C.E暦70年2月11日。先日のコペルニクス爆殺事件からたった6日後のことだ。新結成されたばかりの地球連合は、早々に軍を纏めて軍事行動を開始した。
これ程の僅かな時間を持って迅速な編成や命令系統の再編を行えた辺り、出来立ての地球連合軍は単なる混成軍と言い包めるのは難しいだろう。
とはいえ、実はこれが新たな噂の種になっている。数ヶ国の軍隊を纏めて連合軍として運用するのは、数日で出来るものではないからだ。
よって連合軍の成立に疑問を持った者達からは、こう囁かれた。
コペルニクスの爆破は、理事国が仕掛けたことではないのか?
連合軍兵士が聞けば、さぞ腹を立てる噂であろう。彼らはプラントが仕掛けたと信じて疑わず、地球連合の行動は大義に沿ったものだとも信じているのだ。
真相は結局のところ闇のままで、後世に至っても明確にされていない。が、多くの研究者は、連合軍側の可能性を示唆しているという。
地球連合軍は、ブルーコスモス思想の強い軍人が多く、それは末端の兵士から最高幹部の中にまで浸透しているのが現状であった。
コーディネイターを化け物と呼び、人としては決して見ない。彼ら―――コーディネイターを殺すことは、虫を殺すことと何ら変わらぬのだ。
そして地球連合軍は結成からの年齢が浅すぎるが、コーディネイター憎しとの感情が合致して出来上がったとも言えるだろう。
もしもコーディネイターが完全に消滅したとなれば、今度は連合内部での利権争いが苛烈化し、やがては世界戦争を引き起こすだろう。
『発表いたします。プラントに宣戦を布告した地球連合は、今から20時間前の8時20分、月面基地より宇宙軍を出発させました』
日本全国に流される、ニュースキャスターの報道。国民は動揺し、賛同し、反対し、はたまた無関心になり、地球連合の行動を見ていた。
しかし国民とは別に、日本政府は真剣そのものである。実は、先のコペルニクス爆破事件に関して、彼らなりの調査を施していた最中だったのだ。
理事国が仕掛けたテロ行為が明確にされていたのとは裏腹に、どうもキナ臭い2度目のテロ事件。戦争を回避する為にも、藤堂らの意向で調査を推し進めてきた。
日本政府は調査部隊を2日前にコペルニクスへと送り込んでいた。この行為は、プラントに肩を持つ行為だと誤解を招かれない、と閣僚からの反対もあった。
それを藤堂らは押し切ったのである。しかし、なんら成果を得ることは無く、開戦を迎える結果となってしまったのだ。
「地球連合の行動は早すぎる」
官房長官 海原泰が腕を組みながら呟いた。海原官房長官は、この年43歳の若手に類する閣僚であり、政治家である。
これまでの世界入れ替わり関する大混乱の中にあって、彼もまた多忙を極めた閣僚の1人であった。特に、報道に対する対応は精神的ストレスを膨張させた。
官房長官ともなれば政府を代表として報道陣の前に立ち、日本国民対して政府の意向等を伝達する役目を負っている。
如何に国民を安心させるべきかと、毎度開かれる報道陣らを前に苦悩する日々が続いたのである。
いっそのこと誰かにバトンタッチした方が如何に楽であるか、と考えなくもなかったが、政府の閣僚として常に整然とした態度で受け答えをしたものである。
曽根崎経済産業相も同調し、連合の報道の工作に舌打ちをする。
「既に月基地から艦隊が進発し、ポイントL5へと向かっている。幾ら足が遅くとも、後3時間余り‥‥‥。連合は、わざと報道を遅くしたな」
「コペルニクス調査隊を、直ぐに引き揚げさせよう」
「同感だ。このままでは、地球連合は我々をも敵と認識するだろう。まして、この調査行動でさえ怪しまれているのだ」
藤堂もこれに同意し、調査隊の即時引き上げを指示した。このままでは月面も戦場になる可能性が大いにある、と考えてのことである。
そしてこれとは別に、重要なことがあった。1月に派遣していた、火星開発交渉団が間もなく帰還してくる。
これはマーズコロニー群の代表と交渉し、後に火星で活動するメンバーとの交渉をしていたものである。内容は成功しており、日本は早期に開発に加わることになっていた。
派遣された交渉団は、政府要人を乗せた政府専用宇宙艦〈せいしょう〉1隻に、それを護衛する巡洋艦〈那智〉〈八雲〉、駆逐艦〈不知火〉〈初島〉〈陽炎〉〈疾風〉の計7隻で編成された小部隊である。
交渉をしたのは、外務参事官 天津浩一郎だ。年齢は38歳。、彼もまた若手閣僚の1人であり、存亡を掛けて奔走していた。
その彼と部下達を護衛するのが、薄い褐色の肌に、白髪交じりの黒髭を生やした60歳の男性軍人―――護衛艦隊司令 島大悟一等宙佐である。
司令長官沖田や土方よりも年上だが、階級はさほど高くはない。彼は、謂わば叩き上げの軍人である。本来は第1宇宙艦隊所属で、第1巡洋戦隊司令を務めていた。
「交渉団の帰路上には、ちょうどポイントL5を通過することになるぞ」
「‥‥‥藤堂長官、ここは、迎えの艦隊を差し向けた方がよいのでは?」
海原官房長官に問われ、藤堂はしばし考え深けこんだ。交渉団の帰路予定コースを変更し、危険を回避すべきではないか。同時に艦隊を迎えに差し出す。
しかし無用に艦隊行動を起こすと、地球連合とプラントが反応するのは当然であろう。悪くすれば、漁夫の利でも取りに来たのかと疑われかねない。
こうしている間にも、火星を進発した調査団と、プラント周辺に急行中の地球連合軍、迎撃態勢を整えるザフトと鉢合するかもしれない。
決断しようとした時だ。芹沢がとんでもない一言を放った。
「長官。この機会に、数隻を戦場観察に回してはどうか思います」
「何だと?」
滝外務相が反応した。戦場にわざわざ派遣して、戦場の様子を記録させようと言うのだ。下手をすれば、命を失いかねないことになる。
反発する閣僚に、芹沢は軍事的な視点を持って跳ね返す。
「我々は、地球連合‥‥‥もといユーラシア、東アジアとの戦争で、ある程度の知識と情報を得た。本当ならば、実戦ではなく情報で得たい処ではあったがね」
先日に得たユーラシア軍艦の情報から、重要機密事項に類されていたプラントのMSのデータ。自分らは未だに、この機動兵器の真相を掴んではいないのだ。
かといって実戦で、その強さを試す訳にはいかないのだが、この開戦でたまたま調査団はポイントL5の至近を通過しようとしている。
これを最大限に生かすべきだ。プラントのMSがどれ程のものかを、しっかりと観察しておく必要がある。それを基に日本も対MS戦闘を編み出すべきではないか。
プラントとの戦争を前提にしているのではないか―――とも取れる発言だったが、何も対策を講じない訳にもいかないのも事実である。
「MSは話に聞いただけではわからん。しかし、この戦争でプラントは必ずMSを出す」
「言うことは分からんでもないが‥‥‥」
「忘れたのかね、我が方の技術は他国を引き離している。そう簡単にやられはせん」
「それは慢心と言うものではないかな、軍務局長」
鋭い声に、彼は全く動じなかった。結局は芹沢と、彼に賛同した者の意向で、戦場観察のための艦艇が派遣されるに至ったのである。
同時に出迎えを名目とした艦隊も派遣されることになり、第2宇宙艦隊から空母〈飛龍〉、戦艦〈妙高〉〈鳥海〉、巡洋艦〈古鷹〉〈加古〉、駆逐艦〈睦月〉〈如月〉〈弥生〉〈冬月〉の計9隻が編成された。
もしも地球連合らが何か言って来れば、火星から帰投中である旨を報告すればよいのだ。と、芹沢は言う。
戦場観察を命じられた交渉団護衛艦隊が、戸惑いを覚えたのは当然である。何故、危険を冒さねばならないのか。兵士は不満の声を漏らす。
「‥‥‥命令である以上、致し方があるまい」
軍人ならば、命令に従うのが当然である。それに、この命令は民間人に手を加えるような話ではない。そうでないだけ、まだマシと言えよう。
彼は直ぐに政府艦〈せいしょう〉の天津と連絡を取り、戦場の観察に出なければならない旨を伝えた。そして戦場に向かうのは、自分自身であることも。
『そうか‥‥‥私が口出しできることではないが、くれぐれも気を付けてください。島一佐』
「お気遣いに感謝いたします」
島は護衛艦隊から、乗艦である巡洋艦〈ナチ〉と駆逐艦〈シラヌイ〉を戦場観察任務に回すと、他艦にはそのまま帰投を継続させたのである。
「取舵、40度。進路をプラントに向ける」
「進路変更、取舵40!」
「進路変更、取舵40、ヨーソロー!」
分かれる僚艦に敬礼し、島司令率いる2隻は戦場となるプラント群へと足を運んだのである。
月面基地プトレマイオスに集結していた地球連合軍(大西洋連邦軍、ユーラシア連邦軍、東アジア共和国軍による混成軍)が、大兵力を持って進発した。
その戦力は、7個艦隊凡そ220隻(空母9隻、弩級戦艦15隻、主力戦艦42隻、巡洋艦56隻、護衛艦98隻)というものであった。
そして、搭載されている艦載機はMAメビウス1100機以上という膨大なものであった。これを纏めて、地球連合宇宙軍第1連合艦隊として運用される。
因みに地球連合の宇宙艦隊総兵力は、大西洋連邦6個艦隊、ユーラシア連邦6個艦隊、東アジア共和国4個艦隊の合計16個分に及ぶ。
加えて各宙域の警備艦隊等を合計すると、戦闘艦艇数680余隻にもなる大兵力だった。
そして、投入された各艦隊の陣容は、以下の如し―――
地球連合宇宙軍 第1連合艦隊―――
・本隊
・第1艦隊:司令官 トーマス・マクドゥガル大将(連合艦隊総司令長官)
・第7艦隊:司令官 アレクサンドル・マカロフ少将
・第9艦隊:司令官 蒋澄平少将
・第10艦隊:司令官 ミゲル・デ・レソ少将
・前衛艦隊
・第4艦隊:司令官 アルフレート・ヴィッツェル中将(連合艦隊副司令官)
・第5艦隊:司令官 チャールズ・ティアンム少将
・第12艦隊:司令官 蘇定発少将
これらが目指すは、ポイントL5宙域に浮かぶ無数のコロニー群―――即ちプラントだ。人口はたったの6000万人ほどで、その限られた人材の中で構成される軍隊ともなれば、尚更のこと兵力が少数規模となるのは当然だった。
プラントの軍隊ザフトが保有している宇宙戦闘艦艇は、ナスカ級高速戦闘艦とローラシア級フリゲート艦の2種類のみである。
地球連合に比べると、非常に艦艇の種類が少ないが、これには先ほどの人口の少なさや軍事用コロニーでの生産力が関係していると言っても過言ではないだろう。
人口の少なさにおけるハンデは、少数人数で運用を可能とした自動化率を優先することで解決しようと見たのである。
とはいえ、それも限界がある。この時点におけるザフト宇宙軍の保有艦艇数は90余隻に止まっており、これでも日本の宇宙軍主力艦艇数に匹敵する規模だ。
ナスカ級とローラシア級はどちらも、MS搭載機能を有する戦闘艦艇であり、彼らの高度な技量を持ってすれば少数でも高い戦闘能力を発揮できる。
ザフト宇宙軍におけるMSの総保有数は凡そ800機余り。艦艇数からしても、機動兵器からしても、地球連合軍が圧倒的に上なのは誰でも理解できよう。
しかし地球連合の大半は、いまだにMSの真価を把握し損ねているのが現状で、この認識の甘さが壮絶なしっぺ返しを受けることになる。
プラントを制圧すべく月面基地から出撃し、プラントへ進撃中の地球連合軍宇宙艦隊の軍勢は、誰しもが圧巻だと言うであろう威容であった。
その大艦隊の中心に鎮座する1隻の宇宙空母が、地球連合軍総旗艦/第1艦隊旗艦 アガメムノン級〈アガメムノン〉である。
総旗艦〈アガメムノン〉艦橋の指揮官席には、第1連合艦隊司令長官 トーマス・マクドゥガル大将の姿があった。
年齢は57歳。用兵家としては、堅実なタイプの指揮官であり、あまり目立つ戦いはしない。
また、連合艦隊が編成されたにあたって、月(L2)方面艦隊司令長官と第1艦隊司令官も兼任しており、事実上3つの役職を兼務していることになる。
大西洋連邦所属であり、珍しくもブルーコスモスに属するような人間ではない。彼としては、生命が人の手で造られることには反発の姿勢を示してはいた。
だからと言って、生まれてきたコーディネイターの子ども達を虐げるのは、筋違いであると彼は考えている。
罪を追うべきは、生命を造る事に同意した親と造った本人であるべきだ。生まれてきた子が虐げられる理由など、何処にもない筈だ。
親の罪を、子が受け継ぐなど馬鹿らしいのと同様である。
「総司令、間もなくポイントL5に差し掛かります」
「‥‥‥全軍に第一級戦闘態勢を発令。そのまま進撃する」
「了解。全軍、第一級戦闘態勢を取れ!」
いよいよプラントのエリアである。全軍に戦闘態勢を取らせて周囲への警戒を厳重にしつつ、連合艦隊は何もない宇宙空間を突き進み続けた。
(まったく、たった6000万のコーディネイターを相手に、大人げないと言うべきか)
マクドゥガルは、口にこそ出さねども、連合軍上層部の対応には呆れるばかりである―――いや、正確にはプラント理事国の面々であろう。
人は、いつまでも殴られっぱなしでいられる筈が無い。その怒りが蓄積し、やがてはそれが強力なバネとなって、上に乗る者を弾き飛ばす。
相手が反発したら、暴力で鎮圧してやればよいという単純な考えが、今回のような結果を招いたと言えるのではないか?
そんなことも考えられなかった理事国の連中は即刻退場して然るべきだ。
マクドゥガルは政治界に口出しするつもりはないが、罵声は口出してやりたい心境である。それに、戦争で得をするのは軍需産業だけだ。
兵士は下らない戦いあっても、命を懸けて戦わねばならない。それを遠目で眺め、利益を貪るのが軍需産業や政治家達なのだ。
「総司令!」
「何か? プラント軍を見つけたか」
突然、声を上げた兵士に目を合わせるマクドゥガル。通信が入ったらしく、それは日本の宇宙軍が行動を開始したとのことであった。
「日本軍? 彼らは介入する筈はなかったのではないか」
「いえ、日本軍の行動は、火星から帰還してくる交渉団を出迎える為、とのことです!」
「成程な。それも立派な理由だ」
彼は日本の真意が、単なる出迎えだけではないような気がしたが、かの国は戦争を欲しているわけではない筈だ。何せあれだけ大々的に世界へ報道していた国なのだ。
そんな国が突然に戦争に参加するとは思えないものの、何か裏があると感じとらざるを得なかった。
「閣下、如何なさいますか」
「気にしても致し方あるまいて。出迎えと言っているのだ。介入するつもりはないだろう」
だが、彼の予感は的を得ていた。日本は参加するつもりはないこそすれ、戦場観察と言う行動に出ていたのだから。
その直後ことである。艦隊全体に緊張が駆け抜ける一報が入ったのは―――
「‥‥‥敵軍、補足!」
「陣容を報告せよ。全軍、直ちにMA隊を全機発進、命令あるまで待機」
前衛に位置する第4艦隊の先方部隊が、レーダーにザフト軍を捉えたのである。さらに10時方向には、プラントの保有する資源衛星ヤキン・ドゥーエが捕捉された。
ザフトはコロニー群の前面に全力展開しており、戦力数は凡そ90余隻。すなわち、これがザフトの全戦力だ。彼らにしてみれば余力があろう筈もなかった。
因みにザフト宇宙軍の1個部隊は3隻編成であり、今回はそれを30個部隊の集団にして、前面に25個部隊、後方に5個部隊と配置していた。
さらにMSが多数確認されており、前面に600機前後。後方部隊に200機前後が配置されているようであった。
後方の部隊は予備兵力の類だろう―――マクドゥガルはそう思っていた。突発的なことに対応するための布石とも言えるだろう。
対して連合軍は、前衛の3個艦隊を横列に並べ、その後方に本隊を菱型陣形の布陣で4個艦隊が陣取っている。
220:90という戦力比は、誰が見ても地球連合軍に勝利の軍配が上がるものだろうと信じるであろう。これで負ける要素が見つからないと思うのも仕方がない。
ともかく、ザフトの陣容が明らかになった。マクドゥガルは、発進させたMA部隊の内で900機あまりを、前面に押し出した。
「MA隊は先行し、まずは敵MSの排除に当たれ。戦場がクリアになったところで、前衛艦隊は敵艦隊へ攻撃を開始せよ。中央に穴を穿つのだ」
段階を踏んでの命令に従い、MA隊900機あまりが先行する。残る200機余りは直掩として、艦隊につかせていた。
「奴らめ、あれしきの兵力で地球連合に勝てるものか」
兵力差を知った途端に自軍の勝利を確信したのは、38歳の若い幕僚の1人、次席幕僚 アンドリュー・ハザード准将であった。
彼は典型的なブルーコスモス派将校であり、今回の戦争は地球に正義有と信じて疑わない程に視野の狭い人間である。
若い血気盛んな参謀を一瞥しただけでマクドゥガルは何も言わなかったが、そんなマクドゥガルの心境を察している人物がいた。
ここ6年余り副官を務めているジェームズ・ロバーズ大佐、年齢は34歳である。彼は上官と同じくブルーコスモスには属さない軍人だ。
といよりも、ブルーコスモスの過激すぎる行動に嫌悪感を持っており、非常に毛嫌いしている。
また、この旗艦〈アガメムノン〉に乗り合わせている司令部幕僚は、マクドゥガル、ハザード、ロバーズを含め4人いる。
残る1人が、第1艦隊参謀長 フィリップ・エヴァンス中将だった。51歳の彼は、ブルーコスモスではないがコーディネイターを快くは思っていない。
上層部でこのような面々であるが、こういったバランスで構成される辺り、まだ良いと言えた。最悪のところではブルーコスモスで固められた司令部もあるくらいだ。
当艦隊のように、常識的な思考を持ち合わせている司令部として挙げられるのは、先日の日本艦隊との戦闘で敗れたユーラシア連邦第6艦隊(現在は第14艦隊で再編中)の司令官であるアンドロポフ少将だった。
大西洋連邦第4艦隊(現在は第8艦隊に再編)のデュエイン・ハルバートン少将。そして現在、前衛に配属されている第5艦隊司令官 チャールズ・ティアンム少将。
この3個艦隊司令部は、比較的真面だった。柔軟な思考、または良識的な思考を有する将官の比率が少ない地球連合軍。
地球連合軍という組織の行く先が、何となくだが読める気がしたマクドゥガルである。
高ぶる次席幕僚を無視し、副官ロバース大佐は忠告を添えつけた。
「閣下。先日に確認されたMSが、レーダーに多数確認されています。気を付けた方がよろしいかと‥‥‥」
「馬鹿なことを。大佐、君はMSごとき珍兵器に、わが軍が負けるとでも言いたいのか」
すぐに口を差し挟むハザード准将。階級的には彼が上であるため、配慮に欠ける輩であってもロバースは言葉を選ばざるを得なかった。
「お言葉ですが、准将。MSは、MAを相手に力の差を見せています。この実例がある限り、油断は禁物かと存じます」
「ロバーズ大佐。実例はあっても、今回は規模が違うではないかね。何を恐れるのだ」
次に口を開いたのはエヴァンス中将だった。彼の場合は興味もなさそうに、ただ口にしただけ、という印象しかない。参謀長が言うように、連合艦隊は1100機というMAを投入しているのに対して、ザフトは800機余りと下回っていた。
ロバースは、これは数字の錯覚でしかない―――と危機感を覚えていたが、この2人の上官は聞く耳を持たなかった。
マクドゥガルは見かねたのか、この2人に軽く忠告を促した。
「参謀長、軍人たるもの、相手を侮ってはいかんだろう」
「閣下、敵を過大評価してしまうのは、かえって士気を下げることになりますぞ」
「その通りです! 閣下、それでは全軍の士気を削ぎ、化け物どもを利することに成ります! 」
遠慮というものがないのか、この男は。ロバースは、敬愛する上官に反論する参謀長―――特にハザードに怒りを覚えた。
反論されたマクドゥガルはといえば、別に怒り心頭になるわけでもなく、何か言いかけてやめた。いや、辞めざるをえなかったと言えよう。
前衛艦隊から報告が入ったのだ。
『我がMA隊、損害を受けつつあり!』
地球連合軍宇宙艦隊は、万全の布陣で戦端を開いた筈―――だった。地球連合軍のMA部隊とザフトのMS部隊が、宇宙空間で極めて大規模なドッグ・ファイトを展開したのだが、それは地球連合軍将兵が予想する方向とは真逆の意味で一方的であった。
無論、それは地球連合軍が有利である筈だと信じていたのだ。だがそれは、甘い夢を見ていただけで、現実は全く違うものであった。
数に劣るMS部隊が、逆に数で勝るMA部隊を蹴散らしにかかっていたのである。戦端を開いて僅か10分で、40機あまりのMAが失われたのだ。
「化け物めぇ!」
罵声を吐き出す連合軍パイロットであったが、それも数秒の後に火球となって果てた。これと同じような光景が、数分の後に繰り返されていくのだ。
この予想を覆すような戦況を、遠方から見ていた巡洋艦〈ナチ〉と駆逐艦〈シラヌイ〉。乗組員は地球連合軍と同様の反応を見せた。
「ここまで強いとはな」
島一佐が呟く。MSの情報は耳にしていただけだったが、こうして実戦を見ていると、MSとやらいう機動兵器は洒落にならない性能を持っていると実感した。
地球連合軍のMA部隊は、見る見るうちに数を減らしていくのだ。ザフトの展開したMSとやらは、人型でありながらも実に機敏な動きをしており、本当にあんなものを人が動かしているのか―――と疑問さえ浮かぶものだった。
自分らの有しているコスモファルコンで、あれに立ち向かるだろうか。性能的にはMAを圧倒しているのだが、MS相手では何とも言い難いものがある。
とはいえ、地球連合軍パイロットもやられっぱなしではなさそうである。MSは確かに高性能であるのは、一目瞭然なのだが、別の点で問題があったのだ。
それは、ザフト兵パイロットがチームプレイではなく、個人プレーにおいて戦果を挙げている点である。これに関しては、長年にわたって軍にいた島にも分かった。
戦況を見る限り、連携をとっているようには見えない。各個人が目覚ましい戦果を挙げ、連合軍を押しているのだ。
「連合軍の艦載機隊は、体制を立て直しつつあるようです」
「ふむ‥‥‥」
地球連合軍MA各部隊は、小隊内部の連携を強化することで、MSへの反撃を開始したのである。これはマクドゥガルの迅速な指示によるものだ。
堅実ながらも、戦線の立て直しを図ろうとするなど、彼らしい手腕を見せた。この対応指示はある程度の効果を上げるに至る。
MA部隊は、3機または4機1組になってMSを包囲殲滅しようと行動を開始。これにより、最初の撃墜機を出すことに成功した。
「だが、損害が大きすぎるな」
島の言う通り、地球連合軍MA部隊は既に100機あまりを失いつつあったのだ。
対してMS部隊の損害は8機のみ、と極僅かに止まっていた。このままでは、MA部隊は前衛艦隊へと肉薄するのも時間の問題であろう。
あれだけの機動性だ、艦艇にとっては恐怖以外の何物でもない。それにジャミングもあり、ドッグ・ファイト以外でも電子戦が繰り広げられているのが推察できる。
これでは誘導兵器(ミサイルや空間魚雷等)はあまり使い物にはならないだろう。
加えて、このままジリジリとドッグ・ファイトを続けても、意味はないことぐらい解る筈だ。最後の手段としては、数の暴力に出ることだろうか。
幸いにして艦艇数の非は、比べ物にならない。ここで連合軍が火力を頼りに突撃を仕掛けていけば、ザフトと言えども少ない艦隊は致命的打撃を被るに違いない。
反対に連合軍の被害も覚悟せねばならないだろう。艦艇を破壊してもMSは残る。これらに蹂躙されてしまえば、どのみち連合軍艦隊は壊滅的ダメージを負うのだ。
そう考えている内に、島の懸念している事態が少しずつ現実の物とかしていった。
「司令、連合軍が動き出しました」
「‥‥‥なるほどな。半包囲戦に持ち込もうというのか。数の差を生かした、堅実な戦術だ」
連合軍マクドゥガル大将は、前衛をやや前進させつつも本隊を二手に分け、両翼へ出そうとしたのである。ザフト艦隊を半包囲しようという構えであった。
しかし、それよりも早くザフトは襲い掛かった。前面のMS部隊が、数を減らしたMA部隊をついに突破、肉薄してきたのである。
これに対して地球連合軍前衛艦隊は迎撃を開始した。
「撃て!」
地球連合軍前衛艦隊旗艦/第4艦隊旗艦 バーミンガム級〈ビスマルク〉の艦橋において、連合艦隊副司令官 アルフレート・ヴィッツェル中将が怒声混じりに迎撃を下令する。
それに応じて大小さまざまなエネルギービームが、各艦の砲身から一気に解放されて宇宙へと飛び出していった様は総観である。
しかし、ザフトの電波妨害の影響もあってうまく当たらない。こちらも電波妨害を行って中和を行うが、電波が噛み合わない為に相殺しきれていなかった。
ミサイル系統も、あまり素直に誘導してくれないようである。
「敵MS、接敵!」
「潜り込まれるぞ、各艦、陣形を密にせよ!」
先行したMSの1隊が、第4艦隊の先方に食らいついたのだ。MSは素早き機動性で、戦闘艦艇の射撃を翻弄しつつも、手持ちの兵装を構えた。
「沈め、ナチュラル!!」
ザフト兵MSパイロットが叫びつつもトリガーを引いた。ザフトの主力MS、ZGMF−1017〈ジン〉が有する対艦バズーカが、ドレイク級護衛艦に命中した。
至近距離および魚雷発射管に被弾ということもあって、護衛艦〈ニオベ〉はいとも簡単に轟沈したのである。最初の戦没艦であった。
これを境にして、前衛各艦隊はMSの脅威に晒された。肝心のMA部隊は既に半壊状態にあって、とてもではないがMSを相手に奮戦できる状況にはない。
残されていた200機あまりが直掩として戦闘に参加するも、奮戦虚しく撃ち落されていった。MSは少数でありながらも圧倒的な勢いで蹂躙を開始した。
本隊側は急ぎ半包囲しようと動いたものの、僅か数十秒後に阻止されてしまった。その様子は、遠方から見ていた日本艦隊にはよくわかる。
「ジャミング、そして部隊の少なさと機動力を生かした、側背攻撃。見事だ」
ザフトはジャミングに紛れて、後方に残していた部隊を高速で反時計方向に迂回させた。その結果、連合軍艦隊の右側背を突くことに成功したのである。
これに連合軍本隊の右翼部隊―――第10艦隊と第9艦隊は驚愕した。高速で突撃してきたのは、MS200機余りと、戦闘艦艇15隻余りの戦力だ。
大型の対艦ミサイルや対艦バズーカ、ビームライフル、艦艇のエネルギービームが束になって、右舷を直撃したのだ。
MAは前衛艦隊の直掩に回しており、本隊の直掩機は僅かにすぎない。第9艦隊、第10艦隊は右舷からの襲撃に、混乱を生じた。
「ナチュラル如きが、我らコーディネイターを甘く見た報いだ」
プラント首都コロニーであるアプリリウスのザフト中央指令室にて、指揮官席に陣取るパトリック・ザラは形勢を不利に傾けつつある連合軍を見て罵った。
所詮はナチュラル、数が多くても優れた新人種であるコーディネイターの敵ではないのだ。
ザフト宇宙軍は地球連合軍に対して、効果的な攻撃を実施する為にL字型の陣形を完成させつつある様子が、司令部の戦況スクリーンに映し出されている。
即ち、十字砲火を浴びせているのだ。正面と右舷から迫るMSと戦闘艦艇に、地球連合軍はまさかの苦戦を演じなければならない事態となっている。
このままいけば、勝利はザフトの物となるであろう。
「我が方の消耗率2%。敵軍消耗率29%!」
「そのまま宇宙の藻屑と化すがいい」
意気揚々としているザラは、ひたすら憎悪の目で連合軍を睨み付けた。彼はザフトの戦果に酔いしれいていたのか、慢心状態となっていることに気づいていない。
片や地球連合軍は、まさかの劣勢に全将兵が愕然としていた。ことに、先に戦端を開いた前衛艦隊の損害は予想を遥かに上回った。
前衛艦隊旗艦〈ビスマルク〉のもとに、続々と訃報が飛び込んでくる。
「戦艦〈アルハンゲリスク〉、巡洋艦〈デ・ロイテル〉撃沈!」
「MA部隊、損耗率 43%!」
「えぇい、コーディネイターどもが!」
ヴィッツェル中将は怒り心頭だ。第4艦隊は戦艦2隻、巡洋艦2隻、護衛艦5隻を失っており、これ以上の戦闘は維持不可能となりつつあるのあだから、無理もない。
第5艦隊と第12艦隊も、同様の被害を被りつつある。MSの機動性と攻撃力に、彼も舌を巻かざるを得ない。これは認めなければなるまい。
MSジンは、機動を生かして肉薄し、至近距離で攻撃する。これを繰り返しては連合軍艦船に大打撃を与えていった。
このまま押し進んでも戦果は得られないであろう。それは彼自身も感じているところではあるが、それを具現化したがごとく、総司令部の命令が届いた。
『後退しつつ陣形を再編せよ。体制を立て直すのだ』
「あんな奴ら如きに‥‥‥あんな奴ら如きに!」
このまま苦杯を舐めて帰る訳にはいかん。少数艦隊に大敗した等と、屈辱以外の何物でもない。彼は、生命よりもプライドと名誉に手を伸ばした。
「全艦、最大戦速だ!」
「か、閣下。総司令部からは後退命令が‥‥‥」
突撃命令に狼狽える幕僚だったが、それをヴィッツェルは一喝した。
「構うものか。敵艦隊を蹴散らさんことには、腹の虫が治まらんわ!」
もはや感情の赴くままである。艦隊を突撃させて無理矢理にザフト艦隊を潰そうと言うのだ。確かに艦艇の火力ならば、連合軍に軍配は上がる。
しかし前衛艦隊全てが、それに合意したわけではなかった。第5艦隊のティアンム少将だけは、律儀に総司令の命令を実行したのである。
方や第12艦隊の蘇少将は前衛艦隊の右翼にあって、先のザフト奇襲部隊の攻撃を受けつつあった。これで後退するのは至難の業だと判断したのだろう。
加えて東アジア共和国としてのプライドもあった。先年の日本との戦闘で苦杯を舐めたばかりで、ここで無様に負ければ、蘇少将は祖国に再度の泥を塗ることとなる。
前衛艦隊は第5艦隊を残して突撃を始めてしまったのだ。
一部始終を見ている島は、その行動を非難した。
「‥‥‥愚かな」
大軍にある心理的な弱点の1つ。それは、少数の軍に敗北するというものにあった。プラントがそれを知ってのことかは知らぬが。
第4艦隊と第12艦隊―――約40隻余りは、ザフト艦隊の左翼部隊に突撃していく。そして当然の如くMS部隊は、これを積極的に攻撃していった。
飢えたハイエナの如き勢いで、MSは多勢で襲い掛かる。残ったMAが防衛に当たるが、消耗が激しい彼らには防ぐ余力はない。
瞬く間に火を噴き始める艦隊の姿に、島は同情した。無論、指揮官ではなく兵士達にである。
「あれでは、長くは持ちませんな」
「あぁ」
そう言ったのは、〈ナチ〉機関長 山崎奨二等宙尉だ。彼の言う通り、突撃した艦隊は戦力をすり減らしている。
無謀ともいえる突撃行為の代償として、10分もしない内に12隻を撃沈破する有様であった。
総司令官マクドゥガル大将は、今までにない焦りと怒りを感じていた。先ほどの無謀な行動に掣肘を加えたのだが、ヴィッツェル中将は聞く耳持たずだったのだ。
その結果は見ずとも考えずとも解る。2個艦隊は半数を失い、そのまま潰走を始めた。しかもヴィッツェルは亡き人と成り果てたという。
第4艦隊と第12艦隊の突撃は確かに一矢報いていた。無謀な突撃行動による集中砲火が、ザフト宇宙軍の一角を見事に突き崩したのである。
ザフトの中央部隊、左翼部隊の戦闘艦艇は、連合軍の死に物狂いの砲火を受けて被害を出していた。その最初の犠牲は、ナスカ級〈デカルト〉であった。
本艦は4発の直撃弾を受けたが、2発が正面の格納庫を直撃。そのまま艦内を爆風で薙ぎ払った後に轟沈していったのである。
続いてローラシア級〈ホイヘンス〉が、艦首先端の艦橋に直撃弾を受けて撃沈した。この数分の砲撃戦は、ザフト艦7隻が撃沈されるに留まった。
このように、戦闘艦同士の戦闘であれば地球連合軍に軍配が上がったのだ―――が、見かねたMS隊が、好きにはさせんと言わんばかりに猛撃を加えた。
数を減らした前衛艦隊旗艦〈ビスマルク〉に、ザフトの牙が襲い掛かったのである。
「敵MS、4機接近!」
「撃ち落せ、ナチュラルの意地を見せてやれ!」
〈ビスマルク〉は、ユーラシア連邦の宇宙軍総旗艦を担うバーミンガム級2番艦である。ラミネート装甲という特殊装甲に包まれた高い防御力を有する。
武装には225cmゴットフリート×11門、120cmゴットフリート×4門という強力な対艦兵装や、対空対艦ミサイル発射管×64門を備えている。
また、艦隊指揮に欠かせない通信能力や、高い情報処理能力を有している、まさに艦隊指揮艦たる能力を備えていた。
しかし、そんな〈ビスマルク〉もMS相手には分が悪かった。迎撃ミサイルはジャミングの影響で命中率を下げ、対空火器も中々に安定しない。
主砲での迎撃など論外である。そして、先の護衛艦の迎撃に怯むことなく、MS隊は〈ビスマルク〉を射程内に収めた。
対艦バズーカ2発、対艦ミサイル8発を、尽くその巨体に当てていった。
「第3甲板に被弾!」
「第1砲塔、損壊。使用不能!」
「第2、第3副砲大破ぁ!」
『第8デッキに火災発生!』
次々に上がる被害報告。普通の戦艦であれば轟沈ものだ。それに耐えきった〈ビスマルク〉は、弩級戦艦たる耐久度を見せつけた。
しかし、弩級戦艦とはいえ浮沈艦ではない。そのうえ、泣き所と言える箇所もある。それが艦橋とエンジン噴射口の2つだ。
あるMS1機が、この耐久力に驚いて艦橋に向けバズーカを撃った。艦橋にも装甲は成されているが、艦体ほどに厚いわけではない。
撃ち放たれた一筋の閃光が、艦隊指揮専用の艦橋に吸い込まれていく。その光景を、ヴィッツェルは死ぬその瞬間まで、食い入るように見続けた。
「〈ビスマルク〉中破!」
「艦橋に命中、ヴィッツエル中将、戦死!」
馬鹿者が―――マクドゥガルは戦死したヴィッツエルを罵倒する。余計なことをしたものだから、地球連合軍は戦力をまた一段とすり減らす結果となってしまった。
しかも、残る前衛艦隊は合わせて15隻あまり。このままではまずいと直感したマクドゥガルは、後退命令を再三に渡って命じた。
同時に余力のある第7艦隊と第5艦隊を救援に差し向ける。長続きはしないことを熟知しているが、とにかく、一瞬の隙を作らせることに専念した。
「閣下! 前衛の救出は間に合いません。そんなことよりも、全軍で正面を打ち破るべきです。いまなら、まだ叩き潰せましょう!」
「見捨てろと言うのか、ハザード参謀」
兵士を消耗品だと言っているような口ぶりに、マクドゥガルは勿論、副官のロバーズ大佐も怒りの目を向けた。
参謀長であるエヴァンス中将も、どちらかと言えば救出を断念しろと進言。辛うじて再編した艦隊を、前面に叩き付けてやるべきだとまで、言い放った。
右舷側の戦闘は、奇跡的に瓦解には至らないが、戦力消耗は著しいこと甚だしい。この時、連合軍艦隊は220隻から140隻余りに激減していた。
2個半分の艦隊戦力が失われているのだ。これで突撃するなど、それこそ取り返しのつかないことに成る。
そして、マクドゥガルは決意した。参謀らを無視し、撤退する方針を固めたのだる。
「残存艦隊を救出次第、全軍は撤退する」
「長官、貴方は甘い! こんなことで逃げ出すのですか、奴ら相手に敗残の札を付けるおつもりか!?」
(こ奴‥‥‥!)
さしものマクドゥガルも、この参謀の口には我慢の限界を超えた。
「黙らんか! たかが参謀の貴様が、司令長官の決定に口を差し挟むか!?」
普段温厚な司令長官とは思えない、口ぶりと変貌ぶりであった。この気迫迫るとは、まさにこのこと。ブルーコスモス派の将校とはいえ、この参謀ものけぞった。
参謀長は多少たじろぎはしたが、あくまで表情は変わらない。しかし、反抗する様子はない。副官は全面的に上官の決定に賛成だが、彼もまた驚いている。
そもそも、ここで口論などしている場合ではないのだ。マクドゥガルは視線を正面に戻すと、命令を実行に移した。
連合軍は犠牲を出しつつも、即座に動いた。第5、第7艦隊と、残るMA部隊が急行、全火力を正面のザフト艦隊に集中する。
あくまで牽制であり、ザフトの動きが鈍ればよい。MA隊も躍起になってMSの相手をして、残存部隊の救出の時間稼ぎを行う。
第1、第9、第10艦隊も、残ったミサイルを使い果たす勢いで、右舷のザフト隊に叩き付けた。これにより、押しのけることに成功する。
「残存艦、集結完了!」
「よし、全軍、撤退するぞ!」
しかし、マクドゥガルは気づいていない。第7艦隊の一部が不穏な動きをしていたことに。逆に気づいていたのは、〈ナチ〉と〈シラヌイ〉であった。
「司令、連合軍第7艦隊に不穏な動きが‥‥‥」
「なんだ?」
具体的に説明を求められると、レーダー手は内容を伝えた。
「詳しくは、第7艦隊の一部と思われます。1隻の空母が艦隊を離脱、迂回コースを取って直進しています」
「‥‥‥臭いな。そいつの行先は?」
「ハッ。このコースですと‥‥‥!」
瞬間、レーダー手の手が止まった。島がせかすと、その士官は汗を滲ませて報告した。
「プラントへの進入コースです」
「なんだと? 連合軍の目的は、あくまでプラント議会の解散、武装解除の筈だ」
武装解除をしないのなら、その武力を強制的に解除するのが目的でもある。
だが、この空母は明らかにおかしい。ザフトは全て正面に出し切っており、コロニーの周辺を護る部隊は何処にもないのだ。
背後を取るには今さら過ぎるし、何よりも単艦では何の意味もない。あるとすれば、ただ1つ―――コロニーへの直接攻撃だ。
まさか、奴らはコロニーを攻撃するのか? あるいは、コロニーを前にして降伏勧告を告げるつもりなのか。
できれば、後者にしてもらいたいものだ。軍隊は民間人を殺すようなことがあってはならない。あくまで、軍隊の相手は軍隊に限られなければならない。
だが、島の心中にはどす黒い雲がかかっていた。そう、これから嵐を呼び起こすような前触れを感じるのだ。
(だが、どうする? 我々は戦場の観察を命じられている。戦争の介入は命じられていない)
下手に動けば、日本も標的とされる可能性が大である。それに、いま向かっている第2艦隊も、全力でも1時間弱は掛かる見通しだ。
総司令部の判断を仰ぐべきか。しかし、時間がない。決定を待っている間に、何か恐ろしいことが起こりうるかもしれないのだ。
命令に忠実にあるべきか、独断で動くべきか迷う島の予感は、残念がら的中することになる。
この時、離脱していたのは第7艦隊所属の空母 アガメムノン級〈ルーズベルト〉だった。
「ガーディアンズ、発進せよ」
「しかし、よろしいのですか‥‥‥」
部下の不安に対して、艦長 ハインツ・リヒター大佐は断然と言い放った。この将校もまた、ブルーコスモスであり、しかも超危険極まりない任務を帯びていた。
本艦には、人類の禁断兵器とも言える代物―――すなわち、核兵器が搭載されているのである。
それも西暦とは比較にならない威力だ。これ1機で、コロニー破壊は容易なのだが、本来は搭載許可が下りる筈のないものなのだ。
「構わん。コーディネイターに配慮する必要など、微塵もありはせん」
〈ルーズベルト〉から、1機のMAが飛び立つ。その機体に不釣り合いな、巨大な1発のミサイル。核兵器マークの付いたそれが、核ミサイルであった。
偶然にも〈ルーズベルト〉の針路付近にいた、〈ナチ〉〈サザナミ〉からも、この光景は島からも見えていた。
「なんでしょうか、あのMAは。やたらでかいミサイルを‥‥‥」
「‥‥‥!? 拡大投影しろ、急げ!!」
嫌な予感が的中した。拡大された機体には、あのマークが付いていたのだ。瞬間、島は電撃的な命令を矢次に飛ばした。
「プラントに緊急警告! 『地球連合軍は核兵器を使用せり、警戒せられたし』急げ!」
「は、ハイ!」
「機関最大戦足、〈シラヌイ〉も本艦に続け!」
さらに戦闘態勢を取り、主砲にエネルギーを回す。その間に砲塔とミサイル発射管が開き、目標のMAに狙いを付ける。
通信手はコンソールを高速で叩き、通信をコロニーだけでなく全宙域へと纏めて放った。プラント司令部よりも、この方が良いと判断したのだ。
また、〈ルーズベルト〉にも警告を発した。
『貴艦の行動は、極めて非人道的な行為なり。ただちに引き返すべし。さもなくば撃墜する用意あり』
「日本め、邪魔くさしおる」
「如何いたしますか」
「無視しろ! ガーディアンズはコロニーを正面に直進しろ。さすれば、奴らも下手に撃てまい」
この指示は適確だった。日本軍の射程は長大だが、それ事態が弱点になってしまったのである。真正面にコロニーがいては、撃つことはできない。
しかしミサイル兵器なら撃てる。最初の警告を無視した〈ルーズベルト〉に再度の警告を送る時間は、正直言って無駄だ。
島は〈ナチ〉と〈シラヌイ〉の快速を生かして急接近を図る。それを見ていた〈ルーズベルト〉が遂に砲門を開く。
リヒターは猛り狂ったかのように攻撃命令を下した。
「邪魔な日本め‥‥‥残存のMA隊全機発進、あの艦隊を撃沈しろ!」
「そ、それでは‥‥‥!」
「黙れ、邪魔する奴は皆敵だ!」
残るMA6機が飛び立つ。一方の日本艦隊は、これに構うことなく迎撃ミサイルを発射した。撃たせる前に撃墜しなければならない。
当たれ、当たってくれ! 島は心の底から願ったが、そのタイミングは一瞬だけ遅れたことを悟った。
ミサイルがMAに命中する直前、核ミサイルが悪魔の使いとなって、動き出したからだ。
「第2射、撃っ!」
すかさず、2発目を発射した。この最後の賭けが、核ミサイルに届いてくれるものか。彼らは祈るばかりであった。
〜〜あとがき〜〜
どうも、第3惑星人です。
やっと第7話です。あの血のバレンタインを、自分なりに、艦隊戦を主体にして書いてみました。
実際はどれ程の兵力が参加したのかは、明記されていないので、あくまでこれは妄想です。
もしも、連合やザフトの台所事情(総戦力数とか)に詳しい方がいましたら、掲示板にでも書き込んでいただけたら嬉しいです。
それでは‥‥‥。
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