めてかもしれない。
  コレムが塗り終わると、今度はフェイトが彼の背中に日焼け止めクリームを塗ると言ってきた。それを断るのも無碍な話ゆえ、受け入れる。
フェイトはコレムの背中に触れるが、その軍人として鍛えられた肉体に半ばウットリとし感心していた。

(リキの背中……大きくて、逞しい)

かつては大怪我を折った身体だが、そんなことが無かったと思わせるような丈夫さに思えたのである。彼女の方も塗り終えると、いざ、海に目を向けた。
今度は泳ぐ時間だ、フェイトが立ち上がってコレムの手を引っ張った。

「引っ張らなくても大丈夫だぞ」
「いいから、早く行こう?」

  ちゃっかりとビーチボールを抱えるフェイトに続いて、コレムは海へと脚を入れる。熱い陽気に比して冷たい海の感触に、心地よさを感じた。
既に多くの観光客が海に入って、浮き輪につかまって浮かんでいたり、シュノーケルをつけて浅瀬の底を眺めていたり、はたまたビーチボールで遊んでいる。
コレムとフェイトも、借りたビーチボールを持って軽い運動を始めた。

「よし、いくぞ」
「OK!」

ポン、とボール下から叩いてフェイトへ投げる。それをフェイトがレシーブで受け止め、ポン、と音を叩て放射線を描きながらコレムに戻っていく。
彼もまたレシーブで返し、彼女へ送り返す。既に腰まで使っているため、思うようには動けない。それでも2人は、並の運動神経で返していった。
8往復までしたところでコレムが足元のバランスを崩し、ボールを取りこぼしてしまう。

「やった!」
「いや、まだだぞ」

  そう言ってボールを打つ。フェイトも迅速に反応して返すと、コレムも迅速に反応して返す。今度は粘り強く、それも12往復まで続いた。
今度はフェイトが打ち損じ、やや悔し気な表情をする。この様にしばしビーチボールで遊び、少ししてから一旦休憩することとした。

「一旦、浜に上がらないか」
「いいよ……ぁっ!」

と言った途端に、小さな白波が歩き出そうとしたフェイトの後ろから襲い、その拍子に脚を滑らせたのだ。前につんのめる彼女を支えようとして、コレムが受け止める。

「おっと、大丈夫かい、フェイ……ト」

途中で言葉を途切れらせた理由――今の2人の体制にあった。真正面から受け止めた際に、フェイトの豊富な胸が彼の厚い胸板に触れたのである。
いったい、どれほど顔を赤くすれば気が済むんだ、とコレムは内心で自問自答する。
  片や彼女は、偶然であるとはいえ、この抱きしめ合うような体制になっている事に、気持ちの高まりを感じていた。
だが回りに人がいる中で、いつまでもこうしているのも恥ずかしい。名残惜しいとは思いつつも、コレムから離れた。

「ありがとうございます」
「気にしないでいいさ。さ、一端上がろう」

コレムは赤くなった顔を隠す様に、クルリと方向転換すると、そのままフェイトと共に浜へ上がった。シートに座ると、フェイトがクーラーボックスから飲料水を取り出す。
保冷剤に埋もれるように入っていたサイダーは、容器も中身も冷え切っているのが手に取ってよくわかる。それをコレムに手渡した。

「はい、冷えてるよ」
「ありがとう」

  フェイトから受け取ると、早速プルタブを空けて口に流し込む。サイダーの甘味と共に、炭酸が口の中で弾ける感覚。地球でも馴染み深い飲み物だ。
彼女も遅れて飲み始める。呑みながらも、常夏のビーチで遊ぶなど久々だ、とフェイトは思った。しかも恋人同士との旅行である。
ミッドチルダに居るはやて達は、今頃どうしているものだろうか。話によれば、福引で当たったお酒のセットやらで飲み会をするような話だった。
それにエリオとキャロ、あの2人も本当は行きたかったのではないかと思う。自分に気遣ってくれるのは本当に嬉しいものだったが。
  そんな考えに深け入るフェイトに、コレムが気になって声を掛ける。

「どうしたんだい、ボーっとして。もしかして、疲れた?」
「うぅん、違うの。はやて達はどうしてるかなってね」
「そうだな……時間的にはまだ仕事の最中だろうが、きっと私達のことで話込んでたりするかもな」
「確かに。仕事ほっぽり出して言ってそう」

その途端、遥か彼方の当人がクシャミをしたのだが、それを知る余地は2人には無い。しばらくして休憩を終えると、2人は再び夏の海を楽しんでいった。
海で泳ぐだけでなく、浜で行われているビーチバレーボールの大会に成り行きで参加し、2人でタッグを組んで連戦連勝を成し遂げる。
どちらもスポーツ選手ではないが、管理局員として、または防衛軍軍人としての身体的能力では並以上の2人なのだ。
回りからも賞賛や賛美の声が上がり、そのたびに大会はヒートアップしていったものである。
  はたまた、ジェットスキーの体験もした。ボートに引っ張られながら、コレムは懸命に手綱を握りしめて振り落とされないようにするの精々だった。
フェイトの方は、コレムよりも綺麗に水上を全ていたと言えよう。時折、アクロバットな回転を見せたりするものだから、コレムも歓声を上げる。
この様にして、2人は浜での遊びに熱中し、時間を忘れくらいに堪能していった。気づけば午後の17時で、空も夕焼けに染まり始めている。
  遊びきったと言わんばかりの2人は、夕焼けの空を見ながら浜辺に座っていた。

「綺麗な空……」

夕日が紅に染めて作り上げる、幻想的な空だ。思わず見とれるフェイトに、コレムも同意しつつも自然と肩を抱き寄せる。それに甘えて、フェイトは彼の身体に預けた。
いい思い出になる日だ。抱き寄せたコレムはそう思い、彼女と共にもう少しだ浜辺で夕日を眺め合うことにした。
  眺めるのもほどほどにすると、コレムとフェイトは借りた道具を返却し、ホテル内に戻る前に着替え室のシャワールームで全身を洗い流す。
しっかりと洗い落として着替えを済ませた後、一度手荷物を室内に置いてきてからレストランへと足を運んだ。
昼間に遊んだだけに、食欲も湧いている。海鮮料理を注文してそれを平らげてしまう勢いで、余程にお腹がすいていたんだね、と互いに言い合い、笑った。
それからというもの、土産を販売する販売店で、ミッドチルダにいる親友達への品を買い、ホテルの個室戻り1日を振り返りながら談笑しながら、その日を追えた。





  あれからあっという間に時間が過ぎていき、2人の時間はあっという間に最終日を迎えていた。2日目も室内プールを中心に楽しみ尽くしていったのだ。
これは一生、忘れられぬ旅行であると感じていたし、その日の夜も忘れ得ぬものだった。そして2日目の夜の時間帯から、朝の時間帯へと時が進む。
  星々は満天に輝いていた星空が、次第に辺りから退散していく。その代わりに、水平線の彼方から眩しい朝日の光を呼び込んできた。
水平線から昇る太陽は、刻々と光に満ちた空間を作り出しては住人達に対し目覚めを呼びかけていく。海辺に建っているリゾートホテルにも、朝の光が差し込んでいった。
そのリゾートホテルの1室。物静かな寝室にはダブルベッドがあり、そこで2人分の小さな寝息が室内にだけ、ほんの小さく聞こえてくる。
寄り添って1枚のシーツに包まり、幸せ且つほんのりと甘い空気を放つ居住者2人は、誰にも邪魔されることなく夢の中を旅しているようだ。
 それでも朝を歌う生真面目な太陽が、薄いレースカーテン越しから幸せな夢に浸る2人に対して光を差し込むのだった。

「……ん? 朝、か」

閉じていた瞼の裏が明るくなるのを感じたのか、コレムが小さな声を上げる。やがて、それが朝であると知った彼は、寝ていた身体をゆっくり起こそうとした。
が、左腕が掴まれていて無理だと悟った。彼の左側で寝ているフェイトによって、左腕をホールドされているのだから、起き上がれないのも当然である。
彼は寝ぐせで少しボサボサとしているグレーの髪を、自由な右腕でもって軽く撫で直す。
  フェイトは、コレムの左腕を抱きしめながらも寝ていおり、彼女の自慢すべき綺麗なブロンドのロングヘアも、ベッドの上に振りまかれていた。
まだ夢の中にいるようで、幸せそうな表情をしている。小さな寝息を立てている彼女と向かい合うようにして、彼は静かに身体をフェイトに向ける。
寝顔を眺めながらも、フェイトの頬に掛かっている髪に触れると、そのまま優しくそっと払った。それがこそばゆかったのか、彼女は小さく呻く。

「ぅん……」
(綺麗だ)

まだ起きない彼女の寝顔を見てそう思ったコレムは、右手を彼女の頬に軽く当て、軽く撫でる。付き合い始めて1年以上は経つが、その美しさには毎度のこと心惹かれている。
無論、美しさだけでなく、彼女の心優しくも暖かい性格も好きだ。出会いから付き合うまでに発展するとは思いもよらないものだった。
  あの前代未聞な戦争において出会い、時には強硬的な手段を取って戦場から離脱してもらったこともある。
これで嫌われてもおかしくは無かったが、彼女は自分への理解を示してくれた。それからだろう、一段と互いを意識し始めてしまったのは……。
戦争が一段落し、地球世界と管理局の世界での調整が済んでからというもの、2人はちょくちょくと共に出かける事も多くなった。
クリスマスの時も時間を見ては、夜を共に過ごして思い出づくりをしていったものである。ただし、その先(・・・)には進むことは無かったが。
  回りからはさっさと身を納めろ、と冷やかしの声もあったが、どこかで本当に応援してくれていることも確かであったろう。
ただ、地球と管理局という次元の離れた生まれの2人だった故に、なかなか意思を固めることができなかったのだ。
それがようやく、彼の方がミッドチルダ駐在武官となってからは、恋人同士としての進展速度が増していった。

(結婚……か)

 まだ起きないフェイトを見ながらも、コレムは家庭のことを考える。自分に家庭的な生活が送れるだろうかと不安を感じているのだ。それは誰もが感じる不安ではある。
軍隊生活中のコレムと、管理局勤めのフェイトのことだ。子供を儲けても、中々に顔を出すこともできない日々が続いてしまうのではないか。
それにフェイトが引き取っている2人の子供――エリオ・モンディアルと、キャロ・ル・ルシエもいるが、義理であるとしても、父親としてやっていけるだろうか。
様々な不安が、彼の胸中に渦巻いていた。
  そこまで考えていた時、彼の意識は現実に戻ったと同時にフェイトと目が合った。そう、起きていたのだ。

「おはよう、リキ」
「あ……お、おはよう、フェイト」

考え事をしていたせいで気づけず、返答に遅れるコレム。フェイトの頬に当てていた右手を慌てて離そうとしたところで、彼女はそれを自分の手を添えて止めた。
まるでコレムのぬくもりを、その手で感じていたいと言わんばかりのもので、まだ眠そうだが笑顔を向けてくる彼女もまた、絶品であった。

「朝から、何を考えていたの?」
「いや、フェイトは綺麗だな、と思って」
「……嘘だよね」
「う……」

綺麗だと思ったのは事実なのだが、その後に考えていたことを思うと、否定しきれなかった。フェイトは鋭い観察力の持ち主だ。
というよりも、不意打ち気味に目を覚まされてしまった為に、しどろもどろとなったのが原因であったろう。
  逆に嘘を見抜いたフェイトは、しかし不快感を示している訳ではなかった。彼を心配して言っているのだろう、今度は彼女の左手が彼の右頬を撫でる。
綺麗だね、という言葉に偽りは無かれども、そのほかに何か深刻に考えていたのは表情で分かるのだ。

「これでも付き合って1年以上経つんだから。綺麗だって言ってくれたのは嬉しいけど、それだけじゃないよね」
「参った……顔に出てたかな」
「それは勿論。深刻に考える時は、顔に直ぐ出るから」

敵わないな、と想いながらコレムは自分の頬に当てられたフェイトの手を撫でる。そして、さっきまで考えていたことを素直に話した。
初めて出会ったことから、こうして恋人関係に発展したことまで、そして将来家族として幸せな家庭を築けるかという不安。
  聞き終えるまで、終始フェイトは笑みを崩さなかった。そして、全てを聞き終えると彼女は言った。

「大丈夫だよ。貴方だけじゃない、私も同じ気持ちだもの……一緒に家族を、家庭を作るんだよ」
「君と、俺と、エリオ、キャロ、そして……もう1人の5人家族かな?」

ふと、コレムはシーツの上から彼女の下腹部に手を当て、優しく軽く撫でる。それをフェイトが抑えて微笑んだ。彼と同じく、新しい家族を欲しているのだ。

「うん。あの子達の弟か妹……けど、まだ早いかもね」
「そうだな。式を挙げて、私達が正式な家族になってからでも、遅くはないよ」
「ふふ、そしたら歳の離れた姉弟になっちゃうかも」

子どもが出来る頃には、エリオとキャロは12歳か13歳ぐらいか? 何にせよ、彼女の言う通りに年の離れた姉弟になりそうだ。
  それにしても、フェイトは男の子と女の子、どちらを欲しているのだろうか。コレムは気になって尋ねてみる。
フェイトは数秒考えてから、どっちもかな、と迷った様子で答える。恐らく彼女は自分で欲張りだなと思っているのだろう。

「それも良いか。君の子供だ、きっと可愛い子が生まれてくるよ」
「違うよ」
「え?」

コレムの口を、人差し指で遮ると、悪戯っぽい笑顔を作ってから答えた。

貴方と私(・・・・)の子どもだよ」
「……あぁ、そうだ。俺と君の子さ」

きょとんとしたコレムは、彼女の言う事を理解し訂正した。互いの片手同士で握り合い頷き合う。
  幸せな気持ちだ、フェイトは向き合う恋人を前に思う。そして、自分を生み出してくれた本当の親――プレシア・テスタロッサの事を思い浮かべた。
母さんも、好きな人と過ごしている時は、こんな会話をしていたんだろうかと。残念ながら、そこまでの事は全く知らない彼女だが、姉にあたるアリシアへの愛情ぶりから、相当に幸せな家庭だったのだろうかと、今では思えるものだ。
同時に今の義母である、リンディ・ハラオウンもこんな気持ちだったのだろうかと考える。夫との甘い生活を時折語ってはいたが、自分もそうなるのだろう。
そう考えると、彼女も苦笑してしまう。今度は自分が、自分の子どもに語るんだろうかと、その姿を想像してしまったのだ。

「そろそろ、起きるか」
「えぇ」

  時計は7時を過ぎている。チェックアウトは10時までだが、朝食も取りたいし、ここを出る為に荷造りもしないといけない。
2泊3日という長いようで短い旅行も終わりなのだ。もう少し休みが欲しいが、互いに仕事もあるからそうもいかない。
名残惜しいと思いつつも2人は身体を起こすが、そこでコレムがフェイトの肩を持って待ったをかける。

「どうしたの……ぁ!」

  振り返った途端、フェイトの唇がコレムと重なっていた。不意を突かれたような唐突なものだったが、彼は構わず重ね続ける。
彼女も驚いて目を見開いていたが、直ぐに甘い夢に浸かる様な表情になり、しばしコレムとのキスを堪能する。
10秒もしてから、そっと彼の方から顔が離れる。フェイトは頬を赤く染めつつも、突然の事に訳を聞いてみた。

「ん……いきなりで、ビックリしたよ」
「おはようの挨拶(キス)を忘れてたんだ」
「……バカ」

  真顔でそんな事を言ってくるものだから、フェイトの顔はリンゴの様に赤く染まった。かの防衛軍の紳士が居れば、笑顔でコレムを賞賛しているに違いない。
気を取り直したコレムはベッドから起き上がると、フェイトにも声を掛ける。

「さ、朝食を取りに行こう」
「えぇ」

初々しい反応を見せながら、彼女はいそいそと着替えるのであった。



〜〜〜あとがき〜〜〜

御無沙汰になります。第3惑星人です。
中々更新できずにいましたが、せめて記念作品だけでもと思い、今回の様な物が出来上がりました……が、なんだか中途半端になってしまいました。
オリキャラとフェイトとのデート等と言う無謀な組み合わせで書いてしまいましたが、前座が長すぎて肝心のデート内容が薄くなった感。
しかしこれ以上内容を増やし過ぎると収拾がつかなくなる自分が居るので、半ば強制的に省略とかしてみたり。
同時に大人らしい内容を書こうとすると、年齢指定が付いてしまいそう……興味がない訳ではないですが。ご希望があれば、もしかすれば……(←怖気づいています)。
しかも冬時に夏の旅行ってどうよ? とか思っていましたが、毎回クリスマスネタばかりも芸がないと思った次第。
いやはや、まだヤマト×ガンダムの本編も中々進めずじまいですが、何卒よろしくお願いします。



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